この鎮守府の提督はいろいろ規格外でした。   作:ペペロンチーノ伯爵

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第十六話『決別、そして伝説』

「………………………………」

 

深創は目を覚ます、初めに見えたのは染み一つない綺麗な白の天井、一瞬で分かったここは医務室だ。

 

「っ…………時雨……雷……電…」

 

視線を左右に振ると、左側に時雨、右側には雷と電が俺が寝かされていたベッドに突っ伏して眠っていた。

そして自動的に起動した思考プロセッサーの左下に表示された日時を確認する。

 

「…………あれから丸一日眠っていたのか……流石だなアマンダ……」

 

背中を起こそうと動いたその時、まだ身体に麻酔が残っているのかぎこちなく動いた肘が時雨の頬に当たってしまった。

 

「んん……ぅん……?」

 

「…………起きたか時雨……?」

 

「ていとく……提督!!」

 

「ふにゅ………っ!?」

 

「な……なに?どうし……司令官!」

 

時雨の声で飛び起きた電は驚愕と安堵の表情を見せ、雷は飛び付いて来た。

 

「っと……俺は大丈夫だぞ雷」

 

「心配したのよ司令官!!ずっと目を覚まさなかったから……!!」

 

「大袈裟な……これは単なる麻酔だぞ?」

 

「それでもね、やっぱり丸一日起きないと心配にもなるさ」

 

「…………そうか……すまなかったな」

 

飛び付く雷を抱き抱えながら片手で時雨と今にも安堵で泣きそうな雷の頭をなでていると医務室の出入口が開け放たれた。

 

「っ……イェソド、霞……」

 

「あんた……やっと起きたのね、遅すぎるわよ……」

 

「案内ご苦労だった…………深創、起きてるなら丁度良い。悪いが俺と深創の二人にさせてくれないか?」

 

淡々と話すイェソドの言葉に反応した霞はイェソドの隣から離れて俺を守るように立ち塞がる。

だがイェソドはそんな彼女達を無視して霞の背後に隠れる深創に問い掛ける。

 

「面倒な……おい『グレイブス』、分かってるだろう?アマンダの説明をしておけ、今回ばかりは大仕事になるからな。また今度詳しく話そう。それじゃあな」

 

「…………アマンダ?」

 

「ああ……すまないなイェソド」

 

部屋を出ていくイェソドを見送った俺は半分臨戦体制の四人を鎮めて傍に来るように指示する。

 

「それで……そのアマンダって人があんたを眠らせたの?」

 

「鋭いな……アマンダは、かつてゴーストの一人だけの女性隊員だ」

 

「てことは……仲間だったの?」

 

「ああ……」

 

深創は落ち着き払った表情で懐かしく言い聞かせる。

彼女、アマンダ・グロースはゴーストに抜擢された名も無き少年兵の深創にグレイブス・フェニックス(不死の救世主)という名前を授けた教育係だ。

 

「司令官さんの名付け親……なのですか?」

 

ゴーストについて何も話していないのであまり理解できていないが電はそれだけは理解できた。

 

「そうだ、俺が持っている教養は全て彼女に学んだものだ。日本語も子供の頃アマンダに教えてもらった」

 

教育係のアマンダはグレイブスに付きっきりで、何をするにもグレイブスの隣にいたのだ、それは少年兵として産まれてしまったグレイブスを『元の世界』に返すためだったのだ。

彼に全てを教え、与えたアマンダは必死にグレイブスを実戦投入しようとするゴーストの上層部と戦ったがそれは叶わなかった。

グレイブスは天才だった、どんな過酷な任務でも無傷で帰還し、絶望的な戦局をその腕一つでひっくり返す。

そんな逸材をゴーストが手放すわけもなく、ズルズルと亡霊の世界を深く降りていくグレイブスをそれでも何とかしようと抵抗した末にアマンダはゴーストから強制除隊、記憶処理を受けて人類初の女性ネイビーシールズ隊員として活躍していたのだが。

 

「なぜ彼女が反軍権派に入っているのかは分からない……」

(そして、記憶処理を受けたにも関わらずなぜ俺を覚えてるのかも……)

 

「そうなんだ……」

 

「それで?彼女は……強いの?」

 

「……アマンダは俺たち戦闘員の中でも最強のスナイパーであり、最高の衛生兵だ」

 

