Untold Myth   作:トラロック

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#1-05 今日は厄日だ

 

 【剣姫】『アイズ・ヴァレンシュタイン』の理不尽極まる冒険者依頼(クエスト)に対して【凶狼(ヴァナルガンド)】『ベート・ローガ』は盛大に不満を募らせた。

 一度見かけた程度の弱者を担いで十八階層に行って地上に戻れ、と金髪金眼の女が命令してきた。それを素直に納得出来るわけがない。

 しかも、弱者と思しき女『ポラン・ブーニディッカ』は非常に乗り気だった。それはそれで脅威ではある。

 

「……サっと降りて、……サっと帰るだけの……簡単な冒険者依頼(クエスト)……。……でも、彼女を脅かしてもケガをさせてもいけません」

「……つまり足手まといの責任は全部俺がおっ被るっていうわけか」

 

 ベートの言葉に頷くアイズ。

 お荷物を抱えて依頼を達成する。

 言葉だけだと非常に簡素ではある。特にレベル3の冒険者にとっては。

 しかし、ベート自身はとても嫌だった。なにより足手まといと一緒というところが。

 

「……彼女はひ弱です。……強いベートさんが……責任を持って背負って下さい」

 

 だろうな、とは思いつつも決定事項になっている事に思わず、()()舌打ちする。

 この辺りでモンスターを倒している冒険者が普通に十二階層より下に降りられるほどダンジョンは楽ではない。特にソロ活動している者は尚更だ。

 それとは別に棒読み気味に死刑宣告してくるアイズを少し怖いとベートは感じていた。

 表情が乏しいし、実力も不明ながら強者に属する。

 はっきり言えば何を考えているのかさっぱり分からない。

 

 何も考えていないかもしれないけれど――

 

 それと下の階層がどれだけ過酷かまだ知らない駆け出しを連れ歩いて平気――というか大丈夫なのか気になって仕方がない。

 そこはアイズ自身が責任を負うつもりのようだが。

 

「おい! 連れて歩くんじゃなくて、こいつを背負えって言ってるのか!?」

「……そうですよ。……何を今更……何度も言ってるじゃないですか」

 

 と棒読みで答えるアイズ・ヴァレンシュタイン。

 それに私は非力で小さな人間(ヒューマン)の女の子なんですから、と――

 

「そうですよ、じゃねーよ。……ほんと怖いことを平然と言うなお前」

「……小さな女の子なんですから。……ちゃんと守ってあげて下さい。……それとモンスターは片っ端から倒して結構です。……『魔石』とかの回収は……私がします」

 

 今回ばかりはモンスターの討伐をベートに譲ってもいい、とさえ思った。

 荷物を背負った状態でも危機的状況を打開しなければならない時にきっと役に立つと思って。

 それはそれでポランが危機に晒されるが、アイズも手伝うので結構な【経験値(エクセリア)】を期待している。――といっても中層域ではないから目に見える程の大量取得とは行かないけれど。

 

        

 

 有無を言わさないアイズの強引な押し付けにベートは渋々了承する事にした。自分の責任がそれ程重くないし、後で本気で叱られるのはアイズだけだ。

 それにリーダー権限と言ったのだから自分は巻き込まれただけだ、という言い訳が出来る。

 小さい人間(ヒューマン)の少女に言いくるめられて恥ずかしくないの、と仲間内から莫迦にされそうだが今は気にならない。

 

「……一気に走破しないこと。……モンスターはちゃんと倒して行くから」

「面倒臭ぇなおい。……十七階層の『ゴライアス』はどうすんだよ。抱えて倒せっていうのか?」

「……一人で倒せとは言わない。……そこは行ってから考える」

 

 一気に脱力する狼人(ウェアウルフ)

 レベル1の冒険者が回りにたくさん居る中でアイズ達は十七階層の攻略を話している。それは強者としての余裕か、または嫌がらせにも聞こえる。

 かといって無理に降りられるほど楽では無い事は何度も挑戦している者ならば諦めもつく。

 下へ降りれば降りるほど新手のモンスターが出現する。その中で厄介なモンスターがいくつか居る。レベル1でまず大きな壁として立ちはだかるのは『ミノタウロス』という牛頭人身のモンスターだ。

 十五階層以下を縄張りにし、適正はレベル2から。

 

「……後学の為にモンスターを解説しながら進むから。……ベートさんも彼女に……懇切丁寧に教えて上げて。……出来れば笑顔で……」

「……おい。急に難易度上げんじゃねぇよ」

「……これも【経験値(エクセリア)】取得の為だと思えば……耐えられると思う」

 

