今年もよろしくお願いいたします。
「被害状況を報告せよ!!」
「応援を寄こせ!!」
兵士の怒号が飛び交う。
多くの兵士が城の中を走り回る。
そんな中、この城の主である皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは頭痛を堪えながら足早に退避していた。
バジウッドとナザミが皇帝の護衛として付き従っている。
(一体俺が何をしたと言うんだ……)
───ドォンッ!!
「フールーダ様がやられたぞ!!」
「うわああああああああああ!!」
「も、もうダメだ…おしまいだ…」
侵入者にフールーダがやられ、周囲の兵士の士気がガタ落ちしたようだった。
ジルクニフは頭を掻き毟りたい衝動を抑え、大きく深呼吸をする。
(焦るな、状況の把握が一番重要だ。落ち付け……)
「理由は分からないが、強力な攻撃はしてこない。奴は二人抱え動きも鈍っている!人質を救助せよ!!」
「うおおおお!!レイナース様を返せ!!」
指揮を執るニンブルの言葉を受け勇敢に吶喊する一人の兵士。
しかし、反撃を受けてあっけなく吹き飛ぶ。
ポンポン人が吹き飛ぶ様は見ていて滑稽だった。
その光景は落ち着こうと必死に深呼吸を繰り返すジルクニフの精神を掻き乱す。
ジルクニフは頭を振り、今度こそ思考を落ち着かせて状況を整理することにした。
時は10数分ほど遡る。
ジルクニフは数名の秘書官と共に日々の執務をこなしていた。
部屋の隅ではレイナースが槍を片手に立っている。
今は、つい先日破壊された尖塔についてその修繕やその他諸々を処理していた。
そんな折、庭の方が騒がしくなっていることにジルクニフは気付いた。
次の瞬間、ジルクニフの見ていた窓の方ではなくその横の壁が崩壊した。
ジルクニフはせめて窓にしてくれと半ば諦めの境地でその光景を眺めていた。
それはともかく、壁を破壊した闖入者は上半身裸で要所を髪の毛で隠しているだけの青白い顔をした美女であり痴女だった。
痴女は軽々と人を抱えているようだった。ジルクニフの位置からでは顔の判別は付かないが、おそらく女であるとジルクニフは判断した。
「クレマンティーヌ!?」
いち早く、その痴女が抱えている人物を知っていたレイナースが叫ぶ。
当のクレマンティーヌはぐったりしていて動かない。しかし、よく見ればかすかに動きはあるので生きてはいるようだった。
突然の侵入者に部屋に詰めていた秘書官たちがざわめくなか、破壊された壁から
「フハハハ!くらえ
人質どころか、執務室内の者達も関係なかった。
咄嗟にレイナースがジルクニフを抱え部屋を飛び出した。
その直後に爆発音でも響くかと思いきや、そんな様子もなく痴女が
レイナースを始め、難を逃れた秘書官たちも目の前の光景は何かの間違いだと思いたかった。
帝国の最高戦力であるフールーダの魔法をいとも簡単に無効化してしまうなど悪夢に他ならない。
レイナースは自らより強いクレマンティーヌが捕まっている時点で彼女を救出するのは難しいと思ってはいたが、この時点で奪還は不可能であると確信した。
他に何かこの状況を打開できるものはないかとあたりを見回すが、フールーダでダメならどうしようもない。
そう思った瞬間、レイナースは黒い何かに自らが取り込まれていた。
その黒いものがなんだったのか判別する間もなくレイナースは意識を手放した。
傍から見ていた者たちはレイナースが黒い蝙蝠の群れに一瞬にして集られ包みこまれるのを為す術もなく見ていた。唯一幸いなのはレイナースのすぐそばにいたジルクニフが敵の手に落ちなかったことだろうか。
しかし、四騎士最大の攻撃力を誇るレイナースが痴女の手に落ちたことは戦力の低下に他ならない。
レイナースも意識を失っており、現状では痴女が最初から連れていた女一人に加えレイナースが人質になったに等しい。
そこへバジウッドとナザミが兵士を連れ執務室前に駆け付けた。
「陛下!ご無事ですかい!?」
「あぁ…俺は問題ない」
バジウッドとジルクニフのやり取りに、奇しくも二人はつい最近もこんなやり取りをしたなぁ等とふと思ってしまっていた。
「我々は陛下を連れこの場を脱出する!総員奮闘せよ!」
ナザミの号令に兵士たちが痴女に殺到する。
