BotW短編集『ハイラル・ドキュメンツ』 作:ほいれんで・くー
「私は大きな肩掛けカバンに試供品の牛乳瓶や、チーズの包み、クリームの壺などを入れて、王城へと向かいました。そして地道な市場調査を始めたのです」
「最初は王城の構造と地理を把握するだけでも大変でした。ハイラル城は本当に巨大な城で、高い城壁と深い堀が何重にも本丸を幾重に取り巻いているのです。高い塔が連なっていて、その下には必ず武器庫と哨所を兼ねた建物があります。どれも似通った見た目をしていて、判別するのには苦労しました。本丸の中も、非常に複雑で広大でした。謁見の間や王の執務室、図書館、大食堂、武器庫、訓練所、無数の居住室に隠し扉、隠し部屋……本丸だけではなく、二の丸や三の丸まであるのです」
「本当にしょっちゅう、私は城の中で迷いました。初日はありがたいことに王城側が案内の人間を寄越してくれたので、その人に従えば問題なく城の中を歩くことができたのですが、次の日からは誰も来てくれません。私は城の中を延々と
「しかし私も若く、愚かでした。あまりにも王城で迷うことが続いたので、ある日『地図がないのならば自分で地図を作れば良いじゃないか』と思ったのです。私は手帳に経路を描き入れ、それを目印にして歩くようにしました。これで迷うことはなくなったのですが……」
「数日後のことです。私はその日も手帳を開いては新しい順路を描き入れていたのですが、突然、背後から誰かに肩を掴まれました。はっとして振り返ると、そこには私と同い年くらいの青年が立っていて、鋭い目で私を睨んでいるのです」
「青年は美しかったです。まるで図鑑の中にしかいない猛獣のようでした。彼は目の覚めるような青い服を着ていました。青い服は何やら白い紋様で縁取りがされていました。背中には大きくて長い剣を背負っています。彼が騎士の一人であることは、私にはすぐに分かりました。その割には彼は小柄でしたけれども、全身から漂う気迫と緊張感は明らかに一般人のそれとは異なっていました。綺麗な金髪が印象的でした。服に負けないほどに青い目はサファイアのように輝いていました。ぼんやりとしていた私は、その時になっても『この人をウツシエに撮ったらきっと面白いだろうなぁ』などと、のんきなことを考えていました」
「彼は私の肩を掴んだままでした。そして、素早い動きで私の手から手帳を取りました。手帳に描かれているものを一瞥すると、彼は短く『ちょっと来い』と言いました。凛々しい、涼やかな声でした。それでも私はやっぱり愚かでしたから、彼に『手帳を返してください』と言ってしまったのです。彼は『ダメだ』と言いました。そしてまた『ちょっと来い』と言うのです。ようやく、私も自分の置かれている事態が飲み込めてきました。私はスパイだと疑われていたのです」
「それも当然と言えば当然でした。私がやっていることは、スパイがやることとまったく同じでしたから。王城の中を歩き回って、要所要所で手帳を開いて順路を記録する。これがスパイでなくてなんなのでしょう。折しも当時の王国ではイーガ団という謎の武装集団が暗躍していました。私はそんなことにはまったく無頓着で、というよりも無邪気すぎました。おそらく、私は少し前から青年に目を付けられていたのでしょう。青年は私の後をつけて、私が変なことをしたその瞬間を抑えるつもりだった。そして私はいかにもそれらしく手帳を開いてしまった。そういう流れだったのだと思います」
「騎士たちの詰所へと私は連れていかれました。その途中で、さすがに私も事態がどうなっているのかを理解しましたから、恐ろしさでブルブルと体が震えました。青年は私に部屋の中へ入るよう促しました。部屋の中には青年の同僚と思しき騎士たちが何人か、談笑していました。彼らは私たちが入ってきたのを見るとおしゃべりをやめて近寄ってきました。私は椅子に座らされました。私の前には青年が座り、じっとこちらを見てきます。騎士たちは私を取り囲むようにして立ちました。嫌な沈黙があたりに満ち、私はただ冷や汗を流して震えてばかりいました」
