被害に遭われてしまった方々にお見舞い申し上げます。
また、一日も早い復建をお祈りいたします。
──ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガキンッ!!
襲撃者の戦鎌とアラストルがぶつかり合う音が幾度となく響き渡る。
ダンテは最初に受けた一撃で襲撃者の大体の力を掴んだ。
攻撃を
「あははははは!!ただ打ち合うだけがこんなに楽しいなんて知らなかった!」
襲撃者が狂ったように笑い声を上げ、次第に攻撃が苛烈になっていく中でダンテは周囲を確認していた。
今のところ人的被害はない。
既にアルシェたち含め、住民たちは相当遠くまで退避しているようだった。
一方で、道の石畳や民家の壁にはかなりの破壊の跡ができてしまっている。
(俺に責任はない……はず。通報されて兵士とかが来る前にこの場から離れる。完璧だ)
ダンテはそんなことを考えながら、襲撃者の攻撃を冷静に見極め、迎撃するのではなく回避するようにシフトしていった。
単純に襲撃者の攻撃に慣れた結果である。
(この世界の奴にしてはかなりの高レベル。本気かどうかはわからねぇが、力だけなら90~100レベル。その他を加味しても80レベル後半くらいはありそうだ──が……)
すいすい攻撃を避けながらアインズにどう報告するか思考する。
既にアラストルは手に持ってすらおらず、背負っていた。
「こ、のっ!!当たれ!!!」
先ほどまで楽しそうに戦鎌を振るっていた襲撃者も、その表情に怒りが滲んできている。
そのせいで、ダンテにとってはさらに避けやすい攻撃となり果てていた。
本来ユグドラシルでは、タイマンにおいて80後半のレベルがあれば80レベルのプレイヤーなど圧倒できる。
80レベル分の力しか発揮できないダンテは圧倒されてもおかしくはないのだが、襲撃者にそれができないその理由は──
(完全に経験不足だな)
レベルにものを言わせる戦闘しかしてこなかったことが見て取れる。
周辺国家最強と呼ばれるガゼフ・ストロノーフがおよそ30レベル。逸脱者フールーダでも40レベルくらい。
それを鑑みればこの襲撃者は突出しているといえる。相手がいないのも仕方のないことだろう。
逆にダンテはこの80レベルの力で100レベルプレイヤーと渡り合ってきている。
最強職といわれるワールド・チャンピオンも含めて膨大な経験を積んでいるのだ。
それどころか逆に勝利を収めることすらあった。
襲撃者とダンテでは戦士としての経験が段違いであった。
「そろそろ満足したか?」
ダンテは両手を広げて襲撃者に語り掛ける。
「まだよ……」
「せっかちなうえにしつこいのかよ……」
はぁ……とあからさまにため息を吐く。
「貴方、名前は?」
「……ダンテ」
「私は絶死絶命。ダンテ……貴方が勝ったら、貴方の子種を貰ってあげる」
「あ~、お嬢ちゃん?気持ちは嬉しいが10年いや、15年は早ぇ……」
「何を期待してるかなんとなく想像は付くけど、無理よ?私、貴方よりかなり年上だから」
「背伸びをしたいお年頃か?それならもう少し現実味のある嘘にした方が騙しやすいぞ?」
「少なくとも、10年15年じゃ変わらないわよ。それくらい年を重ねてるのよ」
「……マジかよ(これが本物のロリババア……?)」
目を見開いて感慨深げに呟くダンテに対し絶死絶命と名乗った女は戦鎌を向け、一息で肉薄してきた。
「そこまでにしてもらおうか!」
突如かけられた声に絶死絶命は鎌を振り上げた態勢で忌々しそうに、ダンテは面倒くさそうに声の主を見遣る。
そこには白い
「ちっ……なんでアンタがここにいるのかしら?」
「わざわざ君にその説明が必要かい?絶死絶命」
「ストーカー野郎が……」
「非道い言いようだね、君がおとなしく法国に引き篭もっていてくれれば顔を合わせることもなかったのに……」
「むしろアンタがいなければ私は自由なんだけど?」
「流石に君のような危険な存在を放置はできないよ。それに僕がいなくとも君の役目は変わらないだろう?」
「……ちっ」
鎧の男と絶死絶命の言葉のやり取りがヒートアップしていく。
完全に蚊帳の外に放り出されたダンテはしばらくは二人のやり取りを眺めていたが、言葉の応酬は終わる気配もなく、放置されてどうでもよくなってきたので帰ろうと踵を返した。
「ちょっと待ってくれないかい?」
それに気づいた鎧の男がダンテを制止する。
挙げ句の果てに帰ろうとすれば止められる。
──ダァン!!