 さっきから棒読みのアイズは何か良くないものでも食べたのかと思いそうになる。

 前々から表情に乏しく、急に喋ったかと思ったらとんでもない注文の連続。

 ベートは何回か彼女の頭を蹴り飛ばしたくなっていた。――だが、簡単に攻撃を受けてくれるほど軟弱ではないのは()()理解している。

 座学より戦闘経験の方が遥かに高い。

 だからこそ【戦姫】とも呼ばれる。

 

        

 

 ほぼ強引に進められる試練に対して敵意をアイズのみに向けるベートだが、ただの試練であれば多少は妥協してもいいとさえ思っていた。しかし、内容が少女を背負ってのダンジョン攻略ともなれば不満が募るものだ。

 そもそも狼人(ウェアウルフ)である自分が他人を背負うことなど今まであっただろうか、と疑問に思う。

 

「一応、聞いておくが……。お前、どこの【ファミリア】だ?」

「【ヘスティア・ファミリア】です」

 

 素直に答えるポラン。

 聞いた事の無い【ファミリア】だった為に他に何を聞けばいいのか分からなくなった。

 二階層で行き倒れるくらいだから脅威とは言えないかもしれない。これ以上の問答をしても無駄なような気もする。

 唸りつつもベートは黙ってポランを見つめた。

 アイズも【ヘスティア・ファミリア】について詳しくは知らなかったが、雰囲気的には悪い人ではなさそうな印象を受けた。

 アマゾネスの姉『ティオネ・ヒリュテ』も特に問題視しなかった。

 

「……やっぱり背負うのか……」

「……諦めて」

「うるせぇ。勝手に命令してんじゃねぇよ」

 

 と、言い返したもののアイズではなく団長の『フィン・ディムナ』の命令であったら従うのか、と言えば不満を募らせること事態は変わらない。

 案外同じように言いそうなので腹が立つ。

 珍しく二人だけのダンジョン攻略で静かに降れると思っていたのに、とんだ災難だと地面を蹴りつつ悪態をつく。

 ポランに必要な装備を身に付けさせた後、いざ背負う段階に入ったところでベートは壁を思い切り蹴り砕く。

 

        

 

 静かな時が流れ、アイズは彼に変化が生まれないことを確認してポランに背中から抱きつくように指示した。

 為すがままに体勢を低くされ、ポランを背負う事になる狼人(ウェアウルフ)の少年ベート・ローガ。

 姿勢が安定したことを確認して満足するアイズ。

 

「……乱暴に振舞うようだったら首筋に息を吹きかけてもいいよ」

「そんな事をすれば放り出すぞ」

「しっかり掴まっています。……あのベートさん。よろしくお願いします」

「うるせぇ、黙ってろ」

 

 今日は厄日だとベートは悪態をつきつつアイズを睨んで下に行こうとした。

 目的地は十八階層。そしてすぐに地上に引き返して終わりだという。

 次からはアイズと一緒に降りたくないな、と思いつつ背負うポランを落とさないように気をつける。

 ただただ煩くなるのであれば大人しく従った方が静かで楽だと判断した。

 

「……一日で帰る予定だけど……、お腹が空くようであれば途中で休憩するから」

「はい」

 

 ポランの返事の後で改めてベートの様子を窺う。

 普段は荒くれ者の彼が急に親切な少年に見えて笑いそうになる。それにちゃんと身体を支えているところを見ると根は優しいのだなと思えてくるから不思議だ。

 実際、真面目ではあると思う。

 無闇に単独行動して他の団員に迷惑をかける事が少ない。

 

「……では、行こう……」

 

 アイズの言葉にベートは黙っていた。無視とは違うが返事する気力を失ったようだ。

 大きく溜息をつきつつ階段を降る。

 

        

 

 ポランにとって未知の階層に入るわけだが、ベートの背から見える景色は限定的。それとあまり顔を動かせられないので戦闘がよく見えない。

 一応、怪我人という役だが立って歩く場合はモンスターの攻撃に晒されるおそれがあるし、迎撃できるほど強くないのも否めない。

 

「……『キラーアント』はしっかり倒さないと仲間を呼ぶフェロモンを撒き散らします」

 

 無感情なセリフで説明するアイズ。

 先ほどから意とも簡単にモンスターを駆逐しているので強いのかどうなのかが分からない。

 音で聞く分には一撃で倒している。苦戦しているようにも聞こえない。

 

「……上から襲ってくる『パープル・モス』の鱗粉には毒があるから注意して」

 

