Untold Myth   作:トラロック

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#5-12 冒険者の辞め方

 

 白髪(はくはつ)の少年ベル・クラネルが冒険者になって一か月も経たないうちに色々なことが起きた。

 他派閥の【ファミリア】との接触。突発的な異常事態(イレギュラー)

 エルフの裸族が急接近してきた事が一番の衝撃だった気もすれけれど、と。

 英雄に憧れて迷宮都市オラリオに来たのに何度も冒険者を止めようと思ったことか。

 本末転倒で優柔不断な自分が一番悪いのだが――

 

「クラネル氏が遭遇したブラックライノスというモンスターですが……。あれは深層域に生息するもので今の君に対処する事は絶対に不可能です。ギルドですら対処方法が確立していない、というか情報が集まっていないものですから」

「そう……なんですね」

「深層攻略する【ロキ・ファミリア】が度々倒しているそうですけれど……。どうして上層に来てしまったのか……」

 

 アスタ・ノックスのお見舞いのついでにアドバイザーから意見を貰おうとベルはエイナ・チュールに尋ねてみた。

 深層五〇階層から現れる様々なモンスターの情報は()()殆どが未確定だった。

 一定数の名前と姿、大体の倒し方は伝わっている。だが、それだけだ。

 それらのモンスターと対峙する【ファミリア】が圧倒的に少ない事も情報不足の原因でもある。

 

「黒い(さい)のような姿で二足歩行し、並みの武器では歯が立たない程硬質的な外皮を持つ……。大きさは約二(メドル)程。ギルドが定める攻略レベルはおそらく(フォー)……」

 

 牛頭のモンスター『ミノタウロス』はレベル(ツー)から討伐対象となっている。

 低いレベルの冒険者に易々と倒されないモンスターに対し、ギルドは強さをランク分けして冒険者に伝える。

 最初に出会う階層主『ゴライアス』はレベル(スリー)となっているが、あくまで単独討伐する基準にすぎない。

 

「【ランクアップ】するには自分よりレベルが上のモンスターを倒すのが良いとされていますが……。勝てなければ命を落とします。不可能に挑戦するようなものですからね。ギルド側としてはお勧めしません、が……。止める権利を有していないのもまた事実です」

 

 自分より強ければすぐ【ランクアップ】するというわけではない。

 一定条件を満たした上で神々が定める『試練』を乗り越えなければ【ランクアップ】はいつまでも認められることは無い。

 試練の内容は曖昧でヘスティアにも答えられないものだという。

 

「ブラックライノスは鈍重そうな体格にも関わらず突進力があるそうです。今回のモンスターはその突進力……『敏捷』に特化した『強化種』のようです。そんなのに追われて無事だったのは不幸中の幸いです。……本当に。無謀にも立ち向かうんじゃないかと……」

「ええ、まあ……。多くの冒険者を逃がすのが先だと判断したので、戦うのはちょっと……。僕も一目だけですが……、見た瞬間に怖くなりました。あんなモンスターも居るんですね」

 

 モンスターを見て平気だ、と言える冒険者は凄いかというとそうではないとエイナは言う。

 アスタやネーゼ・ランケットも怖くないモンスターなんか居るもんか、とも言っていた。

 恐れを知り、それを乗り越えるのが冒険者だ。

 

(かっこいい事を言うかもしれないけれど、死んでしまったら意味が無い……、とも言ってましたね。確かにその通りなんですけれど)

「恐れを知ることは大事です。そんなのは弱いからだ、甘いからだ、とかいう人が居ますが……。ダンジョンをなめてはいけません。怖くない人ばかりならとっくにダンジョンは制覇されていますし、安全な施設として運営していますよ」

(ですよねー)

 

 今回、ネーゼ達と潜って感じたことは自分が足手まといになっていないか、ということ。

 戦闘に際して色々と教えてもらったからこそ戦いやすかった。本当はそれらを一人で全部こなさなければならないところなのに。

 楽をさせてもらっていることを忘れてはいけない。でなければ大量に現れるキラーアントの群れの前で死んでいた可能性だってあった。

 たくさんの冒険者が難攻不落のダンジョンに挑み、様々な情報を持て帰っているからこそ後から向かう冒険者の生存率が高くなっている。

 

