BotW短編集『ハイラル・ドキュメンツ』 作:ほいれんで・くー
「ようこそ、よくぞこのようなヒガッカレの
「それにしてもあなたのお手紙をいただいた時には驚きました。はたして私のようなただの老人に語るべきことがあるのか、私自身にしても疑問だったのです。疑問に思いつつもメモを書いている間に、そういえばこのようなことがあったとか、思い返せばあれはああだったとか、そういうことが鎖を手繰るように自然と思い出されてきて、これならば少なくともあなたを退屈させることはあるまいと、ようやく自分を納得させることができた次第です」
「その包みは? ああ、今日のために持ってきてくださったのですか……ほうほう、ずいぶんと珍しいものですね。いったいどこでそれを手に入れたのですか……なるほど、古物商から。何ルピーを払ったのですか? そうですか、五百ルピーも払ったのですか。私からすると、その価格は少し信じがたいものがあります。いえいえ、なにもあなたの金銭感覚が信じがたいと言っているわけではありません。御不快な思いをさせてしまったのならば謝ります。私が信じられないのは、それが五百ルピーもの価値を持つまでに時代が変化してしまったことです。私が気付かない間に、どうやらかなり長い時が経ったようですね。私も老いたわけです。もう七十歳を超えましたからね」
「ご存じでしょうが、それは『
「このウツシエの箱ですが、残念ながら機能は失われているようです。もうウツシエを撮ることはできないでしょう。えっ? 私ならばこれを修理できるのではないかですって? ご期待に背くようでまことに心苦しいのですが、今の私にはできません。確かに、あなたもご存じであるように、私はウツシエの箱に関して詳しい知識を持っています。しかしそれは私がウツシエの箱を作る職人だったからではなく、ウツシエの箱を使ってウツシエを撮る、いわゆるウツシエ師だったからです」
「それも、職業としてのウツシエ師ではありません。私はいわば、趣味として楽しむだけの、アマチュアのウツシエ師でした。簡単なメンテナンスとか、あまり技術を要さない小修理ならばできます。しかし、中身がここまで壊れてしまったウツシエの箱を直すのはとても不可能です。もしかしたら、この広いハイラル世界のことですから、今もどこかにウツシエの箱職人が生き残っているかもしれません。その人ならば修理ができるでしょうが……」
「改めて名乗らせていただきます。私の名前はロコーと言います」
「あの大厄災のちょうど二十年前に、私は生まれました。城下町で小さくもなく大きくもない店を経営している家に生まれましてね。あの頃は本当に豊かな時代でしたよ。周りにはものが溢れていました。食べ物に困ることもなかったし、魔物に脅かされることもなかった。休日には馬車を仕立てて家族でハイラル平原にピクニックに行ったりしましたね。今では信じられないでしょうが……そう、到底無理な話です。ハイラル平原でピクニックなんていうのは。なにせそこらじゅうに魔物がいますし、その上あの恐ろしいガーディンがうようよしていますからね」
「私の家は牛乳店でした。近郷近在の牧場から牛乳を買って、それを城下町の人たちに売るんです。買うだけではなくて、店の裏の敷地で牛を飼っていて、自分たちで牛乳を絞るようなこともしていました。バターやクリーム、チーズなんかも自分たちで加工して売っていました。従業員は十人いましたね。店は繁盛していました。それはそうでしょう、城下町にはたくさんの人々が住んでいましたから、牛乳はいくらでも売れました。貴族の邸宅に牛乳を卸すような、そういう高級な店ではありませんでしたが、それでも城下町で父の店の名前を知らない人はいませんでした。それくらい有名な店だったんです」
