Untold Myth   作:トラロック

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#5-11 アスタ・ノックス

 

 新人の冒険者ベル・クラネルを連れて八階層目に突入した【エニュオ・ファミリア】のネーゼ・ランケットとアスタ・ノックスは小休止の用意を始めた。

 切りのいい一〇階層ではないのは少年(ベル)に合わせたからだ。

 強化が目的ではないとしてもある程度の戦闘経験を積ませる事は決定事項である。それと無理をさせない、とも言われている。

 既に疲れを見せているベルに今以上の加速を強要することは出来ないと判断した。

 七階層から現れるキラーアントの集団は数匹を除いて殆どネーゼ達が討伐した。ここより先が駆け出しにとっての『死線(デッドライン)』だ。――既に一階層過ぎてしまったけれど、彼女達にとっては誤差にすぎない。

 

「数を稼ぐならこの辺りの階層に居た方がいい。ただし、単独はお勧めしない」

「囲まれやすいからですよ」

 

 狼人(ウェアウルフ)のネーゼは熱く、ドワーフのアスタは優しく説明してくれる。

 荒々しくもモンスターの倒し方を熟知している為に――ベルにとって――夥しい数が相手でも苦も無く撃破していった。もちろん、魔石も回収済みだ。

 戦闘で回収しきれなくなることがあるのにどうして無理に回収するのか疑問だった。

 今まで少数を相手にしてきたベルにとってかなりの手間暇がかかっている。

 

「取りこぼした魔石は他のモンスターが食べてしまうからさ。奴らは魔石を体内に取り込むと強くなる。冒険者が【経験値(エクセリア)】を増やすように」

所謂(いわゆる)『強化種』になるんです。そうするとモンスターが爆発的に強くなって太刀打ちが難しくなります。そのせいで何人もの冒険者が犠牲になっています。ギルドでもその辺りを注意事項として設定している筈ですよ」

 

 残念ながらベルはアドバイザーから『強化種』について学んでいない。ただ、魔石の回収を怠ってはいけない、とは聞いている。

 強化種と言っても数個程度の魔石では少し強くなる程度だが、一定数を取り込むと下層や深層域に匹敵するモンスターのように強くなってしまう。

 駆け出しが第二級冒険者に挑むのと同様に。

 

「私らがこまめにモンスターを倒しているから一般の冒険者は安全に探索が出来る。たくさんの冒険者が低層に溜まるから強いモンスターが現れにくいってのもある」

(……へー。勉強になります)

 

 感心していると額の角の生えた兎型モンスター『ニードルラビット』が数匹壁から出てきた。

 上層と比べてモンスターの数が格段に多くなったような印象を受ける。今のままだとあっという間に取り囲まれてしまう。

 単独で探索する場合、()()()実力を付けないと踏破が難しくなる事を実感した。

 

        

 

 ネーゼ達は数十体のモンスターに囲まれても平然と対処し、ベルは既にサポーターのような仕事に従事している。

 つまり魔石やドロップアイテムの回収だ。

 回収している側からキラーアントの集団が現れるので休む暇が無い。

 

「こういうところで【ランクアップ】する冒険者が多いと聞くけど、すぐにレベル2になってもいいこと無いからね」

「……どうしてですか?」

「『能力値(アビリティ)』は【ランクアップ】するとリセットされますが消えたわけではありません。可能であれば限界まで数値を伸ばしてから【ランクアップ】した方がより強くなれます」

 

 『能力値(アビリティ)』を数値で言う機会が多いのにも意味があるという。

 ベルはあまり実感が無かったけれど、数値は本当に意味があり自分の強さにしっかりと直結している、と。

 

「冒険者の『能力値(アビリティ)』は累積する。数字は多い方がいい。とても分かりやすい理屈だ」

「同じレベル2でも累積する数字によって実力差が生まれます。強さを追い求めるなら全ての数値を上げる方がいいんですよ」

「分かりました」

 

 ベルの【ステイタス】は知りうる限り『魔力』以外は満遍なく増えている。

 『魔力』は他と違って才能や種族に偏りが出てしまうという話しだ。

 彼だけ特別に『魔力』が上がらない、という理屈は存在しない。

 人間(ヒューマン)やドワーフは『魔力』が増えにくく、エルフは総じて『魔力』が上がりやすい。

 

