オーバーロード~慎重な骨と向う見ずな悪魔~   作:牧草

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大変お待たせいたしました。
2ヶ月もお待たせするとか、ホントごめんなさい。
エタってませんよ!?


mission 13

「ようやく終わったか…」

 

「はい、本日の分は以上です。陛下」

 

 

アーウィンタールの中央に位置する城。その一室にて皇帝たるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスはその日の執務を終え、一息ついていた。

その傍らでは秘書官のロウネ・ヴァミリネンが書類をまとめている。

 

 

「そういえばご存知ですか?陛下」

 

「うん?何の話だ?」

 

「闘技場の女戦士の話です」

 

「おぉ、その話か。ここ3日間ずっと無敗で戦ってる女だな?」

 

 

気だるそうに腰掛けていたジルクニフが身体を起こしてロウネに向き直った。

 

 

「えぇ、その女です」

 

「一度会ってみたいものだ。明日は闘技場へ行ってみるか?」

 

「その女に会うだけでしたら、闘技場に行くまでもありませんよ」

 

「ほぅ?」

 

「実はその女が寝泊りしている場所がこれもまた噂なのですが魔法の家だという話です」

 

「魔法の家?じいが喜びそうな話だな?」

 

「えぇ、そうですね」

 

 

ジルクニフはロウネの言い回しに何か含むものを感じ、先を促した。

 

 

「その場所というのがスラム街でして…」

 

「スラムか…」

 

 

ジルクニフは苦い顔をする。

整備の手が回らず後回しになっている区画のことをジルクニフはよく思っていないのだ。

 

 

「それで?何故魔法の家などと呼ばれているのかは分かっているのか?」

 

「一瞬で建てられた家だということです」

 

「ほぅ…それはまるで魔法のようだな?」

 

「えぇ…ちょうど今、フールーダ様が気になると仰って現場を見に行っているところでございます」

 

「そうか、ならばじいの報告待ちだな。俺が行くのはその後でもいいだろう」

 

 

ジルクニフはフールーダの気質を知っているだけにしっかり調査してきてくれることを祈るよりほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうどその頃のダンテ

 

 

「爺さん、生きてるか?」

 

 

ピクピクと痙攣する埃まみれの老人をつついていた。

実はこの老人、バハルス帝国でもかなりの重鎮であり。世界的魔法詠唱者である。

三重魔法詠唱者(トライアッド)と呼ばれ主席宮廷魔術師の役職を与えられている。

人間種の魔法職なら大陸全土に4人しかいない、英雄の領域を超えた逸脱者の一人といわれる超大物だった。

フールーダ・パラダインその人だった。

 

「一応生きてるみたいだし放っておいていいんじゃない?それかトドメ刺しとく?」

 

「ふむ……」

 

 

目の前の爺さんがそんな大物であるとは露知らず。しかしダンテは面倒なことになりそうだと感じていた。

面倒ごとは避けるべきだ。クレマンティーヌの言うように止めを刺すのが一番手っ取り早い。ダンテの勘はそう言っているが、誤射で落としてしまっただけに今、死なれるのは寝覚めが悪い。

今日も今日とて日暮れごろに襲撃に来た悪魔の群れをアルテミスで撃ち抜いて処理してる時、何かの拍子にマルチロックオンの対象にフールーダが含まれてしまい、うっかり撃ち落してしまったのだ。

 

ダンテはフールーダをひょいと担いで歩き始めた。

 

 

「どこいくの?」

 

「ちょっと捨ててくる」

 

「いや、それ普通にトドメ刺すのと大差ないからね?」

 

 

ダンテはクレマンティーヌの言葉に返事をすることもなくスラムを抜け、人目を避けて飲食店の立ち並ぶ大通りから一本奥へ入った人目につきにくい路地のゴミ捨て場にフールーダを捨てた。

 

 

「まぁ、死にはしないだろう…」

 

 

ダンテは満足そうに頷くと事務所へと踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の夜。

 