 小型のモンスターが多いが発生する間隔が短く、油断をすれば多くのモンスターに囲まれてしまう。――という事を説明するアイズ。

 実際にフェロンを撒き散らしてどうなるのか、実演しようとしていたがベートが唸りながら抗議する。

 雑魚がいくら数で攻めてこようが邪魔なだけだ、と。

 レベル1では意外と苦戦するモンスターもアイズ達にかかれば寄ってくる子供を蹴散らすように弾き飛ばしていく。合間に『魔石』や『ドロップアイテム』を拾っていくアイズ。

 平然とした余裕のある行動は現実とは思えない。

 自分にも出来そう、と勘違いしそうなほどだ。

 地を這うように素早く襲ってきた『ニードルラビット』もベートが踏み潰してしまった。

 

「こいつら如きじゃあ、なんの足しにもなりゃしねぇ」

「……ベートさんは彼女の護衛が任務だから、それ以外に注意は払わなくていい」

「段々と俺に対する扱いが酷くなってねぇか?」

「……普段の(おこな)いに聞いてみて」

 

 涼しい顔でアイズは言った。

 本当に後ろから蹴ってやろうかと殺意が少し湧いた。

 

        

 

 モンスターの説明。討伐。アイテムの回収を続けて九階層まで降りてきた。

 ここまでベート達は全く疲労を見せず、またモンスターに苦戦すらしない。

 それはそれで凄いなとポランは感激していた。

 背負われているが乱暴な動きを取らないおかげで具合も悪くならない。それはベートが本当に気を使ってくれているのでは、と思わないでもなかった。

 未知の領域に既に入ってはいるが自分は本当に何もしなくていい、というのは気が引ける。けれども彼らと一緒に戦えるわけではない。

 それなりの実力を持っているからこそ余裕でいられる。

 

「……疲れてない?」

「大丈夫です」

 

 汗一つかかないアイズに比べて緊張で脂汗まみれになって落ちそうになってきた。

 背負い袋(バックパック)からタオルを出して丁寧に拭いてくれる彼女に感謝しつつ、次の階層へ向かう。

 上層は狭さがあったが十階層以降は天井が高くなり、複雑な迷宮としての様相が現れていた。それと広い空間になっているので大型モンスターでも居るのではないかとポランは危惧した。

 

「ここに現われるモンスターはまだ小型だ。十五階層からミノタウロスやシルバーバック達が出てくるから。あんま喋んな。舌を噛むぞ」

「はい」

 

 降りる度に危険度が増すのでベートも助言が必要だと判断したようだ。

 アイズも黙って頷いているところを見ると、いい加減な情報ではないと理解した。

 

「そういえば、お二人は毎日のようにダンジョンに潜っているのですか?」

 

 疑問に思ったので尋ねてみた。

 今の二人が強い理由。それは自分には真似出来ないものかもしれないけれど――

 

「……たくさん潜っているのは確か。……回数的には他の冒険者より少ない……かも」

「数をこなせばいいってもんじゃねぇ。より深く、より強い奴と戦わなければな」

「……強くなれば頭打ちにぶつかる。……そこからの打破が今の私達の目的って感じ……」

 

 深い場所を目指す冒険者の言葉にポランは感心するものの今の自分にはそこまでの理由が無かった。

 強くなろうとか、有名になろうという野望を持っていない。

 日々、安定した生活が送れればいい。今はそれくらいしか目標に出来ていない。

 だから、というわけではないけれどアイズ達と肩を並べようとか思わない。

 

        

 

 次に訪れた十階層はまた風景が一変した。

 ダンジョンは階層ごとにそれぞれ特色があり、別世界を演出してくる。そして、モンスターの種類も変わってくる。

 それなのにアイズ達は平然と襲ってくるモンスターをいとも容易く倒していく。――ここだけは変わらない風景のように見えていた。

 近付くモンスターが勝手に塵になる様は滑稽だった。

 

「この辺りはレベル1から見れば歯ごたえのあるモンスターが多くなる。あんまり顔は出すなよ」

「はい」

 

 アイズではなくベートがポランに積極的に声をかけるようになったので、モンスターの解説をお願いしてみたところ不満をあらわにした。

 背負うので手一杯だと拒否してきた。仕方が無いので引き続きアイズが説明とアイテム回収をする事になった。

 だが、不満を抱いてもアイズは強かった。

 サク、サクという軽快な音ばかり聞こえて苦戦する様子は未だに見せない。

 いとも簡単に大型モンスターである()の『オーク』が一撃の下に倒されていく。

 よそ見しても平然と対処する辺り、レベル差はどうしても感じてしまう。

 

「……ベートさんもやれば出来るじゃないですか」

「何がだよ。お荷物を任せやがって……」

 

 とはいえ、細かい『魔石』などの回収作業はやりたくない、となれば必然的にポランを背負う役は自分しか居ない。――アイズに背負え、と言ってもかなり強硬に拒否しそうなので。