「魔法に関しては本当に『運』だな。だが、一度覚えてしまえば坊主でも『魔力』が上がっていく。その辺りもアドバイザーから聞いておけ」

「はい」

 

 三人はモンスターを倒しながら通路を進み、少し開けた広場(ルーム)に到着した。

 黙っていれば四方からキラーアントに囲まれる。それを分かってネーゼ達は居座ることを決めた。

 キラーアントは痛めつけず、一息に倒すのが正しい。中途半端にしておくと仲間を呼ばれるからだ。

 だからこそ、想定外の数に囲まれる事が無い。

 普通にしていればモンスターも規定数以上を生み出す事は無い。だが、絶対でもない。

 

(……ここに来る前に冒険者の死体のようなものを見かけたな。本当にダンジョンは死地なんだって思う)

 

 死にたての生々しいものは無く、殆どが白骨化したものだ。

 冒険者の死体であれば金目の装備品やアイテムがあるものだが――奪われたのか、見当たらなかった。

 誰にも回収されず野ざらしなのは他の冒険者の荷物に余裕が無いから、ともいえる。

 であれば自分達は余裕があるから回収すべきか、と自問する。今の自分達も絶対に安全と言えないので余計な荷物を増やすのは自殺行為だと答える、しかない。

 そして、忘れてはいけないのは――

 

 モンスターは冒険者を殺す存在だ。

 

 鍛錬するために現れるわけではないし、意思疎通はもとより飼いならすなど通常は出来ない。

 『調教師(テイマー)』でもモンスターを手懐けるのは容易ではないけれど。

 まず一般的には敵として討伐するしかない。

 モンスター一匹に感情移入している内に一〇〇人くらいの死体が転がると団長であるポラン・ブーニディッカが言った。

 彼らと仲良くしようとするなら多大な犠牲と引き換えにしろ、と。

 

(……ダンジョンから飛び出したモンスターが地上で暮らしている事実もある。無理に押し込める必要があるのか?)

 

 その事についても長く議論が交わされている。

 ただ、ダンジョンから生まれたモンスターは神に敵意を持っているし、一般人を襲う。

 遥か昔から人とモンスターは戦う運命にあった、と様々な物語にも書かれている程だし、ベルも多くの書物を読んでいるので知っている。

 

(モンスターは魔石を宿して生まれてくる。それがある限り倒すしかない)

 

 原理は今もって不明だがダンジョンが生むモンスターは総じて生物として不可解な性質を持っている。

 冒険者が来ない間は壁から生まれ難い、など。

 侵入者に対する敵意こそが原動力とでもいうように。

 

        

 

 探索を始めてどれくらい経っただろうか。ベルは地上の様子が気になってきた。

 今まで一番長くダンジョンに潜ることになっているので。

 他の冒険者達は長期探索する場合、どうしているのか実際に見た事が無かった。作物も水も無いような無機質なダンジョンに長期で滞在する方法など――

 仲間を募って絶えず物資を運んでいるのか、それとも地下にも生活圏があるのか、と。

 

「生活できるから深層域に行ける。多くは無機質な階層で構成されている」

安全地帯(セーフティポイント)と呼ばれるところや一八階層以降に植物が生えている所があります。水について、湧き水が出るところがありますから、結構生活圏があるんですよ」

「へー」

「木材で言えば一〇階層以降にも出て来るけれど……。ダンジョンは謎がいっぱいだ。どうなっているのか未だにさっぱり分からない」

 

 生活が出来るからと言って安全である保障は無い。

 地下に住んだとしてもいずれは地上に戻らなければならない。

 往復するすべを確保する事は冒険者として大事なことだ、と説明する。

 

「それにしても……。皆さん僕とそう歳が違わないのに経験豊富なんですね」

「んっ? なに言ってる。ある程度【ランクアップ】した冒険者は若々しい外見を維持することが出来るんだ。見た目で歳を読むのは意味が無いぞ」

「えっ?」

 

 ネーゼは冒険者の外見について解説する。

 仕組みは未だに謎に包まれているが上位冒険者の多くはかなりの高齢である。――例外もあるけれど。

 概ね最盛期の肉体年齢を維持したまま加齢が抑制される。

 自称美少女冒険者アリーゼ・ローヴェルですら既に二十歳(はたち)を超えているのは周知の事実である。

 