フールーダを先頭にレイナースをはじめ幾人かの兵士が《Devil May Cry》を目指し歩を進めていた。

しばらく進むとネオンが輝く建物が見えてきため兵士達がざわついた。

 

 

「これはなんと鮮やかな…」

 

 

思わす声を漏らした兵士を誰も責める事はない、大抵の者が同じことを思ったのだ。

スラムにありながら皇城と同じように窓辺から煌々と漏れる光。

貴族の屋敷でさえこうは行かない。本当に上級の貴族の屋敷くらいのものだろう。

対してフールーダは何か思うところがあるのか首を傾げていた。

 

 

「特に見張りがいるというわけでもないようですが、いかがなさいますか?」

 

「………儂とレイナースで家を訪ねる」

 

 

レイナースの確認にフールーダは正面から行くことを決めた。

 

 

「聞いたな?各員散開!周囲を警戒せよ」

 

 

レイナースの号令に付いて来ていた兵士達は散開した。

 

 

──コンコンコン

 

兵士たちが散開するのを確認すると、二人は建物に近寄り、レイナースが扉をノックする。

奥から何者かが近づいてくる気配も何も感じないにも関わらず、返事の声が聞こえた。

中から出てきたのはローブを着込んだ金髪の女性。クレマンティーヌだった。

 

 

「はいはいって…また来た」

 

 

クレマンティーヌはフールーダを見て思わず言葉を漏らす。

 

 

「夜分恐れ入ります。私帝国四騎士のレイナース・ロックブルズと申します」

 

 

レイナースはクレマンティーヌの「また来た」という言葉に疑問を覚えながらも挨拶をこなす。

クレマンティーヌは帝国四騎士という言葉に一瞬反応しそうになったがぐっと堪える。

 

 

「儂は主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダインじゃ」

 

「ふ、フールーダぁ!?」

 

 

続く名前には堪えきれずに反応してしまった。

クレマンティーヌは当然フールーダの名前を知っていた。一応容姿についても法国にいた頃に資料として見たことはあったのだが、老人など誰を見ても同じようにしか思っていなかったため、有名人の名前に堪えきれず驚いてしまった。

 

 

「なんだ爺さんまた来たのか?」

 

 

奥からひょいと顔を覗かせたダンテがフールーダを見てやれやれと肩をすくめた。

 

 

「また、とは?」

 

「あ?…覚えてないのか?」

 

「覚えていない…?儂はここへ来ているのか?」

 

「あ~……めんどくさいな、帰りな」

 

 

ダンテは扉を閉めた。

 

 

「えっ?いいの?フールーダ・パラダインだよ?」

 

「フールーダ…?あぁ、この近隣で最強の魔法詠唱者だったか?」

 

 

ダンテはそんな話をアインズとのやり取りで聞いたことがあったような気がすると思った程度だった。

 

 

「たかだかレベル40……難度120くらいだろ?どうでもいい」

 

「難度120をそう言えちゃうダンちゃんが怖いよ…」

 

 

──ドンッ!!

 

 

突如生じた音に扉を振り返ると、扉から槍が生えていた。

槍が捻られると扉が崩れ、レイナースとフールーダの姿が見えるようになった。

特に防御も罠も施していないグリーンシークレットハウスはどんな大きさの者でも入れることを除けば、普通の家となんら変わりない。

ダンテは修理に金が掛かることに、防御だけでも施しておくべきだったと若干後悔していた。

 

 

「無礼者が…」

 

「はっ!人ん家の扉ぶっ壊してどっちが無礼者なんだか」

 

 

ダンテは怒気を孕んだレイナースの言葉に臆することもなく言い返す。

 

 

「待てレイナース、儂はこの家が魔法の家と呼ばれる所以を知りに来たのだ」

 

「魔法の家?何の話だ?つか弁償しろよ?」

 

 

事情を全く分かっていないダンテにフールーダが噂として流れている魔法の家について話す。

話を理解したダンテはこの建物がマジックアイテムによるものであるため、魔法の家というのもあながち間違いではないということを話した。

 

 

「ふはっ!ふはははははははは!!聞いたかレイナース!マジックアイテムだと!!ははははは!!」

 

