オーバーロード~慎重な骨と向う見ずな悪魔~   作:牧草

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祝20万UA
本当にありがとうございます。


mission 16

「ふわぁ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

Devil May Cryの室内で気だるげに椅子に座り机の上に足を上げ、大あくびをするダンテの目の前には不機嫌そうな顔を隠そうともしない、アルシェがいた。

 

カッツェ平野から一緒にアーウィンタールへ帰還した後、ダンテとフォーサイトの面々はそのまま別れた。

 

ちなみにクレマンティーヌやレイナースは昨日ダンテが帰ってきたときから姿を見ていない。

ケルベロスに尋ねても「どこかへ出かけていった」と言うのみ。

ダンテは知る由もないが、二人ともケルベロスと同じ空間にいることに我慢できず飛び出したのだった。

 

その翌日、アルシェはカッツェ平野でダンテに言われたとおり、事務所に来たところだった。

アルシェとしてはダンテから何か話があるのかと思いきや、目の前でこの大あくび。

 

 

「──人のことを呼び出しておいてその態度はない」

 

「アルシェ、悪魔狩りだ」

 

「──え?悪魔狩り?」

 

 

ダンテの突然の発言にアルシェはポカンと口を開けて、鸚鵡返しをした。

 

 

「──どういうこと?」

 

「お前の近くにいる悪魔を狩るに決まってんだろ。何言ってんだ?」

 

 

いちいち分かりきったことを聞いてくるなとばかりにダンテは目を細めた。

 

 

「──私の近くに悪魔が?」

 

「今までよく無事でいたなと思うくらい濃い気配がするぜ?」

 

 

カッツェ平野でダンテに「悪魔の匂い」がなどと言われ、そんなものに仲間を巻き込むわけにはいかないと思ったからこそアルシェは一人で来たのだが、仲間たちにお願いしてついてきてもらえばよかったと後悔し始めていた。

ダンテの言葉どおりに捉えるならばこれからその悪魔を討伐しに行くということなのだ。

 

 

ダンテは目の前のアルシェから感じる悪魔の気配を今までは可能性としてしか捉えていなかったが、事ここに至り間違いないものと感じていた。

アインズがスキルでアンデッドを感知できるように悪魔を感知できるスキルを持っていた訳ではないが、似たようなスキルが発現したと言われても納得できるほどだった。

 

 

「──一体誰が、妹達は無事なの!?」

 

「さぁな、今のところお前が無事なんだから、その妹達が悪魔でなければ無事だろうよ」

 

 

もっとも、今まさに無事でなくなることもあるだろうが…とは流石のダンテも口にはしなかった。

 

 

「──急ごう」

 

 

そう言うとアルシェは血相を変えてダンテの返事を待たず事務所を飛び出した。

ダンテはその様子を見ながらエボニー&アイボリーを腰に差し込んでアルシェの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「アルシェ」

 

「──ぐぇっ!?」

 

 

ダンテはアルシェの家、つまりフルト家が近づいて来た頃、全力で前を走るアルシェの襟元を掴み制止をかけた。

 

 

「──ゲホッ!ゲホッ!っ…いきなり掴まないで!」

 

 

襟を掴まれたことで息がつまったアルシェは咳き込みながら非難がましい目をダンテに向ける。

しかし、当のダンテは手を顎に当てて何やら思案していた。

 

 

「………まぁ、いいか。行くぞアルシェ」

 

「──なっ!?」

 

 

突然、制止をかけられたかと思ったら、今度は一転し先に進むと言い出した。

流石にアルシェも一言でも言わずにはいられなかった。

 

 

「──なんなの!?」

 

 

アルシェは装備していた杖をダンテに向けて意図を問いただそうとするが、ダンテはいつものニヤケ顔のままヒラヒラと手を振り立ち止まることなくフルト家へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

程なくフルト家の正門へたどりついた。

そこそこに大きな屋敷ではあるが、ところどころ手入れが行き届かず汚れている。

庭木も剪定が疎かになっており、少し裏へ回れば草が伸びているだろう事が伺える状態だった。

ダンテは他人の家ということも関係なく、勝手に正門をくぐり抜け屋敷の玄関の扉を開いた。

 

 

「へぇ……」

 

 