「加齢が止まるってわけじゃないらしいが……。うちの団長(アリーゼ)の場合は一四歳のままって感じだ。そこまで【ランクアップ】するのに時間がかかればかかるほど老け顔になってしまう、とも言える」

 

 元々長命な種族だと意味のない仕組みだが。

 一言で言えば不老長寿のようなものだ。

 その事実を知る者からすれば【ランクアップ】を死に物狂いで達成しようとする。

 

「古株の冒険者は大体ジジイババアが多い。坊主もいつまでも若いままでいられると思うな」

「渋い中年も嫌いではありませんが……」

 

 ベルはふと想像する。

 自分がいつまで冒険者でいられることかを。永久不変の存在ではない人間(ヒューマン)として生まれた自分は年寄りになる事を想定していない。しかし、いつかは老いる。

 神様のような『超越存在(デウスデア)』は例外としても。

 

(英雄も大事だけど老後も考えないと……。今考える事ではないんだけど……)

 

 それでも酒場に居た冒険者の多くは何年も冒険者として働き、それぞれ草臥れた顔をしていた。

 中年を過ぎている者がとても多い。いずれ自分もその仲間入りを果たす事だろう。

 そういう人生を()とするか()とするか。

 

「私らは短期間で熟練者になったわけじゃない。それなりに経験を積んできたってわけ」

「クラネル君も色々と勉強して多くの仲間を増やしていけば見えてくるものがあるかもしれません。諦めず、努力してくださいませ」

「が、頑張ります」

 

 話しているとあちこちの地面や壁がひび割れてモンスターが姿を現す。

 それらを害虫駆除するようにネーゼ達が始末する。この時、魔石を砕くような真似をした。

 無理して魔石を回収するより壊した方が手間がかからない。回収しなければ資金にならないけれど――

 面倒な場合は破壊した方が楽になる。特に強行軍の時などは。

 それに――モンスターを倒す時、直接魔石を狙った方が楽に倒せる事がある。

 

「そういえば……。モンスターってそれぞれの階層ごとに出てくる種類が違いますけど、彼らは上や下の階に行ったりしないものですか?」

「現れた後なら移動する。生まれる階層だけが固定されているって感じだな。絶対にこの階層にしか居られないってわけじゃない。下層のモンスターが上層に来ると混乱が生まれるけれど……」

「分からない事はどんどん質問してー。答えるたびに君の賃貸期間が延びるけど……」

「……あ、そ、そうですよね。見返りも無く質問ばかりしてますもんね」

 

 冒険者は無償の仕事を基本的にしない。

 依頼があって動くのが正しい形だ。そうポラン達にも教わっている。

 それなのに好奇心旺盛な若者よろしくベルは気軽に質問し過ぎた。後々団長から叱られる気がする。

 

        

 

 あらかたモンスターを倒した後、仮眠と称してその場にアスタが寝転がった。

 地面に敷物を引かずに。ネーゼが見張りをし、交代制で身体を休める。

 多くの冒険者は通路で寝る事が多いという。常に安全な場所を確保できるわけではない、と説明して。

 一度ダンジョンに入ればシャワーもトイレも利用できない。長期の遠征ともなれば衛生面の問題が出てくる。

 トイレに関して、地面に穴を掘り、済ませた後に埋めるやり方が一般的だ。

 

(途中で食事を摂ったり水を飲んだりした後、地上まで我慢するわけがないよな)

 

 特に深い階層に挑む女性は対戦だと思う。

 そんなことを考えて居ると眠くなってきた。規則正しい生活を続けていると決まった時間眠りを欲する。

 ベルはまだ駆け出しで規定階層しか攻略したことが無い。衛生面や寝泊まりについての知識はまだ未経験だった。

 

「眠そうだな。……もし、私達が怪しい冒険者なら眠った後で身ぐるみを剥がして逃げる。だからこそ付き合う相手はちゃんと選べ。そして、調べろ。人生は常に勉強だ」

「はい」

 