「…………」

 

「ぜひ譲ってくれ!!なんでもする──んがっ!!」

 

 

フールーダはレイナースに向けていた顔をダンテに向け直した瞬間ダンテに腹を蹴飛ばされて悶絶しながら気絶した。

 

 

「俺よりおしゃべりな奴は嫌いなんだ…この爺さん連れてとっとと帰りなお嬢ちゃん」

 

「えっ、えぇ…」

 

「爺さんが目を覚ましたら伝えな、『絶対に譲れない』って」

 

 

レイナースはフールーダの奇行に驚いたのもあるが、フールーダを落としたダンテの動きに驚き、言われるがまま兵士にフールーダを担がせて皇城へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「報告は以上ですわ」

 

「ご苦労……とはいえ、その赤い男の名前すら判明していないのはいただけないな。じいへの狼藉も含めて」

 

「申し訳ありません」

 

「もっとも、じいが魔法と聞いて飛びついたわけではないのならの話ではあるがな?」

 

 

フールーダはぐぬぬとうめき声を漏らした。

ジルクニフはフールーダの性根をキッチリ理解していた。

Devil May Cryに訪問した翌日、フールーダとレイナースはジルクニフに報告を行っていた。

しかし、それこそあっという間に追い返されてしまったため、然したる報告も出来なかったのが現実だった。

 

 

「それで?女戦士の方は?」

 

「闘技場では《レン》と登録されております」

 

「それは偽名であろう?」

 

「陛下、おそらくその女は漆黒聖典のクレマンティーヌだろう」

 

 

フールーダの言葉にレイナースはもちろんジルクニフも驚きを隠せなかった。

フールーダが漆黒聖典の構成員を知っていたのも驚きではあったが、その隊員が帝都にいるという事実が衝撃的だった。

 

 

「では、あの赤い男も漆黒聖典なのでは?」

 

「おそらく違うだろう、あの男の性格…法国では蛇蝎のごとく嫌われる類であろう」

 

 

レイナースの疑問にフールーダは断言した。

クレマンティーヌも似たようなものだろうがと苦笑しながらフールーダは言葉を続けた。

フールーダの所見は実に正しい。ダンテが法国で暮らしていけないことは間違いようのない事実だった。

まず、もっとも大事な点である六大神信仰。これはアラストルを奪ったのが六大神の一人だと思っているダンテには無理なことである。

人類至上主義はダンテの肌に合わないのは間違いないが、我慢は出来る。

しかし、その主義こそが正とする法国上層部による物事の決定。ダンテがこれに従うことはまずないだろう。

であれば、なまじ力のあるダンテは上層部の人間には嫌われ、虐げられることは目に見えている。

一方でクレマンティーヌは内心で従いたくなくとも、ダンテよりは組織に属するものとしての常識を持っており、育ってきた環境も手伝って全く従わないということはない。

 

ほんの少し言葉を交わしただけのフールーダがこれほどダンテを理解した。その事実はジルクニフには朗報だった。

つまりジルクニフにとってダンテは分かりやすい人間であるということに他ならない。

人柄が分かりやすいのならば、誘導は容易であるとジルクニフは思った。

 

 

「しかし、流石に情報が足りないと言わざるを得ないな…」

 

 

ジルクニフは顎に手を当て思考をめぐらせる。

 

 

(じいに人柄を見抜かれる程度の男であれば、いっそのこと皇城に招聘してみるのも手か。クレマンティーヌの戦力評価はアダマンタイト、赤い男の方は計りかねるのだが…クレマンティーヌと同等のアダマンタイトと仮定して、たとえ城で暴れられてもじいならば抑えられるか?しかし、じいが魔法であるならともかく、我を忘れるほどのマジックアイテムを所持しているとなると不安が残るな…不意を突いたような形とはいえ、じいを一撃で無効化している件もある)

 

 

フールーダであれば一人でアダマンタイト級を抑えることは可能だろう、四騎士のひとりひとりはアダマンタイトに劣ることもあるだろうが4人もいれば拮抗はできるだろうとジルクニフは結論付けた。

