BotW短編集『ハイラル・ドキュメンツ』   作:ほいれんで・くー

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『フードファイター・ベショル』後編

 ベショルは俯いたまま、なかなか口を開こうとしなかった。ダーローはベショルがまた何か言うのを辛抱強く待った。もともとダーローは能天気な性格をしていた。彼には忍耐を忍耐とも思わないおおらかさがあった。幾分か神経質な性格をしているベショルの友人として、ダーローはうってつけといえた。

 

 すでにラストオーダーの時間は過ぎており、食べ物もガスも追加注文することはできなかった。それでもダーローは待った。時間だけが過ぎていった。

 

 どうやらベショルは、何やら恐ろしいことを口に出そうとしているようだった。心に秘めている何かを口に出すというのは、単純なようで難しい。比較的単純な思考回路しか持たないゴロン族にとって、それはなおさらだった。ベショルは低く唸っていた。それは彼が苦しんでいる(あかし)だった。

 

 やろうと思えば、ダーローはいつまでも待つことができた。だが、店側としてはそういう訳にもいかなかった。そろそろ店を閉めなければならない時間が迫っていた。店員がやってきて、申し訳なさそうに二人に言った。

 

「あの……もう閉店時間なんだゴロ。今日はまだ平日ゴロ。二人とも明日はまだ仕事があるゴロ? もうおうちに帰ったほうが良いゴロ。夜更かしすると明日の仕事に差し障りが出るゴロ」

 

 ベショルはなおも俯いたままだった。放置していたら、デスマウンテンが爆発して地上から完全に姿を消してしまうまで、同じ姿勢を取り続けるかもしれない。うん、帰るでゴロス。ダーローはそう思った。彼はベショルを促して、店から出ることにした。彼は石の伝票を手にしてから、ベショルに対して言った。

 

「ほら、行くでゴロス。続きはお前の家で聞くゴロス。店員さん、会計ゴロス」

 

 店員は頷いた。

 

「はいゴロ」

 

 代金は高くついた。ダーローは金色のルピーを二つも財布から出さねばならなかった。しかし、ダーローもまたゴロン族のフードファイターであった。彼は食事にかかる費用に関してまったく頓着(とんちゃく)しなかった。むしろ彼は、それだけのルピーを食事に費やすことができたことに、密かに誇りを覚えていた。

 

 店を出た二人は道を歩いて、ベショルの家へと向かった。夜になってもゴロンシティは暑かった。鉄板で舗装された道のすぐ脇で、灼熱の溶岩が音を立てて流れていた。

 

 溶岩の中から、何かが顔を出した。それはマグッポと呼ばれる魔物だった。マグッポは風船とカエルを足して二で割ったような外見をしていた。近頃は岩オクタの勢力伸長が著しく、マグッポはその生息数を急速に減らしていた。だが、ゴロンシティの中ではいまだにその魔物を目にすることができた。

 

 マグッポは道を行く二人に溶岩を吐きかけようとした。ダーローは叫んだ。

 

「マグッポめ、あっちに行くでゴロス!」

 

 ダーローは石を拾うと、素晴らしい投球フォームでそれを投げた。石はマグッポの飛び出した目と目の間に命中した。マグッポは奇妙な叫び声を上げて、溶岩の中に姿を消した。二人はしばらく、マグッポが消えた後の溶岩をぼんやりと見つめた。それから二人は、また歩き出した。

 

 二人は宿屋の前を通った。二人は食料品店の裏手を回った。二人は黙々と、シティ郊外にあるベショルの家へと歩いた。彼らの他に歩いているゴロン族はいなかった。すでに時刻は深更(しんこう)に達しようとしていた。

 

 道中でも、ベショルは何も喋らなかった。だが、彼の沈黙は恐怖を前にして足踏みをしているからではなく、次に噴火させるべき言葉を注意深く選んでいるがゆえのものであった。少なくとも、友人であるダーローにはそのように思われた。おそらく、家に着いたらこちらが促さなくても勝手に喋り始めるだろう。ダーローはそう思った。

 

 やがて、二人はベショルの家に辿り着いた。ベショルの家は小さくも大きくもなかった。家はシティにおいてちょうど中くらいの規模のものだった。家はベショルがこれまでのフードファイトで得たルピーをこつこつと貯めて、数年前に購入したものだった。一部屋しかない家の中には、ほとんど何もなかった。平たい石のベッドと、石製の什器(じゅうき)類と、中古の石のデスクがあるだけだった。

 

