––––ジッと相手の目を見ながら、俺はその切っ先が動くのを待った。
長年道場に通ってるけど、俺は基本的に受けの剣なので相手が動かないとどうする事も出来ない。
幸いって言っていいのか今回の相手は気の短い奴なので既にぷるぷると剣先が揺れ始めてる、表情からも攻めっ気が読み取れるので相手の動きに対応できるように肩の力を抜く。
それと同時に向こうは飛び込みながら斬りかかって来たので、半歩後ろに下がってその斬撃を見極めつつ
流石に何年もこの道場に通ってればコレぐらい俺でも出来る、出来るんだけど……こっから相手の切り返しに毎回対応が出来ないんだよなぁ。
その証拠に受け流した瞬間、相手はびっくりするぐらいの速度で竹刀を逆手に握ると、腕を引くようにして切り返しの一閃を放つ。
左の扇子で受け流そうにも、こっちの体勢が整う前に一撃が来たから反射的に
途端、俺の手に伝わる強烈な衝撃、しかも半端に身体も引いてたので握力を持ってかれるわ、一撃で薙ぎ倒されるわで完敗だった。
「うぼぁ〜!! 負けたー!!」
「当たり前でしょ? こう見えても私は篠ノ之家の長女なんだから」
俺を打ちのめした相手––––束はそんな風に言いながら大の字になって横たわる俺の左横に座ってタオルで汗を拭いて居た。
普段は束のお父さんや千冬、後は他の門下生の人達とかに相手して貰ってるんだけど、今日千冬は休みで他の人達も忙しいのでお預け食らってたのよ。
そしたら道場覗きに来た束が『……相手探してるんなら私がやったげる』とか言って相手してくれたんだけど……千冬とは別の方向でスゲェな。
「で? なんで君は今更家の門下生になったの? 割と私しょっちゅう言ってたよね? ちょくちょく顔出すくらいなら入門しなって」
身体を起こして汗を拭いてる俺にジトッとした目でいきなりそんな事を言い出した束、確かに結構長い間ここに通ってたけど今まで俺は入門してなかった。
だから簡単な剣の振り方とかしか教えてもらわなかったんだけど、去年のお盆で見た神楽舞が綺麗だったのと束から聞いた『一刀一扇の構え』という守りの型を学びたくなったから、それが改めて入門した理由かなぁ?
「それに扇子なら何かがきっかけで誰かと喧嘩してもどっちも痛くないでしょ? つまりそう言う事だよ」
「君らしいと言うかなんと言うか……そもそもその型だって左手で相手を捌いて右手で斬る訳だから護身術にしては過ぎた物なんだけど?」
「うーん、まぁそうなんだろうけどさ、俺今日右手は使わなかったろ?」
一応型を学ぶ稽古じゃ剣を振ったりするけど実際の打ち合いで人に向けて竹刀を振った事は一度も無い、使ったとしても相手の剣を受け止めたり流したりするくらい。
今までは千冬に勝つ事に躍起になってたけど、最近になって人を叩いたりする事が苦手になっちゃって結局こんな半端な感じになった。
だけど束のお父さん––––師範はそんな俺の型を笑って許してくれたし、他の門下生の人も『一刀一扇ってよりは無刀二扇だなぁ』って感じで嫌がるどころかむしろ色々アドバイスをくれるので開き直ってこのスタイルでやらせて貰ってる。
そんな風に色々考えてたら束からの視線を感じたので振り向くと、何か言いたそうな顔をしていた。
「どったのよ?」
「ううん、別に大したことないんだけどさ」
「うんうん、何聞きたいのよ?」
「君って、誰かと取っ組み合いの喧嘩するの? てかむしろした事あるの? 私ぜんっぜん想像できないんだけど?」
「あー、ない、かなぁ?」
扇子を顎先に当てて考えて見たけど喧嘩した事なんか殆ど無い、あったとしても親父や母さんとかに文句を言うレベルだし、そもそも俺は相手の嫌なところよりも良いところを見る様にしてるから他人と口喧嘩すらした事ない。
「そもそも私は君が怒ったところ見た事無いんだけど? 何言っても笑ってるしへこたれないし……もしかして何言われても何にも感じないとか?」
「いやいや、んな事ねーよ? 俺だって人並みに怒る事あるよ?」
「ふーん、例えば?」
「例えば? そうだなぁ、束の事とかかな?」
「………………私?」
「うん、束の事で勝手な事言われるとカチンと来る」
束は少し人付き合いが苦手な部分があるしキツイ事も言うけれど、それは単純に人との付き合い方が分からないだけで悪い奴じゃないし、根っこは優しい奴だから束の事を上部だけしか知らない奴らに悪く言われると嫌な気分になるんだよなぁ。
束だけじゃ無くて他の友達も同じなんだけど、束は色々誤解を与えるような言い回しをする事が多いから良くそんな陰口とか言われてる姿を見るし、その度に悲しい気分になった。
でも最近は束もクラスの人ともある程度話せる様にはなって来たし、三年の時に一緒のクラスだった子達はみんな束の事を分かってくれたので少しずつそう言った事も少なくなって来てる。
「が、柄になくそんな真面目な顔で恥ずかしい事言うなよ!!」
束はそう言って照れてるのか、顔を赤くしながらそっぽを向いてしまった。
俺も少し柄に無い事を言った自覚はあるのでそれ以上は何も言わず、扇子を広げてゆっくりと仰ぐ。
––––ちりん、と扇子に付けられた鈴の音だけが無言の俺たちの間に響くのだった。
主人公はえらく真面目な顔でした、付き合いの長い束でも始めて見るレベルで(白目
原作7巻までがどちらの会社かのアンケート(今後の描写に関わる為)
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MF文庫J
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オーバーラップ