BotW短編集『ハイラル・ドキュメンツ』   作:ほいれんで・くー

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『フードファイター・ベショル』前編

 ゴロンシティはいつものように暑かった。赤い大気は血液のように粘つく熱気で満たされていた。火の粉が羽虫のように舞い、灰が微風に踊っていた。巨大な褐色の岩が折り重なり、その隙間には目に鮮やかな、しかしどこか暗さを感じさせる溶岩が流れていた。

 

 ハイラル北東部のオルディン地方の中心に、峨々(がが)たるデスマウンテンがあった。デスマウンテンは天空を割るようにそこに(そび)え立っていた。ゴロンシティはその五合目に位置していた。

 

 その日も、ゴロン族たちはシティで仕事をしていた。その仕事ぶりはあまり活発とはいえなかった。力仕事を好むゴロン族たちは、シティでのちまちまとした仕事は好きではなかった。彼らといえども、店の中、家屋の中でまでツルハシやシャベルを振るうわけにはいかなかった。その事実が、彼らを一種の窮屈な気持ちに押し込めていた。

 

 だが、ベショルは、そのちまちまとした仕事をこなしていた。彼の仕事は、宝石の選別だった。

 

 それは、コハクやオパール、ルビー、サファイア、トパーズ、それにダイヤといった宝石を、大・中・小の大まかなサイズに分けるという、至極単純な仕事だった。それはつまらないうえに、生産性も低く、なにより大変な辛抱を強いられる仕事だった。そして、それは誰からも尊敬されない仕事だった。こんな仕事はイシロックにだってできるとゴロン族のみんなが思っていた。もちろん、ベショル自身もそう思っていた。

 

 ベショルはまだ若かった。彼の頭は丸く、皮膚は輝いていて、筋肉は岩以上に堅かった。彼にはその若さに見合うだけの体力もあった。もし彼が採掘場で働けば、一日で荷車十杯分は稼ぐことができるはずだった。しかし、彼の顔は暗かった。暗さが彼の若さを隠蔽していた。彼は若者であったが、今、彼が纏う雰囲気は老人のそれと同じであった。ひび割れ、緑色に変色し、もはや自分がゴロン族に貢献することはできまいと諦めきっているような、そういう老人と彼はそっくりだった。

 

 おれには、この仕事が一番ふさわしいんだゴロ。作業をしながら、ベショルはそう自分に言い聞かせていた。おれには、みんなと混ざって採掘場でツルハシを振るう資格なんてないんだゴロ。

 

 おれは、敗者だから。敗者だから、みんなと一緒に働く資格なんてないんだゴロ。ベショルは自分を責め続けた。彼がそんなふうにして自分を責めているのは、もちろん彼の責任感によるものであったが、それ以上に、そうしているといつの間にか時間が経つからでもあった。

 

 ベショルは物差しを使い、中なのか大なのか微妙なサイズのトパーズを選別した。彼はそれを「大」の山に投げた。その時、ゴロンゴロンという鐘の音が外から聞こえてきた。

 

 それは夕暮れを告げる鐘の音だった。デスマウンテンの頂上の一角を削って作られたその岩製の鐘は、一万年前からシティに時を告げる役目を果たしてきたものだった。

 

 ベショルは気怠そうに立ち上がった。今日も終わったゴロ。彼は箱の中を見た。宝石は半分以上減っていた。今日の仕事の具合もまあまあだったゴロ。まあまあ。それを咎めるやつなどいない。

 

 仕事が終わったのだから、ベショルは食事に行かねばならなかった。腹が減っているからでも、肉体が欲しているからでもなく、ただ彼の身に染みついた習慣が食事を要求しているのであった。だから彼はひたすら気怠かった。

 

 ベショルは選別室から出て、道を歩いて公共食堂へ向かった。夕暮れになっても、相変わらずゴロンシティは暑かった。

 

 早くも採掘場からあがってきた数人のゴロン族が、陽気な声でおしゃべりをしながら溶岩風呂の方へ歩いていった。ベショルは彼らの会話を聞いた。「今日もよく働いたゴロ!」「まずひとっ風呂浴びて、それから相撲を見に行くゴロ!」「今日は千秋楽(せんしゅうらく)ゴロ!」「楽しみゴロ!」 ベショルは彼らから顔を(そむ)けた。

 