煩い鎧の男にエボニーを抜き放つ。
「な、何をするんだ!」
「散々放置しておいて好き勝手言いやがって……無視されるのは趣味じゃねぇんだ、そっちで勝手にじゃれ合ってろよ」
銃弾を辛うじて避けた鎧の男の抗議の声にダンテは冷たく言い放つ。
ダンテは若干腹を立てていた。
急に現れたと思ったら、喧嘩相手を取り上げられ放置される。
怒って当然といえば当然ではある。
ダンテは平たく言って拗ねていた。
とはいえいくら拗ねていたとしても、普段であればいきなり発砲するほどのことではない。
しかし、ダンテはこの鎧の男に対して何となく気に入らないと感じていた。
言葉の端々から滲み出る己こそが世界の管理者であるかのような態度。
自分のすることが正義であると疑いもせず、当然のように他人にもそれを求める。
事と次第によっては力による排除も行うのだろう。
絶死絶命に対する態度は正にそれだ。
戦えば周辺なのか自身になのかは分からないが少なからず被害が出るから戦わないだけなのだろうとダンテは感じた。
結局
ダンテは都合のいい正義を否定はしない。
しかし、その押し付けだけは賛同できない。
「正義というものは相対的なものでしかない」とはよく言われることである。
立場が違えば正義と悪など簡単に入れ替わる。
例えば竜王国とビーストマンの国などはわかりやすいだろう。
彼らは随分長いこと争っているという。
人々から伝え聞くには、竜王国がビーストマンに侵略されているらしい。
そんな竜王国からすればビーストマンたちなど、自分たちを侵略し食い殺す悪鬼だろう。
『悪鬼から自国民を守る』とても分かりやすい正義である。
一方でビーストマンからすればそれは日々の糧を得るための手段の一つでしかないのかもしれない。
あるいは、食料難になってしまったため、仕方なく竜王国に侵攻している可能性だってある。
種の存続のために仕方なくともなれば、ビーストマンにとってそれは正義だろう。
それどころか、ただ狩りやすい獲物の住処が近場にあるという理由であれば、それは自然の摂理ですらある。
また、スレイン法国の人間至上主義も人間にとっては正義だろう。
だからといってそれを押し付け、村々を焼き払って回った法国をダンテは許容できない。
そしてなにより法国はナザリックの在り方を許容しないだろう。
ダンテ個人の場合に於いても、アルシェの家、つまりフルト家に巣くっていた悪魔を退治したことをとってみても、人間側から見ればダンテに正義がある。しかし一方で悪魔側からすれば、別の見解もある。
故にダンテは自らが正義とは言わない。気に食わないからという理由のみで自分のやりたいことを自分の信念に従って行うのみなのだ。
放置されている間、聞いていればこの鎧の男は自らの思う正義のために絶死絶命を監視し、力によって行動の制限を行っているらしい。
いきなり斬りかかってくるサイコパス女なのでダンテからすればその対応は納得がいく。
表に出してはいけない類だと思う。
しかしそれはダンテから見た絶死絶命であり、彼女の事情を何も知らないので一概には言えないのだ。
「すまない、君を無視していたわけじゃないんだ。君には聞きたいことがあるんだ。待ってくれ」
「………」
「僕はツァインドルクス=ヴァイシオン。長い名だ、ツアーと呼んでくれて構わない」
ツァインドルクス=ヴァイシオン。彼はアーグランド評議国永久評議員の
今ダンテの目の前にある鎧はツアー自身が着込んでいるモノではなく、遠隔操作しているだけのがらんどうである。
永久評議員などという立場やその他の理由もあり、巨大な
また、ツアーは十三英雄の一人として旅をしたことがある。
経験も力も兼ね備えた彼は現在において最強の竜王であるといわれている。
「それで、君の名は何と言うんだい?」
ダンテはツアーの言葉にため息をつくと、先の戦闘で被害を受けた家屋の割れた窓に置いてあった小さな鉢植えを手に取って鎧の男に渡した。
「こいつに喋ってろ」
「………これは、馬鹿にされてるのかな?」
「ブフッ、アハハハハハハ!!」
掌に乗った鉢植えを見つめていたツアーがぽつりと呟くと、黙ってこちらを見ていた絶死絶命が腹を抱えて笑い出す。