「父は実直な性格をしていて、儲けてはいてもそれを浪費するようなことは一切しませんでした。経営状態は常に安定していましたよ。借金をして事業を拡大することもできたはずですが、父はそのようなことはしませんでした。もしも破産したら、家族と従業員が路頭に迷うことになる。それを恐れていたのでしょう。父はそういう優しい性格をしていました。私も怒鳴られたり、手を上げられたりしたことは記憶している限りでは一度もありません」
「そんな父にも、欠点のようなものがありました。それは、『ウツシエ』が大好きだったことです。いえ、大好きなどという言葉を使うべきではありませんね。本当に父は『ウツシエ』狂いでした。『ウツシエ』に関係するものならルピーに糸目を付けず、なんでも買い込んでいました」
「父の部屋は『ウツシエ』で溢れていました。額に収められたウツシエが壁をびっしりと覆っていましたし、棚には各種のウツシエの箱がぎっしりと収められていました。机の上には常に分解されたウツシエの箱が置かれていました。父は自分でウツシエの箱を修理することができたんです。職人顔負けの腕前でした。今、もし父がここにいたら、きっとあなたが持ってきてくださったそのウツシエの箱もたちどころに修理してしまうでしょう」
「母は父を尊敬していましたが、このウツシエ趣味だけにはいつも文句を言っていました。それも無理のないことでした。父はいつも、どんな時でもウツシエの箱を持ってきて、ウツシエを撮るのです。母が新しい服を買ったら、そのウツシエを撮る。私がドブに落ちて泣いて帰ってきたら、まずはその様子をウツシエに撮る。ピクニックに行ったら、とりあえずウツシエを撮る。ちょっと度が過ぎたほどの入れ込みようでしたね。ある日、父が無断で三千ルピーもするウツシエの箱を買っていたことが判明した時などは、母は激怒しました。もちろん父はそのルピーを自分の小遣いから払ったのですが、なんにせよ相談の一言くらいはあって良かったのではないかと母は言うのです。私もそう思います。なにせ、三千ルピーですからね」
「子は親を見て育つものです。そうですよ、子は親の言葉を聞いて育つのでありません。子は親の姿を見て育つのです。私もウツシエに没頭する父の姿を見て育ちました。そして、やっぱりそれに影響されたのです。私が初めてウツシエを撮ったのは、確か七歳の頃だったと思います。店の裏で飼育されている雌牛を撮ったのです。私はその時、ウツシエの箱を父の部屋の棚から勝手に無許可で持ち出したのですが、父は怒るどころか私を褒めてくれました。私はその後もウツシエを撮るようになりました。撮ったウツシエを見るたびに、父は『この子は天才だ!』と大きな声で言うんです。私は誇らしい気持ちになるのと同時に、『親というのは思ったよりもあまり頭が良くないのかもしれない』と思いました。だって、父は私が道に落ちている馬糞のウツシエを撮っても『この子は天才だ!』というのですから……」
「やはり母は苦い顔をしていました。母は決して私に『ウツシエなんか撮るな』と言いませんでしたが、内心では私がウツシエの趣味を覚えていくのを嫌がっていたのだと思います。そういう顔をよくしていましたから。母はよく私に言いました。『ロコー、良い? アンタは牛乳店を継ぐんだからね。牛乳店を継いで、城下町の人に新鮮な牛乳を届けるのがアンタの将来の仕事なんだからね』」
「明らかに母はあることを懸念していたようです。つまり、私が父と同じくウツシエ狂いになって、いえ父以上のウツシエ狂いになって、家業の牛乳販売を放りだし、プロのウツシエ師になるなどと言い出しはしまいか。そのようなことを懸念していたようです。母は父よりも賢明でした。というのは事実、幼い頃の私は『牛乳屋さんになるよりも、ウツシエ屋さんになりたい』と本気で思っていたからです」
「私は六歳の頃から牛乳店の仕事を手伝うようになっていましたが、朝は日が昇る前に起きて牛乳を配達し、夜は遅くまでバターやチーズやクリームの加工をしなければならない業務の過酷さをすでに知っていました。牛乳屋よりも、ウツシエ師の方が面白そうだし、楽そうだ。そのように思ったのです」