 ネーゼも少し眠そうにしていたがアスタを守る為に頬を叩きながら眠気と戦っていた。

 気が緩むのは危険と判断した彼女は立ち上がり、軽く運動を始めた。時より湧き出てくるモンスターと戦いつつ見張りを続ける。

 どうしても無理そうだと判断すると荷物から匂いの強いアイテムを嗅いで眉根を寄せる。

 狼人(ウェアウルフ)の彼女にとって匂いの強いものは意識がはっきりするきっかけになる。それと舌を刺激するものも使う。

 そうして何時間か経過したころ、アスタが目を覚ましネーゼと交代する。

 ダンジョンでは二時間ほど熟睡できれば充分である。

 

(少し迂闊。こんなに早く眠る予定じゃなかった。……今頃は『宿場街(リヴィラ)』に到着する頃か)

 

 半分眠りかけているベルを眺めつつため息をつく。

 いつものパーティであれば野営の準備をしている所だ。それなのに通路内に留まっている。

 駆け出しに色々と学ばせて自分達が危機に晒されるのは本末転倒である。

 

「……地響き? モンスターの発生音……じゃないよね?」

 

 警戒を始めて三〇分ほど経過した時だった。

 足元に僅かな微振動を感じた。大きな戦いがある時は近い階層に振動が伝わる事があるが一〇階層ほど離れている場合、振動は殆ど伝わらない。それゆえに怪しんだ。何かが起きたのではないか、と。

 ダンジョンでは何が起きるか分からないものだ。決して楽観視してはいけない、とアスタは理解している。

 

        

 

 ネーゼとベルが眠っている今、対処できるのはアスタのみ。ここで二人を叩き起こすべきか、それとも静かに様子見に徹するか。

 もし――駆け出しの冒険者であれば後者を選択する。

 では、前者を選択する者はどういう存在か。

 無理に二人を叩き起こして事態を悪化させるだけではないのか、と。だが――本当にそうだろうか。

 ドワーフのアスタは無言のままネーゼとベルの頭部を少し強く蹴り上げる。

 呻くのはネーゼ。声を上げて痛がるのはベル。

 

「……荷物をまとめて下がれ」

 

 優しげな少女然としたアスタが荒っぽい言葉を使う。それにすぐ反応したのは仲間であるネーゼ。

 ベルは事態が飲み込めず、頭を擦る。そんな彼の行動などを無視してアスタは彼の襟首を掴む。そして、すぐに壁際に移動する。

 

「……ミノ?」

「……だといいが。……振動が強すぎる」

 

 振動を強く上げるモンスターでこの界隈に出るモンスターと言えば――一一階層に現れるレア・モンスター『小竜(インファント・ドラゴン)』くらいしか思い浮かばない。

 確実に飛行能力のある者ではない。そして、重量級である。

 今までロクに武器を持たなかったネーゼに幅広の大剣を渡し、自身は柄の長い斧を持つ。

 

「……クラネル君。もし、私達がヤバイと言ったら君は地上へ逃げろ。この階層は八だ。……いいな、しっかり覚えろ」

「は、はい。貴女達は……」

「素人を守る盾になるに決まってるだろ。他の冒険者を見つけたら引っ張ってでも上へ行け。命令だ」

 

 真面目な口調で言われたベルは言葉に詰まる。

 言い返す言葉が出てこなかった。

 これは迫力ではない。迫りくる危機に対する真剣な人の想いだ。

 少し下がり気味に待機し、アスタの言葉を待つ。何もなければそれに越したことが無い。

 

(もう近いな。通路は四方……。どれだ?)

(……あー、確かにミノ(ミノタウロス)にしては重い音だ。……どうやって来たのか気になるけど……)

 

 身体の大きな『ゴライアス』は考えられない。

 この階層の天井の高さはかのモンスターより低い。地面の振動より壁などを削る音が聞こえるはずだ。

 先行するネーゼは音の元凶の片鱗を見つけ、そして、呻いた。

 

「……げぇ!」

「はっ!?」

 

 奇妙な呻きの後で素早く息を吸い込むネーゼ。

 そして、なりふり構わず吐き出した。

 

「ヤベー!」

 

 通路内に響き渡る程の絶叫を開けつつ踵を返す。その時、アスタの襟首を掴んだ。

 振り返ることなく逃走を図る。それにベルは驚いた。

 駆け出し冒険者を守ると言っていなかったか、と。

 

(……今の大声で全員に逃げるように指示したのか?)