 初見攻略(ファーストアタック)』する数多(あまた)の冒険者の犠牲のもとに。

 

 楽をすればそれだけ【ランクアップ】が遠のく。それを目的とせず、日々の生活だけ出来ればいい冒険者も居る。その者達にとって安全に仕事ができるのであればそれに越したことはない。

 全員が英雄を望んでいるわけではない。

 命を捨てる覚悟など誰もがしたいわけじゃない。命は大切だ。ベルも安易に死にたくないし、死ぬためにダンジョンに挑んでいるわけではない。

 

「………」

 

 改めて考えれば冒険者は常に危険と隣り合わせだ。そんな中で英雄に憧れているだけの少年が立ち向かうのはお門違いもいいところだ、と思った。

 覚悟を決めても後悔が襲う。ここはそういう場所だ。何度でも冒険者を試すように危機に陥れる。

 

「……冒険者をやめる方法って……、どうすればいいんですか?」

 

 彼の意外な言葉にエイナは驚いた。

 未来に憧れる少年が早々そんな言葉を言わないものだ。彼女が担当した冒険者の中に早々に諦めの言葉を発した者がどれだけ居たか思い出せないくらいに。

 だが、今回の事でたくさん怖い思いをしたのだから仕方が無い、と言えなくもない。

 

「本人が辞めたい、と思った時ですよ。ギルドとして何らかの契約解除の書類など作成したりはしません。……精々登録抹消というものがありますが……。それは違反した者に課せられるものです。神から【神の恩恵(ファルナ)】を貰った者は神自身の手でしか解除できません。それがある限り……、冒険者であるともいえますね」

 

 やるやらないは本人次第。そこに強制力は無い、と。

 登録の解除のようものの多くは冒険者の死亡が確認された時に(おこな)われる。自主的なものは少ない。

 やめるのは本当に簡単な事だった。ベルは改めて驚いた。

 神は眷族に無理()いはしない。だが、やるからには様々な制約に従ってもらう、とエイナは続ける。

 

「オラリオの危機に対する強制命令のようなものがあります。従わない場合はある程度の罰則がありますが……。これは滅多に起きるものではないし、起きてほしいとも思いません」

 

 この罰則も冒険者が遠出をしている場合、あるいはとっくに眷族が全滅している、などの時は適応されない。さすがにそこまで無茶な事は言わないし、実際に外で働く【ファミリア】が居るので条件の改定を何度か(おこな)っている。

 前途ある少年が色々と悩んでいる様子にエイナがかけられる言葉はとても少ない。

 ここで辞めるのも一つの結末である。

 今まで彼女が担当した冒険者は全て死亡している。だからこそ彼に死んでほしいとは思っていないし、心配もする。

 

        

 

 冒険者をやめるかどうかは置いといて、ダンジョン探索を休止して英気を養ってはどうか、と提案された。

 目まぐるしい展開が続いた為に落ち着いて物事を考える事もまた冒険者にとって大事なことだ、と。

 ベルは何も言えず、ただ頷き、トボトボとギルド会館を後にした。

 彼の姿が見えなくなった後、手に入れた今回の事件の資料に目を落とす。

 

(……規格外のモンスターに襲われて生き残っただけでも凄いけれど……。クラネル氏もとんだ災難だったわね)

 

 直接ブラックライノスを見たわけではないが、犠牲者の数だけ見ればとんでもなかった。

 その殆どが突進によって弾き飛ばされた事による。冒険者どころかモンスターまで。

 深層から逃げたのではなく、どうしてかミノタウロスの群れの中に潜んでいたらしい。

 いつからそこに居たのか知らないが、【ロキ・ファミリア】に発見された途端に逃げ出して現在に至る。

 

(ローガ氏の速力を振り切る『敏捷』持ちって何なのかしら。そして、それをアスタ氏が満足な防具無しに引き留めたのでしょう? 聞いているだけでとんでもない事の連続じゃない)

 

 様々な憶測が浮かぶがベル・クラネルに教えるものではない。

 まだ上層攻略しか出来ない駆け出しに深層の情報を教えるのは意味が無いからだ。

 じゃあ、明日から深層に挑戦してきまーす、など言おうものなら頭をひっぱたく自信がある。

 