ダンテは軽く視線を巡らせると感心したように声を上げた。

この屋敷はかなり濃厚な魔の匂いが充満していた。

これほどの気配に気付く人間がいないのは感知能力に難があるのか、はたまたダンテの感知能力が高いのかは判断できないが、ダンテは「やはりこの世界はレベルが低い」という結論に至った。

 

 

「どちらさまでしょうか?ってアルシェお嬢様?」

 

「──ただいま、ジャイムス」

 

「お、おかえりなさいませ」

 

 

突然開いた玄関に驚いた顔のフルト家の執事であるジャイムスがそこにいた。

ジャイムスは見知らぬ男が来たことにも驚いていたが、何より自らが仕える家の長女がその男の後ろにいたことに驚きを隠せなかった。

 

 

「──クーデとウレイは?」

 

「お二方とも自室にいらっしゃいます」

 

「──わかった」

 

「お嬢様、あのこちらの方はどちら様でしょうか?」

 

「──この人はダンテ。それで、えっと…」

 

 

アルシェは言い淀んだ。実際どう答えればいいのかわからなかったのだ。

自身の近くにいるという悪魔を退治しにきました。などと言っても理解はされないだろうことは予測できる。

それに、万が一ジャイムスがダンテの言う悪魔だった場合に下手なことは言えない。

家族がどうなるか分かったものじゃない。

 

ちらりとダンテを見るとダンテもアルシェのことを見ていたのか、目が合う。

アドリブで切り抜けろということだろうか、アルシェは困惑の表情を浮かべた。

ダンテは元より誤魔化すつもりなどないのか、盛大に溜息をつきながらジャイムスの横を通り抜けた。

 

 

「お、お待ちください。勝手に奥へ行かれては困ります!」

 

 

ジャイムスは慌ててダンテに追い縋り行く手を阻もうとした。

すると、行く先にあった扉が開き1人の男がでてきた。

まさに貴族といったような品の良い服装に表情の男だった。

 

 

「どうした、騒々しい」

 

「旦那様…も、申し訳ございません」

 

 

アルシェの父に対し頭を下げ謝罪するジャイムス。

アルシェの父は頭を下げているジャイムスに頭を上げさせるとダンテに視線をやり、次いでその後ろで杖を握りしめたままのアルシェに気が付いた。

 

 

「アルシェ、帰っていたのか」

 

「──ただいま」

 

「……入りなさい」

 

 

そう言うとアルシェの父は出てきた部屋に戻っていった。

慌てて父の後を追いかけたアルシェに続いてダンテも部屋に入る。

 

部屋に入ると香が焚かれているのか、ややきついが上品な香りが部屋に立ち込めていた。

 

 

「おかえりなさい、アルシェ。あら、お客様?」

 

 

アルシェの母も父と同様に貴族然とした装いで柔和な笑みを浮かべている。

 

もっとも、ダンテの顔を見た瞬間嫌な顔をしたが、アルシェは気がつかなかったようだった。

そんな母親の表情などより、この部屋の香りの元であろうテーブルの上のモノにアルシェの視線は注がれていた。

 

 

「──これは?」

 

「先程買ったのだよ、いい香りだろう?」

 

「──いくら?」

 

「金貨7枚だったかな?」

 

「──………」

 

 

アルシェは絶句した。

この家に誰か客が来るわけでもないのに、香など焚く必要はない。

そもそも、こういったモノは部屋の隅でひっそりと焚いて置くものでこのように部屋の中央のテーブルの上でこれ見よがしに焚くものではない。

 

 

「アルシェ、そんな怖い顔しないで?お客様もどうぞおかけくださいな」

 

「ハッハー!なかなか面白いことになってるな!」

 

 

ダンテはアルシェの両親が並んでソファーに座ると、上機嫌に笑いながらドカリと対面のソファーに座り応接テーブルの上に足を上げた。

対面にいるアルシェの両親はダンテのその態度に眉をひそめた。

 

 

「アルシェ」

 

 

ダンテはアルシェにクイクイと指を曲げ近くに来るようジェスチャーで指示した。

 

 

「──なに?」

 

「妹達を連れて屋敷を出な」

 

 

ダンテは寄ってきたアルシェを引き寄せ耳元で両親に聞こえないように囁いた。

 

 

「──ちょっと、どう言う意……味……」

 

「………」

 

 

ダンテはアルシェの問いには答えず黙ったままだった。

アルシェにだってダンテの指示の意味くらいは分かる。

分かってしまった。

 