「青年は手で私になにごとかを示しました。一瞬、なんのことか分かりませんでしたが、すぐに彼が私の通行証を求めていることを理解しました。私は彼に通行証を出しました。彼はしばらくそれを見ていました。やがて青年が口を開きました。尋問が始まりました。『名前は?』『年齢は?』『住所は?』『出生地は?』 青年の声は冷たく、しかし力がありました。私は震えた声でそれらの問いに答えました。『職業は?』と訊かれたので、私は自分が牛乳屋であり、この王城には市場調査のために来ていると言うと、青年は軽く頷きました」
「青年は次に、『そのカバンの中身は?』と問いました。私はカバンを開けると牛乳やチーズ、クリームを取り出しました。恥ずかしい話なのですが、気が動転していた私はそこで商品の説明を始めてしまったのです。『ダインファー牛乳店のミルクは新方式の低温殺菌法によって処理されており、風味を損なうことなく長期保存をすることが可能です。また、この商品は添加物がいっさい含まれておりません。絞った直後のナチュラルな味わいをいつでも楽しむことができます……』 青年も騎士たちも、何も言いませんでした。その沈黙が怖ろしくなって、私はそのうち話すのをやめてしまいました」
「しかし、私が口を閉じると、青年は目で『もっと言え』と促してくるのです。私はさらにミルクの紹介をしました。ミルクの紹介が終わったら、次はチーズの説明をしました。チーズが終わると、最後はクリームです。私は一生懸命でした。ここで失敗するわけにはいかないという思いでいっぱいでした。商品を説明することがどうして私の身の潔白を証明することになるのかは分かりませんが、とにかくそれが突破口になると思ったのです」
「クリームの説明が終わって、もう紹介するものがなくなった時でした。青年は、また何か私に言おうと口を開きかけました。そこで、私の後ろに立っていた年配の騎士が青年に声をかけました。『もう良かろう、リンク。この兄ちゃんは間違いなく牛乳屋さんだ。イーガ団が化けているだけなら、こんなに詳しく牛乳や商品の説明はできないだろうよ。バナナの説明なら上手くやるかもしれないがな。それに、この通行証は本物だ』 青年は開きかけていた口を閉じました」
「年配の騎士は優しく私に言いました。『牛乳屋さん、さぞや怖い思いをしただろう。だが悪く思わんでくれ。今この王城はちょっとピリピリしてるんだ。少し前に悪い奴が侵入してな。ちょうど警戒態勢を強化しているところだったんだ。それに、あんたを捕まえたこのリンクはちょっと特殊な任務に就いていてな、そのせいで余計に警戒心が強くなってるんだ。まあ、許してやってくれよ』 私は、とんでもないことです、私が手帳に地図を描くなんていう紛らわしいことをしたせいです、私のせいなんです、と謝りました。みんな笑って許してくれました。青年はまったく表情を緩めませんでしたが、それでもどことなく明るい雰囲気を発していました」
「年配の騎士は私に言いました。『これも何かの縁ってやつだ。これから俺たちがあんたのところの牛乳を買うことにするよ。さっきの説明によれば、あんたのところの牛乳は随分と美味しいらしいからな』 私は感激しました。『
「その日、家に帰って父と母にこのことを話すと笑われました。そして褒められました。私はさっそく、その翌日の早朝から王城へ牛乳を運びました。前日の別れ際に、近衛騎士たちは日が昇る前に起き、まだ空が暗い中でトレーニングをして、ようやく朝日が姿を見せた頃に朝食をとると私は聞いていました。私は騎士たちがトレーニングを終えた頃を見計らって牛乳を運び入れました。騎士たちは挙って私の牛乳を求めました。彼らは『牛乳が冷たくて美味い』と言ってくれました。これは私があらかじめ計算していたことです。体を動かした後は冷たいものが欲しくなりますからね。白チュチュゼリーを用いて、特に保冷に気を遣って牛乳を持っていったのです」
「騎士たちはものすごい勢いで私の持ってきた牛乳をすべて飲んでしまいました。特に、私を捕まえたあのリンクという青年騎士は、牛乳屋である私もほれぼれとするほどの良い飲みっぷりでした。他の騎士の飲む量の軽く二倍は飲んでいたと思います。『明日はもっとたくさん持ってきてくれ』と言われながら、私は王城の騎士訓練所を後にしました。私のサイフは