「頭
ダンテはフンッと鼻で笑うとコンコンコンとツアーが被っているヘルムをノックした。
絶死絶命はダンテの行動の意味が分からず、首をかしげている。
しかし、ツアーにとってそれは打ち明けた者以外には今まで知られたこともなかったので驚いていた。
もちろん誰かにバレたということもなかった。それは仲間であった十三英雄も例外ではない。
「アンタと話すことなんかないってさ!!」
絶死絶命がゲラゲラと笑いながらツアーを指差す。
「き、君はぷれいやーなのか!?」
「あ?」
苦し紛れのようにツアーから発せられた言葉にダンテは思わず反応した。
ここまでの何を以ってツアーがそう思ったのかダンテには理解できなかった。
幸い立ち去ろうと背を向けていたこともあって、己がそのプレイヤーであることは気付かれてはいないようだった。
「絶死絶命と戦えるその力、ぷれいやーなのかい?それとも従属神なのかい?」
「プレイヤー?じゅうぞくしん……?何の話だ?」
プレイヤーという言葉に一瞬身構えたダンテだったがその後に続いた従属神という聞き覚えのない単語に首を傾げた。
結果、不幸中の幸いというべきか、素で分からないというような仕草となり誤魔化す必要がなくなった。
「違うのかい?」
「よくわかんねぇが、仮に俺がプレイヤーやじゅうぞくしん?ってやつだとしたら何だって言うんだ?」
「見極めさせてもらう」
そうはっきりと言い切ったツアーにダンテはうんざりした顔を見せた。
見極める。一口にそうは言っても実際にどうするものなのか、全く想像もつかない。
ダンテはエボニーを再度ツアーに向けた。
「どうしようってんだ?ヤリあうか?」
「いや、そのつもりはないよ。今回は挨拶だけ──のつもりだったんだが、君がそんなに戦闘意欲旺盛なのはまずいね」
「だったらその鎧はやめるんだなっ!」
ダンテはツアーの眼前まで一瞬で距離を詰め、屈みこんだ態勢から一気に飛び上がるようなアッパーカットを見舞った。
完全な八つ当たりではあるが、ツアーの鎧姿はDMC4のアンジェロ系の敵を彷彿とさせる。
しかも、先に延々と述べた独りよがりの正義を押し付ける教団をも思い出させるその言動はダンテの怒りを買っていた。
打ち上げたツアーと一緒にダンテも飛び上がりその場で体を回転、ツアーを巻き込むようにして幾度も蹴りを叩きこんでいく。
蹴りの勢いに弾き飛ばされたツアーを追うように急降下飛び蹴りを放ちツアー毎地面に着地。
ツアーを踏みつけ押さえ込みながらエボニー&アイボリーを足元に向け連射する。
トドメとばかりに地に這い蹲るツアーを蹴り上げる。
派手に錐揉みしながら吹き飛んでいくツアーを眺めるダンテは余りの手応えの無さに違和感を覚えていた。
絶死絶命の警戒具合から彼女以上の力があると思っていたダンテは肩透かしをくらったような気になった。
(弱すぎる……俺が舐められてたか、何か制約があるのか…)
思っていた程の強者としては手応えは無かったが、やはり絶死絶命同様にこの世界の中では逸脱した強さである。
ツアーの事もアインズに報告をしておく必要があるなと、目を離していたツアーに再び目を向けると歪んだ鎧をギシギシと軋ませながら立ち上がろうとしている姿があった。
ダンテはかなり強めのコンボを叩き込んだつもりだったので思わず目を見開いた。
「へぇ、思ってたよりタフなんだな?」
「そ、その力は……」
「はっきり言っておく。俺はお前が気に食わない。いいか、二度と俺の前に姿を見せるな。見せやがったら次は本当にバラバラにしてやるからな」
ツアーはそう言い放つダンテの赤く光った目を見て、一瞬禍々しい全身鎧の様な姿を幻視した。
「まぁ、本体をヤらねぇと意味なんかねぇだろうがな……」
ダンテは「あぁ、メンドくせえ」と頭を掻きながら先程までの雰囲気を霧散させて今度こそ、その場を離れていった。
「………」
ツアーは目の前から去っていく彼についてずいぶん前から感知していた。
名前こそ直接聞くことはできなかったが、絶死絶命とのやり取りで名乗っていたのを盗み聞いてはいたのでダンテという名は把握している。
最初にダンテの力を感じたのはいつだっただろうか……
