Untold Myth   作:トラロック

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#1-04 リーダー命令です

 

 食(あた)りから復帰して数日後、歳若い赤毛の人間(ヒューマン)『ポラン・ブーニディッカ』はダンジョンの第一から第三階層を昇り降りしながらモンスターと戦い続けていた。

 【ステイタス】の伸びは今ひとつだが増えてはいる。

 一匹に対して一。それを百度も繰り返せば百となる。

 地道な努力の甲斐もあり、最低限の食料代を確保できるまでになった。それでも装備品を新調するまでには至っていない。

 だからといって無理して下層に降りられるほど強くもない。

 水を一口含んで戦闘の再開。

 それとは別に戦闘技術を身につける方法も模索していた。

 下層には手ごわいモンスターが多い。いつまでも単純戦闘では討伐もままならない。かといって誰かに師事するにしても金が掛かる、と話では聞いていた。

 様々な要因に集中力が削がれ、余計なケガを負う。

 

        

 

 ある日、遅めの昼食を神ヘスティアと摂っている時、来客が訪れた。

 ヘスティアの友神(ゆうじん)『ミアハ』という長身の男性だ。

 優男といっていい温和な性格で、人当たりの良さそうな――悪く言えば騙され易そうな――神という印象を受ける。

 【ミアハ・ファミリア】の主神で冒険者の為のアイテムを製作、販売している。

 

「なんだい、ミアハ。ボクらはお金が無い貧乏【ファミリア】だぜ。何か売りに来ても無駄さ」

「つれないな。どうも、ミアハです」

「……いらっしゃいませ」

 

 ミアハに声をかけられてポランは緊張のあまり声が上擦ってしまった。

 他の神は遠くから見るだけで口を聞く事は殆どない。

 オラリオに居る神々は殆ど自分の拠点に引きこもっているのでヘスティアのように自分の主神でもないかぎり会う機会には恵まれない。ただし、商業系は顧客が居るので会わないわけにはいかない。

 ミアハに提供できるのは水くらいしか無かった。――さすがに知らない神にジャガ丸くんを提供するのは失礼かと思った。

 

「団員は彼女一人なのかい?」

「大きなお世話だよ。冷やかしなら帰ってくれよ」

 

 口を尖らせるヘスティア。

 神が訪れた目的は単なる世間話。それゆえにポランは邪魔してはいけないと気を利かせて退出する事にした。

 ミアハもポランが目的ではなかったようで何も言ってこなかった。

 

        

 

 神と言っても姿形は人間と大差がない。

 違う点は能力くらいだ。

 下界に降りたひ弱な神とはいえ他の冒険者達は彼らを敬い、決して害そうとはしない。

 害したとしても冒険者ギルドからお尋ね者として登録されて追われる日々を送るだけだ。

 それと神を処罰するのは基本的に神だけだ。

 ポランのような一般人に出来る事はギルドに苦情を申し付けることだけ。それがこのオラリオの規則――

 外に出たポランはしばらく暇になりそうだと判断して商店街に出かける事にした。

 多少の蓄えがあるとしても武器購入の為の貯金を始めているので、余計な買い物は出来ない。

 生活に必要な調味料とか日用品。それとある程度自分にあった武器の見学くらいはしておこうと思った。

 それから数時間後、ある程度の情報だけを得て廃墟の教会に戻ればヘスティア一人になっていた。

 

「お帰り。余計な気を使わせちゃったね」

「いえ」

「午後からまたダンジョンに行くのかい?」

 

 少しでも稼げるうちは挑戦すべきだと思うのでポランは首肯した。

 夜が深くなる前に帰るように約束を交わして子供(ポラン)を送り出す。

 たった一人の団員の安否をただひたすら待つのは神とて辛いな、とヘスティアは思いつつ――

 

        

 