「それからも私は毎日毎朝、牛乳を運びました。そのうち、私は近衛騎士たちとどんどん仲良くなっていきました。私の趣味がウツシエであることを知ると、騎士たちは私にウツシエを撮ってくれと頼むようになりました。『無理ですよ、王城はウツシエ撮影が禁止されていますから』と私は言いました。『もしウツシエを撮ったらまた捕まってしまいますよ』 騎士たちは大笑いしました。騎士長が私に撮影許可証を出してくれました。私はそれから毎日騎士たちを撮影しました。それだけでなく、前日に撮影したウツシエを現像して持っていくようになりました。みんなとても喜んでくれました」
「父に撮影を許可された話をすると、とても羨ましがられました。『超一流のウツシエ師でも、王城での撮影は許されていないんだ』と父は私に言いました。父はにやけた顔をして、『お前、上手いことやったな』と言いました。父は私の撮影した騎士たちのウツシエを興味深そうに見ていました。父は『みんな強そうだなぁ』と感慨深そうに言いました。そして、『騎士だけじゃなくて、王城で暮らしている他の人たちのウツシエも撮れないのか?』と訊いてきました。私は、『撮影することができるのは騎士訓練所の中だけで、騎士を相手にする場合だけだよ』と答えました。父は残念そうに首を振りました。『それはもったいないなぁ』と父は言いました。『こんなご時世なんだから、何が起こってもおかしくない。王城の人たちをウツシエに撮って記録として残しておくのは、きっと意味のあることだと思うんだが……』 父は溜息をつきながらそう言うのです」
「その時の私は父が何を考えているのか、今一つ分かりかねました。父の口ぶりからすると、王国はいつ滅んでもおかしくないようでした。そんなことはあり得ないと私は信じていました。一万年以上の歴史を誇るハイラル王国が、まさか私の生きている今、この時代に滅亡するなど……確かに、その頃はハイラルの各地で戦いが頻発していました。何が原因か分かりませんが、魔物の数が増えていて、町や村がよく襲われていたのです。私はたまに父と一緒に馬車に乗って近郊の牧場へ行くことがありましたが、その時も魔物への備えとして用心棒を一人は馬車に同乗させたものでした。まさか、こんなにも王城と城下町に近いところで魔物など出るわけがないと私は思っていましたが、父は『万が一に備えるのが商人としての心構えだ』と言うのです。しばらくしてから、別の店の馬車が牧場からの帰りに魔物に襲われるという事件が起こりました。私は父の言っていることの正しさを知りました。それでも、王国そのものが滅びるなどということはあり得ないと思っていました」
「毎日私は王城へ通っていましたから、私はこの目でしっかりと王国の軍備を見ていたのです。王城にはたくさんの兵士がいましたし、武器も大量に備蓄されていました。私の友人たちである、近衛騎士たちもいます。それにいつの頃からか、見たこともない黒々とした機械が塔や城壁に設置されるようになりました。縄目のような紋様がうねうねと表面に走っている奇妙なその機械は、実はビームを撃つ兵器でした。全自動で敵を攻撃するというものらしいのです。名前は『ガーディアン』といいます。初めてその名前を聞いた時、私は本当に頼もしく思ったものです。まさに王国を守護するものだと感じました。これだけの備えがあるならば、きっと王国は大丈夫だろうと……」
「ええ、私たちのような一般庶民でも厄災復活に関してはよく議論していました。もし厄災が復活したら、この王国はどうなってしまうのか? 大戦争が起こったらどうなるのか? しかし、大方の意見は『これだけ入念な準備を重ねているのだからきっと大丈夫だろう』というものでした。それに、あまり厄災のことばかりを考えているわけにもいきませんでした。確かに、当時は今と比べれば遥かに豊かな時代でした。それでも、懸命に働かなければ食べることができないというのは今と同じだったのです。みんな日々の仕事をこなして毎日の糧を得るのに必死でした。『厄災とか、戦争とか、政治とか、そういう難しいことは偉い人たちに任せてしまえば良い。国王陛下ならば、きっと私たちを守ってくださる』と、私たちはそう考えていました」