「ですが、そのうち私も牛乳店の仕事にやりがいを感じるようになっていきました。街を歩いていると、見知らぬ人からよく声をかけられるんです。『ダインファーさんのところの坊やだね? いつも美味しい牛乳をありがとう』と。ええ、父の名前はダインファーでした。そうやって声をかけられることが重なると、私は牛乳運びの仕事が楽しくてたまらなくなりました。バターやチーズの味を褒められると、よし次はもっと良いものを作ってやるぞという気にもなります」
「いつしか、私は自分から仕事に精を出すようになり、十四歳になる頃には一通りの仕事をこなせるようになっていました。もちろん、店全体の経営や流通のことに関してはまだ何も知りませんでしたが、それでも新人の従業員に基本的なことを教えられるくらいにはなっていました」
「母は安心したようです。これで店が潰れることはないと。私が立派に後を継いでくれるだろうと、そう思ったようです。私もその気でした。私はすっかり牛乳屋の仕事に惚れこんでいました。しかし、父はどこか不満そうでした。どうやら父は、同好の士が失われたことにそれなりに心を痛めていたようです。歳をとるにつれて、父はますますウツシエ趣味に没頭するようになりました。店のルピーに手を付けるような真似は絶対にしませんでしたが、あまり仕事をすることがなくなって、昼日なかからウツシエの箱を弄るようになっていました。きっと、私が仕事を覚えたので安心したのだと思います。安心というか、弛緩というか……本当に重要な決断をしなければならない時だけ、父は動くようになりました。今から思うと、それはそれでけっこうだったのではないかとも思います」
「父は私という同好の士を失ったことを嘆いていたのですが、実のところを言うと、そのようなことはありませんでした。私はその時もまだウツシエの趣味を捨ててはいなかったからです。牛乳の仕事が忙しく、また楽しかったため、一時的にウツシエから遠ざかってはいましたが、私はまだまだウツシエに興味を持っていました。店の経営にも部分的に関与するようになり、いよいよ一人前とみなされるようになったのは十六歳の頃でしたが、またその頃から私はウツシエを撮り始めました。父はそんな私を見て大変喜びました」
「私が好んだのは、人物のウツシエでした。父は写せるものならなんでも写すというタイプでしたが、私は『どうせ撮るなら人物のウツシエを撮りたい』と思っていました。あなたはご存じないでしょうが、ウツシエというのは不思議なものです。それはまるで現実をそのまま切り取ったようなものなのです。どんなに優れた画家でも、ウツシエのように描くことはできません。現実をそのまま切り取るというのはつまり、その時、その瞬間を大いなる『時間』という流れの中から取り出して、固定するということです。人はどんどん歳をとっていきます。ですが、ウツシエの中の人は永久に年老いることがありません。そうです、彼らは決して歳をとらないのです。私はそのことに心を惹かれました。だからこそ、私は人のウツシエを撮ることに夢中になったのです」
「趣味を再開してから何度か、練習がてら店の人間を撮った後、私は初めて本格的なウツシエを撮ることにしました。撮ったのは、近所でも評判の美人の娘でした。私よりも二歳年上だったと記憶しています。小さな頃はよく一緒に遊んでもらったものでした。たしか彼女の家は服飾店を営んでいたと記憶しています。着ているものは美しかったし、彼女の顔も素晴らしかった。私は是非、彼女を撮りたいと思った」
「ある休日、思い立ってウツシエの箱を持って尋ねていくと、ちょうど彼女とその一家は着飾って郊外の庭園へ遊びに行くところでした。私が声をかけると、彼女たちはウツシエを撮ることに同意してくれました。しかし、私は彼女ひとりだけを写したかったのに、彼女の家族全員が彼女と一緒に写り込もうとするんです。私はそれとなく『彼女だけを撮りたい』と言ったのですが、結局こちらの真意は通じませんでした。私はウツシエを撮りました。良いウツシエが撮れましたよ。彼女と、彼女の母と、彼女の父、それから彼女の二人の弟が写っていました。全員がほがらかな、楽しそうな笑みを浮かべていました。彼女は弟たちの両肩に手を乗せていました」