 全ての【ステイタス】が平等に増えているわけではなく、戦闘や行動の仕方によってまちまちである。

 その中でポランは『耐久』と『器用』がよく伸びていた。

 『力』が三番目。

 その『力』が五十を越えた辺りで四階層に挑戦する事にした。危険だったり無理だと感じたらすぐに撤退する意向で――

 【ステイタス】の伸びが悪いけれどダンジョンに潜る回数ではないのが救いであった。

 基本的にモンスター一匹に対して一なので。――倒した数と増えた数字がほぼ一緒だった。

 とにかく、ただひたすらにモンスターを倒し続けていけば評価が上がる筈だ。そう信じて武器を振るい続ける。

 それを数日繰り返し、ついに『力』が百を超えた頃、『器用』は二百を超えていた。

 モンスターの数を数えながら倒してきたわけではないし、絶対に一つの項目だけ伸びる、という保証もない。

 ここまで三百体も倒してきたかもしれないし、三百五十体かもしれない。

 とにかく、地道な努力で一つの目標は達成できた。――ついでにそれなりの収入も得られた。しかし、上層モンスターの『魔石』の換金率は低い。

 神ヘスティアは地道に強くなり、(たくま)しくなってきたポランを応援しつつ団員募集を続けた。――今のところ結果は芳しくない。

 

        

 

 ギルドから支給された武器もそろそろ新調しようかと思っていた頃、オラリア中央に聳え立つ白亜の塔『摩天楼(バベル)』に向かった。

 この塔は地下迷宮(ダンジョン)を塞ぐ形で築かれている。そして、様々な店舗があり、冒険者の為の公共施設、換金所、食堂に治療施設。そして、冒険に必要なアイテムや装備品を販売する店がある。全て商業系【ファミリア】が管理運営している。

 鍛冶師が工房を構えていて直接販売が(おこな)われているところもある。

 有名どころである【ヘファイストス・ファミリア】という鍛冶系の【ファミリア】はバベルの四階から八階までを占有するほど。

 有名どころの武具はブランド力が強く、必然的に高額になりがちだ。――当然の事ながらポランに手が出せる金額帯は存在しないと言ってもいいくらいだ。

 しかしながらバベルは高級品ばかり販売しているわけではない。

 八階以降には駆け出しの鍛冶師達が作った武具が格安で売られている。

 それらは無名の冒険者達に提供され、その冒険者が有名になれば自分の名前も知られる事になる。そういう打算があるので商売として成り立っている。

 名が売れれば顧客も増える。しかし、商品が劣悪であれば当然――

 だからこそ駆け出しの鍛冶師達は日々研鑽の為に努力する。

 ギルドの紹介で訪れたポランは自分にあった武器を散策する。持ってきた資金は万を超えた程度だ。――大半は貯金と食費。それらを合わせればもっと多いけれど――

 

「……どの程度が良いのか分からないな」

 

 武器の優劣の知識が無い為に長持ちしそうなものがどれか分からない。

 殆どの商品は箱に乱雑に入れられて野ざらしとなっていた。――値札は貼られている。

 安物を買ってすぐに壊れては困るし、不当に高いものを買わされるのも困る。

 

        

 

 防具も確認だけして帰る事にする。

 初日に掘り出し物に恵まれる、というよりはまず知識を得るところから始めなければ――

 そう思い、ポランは手持ちの武器を大切にしながら装備の為の資金を溜める事にした。

 堅実な生活は珍しい事ではない。

 全ての冒険者が特別な才能に恵まれ、怒涛の如く名声を得る者ばかりではない。

 ヘスティアもそんなポランを無理に焚きつけるようなことはせず、温かい目で見守る事にしていた。

 本音としては特別な『スキル』でも手に入れてほしいと願ってはいた。

 見事に何も発現しない。神の目でも見えない小さな文字で書かれているのでは、と思いはしたが徒労に終わった。

 

「……でもまあ、数値は確実に増えているから。このまま各【ステイタス】が順調に増えてくれれば一年くらいで【ランクアップ】の権利を得る事も不可能じゃないぜ」

「そうですか」

 

 神から【ステイタス】が書かれた紙を受け取って相槌を打つ。

 難しい理屈は分からないけれど今のまま努力をすればいい、という理解で受け取った。

 ここしばらく食材も増やして健康面にも気を使うようになったポランに今のまま強くならなくても、という()()()誘惑が囁いたがすぐに追い出した。

 最終的に人生を決めるのは冒険者だ。神はただ彼ら子供たちを導くだけ。

 

        

 

 数日後、武器が傷みすぎて限界に達してきたので応急措置として購入を決意。

 ギルドのアドバイザーに選定を手伝ってもらう事にした。

 各冒険者にはそれぞれ専任のアドバイザーが付き、冒険者の手助けをする。

 神からも勧められたので活用する事にした。

 

「五層はまだ怖いと思いますので、そこまででしたら……。この辺りが無難かと思います。不壊属性(デュランダル)の武器はどれも高額ですし、予算の関係としては使い潰しを想定するしかないですね」