 道を行く途中で、ベショルは見慣れぬ風体をした人間たちとすれ違った。それは一般的なハイリア人と服装も顔つきも異なっていた。彼らはゆったりとした白っぽい上着を身に纏っていて、髪の毛を独特な形に結い上げていた。彼らはシーカー族だった。ベショルはぼんやりとシーカー族を見た。シーカー族は五人ほどいた。

 

 シーカー族は静かな、それでいて熱気のこもった口調で会話をしていた。「大まかな目星がついたな」「祠はニカカ島で間違いないだろう」「十年前に神獣を発掘した時はこれほど簡単じゃなかった」「しかし通常の方法では……」「ゴロン族に協力を要請するしかない」「とりあえず中央へ報告を……」 シーカー族たちは足早に宿屋へ向かって歩いていった。

 

 そういえばここ最近、シーカー族がシティによく来るゴロ。ベショルは思った。そういえば十年ほど前にもやつらはシティにやって来て、「シンジュー」とかいう大きなものを発掘していたゴロ。

 

 聞いた話によると、あいつらは技術者らしいゴロ。彼にはその話がどうしても疑わしいものにしか思えなかった。あんなに細くてツルハシも振れなさそうな連中が技術者とは? 岩一つ満足に砕けないで、どうして技術者といえるゴロ? シーカー族はなにやらいろんなものを「発掘する」ためにシティに来ているらしいが、それならばもっと体格が大きくなければ話が合わないゴロ。体力も筋力もないやつが、「発掘」なんてできるわけがないゴロ。

 

 そう、食欲もないやつがフードファイトすることができないのと同じゴロ。そのように考えた瞬間、ベショルは身震いをした。

 

 考えつつ、考えないようにしているうちに、ベショルは公共食堂に辿り着いていた。公共食堂の名は「お腹いっぱい」といった。しかし、この食堂でお腹いっぱいになるまで食べるゴロンはごく稀だった。お腹いっぱいになるまで食べたくなるような料理をこの食堂は提供できなかった。

 

 ベショルはカウンターに行くと小さな石の食券を差し出した。ねじり鉢巻きをした料理人は無言で食券を受け取ると、じっくりとそれを眺めた。やがて料理人は食券を放り投げた。それから、重ねられている大きな石のボウルを一つ手に取ると、料理人はそこへ真っ赤なスープをなみなみと注いだ。

 

 それは溶岩のスープだった。安く、量があり、滋養に富んでいるが、味はあまり良くない料理だった。次に料理人は、二個の焼き岩をベショルに渡そうとした。だが、ベショルは手を前にやってそれを断った。

 

 ベショルはスープのボウルを受け取ると、席を探した。公共食堂はいつも半分食い詰めたような貧乏ゴロンたちでいっぱいで、普段は席を探すのに苦労をする。だが、彼は運よく空いている席を見つけることができた。

 

 丸い岩の椅子に腰を下ろすと、彼は溶岩のスープを(すす)り始めた。今日のスープはちょっと薄いゴロ、と彼は思った。こんなスープは飲みたくない。それでも苦労して彼はスープを飲み続けた。しかし中身はなかなか減らなかった。

 

 ふと、ベショルは肩を叩かれているのを感じた。彼は振り返った。そこには、にやけた笑みを浮かべた一人の若いゴロンが立っていた。

 

 ベショルは言った。

 

「ダーローか」

 

 ダーローと呼ばれた若いゴロンは、ドンと拳で胸を一つ叩き、大きな声で言った。

 

「久しぶりゴロス、ベショル! いつの間にゴロンシティに帰ってきたんでゴロス? 元気にしていたでゴロスか?」

 

 ベショルは小さな声で答えた。

 

「うん、まあ、そうゴロ」

 

 ダーローは笑みを浮かべつつも、どこか戸惑ったような顔をした。

 

「あれ? なんだかテンション低いゴロスね。どうしたでゴロス? 病気ゴロスか?」

 

 ベショルは首を左右に振った。

 

「別に、病気とかではないゴロ」

 

 そう言うなり、ベショルはまたスープを啜り始めた。ダーローは首を(かし)げて言った。

 

「お前、なんかおかしいゴロス。やっぱりテンションが低いでゴロス」

 

 ダーローはベショルが飲んでいるものに目をやった。彼は驚いたように言った。

 

「あれ、スープしかないゴロスか!? お前、焼き岩はどうしたゴロス!?」

 