アルシェは唇を噛み、俯いて扉を開く。

 

 

「──待ってて、まだ聞きたいことがある」

 

「好きにしな」

 

 

アルシェが部屋を退出しパタンと扉が閉まると、両親の気配が変わった。

 

 

「本当に無礼なガキだな?」

 

「品性の欠片もないとはこのことね」

 

「どっちがだよ……思ってた以上にお前ら臭ってるぞ?貴族様は体臭には気を使わないのか?それともこの血生臭い香りでも流行ってるのか?」

 

 

ダンテはクルクルとエボニーを手で弄びながら尋ねた。

 

 

「一応聞いとくけど、いつからその皮を被ってるんだ?香で誤魔化したつもりかもしれないが、混ざってエグい臭いになってる。正直センスを疑うぜ?」

 

「我が子ですら気付かなかったのに貴様のようなガキに気付かれるとはな……いいだろう。答えてやる」

 

「我が子ね……」

 

 

なんの意図があってか分からないが、アルシェが戻るまでの時間稼ぎに付き合ってくれるようだった。

 

アルシェの両親に悪魔が憑いたのは、フルト家が貴族の位を剥奪される数年前。

両親の精神に干渉し始めた。

突発的に人を殺させたり、犯罪を犯させてそれを貴族として握りつぶす過程を確認した。

我が身可愛さから罪を隠そうとする人間の心理を利用しあらゆる方法を悪魔達は学んだ。

そして悪魔達は自分が貴族に成り代わっても悪事を握りつぶせる算段が付くと両親を食い殺すことにした。

それがちょうどアルシェの妹、ウレイリカとクーデリカが生まれてすぐの事だった。

可愛い双子の誕生に喜んだ二人の前についに悪魔は姿を現した。

悪魔は生まれたての双子を必死に守ろうとする両親の中身を喰い、その皮を被ってアルシェ達家族に接していたと言う。

フルト夫妻を襲う前から計画していたとおり、その後悪魔達は貴族として振舞った。

双子を喰わなかったのは、貴族としての体裁のためだけだった。

子供のやわらかい肉を食らうのは悪魔にとってご馳走ではあるが、貴族として成り代わることに決めていたため、変に疑われるのを避けるべく喰わなかったのだ。

 

貴族として己の権力である程度のことは握り潰せることを確認していたため、悪魔達は奴隷を買っては遊び、食べ、気儘に過ごしながら力を手に入にしていった。

しかしいくら計画していたとはいえ、悪魔達が学んだのは悪事の握りつぶし方のみで、貴族として実務が滞りなくこなせるはずもなく、すぐに皇帝に無能とされ位を剥奪された。

 

しかしその後も、今までの暮らしを変えることもなく借金をしながら奴隷を買い、貴族であったときと変わらない生活をしていた。

その上、溜まった借金を取り立てに来た者、その上役をも食い殺してきたと言う。

 

そもそもフルト家が懇意にしていた金融関係者は後ろ暗いことでその筋では有名だった。

そのため、たとえ突如失踪したとしても皇帝に粛清されたのだとか河岸を変えたなどと思われて同業者も特に不信にすら思わなかったと言う。

 

 

「貴族をやっていた時の方が不便だったくらいだ。なあ?」

 

「ええ、そうね」

 

 

愉快そうに笑う。

 

 

「へぇ……それで?アルシェ達をいつ喰うつもりだったんだ?」

 

「下のウレイリカとクーデリカがもっと大きくなったらだな」

 

「アルシェは折を見て、冒険中の事故に見せかけて食べるつもりでしたけどね」

 

「そうだな、あの何とかというワーカーチームも纏めて、な」

 

 

もっとも…と父親の悪魔の方が言葉を続けた。

 

 

「貴様のせいで、予定より早くこの家の者ども全員を喰うことになってしまったけどなぁ!」

 

 

言葉とは裏腹の満面の笑みで笑う。

 

 

「あぁ、そうかい」

 

 

一方でダンテは話に飽きてきていた。

ダンテの時間稼ぎに付き合う悪魔達の意図などそんなものはなく、ただ自慢したかっただけのようだった。

聞けば聞くほど典型的な悪魔の所業で自慢気に語られても正直詰まらないという印象しかなかった。

今はアルシェが戻って来るのを待ってるに過ぎなかった。

このままドヤ顔を見せられ続ければ、イラっとして衝動的に殺してしまいそうだった。

 