「……レベル(ワン)がレベル(フォー)に挑むようなものよね……」

 

 モンスターにもそれぞれ攻略対象レベルというものが――暫定的に――設定されている。

 冒険者の大半はそれ(情報)を参考にする。――基本的に後発組が対象となる。

 先行する攻略組は未知のモンスターと相対する運命にある。強さも不明なことが多い。

 多くの犠牲を払って今がある事を忘れてはいけない。

 そして――ベルのお陰で助かった冒険者が居る事も。

 本人は現在、力不足を嘆いているようだけれど、彼の(おこな)いはエイナから見て誇れるものである。

 なにより怖がった、と本人は言うがしっかりと身体が動いていたとネーゼや現場に居た冒険者が証言していた。今にも泣きそうな面だったが、とも言われていたけれど。

 

(泣きそう、であって泣いた、ではないのね。とても怖かった筈なのに)

 

 雰囲気からしてアスタが大怪我をした責任を感じているようだった。モンスターを倒せなかった事ではなく――

 意外と度胸があるのかしら、と。

 それと大量に出てくるキラーアントもある程度倒していた、とも聞いた。

 

「……ん?」

(……気弱な少年……なのよね? いくら上位冒険者に連れられているとはいえ……結構モンスターを倒していない? ギルドが貸与した武器だけで……)

 

 彼が冒険者になってまだ一か月ほどしか経っていない筈だ。講習期間が半分以上占めるので感覚が狂いがちだが。

 順調に『能力値(アビリティ)』を増やしている結果かもしれない。

 エイナが思っているよりも少年の成長速度は速く、確実に実力を付けている。いつまでも子ども扱いするわけにはいかないのではないか、と。

 個人主義が多い冒険者の中で多くの出会いで強くなるのは良い傾向だ。出来る事ならこのまま進んでほしいと思う。――しかし、時には引き返す事も大事だ。

 

        

 

 本拠(ホーム)に帰宅したベルはヘスティアから【ステイタス】の更新を受けていた。

 事件のあらましは一応聞いていたが他と同様に災難だった、としか言われなかった。それしか言えない、ともいえる。

 

「そういう事もあるさ。困難の一つや二つで挫折してたらオラリオから冒険者なんかすぐに居なくなっているよ」

「……ですよねー」

 

 神の言葉を聞くと安心する。

 困難のない冒険など存在しない。それはとても胸が躍らないし、魅力的でもない。

 ただの炭鉱夫、という言葉が浮かんでベルは苦笑する。

 現在、彼は上半身裸の上、ベッドでうつ伏せになっていた。神ヘスティアはそんな彼の背に乗って背中に【神の血(イコル)】を垂らし、彼の隠された【ステイタス】を(つまび)らかにしている最中だった。

 

(……数値がすげー増えてる。各項目のいくつかは二〇〇を超えてる……。ちょっと増えすぎじゃないかい? それだけの危機に遭ったってことかな)

 

 『魔力』以外の項目の内『敏捷』が一番多く、次が『器用』だった。『力』と『耐久』も大幅に増えているけれど極端に増加したとは思えなかった。

 駆け出し冒険者にしては増加量が多いのは事実だ。それもこの短期間で。

 だが、それでもブラックライノスに対抗できるほどか、と言われれば無理としか言えない。

 レベル1のままでは到底無理だ。神の見解からもそう言わざるを得ない。

 可愛いベルだとしても甘い言葉で大丈夫、君ならあんなモンスターすぐに倒せるさ、などとは言えない。

 深層域の攻略経験がある【エニュオ・ファミリア】の団員にモンスターの強さを聞いておいたが、並みの武器では歯が立たず、根性論を加味してもレベル1がどう頑張っても討伐するのは不可能、と言い切られた。

 ――ただ、起死回生の魔法でもあれば話しは別だが、と。

 

(……ベル君にそんな凄い魔法は発現していないから無理って話しなんだけれど……)

 

 何度確認しても魔法の欄は空白のまま。

 仮にあっても詠唱しなければならないし、運よく短文詠唱を覚えていても威力が無ければ無理だ。

 一番の問題は駆け出し(レベル1)であるということ。

 