王国の領内で感知した。禍々しい、それこそつい先ほどダンテが放ったあの気配に酷似していた。
思わず反応して塒の壁を自らの尾で一部破壊してしまったほどだ。それほど危険な気配を感じた。
すぐさま警戒の対象として監視することを決めた。
時を同じくして法国が慌ただしくなっていたのを覚えている。
そのころから絶死絶命程ではないが、警戒の対象としていた漆黒聖典第一席次の存在を感知できなくなっていた。
何かあったのだろうと推測はできるが、それがダンテと関りがあるかどうかまではわからなかった。
故に、いままで王国領内は調査の対象外としていたが、白金鎧を派遣し調査することにした。
次に彼を感知したのはカッツェ平野だった。
いくらか規模は小さいかったが、間違いなく彼だと確信した。
鎧を派遣して現地を見たときには驚いたのを覚えている。
晴れないはずの霧が晴れていた。というのはちょっと違うのだが霧がなかったのだ。
その部分だけ何かで切り取られたように霧が存在しなかった。
大きな力で霧を吹き飛ばせば似たような状態の再現をすることはできるだろう。
しかし、その力を感知してからここに来るまでにかなりの時間が経過している。
再びあたりに霧が充満するには十分すぎるほどの時間が経過していることは確実である。
にも拘らず、霧は晴れていた。
どのような力が働けばこのようなことが起きるのか、答えは足元にあった。
地面がガラス化していた。しかも未だに熱を持っており蒸気を上げていた。
であれば周りの霧も消えそうなものであるが、なぜかガラス状になっている部分以外に熱が拡散されていないようだった。
物理の法則すらねじ曲がっているように感じる。
──危険だ。
少なくとも放置しておいていい類の力の持ち主ではないと思った。
早急にコンタクトを取るべきだと確信した。
「しかし、何がいけなかったのだろうか……」
初対面にしてずいぶんと嫌われてしまった。
どうするべきだったのかはわからない。
友好的に接していたつもりだし、言葉遣いだっていつも通りではあるが、これで誰かを不快にした経験は今のところない。
半ば途方に暮れながら自身が各地へ放って分散させている力に思いを馳せ、また友人に頼みごとをする必要もありそうだと未だ交友のある一人の女性を思い浮かべた。
ふと我に返ると絶死絶命はいつの間にか姿を消しており、その場にただ一人取り残されたツアーは絶死絶命以上にダンテを警戒、監視することを心に決めた。
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『ダンテさんがそこまで言う強者ですか』
アインズはダンテからの連絡に興味深そうに頷いた。
『一人は法国の絶死絶命とかいうロリババア』
『ろ、ロリババア?なんていうかペロロンチーノさんがいたら喜びそうですね』
『かもな、んでもう一人がなんか白い
正式名を覚えていなかったダンテは本人がそう呼べと言っていた名称を伝えた。
『……とにかく長そうな名前だったんですね。で?ダンテさんから見てその二人はどのくらいのレベルがありそうだったんですか?』
『どっちも80以上100未満ってところじゃないかと思う。ツアーの本体はもしかしたらそれ以上かもな』
『そんなにですか……って、本体?』
聞き捨てならないダンテの言葉に思わずアインズは声を荒げた。
『本体ってどういうことですか?』
『あー、なんか鎧を操ってるっぽかった。……多分な』
それはダンテの直感ではあるが、本人は確信している。
ダンテにもその結論に至った判断材料はあったのだろうが、それを論理的に説明することができない。
正確には言葉として伝えることはできる。しかし、それは間違いなく相手に伝わらない。
ダンテの思考回路は、一般のそれではない。
普通の人の思考は紙に線を引くようなものであると例えるなら、ダンテのそれは点描なのだ。
飛び飛びの思考が結果的に線になっている。
普通の人には繋がるはずのないと思われてしまう点と点すら繋げてしまう。ある意味天才的思考である。
論理的に物事を考えるアインズとは対極的とも言える。
むしろ論理的思考を行うものからすればダンテの判断は間違いであるといわれてしまうことの方が多い。