 二人は部屋の中央にどっかりと腰を下ろすと、向かい合って座った。

 

 ダーローは言った。

 

「さあ、ベショル。続きを話すでゴロス。おれは続きを知りたくてたまらないんでゴロス。その、ハイリア人のリンクとかいうやつと、いったいどんなフードファイトを繰り広げたんでゴロスか?」

 

 そう言われても、ベショルはなかなか口を開かなかった。ベショルは腕を組み、しばらく室内を見回していた。やがて、彼は静かに口を開いた。

 

「……ついにその日がやって来て、朝、おれは宿屋から出たんだゴロ。宿屋から王城までは、そのシン・ブンキ・シャが案内してくれたゴロ。行く道では、いろんな人がおれに声をかけてきたゴロ。みんなその日のフードファイトを見たがっていたゴロ。おれの後ろを、大勢の人間たちが付いてきたゴロ。おれは、なんだか自分が偉くなったような気がしたゴロ。『もうこの勝負はいただきだゴロ』と思ったりもしたゴロ。それに、その時のおれは腹が減っていたゴロ。なにしろその日の勝負のために、一週間は断食をしていたゴロからな。今ならマグロックだって十体は軽く食っちまえると思ったゴロ」

 

 ダーローが先を促した。

 

「それで、それで? 王城はどんな様子だったでゴロスか?」

 

 ベショルは言った。

 

「王城は大きかったゴロ。このゴロンシティがすっぽりと全部収まっちまうくらい大きかったゴロ。おれは、人間がこんなものを作れるとは到底思えなかったゴロ。『きっと神様かなんかが手慰みにこの城を作ったんだゴロ』と思ったゴロ。城門には一枚成型された分厚い鋼鉄の扉があって、おれがその前に来ると音を立てて開いたゴロ。シン・ブンキ・シャがおれに向かって、『この城門を作ったのはあなた方のご先祖ですよ』と言ったゴロ。やつはなんだか誇らしげな顔をしていたゴロが、なんで自分が作ったわけでもないのにあんな顔ができるのか、おれには不思議だったゴロ……」

 

 ダーローがベショルの話に割り込んだ。

 

「まあ、食べられもしない鉄の城門の話なんかはどうでも良いでゴロス。さっさと続きを話すでゴロス」

 

 ダーローはおおらかな性格で、待つということのできる男であったが、いったん話が始まるとすぐに続きを知りたがるという悪癖があった。そしてベショルは、そんなダーローを相手にしてもマイペースに話を続けられるという長所があった。ベショルはまた口を開いた。

 

「城門をくぐった時、空から爆発音が何回かしたゴロ。おれは空を見上げたゴロ。空にはいくつかの白い煙の輪が広がっていたゴロ。シン・ブンキ・シャが『あれは花火ですよ。今日の歴史的なフードファイトのために、わざわざ王城が打ち上げてくれたんですよ』と半笑いをして言ったゴロ。もちろん、おれだってゴロンシティに住む文化的なゴロン族ゴロ。花火くらいは知っていたゴロ。おれが不思議だったのは、どうしてハイリア人たちは火薬を岩を吹っ飛ばして鉱石をとるのに使わないで、空で無意味に爆発させるのかってことだったゴロ。火薬だって、そう安いもんじゃないゴロ。おれは、『もしかして、ハイリア人ってやつらはそんなに頭が良くないな』と思ったゴロ。だから、おれは今回もリンクとかいうやつに楽勝するだろうなと思ったゴロ」

 

 ダーローが言った。

 

「まあ、食べられもしない花火の話なんかはどうでも良いでゴロス。さっさと続きを……」

 

 ダーローが促すのを待つまでもなく、ベショルは先を続けた。

 

「王城の見た目は大きかったゴロが、その中もやっぱり広かったゴロ。通路がどこまでもうねうねと続いていたゴロ。もし案内をしてくれる人間がいなかったら、おれはきっと迷って餓死していたと思うゴロ。城の中には大勢の人間がいたゴロ。いろんな格好をしていて、匂いも大きさも年齢も違っていたゴロ。もう何分歩いたのか分からなかったゴロが、おれはようやく大食堂に辿り着いたゴロ。そこにも大勢の人間がいたゴロ。でもそれ以上におれは、そこにたくさんのにおいが漂っていることが気になったゴロ。ごちそうのにおいが火山ガスみたいに充満していたゴロ。おれの腹がゴロゴロと鳴ったゴロ。もちろんそれは、空腹のせいで鳴ったんだゴロ」

 

 ダーローが言った。

 