「数日後、現像ができたウツシエを彼女の家へ持っていきました。そうそう、当時、女性と近づきになりたい人にとって、ウツシエは最良の口実でした。ウツシエを撮る時に一回と、現像したウツシエを持っていく時にもう一回というわけで、最低でも二回は意中の人と会えるのですからね。いえいえ、私は彼女にそういう気持ちを持っていたわけではありませんよ。ただ、当時ウツシエを趣味にしている男の中には、そういう不純な動機を持っていた者がけっこういたということを言っているだけです」
「私は彼女にウツシエを見せました。一度も経験したことがないほどに心臓が高鳴ったのを今でも覚えています。なにせ、家族と従業員以外の人間に初めて自分の作品を見せるのですからね。私がどきどきしている一方で、彼女は面白そうにウツシエを見ていました。やがて彼女は言いました。『どうもありがとう、ウツシエってこんなに素敵なものなのね』」
「そうです、今とは比べ物にならないくらい栄えていた当時のハイラル王国でも、ウツシエはやはり貴重なものでした。ウツシエの箱そのものが高価なもので一般人にはなかなか手に入れられないものでしたし、ウツシエを専門の職業としている人もごく少数でした」
「なにより、ウツシエは貴重でありつつもどことなく怪しげなものとして思われていたというのもあります。現実を切り取り、時間を固定するというその機能が、なんとなく自然に反するもの、時の女神を冒涜するものと思われていたのでしょう。信心深いハイラルの人間にとって、ウツシエはあまりにも扱いづらい存在だったのです」
「そう、その彼女にしても、それまでウツシエに撮られたことがなかったのです。彼女の言葉を聞いて、私は天にも昇る心地でしたが、次に彼女が言ったことを聞いて途端に落胆しました」
「彼女は言いました。『でも、これ白黒なのね』と。『てっきり色が着いているものだと思ってたわ。だって、白と黒だけの絵なんて『絵』とは言えないじゃない?』 私は彼女にウツシエとはそういうものなんだとかなんとか言い訳をしました。彼女は笑いました。『知ってるわよ、ウツシエが白黒であることくらい。意地悪を言ってごめんね』 私は彼女にそのウツシエをあげて、それから家に帰りました」
「家に帰ってからも、私は彼女の言ったことがずっと頭の片隅に引っかかっていました。『てっきり色が着いているものだと思っていたわ』 彼女の言うとおりです。ウツシエは完璧にその時、その瞬間を切り取ることができますが、しかし色は着いていない。白と黒だけです。それはやはり絵ではありませんでした。どんなに下手な画家であっても、白と黒以外の色を塗ることはできます。ウツシエは、限りなく完璧でありながら限りなく不完全なものだったのです。少なくとも、当時の私にはそう思われました。
「『色の着いたウツシエを撮ることはできないだろうか』と私は思いました。『それができたら、ウツシエは本当の意味で絵になるのだが』 それはごく幼稚な考えでした。私は若かったし、勉強不足でした。ウツシエは好きでしたが、ウツシエのことは何も知らないのと同然だったのです」
「私はその後も暇を見つけてはウツシエを撮り続けました。近所の人みんなのウツシエを撮ってしまうと隣町まで行き、隣町でも撮ってしまうとまたその隣町へ行きました。一年も経たず、私は城下町のほとんどすべての人々のウツシエを撮ってしまいました。みんな私のウツシエを褒めてくれましたし、喜んで私のウツシエを受け取ってくれました。しかし、そうやって褒められれば褒められるだけ『色の着いたウツシエを撮ってみたい』という願望がますます膨らみました」
