『異世界迷宮の最深部を目指そう』の二次SSです。短いです。

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web版最終章のネタバレが含まれます。未読の方はご注意を。
ティアラ視点です。










 〝新暦五年〟
 最後の『冒険』で、フーズヤーズ城への帰り道での何でもない話。


レヴァン式倒置法

 

「――ソビエト式倒置法……?」

「ああ。そういうのが、学校で一時期流行ってたんだ」

 

 師匠が突飛なことを言い出すのはいつものことだが、それは普段と比べても際立っていた。

 表情とスキル『読書』から〝ソビエト〟というのが国の名前なのはわかったが、そこからの言葉の繋がりが不明過ぎる。

 

 もしや、これも陽滝姉の策略かと思ってちらりと視線を向けようとしたが――

 

「……あの、兄さん。何なんですか? それ」

「……あれ、陽滝は知らないのか? ほら、「ソビエトロシアでは、火が呪術使いを噴く!」みたいなやつ」

「……知りません。初めて聞きました」

「え、ええ……?」

 

 ――表情を盗み見るまでもなく、陽滝姉は本心からの困惑を露わにしていた。

 なんと、()()陽滝姉が、だ。

 何についても完璧な訳ではないというのはわかっていたが、それでも師匠についてのことで知らないことがあったというのは非常に意外だった。

 私は反射的に〝予想外の事態に慣れていたティアラ・フーズヤーズは、驚愕を表情に出すことはなかった〟という一文を頭の中に記して、いつも通りの演技を保つ。

 

 とはいえ、この程度の動揺では陽滝姉にとって大した隙にはなっていないだろう。いまも淀みなく渦巻き続ける『糸』がその証拠だ。

 だから私は、師匠の感性についていくためにも、まずは『ソビエト式倒置法』とやらを理解するのを優先することにして、丁寧にスキル『読書』で読み取っていく。

 ……後から考えると、この頃の私の気の緩みが現れた、甘い判断の一つだったのだが。

 

 まず、〝ソビエト〟に続けて追加された〝ロシア〟というのも国名だろう。〝ソビエト〟はここでは体制名に近い働きをしているように思える。態々国名に繋げて使われるということは、〝新たに勃興した理想主義的な政治思想ソビエトは世界規模で広まり、遂にはロシア国の政権奪取という形で結実した〟といった辺りだろうか。そして、その理想主義的な政治思想はおそらく、〝当初の理想を達成するまでには至らなかった。単なる結果だけでなく、その政治体制自体の拡がりも含めて〟。そして、文法を敢えて稚拙に崩した特徴的な文章は、おそらく〝言葉遊び〟の類だ。

 

 つまり、〝既存の政治体制と反発し合っていたソビエトを揶揄する形で、既存体制側の国で生まれた言葉遊びの一つ。それが『ソビエト式倒置法』〟なのだろう――と、私は『読書』で推測した。

 

 そして、師匠自身の説明が、私の推測を裏付けてくれる。

 

「……わかった、それじゃあ説明する。といっても、僕もそんなに詳しくないんだけど……要は、主語と目的語を無理矢理入れ替えるんだ」

「……はあ。つまり、言葉遊びですか? 政治風刺の」

「ああ。確か、ヤコブ・スミルノフって人が作ったって聞いたと思った」

 

 師匠が断言したので、つまり誰かしらからの伝聞であるとわかる。

 

 そしてそれは、異世界に陽滝姉の裏を掻いて師匠に情報を渡せた人物がいたということでもある。それも、あれだけ陽滝姉の手が入った師匠に、だ。

 それがどうでもいい内容であっても、偶然であっても、可能だとわかったのは大きな収穫だと思った。

 

 私は『陽滝姉に隠れて師匠に情報を渡す』という発想(アイデア)を頭の中に記しながら、会話の続きに参加していく。

 ――それは、私にとっての『理想』に近い会話だった。

 

「……ああ、では、こういうことですか。「ソビエトロシアでは、お嫁さんがティアラになる」、と?」

「だ、だから……! 陽滝、そういうのはやめろって……!」

「ひひひっ。私も一つできたよー。「ソビエトロシアでは、結婚相手が妹になる」!」

「ティ、ティアラまで……!? だから、何度も言ってるだろ! 僕と陽滝は兄妹だ……!」

「ふふふっ。では、こんなのはどうでしょう? ――「ソビエトロシアでは、召喚が『始祖』様される」、なんて」

「おー、いいねっ。さっすが陽滝姉。……あっ、じゃあこんなのはどう? ――「ソビエトロシアでは、『救世主』様が『異邦人』になる」!」

「……ああもう、ほんと仲良いよな、お前ら……!」

 

 陽滝姉と一緒に師匠を弄り、時には軽く『呪い』の押し付け合いを混じえる。

 そんな、求めていた全てが結実したかのような何気ない会話が、私はとても楽しくて――

 

 慌てたシス姉が問題(トラブル)を引き連れて駆け戻ってくるまでのしばらくの間、私たちは焚き火を囲みながら、この『ソビエト式倒置法』を使って他愛のない会話で笑いあっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 〝新暦千十三年〟

 『作りもの』の二人の間にあったかもしれない会話。

 

「レヴァンフーズヤーズでは、魔法が聖人ティアラを創る!」

「急にどうしたんだ? ……なんか、聞き覚えのある響きだけど」

「『レヴァン式倒置法』っていう言葉遊び。なんか、聖人ティアラが遺したらしいよ?」

「聖人ティアラ、何やってるんだ……」

 

 

 




 カナミの通っていた高校に「ロシア的倒置法」が滅茶苦茶ツボにはまった同級生がいて、そいつが学内で頑張って布教して流行らせた二次設定です。想いの強さが無駄に理を超える。
 妹のことで余裕のなかったカナミさんは「ソビエト式倒置法」と間違えて覚えていました。


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