 食券一枚でスープ一杯と焼き岩二個を受け取ることができるはずだった。しかし、ベショルはスープしか受け取っていなかった。それは異常だった。

 

 ベショルはダーローに言った。

 

「焼き岩なんていらないゴロ」

 

 彼は重ねて言った。

 

「食べられないゴロ」

 

 ダーローが尋ねた。

 

「二日酔いゴロスか? ちょっと火山性ガス吸引をやり過ぎたゴロスか?」

 

 ベショルは面倒そうに答えた。

 

「二日酔いではないゴロ。食欲がないんだゴロ」

 

 ダーローは目を見開いた。ベショルに、食欲がないだと!? ダーローの心の中は驚愕の感情で満ちていた。ベショルはゴロンシティでも有数の大食漢で、前回の大食い大会では大戦士ダルケルを抑えて優勝した。彼は一晩で山一つを食らい尽くしたこともある。そんなベショルに、食欲がないとは!?

 

 久しぶりに会った友人に、なにやら尋常ではない事態が発生しているのをダーローは見てとった。

 

 ダーローの動きは素早かった。彼はベショルのボウルを奪い取ると、一気に中身を飲み干した。これにはベショルもムッとした。

 

「おい、なにするゴロ?」

 

 ダーローは叩きつけるようにしてボウルをテーブルに置くと、ベショルの肩を掴んで言った。

 

「さっさと立つでゴロス! 行くでゴロス!」

 

 ベショルは無言で抵抗した。ダーローは無言でベショルを引っ張った。ベショルは耐えようとした。無言の攻防が続いた。次第に、周りのゴロンたちもなにごとかという視線を二人に向け始めた。

 

 カウンターに立っている料理人が、一声(ひとこえ)叫んだ。

 

「おい! 相撲なら余所(よそ)でやれゴロ! ここは食堂だゴロ! 土俵じゃねーゴロ!」

 

 ベショルは抵抗をやめた。彼はダーローに引きずられて外へ出ていった。

 

 外に出てもなお、ダーローはベショルを引きずったままだった。ダーローは言った。

 

「今から焼き岩屋に行くでゴロス。焼き岩屋の『じょじょじょ苑』ゴロス」

 

 彼はさらに言った。

 

「ちょっと一杯ガスをひっかけながら高級焼き岩のにおいを嗅いだら、きっと食欲が戻るでゴロス」

 

 ベショルは口を開いた。

 

「いや、おれは……おれは別に……」

 

 それに被せるようにダーローがまた言った。

 

「心配するなでゴロス。ルピーはおれが払うでゴロス」

 

 ダーローはベショルにニッコリと笑いかけた。こうなってはベショルとしても致し方なかった。ベショルは引きずられるのをやめて、自分の足で歩き始めた。やがて、二人は目的地に辿り着いた。

 

 焼き岩屋「じょじょじょ苑」はあまり混んでいなかった。

 

 その日は平日だった。「へい、らっしゃい……」と言いかけた店員は、入ってきた二人のゴロンがあのベショルとダーローであることに気付いて一瞬顔を強張らせた。それでも、訓練された営業スマイルを浮かべて、店員は二人を席へと案内した。

 

 店員は叫んだ。

 

「二名様ご案内ゴロ!」

 

 席に着くと、ダーローは二人分の火山性ガスと焼き岩を注文した。ほどなくして料理が運ばれてきた。分厚いガラスの容器の中に、上質な火山性ガスが充満していた。

 

 ダーローは管を鼻に突っ込むと、思いきりガスを吸引し、それから焼き岩にかぶりついた。岩は上カルビ岩だった。安い上に美味く、量がこなせる食岩(しょくがん)だった。

 

 ボリボリという固い咀嚼音が響いた。ダーローは至福の表情を浮かべた。彼は言った。

 

「やっぱり、火山性ガスと焼き岩のコンボは最高でゴロス!」

 

 それに対して、ベショルはまったく動かなかった。彼は何も吸わなかったし、何も食べなかった。ダーローはおれのことを心配してここに連れてきてくれたようだが、本当はおれを口実にして平日の夜から火山性ガスと焼き岩をやりたかっただけじゃないかゴロ? ベショルはそう思った。

 

 ダーローは盛んにガスを吸い、岩を齧り、店員を呼んで追加を注文していた。ダーローもまた、ゴロンシティにおいて大食漢として有名であった。その食欲は留まるところを知らなかった。テーブルに来る店員の顔が引き攣っていた。このままだと、店の在庫が全部食われちまうゴロ。そんなふうに店員は思っているようだった。