ダンテは目の前の悪魔を見る。その気配はどう贔屓目に見ても低級。

難度で言えば90を超えることはない程度だろう。

この世界で言えばアダマンタイト級冒険者に依頼する程の難敵だが、ダンテならばアルシェを守りながら戦うことも余裕である。

 

本当はアルシェが屋敷を離れたところでサックリと済ますつもりだったが、アルシェが「待て」と言ったのだ。

待つのは道理だとダンテは考えた。

既に本当の両親は死んでるとはいえ、親の皮を被った悪魔の処分は家族が決めるべきだろう。

ダンテは死なない程度に悪魔達を痛めつけてからトドメはアルシェに任せるつもりだ。

 

アルシェがやれないというなら代わりをやろう。

アルシェが自らやるというのなら見届けよう。

どちらにせよダンテはアルシェの決断に従うつもりだった。

「逃す」とそう言われた時には……まぁ、まず言わないだろう。

 

 

「──待たせた」

 

 

その声と同時に部屋の扉が開く。

 

 

「喰われに戻ってきたのかい?アルシェ?」

 

「まぁ、優しい子ね」

 

「もう、隠す必要もないってか?」

 

「──もう、分かってたから」

 

 

伏し目がちに呟くアルシェの言葉に目の前の悪魔達はニィっと口を裂きながら口角を上げて笑みを浮かべた。

メリメリと人としての皮を破りどうやって納まっていたのか分からないほど巨大な身体が出てくる。

その姿は醜悪で、アルシェの両親の面影はなかった。

 

 

「わかってたのか…アルシェは賢いな…じゃあ死ねぇ!!」

 

 

そう父親の方の悪魔が言うと、ダンテが足を乗せたままの応接テーブルに手を掛け卓袱台返しの要領でアルシェに向かって投げつけようとした。

 

 

「「グハッ!」」

 

 

次の瞬間、2人の悪魔はテーブルごと壁に叩きつけられていた。

ダンテは変わらずエボニーをクルクルと回しながらニヤニヤと悪魔達を見ていた。

ただ、テーブルが回転しながら飛ぶ前にテーブルに乗せてた足をそのまま蹴り出したのだ。

 

 

「ったく、野蛮だな」

 

 

ダンテは漸くソファーから立ち上がりアルシェの方へ移動し、おもむろにアルシェの頭に手を置きグイっと押さえつけて屈ませた。

 

 

──ズガン!

「──キャッ!」

 

 

アルシェの声と壁に穴を開けた音はほぼ同時だった。

アルシェの頭のあった位置に拳大の穴が開いていた。

 

 

「品がないのはお前らの方だったな、俺は女性の扱いも完璧な紳士だからな」

 

「──紳士が女性の頭を押さえつけないで」

 

「ハッ、なかなか余裕があるじゃないか。お嬢ちゃん?」

 

 

言外にアルシェはまだ女性には遠いと軽口を叩くダンテをアルシェは睨んだ。

 

 

「クソッ!」

 

 

ダンテとアルシェのやり取りなど関係なく、悪態をついたのは母親の悪魔だった。

丁寧な話し方を崩さなかったのだがついに化けの皮が剥がれたと言ったところだろうか。

 

 

「アルシェ、そのまま屈んでいろ」

 

「ケェーーー!!」

 

 

──バンッ!

 

 

奇声を上げて接近してきた父親の方の方をエボニーで撃ち抜くと、勢い余っていたのかフィギュアスケートの回転ジャンプの様に回転しながらダンテの方へ倒れ込んできた。

ダンテはその頭を踏み付け、そのガラ空きの腹に向けてエボニーを撃ち込む。

 

 

──バンッバンッバンッ!