アマンダの狙撃手としての腕はグレイブスを軽く凌駕し、仲間のサポート、特に『遠距離治療』に長けていた。

彼女の治療は全て自作のナノマシンを用いて行い、それを敵を殺すための弾丸にも仲間の命を助け、傷の治療にも使用する。

事前に自作したナノマシンの遺伝子結合剤を作戦に参加する仲間に予め打っておき、そうして銃に装填したナノマシンの注射針を味方に撃ち込むことで急速な治癒力を発揮するのだ。

 

「だが、それの意味するところ、遺伝子結合剤がない者に撃ち込めばナノマシンの中身は急速回復剤から激痛が伴う激毒薬に早変わりだ」

 

結合しない者の身体に撃ち込まれたナノマシンはまず神経に激しく干渉して激痛を与え、その後に血管を壊死させる致死性の高い劇薬として効力を生み出す。

深創を眠らせた麻酔薬もアマンダの自作であることは間違いないだろう、狙撃手とはいえアマンダが最も得意とする戦術は狙撃ではなく、長銃を手にしたままの『特殊近接戦闘術』である。

己の身体と同格かそれ以上の武器を持ったまま相手とゼロ距離で戦う業については群を抜いている。

 

(本気でやってみないと分からないが……果たして勝てるかどうか……)

 

「……で、これからどうするのよ?」

 

「そうだな……しばらくは黒羽鎮守府に集中しようと思う。ここも成長させないとな」

 

「てことはしばらくアンタの裏仕事は中止ってことね?」

 

「そうなるな、とりあえずは次の横須賀鎮守府との初演習に備えて訓練と装備開発、それと平行して資材を備蓄しなくては」

 

ベッドから起き上がり、雷の手を借りながら床に素足を置いて医務室の出入口に視線を向けたその時、いつぞやの頭痛が脳裏に響き渡り足元がフラりとおぼつかなくなる。

 

「ッ……!!」

(…………またか、クソ…)

 

「っ、大丈夫かい!? 」

 

「ああ…心配するな、一日も眠っていたんだ。全身の筋肉がまだ準備出来ていないだけだ…………すぐ動けー」

 

刹那。

 

 

 

『ぴっギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!?ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!?ァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!?ァァァァァァァァァァァァァア!?ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!?ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

「ッッ…………!?!?」

(なんなんだ……?頭が割れそうだ……!)

 

頭の中で戟鐵を上げる何者とも言えない異常な絶叫にこめかみを抑えながら深淵は膝をついて崩れ落ちた。

 

「ちょ、ちょっと……大丈夫なの!?」

 

「提督!」

 

「司令官!!」

 

「た、大変なのです!」

 

「クッ……一体なんだ…………?」

 

っ……収まってきた…………この頭痛と幻聴?以外には何も起きないことを祈ろう…………ふぅ……よし。

 

「…………さぁ……そうと決まればとりあえず執務室に戻ろうか」

 

「…………大丈夫なの?」

 

「ああ…これは一時的なもののようだ、それ以外になにか起きなければそれでいい」

 

頭痛と幻聴?は完全に消え去り、体勢を立て直した深創はくびを鳴らしながら心配してくれている四人に振り向く。

 

「一日中迷惑を掛けたな。遠征から帰ってきてからいきなり心配させてすまなかった。今日はゆっくり休んでくれ」

 

医務室のドアノブに手を掛け、廊下に出た深創は目を細めながら壁にもたれ掛かる。

何故だか視界がボヤけて瞼が重い、深夜月明かりの無い窓の外の景色が二重に見え始める。

 

「っ……………………」

(…………これは……本当の眠気か)

 

そう、深創はいま眠気を感じているのだ、沖縄であの深海悽艦に『覚醒』させられてから一睡もしていない深創だったが、アマンダの麻酔薬によって引き起こされた睡眠恒常性は深創に眠るように促している。

 

「…………すこし眠るか……」

 

執務室に戻った深創は執務机に着いて深く腰掛ける。

 

「……彼女達が執務室に来る前には起きるとしよう」

 

アマンダ……なぜお前が反軍権派にいる?何か理由があるのか?何かしっているのだろう……?だがこれだけはハッキリしている。

お前は俺の敵だ、次は…………殺す。

 

(最愛の家族、最愛なる戦友よ……お前は境界線を越えた…………亡霊は存在しない)

 