 

 だが、ダーローにも節度というものがあったようだった。あるいは、その懐中にあるルピーのことが気になったのかもしれなかった。ダーローは食事を終えた。彼は上カルビ岩の最後の一切れを飲み込んだ。

 

 ダーローはベショルに向かって、なにごともなかったかのように口を開いた。

 

「それで、ベショルは最近何をしているのでゴロスか? そういえば最近、ベショルは南採掘場にいないゴロスね」

 

 ベショルは会話をしたくなかった。まったくそういう気分ではなかった。しかしその一方で、友人の気遣いを無駄にしたくもなかった。しぶしぶながら、彼は答えた。

 

「……選別室で、おれは働いているゴロ。最近は選別室で、宝石の仕分けをしているゴロ」

 

 ダーローが言った。不思議そうな顔をしていた。

 

「また、何かヘマでもして組長から懲罰でも食らったゴロスか?」

 

 ベショルは答えた。

 

「いや、自分から志願してやってるんだゴロ」

 

 ダーローが大きな溜息をついた。彼は言った。

 

「ああ、お前、やっぱり病気ゴロス! そんな仕事を自分からやるなんて!」

 

 しばらくの間、二人は沈黙した。ベショルはやや俯いて、コンクリート製の黒い床を見つめていた。ダーローは静かにガスを吸っていた。やがて、ダーローが言った。

 

「お前、いったい何があったでゴロスか? お前、しばらく見ないうちに、まるで別の岩になっちまったみたいでゴロス」

 

 ダーローの言葉を聞いて、ベショルは少しだけ目線を上げた。そこには、いかにも心配そうな顔をしている彼の友人がいた。ダーローはさらに言った。

 

「ガスも吸わないし、焼き岩も食べない。そんなのベショルじゃないでゴロス。前は、頼まれもしないのに食ってばかりだったのに。一人で貯蔵庫の食岩(しょくがん)を全部食っちまって、組長からめちゃくちゃ折檻(せっかん)されたのに、その間も笑いながら岩を貪り食ってたベショルはいったいどこに消えちまったでゴロスか? 今のお前からは、まったく覇気が感じられないでゴロス。お前、中身がそっくりそのままどっかの岩と入れ代わっちまったみたいでゴロス!」

 

 ベショルは答えた。

 

「お前の言うとおり、入れ替わっちまったのかもしれないゴロ」

 

 ベショルはさらに言った。

 

「おれは、おれの中身を全部落っことしてしまって、空っぽになった体に別の誰かが入り込んだのかもしれないゴロ」

 

 いかにも深刻な口ぶりだった。ダーローは言った。

 

「話すんだゴロス。一応、おれはお前の友人でゴロス。いやそれ以上に、お前の好敵手(ライバル)でゴロス。お前に何があったのかを知る権利が、おれにはあるでゴロス」

 

 ダーローの言葉には、優しさが含まれていた。ベショルは口を開きかけた。しかし、彼はまた口を閉じた。

 

 ダーローは、ベショルが今、何を必要としているのかが分かった。彼は店員を呼び、とびきり濃いガスを注文した。ガスが運ばれてくると、ダーローはそれをベショルに差し出した。ベショルはしばし逡巡するようだったが、思いきったように管を鼻に突っ込んで中身を吸い始めた。数秒後に、容器は空になった。ベショルの顔は、ほんの少しだけ明るくなった。

 

 ダーローはまたガスを注文した。店員は気を利かせて、何も言われていないのにガスを三つも持ってきた。ベショルはそれらを立て続けに吸ってしまった。

 

 ようやく、ベショルの顔に酩酊者(めいていしゃ)特有の開け放したような表情が浮かんだ。ベショルは口を開くと、語り始めた。

 

「そんじゃ、まあ、話そうかな……ダーロー、お前は、おれがムシャムシャ修行……じゃない、武者修行の旅に出たのは知ってるゴロ?」

 

 ダーローは頷いた。

 

「当然ゴロス。他ならぬおれが、お前が旅に出るのを見送ったゴロンでゴロス」

 

 それは、今からだいたい二ヶ月ほど前の話であった。その頃のベショルは気力と意気に溢れていた。その顔は輝いており、その目は宝石のようだった。それも当然といえば当然だった。彼はその頃、チャンピオンだったからであった。