「分かりました」

「大きなケガをしない内であれば防具は一先ず諦めて……。堅実な冒険であれば充分かと……」

 

 自分が言うよりも堅実なポランに今更感はあるが、仕事柄一応は言っておく。

 歳が若いせいもあって素直な性格は冒険者向きではないけれど、好感は持てた。

 他の冒険者を羨まず、地道に能力を伸ばしているし諦めてもいない。

 モンスターと戦うのは想像しているよりも過酷で命の危険も付きまとう。それに冒険者ギルドは各冒険者の身の安全は保障できない。

 救援を依頼する事は出来るが、ギルド自体が階層に下りて冒険者を救う事は基本的には無いといってもいい。

 それだけ危険と隣り合わせの仕事である。

 色々と物色した結果、想定より少し高めの剣の購入を決断。防具は後日にして神ヘスティアに報告する。

 たったそれだけの事でもポランにとっては大きな出来事だ。そんな彼女の喜ぶ顔を見てヘスティアも表情が綻ぶ。

 武器より防具を買いなよ、とはさすがに言えない。

 戦う武器が無ければ何も出来ない。素手でモンスターを倒すのはアマゾネスくらいだ。

 

「ギルドの目利きなら心配は無いと思うけれど……。硬いモンスターには気をつけるんだよ」

「はい」

 

 素直が服を着て歩いているようなポランの返事はいつ聞いても気持ちが良い。

 その人の良さに漬け込まれないことを主神は切に願うばかりだ。

 

        

 

 新たな武器を持ってモンスターを倒す日々が始まる。しかし、やる事は以前と変わらない。変わったのは武器だけ。

 いつも通りだ。

 着実に『力』の【ステイタス】は増えている。

 戦えば戦うほどにポランは強くなり、多くのモンスターを倒せるようになってきた。だからといって下の階層に出てくる新たなモンスターに通じるとは限らない。

 四階層目を目標に防具の資金稼ぎを始めて三日目。

 随分とこなれてきた為か、最初の時より呼吸が苦しくない。モンスターの攻撃にも対処できるようになってきた。

 食中りを除けば順調であった。

 倒し終わったモンスターの『ドロップアイテム』や『魔石』を回収している頃、他の冒険者達の姿を見掛けた。

 広いダンジョン内ではあるが上層は比較的人口が多く、すれ違う事はよくある。

 それ故にダンジョンに現われるモンスターの数もポランが確認出来ないだけで実際は相当数居ると思われる。

 換金率が低いこともあり、ポランのような駆け出しにとっては良い稼ぎになる。

 多くの冒険者は早々に中層、下層に降りて活動しているようなので。――いずれポランも彼らと同じ道を歩むのは必然――

 そうして十二歳を迎える頃には『力』の【ステイタス】も三百を超えるまでに至る。

 アビリティで言えばF。『耐久』と『器用』はD。

 更なる下層を目指す資格を得ていた。それと防具も地道な貯金によって揃えられた。

 形だけは一人前。実力はまだレベル1の駆け出しに過ぎない。

 

        

 

 団員一人の零細【ファミリア】は相変わらず。

 今日も今日とてポランは堅実にダンジョンに挑戦し続けていた。

 五階層にて必要なアイテムを購入する資金稼ぎをしていると複数のパーティが入れ違いに上と下に向かっていく様子を何度も目撃した。

 人の出入りが激しいダンジョンは今日も盛況で、見知った顔が見当たらないくらいだ。

 

「ここも雑魚共が(ひしめ)いてんな」

 

 周りに敵意を振り撒くように威嚇しながら降りてきたのは灰色のボサボサした髪の男性冒険者。獣耳と尻尾が覗く狼人(ウェアウルフ)の少年。

 見た目とは裏腹に実力はレベル3の第二級冒険者。

 

「……ベートさん、さっからうるさい」

 

 と、そんな彼を嗜めるのは金髪金眼。冒険に必要なアイテムが詰まった背負い袋(バックパック)の他には僅かな軽装の防具と細身の剣を携えた年若い少女。

 年の頃はポランと大差がない。しかし、その実力はレベル以上に謎めいていた。

 散歩程度のダンジョン攻略をしていたせいか、【ステイタス】の伸びが今ひとつだと不満を滲ませるのは【ロキ・ファミリア】で頭角を現しつつある冒険者『アイズ・ヴァレンシュタイン』と『ベート・ローガ』であった。