 

 

「死ねぇー!!」

 

 

声の主は母親の方の悪魔であり、なにやら口から拳大のなにかを射出したところだった。

 

 

「ばっちいな!そんな臭そうなもの何度も飛ばして来るなよ」

 

 

ダンテはアイボリーを引き抜き、飛来物を撃ち抜く。

続けざまにアイボリーを連射する。

エボニーは父親、アイボリーは母親を蜂の巣にしていく。

 

 

「ハァッ!」

 

 

ダンテは足元の父親を母親に向かって蹴り飛ばし、背負ったままだったリベリオンを投擲した。

 

 

「「ギャアアアアア」」

 

 

2人揃って腹を串刺しにされた2人はそれっきり折り重なるように項垂れピクピクと痙攣している。

 

 

アルシェはそんな様子をダンテに言われたように屈んだまま眺めていた。

ともすれば自分でも勝てたのではと錯覚をしてしまいそうなほど、ダンテは2匹の悪魔を圧倒していた。

もちろんアルシェは正確に戦力分析をしていた為、錯覚することはない。

 

例えば、アルシェが1人で立ち向かった場合、最初のテーブルの投擲を避けきれずにまともにくらい。

身動きができなくなったところを母親の悪魔の方が飛ばしてきた飛来物で頭を撃ち抜かれて死んでいただろう。

もしかすると、最初のテーブルで圧死していたかもしれない。

そんな戦いの中でダンテのそばにいる。それだけで先にダンテに言われたとおり余裕ができたのは確かだろう。

 

アルシェは不思議に感じていた。

何故自分が来るまでダンテは待っていてくれたのだろうか。

自分がいても役に立たないどころか足を引っ張っているだけなのにと。

 

 

「アルシェ」

 

「──ダンテ……」

 

 

ダンテに呼ばれたアルシェはゆっくり立ち上がり両親の姿をした悪魔の近くに寄る。

 

 

「家族を解放してやりな」

 

「──………」

 

 

アルシェは無言で頷くと一歩前へ進み杖を構えた。

 

 

「アルシェ!お前も道連れだぁ!!」

 

 

母親の方の悪魔が目の前まできたアルシェに腕を突き立てようとしたがアルシェまで届かなかった。

一拍遅れてぼとりと何かが落ちる音がした。

それは悪魔がアルシェに突き立てる筈の腕だった。

 

 

「………」

 

 

ダンテが閻魔刀を手に無言で立っていた。

 

 

「──さようなら」

 

 

──ズズーン!

 

 

屋敷の外から響く大きな音と、わずかに地面が揺れる感覚。

一息遅れて聞こえる人々の悲鳴。

 

アルシェは思わずトドメの手を止めてしまった。

 

 

「──一体なにが?」

 

「さぁな……」

 

 

ダンテが、クィッと顎を悪魔のほうにしゃくるのを見たアルシェは気を取り直してこちらを怯えた表情で見つめる悪魔に向き直った。

いまや父や母の面影は全くない悪魔の顔の表情など分かるはずもないが、怯えていることだけは理解できた。

これでこの悪魔達が両親の顔をしていたらアルシェはトドメを刺すことができたかわからない。

全く面影がなくてよかったとアルシェは思いながら、ひとつ息を吸い──

 

 

「──雷撃(ライトニング)

 

 

アルシェはごくりと唾を飲み込み魔法を唱えた。

杖の先から迸る雷は悪魔達の頭を貫通し、プスプスと煙を上げた。

 

 

「──……」

 

 

ペタリと座り込んだアルシェの目の前で悪魔達の姿が消えていく。

そんなアルシェの姿を眺めながらダンテは銃をホルスターに収め、閻魔刀をアイテムボックスに格納してから壁に突き刺さったままのリベリオンを引き抜く。

 

そして、ダンテはリベリオンを手にしたままアルシェの周囲をぶらぶらと歩き回る。

 

 

「──何、してるの?」

 

「………」

 

 

ダンテはこの世界における死体の放置について思い出し、アンデッドの発生を抑えるために被害者の死体を何とかした方がいいのかと考えた。

この悪魔達は自分達で喰った死体を長年放置していたはずで、一番古い死体などはかなりの年代ものと思われる。

にも関わらずアンデッドが発生していない。その原因は全く分からない。

 

とりあえず、被害者の死体を探してみてはいるが見つかる気配はない。

骨も残さず喰い尽したのか…

それとも弔っていたのだろうか……

 

 

「まぁ、ありえないな…なら、いっそ燃やし尽くすか…?」

 

「──何の話?」

 

 

そもそもダンテはアンデッド発生の原理が分かっていないので、燃やしたところでアンデッドが発生しなくなるのかどうかも分からないのだ。

 

 

「まぁ、いいか」

 

 

ダンテは諦めた。下手の考え休むに似たり。わからないならわからないなりに自分の直感に従う。

 