 

 ベショルはフードファイト・チャンピオンだった。数ヶ月前に(おこな)われた大食い大会で、彼は大戦士ダルケルと歴史に残る大激闘を繰り広げた。わずか焼き岩一個分だけ競り勝って、ベショルは名実ともにゴロン族のフードファイト・チャンピオンとなったのだった。

 

 ダルケルはベショルの背中を思いきり叩くと、言った。

 

「大したやつだ、おめえは! 本当に大したチャンピオンだ!」

 

 それは彼なりの祝意の表し方だった。だが、その叩き方はあまりにも強かった。その衝撃で、あやうくベショルは食べたものをすべて吐き出してしまうところだった。ダルケルは顔を赤くしたり青くしたりしているベショルに言った。

 

「だがな、『谷のドドンゴは山のドドンゴを知らない』とも言うぜ。チャンピオンっていうのは、チャンピオンの座に安住するのではなく、さらに上を目指し続けるからチャンピオンなんだ。負けた俺が言うのもなんだがな、おめえはこれからも、もっともっと上を目指せよ……!」

 

 ベショルはダーローに言った。

 

「確かに、ゴロン族でおれはチャンピオンになったゴロ。でも、大戦士ダルケルのいうとおり、『谷のドドンゴは山のドドンゴを知らない』ゴロ。おれはデスマウンテンだけじゃなく、外の世界でもおれのフードファイトが通用するか試してみたくなったんだゴロ」

 

 ダーローが答えた。

 

「その話も聞いたでゴロス。そもそも旅に出ることをお前に提案したのは、他ならぬおれでゴロス。お前が『もっと実力を試してみたい』というから、おれが旅に出たらどうかと言ったんだゴロス」

 

「そうだった」とベショルは答えた。彼はまたガスを吸った。そして、語り始めた。

 

「おれは旅に出たゴロ。長い長い旅になったゴロ」

 

 ダーローは言った。

 

「これは、随分と長い話になりそうでゴロス」

 

 ダーローは居ずまいを正した。

 

 ベショルは言った。

 

「まず、おれは山をくだって、それからゾーラの里へ向かったゴロ。道中はそこらへんの石を拾って食べたゴロ。それでけっこう空腹をごまかすことができたゴロ。なにせ、この世で石がない場所なんてほとんどないゴロからな。それでもべーレ谷のあたりにきた時は、本当に腹が減って動けなくなったゴロ。たまたまイワロックがいて、それをぶちのめして食うことができたから助かったゴロが、あの時は本当にピンチだったゴロ」

 

 ダーローは尋ねた。

 

「それで、そのイワロックは美味かったでゴロスか?」

 

 ベショルは頷いた。

 

「まあまあ、悪くはなかったゴロ。そんで、おれはどんどん道を進んでいって、ようやくゾーラ川に辿り着いたゴロ。川をどんどん遡っていくとゾーラの里についたゴロ。途中で何度か水の中に落ちそうになって、そのたびに本当にひやひやしたゴロなぁ……そんで、まあ、おれは里の広場に行って、そこのど真ん中で叫んでやったゴロ。『おれはゴロン族のフードファイト・チャンピオン、ベショルだゴロ! おれとフードファイトをしろゴロ!』」

 

 ダーローは尋ねた。

 

「ゾーラ族はお前の挑戦に応じたでゴロスか?」

 

 ベショルは頷いた。

 

「ああ、応じたゴロ。ものすげえたくさんのフードファイターが集まってきたゴロ。旅に出る前、お前は『どこの土地、どんな種族でも、大食いのやつは必ずいるでゴロス。お前は敵に不足することはないでゴロス』と言ったゴロ。あれは正しかったゴロ。おれはゾーラ族たちとフードファイトをすることになったゴロ。ありがたいことに、フードファイトはゾーラ王のシンシン……いや、リンシン……じゃない、親臨(シンリン)(たまわ)ったゴロ。王様だけじゃない、ゾーラ族の小さなお姫様ともっと小さな王子様もいたゴロ。二人とも可愛かったゴロなぁ……」

 

 ベショルは遠い目をした。ダーローは先を促した。

 

「で、何を食べたんでゴロス?」

 

 ベショルは言った。

 

