この鎮守府の提督はいろいろ規格外でした。 作:ペペロンチーノ伯爵
深創の指先や前髪の毛先から滴り落ちる血を見ながら文輝は恐れる事無く一歩、二歩と近寄る。
「深創、そこで転がってる奴らをどう思う?」
「……こいつらは正しい事をした、それに結果が伴っただけだ」
「…一体何がお前をそうしちまったんだ?」
過去について問う文輝の目を見ながら深創は冷淡に答えた。
「それを話して誰が幸せになる?決して楽しい話じゃない。むしろ不幸な話だ、俺の過去はどうだっていい。現在(いま)を見ろ」
「……だがー」
「この件について議論はしない。それが互いの為だ、分かったか?」
「…分かった、もう何も言うまい」
「すまないな…。不知火、時雨を離してやれ」
「はい、分かりました」
不知火の拘束から解放された時雨は死体を踏み分けて一直線に血濡れた深創に飛び付こうとした。
「待て」
「っ……!」
「おお…」
待て、と発した瞬間に時雨は深創との距離を1メートルほど空けてぴたりと止まった。
「今は汚れる、文輝。後で話がある…とりあえず今日は帰らせてくれ」
「了解だ。提督の件は任せな。全部俺がやっておく」
「すまない、助かるよ」
時雨を連れて大本営の方に向かって行く深創を見送り、散らかる死体の山を呆然と眺めていると、横から加賀に突かれる。
「加賀……あいつは狂っているのだろうか?」
「いえ、あれは正常よ。彼は正気を保ってる、彼にとってこれは日常、常識の範囲内なのよ」
「不知火はあの時雨さんが気になります。普通なら引いてもおかしくない状態で深創さんを一直線に求めたのですから」
ズタンッー!
刹那、深創と時雨が向かったはずの大本営の外庭から一発の銃声が響いた。
「ッ!!」
「行きましょう!!」
「今度はなんだ…!」
無駄に長い上り坂階段を駆け上がり、外庭中心を見渡すと、そこには時雨を庇うように抱きしめている深創の姿が見えた。
どうやら丁度時雨の額の部分、左脇腹を撃たれたようだ。
「深創!!」
「司令官、ダメです!」
二人の前で一発装填の小さな銃を構えている男には見覚えがある、艦娘の買春で投獄されたはずの罪人『逢沢・研人』だ、なぜ奴がここに?あの銃はなんだ、よく見えないが。
「提督!大丈夫!?血が……!」
「ふ……フハハ!狙い通りでは無かったがやったぞ!次は時雨!お前ー」
「デリンジャーか」
「ッ…!?」
デリンジャー、かつてのリンカーン元大統領を暗殺した事で有名な携帯銃の事。
銃口は広く対象を一撃で仕留めるには十分な威力を持っている暗殺に最適な代物だが、深創は呻き声一つ上げず逢沢に背を向けたまま小さく呟いた。
この騒動を聞き付けた憲兵隊が既に逢沢を取り囲んでいる。
「提督……大丈ー」
「すまない時雨……『我慢の限界』だ」
「え……?」
時雨から腕を離した深創の右眼には黒い外郭に覆われた禍々しい蒼炎が纏い、全身はドス黒い炎と黄金の残光を身に憑依させている。
その姿はこの場にいる全員に圧倒的な迫力と威圧感を感じさせて恐怖する。
「深創……お前…」
思わず声に出てしまった、艦娘達を長年指揮して勝利を掴んできた文輝はその見覚えがある深創の姿に驚きを隠せなかった。
書類や写真、艦娘の話でしか知らなかった『アレ』が目の前にいるのだ。
あまりにも非現実的な出来事に憲兵隊は動けず沈黙し、文輝も一言だけで固まってしまった。
「俺はお前に言ったはずだ逢沢……もう手遅れだ」
「っ……な、なんなんだ!お前は!」
「お前は『正しい』事をした、だがそれには『結果が伴う』」
そう言葉を放った一瞬、憲兵隊を含む全ての人間が気付いた時には既に深創は逢沢との距離を無くして右手で逢沢の喉元を鷲掴んでいた。
「………カ………」
「眠れ………」
喉元から手を離すと、喉仏から大量の血液が噴き出して深創の身体をより紅く深く染め上げ、逢沢は直立したまま白目を向いて絶命する。
だがそれと同時に憲兵隊の銃口は深創に向いていた。
「っ………」
「ッ!囲め!奴はスパイだ!」
「深海棲艦には男もいたのか!」
「あの目を見ろ!改フラグシップだ。今すぐ艦娘を要請しするんだ!」
「かい……フラグシップ?」
深創が理解出来ない言葉が飛び交う。
…………『男もいた』?『改フラグシップ』?一体何を言ってるんだ?この炎と関係があるのか?