『だとすれば、そのツアーというものは現時点でこの世界で最強の存在でしょうね』
しかし、アインズはダンテの判断を間違いのないものであると認識した。
ある意味でアインズはダンテの戦力評価をコキュートスのそれより信頼している。
『本体がどんなヤツなのか想像もつかないけどな』
『ある意味で警戒のしようがないですね。警戒態勢としては現状維持ですね』
『来るとしたらコッチだから気にしなくていいぞ』
『そういうわけにはいかないですよ。ダンテさんもくれぐれも気をつけてください』
『それより、帝国のワーカーがナザリックの調査に出向くようだが、何か知ってるか?』
『一体それをどこで?』
『知り合いのワーカーだな。エ・ランテル近辺の未発見の遺跡調査の依頼が入ったってな……で?ナザリックに入れるのか?』
『………』
『へぇ、もう外へでるのか?』
『………』
『まぁ、好きにしろよ。今ナザリックを好きに出来るのはお前だけだ。やってほしいことがあれば連絡しな』
『あぁ、覚えておきますよ』
なんともいえない空気のまま
ダンテはひとつため息を吐くと、事務所の扉を開いた。
「──ダンテ、無事だった!」
「言ったじゃない、ダンテなら大丈夫よって」
ダンテが事務所に入るとアルシェとイミーナがこちらをみて声を上げた。
アルシェは露骨に安堵した表情を浮かべ、イミーナは言葉とは裏腹に嬉しそうな表情を浮かべている。
クーデリカとウレイリカはソファーで肩を寄せ合って眠っているようだった。
「それで?結局なんだったの?」
「さぁな」
イミーナの問いにダンテは素っ気なく答えた。
実際問題、絶死絶命が何故襲ってきたのかは不明なのだ。
「──で、誰なの?」
「法国の絶死絶命っていうらしい」
ダンテの言葉と同時に事務所の扉が開いた。
誰かと思ってダンテが振り返れば、そこにいたのはクレマンティーヌだった。
「ダンちゃん、いまなんて?」
「あ?」
「今、誰の名前言ったの?」
「絶死絶命のことか?」
クレマンティーヌの必死の顔に圧されるように絶死絶命の名を告げる。
「聞いてよクレマンティーヌ、その絶死?なんとやらが街中でいきなり襲い掛かってきたのよ」
「えっ、ダンちゃん無事なの」
「今お前の目の前にいる俺はなんなんだよ……」
イミーナの襲われた発言を聞いて、ダンテの体中をぺたぺた触りながら慌てるクレマンティーヌ。
ダンテは思わずため息を吐いた。
一方でクレマンティーヌは本気で心配していた。
ダンテがとりあえず無事なのは目の前にいるのでわかる。
それでも絶死絶命、またの名を漆黒聖典の番外席次。その強さを知るクレマンティーヌはダンテが負傷していると思い、その身体を確認せずにはいられなかった。
ダンテと行動を共にするようになってから、ダンテが負傷したところなど見たこともないし、そんな姿を想像もできないのは確かではあるが、それと同時に絶死絶命に襲われて無傷でいるなどということも想像できないのだ。
クレマンティーヌの中で絶死絶命とは最強、最悪の存在。
法国において最強で不敗の存在。
彼女に太刀打ちできる存在などいないと考えているほどだった。
それはたとえダンテが相手だったとしても絶死絶命の勝ちは間違いないと思う程に……
ダンテがクレマンティーヌを振り払って、いつもの定位置に座る。
「無事、なんだよね?」
「お前は俺の母親か……」
「──レイナースと二人がかりで養われてるダンテは文句言えないと思う」
「………」
アルシェからの思わぬ口撃に押し黙るダンテ。
「いい?ダンちゃんよく聞いて?」
ダンテと机を挟んだ状態で手をつき身を乗り出して顔を近づけるクレマンティーヌに「あぁ…」と頷く。
「アンチクショウは人外領域すら超越した漆黒聖典最強の化け物。六大神の血を引くとされる先祖返りなの。
周辺諸国最強なんて言われているガゼフ・ストロノーフとは格が違うのよ。
漆黒聖典の連中のほとんどはガゼフ・ストロノーフなんかより強いけど、その漆黒聖典が束になってかかっても勝てない。そんな化け物。いくらダンちゃんが強いって言っても勝てるわけがないの!」
「「………」」