 

「──だから何の話?」

 

「なんでもない。出るぞ」

 

「──うん」

 

 

ダンテは面倒になって適当にごまかしながらアルシェを伴って屋敷を出た。

先の轟音と地揺れについて誰かに聞いてみようにも、この屋敷の近辺は人気がない。

この近辺は()貴族達の屋敷が殆どだが、しかし皇帝に粛清されたり、貴族位を剥奪され屋敷が維持できなくなって無人になっているのだ。

 

アルシェはぐるりとあたりを見回すとある一定方向を見て、動きを止めた。

ダンテもアルシェが動きを止めたのを察知し同じ方向を見る。

 

 

「あ……」

 

「──何があったの?」

 

 

そこそこ遠方に見える皇城の高い塔の一本が斜めにバッサリと切り落とされていた。

轟音と地響きは切り落とされた塔が地面に滑り落ちた際に起きたものだろう。

 

原因は間違いなく、アルシェを貫こうとした母親悪魔の腕を切り飛ばしたときの閻魔刀による斬撃だろう。

思わず力が入ってしまったとはいえ、あんなところまで届くとは流石にダンテも思っていなかった。

しかし、ダンテは自分がやったと知られてはいけないと思った。

城の修復なんて費用を請求されようものならどれだけ掛かるか。

現状支払い能力などないので請求されたところで踏み倒すしかないのだ。

とはいえ、見逃す代わりに仕えろといわれても面倒なのでバレないに越したことはない。

そのような心配は無用なのだがダンテは知る由もない。

そもそもが一人の人ができる所業ではないのだ。誰がダンテがやったなどと断言できるだろうか。

 

 

「──何か気になることでもあるの?」

 

「いや、そんなことより妹達はいいのか?」

 

「──そうだ、迎えにいかないと」

 

「用事は終わったし、後は好きにしな」

 

 

ダンテはそう言うと、内心冷や汗をかきながらスラムの方へ歩いていった。

 

アルシェは妹達と合流した後、どこへ身を寄せるか、フルト家の使用人たちをどうするかを考えなければならない。

使用人たちには急で悪いが、今あるだけのお金を渡して解雇という形にするしかない。

ジャイムスたち使用人もフルト家が長くないことは分かっていただろうし、未払いの給金と解雇による迷惑料として少し多めのお金を渡せば許してくれるだろう。

 

アルシェ達もしばらく生活は苦しいだろうが、今となってはいつ喰われるかも分からなかった屋敷で暮らすよりはかなりマシだろう。

 

お金のこともそうだが、何より急なこととはいえ妹達のためにも、ワーカーとしての仕事はもう出来ない。

ヘッケラン達にも迷惑だろうが、事情を素直に話すしかない。

 

 

「──まずは、ウレイとクーデを迎えに行って宿を取ろう」

 

 

アルシェは今後、やらなければならないことを頭の中で整理しながら妹達の元へ足早に向かった。

 

 

 

 

 

 

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

 

 

 

 

 

「──しばらく泊めてください」

 

「………」

 

 

事務所内を走り回っていたクーデリカとウレイリカがテーブルに置いてあったエボニー&アイボリーに触れようとしたところを取り上げホルスターに収めながら、正面で頭を下げるアルシェをダンテは無言で眺めていた。

 

 

「……好きにしな」

 

 

ダンテは足元ではしゃぐ双子のつむじを見下ろしながら、金髪率高いな…などと益体もないことを考えていた。




実は今回は連載始めた当初からちょっとやってみたいなと思っていた話だったんです。

アニメ版を意識しながら「R指定」のくだりを入れつつなんて考えていた話なんです。
感想でご質問くださった方への返信にも書きましたが、アルシェがパティの代わりするには微妙で、ウレイリカとクーデリカで代用するにも双子ちゃん5歳くらいでしょ?「見ちゃった」で済まないでしょ?これトラウマ確実でしょ!?ってなって断念した経緯もあり、当初考えていた内容とはずいぶん変わってしまった話になりました。

アニメ版の雰囲気が少しでも残ってればいいかなとも思ったのですが、オリ主要素を入れたらそれも保てるかという内容になっちゃいました。



また次回、お時間ありましたらお付き合いください。


そして、たくさんの閲覧、お気に入り、感想、誤字脱字修正ありがとうございます。
本当にありがとうございます。

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