「……ぶ、ブラックライノス!? ……なんであれがここにっ!」

 

 ベルの耳に届いたのは聞いたことが無い名前だった。

 今までアドバイザーから学んできたモンスター名の中に『ブラックライノス』など無かった。

 訳も分からず走り出したが、ベルは恐る恐る尋ねた。本当はそんな暇が無い筈なのだが――

 

「深層に出るモンスターだ。……戦え……るのか? 今の武具じゃ心許ない。逃げた方がいい」

「し、深層!?」

「クラネル! 黙って逃げろ! あれはマジでヤバイ! っていうかどっから湧いて出た!?」

 

 アスタすら怒り顔で怒鳴り散らす。それほど危険なモンスターだというのは分かった。

 ネーゼは逃げつつ何処かに居るかもしれない冒険者に聞こえるようにモンスター名を連呼して逃走する。

 それに呼応したのか、背後から一段と大きな振動音――いや、追跡音が迫ってくる。それも先ほどのゆっくりしたものではなく、異常な速度で。

 下層を超えた深層域のモンスターともなれば、いかにベルの『敏捷』でも逃げおおせるのは無理ではないか、と疑問に思ってしまった。

 

「牽制っ!」

「無理っ!」

 

 アスタの言葉にネーゼが即答。

 その間に小さな悲鳴が届いたような気がするが振り向けない。破壊音が大きくて、怖くて――

 まさかと思いつつ振り向けば一瞬で殺されるかもしれない。それにアスタは振り向こうと画策するベルの頭を的確に防いでいる。それほどのモンスターだということだ。

 上に向かう階段を見つけるころ、それで安心してはいけない、と的確な言葉が飛んできた。

 何にかの冒険者が逃走に失敗したのか、転んでいる姿があった。それらを踏みつけるようにネーゼが移動し、ベルも倣おうかと思ったが人を踏み台にする事を――この時、躊躇ってしまった。

 彼の行動を見てアスタは舌打ちした。しかし、仕方ない、という呟きが漏れる。

 破壊音はずっと近くで鳴っていた。それはつまりモンスターの速度が一向に落ちることなくベル達を追撃していた事になる。振り向けばすぐにモンスターを見ることが出来るはずだ。

 

「転がってるやつを引っ張り上げろ。男ならやって見せろ」

 

 大声を出し過ぎて声が()れたアスタの命令に頷き、ベルは手近な冒険の身体を引き起こす。

 それぞれ口々に何なんだ、あのモンスターは、と言っていたが無視する。

 早く早くと呟きつつベルは冒険者を上に押し出す。

 既に戦闘を開始したアスタを気にかける余裕はない。耳に聞こえるのは硬質的な衝突音のみ。

 金属的な音がどうして鳴るのか、疑問に思いつつ。

 

「あの子供……。攻撃が当たってるのに……」

「……ブラックライノスって深層に居る筈の……。硬質的な皮膚……どころじゃねーだろ、あれ……。あれじゃあ武器が壊れちまう」

「いいから上に行ってください。お願いします」

 

 ベルの言葉に触発されたのか、余裕のできた冒険者は次々と身体を引っ張り合って上へ逃れ始める。

 階段はベル達が居るところにしか無いわけではない。だからといって別の通路を使うことは出来ない。

 

「こっちだ、黒犀野郎っ!」

 

 声を張り上げて意識を自分に向けさせるアスタ。

 ここでベルは(ようや)く彼女に対するモンスターの姿を見た。

 

「………」

 

 その瞬間言葉を失った。

 想像以上に自分達の近くに居た巨大な体躯のモンスターの存在感に。

 (むし)ろ、このモンスターに今まで追われていたのかと信じられない気持ちだった。

 人間(ヒューマン)の大人より少し大きいかと思える身長だが、狭い路地だと大きく見える。

 名前の通り黒い(さい)のようなモンスターだが二息歩行している。

 黒い外皮が硬質的な鎧のように身体を包んでいる。

 アスタの攻撃に対し、尋常ではない反射神経で受け止め、時に避けている。直情的な様子は一切窺えない。

 関節を狙っても全く武器が通じていないのは見ていて理解した。

 

        

 