「もったいぶらないでさっさと続きを……」

 

 友人の言葉が終わるのを待たず、ベショルはさらに言った。

 

「大食堂は広かったゴロ。見たこともないほど大きな木のテーブルが置かれていたゴロ。その前にものすごく強そうな雰囲気をもった、歳をとった人間が座っていたゴロ。すげえ威厳だったゴロ。(いかめ)しい顔をしていたゴロが、その目は宝石みたいに輝いていたゴロ。案内をしていた人間がおれに小声で言ったゴロ。『国王陛下です。挨拶なさい』 おれは大きな声で名乗ったゴロ。『おれはゴロンシティのフードファイト・チャンピオン、ベショル! 国王陛下、今日はこのような場を設けてくださって感謝しますゴロ! このお城の食べ物を全部食らい尽くしてやるから、覚悟するゴロよ!』 周りの人間たちはおれの名乗りを聞いて、ざわついたゴロ。でも国王陛下はゆっくりとおれに頷いて、こう言ったゴロ。『遠い地からやってきたゴロン族の客人よ。そなたの底なしの胃袋を満たすにはこの王城のすべての食糧を(もっ)てしても足りぬかもしれぬが、今日は存分に食事を楽しんでいくが良い』」

 

 ダーローが溜息をついてから言った。

 

「流石は国王陛下ゴロス。大した気前の良さゴロス」

 

 ダーローの言葉にベショルも頷いた。ベショルは言った。

 

「シン・ブンキ・シャがおれに言ったゴロ。『今日の催しにはハイリア人とゴロン族との友好関係をさらに深めるという目的があります。こんなご時世ですからね。国王陛下が仰せになったように、思う存分食べてください。それが友好関係を深めることになるんです。そう、こんなご時世ですからね』 そんなことを言われなくてもおれは食べてやるつもりだったゴロ。『ご時世』っていうのがなんなのかは分からなかったが、俺はとてつもなく腹が減っていたゴロからな」

 

 ダーローが言った。

 

「それでそれで?」

 

 ベショルはまた口を開いた。

 

「おれは、おれの対戦相手がどこにいるか、探したゴロ。見ると、国王陛下の隣に、青い服を着た綺麗な金髪の人間がいたゴロ。その人間はおれのことをじっと見ていたゴロ。あんまりこっちを見つめてるものだから、おれはひょっとしたらその人間が例のリンクじゃないかと思ったゴロ。思っていたよりも小さかったゴロが、髪の毛も金色だったゴロからな。おれはリンクというやつが金色の髪の毛であることを前もって聞いていたゴロ。だから、おれはそいつを見つめ返して、それから言ってやったゴロ。『おい、リンクとかいうやつ! ちゃんと腹を空かせてきたゴロか!? もし腹が減ってないんだったら、おれがお前の分まで食ってやるゴロ!』 その人間はびくりと体を震わせたゴロ。それから、笑い始めたゴロ。とても可愛らしい笑い声だったゴロ。その人間だけじゃなくて、周りの人間もみんな笑い始めたゴロ。国王陛下も微妙に肩を震わせていたゴロ。表情は変わっていなかったゴロが、あれは絶対に笑っていたゴロ」

 

 ダーローが首を(かし)げた。

 

「よく分からんゴロス。どういうことなんでゴロス? その金髪の人間はリンクじゃなかったゴロスか?」

 

 ダーローの問いに対して、ベショルは頭をかいて答えた。

 

「そうだったんだゴロ。それはリンクじゃなくて、なんとハイラル王国のお姫様だったんだゴロ。おれはとんだ恥をかいたゴロ。おれはお姫様に謝ったゴロ。謝りながら、『なんか今日はしっくり来ねぇなゴロ』と思っていたゴロ。笑いが収まった後、国王陛下がお付きの人間に尋ねたゴロ。『して、(とう)の対戦者である騎士リンクはいずこにいるのか? まだ来ないのか?』 お付きの人間が答えたゴロ。『はっ、少し準備をしなければならないとのことでありまして……しかし、そろそろ姿を現す頃合かと思われますが……』 その言葉が終わるか終わらないかの時に、そいつが来たゴロ」

 

 ダーローが言った。

 

「どんなやつだったでゴロス?」

 

 ベショルは言った。

 