 

 

「レイナース、招待状を用意するので赤い男を連れて来い。日時は明日の夕刻だ」

 

「承知いたしましたわ」

 

 

ジルクニフは招待状を用意しながらレイナースに注意事項を伝える。

しばらくの後、ジルクニフは招待状に封蝋を施すとレイナースに渡した。

 

 

「ロウネ、明日の夕刻には四騎士全員を集めておくように。もちろんじいにもいてもらうぞ?」

 

 

ジルクニフの言葉に、ロウネとフールーダは了解の意を伝えた。

上手くいけばアダマンタイト級の戦力、あくまで推定ではあるが二人を手に入れることができるとジルクニフはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

招待状を携えたレイナースは一人、再びDevil May Cryに来ていた。

見れば昨日自らが破壊した扉は修理されているようで、元通りになっているように見受けられる。

怒りをぶつけた相手に昨日の今日で顔を合わせることに何も思わないわけではないが、レイナースは割り切って昨日と同じように扉をノックする。

 

 

──コンコンコン

 

 

昨日と違い誰かが扉を開けるようなことはなかった。

再度ノックしてしばらく待つも変化はなく、レイナースは留守かと考えながらなんとなく取っ手に手をかけると音もなく扉は開いた。

 

 

「し、失礼します……」

 

 

レイナースは無用心だと考えながら今日中に招待状を渡さなければならないことを考えて留守番がてら中で待たせてもらうことにした。

ふとあたりを見回せば、ダンテがソファーで寝息を立てているのに気が付いた。

 

すぐに用事を済ませられると少しホッとしたレイナースはダンテに声をかけるべく近寄ろうとしたところで声が上がった。

 

 

「……何の用だ?」

 

「起きていらっしゃいましたか、お邪魔させていただいています」

 

 

ダンテは欠伸を隠すこともなく大口を開けて身体を起こした。

 

 

「本日はバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下より招待状をお渡しするよう仰せつかっておりますわ」

 

「招待状?」

 

 

ダンテはレイナースから招待状を受け取って、そのまま机に放り投げた。

その行動にレイナースがピクリと反応するが、声を上げることはなかった。

 

 

「今更で大変恐縮ですが、あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「ダンテだ。…お嬢ちゃんはレイナースだったよな?」

 

「…はい、私はレイナース・ロックブルズと申します。出来ればお嬢ちゃんというのはご勘弁願いますわ」

 

「ん?あぁ、悪かったなお嬢ちゃん(・・・・・)

 

 

あくびをかみ殺しながら言い放つダンテにレイナースは勘弁する気はないのだと早々に諦めた。

 

 

「ところでお嬢ちゃん、それは?」

 

「…………」

 

 

ダンテが自分の顔の右半分を指し示しながらレイナースに問いかけた。

レイナースは殺気の篭った目でダンテを睨みつけるが、ダンテに気にした様子はない。

 

 

「呪いかそれ?」

 

「……あなたには関係のないことです。用件は済みました、これで失礼いたしますわ」

 

 

不躾なダンテの振る舞いに腹を立てたレイナースは踵を返し外へと向かう。

 

 

「まぁ、待てよ。物は試しだ」

 

 

ダンテの呼び止める声にレイナースが振り向いた瞬間。

ビュッという風切り音が聞こえたと思った途端、レイナースの意識が遠くなっていった。

レイナースが完全に意識を手放す直前、刀を納刀するダンテの姿を見た。

 

 

「顔隠していたんじゃ勿体無いぜ」

 

 

ダンテは崩れ落ちるレイナースを抱きかかえソファーに寝かせた。

ダンテはこの隙にアインズと連絡をとることにした。

 

ダンテは端的に皇帝から招待状を受け取ったことを伝え、何か確認したいことがあるかどうかアインズに尋ねた。

しかし、アインズは現段階で帝国に進出することは考えておらず。

敵対さえしなければいいとのことだった。

ダンテは皇帝の用件も予想ができるうえ、面倒に感じたので招待を受けないことに決めた。

 