 降ろして自分で歩け、と言えばモンスター共に襲われてしまう。そうなるとまた面倒臭い小言を聞かされる羽目になるか、何らかのペナルティを受けるかもしれない。

 

        

 

 不満を募らせつつ十三階層に向かう。

 大きな事故も怪我もなく、アイズとベートは散歩気分で踏破して行った。

 襲い掛かるモンスターを意に介さない実力者の戦いはただただ呆気にとられる。同じ事をポランに出来るわけはないのだが、戦闘技術は見惚れるほど美しいと思えた。

 乱暴な戦い方が多いベートも確実な重荷を背負っている筈なのに苦も無く対処している。

 

「そろそろ『ヘルハウンド』共が来る。迂闊に見ようとするんじゃねぇぞ。いくら『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』でも守りきれない部分があるからな」

「はい」

 

 アイズはベートと会話する様子に口出しするのをやめて、モンスターの説明に終始した。今の彼を【ファミリア】の仲間が見たら笑うだろうか、それともリヴェリア辺りは誉めたりするのか、気になった。

 その前によその【ファミリア】の団員を勝手に連れまわしたことで怒られそうだ。

 しかし、それもこれもベートが全て悪い、という事にして都合の悪い部分を脳裏から懸命に追い出していく。

 装備を再点検したり、軽い食事を取ったりした後で行動を開始する。するとすぐにモンスターの姿を発見した。

 この階層に出没する黒い犬型『ヘルハウンド』だ。

 威嚇しながら冒険者に襲い掛かろうと窺っている。

 大きさは今のベートと同等程度。複数で現われる事があり、一斉放火で冒険者を恐怖に陥れる。――火炎攻撃は即効性は無く、必ず『溜め』があり、そこを狙うのが基本だ。

 ポランを背負ったベートは自らの『敏捷』によりあっさりとヘルハウンドに近付き、蹴り倒す。

 はた目からは簡単そうだが、相手よりも素早く動けるからこそ出来る芸当である。

 他の未熟な冒険者であれば近付くだけで大変であり、事前情報の火炎を警戒したりして中々攻め込むまでには至らない事もある。

 

「……その調子です」

「段々慣れて来たぜ、クソ……」

 

 背中の荷物の重さに苦戦するかとベートは思っていたが、意外と動けるものだと感心する。だが、赤の他人を背負う事はそう何度も経験したくないのは変わらない。

 彼女が大人しい分、イラつきも起き難いが――

 

        

 

 ヘルハウンド以外にもモンスターが存在し、彼らに攻撃を仕掛けようと近寄るのは二足歩行する兎型モンスター『アルミラージ』だ。

 近くの岩盤を砕いて『天然武器(ネイチャーウェポン)』の石斧(トマホーク)を作り出し、装備していく。

 額から角を生やし、赤い瞳が愛くるしいが集団戦闘を得意とする。だが――

 

「やつらは武器を投擲してくる。それと割りと知恵が回るタイプだ。油断してると次々と武器を放ってくるからな」

 

 説明しながらモンスターに肉薄し、飛んで来る武器も意に介さず蹴り飛ばしていく。

 足技だけで今のところ打倒するベートの技量は――残念ながら背中に背負われた状態では非常に見づらい。

 アイズは無表情のまま飛んで来る石斧(トマホーク)を紙一重で交わしつつ次々と細身の剣による一閃で倒していく。

 その後で地面を転がる鎧鼠(アルマジロ)のモンスター『ハード・アーマード』が現われた。だが、それらもアイズは意に介さず、関節部分へ器用に剣を突き刺して倒した。

 彼らの前では強敵足り得ないようだ。

 ――倒した後は『魔石』などの回収に集中する。

 

「……レベルアップ後となるとこんなに楽な作業になるとはな……」

 

 ベートは己の技量の高さに改めて感心した。

 前回までとは身体の動きが違う。より強く、は当たり前だが、より早く、より相手の動きが見えるようになった。

 今まで倒したモンスターは強敵とは言えないが、倒すのにれなりの時間をかけたものだが、今は疲労度合いが格段に下がっているのが分かる。

 荷物を降ろせばもっと早く動ける自信がある。

 楽な作業になると獲得する【経験値(エクセリア)】は当然、微々たるものになる。

 冒険者の能力を引き上げるには苦戦するような強敵との戦闘が一番の早道だと言われている。だから、さっさと下の階層に降りるのが効率的だ。――当然、戦闘が激化し、地上に無事に帰れる保証が低くなる。

 

        

 