「想像していた以上に、やつは小さかったゴロ。おれは、リンクというやつはそれほどまでに大食いなのだから、もしかしたらデスマウンテンより大きなやつかもしれないと思っていたゴロ。でも、違ったゴロ。やつは小柄だったゴロ。縦も横も、国王陛下の半分くらいしかなかったゴロ。やつはお姫様と同じように、綺麗な金髪をしていたゴロ。やつはひざまずいて国王陛下とお姫様に礼をすると、おれの隣に来て椅子に座ったゴロ。おれは、こんな小さなやつに負けるはずがないと思ったゴロ。でも、なんだか、なんというか……」

 

 ベショルはいったん言葉をきった。ダーローが口を開いた。

 

「なんでゴロス?」

 

 ベショルは身震いをした。彼は言った。

 

「なんというか……やつからは得体の知れない空気を感じたんだゴロ。おれは深い谷を覗いた時のような気持ちがしたゴロ。そう、底が見えない感じがしたんだゴロ。おれは、自分を奮い立たせる意味も込めて、隣に座るリンクに言ってやったんだゴロ。『おれはベショル! ゴロンのフードファイターゴロ! ゴロン族の名誉と誇りにかけて、今日はお前に勝つゴロ!』 やつはおれに対して無言で頷いたゴロ。その様子がまた底知れない感じだったゴロ。ほどなくして、勝負が始まったゴロ」

 

 ダーローが言った。

 

「それで、最初に何を食べたんでゴロスか?」

 

 ベショルは言った。

 

「初めに運ばれてきたのは、魚だったゴロ。丸い木桶(きおけ)に入った魚が何杯も運ばれてきて、それがおれたちの前に積み重ねられたゴロ。魚は丸々と太っていて、青色の鱗をしていたゴロ。頭に白い帽子を被っていて、白い前掛けをしている『シェフ』とかいう名前の人間が言ったゴロ。『最初にお二人に食していただくのは、ラネール地方の特産であるマックスバスです。特に生きの良い新鮮なマックスバスを、獲ったその場でアイスロッドで瞬間凍結したものでございまして、それによって鮮度を確保するのと同時に、川魚に特有の寄生虫を除去することが可能となりました……』 おれはシェフの言うことを最後まで聞かなかったゴロ。おれは猛然とそのマックスバスを食べ始めたゴロ」

 

 ダーローが言った。

 

「マックスバスはどんな味だったでゴロスか?」

 

 ダーローは口の端からよだれを垂らしていた。さぞかし美味かったに違いないと彼は思っていた。ベショルは答えた。

 

「ああ、あれは美味(うま)かったゴロ。流石に特上ロース岩とは比べ物にならなかったゴロが、やはり美味かったゴロ。おれたちの前で、国王陛下とお姫様もマックスバスを召し上がっていたゴロ。国王陛下は一匹を全部食べたゴロが、お姫様はお皿に綺麗に盛りつけられた小さな切り身を少しだけ食べていたゴロ。その間にもおれたちはマックスバスを食べ続けたゴロ。この程度は『オードブル』に過ぎなかったゴロ。数分もしないうちに、おれは目の前に積まれた桶の中身を全部食ったゴロ。隣を見ると、リンクもちょうど全部食べ終えたところだったゴロ。やつの顔は平然としていたゴロ。おれの中で闘志が炎のように燃え上がったゴロ。間髪を入れずに次の料理が来たゴロ」

 

 ダーローが言った。

 

「うらやましいでゴロス。次に食べたのはなんだったでゴロスか?」

 

 ベショルはまた言った。

 

「次は、お口直しということでたくさんの果物が運ばれてきたゴロ。イチゴとか、メロンとか、ドリアンとか、ビリビリフルーツとか……とにかく何でもあったゴロ。果物そのままというのもあれば、ケーキとか煮込みとかに料理されているものもあったゴロ。シェフが言ったゴロ。『これらの果物はゲルド地方から取り寄せたものでございまして、特にイチゴはゲルド高地の奥また奥、多数のクマが棲息する危険地帯として有名なエメラル台地にてゲルド族の戦士たちが……』 おれはシェフの言うことを最後まで聞かなかったゴロ。おれは猛然と果物を食べ始めたゴロ」

 

 先ほどよりもさらに口中の唾液の量を増したダーローが尋ねた。

 

「どんな味だったでゴロスか?」

 

 ベショルは答えた。

 

「ああ、あれは美味かったゴロ。流石に上ハラミ岩ほどというわけにはいかなかったゴロが、やはり美味かったゴロ。国王陛下はビリビリフルーツを食べていて、お姫様は小さなケーキを食べていたゴロ。お姫様の目は輝いていたゴロ。たぶんケーキが大好物だったんだろうなぁ……おれとリンクは次々と皿を空っぽにしていったゴロ。木箱何個分の果物を食べたのかは分からなかったゴロが、相当な量をこなしたのは間違いないゴロ」