「君が出会ったモンスターが何匹も上層に居るとは思えないけれど……、命と引き換えにするような戦い方は……、ボクは嫌いだよ。他の団員にだってやってほしくない」

 

 浮き上がっていた全項目をベルの背中に押し込む。これで【ステイタス】の更新は終了だ。

 【ランクアップ】の条件にはまだ届かないが少しずつ前に進んでいる、という事を告げた。

 

「……それに、君は無謀な戦いをせず、人命救助に動いたと聞いた。恐ろしいモンスターが側に居るのに……。逃げ出してもいいはずなのに。それには何か意味があったのかい?」

「階段が詰まっていたので……。後から逃げる人の邪魔になっては犠牲が増えるだけだと……」

「理由はどうあれ、君の行動であの階に居た多くの冒険者は死なずに済んだ。アスタ君は重症だけど命に別状はなかった。結果オーライで結構じゃないか」

「……そうでしょうか?」

「そうだよ。自分の力不足を嘆いて何もしないよりましな程にね。君は木の棒一本で(ドラゴン)を倒せるほどの英雄かい? そうじゃないだろう。君は冒険を始めたばかりの卵じゃないか。当たって砕ける前の……。英雄は最初から英雄として生まれてきたわけじゃない。そうだろ?」

「………」

 

 ベルにも赤子の時代があった。その時すでに物凄い才能に恵まれてあらゆるモンスターを倒せるほどの強さを持っていたのか、と言われれば否だ。

 単なるひ弱な人間(ヒューマン)に過ぎない。強くなる為の冒険者になったばかりだ。

 

「出来ない事を嘆くなら今頃冒険者なんていう危険な仕事をしようとする者なんか居ないさ。理想を持つのは構わないけれど高すぎる理想は単なる障害でしかない。君のやりたいことはなんだい、ベル君」

 

 やりたいことは分からない。

 英雄に憧れた少年は答えを持っていなかった。だから、神の質問に答えられない。

 困っている人を助けたい、ではない。――ではなかった。

 

「……これからそれ(答え)を見つけに行ってもいいでしょうか?」

「もちろんだよ」

 

 優しく微笑みながらヘスティアはベルの頭を撫でた。

 全知零能の神(デウスデア)に出来る事は眷族を信じて応援することくらいだ。

 

        

 

 日を改めて団長の許可を取り、大怪我したアスタのお見舞いに【エニュオ・ファミリア】の本拠(ホーム)に向かった。

 集合住宅の様な威厳の彼らも感じない古臭い建物を前にし、懐かしさを覚える。

 同じく零細【ファミリア】である【ミアハ・ファミリア】の本拠(ホーム)もかなり年季の入った建物であった。

 活動資金の乏しい【ファミリア】は総じて家賃が少なく済むボロい建物に(きょ)を構えがちだ。ある意味では建物を見るだけで【ファミリア】のランクが分かる。

 ベルは入り口を通り、階段を上る。門番が居らず、扉も朽ちかけているので声掛けか、中に入っていくしかない。

 以前は神様だけだったが今回は階段の途中から眷族の女性が対応してくれた。

 

「あー、いらっしゃい。ようこそようこそ、我らの本拠(ホーム)へ」

 

 愛想良く出迎えてくれたのは白銀の髪に褐色肌が印象的だった狼人(ウェアウルフ)のネーゼだった。

 【エニュオ・ファミリア】の団員数は一一人。これはギルドに記された公式記録である。

 ベルが出会ったのは四人。残りはまだ顔も名前も知らないし、教えてもらうには【ステイタス】を規定値に増やす必要があった。――というより他派閥の情報を根掘り葉掘り聞くのは申し訳ない、という気持ちが湧いて尋ねるのを断念しただけだ。

 何しろ指導してくれたり助けてくれた相手だから。悪い印象を与えたくなかった。

 外はボロいが中は階層を続けている為か、比較的綺麗である。これは最近補修したような目新しさだった。

 神が居るのは二階。一階部分は半数が団員の部屋。それと風呂とトイレ。武器庫と備蓄用の倉庫。

 団員達が話し合う広めの今に通されたベルは知らない顔ぶれに挨拶していく。

 全員が居るわけではなく、神とネーゼを含めて六人。

 