それと同時にジルクニフはバジウッドとナザミに促され執務室を脱出した。
ジルクニフは状況の整理を終え、深いため息をついた。
状況の整理をしたところで改善されるわけではない。
むしろ足を止めた分、悪くなったともいえるが、あの痴女がジルクニフを追ってくる気配はない。
それどころか、先ほどまでと比べ静かになっていた。
不思議に思ったジルクニフが様子を見てくるように命令しようとしたその時、ジルクニフ達が脱出した執務室から兵士が一人飛び出してきて、ジルクニフの前に跪いた。
「敵は撤退いたしました」
「そうか、それでレイナースはどうした」
「残念ながら連れ去られてしまいました…」
「……被害状況は?」
「人的被害はレイナース様お一人。フールーダ様は軽傷を負ったものの無事です。執務室はしばらく使いものにならないかと…」
「……そうか、レイナースの捜索を最優先し、執務室は先の尖塔と並行して修繕を進めよ」
ジルクニフは人目も憚らず頭を掻き毟りたい衝動に駆られた。
実際に掻き毟ることはなかったが……
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王都リ・エスティーゼ
ダンテには初めて来た場所では必ず確認する事項がある。
その確認のため街の中央部に向かった。
確認すべき事、それはストロベリーサンデーの有無である。
しかし、現実は非情だった。
「やっぱりナザリック以外じゃ食えないのか……?」
ダンテは愕然としていた。
いっそのこと、プレイヤーがいたと思われる法国に行こうかという考えが頭をよぎった。
しかし、法国には関わらないというナザリックとしての方針に逆らうつもりは今のところ無いので断念せざるを得ない。
きっと法国にもないのだと、自分に言い聞かせながらダンテは深い溜息をついて、歩き始めた。
セバスたちが拠点としていた屋敷を出てからしばらくし、そろそろ夜になろうかという時間。
街の中央部では1日の仕事を終え、一杯引っ掛けて帰ろうという人が酒場に集まり始めていた。
流石に王城に入るわけにもいかないと思い、手ごろな時計塔に登る。
ダンテは時計塔の最上部に上がった。
ざっとあたりを見回し、広さはそれなりの城下街だと感じた。
「まぁ、悪くない……」
ダンテに街の良し悪しは分からないが、雰囲気は嫌いではない。
とはいえ、帝都ほど栄えているわけでも活気があるわけでもない。
道は帝都程整備されているわけでもない。店の品ぞろえは昼間の店を見ていないのでわからないが、店の規模からしても帝都に敵わないだろう。
しかし、その光景は人のささやかな営みを感じさせるものだった。
昼間であればまた違った姿を見せてくれるのだろう。
帝都と比べれば何もかもが見劣りする王都ではあるが、城下の正門から王城までを貫く大通りだけはきっちり整備されており、その王城は王都の広い範囲を城壁で囲っている。
街並みに比べるとかなり立派な城だった。
これが噂に聞く王国腐敗の象徴なのだろうとダンテは思った。
ダンテは「はぁ…」とため息をつき、すっと両腕を伸ばすとガシっと上空からの落下物を掴み取った。
「……なんで降ってきてんだよ」
掴み取ったクレマンティーヌとレイナースを見遣る。
しかし、彼女達は気絶しており反応がなかった。
ダンテは時計塔の屋根の上に二人をそっとおろすと、空を見上げた。
「もう少し丁寧に扱ってやれよ。ネヴァン」
「仕方ないじゃない、重かったのよ」
フワリとダンテの目の前に降りてきたネヴァンは疲れたような笑顔を見せ、ギターの形を取るとダンテの手に納まった。
ダンテの言いつけどおりにネヴァンは二人を運んできたのだった。
「まぁいい、助かる」
ダンテはネヴァンをリベリオンと交差させるように背負い、クレマンティーヌとレイナースを両脇に抱え、時計塔を飛び降りた。
最初はブレインと合流しようと考えていたが、思ったより早くネヴァンがクレマンティーヌとレイナースを連れて来たので適当な宿でも取って休むことにした。
(ブレインとの合流は明日でいいだろう)
流石に気絶した女二人を抱えてブレインに合流するのは労力はともかく、あまりにも外聞が悪すぎる。