 

 ダーローは言った。

 

「その時、ベショルはまだ余裕だったでゴロスか?」

 

 問いに対してベショルは頷いた。

 

「余裕だったゴロ。さすがに空腹という状態ではなくなっていたゴロが、まだまだ食べられるという気がしていたゴロ。隣のリンクの様子を見ても、おれと似たような感じだったゴロ。勝負はここからだという感じだったゴロ。次に運ばれてきたのは、大量のおにぎりだったゴロ。皿の上におにぎりが山積みにされていたゴロ。シェフが言ったゴロ。『このおにぎりはシーカー族の里であるカカリコ村周辺で収穫されたハイラル米を用いたものです。ハイラル米の味には水の質が大きく影響しますが、この米は特に地下深くから汲み上げた清潔でミネラル分の多い井戸水を……』 おれはシェフの言うことを最後まで聞かなかったゴロ。おれは猛然とおにぎりを食べ始めたゴロ」

 

 話を聞いていたダーローの口の中はすでに唾液によって洪水状態になっていた。彼は言った。

 

「どんな味だったでゴロスか?」

 

 ベショルは答えた。

 

「ああ、あれは美味(うま)かったゴロ。流石に特撰カルビ岩というわけにはいかなかったゴロが、やはり美味かったゴロ。国王陛下とお姫様も一個ずつおにぎりを召し上がったゴロ。二人とも表情は変えなかったゴロが、美味しいと思っているのはこちらにも分かったゴロ。おれは食ってやったゴロ。食って食って、食ってやったゴロ。でも、さっきまでとは違って、おにぎりは際限なく来たんだゴロ。シェフが言ったゴロ。『おにぎりはまだまだたくさんありますので、どうぞお気兼ねなくお召し上がりください』 おれはさらに十五分くらいおにぎりを食べ続けたゴロ。食べ終えた時、少しだけ胃がもたれる感じがして、おれはちょっと不安に思ったゴロ」

 

 ダーローが少し呆れたように言った。

 

「お前がそんなふうになるなんて、いったいどれだけ食べたんでゴロスか」

 

 ベショルは静かに首を左右に振った。彼は言った。

 

「でも、おれはまだ大丈夫だと思ったんだゴロ。それに、これなら勝てるという気もしていたゴロ。隣のリンクを見ると、やつはちょっと顔色が蒼ざめていたんだゴロ。周りの人間もリンクを見てざわついていたゴロ。『騎士リンクの様子がおかしいぞ』『おかしい、この程度の量でどうにかなる騎士リンクではないはずだが』とかなんとか言う声も聞こえたゴロ。もしかしたら、案外すぐに決着がつくかもしれないとおれは思ったゴロ……」

 

 いったん言葉をきって息をつくと、ベショルはまた話し始めた。

 

「そうこうしているうちに、次の料理が運ばれてきたんだゴロ。次は、大量の焼肉だったゴロ。骨付きのケモノ肉がゴロンゴロンと皿に載せられていたゴロ。シェフが言ったゴロ。『メインディッシュは極上ケモノ肉のステーキです。ステーキにはよく煮詰めたハイラル草のソースがかけてあります。このケモノ肉はリト族の戦士たちが雪深いヘブラ地方で狩りをして得たものでありまして、牧場で飼育したウシよりも遥かに野性(ワイルド)()のある濃厚な……』 おれはシェフの言うことを最後まで聞かなかったゴロ。おれは猛然とケモノ肉を食べ始めたゴロ。いや、『猛然と』というわけにはいかなかったゴロ。なんか変なげっぷがお腹の底からこみあげてくるのを感じたから、それを我慢するのに必死だったんだゴロ。流石に国王陛下とお姫様の前でげっぷをするわけにはいかないゴロからな。でもまあ、なんとか食べ始めたんだゴロ」

 

 ダーローの口の周りは漏れだした唾液でべしょべしょになっていた。彼は言った。

 

「どんな味だったでゴロスか?」

 

 ベショルは言った。

 