その想いは殺気や怒りではなく、弔いに近い感情だった。

 

 

六日後

~am06:29~

黒羽鎮守府

ー『執務室』ー

 

 

深創は今日の演習相手である横須賀鎮守府の司令官と互いの秘書艦を隣に面会していた。

 

「……という訳で、演習開始は正午丁度ということでいいか?」

 

「ええ、黒羽鎮守府様との演習……楽しみにしていますよ。特に朝潮が」

 

「朝潮……?確か今日の演習相手でもそんな名前の艦娘が……霞の?」

 

「はい、朝潮型のネームシップです。貴方の事を気にしていましたよ」

 

「俺の……?まあいい、それよりも。貴殿らの待機室は用意してある。そこで時間を潰してくれ」

 

「分かりました…………」

 

話を終えた俺はソファーから立ち上がって執務室を出ようとした時。

 

「あの、深創殿」

 

「……ん?」

 

「貴方はたった数日で提督になったと聞いています」

 

「…………それが?」

 

「……僕もこれでも立派な海軍、昨晩打ち合わせにお会いした時もそうですが。貴方の立ち振舞いを見ていれば分かります。貴方はただ者ではない」

 

「……………………それで?」

 

「貴方は軍人よりも軍人らしい、兵士よりも兵士だ、いや、それ以上の何かを感じるんです!教えてください、貴方は一体ー」

 

深創……いや『グレイブス』は首だけを動かして視線を背後の横須賀提督の『雅・修斗』に向ける。

 

「っ……!」

 

「俺の事は知らなくていい、今はこの演習に集中した方がいいと思うが…?」

 

「そ……そうですね」

(さっきまでは感じなかったのに、彼が振り向いた瞬間に異常なまでの覇気……いや、これは殺気にも似た何かが溢れだした……一体…)

 

執務室を出た深創は歩きながら少しのため息と後悔をしていた。

 

「……思わず気配を見せてしまった……次は気を付けなとな」

 

今回の演習は4対6の不利実戦演習である。

今思えば、この時から後の英雄詩に謳われる最強の黒羽鎮守府の片鱗が見えていたのだろう。

 

「さて……よく聞いてくれ皆」

 

待機室に戻った修斗は気合いを入れている六人に近寄り、声を掛ける。

 

「この有利戦、僕たちの勝利条件は黒羽鎮守府の艦隊全滅、敗北条件は旗艦大破にある」

 

「そうね、ですが提督。相手の編成は駆逐艦が四隻、何も空母と戦艦を入れる事はないかと」

 

加賀は榛名の顔を見ながら疑問を問いかける。

雅・修斗が率いる横須賀鎮守府の演習編成は

 

駆逐艦『旗艦・朝潮』『綾波』

空母『加賀』

戦艦『榛名』

軽巡『神通』『川内』

 

これを見て分かる通りこの戦力は常識的に考えて駆逐四隻の編成相手にぶつけるものじゃない。

どう考えても過剰戦力、オーバーキルになるのは目に見えていた。

 

「……確かに、普通ならやり過ぎても水雷戦隊だろう、でもね。僕は一度事前に秘書艦を交えて打ち合わせをしたのは知ってるよね?」

 

「はい、確かまだ榛名達を編成に加える前の話ですよね?神通さんを連れて打ち合わせにいって……」

 

「そのとうり、実はその時に。僕と神通は彼の底知れぬ実力を感じたんだ。そうだろう神通?」

 

「はい、圧倒的な実力差と恐怖を感じました。お隣にいた秘書艦の時雨さんはもちろん。特に恐ろしく感じたのは黒羽鎮守府の司令官です」

 

そもそも、初めは水雷戦隊どころか同じ駆逐艦四隻で平等に挑むつもりだったのだが、前日の打ち合わせ感じたそれを得てこの編成にしたのだ。

 

「もしもこれで圧倒的勝利、オーバーキルになったのなら僕は彼に精一杯の謝罪をするつもりなんだ。もちろん君たちの事は信頼している。今まで疑った事なんてない、君たちは強い……でも、でもね」

 

「…………はい」

 

「どうしても君たちがあの駆逐艦四隻に勝てる……あの提督殿に勝てるビジョンが浮かばないんだ。すまない」

 

そして時刻は正午、互いの艦隊は演習用の隔離海に出て旗艦同士の挨拶を済ませようとしていた。

 