 底辺に居るポランには馴染みが無かったのだが、世間一般的にはかなりの有名人たちである。

 

「けっ」

 

 鼻を鳴らすように壁を蹴り付けて苛立ちを示すベート。

 少年にしか見えない彼の蹴りでダンジョンの壁が大きく削り取られた。――それと同時に破壊音に驚く近くに居たポラン。

 ダンジョンの壁は軽く蹴った程度で壊れるほど脆くはない。そうでなければ落盤の危険性が指摘されてモンスター討伐など出来はしない。つまりベートの蹴りはそれだけ強い事になる。

 それとモンスターが現れる時に砕ける壁は自然と修復される仕組みになっている。――その原理はギルドも把握していないが、だからこそ地下迷宮が今も健在である証拠と言える。

 

「オラ。出て来いモンスター共」

 

 乱暴な行為に眉根を寄せつつアイズは彼の襟を掴んで引っ張った。

 

「……他の冒険者の迷惑になるから」

「ああっ? 討伐を手伝っただけだろ」

「……【ランクアップ】したてなんだから。……身体を慣らすなら十二階層でお願いします」

 

 とはいえ、副団長達との約束では十八階層までの攻略だった。それ以降は怒られる。

 アイズはダンジョンに潜れるだけで我慢しているのだから余計な騒動はどうしても避けたかった。そうしないとダンジョン攻略禁止令を食らってしまう。それとベートの教育も任されているので責任は教育係が負う事になっていた。

 

        

 

 小さな身体の少女が大柄な少年を嗜める姿は異常というよりは微笑ましい風景に映っている。

 ここでは年齢に関係なく実力がものを言う世界だ。

 ベートも強い者には従う。だからこそ文句を呟いてもアイズには逆らわない。

 渋々の(てい)で下層に向かう階段を探す。――その過程で見知った赤い髪の少女に気づく。

 前回は意識不明だったその冒険者ポランと目が合う。

 

「……どうも」

「あっ、はい。こちらこそ……、ご丁寧に」

 

 互いにお辞儀し合い、その後は会話が途切れた。

 ベートは鼻を鳴らしつつ相手を睨むように見つめて正体に気づく。

 

「……あー。あん時のゲロ女か。まだダンジョンに居たのかよ」

 

 変な名称で言われてムっと口を尖らせるポラン。女の子であるので汚らしい言い方は嫌悪感を覚える。

 彼とはきっと仲良く出来そうにない。

 

「こんなところで(くすぶ)っている奴等に構っている暇はねぇ。さっさと行こうぜ」

「……ベートさんも最初は……『こんなやつら』の一員だった……と思います。……強くなったからって粋がるのは……、えっと……。……調子に乗りすぎです」

 

 今度はアイズがムっと口を尖らせる仕草で(たしな)める。

 教育者として言う時は言う、という意識で頑張って言った。

 全てはダンジョンに潜る為――

 

        

 

 言い争いに発展する前に壁からモンスターが現われる。しかし、完全に姿を現す前にベートが見えている範囲のモンスターを次々と蹴り倒してしまった。

 地面には虚しく『魔石』が落ちる。

 

「……倒すばかりで結局、拾いもしないんだから。……勝手に倒さないで下さい。……他の冒険者への迷惑行為……ですよ」

「うるせぇ。目に付くモンスターは居るだけ邪魔だから別に構わないだろう。雑魚は楽して金でも稼いでいればいいんだからよ」

 

 そんな事を言っている間、ポランは転がっている『魔石』を拾わないのは勿体ないと思い、掻き集めていた。

 他の者が見れば他人が討伐した獲物のおこぼれを貰う卑しい行為に等しい。けれどもポランにはプライドが無いので平気だった。――今は、と付くかもしれないが――

 

「ほら見ろアイズ。奴等にとって『魔石』が手に入れば充分なんだよ」

「………」

 

 弱者に対してベートはとにかく口が悪い。今更ではあるけれど仲間として情けない思いを感じる。

 各上の冒険者は下級に対して畏怖の対象でなければならない。尊敬される立場でなければ『深層』と呼ばれる難関に向かう際、道を譲ってもらえなくなる――とリヴェリアから聞いた事があった。

 

 ならば、教育者としてアイズは決断しなければならない。

 