「私は、仕事も趣味も順調そのものでした。毎日が楽しく、充実していました。ある朝、騎士長が私に言いました。『今度、近衛騎士団の全員が集まっているウツシエを撮って欲しいんだ』 私は快諾しました。騎士長は言いました。『ありがとう。このところ、戦いもだんだん激しさを増しているからな。近衛騎士団のメンバー全員が元気でいるところを、いまのうちにウツシエで保存しておきたいんだ』 その言葉を聞いて、私ははっとしました」
「気持ちが表情に出ていたのでしょうか、騎士長は親しげに私の背中を叩いて言いました。『ほら、もし魔物との最終決戦が起こって、それに勝った後の祝勝会でよ、食べ過ぎて腹を壊すやつが出るかもしれんからな! そうなったら、そいつだけウツシエに撮れなくなる! それじゃ可哀想だろ!』 騎士長は、リンクという青年騎士に目を向けながらそう言いました。他の騎士が騎士長に言いました。『騎士長、リンクだけは何をどれだけ食べても絶対に腹を壊しませんよ』」
「その数日後に、騎士訓練場に騎士たちが記念撮影のために集まりました。出動していたり怪我や病気で入院している騎士を除いて、全部で二十人いたと記憶しています。彼らには横二列に並んでもらいました。前列の中央に騎士長が、その左隣にリンクが立っていました。彼らは全員が精悍な体つきをしていて、筋骨隆々で、そして自信に溢れた顔つきをしていました。全員が近衛騎士のあの有名な濃紺の制服を身に纏っていて、紋章のあしらわれた平たい円形の帽子を被っていました。私は二枚のウツシエを撮りました。すでに一枚目で会心の出来だと確信していたのですが、念のためにもう一枚撮ったのです。撮り終えると、騎士長と騎士たちは口々に私にお礼を言ってくれました」
「重要な仕事を終え、はやく帰ってウツシエを現像しようと思っていた、その時でした。リンクが呼び止めてきたのです。彼は『例の件について、これから会わせたい人がいる』と言います。例の件というのは、あの着色済みのウツシエに関することでした」
「話はちょっと遡りますが、私が騎士たちのウツシエを撮り始めた時、彼らから『色付きのウツシエはないのか』と尋ねられたのです。私は、現代の技術では着色済みのウツシエを撮ることはできないのだと答えました。彼らは『残念だ。俺たちの煌びやかな武装をそのままの姿で撮ってもらえると思ったのだが』と言いました。私は彼らのために着色済みのウツシエを撮ることができないのを非常に残念に思いましたし、悔しくも思いました」
「私は騎士団の中でも、特に私と同年代のリンクとよく話す仲になっていましたので、彼にそのことを話しました。よく話す仲と言っても、彼は大変寡黙でほとんど自分から口を開くことはありませんでしたから、一方的に私が彼へ向かって話しかけていただけだったのですが、まあとにかく、彼に『着色済みのウツシエが撮れないのは残念だ』と話したのです。私は彼に『実は、着色済みのウツシエを撮る方法については調べがついている』とも言いました。そうです、私はその頃、その方法に関しては知っていたのです」
「私と父は空いた時間を使って、着色済みのウツシエについて調査を進めていました。ほうぼうから文献を取り寄せたり、城下町にやってきたウツシエ師に話を聞いたりして、私たちはようやく『着色済みのウツシエを撮るには、ある生き物が必要だ』ということを突き止めたのです」
「その生き物とは『虹色に光るホタル』でした。別名『森のホタル』とも呼ばれるそのホタルを、専用に設計されたウツシエの箱に入れることで、着色済みのウツシエを撮ることができる。そして、その『森のホタル』は、その名の示すとおり森にいると言われている。そう、王城の北にある、広大なハイラル大森林です。ハイラル大森林にはいくつかの湖があるらしいのですが、その湖に森のホタルはいて、虹色に輝いているという話なのです」