 ベルが恐怖したのはモンスターの動きだ。自分よりも動ける上位冒険者たるアスタの動きに全く怯んでいない。

 どうやって出し抜けばいいのか。どうやって倒せるのか。全く勝利の道筋が見えなかった。

 一部の冒険者は圧倒的なモンスターの存在感で身動きが取れなくなっていたようで、上に行った冒険者仲間が無理矢理引き上げている。それでもまだ数人は階段に倒れ込んだまま。

 

「……私はそれほど武闘派じゃないんだぞ。……きついなー」

 

 ネーゼはおそらく地上に向かい、情報を伝達すべくかけている。

 深層域にアスタも赴いたことはあるが真っ向勝負や一対一は得意としていない。常にパーティとして行動していたから。

 文句を呟きつつ武器を振るうも硬すぎる外皮に嫌気がさす。

 

(……攻撃の速度はそうでもない。移動速度だけ異常なの?)

 

 身体の動き全てが早ければ対処しきれないがブラックライノスの攻撃はしっかりと見えるし、避けられる。だが、それだけだ。

 決定打が与えられない。

 アスタの知識にあるブラックライノスはもう少し鈍重だ。身体の硬さには驚いたが――

 冷静になってくると覚悟も決めやすい。

 

 倒せそうにないが負けはしない。

 

 牽制だけなら可能と判断。ネーゼが無理だと言うのは勢いに判断が狂っただめだ。同じ立場なら自分も無理だと言う自信がある。

 それにしても深層域に居る筈のモンスターがどうして上層まで来られたのか。

 しばらく攻防を続けているとベルから避難が終わったと知らせが来た。それと同時にこの階層の奥から雄叫びの様なものが聞こえた。

 戦いつつ耳を澄ませると冒険者のものと分かった。

 

「……居たぞ、黒犀っ!」

(……この声、『凶狼(ヴァナルガンド)』か!? ってことは【ロキ・ファミリア】の失態か!?)

 

 驚いた瞬間を突かれたか、ブラックライノスの薙ぎ払いを腕に受けてしまった。

 避け切れないと判断し、咄嗟に当たると予想した腕に力を込めたもののあまりの衝撃に顔を(しか)める。痛みの程度から脱臼と判断。

 私の関節モンスターに負けたチクショーと思いつつ――骨折を避けただけでも自分をほめてやりたい、とアスタは思う。どちらにせよ左腕は使い物にならなくなった。

 

(……痛い。だが、力は思ったよりも低いな。……といっても深層域のモンスターの中では中程度、だと思うけれど……)

 

 巨体による突進を得意とするモンスター特有の迫力で力量が図りにくいが、何度かの工房で大体の強さは分かった。

 このブラックライノスは硬くて速い。それ以外は負ける要素が無い。

 

(……負けないけど……勝てない。私一人じゃあ……)

 

 散々驚かされて無駄に体力を消耗した事に怒りを覚える。

 ドワーフとしての矜持か、それとも冒険者としての意地か。

 対格差が三倍くらいの差があるが戦意では負けていない。

 

        

 

 反撃したいのはやまやまだが、とにかく相手の外皮が硬すぎる、とアスタは愚痴をこぼす。戦闘中にもかかわらず言葉が出るのはもはや自棄に等しい。

 牽制になっているのかさえ分からず犠牲者を出さない事に意識を切り替えた。

 上層に生かせない事には成功しているがいつまでも一人で相手取るには限界を感じる。

 

(……あー、腕が痛い。ったく、こいつ(ブラックライノス)動きだけは早い)

 

 中途半端な強さなのにジリジリと攻め込んでくる。

 『力』が少ないアスタにとっていやらしい敵と言える。

 

「誰か回復薬(ポーション)くれよ」

 

 背後の階段に向かって言ってみた。誰が居れば今の言葉が聞こえるはずだ、と信じて。

 駆け出しにとって脅威のモンスターが近くに居るので迂闊に出てこない事も覚悟した。しかし――威勢のいい若者の『分かりました』という声が耳に届いて自然と笑みがこぼれる。

 声の主はベル・クラネル。黒いモンスターに怖気づかない――わけはない。というより先ほどの『凶狼(ヴァナルガンド)』の声が聞こえてからだいぶ経っている筈だ。どうして助けに来ない、と疑問を覚える。

 

(……あ、これ走馬灯という奴か? 何だか景色がはっきりと見えない……)

 