「落ち着けお前ら」
「……元帥殿?」
憲兵隊の肩を叩いて銃を降ろさせ、出来る限り平静を装いながら口を開く。
「こいつは『適合者』だ」
「適合者……?」
「っ…!?実験が成功したのですか?」
「そうだ……すまないな、機密事項だったんだ」
「と、とんでもない!元帥殿が仰るなら信じます!」
「おう、悪いが他言無用で頼むぞ」
「は!!」
憲兵隊は銃を畳み、焔が消えて通常に戻った深創を通りすぎ、絶命した彫刻のような逢沢を引きずってどこかに消えていく。
その時、数人の憲兵はワザと深創の真横を通り『バケモノ』と一言吐き捨てながら歩いていった。
「……………」
「深創……大丈夫か?」
「文輝、お前が言う適合者というのはなんなんだ?」
「いきなりそれか…とりあえずここを離れよう、お前の服も洗わなきゃ……っ?」
言葉が途切れる。
文輝の視界に映っている灰色ベースの厚いトレンチコートは深淵のように深く暗い黒色のコートに変わっていた。
決して血が固まって色がこびり付いているわけでは無い、まるで初めから黒かったかのように自然で不気味な雰囲気を出しているコートから目を離すと更なる異変に気付く。
「お前……傷は?血は?」
「ん……ああ、そういえばいつの間にか治っていたな、血は…なんだ?」
明らかにおかしい、さっきまでベッタリと染め上がっていた深淵に付着した血液が見当たらない、むしろ清潔な見た目を維持している。
横っ腹に空いたはずの弾痕は消え去り、治ったというより再生(なお)ったようにしか見えない。
俺はこの現象を知っている、見たこともある、間違いない。
(……これが深海化による適合者か)
「……司令官?」
「っ……!すまん、大本営に戻ろう。いろいろ整理してから話さないとな」
「分かった、時雨。行くぞ」
「うん……提督、本当に大丈夫?」
「心配するな、俺は何ともない」
ここまでの騒動が起きても全くの動揺を見せず冷静沈着な深創の姿に時雨は頼もしさを感じながらも不安感を募らせていた。
「ここでいいだろう、座ってくれ。ここは俺の個人的な別室だからくつろいでくれな」
「すまない、時雨。ケガは無いか?」
部屋に着くなり後ろを振り返って自分の容態を確認する深創に僕は手を振って応答する。
「僕は大丈夫、何ともないよ」
「よかった……文輝、バスタブはあるか?」
「おうよ、突き当たりの部屋だ」
「ふむ、時雨。入ってこい」
「提督は?」
「俺は大丈夫だ、文輝と話があるからな」
時雨を風呂場に向かわせ、俺は文輝の前に座るが、彼らは不思議そうな視線を俺に向けていた。
「なんだ?」
「いや……ケガは無かったんだろ?」
「時雨の事か?そうだ、俺が看ても外傷は見当たらなかったからケガは無いはずだが…?」
「なら何故?」
「何がだ?何を聞きたいんだ不知火?」
「せめて入渠ドックでは?」
ダメだ、三人の言ってる事が全く理解出来ない、日本の文化はまだよく分からないな。
「あー……日本の常識はまだ良く定着していないから分からないが、アメリカ(こっち)では毎日風呂に入るんだが日本人は違うのか?」
「………なるほど理解した、お前はそのままでいてくれ」
「司令官、何か分かったのですか?不知火には何とも……」
「まぁ、あれだ。深創は無知って事だな!」
「いきなり悪口か……すまなかったな無知で」
「いや悪い意味じゃねぇよ、良い無知だ」
「……??」
「ともかくだ、本題に入ろうか」
無理やり話を切り替えてきたな、まあいい……。
文輝はソファから起き上がって向かいの机の引き出しからファイルを取り出し、自分で中身を確認してから深創に手渡す。
「……深海化計画だと?」
「そうだ、もう数年前に廃止された計画でな。簡単に言えば深海棲艦の血液なんかの体内分泌物を『人間』や『艦娘』に摂取させて能力の向上化、進化を目的とした実に愚かな実験計画だよ」
「………ふむ」
ファイルの中身を見漁ってみると気になる記述を見つけた。
〖深海棲艦の体内分泌物を摂取した者は全て精神崩壊で突然死するか『謎の黒い炎による自然発火』で死亡した〗
これは俺の身体を覆っていたあの炎の事だろうか。
「そこの精神崩壊という記述にある実験結果を見てみろ」
「……突然死するまでの数分間、受けた傷口は異常な速度で再生し、血液は他者の物と混ざれば身に付けている物を黒く変色させる事が確認されている。なんだこれは…?」
「それはお前の身に起きている事と酷似してる。お前自身に違和感みたいなのは無いのか?」
「違和感……?いや、身体の異変には気付いていた。だが不思議と違和感は無い、むしろこれが……あの黒炎が自然であるように身体が錯覚しているみたいだ」
「なるほど、もう一ついいか?お前はその身体をコントロール出来るのか?」
「コントロール……考えた事も無かったな、出来ない……いや出来るかもしれない」
俺は無意識に出現させていたあの禍々しい黒炎が右腕に纏わり付くあの感覚を頭の中でイメージする。
するとどうだろうか、右手の甲の皮膚から前触れなく黒炎が発生して瞬く間に右腕を覆い尽くす。
客観的に見れば高温であろうそれは深創の身体を傷付けず、ただ纏っているだけで右腕に触れるソファの生地を燃やすことはない、それどころか熱を感じないのだ。
「何もない……イメージ…か」
「ん?」
深創はいつも持ち歩いてる手帳から白紙のページを左手で千切り、右手で摘まんでみる。
無論、紙に火は移らず特殊な熱を持ったりもしていない、だがそこに意識を集中させて紙が黒炎に包まれて燃え盛る描写を深くイメージした。
その瞬間、手帳の紙は独特の焦げ臭さを放ちながら一瞬にして焼失する。
「今のはどうやったんだ?」
「イメージ、この炎は想像(イメージ)つまり『創造すること』で効果を発揮するんだ」
「イメージか……ふむ、何かデメリットはないか?」
「そうだな、特にない………っ」
(まさか……あれがデメリットか?)
