Fate/Dainsleif 作:英雄ならできたぞ?
それは、一人のつまらぬ男の人生だった。
魔術師の家系に生まれた五代目、という微妙な経歴を持った男は、言われるがままに、流されたように魔術師の総本山である時計塔に来た。全ての属性が扱えるアベレージ・ワンという稀有な存在だったが、本人はただ役立つ肩書きとしか思っておらず、怠惰に過ごしていた。
本気を出すなどバカらしいと、本気で思っていた。
魔術の研鑽はしていたが、周りに比べれば著しく熱意はなく、魔術への思いも魔術使いと同じ便利道具としか思っていない。
家に帰る、という名目で時計塔から出て、適当にその後を過ごした。途中から魔術師による犯罪結社に誘われ、断らずに組織へ入った。
組織に入った、と言っても何か主だってやることなど特にない。せいぜい、薬を捌いたりなど下っ端の仕事ばかりをしていた。
その男自身、そういった小悪党がしょうに合っていた。これでいい。変わらず誰かの下について、適当に生きていければそれでいいと。
ある日、男の直属の上司が素晴らしい技術と言って見せびらかしていた。男も少しは気になり、上司から特別に見せてもらうことにした。
それは、 二人の人だった。いや、人ではなく人型。中身は違う。魔術師のような者ではなく、英雄のような高潔なものではない。
彼らを表すならば天に煌めく星。もしくは約束された殺戮者。男は彼らにそういった印象を受けた。
上司はいった。この存在はどんな英霊さえも塵殺しに出来る究極の存在だと。神に等しき存在だと。
故に、これらに与えられた名は神話に連ねられた者の名。
マルス。
ウラヌス。
彼らは強かった。恐ろしく。適当な街を選び、殺戮の限りを尽くした。表だって大規模な災害として世界から認識された、たった一度の出来事で、世界は彼らを強敵とみなした。
テロリストとして屠ろうとした。教会から魔術師や代行者を呼び殺そうとした。空爆で消そうとした。
だが、全てが失敗した。誰も、何も、彼らにかなわず。人々は暴虐を受け入れ続ける日が続いた。
そして都合、19回目の殲滅戦が失敗し撤退戦に切り替わった後、『世界』はようやく、重たい腰を上げた。
『世界』による英霊召喚。英霊ではなく、呼ばれたのは守護者だったが、彼らが呼んだ存在は未来の英霊。星の化身。そして彼らと同じ力を振るう者。
「そこまでだ」
たった一言、発するだけで戦場から動きはなくなり、マルスとウラヌスは停止し、声を発した人物を見た。
その男は勲章の付いた黒い軍服を着て、二刀を手に、五本の刀を腰にぶら下げていた。
黄金の髪と強い意志が感じられる眼光。
「それ以上の虐殺は見過ごせん。ようやく重たい腰をあげてもらったのだ。今度こそ、確実に貴様らを仕留めよう」
手に持つ二刀か黄金の光、死の光を纏う。直視し続ければ目が光に潰れてしまうような輝きを放ち、英雄は悪を見据える。
悲劇は終わった。残るは無力な人々と、虐殺を行う悪の化身。故に彼は立ち上がる。正義を掲げ、英雄は涙を明日の希望へ変えるべく、雄々しく己を貫き通す。
「———行くぞ、勝つのは〝俺〟だ」
英雄譚が幕開けた。
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荒れ果てた古巣を男は歩く。足元は死の光によって焼かれた死体か積み重なっている。正義の光に断罪されたのだ。
英雄による戦闘は正しく英雄譚そのものだった。華々しくマルスとウラヌスを切り裂き、攻撃は全て躱す。一方的な蹂躙劇。
悪は全て、英雄によって断罪された。一人残らず。
男もまた然り。
「ククク・・・クハハハハ・・・!」
一人、屍と瓦礫の上に立つ男は目元に手を置き、心底可笑しそうに笑う。音すらない静寂の空間に、男の笑い声だけか響き渡る。
「嗚呼・・・素晴らしいぞォ我が麗しの
英雄は何度も死にそうになっていた。何度も赤い光で塵殺されそうになっていた。だがその度に、英雄は覚醒し、さらなる力を引き出した。
「アアそうだ。お前こそが俺の、俺だけの
可笑しさを含んだ笑いから、狂気の孕んだ笑い声で変化する。狂ったように笑う男は、破壊された神の名を冠した人形へ近づき、その心臓を抉りとる。出てきたのは球体のもの。男は更にそれを握りつぶし、中から破片が出てくると、それをしっかりと握り、より一層、声を高めた。
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バッ!とアヴェンジャーは飛び起きる。嫌な夢を見ていたようで、額についている汗をタオルで拭き取る。
「クソ・・・なんて悪夢だ」
見ていた夢はサーヴァントとマスターの間で時折行われる過去の記憶の共有。今まで全く見てこなかったから気にしていなかったが、見てしまえば最悪だった。
アヴェンジャーは乱雑にタオルをベッドに投げると、備え付けの水をコップに入れて飲み干す。それでも足りないのか、もう一杯。口から溢れてしまうが、気にせずに飲み干す。
「チッ、最悪の気分だ」
誰が狂人の邪竜戦記など見たがるか。始まりからして狂っているではないか。
なんだ、あの完全無敵の英雄は?見ているだけで吐き気がする。あんなものは人として間違っている。
「あんなものに焦がれる奴も奴だ・・・」
鋼の英雄に盲目を焼かれた男。人が変わったかのように、いや、変生し狂いに狂った欲望竜。
本気を愛して愛してやまない。努力を死ぬまで続ける。そしてその果てに、英雄を滅ぼすのだと豪語する男。光へ辿り着き、やがてはその存在を喰らい尽くす。