 それとも――モンスターの攻撃を受けた時からすでに意識が曖昧になった、とか。

 ぶつぶつと呟くアスタ。

 もし、これが事実ならば現実の戦闘はどうなっているのか。

 カン、カンと甲高い金属音のぶつかる音が耳に小さく届く。戦闘はまだ続いているようだ。だが、誰が戦っている、と疑問に思う。いや、そうではない。

 誰が戦っているのか。自分は戦闘中だった筈だ、と。

 

(……やっぱり私は脱落していたか……)

「……おい、生きてるかー?」

(おお、その声は正しく『凶狼(ヴァナルガンド)』……)

「……うわ言を呟いている?」

「頭を打っているようだな。だが、奴はもう片付けた」

 

 そう言われると戦闘音が止んでいる事に気付いた。ほんの一瞬前まで聞こえていたはずなのに、と。

 だが、思うように返事が出来ないところからアスタは自分が思いのほか重症である事を知る。

 いったいいつからこうなったのか。

 乱戦時の昏倒はいつだって現状を把握難くする。そんなことは慣れっこの筈なのに。

 

        

 

 突如出現した深層域のモンスターとの死闘は呆気ないほど早く終わった。

 ギリギリまで粘ったアスタのお陰で多くの冒険者は救われた。だが、上層を目指したブラックライノスに跳ね飛ばされて死亡した冒険者も数多く居ると後で知ることになる。

 腕の脱臼程度と思っていたアスタの真の容体は全身打撲による意識障害。それでも夢遊病のようにモンスターに立ち向かって行ったと目撃者は語る。

 

(生きてて良かったー。後、私すげー)

 

 生き残ったことに感謝し、自分を賛辞する。

 後で駆け付けた仲間達から治療を受け、回復する頃に事件の詳細を聞くことが出来た。

 ついでにベルが無事である事にも安心して――

 予定を切り上げ、ギルド本部にて全身包帯姿のアスタは目の前に鎮座する【ロキ・ファミリア】の面々を睥睨するように睨みつけながら事情を聴くことになった。

 

「……で、私達を死地に追いやったあなた達が太々(ふてぶて)しいのは今更だけど、謝罪の一つも欲しいわね」

「……俺達は悪くねえ」

 

 実際には【ロキ・ファミリア】の責任ともいえない。

 様々な言い訳が出ると予想するがドワーフでなければ死んでいたぞ、とまずは言っておく。勿論、根拠は無いけれど。

 

「ギルドは今回の事件を異常事態(イレギュラー)と処理しますが……、とにかくご無事で何よりです」

 

 (ねぎら)ってくれたのはギルドの職員たちだった。

 アスタとしても正直、聞き違いであっても欲しいと一瞬だけ思った。だが、無理だった。

 何処の世界に五〇階層に生息するモンスターが上層に逃げてくると予想できるのか。

 怒るに怒れないのはアスタも理解しているが怒りをどこにぶつけたらいい、もちろん目の前に居る【ロキ・ファミリア】だ。

 

「……クソ狼。逆の立場だったら何て言うつもりだ? 言い訳すんじゃねえよ、か? ああっ?」

「……くっ」

 

 温和なアスタが今回ばかりは本気で怒っている。これに仲間は口を挟めず、同席しているベルもお互い無事でよかったじゃないですか、なんて言えなかった。

 下手をすれば全滅しててもおかしくなかった。それを防ぎ切ったのはアスタの犠牲のお陰だ。そうでなければベルは今頃死んでいたに違いない。

 説教をグチグチとするものだと思っていたがアスタは言葉少なくただ目の前に正座している【ロキ・ファミリア】の面々を割と長い時間睨み続けた。

 空白時間が長いのも意外ときついものだとベルは我がことのように感じた。

 

        

 

 それからしばらくして【ロキ・ファミリア】の幹部連中が現れ、今後の賠償手続きなどを改めて協議する事になった。

 異常事態(イレギュラー)だから仕方ない、など本当に言い訳にしかならない。

 アスタ自身、大事(おおごと)にしたくない気持ちがあったが犠牲者が出ている以上は引き下がれない。これは立場の問題もある。

 正義を標榜する【ファミリア】の理念を貫くために。

 後々、ネーゼからベルに今回の事で君ならどうする、と聞かれた。

 