「……横須賀鎮守府、演習艦隊旗艦の朝潮です。よろしくお願いします」

 

「黒羽鎮守府の演習艦隊旗艦、霞よ…やるからには全力で行くから覚悟しなさい?」

 

深創と修斗は港に並んで立ち、演習の様子を傍観する。

 

「深創さん……まず始めに、大人げない編成で貴方の艦隊と戦う必死さを謝ります」

 

「……別に構わない。その分のハンデはもらっているからな、旗艦大破がこちらの勝利というハンデを」

 

「…………ええ、そうです」

 

今日、深創は自分の艦隊にアドバイスは一つもしていない、この日に備えて訓練は抜かりなく、与えられる技術は与えたが今日彼女たちと話したのはいつも通りの体調管理の促しと他愛のない雑談だけだ。

深創はこの演習で己の艦娘を品定めする、彼女達一人々の実力を見定める。

 

「…………」

(その為には与えられた知恵と技術だけでどこまでやれるかをしっかりと見抜くことが大事だ……相手は戦艦と空母が交じった半主力艦隊、どうするお前ら。実力を見せてみろ霞)

 

「………………」

(深創さん、貴方はそこ静かで穏やかな気配の裏に何を隠しているのですか?私は知りたい、そして貴方から学びたいのです。軍人として、男として、そして何よりも。私の艦娘達を守るために)

 

この青年、雅には深創に固執する理由があった、それは己が強くなるため、そして……『艦娘を解放する為』だ。

旗艦同士の挨拶を終え、次は全艦娘同士の挨拶に移っている。

旗艦の朝潮は、遠征の時から気になっていた相手の司令官をじっと見つめていた。

 

「……あれが霞の司令官…確かにただならぬ何かを持っているように見えます」

 

朝潮が深創を観察し、集中している中、神通は一人気になっていた艦娘に声を掛ける。

神通が本能的に危険視している彼女は丁度綾波との挨拶を終えたところだった。

 

「あの……時雨さん?」

 

「ん……神通?挨拶してなかったっけ?」

 

「はい、昨日以来ですね」

 

神通が声を掛けたのは時雨だった。

 

「改めて今回の演習、よろしくお願いしますね?」

 

「うん、僕たちも全力で戦うから、よろしくね」

 

「はい……」

(あの提督に次いでこの子もかなり強い……練度云々ではなく。いえ、それよりも……)

 

その異様さに、異常に他の艦娘も気付いていた。

榛名は相手の四人を見ながら加賀の方に寄って口を開く。

 

「加賀さん……あの子達……」

 

「ええ、強いわ。分かってる……押し潰されそうな圧迫感を感じる」

 

「川内さん、ここの雷ちゃんと電ちゃん……相当強いですよ」

 

「んだね綾波、あたし的には霞ちゃんが強敵な気がするよ……あの気配はまるで戦艦レベルだね。まったく……」

 

川内の視線の最終地点は己の司令官の隣にいる男に向けられ武者震いする。

 

「どんな教育したんだろうね…!」

 

演習開始時間が近付き、互いに距離を取り始める、一定の距離を保った瞬間からあとは司令官側の音響弾が鳴り弾けれた瞬間に戦闘が始まる。

 

「合図は深創さんが撃って下さい、弾はコレです」

 

「……いいだろう」

 

深創は修斗から音響銃と弾を受け取り、次時装填式のスライドに音響弾を込める。

そのスローな動きを見ながら修斗は静かに語り始めた。

 

「僕は……」

 

「……?」

 

「貴方を目標にすることを決めました」

 

「…………」

 

「一目で貴方の歩んできた壮絶な道、それが見えたような気がしました、だが見えただけだ。その道を僕は知りたい、『貴方になりたい』そう思いました」

 

「………………」

 

深創は弾を込め終わり、音響銃を空高く掲げる。

終始沈黙していた深創は引き金に指を掛けたところでその沈黙を破った。

 

「…………やめておけ、自ら底辺に、死に堕ちることはない」

 

「え…………」

 

「お前はまだ輝いている、その若い高みに、その希望に溢れた頂きにいれば良い」

 

「それはどういうー」

 

ガリィィィィィィイイイン!!!!