「川で獲れた魚ゴロ。ハイラルバスとか、ガンバリバスとか、コイとか、マスとか……おれは、それまでの人生で食岩(しょくがん)以外の食べ物を食べたことはなかったゴロ。でも、まあ、たぶん魚でもなんでも食べられると思ったから、特に心配はしなかったゴロ。事実、おれは問題なく魚を食べることができたゴロ。腹を下すようなこともなかったゴロな」

 

 その時、ベショルは割と重要なことを口にしていたのだが、そのことについてベショルもダーローもまったく意識していなかった。ゴロン族は岩以外のものも食べられるのか? ベショルは、事実として岩以外のものも食べられた。それで良かった。

 

 ダーローは尋ねた。

 

「それで、その魚の味はどうだったでゴロス?」

 

 ベショルは静かに首を左右に振った。

 

「食べられたというだけでもありがたいと思うべきゴロ」

 

 ダーローは頷いた。

 

「そうか。そうでゴロスな」

 

 ベショルは話を続けた。

 

「おれの前には、次から次へと木の(おけ)に入れられた魚が運ばれてきたゴロ。最初、おれは手づかみでそれを食っていたゴロ。でも、なんだかそのうち面倒くさくなってきて、途中からは(おけ)ごと食ってやったんだゴロ。ゾーラ族の大食いたち、仰天してやがったゴロ。王様が『ジャブフフフッ!』と笑ってくれたゴロなぁ。お姫様も王子様も目を見開いて……あれは痛快だったゴロ。結局、おれは(おけ)にして五十杯ほどを食ってやったゴロ。ゾーラ族の大食いたちも頑張ったゴロが、まあおれの敵じゃなかったゴロ」

 

 ダーローが羨ましそうな顔をした。

 

「いいなぁ。おれもゾーラ族と大食い勝負してみたいでゴロス」

 

 ベショルは話を続けた。

 

「ゾーラ族の王様は、おれにお褒めの言葉をかけてくださったゴロ。『ソナタは実に大したフード・ファイターであるゾヨ』 そう言って王様はおれに二千ルピーを下賜されたゴロ。『さらに研鑽の旅を続けるが良いゾヨ。そのルピーは路銀の足しにするが良いゾヨ』と、王様は親しげにおれに向かっておっしゃったんだゴロ」

 

 ダーローは言った。

 

「良いじゃないかでゴロス。順調そのものじゃないかでゴロス」

 

 ベショルは言った。

 

「それが、その後に王様が言った言葉が良くなかったんだゴロ」

 

 ベショルはさらに言った。

 

「王様はおれに、『しかし惜しいゾヨ』と残念そうにおっしゃったゴロ。どういう意味か、おれは尋ねたゴロ。そうしたら、王様が答えてくださったゴロ。『ワシの知っているハイリア人は、ソナタに負けぬほどによく食べることができるのだ。いや、もしかすると、ソナタ以上に食べるかもしれぬ。本当に、大した健啖家(けんたんか)なのだ。もし彼がこの場にいたら、ソナタと彼、どちらがよく食べるか、比べることができたのだが……』 その言葉を聞いた瞬間、おれの中で負けん気が溶岩みたいに燃え上がったゴロ。そいつはなんという名前で、今どこにいるのかとおれは尋ねたゴロ。王様は『彼の名はリンクという。ハイラル王国の近衛騎士であるゾヨ』と言ったゴロ」

 

 ダーローは首を(かし)げた。

 

「リンクでゴロスか。聞いたことのない名前でゴロス」

 

 ダーローの言葉に構わず、ベショルは先を続けた。

 

「去り際に、ゾーラ族のお姫様がおれに胃薬をくれたゴロ。『もし、彼と戦うことがあっても』とお姫様が言ったゴロ。『絶対に無理をしないでね』 お姫様はとても優しい笑顔をしていたゴロ。おれは里を出て、今度はカカリコ村へ向かったゴロ。そこのシーカー族と大食い勝負をするつもりだったんだゴロ。歩いている最中、おれは必ずそのリンクとかいうハイリア人を見つけ出して、フードファイトで倒してやろうと決意したゴロ」

 

 ダーローが尋ねた。

 

「それで、カカリコ村でそいつを見つけることはできたんでゴロスか?」

 

 問いに対して、ベショルは手を振って否と示した。

 