「笑って済ますか、それともアスタのように徹底的に責任追及するか、という意味で」

 

 何も知らなければ無事であることを喜び、笑って済ますところだ。――その裏でたくさんの死人を出している事実に気付かずに。

 犠牲者が出ている以上、穏便に済むとは思えない。だが、今の自分に責任問題を糾弾するほどの意志の強さは無い。

 ――おそらく人任せになる。

 

「言うべき時は言わなければならない。泣き寝入りする必要は無い」

「……はい」

「ダンジョンで人死にが出るのは珍しくない。助かったからいいや、と安易に思ってもいけないけれど……。それを引きずるようでは冒険者としてやっていけない」

 

 そう言われて神ヘスティアの言葉が脳裏によみがえる。

 

 君は後悔していないかい、と。

 

 選択に迫られる事もまた冒険者にはつきものだ。

 予定を切り上げたとはいえすでに日付は変わっている。現在時刻は朝靄けむる早朝――

 多くの住民、各【ファミリア】はまだ眠りについている。そんな中で酒場『豊穣の女主人』はベル達の為に開店してくれた。

 実際は閉店の為に掃除や片づけをしている最中だった。

 

「あんたたち災難だったねー」

 

 アスタは『摩天楼(バベル)』の上層にある医療室に入院する事になった。

 ネーゼとベルは緊張から解放され、再度の眠気が襲っていた、が――それらを無視して【エニュオ・ファミリア】の団長アリーゼが彼らの話しを聞く名目で酒場に連れ込んだ。

 急な来客にもかかわらず、事情を察したミア・グランドは苦笑しながら彼らを受け入れた。

 

「深層域のモンスターですよ。災難で済むんですかね?」

 

 生きた心地がしない、とネーゼは自身を抱きしめつつ愚痴る。

 命の危機に瀕する場面に多く遭遇してきた経験を持つがやはり怖いものは怖い、と。

 

「アスタが部屋中を跳ね飛ばされたって聞いたけど本当?」

「……いや、そういう動きで翻弄したんでしょ? 決定打が与えられないんだから足止めの方法なんか限られてくるし」

 

 ドワーフの冒険者の多くは高い『耐久』を生かした前衛防御が基本だ。アスタも例にもれず大きな盾を持って仲間を守ることが出来る。しかし、今回はその手の武具を持って行っていない。

 無くても上層ならば大きな斧で皆を守れるからだ。その自身もあった。

 

「それにしてもクラネル君。よく生き残った。しかも救助活動もしっかりとこなしたって聞いたよ。偉い偉い」

 

 アリーゼは白い髪の毛があまり乱れないように撫でた。

 駆け出しにすぎないベルが今回、大きなけがも無く生き残っただけでも偉いと言えるけれど、一目散に逃げたりせず、救助に奔走した、と言うのはとてもすごい事だと評価している。

 見た事も無い凶悪なモンスターが近くに居るのに、だ。それは中々できる事ではない。

 逆に立ち向かっていった、という場合は無謀だと叱りつけている自身がある。それはアリーゼだとしても怒る。

 ベルの面倒を見る団長ポランはそんな【エニュオ・ファミリア】を冷たいまなざしで睥睨するように見ていた。

 ベルは背筋に悪寒を走らせたが彼女達は平然としていた。

 

(……あ、あれー。さっきのアスタさんと同じ場面に似てるなー……。気のせいかな?)

 

 アスタが『凶狼(ヴァナルガンド)』ことベート・ローガ達を見る目とポランがアリーゼ達を見る目が重なる。

 こちらはこちらで何か言いたげだったが無言である事が重圧となってベルは我がことのように額から汗を流す。

 あと、ポランはベルに顔を向け、そして力を抜いて嘆息する。

 

「……君が無謀な行動に出なくて安心した。よく無事で帰って来たね」

「……は、はい。お世話をかけて……」

「すぐ謝らない。君は自分の行動に自信が無いの? 悪いのはこいつらでしょ?」

 

 口調から怒りが収まっていない事を理解した。

 仕方がないから仲良くしましょう、という発想は彼女達には無いらしい。ベルは自身の甘さを痛感する。

 アリーゼと睨み合いの喧嘩に発展はしなかったものの団長ポランの機嫌は悪いままだった。

 

 

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