それ以外にも、現状の情報を交換した。

アインズは、ヴァンパイア騒動を収めアダマンタイト級冒険者となっていた。

聞けば、実際に戦いをしたわけではないので適当な森の中で魔法の実験をしてあたりをボロボロにしてきただけだという。

ダンテは自身がまだ銅級だというのにどこで差がついたのだろうかと思った。

 

 

『あぁ、そうそう最近エ・ランテルの街中によくモンスターが出るんですよ』

 

『モンスター?』

 

『えぇ、見たことないモンスターってことなので詳しくは分かりませんが…』

 

『………』

 

 

アインズは軽くそう告げた。

特に重要なことである認識はないということだろう。

しかし、何の兆候もなく突如襲い掛かってくるそうで、どこから進入しているのか不明。

アインズたちは遭遇したことはないようだが、エ・ランテルでは結構な被害が出ているようだった。

ダンテはアインズとは裏腹にアーウィンタールのスラムに出没している悪魔と同じような嫌な予感がしていた。

 

 

『明日エ・ランテルに戻りたいんだけど、シャルティアを迎えに寄こしてもらえないかな?』

 

『帰ってくるんですか?』

 

『アーウィンタールの街中にも出てるから気になってるんだ……』

 

『わかりました、シャルティアを迎えに行かせますよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………」

 

 

レイナースは差し込む日の光によって目を覚まし、身体を起こしてきょろきょろとあたりを見回した。

そこはDevil May Cryであり、その一角にあるソファーの上に寝かされていたことに気付いた。

どうやら一晩ここで眠っていたらしいことに気がつき自分の格好を確認する。

着衣に乱れなどなくほっと一息ついて、改めて周囲を確認した。

レイナースの武器である槍はすぐ近くの壁に立てかけてあり、持ち物等何も触られた形跡はない。

この部屋には誰もおらず。また自らが持参した皇帝からの招待状が未開封のまま机に放置されていることに気がついた。

 

 

「読んですらいないのですか…」

 

「ダンちゃんは字が読めないからねぇ」

 

「─ッ!?」

 

 

レイナースは突如声をかけられたことに驚き咄嗟に自分の槍の方へ飛び退いた。

槍を手に声のした方を見やれば、いつの間にこの部屋に入ってきたのか、ローブを着こんだ金髪のボブカットの女が壁にもたれかかってこちらを見ていた。

 

 

「あなたは…」

 

「あたし?あたしはクレマンティーヌ。ていうかあんたこそ誰よ?」

 

「私はレイナース、レイナース・ロックブルズと申します」

 

「へぇ…あんたが『重爆』?」

 

 

ニヤリと笑うクレマンティーヌにうすら寒いものを感じたレイナースは思わず槍を構える。

 

 

「なんにもしないってば、怒っちゃイヤ。っていうか、あんた寝起きでしょ?顔くらい洗ってきたら?」

 

「………」

 

 

レイナースはふと違和感を感じた。

いつも寝起きには顔の右半分が膿に塗れ不愉快な感触がこびり付いているのだが、今日に限ってそれが無い。

代わりに顔の皮膚が引き攣るような違和感があることに気付いた。

レイナースは恐る恐る顔に触れた。

いつもであれば指先に感じる湿った感触、触れた顔の痛みが走るのだがそれはなかった。

代わりに乾いたかさぶたのような感触がある。

思い切って少し引っ掻いてみればペリペリと何かがはがれる感触。もちろん痛みはない。

 

 

「って、あんた何その顔?なにつけてんの?」

 

「か、鏡…鏡はありますか?」

 

 

レイナースはクレマンティーヌの問いに答える余裕が無かった。

クレマンティーヌは不思議に思いながらもレイナースの鬼気迫る様子にすぐ近くに立てかけてあるダンテのリベリオンが鏡代わりにできることを指し示した。

 

レイナースはリベリオンに駆け寄りその刃面を覗き込み自分の顔を映し出した。

 

 

「あ……」

 

 

