––––彼とは定期的に実践的な打ち合いを行なっている、稽古のついでに竹刀の振り方を教えるつもりで始めた試合なのだが、最近は私も真剣にやらなければ危うくなってきた。
竹刀を正眼に構えてすり足で対峙している彼へにじり寄る、攻めっ気を見せるとそれを急かす様にぬるりと間合いに入って来る男だから、下手に動くとリズムと呼吸を乱される。
私の警戒するようなその動きに彼は微動だにせず、腕を伸ばすように真っ直ぐ右手の竹刀を私に向けてこちらの出方を伺っているようだ。
彼の剣は一応は完全な受けの型、こちらから攻めなければ手を出しては来ないんだが、それでは既にその術中に入っている。
対峙している双方が傷付かなければ百点満点だと言い切る男だ、このまま攻めっ気を出さずに攻めあぐねいているとリズムを読まれた挙句に反応出来ないタイミングで距離を詰められ、手元から竹刀を取り上げられてしまう。
あまりに自然に、かつ最適なタイミングで接近してくるものだから以前危うく懐に踏み込まれて竹刀を奪われるところだった。
彼の相手の懐へ飛び込む技術は実のところ一級品だ、束すらその技術に関してはダメ出しをしていない。
隠れた才能と言うほど大袈裟な物では無いが、アレは彼自身の人を見る目による技術なので私や束では逆立ちをしたところで不可能だろう、いや彼ほど人の表情や仕草を見てきている人は他にはいないだろうから、彼だけが使える技術なのかもしれん。
つまり彼と剣を交えるのなら下手な待ちよりも踏み込んで行った方が楽なんだが……それも最近では難しくなって来た。
そんな風に考えていると床の軋む音が耳に入ってくる、それは彼の足元から聞こえた音であり、今まさにこちらに踏み込んで来ようとするところだったらしい。
タイミングを見誤ったかと思い私は突きを放ったのだが、彼の踏み込みはフリだったらしく、私の刺突はギリギリで空振りさせられる。
だがまだ二の太刀で斬りかかれば届く範囲、その為に突き出した竹刀を引こうとしたのだが、私の竹刀の切っ先を彼は弾き上げて来た。
そのまま彼は扇子で私の頭を叩こうとしたが、私としてもそう簡単にやられてやる訳にいかないので、竹刀に釣られて両手を上げた状態ながらも、足に力を入れて彼の頭の上を跳び越える。
くるりと弧を描く様にその頭上を越えると、片手で着地すると同時に倒立前転の要領で転がりながら立ち上がると、振り返りざまに一閃、首筋に切っ先を当てる事で彼に両手を挙げさせた。
「まいったこーさんこーさん、千冬って実は忍者か何かなんじゃないか?」
「なに、あんなものは所詮曲芸だ、練習すればお前でも出来る」
「そうかぁ? 俺どんだけ練習しても一生無理だと思うんだけど……」
「現に私がやってるじゃないか」
「えっ? 千冬ってあんな動き練習してたの?」
「いや? 今さっき思い付いて実行したのが初めてだな、お前の場合あそこで横や後ろに引いたら足元に竹刀を差し込まれて転ばされるだろう?」
「あ、あはは、そんなことしないヨ?」
「私の目を見て言え、露骨に目を逸らせばそうですと言ってるようなものだ」
はぁとため息を吐きながら私はタオルで汗を拭いている途中ふと、彼は私に汗をかかせる程度には成長したのだなと思いなんだか嬉しくなってしまった。
かってに私を師匠と呼びながら道場まで上がり込んで来たあの素人が随分強くなった、正直まだ本気を出せば彼が何かする前に打ちのめす事は出来るが、それでも手抜きで打ち合うには手強い。
本人は自分の成長にあまり頓着していないのか、先程までの真剣味は何処へやら、呑気にパタパタと扇子を扇いで涼んでるのがなんとも言えないギャップだろう。
「ん? 俺の顔になんか付いてる?」
「何も付いてはいない、単に顔が見たかっただけだ」
「……照れるからあんまそんな事言わないで欲しいかなぁ」
「それはそのままお前に返してやろう、普段から私や束に言ってるのはお前の方だぞ?」
「ならしゃーないな、うん」
彼は柔らかな笑顔を浮かべながらそんな風に身を竦める、茶目っ気のある奴だと私も釣られて笑い、それがなんだかおかしくて意味も無く二人で笑いあってしまった。
そしてひとしきり笑った後、ふと思い出したように私は以前から感じていた彼の剣に対する疑問を口にする。
「お前の剣は不思議だな」
「えっどこが?」
「完全な受けの剣かと思えば懐に跳び込む技術は一級品、更に敢えて攻め込む姿勢を見せて相手の呼吸やリズムを崩し、自分のペースに巻き込む事も得意としてる、タイプとしては攻めの剣の方が得意だろう? そちらも学べばもっと強くなれるんじゃないか?」
「あはは、それはそうかもだけど俺はパスかなぁ」
「そうか……残念だな」
「そもそも人に手をあげるのは苦手だからなぁ、相手の隙を作って斬るんじゃ無くて抑える為に隙を作ってる訳だから、目的が違うんだよねー」
「いや、お前はそれでいい」
そう、実の所私は疑問を口にしたが、彼がそう答えるだろうと何となく予想していた。
予想していて尚聞いたのは彼の優しさに触れたかったのかもしれない、この綺麗な理想を大真面目に追う男の優しさは心地良いからな。
「さてそろそろ休憩は終わりだ、二試合目に行くぞ?」
「よし来た!! 次こそ一本取ってやる!!」
「ああ、是非取ってくれよ?」
––––いつの日か、本当に取ってくれるといいな。
そんな風に私は思いながら、再び彼と竹刀を交えるのだった。
主人公の剣の腕は真面目に訓練してますのでそれなりに高いです。
相手の表情・雰囲気から攻めっ気やリズムを読み取り、その隙を突いて懐に飛び込んだり、攻撃の初動を潰したりと好きに動かせない様にして疲れを倍増させて疲労で動きを止めるスタイルなので、好きに動かせる方がやばい。
原作7巻までがどちらの会社かのアンケート(今後の描写に関わる為)
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MF文庫J
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オーバーラップ