 次の階層に移動し、五匹のヘルハウンドがアイズ達の前に立ちはだかる。今度は一斉放火の為の『溜め』を初手から繰り出してきた。

 まずはベートが片側の一匹を弾き飛ばす。

 モンスターは密集ではなく、拡散形態。いかにベートでも一瞬で全てを打倒できない。

 

「おい。しっかり(くる)まってろ。来るぞ」

「はい」

 

 ベートは前面を覆う形に『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』で身を守る。

 

「……【目覚めよ(テンペスト)。エアリエル】」

 

 静かな口調でアイズは己が習得している魔法を唱える。それと同時にヘルハウンド達による一斉放火が始まった。

 炎に炙られる前に自身の身体に風をまとわせる。

 攻撃を補助し、防衛し、速度を上げるアイズの超短文詠唱――

 

 『風』の付与魔法(エンチャント)

 

 黙って立っていると風に炎が巻き込まれ、その輻射熱によってかえって被害が増大する。

 レベル3のアイズの【ステイタス】によればヘルハウンドの炎に炙られた場合、その熱は短時間でなら我慢する事が出来る。

 同僚のアマゾネスであれば気合で耐え切る可能性すらある。だがそれでも炙られ続ける事は得策ではないし、その気も無い。

 熱に少し眉根を寄せつつアイズは射線をずらすように移動し、ヘルハウンドに接敵する。

 本当なら炎が来る前に撃滅していくのだが、ポランの為に敢えて苦行を選んだ。――そういう気分になっただけ。

 瞬く間にヘルハウンド達は倒され、地面に『魔石』が転がっていく。それを拾うアイズは今しがたの攻撃など()()()()()()()()かのように振舞っていた。

 

        

 

 一頻(ひとしき)りモンスターを倒し終えた後、下の階層に進む。

 今のところ襲ってくるモンスターに対して全く意に介していないし、ポランはただ言われる通り大人しくすることで手一杯だった。

 ベートが現われるモンスターの説明や対処方法などを言っている姿を見られただけでアイズとしては満足していた。

 ここで背中に背負われているポランの様子を窺う。

 

「……本当にケガ人みたい。……具合は悪くない?」

「大丈夫です」

「……全く、こんな調子で下に行くかよ……。一気に走破すりゃあ、もう現場についている頃だぞ」

 

 それはそうなのだが、それらが出来ないのはベートが荒くれ者だから。そう言いたい気持ちがあったが飲み込んだ。

 余計なことを言うと折角の触れ合いが台無しになるような気がしたので。

 次の階層から現われるのは牛の頭部を持つ二足歩行の大型モンスター『ミノタウロス』である。

 背丈はベートをゆうに超える。およそ3(メドル)ほど。

 レベル1では討伐不可と言われている凶暴なモンスターだが、アイズ達の敵ではなかった。

 以前は苦戦していたベートも蹴り技だけで充分に撃破出来るようになっていた。

 

「ここからはレベル2になりたての奴等にとって、登竜門的な戦闘が始まる。……いざなりゃあ、降ろすからな」

「はい」

 

 先ほどから素直に生返事ばかりを繰り返すポランにベートは少し違和感を覚える。

 見知らぬ階層に見知らぬモンスター達の猛攻が続いたとはいえ一向に恐れを抱かないのが不思議だと思った。

 背後で目でも瞑っていれば何も見ていない事になる。――そんな筈は無いのだが、それだけの度胸でも備わっているのかもしれない。

 変に喚きだすよりマシなので、深く考えるのをやめる。

 

        

 

 攻略すべき階層も残り少なくなってきた。

 ここまで大きな問題も起こらず、ベートとアイズも治癒アイテムを使わずに進んでいた。

 背負われているポランからも特に言及は無いが、適時様子をうかがっていた。死角から攻撃を受けている可能性もあるので。――今のところゲカは見当たらない。

 

「……もう少しで終わりですよ、ベートさん」

「何言ってやがる。往復して地上まで戻らなきゃならねぇんだろ。さっさと行ってさっさと帰るぞ」

 

 それはそうなのだが、ポランに対して優しい言葉をもっとかけて、それと同じくらい自分にも話しかけてほしいと思った。ただすぐに――別に話しかけられたくもなかったな、と考えを改める。

 こういう事を繰り返して行けば【ロキ・ファミリア】として他の【ファミリア】から冷たい目で見られなくなるかもしれない。

 進路上に立ち塞がるモンスターを解説しつつ打ち倒していくアイズ達。

 ここに来てポランは周りへの配慮は出来ていなかった。ただひたすらに身を守ることに終始している。それは身の程を知るからこその行為とも言えるし、未知への興味より脅威を優先した生存本能が求めた行動とも取れる。