 

刹那、音響弾の発泡を聞いた彼女達は一瞬で戦闘陣形を取る。

 

「皆さん、朝潮を先頭に進みます!!」

 

「いいわ、彩雲を発艦します」

 

「…………っ!!待ってください!もう目の前まで来てます!!」

 

「ちょ、迂回とか奇襲とかないの……?ま、好きだけどね!そういうの!」

 

陣形相性は『同航戦』つまり可もなく不可もなくの状態だ。

だが常識的に考えてこの状況は『T字有利』に持ち込めなかった黒羽鎮守府の圧倒的不利である、この人数差と戦力差ではどうにもならない、そう。

『常識的では』不利だ。

横須賀鎮守府の艦娘達もすぐに異変に気付いた、その軌跡、伝説の始まりを。

 

「……なんだ…あの動きは……!?」

 

「…………ふむ……まだ遅いか」

 

「は…………?」

 

こんなのは『海上戦闘』ではない、『陸』だ、あれは陸の動きだ、しかも見たこともない動きをしている!

霞を先頭に単縦陣を解き、四人は一斉に散らばった。

既に早業の如く『流星改』と『彗星一二型甲』を発艦していた加賀の艦載機を見上げる時雨は対空電探を駆使して『10㎝高角砲』二門、補強増設に付けた『25㎜三連装機銃』を撃ち弾く。

 

「なっ……艦載機のほとんどが落ちて……」

 

「うーん、やっぱりちょっとは残っちゃうよね」

 

「それくらいが丁度いいわ、それじゃ、始めるわよ」

 

「そうだね、『訓練』を……はじめようか」

 

「?……一人々が散らばっていく…あれじゃ格好の的よ?」

 

「なにがしたいのか分かりませんが、このチャンスは逃しません!砲雷撃戦!始めてください!」

 

この演習では提督からの艦隊に対する指示が認められているが、深創はこの異常な動きに対して何も言わなかった。

常識ならばこのまま戦艦と空母に潰されるのがオチか、疲弊したところを軽巡に狙われるのがオチだろう。

だがその常識は瞬く間に消え去った。

 

「っ……当たらない!?」

 

「何あれ……いくら駆逐艦とはいえあの回避率は一体……」

 

霞達は一発も撃たなかった、『撃てない』のではない『撃たない』のだ。

駆逐艦の砲弾は身を捩って躱し、戦艦の砲撃は完全に読みきってその場から退避する、さらには艦載機の雷撃や爆撃は舞い踊るかのように回避する。

 

「あの動きは……?」

 

「俺がこの六日間で彼女達に教えたのは全て回避を徹底した技術だ」

 

「回避…?」

 

「ああ、本物の艦戦ならともかく、俺に艦娘の戦い方を教える知識はまだ無い。だから人型の身のこなしで教えられるのは回避技ぐらいだと思ったんだ」

 

深創はゴーストの中でも数多の戦術のエキスパートだが、艦娘の戦いはまったくの無知、初心者だった。

だからこそ余計な事は言わず共通していると思われる

『戦車』同士の戦いで必要な回避技を中心に人型として最適化し、アレンジを加えて彼女達に教えてやった。

 

「……本当に回避技だけなんですか?」

 

「そうだ、余計な事はその一切を省いた、そのおかげで他の事は全て口頭でしか話してない」

 

「他には何も教えてないと?」

 

「そう言ってるだろ、全て躱す、全てやり過ごす、全て見切る。それだけを目標に叩き込んだ」

 

事実、それは本当だった。

さっきから話している途中も自分の艦娘の攻撃は一撃も当たっていない、だがそれとは裏腹に、黒羽鎮守府の艦娘はまだ一発も撃っていないのだ。

 

「…………深創さん」

 

「ん……?」

 

「貴方の艦隊はまだ一発も撃っていないのですが……」

 

「ふむ、作戦は全て霞に任せたから俺は関わっていないが……これは…いい考えだ」

(俺が教えた事や話していた事をほぼ全て吸収してるな…霞の成長スピードは群を抜いている)

 

深創は訓練の合間合間に自己流の戦術の基本や戦闘に対する考え方を単なる雑談として話していた。

もちろんこの話はまた今度に詳しく話すつもりだったが、霞はそれを全て真剣に聞いて急速に吸収していたのだ。

この作戦も霞が司令官の言っていた言葉から得た知識を紡いでたどり着いた答え。

 

『これは俺の考えだが…戦闘において全ての事を両立させる必要は無い、それだけ各スキルの質が半減するからな。時には我慢も必要だ、自分よりも格上の相手が隙を見せるまで一つのスキルを磨きあげ続け、戦いながら自分を成長させてその相手を越える』

 

その言葉を聞いていた霞はこの作戦を練り上げ、実行に移した。

嵐のように弾かれる砲弾を躱し、水柱を抜けながら霞は思い返す。

 

(クズ司令官の言っていることが本当なら今がそのチャンス。このチャンスを逃すわけには行かないわ!)