ダンテは自分がいかに目立つ格好をしているかをようやく理解し始めていた。
◆
深夜、クレマンティーヌは宿屋のベッドで目を覚ました。
全く見覚えのない部屋、あたりを見回せばレイナースとダンテが眠っているのが確認できた。
シンプルな部屋にベッドが4つ置いてある。
おそらくは宿屋の4人部屋なのだろうとクレマンティーヌは考えた。
見知った顔が近くにあることに安堵を覚えながらも、何故二人がここにいるのか、そもそも何故自分が宿屋で寝ていたのか、思うことは多々あれど、記憶の曖昧さと何か恐ろしいモノに襲われたような感覚がそれを塗りつぶしていく。
クレマンティーヌは思い出すことを諦めた。
「ていうか、レイちゃんは何でダンちゃんのベッドに入ってるのよ……」
レイナースのいつもの鎧は空いているベッドにまとめて置いてあり、槍は壁に立てかけられている。
少し、むっとしたクレマンティーヌは先程まで感じていた恐怖も半ば忘れ、自らの装備を外してダンテのベッドに潜り込んだ。
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ダンテは小声で話すクレマンティーヌとレイナースの声によって目を覚ました。
「おはようございます。ダンテ様」
「おはよ、ダンちゃん」
「なんでこっちのベッドにいるんだ…」
「申し訳ありません。昨日は恐ろしい出来事があったのですが、目を覚ましたらここにいて、何が何だかわからず……でも、ダンテ様のそばに居れば大丈夫だろうと思って……」
若干頬を染め、伏し目がちに理由を述べたレイナース。
対してクレマンティーヌは「なんとなく」とそっぽを向きながら答えた。
複数人で寝る用途ではない宿屋の広くもないベッドに3人も入っているのだ。普通には寝転がれない。
クレマンティーヌとレイナースは半ばダンテにのしかかるようにしてベッドに入っている。
「ところでダンちゃん。あたし達は何で王都に居るのかわかる?」
宿屋の窓から見える王城《ロ・レンテ城》を指しながら、ダンテに問いかけた。
ダンテはクレマンティーヌと同じく視線をこちらに寄こすレイナースを見て、ネヴァンが二人に何も話していないことを直感的に察した。
「………知らね、王都を歩いてたらお前らが降ってきたから運んだだけだしな」
当然のようにシラを切ったダンテにクレマンティーヌは「そっか」と納得したようだった。
そもそもなぜ王都にダンテがいるのかという疑問も当然のように湧いてくるのだが、ダンテだからと思い至りどうでもよくなった。
「ところで、もうかなり昼を過ぎていますが、昼食でもとりませんか?」
「さんせーい。あたしもうお腹ぺこぺこ」
◆
残念ながらダンテは昼食にありつくことはできなかった。
店に入ろうとしたところでアインズから
王都での情報収集終了に伴いセバスたちが挨拶回りに外出している間、八本指に留守番していたツアレが攫われたという。
アインズが開いた
その入り口の前にはアインズが一人で立っており、二人は挨拶もそこそこに玉座の間へ向かった。
玉座の間では既に、アルベド、デミウルゴスに加えコキュートスが待ちかまえていたのだった。
「で?なにかあるのか?」
「ダンテ様にも我らがナザリックの動きを把握しておいて頂たいと思いまして、今しばらくお時間をください」
デミウルゴスは咳払いを一つすると、ダンテに向き直り今夜王都を舞台に行う予定の作戦を説明した。
作戦の概要、目的や実行プランの説明が進むとみるみる機嫌が悪くなっていくダンテに対しデミウルゴスは冷や汗を流しながらなんとかすべてを話した。
作戦名、ゲヘナ。
王都の暗部で蠢く八本指を取り込みつつ、王都の人とモノを奪い取る。
かつ、その罪は八本指に被せようという内容である。
第1段階、八本指拠点襲撃および構成員の拉致。また、セバスによるツアレの救出。
第2段階、ゲヘナの炎の展開を合図に王都住民および物資の略奪。これは聖王国で同様のことを行う際の実験も兼ねているという。
この第2段階ではマジックアイテムを用いて悪魔を大量に召喚するという。
ダンテはもはや機嫌が悪いどころか殺気を振りまいていた。
守護者達はダンテの殺気に思わず警戒した。