(四人共知らない人だ)

 

 アスタは自室で休んでいるので現在本拠(ホーム)に居る眷族は六人。

 相手の事よりまずベルは挨拶した。あまり他所の派閥(ファミリア)に名前を教えるのはよくないと団長とアドバイザーから言われていたが――

 

「ご丁寧にどうも」

 

 それぞれやはり、というかすぐに名乗らない。それでも二人はすぐ名前を言ってくれた。

 まずアスタの容態を尋ねてみた。するとすぐ怪我を治して自己鍛錬に入っていると教えてくれた。

 その後で彼女達の主神エニュオが挨拶してくる。

 仮面を付けた女神。椅子に深く身を沈ませた格好でベルを見る。

 胡桃色の長い髪の毛を持つ女神の声はとても柔らかい印象を受ける。

 

態々(わざわざ)お見舞いに来るなんて、なんて殊勝な心掛けなのでしょう。男子の冒険者は勝気な方が多い印象を受けるのだけれど……」

「アスタさんとネーゼさんにお世話になったものですから」

「優しい心を持っているのね。……冒険者としては苦労するわよ。……もうしているか……」

 

 温和な性格だとしてもエニュオは【超越存在(デウスデア)】である。言葉一つとってもベルの身体や心に深く突き刺さってくる。

 それは見つめられるだけで心を見透かされ、考えを読まれてしまうようなもの。

 前回会った時も言い知れない緊張を感じたが今もやはり、それは変わらなかった。

 

「……それにしてもブラックライノスに襲われたって聞いた時は……本当に驚いたわ。よく無事だったわね」

「運が良かった、と色んな人に言われましたし、僕もそう思いました」

(私だったら……おしっこチビりそうって言ってしまいそう)

「ダンジョンでは何が起きるか分からない。……だとしても、あれは私も酷いと思ったわ。えっと……クラネル君」

「はい」

「うちの眷族(子供)達と仲良くしてあげてね。ヘスティアのところとはこれからも仲良くしたいし。……頑張ってね」

 

 そう言いおいて主神は部屋から去った。

 神様の姿が見えなくなると眷族である女性達が一歩前に進む。

 

        

 

 探索と治安維持が主な活動である【エニュオ・ファミリア】は全員が第二級冒険者(レベル3とレベル4)

 見た目からは想像できない実力者揃いである。

 団長アリーゼ・ローヴェル擁する【ファミリア】は正義を掲げていた。

 基本的な説明を終えた後は女性陣による質問攻めだがネーゼが代表として止めていく。

 

「あまり質問攻めにすると向こうの団長(ポラン)御冠(おかんむり)になる。程々に」

「……それもそうねー」

 

 ネーゼはアスタを呼びに行ってすぐに連れて来た。かなり近いところに自室があった。

 女性団員の間取りを聞くのは失礼かと思ったのでベルは大人しくしていたが、そもそもそういう所だと分かって来るのも失礼に当たるような気がした。

 女性だけの【ファミリア】に男子が一人だけだから。

 

「はーい、クラネル君。私は元気ですよー」

 

 そう言いながら微笑みながら挨拶してきたのはドワーフのアスタ。

 まだ手足に包帯が巻かれているが快方に向かってるのは間違いないという。

 屈強なモンスターに跳ね飛ばされたのに数日で元気な顔を見せるところから冒険者って凄いなと改めて思った。

 【ロキ・ファミリア】と対峙していた時は人が変わったように険悪な表情と言葉だった彼女の変わり身に改めて驚かされる。

 他の眷族も時と場合で表情が変わるのかも、と。それだけたくさんの修羅場を(くぐ)ってきた、ともいえる。

 

「ちょ~っと油断したけど、いずれ倒す相手だし、前哨戦としては充分かな」

「防備は大事だけど、あれは無いわー」

 

 深層域のモンスターと聞いてベルならば今の彼女達のように笑い合えるのか。何人も犠牲者が出るほどの事件だったのに。

 おそらくずっと気にしてふさぎ込むこともあり得た。

 それを感じさせないのは経験がなせる業だ。

 