「ああ、あれは美味(うま)かったゴロ。流石に特上サーロイン岩ほどというわけではなかったゴロが、とにかく美味かったゴロ。でも、その頃になると、おれの心の中に『限界』という言葉がちらつくようになっていたゴロ。『まさか、そんなはずは』と思ったゴロ。まだまだおれは食べられるはずだったんゴロ。冷静になって考えてみると、その時までに食べた量はゴロンシティの大会で大戦士ダルケルを倒した時よりも多くなっていたゴロが、おれはあえて、しきりにちらつく『限界』という言葉を無視して食べ続けたんだゴロ。でも、無視しようとすればするほど『限界』という言葉は大きくなってきたんだゴロ。どんどん苦しくなってきたゴロ。あんな苦しみは初めてだったゴロ。もしかしたらげっぷを我慢していたせいだったかもしれないゴロが、仮にげっぷができたとしてもきっと苦しいのには変わらなかったと思うゴロ」

 

 ダーローが大きな声で言った。

 

「ああ、ベショルがそこまで追い詰められるなんて信じられないゴロス! で、どうなったでゴロスか?」

 

 ベショルはしばらく沈黙した。いよいよ話はクライマックスに差し掛かっているようだった。ややあって、彼はまた口を開いた。

 

「おれは頑張って食べ続けたゴロ。途中で焼肉にかかっているソースが鼻につくようになって、一切れを食べ終えるのにも苦労するようになったゴロが、それでも頑張って食べたゴロ。国王陛下とお姫様も焼肉を食べていたゴロが、流石にお姫様はもうお腹いっぱいだったみたいで、半分だけ食べて後は残していたゴロ。隣のリンクを見ると、蒼い顔がさらに蒼くなっていて、今にも限界という感じだったゴロ。おれはここでやつにプレッシャーを与えてやろうと思って、お姫様に言ったんだゴロ。『お姫様! お残しになった焼肉はおれが食べてやるゴロ!』 お姫様は『まあ!』と言ったゴロ。おれは手を伸ばしてそれを食べたゴロ。手を伸ばしたことで体のバランスが変わって、途端に満腹感がこみあげて来たんだゴロ。お姫様のお残しを食べている最中は『余計なことをしなければ良かったゴロ』と思えてならなかったゴロ。そんなこんなで、おれはついに焼肉を食べ終えたゴロ」

 

 ダーローが言った。

 

「メインディッシュが終わったら、最後はデザートでゴロスな。何を食べたんでゴロスか?」

 

 ベショルは言った。

 

「シェフが言ったんだゴロ。『ここまでお二人ともまさに互角の勝負を繰り広げてこられました。しかし、考えてみれば騎士リンクがこの王城をホームとしているのに対して、挑戦者ベショルは完全なるアウェイです。そのハンデを埋めなければなりません。そこで、最後にこのようなものをデザートとしてご用意いたしました』……」

 

 ベショルは言葉をきった。彼は大きく溜息をついた。地の底まで響きそうなほどに大きな溜息だった。やがて、彼はダーローに向かって言った。

 

「なあ、ダーロー。その時、おれの前へ何が運ばれてきたとお前は思うゴロ?」

 

 ダーローは首を傾げた。

 

「何ゴロ? 見当もつかんゴロ」

 

 物分かりの悪い友人に対して、ベショルは半ば憤りが込められた声で言った。

 

「分からないゴロか? 運ばれてきたのは、特上ロース岩だったんだゴロ!」

 

 ダーローは「ああ!」と言った。「それならお前の大好物でゴロス! 最後の最後に素晴らしいごちそうが来たゴロスな!」

 

 しかし、ベショルは悲しげな目をして言った。

 

「そうゴロ。それはおれの大好物だったんだゴロ。でもダーロー、お前には分からないかもしれないゴロが、大好物というのはお腹が減っている時だけ大好物なんだゴロ。その時になって、初めておれはそのことを知ったんだゴロ。真っ赤に熱されて、アツアツになった特上ロース岩が鉄板に載せられて運ばれてきたのを見た時、おれは、ほんの一瞬だったゴロが、『食べたくない』と思ってしまったんだゴロ。おれは、自分で自分が信じられなかったゴロ。まさか、このおれが、特上ロース岩を食べたくないなんて、そんなことはあり得なかったゴロ。でも事実として、特上ロース岩はおれの食欲をそそらなかったんだゴロ。でもおれは、『これは戦いなんだゴロ』と思い直したゴロ。ここで負けたらゴロン族の名誉に灰を被せることになるゴロ。おれは特上ロース岩を手にして、かぶりついたゴロ」

 

 ベショルの話を聞いていたダーローの口から、唾液が滝のように流れ落ちていた。特上ロース岩は、全ゴロン族のあこがれの料理である。それは「一生に一度は食べてみたいもの」の筆頭であった。ダーローは言った。

 

「特上ロース岩は、どんな味だったでゴロスか?」

 