 

霞の作戦、全てが遅すぎたその時、一番早く気付いたのは朝潮だった。

 

「ッ……まさか…?」

(一方的にこっちが撃ってるだけで全く反撃してこない……それは私達が反撃の隙を与えていないんじゃなく、ワザと反撃していないとしたら?)

 

その時、朝潮は全てを理解した。

霞の作戦、その全貌と……全て手遅れであることを。

 

「…………」

(気付いたようね朝潮……でも、もう遅いわ)

 

そして霞を含める四人は動くのを止めた。

燃料が切れた訳じゃない、目の前の六人が止まったから動くのを止めたのだ。

 

「ッッ……なるほど、そういうことなのね……霞」

 

「理解するのが遅すぎよ、もう手遅れだけど」

 

「霞…貴女の作戦は……私達の燃料・弾薬の枯渇ね?」

 

その通り、霞は始めからこの勝負がまともに戦っても勝ち目が無いことは分かっていた。

だからこそ霞はこの作戦を組み立てたのだ、相手が枯渇し、完全に枯れるまで全集中力を回避に専念させる作戦を。

 

「遅すぎよ、もう全員動けないんじゃない?」

 

「はい……榛名はもう燃料も弾薬も尽きました……」

 

「……燃料も弾薬もあるわ、でも艦載機が全て枯らされれば成す術無し…」

 

「神通や私も……すっからかんだよー……」

 

「綾波も……動けません……」

 

「…………そうね……でも霞」

 

「…なによ?」

 

朝潮はゆっくり歩を進めて最大の疑問を霞に問う。

 

「どうやってあんな無茶苦茶な作戦を思い付いたの?いえ、例え思い付いたとしても実行しようとなんてー」

 

霞は誇らしげなキリッとした目で親指を背後で見てくれている深創に向けた。

 

「あのクズ司令官なら……」

 

(多分……もし俺でも……)

 

「この作戦を思い付いて、実行したから」

 

(この作戦を思い付き、実行しただろう…)

 

霞の確かな意思に固められた言葉に朝潮は肩を落とし、空を見上げる。

そして再度実感した、この圧倒的有利の状態で完膚なきまでに敗北したという事実を。

 

「私達は全てを出し尽くしました、その結果は……一発も貴方達に当てることが出来ずに尽き果てた。私達の……完敗です。降参します」

 

彼女は気付いた、自分たちが勝負している物との差を。

司令官か神通さんが言っていた事の意味を…理解した。

 

「…………どうやらそっち降伏で勝負が決まったそうだが」

 

「っ…………みたいですね。深創さん、貴方ならどうしましたか?」

 

「…………なに?」

 

深創は修斗の問いにこめかみを押さえ、どうしたものかと難しい顔をした。

 

「ふむ、やはり考え方の問題か……」

 

「なんですか?」

 

「お前、戦闘経験はあるか?」

 

「青森で実戦演習をー」

 

「やはりな、やはりここは日本だな」

 

修斗は深創の言ってる意味が分からなかった。

だが深創は手を叩き、演習終了の音響を鳴り響かせてから丁寧に説明する。

 

「俺が彼女達ならそもそも相手が四人だと言う時点で霞の作戦を見切るか予測した」

 

「っ…………」

 

「そして俺がお前なら、始めからその可能性を考慮して編成から変えていたし、たかだか四人の艦娘に銃弾を撃ち尽くすような事は考えさせない」

 

「………手厳しい御言葉、ありがとうございます」

 

「これだけは覚えておけ、何時だって戦っているのは彼女たち艦娘だ。命を賭け、全てを失う覚悟で戦っている彼女達の足元すら固めてやれない奴ほど無駄死を増やす、無意味に死体を増やすんだ。分かったか?」

 

彼の一言一言が深々と胸に突き刺さる。

 