刃面には以前と変わらず顔の右半分が膿に塗れた姿が映し出されていた。

しかし、その膿はどう見ても乾いている。

呪いにかかって以降、常に滲みだしていた膿が今は滲みだしていないことを意味していた。

 

レイナースは自然と涙を流していた。

 

 

「よくわからないけど拭いたら?」

 

 

クレマンティーヌはいきなり泣き出したレイナースに若干引きながらも、いつの間に準備したのか湿らせた布を差し出した。

レイナースは何度も頷きながら差し出された布を受け取り顔を拭っていく。

膿でぐちゃぐちゃだった右半分の顔はそんな痕跡すら残ってはいなかった。

 

リベリオンの刃面に映った膿のない自分の顔を見たレイナースは声をあげて泣いた。

レイナースが泣き喚く理由のわからないクレマンティーヌはただただ困惑していた。

 

しばらくの間は泣き喚くレイナースと困惑するクレマンティーヌの二人だけの空間となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「はい、申し訳ありませんでした」

 

「いいんだけど…そんなに泣く理由とか聞いてもいい?」

 

 

クレマンティーヌにしては珍しく相手を思いやったような発言だった。

レイナースもさすがに目の前で号泣されたら理由が気になるのは仕方ないと少し落ち着いた頭では理解していた。

それはさておき、レイナースはこの奇跡を口に出して誰かに伝えたい気分だった。

 

 

レイナースは自分の身に起きたことをクレマンティーヌに話した。

呪いを受けたこと、家族や婚約者にまで捨てられたこと、皇帝の騎士となって復讐を果たして治療方法を探していたこと。

そして、昨日ダンテに何か(・・)された結果、呪いが解けていたことをすべてクレマンティーヌに話した。

 

 

「ダンちゃんが、ねぇ…」

 

 

クレマンティーヌにとっては結構意外なことに思えた。

ダンテが神官職であってもできる者が少ない解呪の魔法が使えるとは思っていなかったのだ。

クレマンティーヌにとってダンテは結構脳筋のイメージだった。

そもそも魔法を使っているところを見たことが無いのだ。

 

と、事務所の二階から下りてくる足音がして、扉が開いた。

 

 

「おはよ、ダンちゃん」

 

「お、おはようございます」

 

「あぁ…」

 

 

二人の挨拶を受け、適当な返事をしながらダンテはレイナースに近寄った。

 

 

「綺麗な顔になったじゃないか。お嬢ちゃん」

 

 

ダンテはレイナースの前髪を軽く払って今まで隠れていた右目を見つめてそう呟くとシャワーを浴びるべく浴室へ入って行った。

 

 

「何?ダンちゃんってレイナースみたいな子がタイプなの?」

 

 

クレマンティーヌの言葉にレイナースは顔赤くして慌てた。

レイナースの顔の赤みが取れる頃にダンテが浴室から出てきた。

 

 

「ダンテ様、昨日お渡ししました招待状の件なのですが…」

 

「あー、悪い。めんどくさそうだからパス。依頼なら受けてやると伝えておいてくれ」

 

「承知いたしました」

 

「あれ?結構すんなり引いたね?」

 

 

クレマンティーヌはダンテの断りの言葉に対しレイナースがあっさり承諾したことが不思議に思えた。

 

 

「言葉は悪いですが、もう陛下に用はないですから」

 

「へぇ…」

 

 

ダンテがレイナースの言葉を聞いてニヤリと興味深そうに笑った。

レイナースはもともと呪いを解くためだけに皇帝に仕えていたことを打ち明けた。

レイナースに解呪のあてが無いのをいいことに皇帝は呪いについて調べるフリをしながら四騎士としてレイナースを利用し続けていたのだ。

レイナースもそのことは知っていた、そのため呪いが解けた今レイナースにはこれ以上皇帝に仕える必要性を感じていない。

もとより皇帝に対する忠誠などは持ち合わせていなかったのだった。

 

 

「それで、よろしければダンテ様にお仕えしたいと思うのですが…」

 

「はぁ!?」

 

 

続くレイナースの言葉にクレマンティーヌが驚きの声をあげた。

 

 

「……いらねぇ」

 