 ベショルは、()(ひし)がれたような声で答えた。

 

「それが……それが、美味(おい)しくなかったんだゴロ。まったく美味しくなかったんだゴロ。まるでチュチュゼリーを噛むような感じだったんだゴロ。お前、分かるかゴロ? 満腹の時に大好物を食べないといけないというのは、拷問そのものなんだゴロ。おれは本当に苦労して、一口ひとくちをよく噛んで食べ進めていったんだゴロ。もはや、おれの心は上の空だったゴロ。現実感が消え失せていて、この世にはおれと、おれが食べている特上ロース岩しかないような感じがしていたゴロ。そしたら、急に周りがざわついているのが聞こえたんだゴロ。はっとして、おれは思わず隣を見たんだゴロ」

 

 ダーローは言った。

 

「そうでゴロス。隣はどうなっていたでゴロス? そのリンクとかいう人間はどうなっていたでゴロス?」

 

 その光景を思い出したのか、ベショルは身震いをした。彼は言った。

 

「リンクは……あの人間は……やつは、相変わらず蒼い顔をしていたゴロが、なんと手づかみで特上ロース岩を食っていたんだゴロ!」

 

 ダーローが叫んだ。

 

「ありえねえでゴロス! ただの人間が岩を食うなんて、そんなことはありえねえでゴロス!」

 

 ベショルは首を左右に振った。それはダーローの言葉を否定しようとするためではなく、むしろあの時に目撃した光景を頭の中から追い払おうとするためであった。彼は言った。

 

「食っていたゴロ。やつは岩を食っていたゴロ。バリンボリンと音を立てて食っていたゴロ。食べる気がなくなっているおれよりも、その食べるスピードは早かったゴロ。あっという間にリンクは、岩を一個食っちまったゴロ。おれは焦ってまた岩を食べ始めたゴロ。でも、おれが一個を食べ終えた時にはやつは二個、おれが三個を食べ終えた時にはやつは五個食ってしまっていたゴロ。おれはもう限界だったゴロ。とっくの昔に胃袋はパンパンになっていたゴロが、それ以上に『もうやつに追いつくことは絶対にできないゴロ』と絶望してしまったゴロ。それが決定的だったんだゴロ。それでもおれは『ギブアップ』と言うか、言うまいか迷っていたゴロ……」

 

 ベショルはいったん言葉をきり、そしてまた言った。

 

「迷っているうちに、体の方が先に()を上げたゴロ。おれは後ろにぶっ倒れてしまったゴロ。もうなにも食べられなかったゴロ。倒れたおれのすぐそばに、国王陛下とお姫様がやってきたゴロ。国王陛下は、おれに向かって、その宝石みたいな目で『ギブか?』と訊いてきたゴロ。おれは頷いたゴロ。国王陛下が『勝者、リンク!』と言って、戦いは終わったゴロ……」

 

 しばらく沈黙があたりを包んだ。いつの間にか窓の外から、うっすらとした白い光が差し込んでいた。どうやらそろそろ夜が明けるようだった。

 

 ダーローが沈黙を破った。

 

「……しかし、たった一回の敗北で、お前ほどの(ごう)のゴロンがすごすごと引き下がるとは思えないゴロス。当然リターンマッチをしたんでゴロス?」

 

 ベショルは答えた。

 

「いや、とてもリターンマッチなんてできなかったゴロ」

 

 ダーローが言った。

 

「そりゃまた、なぜでゴロス!? まさか、『心を折られた』とか言うつもりじゃないでゴロスな!? ゴロンの心臓はイワロックよりも固いゴロス! たった一回の敗北で心が折れるなど……」

 

 ダーローの言葉が終わるのを待つことなく、ベショルは言った。

 

「心を折られたんだゴロ。決定的に、ボキッと折られたゴロ」

 

 ダーローは責めるような眼差しで、そんなことを言うベショルを見つめた。彼は(まく)し立てるように言った。

 

「いったい、何がお前の心を折ったんでゴロス? 話を聞いた限りでは、お前は正々堂々と真正面から戦ったはずでゴロス。恥じるところは何もないはずでゴロス。確かにリンクは強敵だったと思うでゴロス。お前以上のフードファイターだったと思うゴロス。でも、『強いドドンゴには、さらに強いドドンゴがいる』というのは当然の話ゴロス。たった一回の敗北がなんでゴロスか。これからは、もっと練習を積んで、またやつよりも強いドドンゴになるようにすれば……」

 

 近所一帯に響き渡るような大きな声で、ベショルは答えた。

 