「別にそれで名声を得ようとか、ルピーを得ようとかと思ったわけではありません。私は純粋に、技術的な意味で着色されたウツシエを撮ってみたかったのです。私も父と同じく凝り性だったのでしょうね。しかし、それは到底私の手に負えるものではありませんでした」
「もちろん、父に相談してみました。初めて父に『着色済みのウツシエ』について打ち明けた時、珍しいことに父は『うーん』と唸りました。父は私に言いました。『これまで数多くのウツシエ師たちが着色済みのウツシエを撮ろうとしてきたが、成功したという話は聞いたことがない』 やはりそうだろうと私は思いました。父はさらに言いました。『怪しげな噂話ならあるんだが……』 ウツシエに関してはいつも
「ウツシエに凝るのと並行する形で、私は順調に商人として成長をしていました。さして自分の頭が良いものとは思いませんが、趣味の面でも仕事の面でもあれほどまでに上手くいき、成長を続けることができたのは、おそらく単に私が若かったからでしょう。若さは、もし若者がそれを自覚しさえすれば、ありとあらゆるものをもたらします。富も、名声も、愛も……そして、若い時は決してその恩恵に気付くことがないために、若さとは常に『若かった』という過去形で呼ばれる宿命を負っているのです。とにかく、私は若かった。若かったので、仕事の上でちょっと自分の力を試してみたくなったのです」
「商人として自分の力を試すというのは実に単純なことで、つまり新たな販路を開き、新たな顧客を得て、売り上げを増すということに尽きます。私には父から受け継いだ店があります。店は母によってよく監督されていて、従業員は全員が経験豊富な働き者たち、顧客からの信頼は厚く、よっぽど下手なことをしない限り得意先を失うことはありません。私なしでも店は充分に成り立つのです。だからこそ、私は自分の手で何かしらをしてみたかった。自分の手で店を拡大してみたかったのです。そのためには何をするべきか? 何を狙うべきか? 私は私なりのそのことを考えました」
「その頃の城下町の牛乳店の間では、一種の迷信のようなものがありました。迷信というか、共有されたイメージというか……それはこういうものでした。『王城と取引をした牛乳店は潰れる』 その理由はわかりません。理由がないから迷信なのだとも言えます。しかし事実、城下町の牛乳店で王城と直接取引をしている店は一軒もありませんでした。もし王城で商売をすることができれば、それこそ莫大な利益を得ることができます。王城にはたくさんの人たちが暮らしていましたからね。体を作るために牛乳を好んで飲む兵士や騎士も大勢いました。それなのに、城下町の牛乳店は王城と商売をしようとしない。すべてはその迷信のせいでした」
「私は母に尋ねました。なんでそんな迷信を未だに信じているのかと。母は迷信の由来について話してくれました。大昔、それこそ一万年以上も前の話ですが、当時のハイラルに牧場はひとつしかなく、したがって王城に牛乳を卸す業者もその牧場しかなかった。その牧場、ロンロン牧場は王城で牛乳を売り、ルピーをたくさん儲けていた。牧場は次第に王城以外の相手には商売をしなくなり、庶民たちには牛乳を売らなくなってしまった。ある日、ゲルド族の反乱が起きて王国があっけなく滅んでしまった。牧場は突然商売相手を失って、慌てて他の人たちに牛乳を売り始めたが、人々はすでに自分たちの手で牛を育てて牛乳を得るようになっていたので、牧場の牛乳はまったく売れなかった。こうして牧場は滅んでしまった……というのです。おそらく、事実をそのまま伝えた話ではないでしょう」
「迷信というものは不思議な力を持っていて、それを信じようが信じまいが人を拘束します。城下町のどの牛乳店もその迷信を信じてはいなかったはずですが、結果としてはその迷信に従っている形になっていました」