「しかし、私にはなにもお返しできるものがありません。ですからこの身をダンテ様に捧げるしかないのですわ」

 

「はぁ、好きにしろよ……言っとくけど給料とか出ないからな」

 

「あたしが闘技場で稼いでくるしか、お金ないもんねぇ」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

ダンテは給料出ないと言っているのに喜ばれるとかないわぁとリアルにいた頃を思いながらレイナースに鏡代わりにされていたリベリオンを背負い出かける準備をし始めた。

 

 

「どこか行くの?」

 

「あー、エ・ランテルへ野暮用だ」

 

 

──コンコンコン

 

クレマンティーヌが「あたしも行く」と言おうとしたところで、扉がノックされる音が響いた。

特に返事をする暇もなく扉が開きボールガウンを纏った小柄な少女が己のスカートをつまみお辞儀をした。

 

 

「失礼いたしんす、ダンテ様。シャルティア・ブラッド・フォールンお迎えにあがりんした」

 

「シャルティア、わざわざすまないな」

 

「え?誰?」

 

「…おんしらこそ誰でありんす?」

 

 

クレマンティーヌの声に今気付いたとばかりに小首をかしげるシャルティアの姿にクレマンティーヌが警戒する。

しかし、シャルティアは二人の女に興味はないのか返事を聞くこともなくダンテに向き直った。

 

 

「ダンテ様?こやつらも連れて行くんでありんすかえ?」

 

「いや、連れて行かない」

 

「左様でありんすか…では、行きんしょう」

 

 

そう言って外へ出るシャルティアに続きダンテも事務所を後にしようとしたところで二人を振り返った。

 

 

「ってわけで、留守番よろしくな」

 

「ちぇー、りょうかーい」

 

「…紹介とかはまた今度だ」

 

 

ダンテは不満げなクレマンティーヌと何も言わないが同じく不満げなレイナースを見て溜息をつきながら言った。

 

 

「………あー、まぁ念の為置いてくか、ケルベロス」

 

 

ダンテはどこからともなく現れた3節のヌンチャクを放り投げながら「元の姿を現せ」と指示をだした。

その瞬間光を放ちながら3つの頭を持つ巨大な犬の姿に変化した。

 

先ほどまでの事務所の中では高さが若干足りないのだが、ケルベロスが元の姿を現すと同時にどんな大きさの者でも入ることが可能なグリーンシークレットハウスの特性によって室内の高さが増す。

 

 

「どうした我が主」

 

 

ケルベロスは低く腹に響くような声でダンテに問いかけた。

あまりの威圧感にクレマンティーヌとレイナースは互いに抱き合って事務所の隅で震えている。

一方でシャルティアはケルベロスの姿に「おぉ…」と感嘆の声をあげていた。

 

 

「お留守番だ」

 

「……は?」

 

「得意だろ?地獄の番犬(ワンちゃん)

 

「………」

 

「クレマンティーヌが勝てそうにないようなやつが現れたら助けてやってくれ」

 

「…………承知した」

 

 

ダンテはケルベロスの返事を聞くと満足そうに頷いてシャルティアを促し事務所を出て行った。

 

 

「えっ、ちょっと……」

 

「ダンテ……さ、ま?」

 

 

見ただけで身体が震えるような力を有しているだろう化け物をなんの説明もなく同じ空間に放置していくなど酷すぎると2人は愕然とした。

 

レイナースがダンテに仕えると言ったことを迷惑に思って迂遠に出て行かせるためにケルベロスを置いていったと考えてしまうのも無理もないことだった。

 

ダンテは純粋に2人の護衛のためにケルベロスを置いて行ったのだが、圧倒的に言葉が足りていなかった。

 

さらに言えば、ケルベロスはダンテが出ていくと残された可哀想な2人をじぃっと見つめ続けているのだ。

完全に蛇に睨まれたカエル状態だった。

 

 

 




実はまだまだリアル多忙のため、また間が空いてしまうかもしれませんが
極力…極力早めにあげて行こうと思ってます。

また次回、お付き合いいただければ幸いです。

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