歪だ。そっちも人として間違っている。
「あんなものに縁召喚されるとはな・・・」
全くもって腹立たしい。だが完璧には否定出来ない。かつてとある男の完璧な『音』を聞き、魅入られてしまったから。そしてその男に認められようと努力し、その果てに挫折し自らを・・・。
「だとしても、やるべき事は変わらん」
この聖杯大戦で、願うならばかの天才を殺す。そして自らを証明する。自分がアントニオ・サリエリなのか、『灰色の男』なのか。
「嗚呼・・・必ず殺してやるとも。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトォォ・・・!!」
復讐の炎は燃える。感情が高まるだけ、より高く激しく。
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身体が動かされる感じがする。懐かしく、馴染んだ感覚。瞼を開き、脳に映像情報を届ければ、そこには見知った神父がいた。手にはいくつかの機材。どうやら、また俺の身体を弄っているらしい。
「ようやく目覚めましたか。二日も眠っていたんですよ?流石に今回ばかりはさしもの邪竜も死ぬかと思っていたのですが、どうやら無事だったようですね」
「の、ようだな。嗚呼、やはり本気は素晴らしい。今回も殺せはしなかったが、生き延びることが出来た。それで、俺はどうなった?」
上体を起こそうとして失敗する。シロウが無理矢理に止めにかかった。抗おうとしたが力が入らず、無抵抗にまた手術台に体を委ねる。
「両手両足の骨は84%が粉砕されました。肋骨は全て折れて肺に突き刺さっていました。右腕と左足の神経は数時間前まではズタズタに引き裂かれていましたが、なんとか修復を完了。後は・・・」
普通なら少しは気が沈んでもいいのだが、どこか嬉しそうに語り出すシロウ。普通ならば狂気を抱いていると思われるが、シロウの放つ優しい雰囲気が恐怖を減縮する。
「心臓はもうダメですね。やはり、これ以上は貴方の本気に耐えきれない。ただでさえ超高速戦闘で半壊して、さらにその上から
不思議と、驚くことは無い。それどころかもうちょっとやってくれても良かっただろうとさらに鞭打とうとさえ思う。
「そうかい。なら、なんで俺は
「ええ。とびっきりの修理を。何かご不満でも?」
「いいや、結構結構。俺はお前のそのなりふり構わなさが、一番本気を感じさせてくれる目のだと思ってるんだ。ああ、構わねぇよ。で、何を使った?」
「都合よく見つけたホムンクルスの心臓。それも他のホムンクルスとは違い、貴方の全力戦闘、そして
「クハッ!英雄様達の合作、邪竜の心臓ってかァ。イイねぇ中々にいい響きだ。気に入ったよ」
英雄が滅ぼす邪竜の核を、滅ぼすはずの英雄が作り上げたのだ。なんと面白く愉快なことか。滅ぶ寸前の邪竜を救ったのは、他の英雄なのだから。
「心臓が馴染むまで、もう少し時間がかかります。大分回復していますが、私が許可を出すまで安静に。もし破るのでしたら・・・」
「分かってるよ。テメェが本気で俺を止めようとしたら、最悪の手を使ってでも止めに来るんだろ?しばらくは安静にしておいてやるよ」
そう言って不貞腐れたように両腕を頭の後ろに回し、簡易的な枕とする。その様子を見て、しばらくは大丈夫だと判断したシロウは立ち上がり、部屋から出ていく。
「そうかァ・・・二日かァ・・・。ならそろそろだな」
ファヴニルが頭に中で思い描くは未だに姿を見せず、ルーマニアを殺し回る『黒』のアサシン。現代のジャック・ザ・リッパーと恐れられるそのサーヴァントの真名はその通り、『
恐らくは『黒』はそろそろ『黒』のアサシンの討伐、もしくは引き入れに動き出すだろう。あちらはただでさえサーヴァントが一騎少ない上に、前回の戦闘でかなりの痛手をファヴニルが負わせたのだ。
地形の再形成でユグドレミレニア城にも何らかの綻びが出て、そちらの対処にも追われているはず。
『黒』のランサーと『黒』のセイバーが動くことは有り得ない。『黒』のキャスターは防壁強化などで引っ張りだこ。動けるのは『黒』のライダーと『黒』のアーチャー、そして『黒』のバーサーカー。
面倒だ。どちらかに偏りがあれば、そちらを数で攻め落とすことも出来たが、半分づつに分けられるとそこが微妙になる。
『赤』からは誰が出るのだろうか。凡庸的なアーチャーか?最も英雄らしいライダーか?それとも神さえも殺し得るランサーか?
嗚呼、ダメだ。考えたら止まらない。いくら止められようが邪竜の性は消えない。魔剣の性分は無くならない。
英雄の血肉が欲しい。その血を全身で浴びて肉をこの身体に納めたい。暗殺者だろうが立派な英雄。ファヴニルが滅ぼすべき存在。ファヴニルは英雄ならば贔屓はしない。例えそれが子供だろうが、女だろうが、戦いに向かない王だろうが、英雄として民から呼ばれ、英雄として名を残し、英雄として世界に刻まれたのならば、それはもうファヴニルの獲物でしかない。
「ああ・・・そうだなぁ。俺は動けねぇが、ちょっかい位なら出したって文句はねぇよなァ・・・」
ファヴニルの頭の中に浮かぶ数多の計画。己がルーマニアに持ち込んだ戦力を脳内で計算する。計算し終えれば己の使い魔を呼び、魔力を込めさせて指定の場所へ飛ばす。あとは自動でどうにかしてくれる。自分はベットの上で高みの見物にでも決め込もう。
「頑張ってくれよ、英雄様」
自分が自ら首を突っ込まないのは趣味ではないが、仕方がないと割り切って、ファヴニルはその頬を邪悪に歪めた。