「私はその迷信を破ってみたくなりました。私は母に相談しました。『王城を相手にして牛乳を売ってみるのはどうだろう』と母に言うと、母はしばらく考えました。母は言いました。『良い案だとは思うけど、こういうのは面倒な話だからね』 そうです、母の言うとおりでした。こういうのはとても面倒な話なのです。固定された市場においてひとつの店だけが抜け駆けのようなことをすると、他の店から反感を買って孤立してしまいます。そうなると店を畳まざるを得ません。自由競争などというのは、少なくとも私たちの業界においては無縁な話でした」
「母は言いました。『父さんにも相談してみようか』 店に関しては何事でも慎重で堅実な方針を採る母が、どうして私の向こう見ずで、若気の至りとしか思えない提案にそこまで真剣になってくれたのか今になっても不思議です。きっと、母は店のためというよりも、私のためを思ってくれたのでしょう。私がさらに成長するためには、王城への販路拡大という新しくて難しい仕事をやらせてみるのが一番だ。母はそういう一回り大きな枠組みでの思考ができる人でした。相談を受けて、父は言いました。『こういうのは周到に根回ししないといけない。俺がみんなに声をかけてみよう』」
「父はウツシエ狂いでしたが、やはり私たちの店の主人でもありました。父は情熱をもって根回しを行いました。他の牛乳店を訪問して、とにかく話をするのです。いきなり本題を切り出すようなことは父はしません。最初はなにも関係のないことから話を始めるのです。父は話術が巧みでしたし、なによりウツシエという趣味がありましたから、徐々に、しかし確実に、相手の関心を誘導することができました。おだて、聞き、共感を示し、ウツシエを撮って贈る。そして本題へと徐々に導いていく。相手はこちらに誘導されているとは思わないで、最後にはまるで自分たちの方が『王城での牛乳販売』を思いついたかのように考えてしまうのです。父は私を根回しの場へと連れていってくれました。私は実地で父の話術を学び、商売人としての考え方と口の利き方を習得しました。母と同じく、父も私を成長させようとしてくれていたのです」
「根回しが終わってからは、会議が何回も開かれました。そして最終的には、市場調査という名目で、私たちの店が王城で試験的に牛乳を販売することになりました。すべては父と母の考えたとおりでした。私の発案とも言えないような思い付きを母が拾い上げ、母が父に検討するように促し、父がそれを形にしたのです」
「最初、他の誰からも手を借りないで、自分の手で店を大きくしたいと私は思っていました。ですが、それは思い上がりだったと言わざるを得ません。店は、店に属する者たち全員が互いに協力し、持てるものを出し合って初めて利益をあげることができるのです。さきほどまでの話では触れませんでしたが、根回しや会議では父だけではなく、従業員たちも一生懸命に働いてくれました。従業員たちもみんな、私の思いつきに賛成していました」
「ですが、それでおしまいではもちろんありません。むしろ、ようやくスタートラインに立ったというべきでした。王城での私たちの商売如何によって、城下町のすべての牛乳店の未来が変わってきます。父は、私を王城の担当として任命しました。『自分で荷馬車に牛乳缶を積んで、王城に行って売ってくるんだ』と父は言いました。『まあ実際に荷馬車を動かすのは、下準備が終わってからだがな』」
「そう、下準備が必要でした。王城の食糧担当者と話をしなければならないのはもちろんでしたし、ただ話を聞くだけではなく、どういった人間がどのような乳製品を欲しがっているかを自分自身で調べなければなりませんでした。そうです、ウツシエと同じですね。ウツシエだってその一枚を撮るのにかかる時間は、シャッターボタンを押す一瞬だけのように思ってしまいますが、実際には大気の温度、湿度、光線量を測定しておかねばなりませんし、被写体と構図とのバランスを最適なものにするには撮影場所そのものについて詳しく知っておかねばなりませんから」
「まあ、このようなわけで、私の大冒険が始まったのです」
前中後編に分かれております。すべて予約投稿されているのでご安心ください。つづきをお楽しみに。