 アイテム回収を終えて十六階層の終わりの出口にて小休止する事にした。

 ヘルハウンドが居ないことを確認してからポランを解放する。ここからは徒歩でも充分――その方がかえって安全だといえたからだ。

 

「……まだレベル1じゃあここまで来るのも居るのも大変か」

 

 他人の心配が出来るほどにベートは随分と丸くなったようにアイズには見えた。

 正直に言えば不安だったけれど、ベートは曲がりなりにも冒険者であって乱暴者や蛮族めいた存在ではないことが証明された、かもしれない。

 普段ももっと優しくできれば他の団員と仲良くできるのに、と不満を口にしたい気持ちは飲み込んだ。

 甘い考えで踏破できるほどダンジョンは甘くない。それは確かにそうなのだが――

 

        

 

 ずっと同じ体勢で移動してきた為か、ポランは緊張もあいまってかなり疲労しているようだった。いちいち質問に対して答えられるほどの精神的余裕は見込めないないかもしれない。それはそれで好都合だが、なんだか悪い事をしているようで申し訳ない気持ちになってくる。

 ――実質、悪い事だけど。

 

「……ベートさんの激しい動きに対応できなかった、とも言えるね」

 

 レベル差で受ける身体への負担というものが少なからず影響している、とすれば仕方がない。だが、それもまた貴重な【経験値(エクセリア)】になっているはず――

 モンスターを一匹も倒していない冒険者にも影響を与えられるものなのか、アイズには窺い知れない。

 呼吸を整え、軽い運動の後でポランの体調を見ながら次の階層に向かう。

 壁際にでも大人しくしていてくれれば問題は無いと判断する。

 次の階層は『迷宮の孤王(モンスターレックス)』が現われる場所だ。――特定の階層に()()一体しか現われない巨大モンスターの呼称である。

 十七階層に現われるのは身長7(メドル)ほどの巨人型モンスター『ゴライアス』だ。

 巨体から繰り出す物理攻撃。高い耐久力を誇る肉体。

 ポランが挑んでも満足なダメージは与えられないがアイズ達が連携すれば勝利は確実なものとなる。

 

「いいか。部屋に入ったら壁際に居ろ。敵が出てきたらアイズの背後を目印に移動しろ。……少なくともそれだけで生存率が上がる」

「はい」

「拳と石とか飛んでくるかも知れねぇから。それらはお前が自分で判断して避けろ。全部を俺達がカバーできると思うな、いいな?」

 

 ベートの乱暴な物言いにアイズは咎めなかった。

 次の相手は生易しいモンスターではない。絶対に安全だと保証することが今のアイズ達には出来そうにない、ということを出来るだけ丁寧に教え込んだ。

 ベートとしても格下に色々と教える機会があると想像し、予行演習の真似事としてポランに教えていた。そうでなければ自分から率先して説明など――おそらくしなかった。

 

        

 

 いかにベートとて一人でダンジョンを当は出来るとは思っていない。

 自分が認める強き者とならば何の不満も見せたりはしない。ただそれだけのことだ。

 弱い者は結局のところ何の役にも立てずに死んでいく。その責任を勝手に負わされたくないだけ。

 であるならば最初から突き放したほうがいいに決まっている。

 

「質問はあるか?」

「いえ、特には……」

「なら、行こうか。……無駄口叩かないだけマシだな。……じゃあさっさとゴライアスを倒してさっさと引き返すぞ」

 

 黙ってアイズは頷いた。

 次のモンスターは倒せばしばらくの期間再出現しない。

 安全地帯(セーフティポイント)である十八階層で数日滞在しても余裕があるほどだ。

 装備と備品を確認してアイズたちは『迷宮の孤王(モンスターレックス)』が現われる次の階層に降りていった。

 石壁で出来た広い部屋。

 広さは出口まで200(メドル)。天上までの高さは20(メドル)。幅は100(メドル)ある。

 高い天井の他には出口があるだけの単純な構造となっている。

 見ようによればモンスターとの一騎打ちに相応しい場所とも言える。

 

「中心まで行けば出てくる。そろそろ壁際に移動していろ」

 

 迷宮の孤王(モンスターレックス)『ゴライアス』は継ぎ目の無い巨大な石壁から現われる。それと他のモンスターは出て来ない。

 ベート達が次ぎの階層に向かおうとすると『嘆きの大壁』と呼ばれる石壁にヒビが入った。――そして、それは時間が経つごとに大きな音を鳴らす。

 アイズはポランに先に出口に行くように命令する。この場で彼女は何の役にも立たないので。

 ポランが駆け出すと同時にベート達は彼女を背で守るように移動する。

 そうして壁を破壊して現われるのは灰褐色の肌の巨人。

 