「目の前の異変や異常に流されるな、あの子達を守りたいなら、自分を研ぎ澄ませ、想像力を理想ではなく現実にしろ。あらゆる事態を想定して対処しろ、守りたいなら、自分を壊せ、生きてほしいなら、自分を殺せ。それが出来ないならそれでもいいだろう……だがその時俺がお前に向けるのは『同胞の眼差し』ではなく『哀れみの眼差し』だ」

 

そう言い残して深創は勝利を手にした彼女たちの元へと歩いていく。

そして修斗は深創が残してくれた言葉をしっかりと脳裏に刻んで記憶させる。

 

「……さて、よくやったぞお前達」

 

「うん、とりあえずなんとかなったよ」

 

「別に…大したことないわ」

 

「見ててくれた司令官?これからもっと雷に頼っていいのよ!!」

 

「司令官さん、電も頑張ったのです!」

 

そうかそうか、と深創は二人の頭を撫で下ろす、その光景を羨ましく見ていた時雨を見つけて手招きすると満開の笑みで寄り添ってきた。

その流れで霞も呼んだのだが、フンとそっぽを向いてしまった。

 

「…………まあいい、四人とも今日は補給を済ませて休んでこい」

 

「司令官も雷とお休みしましょ!その前にお風呂もはいらなくっちゃ!」

 

「はわわ…雷ちゃん駄目なのです!時雨さんと霞ちゃんのお顔が阿修羅みたいになってるのです!」

 

「失礼ね!そんな顔してないわよ!」

 

「してたのです!殺気丸出しなのです!」

 

「阿修羅みたいってだけで僕は怖くないから大丈夫だよ」

 

「むしろ時雨さんの方が恐ろしいのです!」

 

そんな具合にワチャワチャしていた所に、演習相手の旗艦である朝潮が近付いてきた。

 

「あの………」

 

「ん、朝潮…だったか?なんの用だ?」

 

「まさか、演習の結果に文句言おうってんじゃー」

 

「霞、決め付けるな。さあほら、お前達は中に入っていろ」

 

朝潮から何かを察した深創は人払いを済ませてやる。

 

「すみません、ありがとうございます」

 

「構わない、お前の言いたい事は分かっている。強くなりたいのだろう?そんな貪欲な目をしてる」

 

「っ……そうです、いきなりで押し付けがましいかもしれませんが。一つ教えて下さいませんか?」

 

「……なんだ?」

 

「どうやってたった数日の間にあそこまで強く出来たのですか?」

 

「ふむ…………」

 

「……………………」

 

深創は深々と頭を下げる朝潮に少しばかり困惑する。

なぜこんなにも必死な顔で聞いて来るのだろうか、何かしらの理由があるのは分かる、だが何が彼女をここまで歩ませたのか?

 

「俺は自分の技術を彼女達に教えたことは無い」

 

「……それはどういう……」

 

「俺が彼女達に渡したのは俺が持つ『知恵』と部隊の『技』だけだ、自分の技は一つも教えたことはない」

 

「え…あ、待ってください!」

 

それだけ言い残して深創は背を向けて歩き出す。

朝潮、彼女は美しい正義と暖かな輝きを持っている、それは俺には無いものだ。

俺にあるのは、俺が与えてやれるのはいつだって血反吐のような薄汚い血濡れの武器だけ。

 

(正義など……これっぽっちも考えた事など無い、俺は……俺は自分の為に灰色をさまよい、自分の為に殺して自分の為に守る。それは全ての者がそうだ、みんながみんな自分の為に生きる……)

 

鎮守府の入り口でずっと待っていた時雨を視界に入れ、色の無い微笑みを浮かべながら深創は考える。

 

(俺は……今まで何を得てきたんだ?何を……失って来たんだ?時雨……お前を、お前達を守るために何を得て何を失えばいい?俺にはまだ分からない)

 

「提督っ。大丈夫?」

 

「……時雨」

 

「なんだい?」

 

「何としても……お前を守ってみせる」

 

「?……うん、ボクも提督を守る、二人で。皆で、守り合おうね」

 

「………………そうだな、さあ入ろう、冷えるぞ」

 

少しひんやりと冷気を帯びた彼女の頬を撫でると、それに応えて彼女はこちらに身を預けて来る。

だが、この静かでしっとりとした心の時間は一瞬にして

崩れ去ることになった。

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