 具体的にどうすればいいのか、はすぐに思いついたりはしない。

 自分は頭で考えるよりは身体を動かして一匹でも多くのモンスターを倒す方が楽だからだ。だが――、それでは駄目だ。

 後輩(ベート)を導く立場でもあるのだから。

 調子に乗るベートを黙らせる方法――

 それは単純に彼の嫌がる事をすればいい。――というのはすぐに思いつけた。しかし、()()が出て来ない。

 自分より弱い者に対して敵意をむき出しにする彼の嫌がること――

 上層でモンスターをひたすら狩り続ける。それはそれでアイズ自身も嫌だ。

 モンスター討伐には違いが無いけれど、自身が強くなる事も目的の一つとなっている。だからこそ()()()()()()()では駄目だ。

 

        

 

 物思いに耽るアイズをよそにベートから早く行こうぜ、と急かされる。

 下に行くよりも今はベートを教育する方が大事だと頭では決まっていた。

 普段の彼女であれば頭より身体が先に動く。だが、今回はさすがに身体が止まった。いや、止めた。

 そこで、まだ地面に落ちている『魔石』を拾っていたポランに気が付く。

 ――もし、彼女の許可があれば利用できるのではないかと、靄がかかったままだが何かを思いつけそうな気にはなった。

 この階層で活動しているのでレベル1はほぼ確定。弱者の見本といってもいい。――というのは流石に言いすぎかな、とアイズは思った。

 自分も強者の仲間入りを果たしているので下の者に対する偏見があるような気がして、僅かばかり良心が痛む。

 ベートとは違い、強かろうが弱かろうが冒険者を蔑む気は無い。

 

「……ベートさんは……入り口で待ってて」

あん!? 俺一人で先に行ってていいのかよ」

 

 何を聞いても不機嫌な対応になるベートにアイズの眉根は――つい寄ってしまうのだが今は無視する。

 彼が側に居ると頭の整理がままならないのでは、と思い早々に現場から追い払った。

 十二階層までは先に行かれてもアイズには問題ない。それにベートも一人でそこまで往復できる実力と責任感が備わっている。

 それだけの実力を持っていると自負している。

 彼の姿が見えなくなる頃、拾い終わったポランに近付くアイズ。――正直に言えば他の【ファミリア】の団員に一人で声をかけるのはレベル3であっても緊張する。

 

「……あの」

「はい?」

「……その『魔石』は貴女にあげる。………。……その……一つ頼みを聞いてほしい」

 

 アイズとポランはほぼ同年代の背格好。

 他の者が見れば小さな女の子が物騒なダンジョンで仲良く話をしているようにしか見えない。――ここが地上ならば違和感は無いのだが――

 互いに武器を提げた冒険者――

 

「あなた方が倒したのだから貰うわけには……」

「……いいの。……お詫び」

 

 中々会話が弾まない。頭では分かっているのだが、自分の考えを伝える難しさに困惑する。

 どうすればすんなりと話せるようになるのか。

 何度も唸りつつ言葉を探す。

 強引な方法は【ファミリア】の印象を悪くする。かといって他の【ファミリア】との交流を積極的に(おこな)った事が無いので方法が分からない。

 自分が知るのは【ロキ・ファミリア】だけ。その中であれば平気なのに、と。

 

        

 

 アイズから話しかけたものの一向に会話が進まず、ポランをずっと待たせたまま。

 殴って気絶、という単語が浮かんだがすぐに追い払った。

 

「……えっと、団員は……貴女の他に居る?」

 

 通常であれば他の【ファミリア】に構成員や【ステイタス】の情報は開示しないし、答える義務も無い。

 【ファミリア】同士が連合を組む事はあるにはあるが、それは特別な場合に限っての話だ。

 一般的に【ファミリア】は敵同士。または商売敵だ。――だからといって率先して妨害や殺し合いになる事は非常に(まれ)である。

 【ロキ・ファミリア】は大規模ゆえに敵が多い。――大半は主神であるロキと相性が悪い、というだけの理由だったりする。

 アイズが敵だと断定している敵対ギルドは今のところ存在しない。

 

「……私は【ロキ・ファミリア】所属のアイズ……。貴女の【ファミリア】の事は言いたくなければ言わなくていい。……仲間が居るかどうかだけでも」

 

 仲間の有無も敵対【ファミリア】の場合は危険な応答となる、とすぐに気付くアイズ。

 色々と悩んでみたものの他の【ファミリア】の協力を個人で解決するのはとても難しい事は理解した。

 

「は、初めまして。まだ駆け出しの冒険者をしております、ポランと言います」

 