「しかし、森のホタルを得ることなど、ほとんど不可能でした。というのも、ハイラル大森林は王家によって一般人の立ち入りが禁止されていたからです。王家の人間から特別な許可が下りない限り、一般人は一歩たりとも森へ足を踏み入れることはできませんでした。それに、たとえ許可が下りたとしても、ホタルを手に入れることなど無理でした。ハイラル大森林はまたの名を『迷いの森』といい、一度入ったら最後、二度と外に出ることはできないと噂されていたからです。父は私に『いくらウツシエのためとは言っても、命を捨てることはできないなぁ』と言いました。私もそう思いました」
「私はそのことを以前リンクへ話していたのです。リンクは『ついて来てくれ』と私に言います。突然の話に私は呆気に取られていましたが、その様子を肯定だと受け取ったのか、リンクは私の腕を掴んでぐいぐいと引っ張り始めました。ものすごい力でした。別に断る必要もありませんでしたから、私はリンクに付いていくことにしました。私とリンクは王城内の階段を上ったり下りたり、長い廊下を歩いたり、部屋を何個もくぐり抜けたりしました。その間、私はずっと考えていました。いったい、私がこれから会うことになっているのはどういう人なのだろうかと」
「やがて、私とリンクはとある一室の前に辿り着きました。リンクは扉から少し離れたところで私を待たせて、部屋の中に向かってなにやら了承を求めました。そして、彼は扉を開けて、私をその部屋の中へ案内しました。その時でも、私は『きっと中にいるのは王城専門のウツシエ師か誰かだろう』と思い込んでいたのです。だから、緊張はしていましたけれども、それよりも好奇心の方が優っていました」
「ああ! 私は自分の言葉がどうしても貧弱なものになってしまうのが歯痒い! 見たままのこと、聞いたままのことを言葉で再現するのに、どうしてこれほどまでに苦労をしなければならないのでしょうか。私がその時受けた衝撃、その時に感じた激しい感情、それを言葉で言い表すことなど到底できません。言葉はウツシエではないのですから」
「誰だったと思いますか? 私自身、今でも信じられないのです。部屋の中にいたのは、
「目の覚めるような青いお召し物は、高貴ながらも機能性に富んだデザインをしていました。黄金から紡ぎ出したような長い金髪は伝説の龍のように流麗で、お顔は凛々しく知的で、その両方の
「電気に痺れたように、私はなにも言い出せないままでした。姫様も何も言いません。すると、リンクが小声で私に言いました。『自己紹介をして、例の件を話すんだ』 リンクの言葉に合わせるように、姫様も言いました。『はじめまして。私はハイラル国王ロームが娘、ゼルダ。この国の王女です』 そして、私に声をかけました。『あなたのお名前を伺ってもよろしいですか』 私はしどろもどろながらに自己紹介をしました。私が牛乳屋であることを述べると、姫様は小首を傾げられました。リンクがまた小声で私に言いました。『君のことはウツシエ師として姫様に報告してある』 私は大急ぎで、趣味としてウツシエを嗜んでいると申し上げました」
「すると、姫様は驚かれました。『まあ、あれほどまでに素晴らしいウツシエを撮るのだから、私はてっきりあなたのことを専門のウツシエ師だと思っていました』 そのようにもったいなくもありがたいお言葉をおっしゃるのです。しかし、その時の私には何が何やら分かりませんでした。『あれほどまでに素晴らしいウツシエを』? なぜ? 私が姫様にお会いしたのは今回が初めてで、それに私は自分の作品を姫様にお見せしたことはないのに?」
「私が疑問の表情を浮かべているのを見て、姫様はすぐに思いやり深くもお言葉をかけてくださいました。『騎士リンクが、あなたの撮ったウツシエを私によく見せてくれるのです。今までたくさんの近衛騎士たちのウツシエを撮ってくださったこと、心からお礼を申します』 それでようやく私は得心がいきました。そして、少しだけリンクのことを恨めしく思いました。リンクめ、俺の了解をとってから姫様に見せれば良いものを……と」