アルベドはアインズの横へ移動し、デミウルゴスは表向きの変化こそないが素早くダンテとアインズの間に割り込めるように準備していた。
そして、ギチギチと顎を鳴らし警戒音を響かせるコキュートスは既に4本の腕にそれぞれ武器を携えていた。
ダンテはそれを全く気にもせず、アインズに向き直り問いかけた。
「…………アインズ、これはアンタが考えたことか?」
「そうだ、我々で考えたことだ」
「………そうか?」
(実際は「流石アインズ様」、「流石アインズ様」で引くに引けなくなっただけだろう……)
アインズの答えによってダンテが納得したわけではない。
ダンテはぶっちゃけ八本指がどうなろうが関係ないと思っている。
王都の物資についてはまだ、目を瞑ることはできそうではある。
しかし、アインズが引けなくなっただけにしろ、人を攫うというのは看過できそうになかった。
アインズが完全に関係ない人々を拉致することに納得しているとは思っていない。というより、信じたくなかった。
前から人の死に対し自分以上に無頓着になっている様子は見受けられてはいたが、和を重んじたアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターモモンガを信じたいのだった。
「デミウルゴス、俺はこれを聞かされてどうしろって言うんだ?」
「……現状ダンテ様に特別な役割はありません。どうか流れに逆らわず、召喚される低位悪魔の討伐にのみ注力してください」
「作戦内容をお伝えした。そのことをご留意くださいませ」
デミウルゴスとアルベドが慇懃に頭を下げる。
ダンテは内心で舌打ちをした。
NPC達は「邪魔するな」とダンテに釘を刺す為だけに呼び出したのだと遅まきながら理解した。
流石に身内に行動を縛られるとは思っていなかったダンテはどうやってこの人攫いを阻止するか考え始めた。
「できれば静観しておいて頂けるのが一番なのですがね…」
「パーティーに参加するなとかつれないこと言うなよ。まぁ、一冒険者としてせいぜい稼がせてもらうことにするぜ」
「………」
「あぁ、そういえばツアレに俺の魔力を込めた弾丸を持たせといたからセバスにでも伝えて活用してくれ」
ダンテはヒラヒラと手を振りながら背を向けた。
「ダンテ、どこへ行くんだ?」
「食堂。昼飯食う前にここに連れてこられちまったからな」
アインズの問いにダンテは苦笑しながら答え、振り返ることなく玉座の間を後にした。
ダンテがいなくなることで玉座の間の空気が軽くなった。
デミウルゴスは「ふぅ…」と一つ息を吐きアインズに向き直る。
「アインズ様。これでダンテ様はおそらく人質の救出に傾倒することになると思われます」
「そうだろうな」
「いくらダンテ様であってもお一人で救出できる人数には限りがございます。そこで当初より拉致する人間をまとめておく集積所の数を増やし小分けにして搬送します。ですが、こちらも拉致の担当はシャルティアのみです。魔力量的に不安が生じますのでナザリックに残る者達からの魔力提供の許可を頂きたく思います」
「いいだろう。ニグレドおよびペストーニャを除き適任の者をデミウルゴスが選任せよ」
「かしこまりました」
デミウルゴスが優雅に礼を取る。
それを見届けたアインズは転移で自室へ引き上げた。
「しかし、ダンテ様は不思議な方ですね」
「どういうことかしら?デミウルゴス?」
「ダンテ様は私と同じ
「そうね、ナザリックの為になるとても良い作戦のはずなのだけれど…」
ナザリックの誇る知者二人が不思議そうに話す中、ずっと黙っていたコキュートスが口を開いた。
「至高ノ御方々ト同等ノ存在トモナレバ、我ラトハ違ウ思考ヲシテモ不思議ハナイノデハ?」
「あぁ、確かにその通りだねコキュートス。やはりダンテ様も我々には考えもつかない視点があるのだろう」
「我々モヨリ一層、研鑽ニ励マネバナ…」
「とは言え、至高の御方々には及ばないようだけれど?」
アルベドは何時もの微笑みではなく、ニィっと笑った。
アルベドはこの作戦でダンテの離叛を誘発しようと目論んでいた。
ダンテが自発的にナザリックを裏切ればこの世界における現時点の最大脅威となる。
そうなればアインズもダンテを討伐することを止めることはないだろう。