 相手は思いのほか素直にお辞儀しながら応えてくれた。

 有名【ファミリア】である筈の【ロキ・ファミリア】の名前にも驚かないのは何故なのか気になったが――

 彼女にとって【ロキ・ファミリア】はまだ知らない存在なのかもしれない。――いや、そんな筈はないと思う。

 神々の中では悪名が轟いている、と評判だと人づてに聞いた覚えがあった。

 団員は知らなくても主神は警戒しろ、とか言うのではないのか、と。

 アイズは礼には礼を持って返礼する。

 

「……ご丁寧にどうも。……それで……その……貴女が良ければ今日だけでもパーティを……組みませんか? ……いえ、組んでください。……【ロキ・ファミリア】の名に懸けて貴女の身の安全は保障します……」

「パーティ? ……でも私は駆け出しですよ」

「……それでも……、構わない。……報酬は『ドロップアイテム』と『魔石』……です。……私達はモンスターさえ倒せればそれでいいので……」

 

 金で釣るのも良心が痛むがベートの教育の為ならば致し方ないと諦められる。

 これは自分の為の試練だと思うことにする。

 レベル4への――

 

        

 

 パーティになって下層を目指し、途中で置き去りにされてはたまったものではない。――かもしれないのではないか、と相手の立場になって考えた。

 アイズは彼女の不安を取り除く方法を懸命に考えた。しかし、良い案が浮かばない。

 襲ってくるモンスターを倒せばいい、といっても不慮の事故は避け得ない。この場合の対処方法を間違えれば【ロキ・ファミリア】に確実な汚点を残す、だけでは済まない。

 それだけの責任を小娘たる自分に負えるのか――

 負えなければ逃げればいい、というわけにはいかない。

 第二級冒険者ともなれば()()()()()名が通ってしまっている。二つ名である【剣姫】は確実に汚名を被る。

 汚点は一つだとしても重くのしかかる。しかし、自分ひとりであれば我慢できるのだが、そうもいかない事情がある。

 『アイズ・ヴァレンシュタイン』は【ロキ・ファミリア】にとって看板商品と同等――

 団長の『フィン・ディムナ』以下、多くの団員に確実に迷惑をかけてしまうだけの存在であった。

 

「……目的地は中間地点の十八階層『宿場街(リヴェラ)』……。……帰りもちゃんと護衛するから」

 

 駆け出しにいきなり十八階層に行きましよう、と言ってはいそうですか、とはいかない。――拒否されても当然だ。

 ポランにとっては興味本位で行けるような場所ではない。――特に駆け出しは()()実力不足なので、そこまでの階層にいきなりは挑戦できない。

 途中に現われる様々なモンスター達の猛攻を掻い潜り、更に地上まで戻るという口約束を信用させるのは並大抵の事ではない。

 だが、アイズは他に言いようを知らなかった。分からなかった。

 自分のお願いをただ言うだけ。

 我がままなのは自覚している。その上でのお願いに対し、ポランはいいですよ、と快く返答した。――ベートの嫌がる事になれれば、と思ったのは内緒にしておく。

 

        

 

 了承したものの後々ギルドに怒られるのは確実だし、アドバイザーと神ヘスティアにはかなりの動揺と心配をかける事になる。けれども困っているアイズの助けになるのであれば、それは善行ではないか、と。

 自分には何の取り柄も『スキル』も無い。地味な女の子だ。

 資金稼ぎは大事だが経験を積むことも目的に含めている。――人生経験も冒険の内だぜ、という主神の言葉が蘇る。

 

「……駆け出しが下層域の『魔石』とか持って行ったら怪しまれますよね」

「……私達と即席のパーティを組んだ報酬ってことにすればいい。……いや、します。……お金が駄目なら私が出せる範囲で武器防具一式か回復薬(ポーション)を進呈する。……それならどう?」

「……それほどまで私の様な者が必要なんですか?」

「……都合がいいから。……言い方は悪いけれど……、あのベートって人を教育するため。……何にでも当り散らすから他の冒険者にいつも嫌われてしまう……」

 