「姫様は続けて言いました。『実は、私もウツシエを少々嗜んでいるのです。どうでしょうか、今ここで少し見てもらえませんか?』 そう言って姫様は私の傍に歩み寄られました。私は緊張して、凍った牛乳のように全身がコチコチになっていました。姫様からは得も言われぬほどの良い香りが漂ってきました。それでも、姫様がそのお手にウツシエの箱はおろか、ウツシエを一枚も持っておられないのが私には気になりました。姫様の持ち物らしきものはただ一つ、そのお腰につけた一枚の黒い石板だけだったからです」
「その石板こそ、姫様のウツシエでした。姫様は石板を手に取ると、つるつるした表面を軽く撫でました。すると、何か聞き慣れない軽い音がして、表面が光ったのです。信じられない光景でした。姫様は私を安心させるかのように言いました。『これはシーカーストーン。古代の遺物のひとつです』 そう言われても、私はなかなか理解することができませんでした。私にとって古代の遺物といえば、あの大きくて足が何本も生えているガーディアンのことでしたから」
「姫様は何度か表面を撫でました。そして『これを見ていただけますか』と言って、私に石板を示しました。もう何度目の驚きか分からないほどその日は驚いてばかりでしたが、今度ばかりは腰が抜けるかと思えるほどに私は驚きました」
「そこには、着色済みのウツシエがあったのです!」
「それは夕暮れ時の砂漠の風景を撮影したウツシエでした。中央部には泉があり、周りに背の高いヤシの木が立っていて、中央寄りの左手には不格好な建物があります。どうやらゲルド砂漠のオアシスを写したもののようでした。沈みゆく砂漠の太陽が青々としたヤシの木に残光を投げかけていて、砂の地面に伸びた長い影は生命の名残のようでした。たとえそれが白黒であったとしても、きっと美しいウツシエであっただろうと思います。それはまさに私の理想、私の実現したいと思っている形、ウツシエの究極的な形態でした」
「貪るように私はそれを見ていました。ふと視線をあげると、姫様は私のことをじっとお見つめになっておられました。そして、そのお顔にふっとほほ笑みが浮かびました。弾かれたように私は話し始めました。素晴らしいウツシエです。構図も、光線量も、被写体も、色彩も、そのすべてが水準を軽く凌駕している。姫様以上のウツシエ師は、このハイラル王国にも数えるほどしかいないでしょう……私は若かったのです。選ぶべき言葉遣いなど何も考慮せず、ただその着色済みのウツシエを見た、見てしまったという衝撃のまま、私は喋りまくりました」
「姫様は私が話すたびに、嬉しそうな顔をして頷かれました。姫様は石板の表面を撫でると、他のウツシエも見せてくれました。そのすべてが、やはり着色済みの素晴らしいものでした。雨の日のハイリア大橋、双子山を遠くに収めた池、騎士叙任式会場、王城内のとある一角……私は感激し、感動のままにさらに話しました。姫様も次第によくお話になるようになりました。このウツシエを撮った時はこういうことがあった、このウツシエを撮る時は騎士リンクに協力してもらった、植物や動物、魔物たちの観察記録を取る時にウツシエは便利だった、など……その時、私は自分が一介の牛乳屋であることを忘れ、また相手がこのハイラル王国において最も尊い方であることも忘れて、ただひたすらにウツシエの話に興じておりました」
「ですが、私には一つだけ残念なことがありました。私がうっかりそのことを口に出すと、姫様が『どの点が残念なのですか?』とお尋ねになります。私は後悔しました。言おうか、言うまいか、そもそもそんなことを口に出さねば良かったと思いました。迷っていると、私の背後に立っていたリンクが、ブーツのつま先で私の踵を軽く蹴って言いました。『正直に全部話すんだ』 私は姫様に言いました。『姫様は大変素晴らしい風景のウツシエを御撮影になられます。おそらく、風景を撮影する腕前ならば、姫様はハイラル一の実力をお持ちでしょう。ですが、ウツシエはやはり人物をとってこそではないかと私は思うのです。拝見した限り、姫様は誰一人として人物を御撮りになっておられない。それが残念だと私は思ったのです』」
「私の不遜な言葉に、姫様はどのような返事をなされたか? ちょっとお茶を飲んで休憩してから、その後のことをお話ししましょう」
後編は明日の同時刻に公開されます。次回もおたのしみに!