一息にまくしたてるクレマンティーヌに話を聞いているのか聞いていないのかわからないダンテ。それに話のほとんどの内容がスレイン法国の機密であり、いまいち真意を掴めないアルシェとイミーナ。
状況こそ違えど、三者はポカーンとした表情をしていた。
「──えっ!?」
それでも話を少しずつ飲み込んだアルシェは驚いた声を上げた。
「──ちょ、ちょっと待ってほしい。漆黒聖典って何者なの? ガゼフ・ストロノーフより強い?」
「あ……」
アルシェの問いにクレマンティーヌはようやく自分が国の機密をベラベラと喋りまくっていたことに気付いた。
「アンタたち!死にたくなかったら外で今の話を絶対喋らないこと!いい!?」
ガゼフより強いのが殺しに来るかもしれないから、とクレマンティーヌが脅せば二人は壊れた人形のようにうなずいた。
クレマンティーヌの言葉は特に法国に対しての義理ではなく、純粋に二人を心配しての念押しだった。
昔のクレマンティーヌを知る人物が今の彼女を見れば、心の底から心配するに違いないだろう。
クレマンティーヌはふぅと一息つくと、話の分からなかった二人に対しても説明するように話始めた。
「法国には六色聖典っていう6つの神官長直轄の特殊工作部隊があって、漆黒聖典はその中でも戦闘に特化した部隊。
くどいようだけど、普通の人たちは六色聖典って名称すら知らないはずだから。絶対漏らさないでよ?
……漆黒聖典は大体12人前後の人員で構成されていて、第1席次から第12席次というように強さによってランク付けされているのよ。
中でも第1席次は六大神の血を引く神人と呼ばれる存在で漆黒聖典の中でも群を抜いて強いの。それこそ第2席次以下の隊員が束になってかかっても勝てないほどに……
そんな戦闘集団の漆黒聖典の中で番外席次なんて言われて別格として扱われているのが絶死絶命よ」
「──つまり、第1席次と番外席次は神の子ってこと?」
「法国ではそういう扱いになってるわ。もっとも同じく神人の第1席次はダンちゃんが倒しちゃったみたいだけど……」
「──クレマンティーヌ、詳しいね」
アルシェは法国に特殊部隊が存在するらしいことは掴んでいた。しかし、それはあくまで噂のレベルであり名称はおろか、その存在すら眉唾であると考えていた。
それを随分と早口で語るクレマンティーヌに一つの疑惑が浮かんでしまうのは自明の理といえる。
「そりゃ、これでも元漆黒聖典第9席次だもん」
「──えっ?」
「は?」
一気に信憑性の増した話に二人は黙り込んでしまった。
二人の頭の中では得た情報を統合した結果が浮かんでいた。
まず、自分たちフォーサイトが束になってかかっても善戦できても勝てないクレマンティーヌ。
そのクレマンティーヌを含めた漆黒聖典のほとんどがガゼフ・ストロノーフより強いという。
これに関して真偽のほどは定かではないが……
それはさておき、漆黒聖典の第1席次より下位のメンバーは束になっても第1席次には勝てない。
さらに、第1席次含めた全員でかかっても番外席次には勝てない。
その番外席次と戦って無事でいるダンテ。帰ってきた時の様子から命からがら逃げ帰ってきたということはないだろう。
引き分けもしくは勝ったと推測される。
つまり
フォーサイト < (越えられない壁) < 漆黒聖典(第1席次以下全員) < 番外席次 ≦ ダンテ
の不等式が成り立つ。
二人はふと思い出した。
そんなダンテが「死にたくないなら辞めときな」などという未発見の遺跡。
ダンテが何を知っていてそう言ったのかはわからない。
それはダンテがその遺跡に臨んでも危ないという意味なのか、フォーサイトの力を客観的に見たうえで危ないと言っているのか不明ではあるが、二人は何が何でも今回の仕事は断ることに決めた。
たとえ金払いがよくても命には代えられない。
アルシェからすれば幼い妹たちを残して死ぬなどもっての外である。
ヘッケランやロバーデイクが何と言おうとも、殴ってでも、縛ってでも諦めさせることを心に決めた。
たくさんのお気に入り、感想、評価。本当にありがとうございます。
また、誤字脱字の報告もありがとうございます。
また次回もお付き合いいただければ幸いです。