 と、悲しそうな顔をポランに向ける。――もちろん演技だ。

 言葉に少しでも真実味を含ませる為にアイズは努力した。それはもう思いつく限りの事を――

 後には引けないし、引くつもりはない。

 交渉は成立し、アイズと共に行くことを決めたポラン。――しかし、手放しで喜べる筈がないとは思っている。

 下層域にレベル1が挑むには相応しい実力を身につけた後でなければならない、というのがアドバイサーの意見であった。――それを今回は無視するのだから後が怖い。

 共に戦うわけではなく、ただ黙って着いて行くだけ。その辺りの細かい方法はアイズが懸命に考えている最中だった。

 

「……それはそうと……、下層域に行けるだけ強いんですね」

「……うん。……ポランは……あいや、いい」

 

 ポランはこの辺りで活動していたのだからレベルは低い筈だ。それを無理に聞き出しては何かと侮蔑として取られてしまうのでは、と思った。しかし、共に下に行くとなれば嫌がおうにも自分達の強さを見せ付けてしまう。それは隠し様がない。

 協力してくれるだけでありがたいと思わなければ。

 アイテム類では問題がある、というのならば他に自分が提供できそうなものは何があるのか、とアイズは考える。

 

        

 

 数分ほど思考してみたが良い案は浮かばない。

 自分の武器は渡せない。であれば彼女を鍛えるくらいか、と。

 我流である自分に人様に教えられそうな技は持っていない。魔法と言ってもエルフではなく人間(ヒューマン)、または小人族(パルゥム)に伝授出来るものも無い。

 とはいえ、報酬については後で改めて考える事にしよう、とアイズは目下の目的を優先する事にした。

 とある階層では炎に炙られるおそれがあるので、その対策アイテムである『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』をまずは確認しておく。

 軽装のアイズとて攻撃を受ければひとたまりもない。しかし、当たらなければどうということもないし、その厄介なモンスター『ヘルハウンド』は既に自分達にとって脅威とは言えない相手だ。

 十三階層から現われる黒い犬型のモンスターで特徴的な事はただ一つ。

 

 炎を吐く。

 

 それもレベル2でも対策しなければあっさりと消し炭に変えるほどの火力を持つ。

 別命『放火魔(バスカヴィル)』と呼ばれる。

 当然の事ながら今のポランにはどうすることも出来ない。

 

「……ケガとかはこちらで治すから。……ポランは戦わずに大人しくしてくれるだけでいい」

 

 そう言いながら下の階層に続く階段へと移動する。

 見ず知らずの冒険者を引き込み、途中で捨てる事は()()出来ない。自分は【ファミリア】の名をかけて約束した。

 第二級冒険者としての恥ずべき事はしないし、してはいけないと思った。

 方法については賛否両論あるのは自覚している。

 

「……もし、怖かったら言って。……無理して十八階層まで行かないで戻ることも検討するから」

 

 個人的には下まで降りたいところだが、今回はベートの教育という目的を重点的にしたかった。

 いつまでも荒くれ者ではダンジョンに潜るのが恥ずかしくなるので。

 

        

 

 少し強引かと思ってポランに改めて尋ねる事にした。

 一方的にお願いを聞いてもらうのだから自分達も妥協しなければならない。

 見ず知らずの冒険者の頼みごとはアイズであれば疑うか、不審に思う。――今回はそれを自分でしてしまっている。

 

「……未知の階層に行くと思うんだけど……、怖くない? ……いや、怖いと思うよね」

 

 いくら戦わないとしても安全である保証は無い。

 想定以上のモンスターに襲われれば守りきれないこともありえる。特に遠距離攻撃を得意とするようなモンスターとか。

 

「どの階層も怖いですし、今以上というのは……。ちょっと想像できなくて何とも言えません」

「……そうだよね」

 

 自分達は既に何度も挑戦している。ただ、ポランも同じというわけではない。

 聞き方が間違っていたとアイズは落胆する。

 他の【ファミリア】の団員とパーティを組んだ経験が乏しいし、弱い人は【ロキ・ファミリア】では本拠(ホーム)で待機する事が多い。

 だから、話題づくりがとても大変だった。そして、大して話せないままベートが待つ下層への階段にたどり着いてしまった。

 

「………」

 

 問題はここからだ。

 アイズはポランに一度顔を向け、共に()()()来てくれるのか再確認した。

 軽い気持ちでついてこられるほどダンジョンは甘くない。――もちろん自分達が全力で守る約束はしたけれど。

 ――それともポランは自分達の頼みを断ると殺されると思っていて、従順な振りをしているとも考えられた。――ここまで来て、それに気づかなかった。

 アイズは立ち止まり、脂汗を流す。

 何か自分は大きな間違いを犯している、ような気がしてきた。いや、見ず知らずの冒険者に妙な頼みごとをしている時点で不味いのは明らかだ。

 