深創はあの時イェソドに見せられた生態情報が入っているタブレットの画面を思い出す。
「どうした?思い当たる事でも?」
「いや……やはり無いな、デメリットは感じてない」
「そうか、ならいいが」
「……………」
(いえ……明らかにおかしいわね)
文輝の横で待機している加賀は深創の手元と自分の指先を見比べる。
深創の手は加賀や不知火の手と比べて一目瞭然に細いのだ、拒食症にでもならない限りあんなに細くはならない。
(でも窶れているようには見えないわ、彼が気付かない所で何かが失われている?)
「提督、上がったよ」
「ふむ、丁度いいな」
風呂から上がった時雨を見て深創はソファから腰を起こして立ち上がる。
「着替えを持ってきていてよかったよ」
「そうだな、俺の血で汚れた方の制服はどうする?勿体ないなら洗濯に出すが」
「こ……これは僕が自分で『保管』するよ、うん。提督は気にしなくていいから」
「そうか、なら任せた」
「うん……!」
面倒事をさせているのに時雨は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「んじゃお開きにするかな、とりあえずお前の提督入りは俺に任せて今日はさっさと帰りな」
「それじゃあ任せたぞ文輝」
「おうよ、それじゃあな!」
俺は文輝に礼を言って別れ、時雨を連れて待機室に足を向ける。
(バケモノ……ね、言われ慣れた言葉だがまさか本当になってしまうとはな…だがこの力を使いこなせればより多くを守れるようになる。人類を……そしてこの子達を…)
「提督?どうしたんだい?」
「いや、何でもない。さぁ帰ろう……今日はいろいろあったから疲れているだろう?少し早いがもう寝るんだ」
「また一緒に寝てくれる?」
「いや、俺はまだやるべき事がある」
「じゃあ僕も行く」
ああ、始まった……
「いや、これは俺のー」
「提督の負担は僕の負担だよ、一緒に……ね」
「……………」
「提督……お願いだよ、僕は提督が心配なんだ」
時雨は深創の服を握りしめ、一生懸命に引き寄せようとする、艦娘が持つ力を精一杯に使って引き寄せようと努力するが。
「時雨……」
「っ………」
自然と力が入らない、服を掴む拳にだけでそこから引き寄せる為の力が働かない。
それは何故か、深創の左手が時雨の頭に添えられているから。
時雨は深創に頭を撫でられるとそれから得られる安堵感によって脱力してしまうから、安心するから、頼もしいから、もっとこの余韻に浸っていたいからだ。
「いいか時雨?俺は大丈夫だ、お前が心配するような事じゃない。分かるな?」
「っ……………」
手のひらの下で首をコクリと縦に振る時雨に俺は優しく微笑み、少し強く撫でてやる。
「ありがとう、少しでも不安になったら呼んでくれ。分かったか?」
「既に少し不安だな」
「じゃあなるべく早く戻る、ちゃんと寝るんだぞ?」
「分かった……ねぇ提督」
時雨は背を向けて颯爽と部屋から出て行こうとした深創を呼び止め、不安げな表情で深創の顔を見上げる。
「僕を……捨てないでね?」
「もちろんだ、お前を一人にはしない。約束したろ?」
「うん…信じてる」
「それじゃあ行ってくる」
待機室を出て大本営の外に出る、スマホの画面に映る時刻は18時、外は暗くなっており街灯が全て点灯している。
大本営の裏手に回り、雑草が生い茂る整地されていない暗い林の奥に入ってゆく。
『仕事ついでに、自分がどこまで深海に堕ちているのか確かめようか』
むむむ、まだ不慣れで操作がままならないです。次回もお楽しみに!