ある日のラビットハウス。
チノは無表情でコーヒーを注いでいた。香ばしい湯気が立ち上る。ココアはその様子をカウンターの椅子にだらしなく腰掛け、嘲るような顔で眺めていた。
不意にココアが身を乗り出し、チノの手を思い切り殴る。パリン、とけたたましい音を立ててカップが床に落ち、カップの破片とコーヒーが飛び散る。カウンターの周り、床にはアスファルトに溜まった泥水の如く、コーヒーの水溜まりができ、カップの破片が大量に落ちている。
ココアは一瞬哀れむような顔をチノに向けたが、すぐに元の嘲るような顔に戻った。足を組み、カウンターに肘を載せる。
チノは、床に散らばったそれらを気にするそぶりも無く、別のカップを取り出し、またコーヒーを注ぐ。サイフォンは既にボロボロになっていた。
「チノちゃんは世界に何を求めるかな?」
ココアがいたずらっぽい笑顔でチノに訊いた。チノは答えず、コーヒーを淹れ続けた。
窓枠は絶えずガタガタと鳴る。その窓の先には重苦しい鉛色の空があった。かつて、柔らかい光と淡い色彩に彩られていたこの世界は、今や大きく変貌していた。
ラビットハウスにはココアとチノしか居なかった。いつもはチノの頭に乗っているティッピーも居ない。
「ハハハハッ!!」
ココアは突然大笑いしだした。カウンターを拳で叩く。隣の椅子を足で蹴飛ばす。蹴飛ばした椅子はテーブルに激突して床に転がった。
「ハハハハハ…フハハハッ…!!!」
ココアはなおも笑っている。腹を抱えて、ゲラゲラと。ついには椅子から落ちて、肩の辺りにコーヒーが付いたが、ココアが気づいている様子はない。チノはひたすら出来上がったコーヒーを注いでいた。
「ねえ、チノちゃん、私、『神』になろうと思うんだ」
チノは一瞬弾かれたように目線を上げたが、すぐにコポコポと鳴るサイフォンに目線を戻した。
ココアはチノの顔にビンタを張った。床にカップの破片とコーヒーがぶち撒かれる。コーヒーはまるで黒光りするコールタールのように、床をゆっくりと覆っていった。
チノは痛がる様子もなく、コーヒーを淹れ続ける。その足下は黒々としたコーヒーで汚れていた。しかしチノはそれを気にする様子は全くなかった。
「『わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。』」
ココアが言う間にも、チノは麻袋に入っているコーヒー豆をミルに補充する。いっそう風が強くなり、窓枠のガタガタという不規則な音もより大きくなっていた。