「カカリコ村でもフードファイトをすることができたゴロ。『おにぎり』というハイリア米でできた食べ物を、どれだけたくさん食べられるか競ったゴロ。ちょうど大きさはそこらの小石みたいなもんで、形は三角形をしていたゴロ。おれは食べに食べたゴロ。三百個くらいは食べてやったゴロ。そしたら、他のシーカー族のフードファイターたちがギブアップしたゴロ。他愛のないやつらだったゴロ」

 

 ここでベショルは言葉を切ると、ガスを思いきり吸い込んだ。少しむせてから、彼はまた言った。

 

「おれをもてなして、フードファイトをセッティングしてくれたのはインパって名前のシーカー族だったゴロ。インパはちょうど王宮勤めから休暇のために帰ってきたところだったんだゴロ。おれが帰るその時まで、インパはずっと丁寧だったゴロ。でも、おれに向かってこう言ったんだゴロ。『それにしてもすごいですね! あれほど食べられる人は、あなた以外には一人しかいないと思います!』」

 

 ベショルの話を、ダーローは岩を齧りながら聞いていた。ダーローは言った。

 

「ほほーでゴロス。一人しかいないとは、それはおれのことでゴロスか?」

 

 ベショルはダーローの言葉を無視して、言った。

 

「おれは嫌な予感がしたゴロ。おれはその名前を尋ねたゴロ。インパは『リンクという人です。すごい人なんですよ。鍋蓋(なべぶた)でビームを弾き返してお姫様を守ったり、ハイラル王国史上最年少で近衛騎士に昇格したり、大食い大会で優勝したり……』 インパは他にもなんかいろいろと言っていたゴロが、おれはまたしてもリンクという名前を聞いて、強い闘志がゴロゴロっと湧いたゴロ。なんとしてもそいつを見つけ出して、フードファイトで叩きのめしてやると、おれは改めて決意したゴロ。俺はカカリコ村を出て、ハイラル城下町へ行くことにしたんだゴロ」

 

 ダーローは言った。

 

「それで、城下町でそのリンクとかいうやつは見つかったでゴロスか?」

 

 さっさと先を聞きたがるダーローを視線で制しつつ、ベショルは言った。

 

「話を急がないで欲しいゴロ。順を追って話してやるゴロ。おれはカカリコ村を出ると城下町へ向かったゴロ。途中、大きな宿場町を通ったゴロ。そこではちょうどゲルド族とかいう、背が高くて髪が赤くて筋肉ゴリゴリの人間たちがたくさん(とま)っていたゴロ。おれはそいつらにもフードファイトを挑んだゴロ。いろんな種類の果物をできるだけ多く食べる勝負だったゴロ。やっぱりおれは圧勝したゴロ。戦いが終わったら、ゲルド族の族長の……なんて名前だったゴロか……ボサボサ……ウルゴサ……いや、違うな……そう、ウルボザという名前だったゴロ! ウルボザって名前の族長がおれに声をかけてきたゴロ。で、族長はおれに……」

 

 ダーローが被せるように言った。

 

「どうせウルボザが、『大したやつだよ、あんたは! うちの大食い連中を全部倒してしまうんだから!』と言ったとか、そんな話に決まってるゴロス。それで、『あんたはリンクの次によく食べるやつだよ』とか、そういうことを言われたとか、そんな話に決まってるゴロス」

 

 ベショルは少しムッとした表情をした。

 

「そう、族長はおれに『リンクには及ばない』という趣旨のことを言ったんだゴロ。おれは決意を新たにしたゴロ。城下町で正々堂々とやつに大食い勝負を挑んで、『どっちの山が高いか』はっきりさせてやることにしたゴロ。おれはゲルド族たちと別れて、先へ進んだゴロ……」

 

 そう言うと、ベショルはいったん沈黙した。ダーローは店員を呼び、さらにガスを注文した。いつの間にか周りの客はいなくなっていた。店内にはベショルとダーローの二人だけが残っていた。

 

 ベショルは話を続けた。

 

「おれは城下町への道を急いだゴロ。途中で『闘技場にリト族の戦士団が来ている』という話を聞いたゴロ。おれはもっけの幸いだと思ったゴロ。リト族の住むタバンタ地方までは遠いゴロからな。おれは闘技場へ急いだゴロ。リト族の戦士団はまだそこにいて、空中戦の演武を披露(ひろう)していたゴロ。おれは戦士団に大食い勝負を挑んだゴロ。戦士団はすぐにおれの挑戦に乗ったゴロ。食べたものは、大量の焼肉だったゴロ。シカの肉とか、ヤギの肉とか、ウシの肉とか、トリの肉だったゴロ。やっぱりおれは圧勝したゴロ」