(皆さん凄いな)

「……それで、君はまた冒険する気がある? あるなら同じ予定で潜りたいけど……」

 

 と、ケガ人のアスタは言った。

 これに対しベルは驚いたものの挑戦したいと述べた。

 強くなる可能性があるのなら、努力すべきだ。その果てに強大なモンスターを倒せばいい。どの道、今の自分では成すすべがない。

 いや、他の方法が思いつかない。

 

        

 

 アスタの元気な顔を見て安心したベルはその後、眷族にもまれることなく【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)である廃墟の教会に戻ることが出来た。

 拘束されてしまう事も考えていたけれど、無理強いされる事も意地悪を言われる事も無かったのが意外だと思った。

 噂に聞く【ファミリア】同士のやり取りは大体が喧嘩腰だった。

 

「お帰りなさいませ」

 

 と、丁寧に出迎える高貴な妖精(エルフ)ヴェルゼッタ。いつもの薄着に目のやり場に困ってしまうけれど、こちらも可愛らしい笑顔だった。

 本来、エルフは肌の露出を嫌う。今まで見かけたエルフの殆どが薄着であった試しが無い。

 彼女に薄着で平気なのかと聞けば平気ですよ、と即答される。

 

「私にとって大事なのは『手帳』だけですから。それ以外はどうでも良いのです」

 

 その『手帳』は見たことがあるが勝手な持ち出しは厳禁だと真剣に言われた事がある。

 普段温和なヴェルゼッタが真剣になるのは手帳絡みだけ、かもしれない。

 中身に関して日記帳と大差が無いと教えてもらった。それでも彼女にとって命の次に大切なものだと何度も言われてしまった。

 

「手帳とおっぱい。どちらが大事かと言われれば手帳と言えるほどに」

「………」

 

 深く聞いてはいけないような気がしたので話題を変えたくなってきた。

 彼女のダンジョン攻略はベルにとって謎に包まれていたが他の【ファミリア】のエルフを伴って少しずつ挑戦している。

 魔石などの稼ぎが少ないけれど他の仕事で色々な物資を調達してくる。

 

「クラネル君からすれば【ファミリア】の団員総手でダンジョンに潜った方がいいのでしょうね」

「普通は……そういうものだと思っていました」

「人には得手不得手があります。私の場合は外交……。たくさんの同胞との交流が主な仕事です。地下世界(ダンジョン)に興味はありません」

 

 金髪碧眼の見目麗しいエルフは言った。

 冒険者であるならばダンジョンに挑戦すべきだ、というのがベルの想像している世界だ。しかし彼女はそれに逆行するような存在であった。

 それに対して非難するのか、と言われれば否だ。多くの【ファミリア】の全てが一様にダンジョンに挑戦しているわけではない。

 

(……いいえ、私もダンジョンに挑む理由があった。……だからこそ何度か挑んできたのでしたね……)

 

 ヴェルゼッタは英雄になる為に迷宮都市オラリオに来たわけではない。だが、時を経る毎に()()()()()が思い出せなくなっていった。

 手帳に書かれている真の目的――それはもう過去の遺物。ヴェルゼッタの今は多くのエルフ達の笑顔を見守る事だ。そう自分に言い聞かせていた。

 とても大切な事があった。それを成し遂げる為に命を賭して生き足掻いてきた。――そんな過去の醜い自分を手帳に封じ込めて。

 

        

 

 長い説教を新人冒険者であるベルにしても仕方が無いし、冒険者としての心構えの教授は団長に任せている。

 団員としていくつかの助言が出来れば満足である、と。

 ヴェルゼッタは一歩引いた立ち位置を維持する。

 

「……ザングレーはいつも心配性なのですね。……確かに年端もいかぬエルフではありますが……」

 

 と、壁に顔を向け、焦点の会わない瞳で何事かを呟いた。ただ、それは側に居るユーカリンの聴覚をもってしても聞き取れない――解読できない出鱈目な単語の羅列だった。

 唐突に意識が飛ぶのは今に始まった事ではない。

 

(兎はザングレーというのか。三人の近衛兵の一人で……、ベルと性格が似ている? 言葉尻から……、頼りない一面があると見た)

 