であれば、大々的に討伐隊を組む事も可能だと考えた。
「知略デハソウカモシレナイガ、ダンテ様ハたっち・みー様ニ迫ル武ヲオ持チダ」
「そうね、ダンテ様は単独で完結できる戦力としてナザリックには無かった力をお持ちよ。でも、それだけに万が一ナザリックを裏切るようなことがあればどれだけの被害を被るか計り知れないわ」
「つまりアルベドは対ダンテ様の作戦を今のうちに立案しておくべきだと考えているのかい?」
「不敬デハナイカ?」
「不敬と言われても仕方ないわ、でも守護者統括として最悪の事態にも備えておくべきだと考えるわ」
「それは確かに…以前のようにアルベドがダンテ様への嫉妬…いや、失礼。感情に任せた発言なら取り合う気は無かったけど、そういうことなら一考するべきなのかも知れないね」
アルベドとデミウルゴスはコキュートスの戦力評価を確認しながら、大々的にダンテ用の戦術を模索し始めた。
◆
その頃アインズは自室の執務机に向かい頭を抱えていた。
「あぁ…ダンテさん怒ってるよなぁ…」
先ほどのダンテの殺気を思い出して、どうにか穏便にことを進められないか頭を働かせていた。
とはいえ、ナザリックが抱える問題の多くを解消できるこの作戦はなんとしても成功させたい。
最大の目的は八本指を支配下に置くことで王国におけるナザリックのシモベ達の力を使わない情報網の構築ではあるが、物資や実験材料の略奪も重要である。
「でも、なんで俺はダンテさんが怒るって思い至らなかったんだ?」
アインズはダンテがこんなに怒るなんて思ってもいなかったのだ。
ダンテが無実の人間の拉致を容認するはずがないというのは知っていたというのにだ。
アインズは自らはどう考えていたかを思い返した。
(人間がどうなろうとも関係ないと思っていた)
心の中で反芻した後に、アインズはハッとした。
よくよく考えれば、ついこの間まで人間として生きていた者の思考ではない。
リアルにいた頃、鈴木悟は決して義侠心あふれる男ではなかったし、正義のために命を張るような男でもなかった。
しかし、ニュースで殺人だ、誘拐だなどと聞けば被害者のことを可哀想だと思う程度には一般的な感性を持っていた。
良くも悪くも、他人事だと思いながらも多少は心を痛める一般人だったはずなのだ。
何か出来る力があればまた違ったかもしれない。しかし、鈴木悟に力はなく、故にそれはあくまで『もし』の話でしかない。
では今、アインズはどうだろう。
姿こそアンデッドではあるが、この世界において絶大な力がある。
その力で以って、エ・ランテルの危機を救ったことはある。
しかし、それはあくまで自らの名声の為、その騒動の際に死んだ人間のことについては全く考えたことはなかった。
リアルにいた頃より身近で起きていることにも関わらず、アインズの心に動きはなかった。
(やはり、アンデッドの身体に心が引っ張られているようだ……)
そう結論付けたアインズだった。
対してダンテは人の心を保ち続けているように思う。
実際は、確実にダンテの身体に引っ張られてはいるのだが、アインズはもちろんダンテ本人も気付いてはいない。
少なくとも人間社会で暮らしていくには問題ないのだから気付く必要性すらないのだ。
アインズはこの世界へ転移した直後に考えた、心が壊れてしまう可能性が現実のものになりつつあることに気が付いた。
しかし、アンデッドであるアインズは人間としての心が壊れたところで何か不都合があるのだろうかと考えてしまっていた。
アインズはその発想自体が転移直後の自分とは一線を画す発想であることに気付かなかった。
夜、帝都酒場にて
兵士1「最近陛下、あれだな?」
兵士2「なんだよそれ」
兵士1「情緒不安定っていうの?頭を抱えるようにしてさ。勢いからすれば掻き毟ると思ったけど、毛先をちょいちょいと弄るだけなんだよwwww」
兵士2「…やめとけ」
兵士1「は?なんて?…やっぱ陛下もご自分のあたm」
兵士2「はい!おわり!おわり!この話はおわり!!」
同時刻、王都宿屋
宿屋「あの赤い男、気絶した女二人連れ込んだ……事案か?通報したほうがいいのか?」
たくさんの閲覧、お気に入り、感想、誤字脱字修正ありがとうございます。
また次回、お時間ありましたらお付き合いください。