 

 ダーローは言った。

 

「それで、またリンクという名前が出てきて憤激(ふんげき)したとか、そういう話でゴロスか?」

 

 ダーローの言葉にベショルは「そうゴロ」と答えた。彼はさらに言った。

 

「まあ、憤激というところまではいかなかったゴロが。フードファイトの後で、リト族の戦士団のリーダーがおれに言葉をかけてきたゴロ。そのリーダーは、たしか……そう、リーバルという名前だったゴロ。リーバルはちょっとぶっきらぼうな口調でおれに言ったゴロ。『すごいじゃないか。これだけ食べられる君ならば、きっとアイツの鼻っ柱もへし折ってやることができると思うが……そう、もし君がその気ならね』」

 

 ベショルはガスを大きく吸い込み、鼻から息を吐いた。そして彼はまた言った。

 

「おれは『もしかしてそのアイツっていうのは、リンクという名前かゴロ?』とこちらから尋ねたゴロ。リーバルは驚いた顔をして言ったゴロ。『おや、どうして分かったんだい? そうか。アイツはゴロン族にも大食いで知られているのかな。ご自慢の剣術ではなくて、大食いで……』 そう言うとリーバルは『ハハハ』と大きな声で笑って、去っていったゴロ。俺は城下町へ急ぐことにしたゴロ。『もう、こうなったらそのリンクというやつと戦うのはおれの宿命だ』と思ったゴロ」

 

 突然、店員が二人に声をかけてきた。

 

「あの、お客さん。そろそろラストオーダーのお時間なんだゴロ。なんか頼みますかゴロ?」

 

 ダーローが即座に答えた。

 

「ガスをもう二つ、追加ゴロス。それでおしまいゴロス」

 

 店員は頷いた。店員が去ってから、ベショルはまた口を開いた。

 

「ついに、おれは城下町に辿り着いたゴロ。デスマウンテンを出てから一ヶ月以上が経っていたゴロ。長旅だったゴロが、おれは休まずにリンクとかいうやつを探したゴロ。でも、城下町は流石に広くて人が多かったゴロ。なかなかリンクは見つからなかったゴロ。でも、そのうち上手くことが運んで、こちらがリンクを探す必要はなくなったんだゴロ」

 

 ダーローは尋ねた。

 

「そりゃ、いったいどうしてゴロスか?」

 

 ベショルは答えた。

 

「シン・ブンキ・シャとかいうのがおれのところに来たんだゴロ。シン・ブンキ・シャは『いかがですか、ゴロン族から見て、この城下町はどう思われますか?』なんて、つまらない質問を色々とおれにするんだゴロ。受け答えをしている間におれは、『自分はゴロン族のフードファイト・チャンピオンで、これまでゾーラ族とシーカー族とゲルド族とリト族に勝った』という話をしてやったんだゴロ。そしたら、そいつは目の色を変えてメモを取り始めたんだゴロ。おれは話し続けたゴロ。最後におれは、『今はリンクというやつを探しているゴロ。やつはハイラル最強のフードファイターと聞いているゴロ。でもそれは間違ってるゴロ。ハイラル最強のフードファイターはこのおれゴロ!』と言ってやったゴロ。そしたらそのシン・ブンキ・シャは『ぜひ、そのフードファイトのセッティングは私たちにやらせてください!』と言ったんだゴロ」

 

 店員がガスの容器を持ってきた。その日最後のガスだった。二人はしばらくそれを吸った。ベショルは言った。

 

「それからゴンゴロ拍子に話が進んで、一週間後におれとリンクとのフードファイトが行われることになったゴロ。決戦の場所は、王城の大食堂ということになったゴロ。おれはその日まで絶食して待つことにしたゴロ」

 

 話し終えると、ベショルは一つ身震いをした。彼は、なにか恐ろしいことを思い出したようだった。

 

 ベショルは、(かす)かに震えを帯びた声で言った。

 

「それで、あの日がついにやって来たんだゴロ」




※『サイハテノ漂流奇譚』の後編も現在執筆中です。もう少しだけお待ちください。
※後編は三日後に公開されます。
※ベショルたちが吸っている火山性ガスについては「シーシャ(水タバコ)」のようなものをイメージしています。
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