 何事も無かったかのように振舞いつつユーカリンはいつものように(ふところ)から紙とペンを取り出し、ヴェルゼッタの言葉を書いていく。

 普段、暇そうにしている彼女はこうして仲間の事を気遣っていた。ちなみに書いた内容はその日の内に【ロキ・ファミリア】のエルフに届けられる。

 ヴェルゼッタが所有する『手帳』の改定はリヴェリア・リヨス・アールヴの手によって(おこな)われる。

 この時ばかりは【ファミリア】としてではなくエルフの同胞として、後見人として振舞う。

 

「……ベル君。君は黙ってダンジョンに向かいたまえ。高貴なエルフ様は大事な瞑想状態に入った。……静かに退出するように」

「……え? ……はい」

 

 手で追い払うようにユーカリンは指示した。

 突如何事か呟き始めたことに驚きつつも言われた通り、自分の部屋に向かう。

 【ヘスティア・ファミリア】に入って何度不思議な光景に立ち会っただろうか、とベルは不安を覚えた。

 個人的な問題の場合、他人である自分が積極的にかかわる視覚があるのか迷うところ。団長も過度に関わらないし、興味本位であるならばやめた方がいいとさえ言ってくる。

 

(……僕に出来る事は【ステイタス】を伸ばす事……。確かにその通りなんだけど……)

 

 仲間として活動したい気持ちが少しずつ強くなってきたベルにとって彼女達に本当の意味で仲間と認められたいと思った。

 その為にはやはり強くなった方がいい。そう判断し、ダンジョンに向かう。

 

        

 

 少し深い階層に挑戦した後だから三階層までは難なく攻略できるようになった。ここから先はモンスターの数が増えてくるので倒せるとしても油断はできない。

 そんな彼の近くを多くの冒険者が通り過ぎる。

 ダンジョンに潜る冒険者は膨大である。駆け出しも多い。そこかしこから威勢の良い声が木霊(こだま)する。

 集団(パーティ)であったり単独(ソロ)であったり――

 良い装備を持つ冒険者はさっさと下層に降りていく。彼らの多くは一〇階層より下で活動する事が多い。

 

(今日も人が多いな。重そうな装備で往復するのが大変そうに見えるけれど、彼らも寝泊まりするのかな?)

 

 日帰りが多いベルにとってダンジョン内での寝泊まりはまだ一度しか経験が無い。

 黙っていればモンスターが現れる。そんな中を眠るなんて危険以外の何者でもない。だからこそパーティが必要になってくる。

 ソロ活動の人はどうしているのか、ずっと疑問だった。様子を見させてください、とも言えないので。

 

(そういえばパーティってどうやったら作れるんだろう。やっぱり他の【ファミリア】に行って頼むのかな?)

 

 【エニュオ・ファミリア】は団長と顔見知りだから一緒になってくれた印象がある。そうではない場合はどうやって頼むのか。後でアドバイザーに聞こうと思った。

 多くのモンスターが蔓延(はびこ)るダンジョンにおいてベル単独踏破の難しさを思い知る。

 その後、四階、五階と降りた。

 

(やっぱり一人で戦うには大変だ。……疲れが溜まってきた)

 

 討伐に時間がかかれば次のモンスターが壁から出てきてしまう。それゆえに囲まれやすい。

 無駄な攻撃をすればするほど焦ってくる。

 ネーゼ達の言葉を借りれば魔石を諦めて砕くことに集中すべし、だ。

 体内にある魔石の位置は概ね一緒だ。そこを狙えば一撃で灰に還す事が出来る。これは階層主と呼ばれる大型モンスターも同様である。

 資金稼ぎか【ステイタス】向上か。

 

(……あっ、ヤバイ。武器がそろそろ限界だ)

 

 調子に乗って戦っていたがギルドから貸与された武器が目に見えてボロボロになっていたことに気が付く。

 もし、壊れても体術で倒せばいいのだが――先達の冒険者の意見は重要だと改めて思い知った。

 その後、予定を切り上げて上層に向かう。回収できそうにない魔石はその場で踏み砕く。これは『強化種』を生ませない処置だ。

 ブラックライノスの二の舞はさすがに御免だった。

 

 


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