「おい、アイズ。なんでそいつを連れて来たんだ?」

「こんにちは」

 

 不機嫌なベートに対してポランはまず挨拶した。しかし、彼は軽く睨むだけで無視する。

 なんで、と言われて貴方(ベートさん)の教育だ、と言えばいいのか。それとも教育者として偉そうな言葉を言うべきか。――リヴェリアみたいに。

 

「……リーダー命令です」

「ああっ?」

 

 自分よりも歳も背格好も上のベートに少女アイズは無表情で言い放つ。しかし、残念な事にあまり迫力は込められなかったようだ。

 全く怯まない同僚は更に不機嫌になった。

 身長がもう少しあれば拳骨をお見舞いして黙らせるのに、という考えが過ぎった。

 

「……十八階層まで彼女を安全に運びなさい。……ケガをさせてはいけません。……脅かしても駄目です」

「何言ってるんだ? こいつを連れて行けって?」

 

 (ベート)の疑問に黙って首肯するアイズ。

 一方的な要望のためか、ベートは苛立ちを(あらわ)にする。しかし、そこは第二級冒険者としての矜持があるのか、いきなり拒否――拒絶はしなかった。ただ、どうしてか理由を教えろと言ってきた。

 アイズは事細かに説明するつもりはなく、試練として与えたいので黙っていた。

 

「……出来れば背負って……。……ベートさんは蹴りだけ出来ればいいでしょ?」

「ふざけんな!」

 

 ベートの怒号はアイズには通用しなかったがポランは萎縮した。

 経験豊富な冒険者の言葉は今の彼女には鋭い攻撃に似た痛みが乗っている。だが、アイズはそよ風のように受け流していた。

 

        

 

 理不尽な要求に対し、ベートは素直に抗議するもリーダー命令に逆らうと団長たちから怒られてしまう。さすがに荒くれ者と言われる彼でも各上の冒険者の命令には――出来る限り――従う。

 だが、それでも納得の行く説明がないのは我慢できない。

 

「なんで俺が……、というより俺達がこいつを下に連れて行かなきゃならないんだ」

「……触れ合い。……ベートさんは少し他人に愛想を振り撒くべきだと思います」

愛想!? そんなもん冒険に何の役に立つんだよ」

 

 威嚇する狼人(ウェアウルフ)のベートに対し、アイズは涼しい顔のまま応答する。

 ポランであれば凶暴な顔を近づけられるだけで逃げ出しそうになる。――現に少しずつ彼から距離を取り、モンスターの襲撃に神経を尖らせている。

 

「……怪我人という想定でリヴェラまで行って、無傷のまま地上に帰ればベートさんの冒険者依頼(クエスト)は達成されます」

 

 事務的に。無情に。無慈悲な冒険者依頼(クエスト)の通達。

 涼しい顔して何てこと言うんだ、この女。――とベートは戦慄する。

 見た目は幼い少女だが、攻撃力は今の彼よりも高く、また戦闘技術も高い。

 

「……リーダー命令ですよ。……返事は?」

「……嫌だね。だいたい急に冒険者依頼(クエスト)ってどういうこった!? なんで俺がこいつを背負って降りていかなきゃならねぇんだよ」

「……そう、決めたから」

 

 と、いとも簡単に答える【剣姫】アイズ。

 彼が何を抗議しようと決定した事は覆したくない。それと文句も聞きたくないので極力無視する事に決めていた。

 パーティとして活動する上で様々な想定をしなければならない、というのは自分達の団長である【勇者(ブレイバー)】『フィン・ディムナ』の言葉でもある。そして今は自分達しか居ない状況だ。他の仲間の助けは無い。だからこそ自分達で様々な事を判断し、実行に移さなければならない。

 

「……ベートさんが周りに当り散らしていると私はとても恥ずかしくてダンジョンに集中できません。……少しは友好的なところを見せないと【ファミリア】の()()()に関わります」

 

 リヴェリアから()()()()()()()()()()()()を思い出しつつ、懸命に話すアイズ。――しかし、セリフが棒読み気味になってしまった。

 戦闘よりも大変な事態に少しずつ表情が崩れそうになる。だが、それでもベートに対して甘い顔を見せまいと冷静さを装うことに努めていた。――と、本人は少なくとも思っている。

 

 

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