「そういう話じゃないんだゴロ!」

 

 ダーローは口を閉じた。ベショルは震えた声で言った。

 

「あのリンクは……あのハイリア人は……最後の最後に、とてつもなく恐ろしいことを言ったんだゴロ。その言葉を聞いて、おれは決して手を出してはいけない相手に勝負を挑んでしまったことを悟ったんだゴロ……」

 

 ダーローは答えた。彼の声も震えていた。

 

「……何を、リンクは言ったんでゴロス?」

 

 ベショルは一度大きく息を吸い込み、また吐いた。それを何回か繰り返した後に、彼は言った。

 

「倒れているおれの隣で、お姫様がリンクに何か()いているのが聞こえたんだゴロ。『そういえば、いつもは時間を厳守しているあなたが、今日に限って遅れたのはどうしてですか?』 お姫様はまた、他にもなにか()いていたゴロ。『それに、食べている途中からずいぶんとあなたの顔色が悪くなっていましたが、それもどうしてですか? もしかして、体調が悪いのに無理をしたのですか?』 おれはもう腹がはちきれそうで、呼吸するのもやっとだったゴロが、隣の会話をしっかりと聞いていたゴロ。そして、リンクは、お姫様に対してこともなげに言ったんだゴロ」

 

 ベショルはいったん言葉を切り、数秒の間を置いて、また口を開いた。

 

「『いいえ、姫殿下。姫殿下のご懸念なされていることは、なにひとつございません。ただ、大食いのゴロン族と同じだけの量を食べられるか少し不安に思いましたので、勝負の前に厨房に寄って、同じものを同じ量だけ食べて、予行演習をしてきただけでございます』……」

 

 また、ベショルは沈黙した。ややあって、ベショルは苦痛に満ちた声で言った。

 

「なあ、ダーロー。おれの心が折れた理由が、これで分かったゴロ?」

 

 ダーローは頷いた。

 

「ああ……」

 

 もはや、二人の間で交わすべき会話はなかった。夜は明けていた。窓の外には朝の光が満ちていた。

 

 ほどなくして岩の鐘が鳴り、夜明けを告げた。仕事場へ、あるいは朝風呂へ、または食堂へ向かっていくゴロンたちの声が聞こえてきた。いつもどおりの朝だった。

 

 二人は、まだ黙り込んでいた。二人とも俯いていた。

 

 やがて、ベショルが言った。戸惑うような口調だった。

 

「……なんか、話すだけ話したら……」

 

 ダーローは顔を上げた。彼はベショルに問いかけた。

 

「話すだけ話したら、どうしたでゴロス?」

 

 ダーローはベショルの顔を見た。ベショルは、少し恥ずかしそうな顔をしていた。ベショルは口を開いたり、閉じたりしていた。

 

 そして、重大なことを告白するかのような口ぶりでベショルは言った。

 

「……なんか、話すだけ話したら……腹が減ったゴロ」

 

 ダーローは言った。

 

「腹が、減ったでゴロスか?」

 

 ベショルは頷いた。

 

「ああ、そうゴロ」

 

 ベショルはダーローの顔を見た。ダーローは笑顔を浮かべていた。ベショルはちょっと()ねたような顔をしてみた。彼は言った。

 

「おかしいかゴロ?」

 

 ダーローは首を左右に振った。

 

「おかしくないゴロス」

 

 ダーローはそう言うと、少しだけ黙り、そしてまた言った。

 

「本当に、お腹が減ったゴロスか?」

 

 ベショルは頷いた。

 

「ああ、腹が減ったゴロ」

 

 ダーローも頷いた。

 

「そうか。腹が減ったゴロスか。じゃあ、朝飯に行くでゴロスか?」

 

 ベショルは答えた。

 

「行くゴロか」

 

 ダーローが言った。

 

「ああ、行くでゴロス」

 

 そして二人は、しばらく無言で肩を震わせた。二人はおかしくてたまらなかったが、ここで笑うわけにはいかなかった。笑ってはいけないということが二人の無言の笑いを助長した。

 

 やがて、二人は立ち上がると、肩を並べて家の外へ出ていった。

 

 二人の顔は、柔らかな朝の陽ざしを受けて、明るく輝いていた。

 

(おわり)




 これにて「フードファイター・ベショル」はおわりです。ゴロン族は書いていてとても楽しい種族であることがわかりました。これからも、もう何編か書くかもしれません。「サイハテノ漂流奇譚」の後編も現在執筆中です。いましばらくお待ちください。
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