「……こいつが現われるって事はここしばらく誰も来なかったのか?」

「……放置は出来ないから倒す。……彼女をここまで運んだ礼として……、トドメを譲ります」

「別に要らねぇよ。ようは冒険者依頼(クエスト)を達成すりゃあ充分だ」

 

 軽く地面をけりつける狼人(ウェアウルフ)。戦闘準備は既に出来ている。

 そうして姿を完全に現した『ゴライアス』に襲い掛かる。

 

        

 

 十八階層へと無事に入る事が出来たポランは明るい日差しに似た光を浴びた。

 地下のダンジョンなのに外の空間のような景色は遥か頭上に存在する多くの水晶(クリスタル)が地上へ光を届けているからだ。

 緑豊かな階層にポランは少しの間、見惚れた。――後方では激しい戦闘の音が届いていたが、それすらも気にならないほど感動した。

 

(……綺麗な世界)

 

 事前の説明では十八階層には多くの冒険者達が居て、休憩所としての街が造られている。

 その街の名前が『リヴェラ』という。

 岩場の壁面。広がる森。水晶の空に囲まれた地下世界は『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』とも呼ばれている。

 何の苦労も無く到達してしまったポランだが、一人で帰れるわけもなく。

 とにかく、見晴らしのいい場所で待機する事にした。

 この後、もし帰れなくなったら神ヘスティアに物凄く迷惑をかけてしまう。

 他の冒険者に頼んで地上までいけたら物凄く手間賃とか取られてしまうことになる、と思うと身体が震えてくる。

 途中で引き返しましょう、という意見は出てこなかった。ベートにしがみつくだけで手一杯だったから。

 まさか本当にここまで来る実力者だとは知らなかったし、ただただ感心した。

 自分が同じ実力を得るのは何年先の事になるのやら、と半ば絶望を味わった。しかし、努力を続ければたどり着けないこともない。

 最速に拘っているわけではない。人より遅い【ステイタス】の伸びは自覚している。

 

        

 

 ポランには窺い知れない事だが、レベル1が単独でこの階層までたどり着いた例は――殆ど――無く、ギルドに報告すれば間違いなく最速での到達者として認められる可能性がある。ただし、アイズ達が運んだ事を考慮すれば即時無効となるのは明らかだが――

 何にしてもギルドに報告した後が問題だ。どのような沙汰が下されるのか、それを考えれば更に身体が震えてくる。

 それから半時ほど経った頃に討伐を終えたアイズ達がやってきた。

 見た目には無傷――

 

「お疲れ様でした」

「……ありがとう」

「次はさっさと地上に帰るぞ。ついでに帰りはゴライアスの野郎は出て来ねぇから安心しろ」

 

 首を左右に動かしつつ次の行動に移ろうとしていたベートをアイズは窘める。

 一旦、小休止を挟んでから、と。

 適度な休息は冒険者にとって必須の行動である。そうアイズは言った。

 休める時に休まないと深く潜れない。肉体と精神の疲労は何よりの大敵である、という。

 街に向かうかと思われたが、そこには行かないという。

 その理由は物価が高いから。

 ここはギルドの管轄が及ばない冒険者自らが運営している。それゆえに値段も高く設定されている。――それだけ死線を潜ったのだからそれだけの値段にしてもバチは当たらない、という理屈で。

 それを知る冒険者パーティは野外にてキャンプを張る。

 資金に余裕があるパーティか、緊急を要する場合でもなければ基本的に使用しない。

 それとそれゆえに非合法な取り引きにも使われる。だからこそ需要があるといえる。

 

「……まずは戦利品の整理から。……帰りも出てくるモンスターは倒していくから」

 

 野放しにすれば追って来る。――当たり前だが。

 それを他の冒険者に押し付ける行為はマナー違反と言われている。罰則は無いけれど周りの目が痛くなる。

 

「……ベートさんは後、話し方をなんとかすべき」

「そこまでやんのかよ」

 

 とはいえ、丁寧語や敬語のベートは――なんか気持ち悪い。そうアイズは思ってしまったので、多少、軟らかくする程度で妥協する事にした。

 威勢のいいベートも嫌いではない。戦いにおいて威勢のよさは強みでもあるので。

 

        

 

 高レベルの冒険者が真面目に護衛すればポランのような非力な者でもここまで来られるという証明になった。それは自分達【ロキ・ファミリア】の団員にも適応できるということになる。

 一つの経験で様々な対策が講じられるのであれば実に有意義であると言える。

 しかし、本拠(ホーム)に戻ればかなりのお小言どころか雷が降って来るのは確定だと思う。それでも、アイズにとってはベートのためと思えば耐えられる。

 ベートはアイズに巻き込まれた形なのでどうしようもない。

 ポランはどうなるのか。アイズは『ヘスティア』という主神の事は存じ上げていないのでどういう対応になってしまうのか、それはそれで気になる。

 

「………」

 

 何にしてもここから帰らなければならない。

 怒りの表情のリヴェリアを筆頭に気が重くなりそうな連中が待つ【ロキ・ファミリア】へ向かう準備を始めた。

 戦利品は当初の予定通り、ポランに進呈する。自分達はより深い階層で稼ぐので別段、困らない。

 帰りもベートにポランを背負ってもらい、地上に行け、と命令する。

 最初の荒くれ度合いが抜け落ちたように彼は素直に従った。急な変化に気持ち悪さを感じたが、気にしても仕方が無いと思って脳裏から邪念を払拭する。

 大きな敵は排除した。しかし――本拠(ホーム)にはもっと強大な敵が待ち構えている。

 軽く唸ってから来た道を引き返す。

 

        

 

 それから数時間後にはちょっとした一騒動が起き、ギルド本部で正座させられるアイズ達の姿が晒し者になった。更には迷宮の孤王(モンスターレックス)も裸足で逃げ出すほどの悪鬼(リヴェリア)の姿に怯える彼らの主神(ロキとヘスティア)たちの姿があった。

 ポランの踏破記録は当然のように破棄。

 戦利品の半分近くは没収。――これにはアイズが食い下がったが、何らかのペナルティが必要だという事で強引に奪い取られた。

 半分だけ残っても結構な額だったが――

 ポランから罰金を徴収しようとしたが数十ヴァリスしか手持ちに無かったのでどうしようもない。――事前に武具を買い揃えた為に貯金も殆ど無かった。

 

「……いやまあ……、無事で良かったよ。エルフ君も仲間の教育の為だと思って……、穏便に、ね?」

 

 ロリ巨乳として有名な『ヘスティア』の言葉に副団長『リヴェリア・リヨス・アールヴ』は目を光らせて睨みつける。――当然、ヘスティアは引きつった顔で引き下がる。

 確かに無事だ。理由も理解出来る。だが、それで納得して誉めるわけには行かない。

 

(ロキんとこの子供は随分と好戦的だね)

(こんなに恐ろしいリヴェリアたん見たのはじめてや。……今日は酒を控えよう)

 

 独特の喋り方をする糸目で絶壁とも称される薄い胸の持ち主『ロキ』は震えつつリヴェリアの様子を窺う。

 神同士は互いに旧知の仲――犬猿とも言うが――だが、今日ほど二人が仲良くしている姿を見た者はおそらく居ないのではないかと。

 それほど現場が混沌――暗黒に染まりつつあった。

 団長である小人族(パルゥム)の『フィン・ディムナ』とリヴェリアと同じ副団長でドワーフの『ガレス・ランドロック』も苦笑を浮かべていた。

 子供のする事だと言えない事情があるにせよ、ガレスとしては誉めたいところだった。

 

「ベートの教育はこれくらいじゃないと無理だとアイズが判断したんなら、僕からは何も言う事は無いよ。でも、よその【ファミリア】の団員を連れまわすのは見逃せないからね」

 

 戦う人形だと揶揄されていたアイズとしては良くやったとフィンはむしろガレスのように誉めたい立場だった。

 どういう心境の変化があったのか、大いに興味がある。それに同い年のポランとの友情――は無いかもしれないけれど、何かしらの会話はあった筈だ。

 剣で脅して連れまわしたけではなさそうだけど、と。

 それはそれでもっと事態は深刻になってしまうけれど。

 

        

 

 自分のした事に恥じ入るところが無いと思っているアイズは始終、口を尖らせていた。しかし、全体から見ればとんでもないことをした自覚もあった。

 それでもやはりベートの教育を優先した事に後悔は無い。

 その覚悟を知ってか、リヴェリアは黙って()()()拳骨を落としていった。

 アイズとベートは痛いと不満を漏らす程度だが、ポランは『耐久』が彼らより低いので一瞬で気絶し、鼻血を吹き、耳からも血が出る酷い状態に陥った。

 

ああっ!? え、エルフ君!? ちょっと本気でやらなかったかい?

「……ああ、あかんやつやこれ。早いとこ医務室に運びっ

 

 平等の力加減だった筈なのに一人だけ重症に陥ってしまった。これでは罰として不平等になってしまう。――なのでアイズとベートには追加でもう一撃拳骨を落とした。

 

 

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