この鎮守府の提督はいろいろ規格外でした。   作:ペペロンチーノ伯爵

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第十七話『迎え入れられた者達』

横須賀鎮守府との演習から数日過ぎたある日の朝、しばらく裏仕事から離れて提督業に勤めていた深創に一本の電話が届いた。

書類仕事を止め、羽ペンを置いてけたたましく鳴り響く外部用受話器を手に取る。

 

「……俺だ」

 

《おう、深創か?》

 

「文輝……?久しぶりだな、あの時は世話になった、最近は忙しかったんだろう?」

 

《ああ……それなんだが、少し相談というか……頼みがあってな?》

 

歯切れが悪い、そう易々と口から出せるものじゃ無いらしい。

 

「遠慮するな、頼みごとなら出来る限り応える、言ってくれ」

 

《……最近、あるブラック鎮守府の提督をしょっぴいたんんだが……》

 

「ふむ……それで?」

 

《とりあえず艦娘は全員無事なんだが。かなり異常なんだ》

 

「どういう事だ?精神的にか?」

 

《それもある、だが一番大変なのが……かなり攻撃的なんだ、憲兵を殴り飛ばして独房にぶちこまれた奴もいる》

 

「なるほど、つまりその彼女達の鎮圧か?」

 

そう言ったところでふと気が付いた。

普通なら憲兵に対して暴力行為をした場合、即刻解体の筈だ、なぜ独房なんだ?なにか理由が?

 

《それなら即解体の道行きだ、だが今回ばかりは状況が違う》

 

「状況?状況が違うとはどういうことだ?」

 

俺の隣で一緒に執務作業をしていた秘書艦の霞は話の長引きを悟り、給仕机で珈琲を淹れて置いてくれた。

俺はすまない、と軽く頭を下げてカップに手を伸ばし珈琲を少しだけ啜る。

 

《確かに俺達が捕まえたのはブラック提督だが、その艦娘の練度的に処分出来ないんだ》

 

「…………つまり?」

 

《つまり、攻撃的で半否定的な艦娘を戦力への影響上で処分出来ない。何処かに押し付けなきゃならん、そこでお前に頼みたいことが出来たわけだ》

 

「…………なるほど」

 

椅子に深く腰掛けながら深創は香り豊かな珈琲をもう一口いただく。

 

「だが何故おれなんだ?練度が高いなら分散させて経験豊富な鎮守府に着任させれば良いだろう?」

 

《それだよ深創、俺もそれを考えたんだが……誰も受け入れたがらないんだ。それに上の連中はその艦娘に対して書類上の罰則を与えられないようにしやがった事もあって受け入れ先がいないんだ》

 

「……………それで俺に?」

 

《そうだ、お前の実力なら彼女達を纏められるはずだ、厄介ごとを一方的に押し付けてすまないが引き受けてくれないか?》

 

「……もちろんだ、それどころかウチの戦力増加に繋がる。連れてきてくれ、受け入れ体制は俺が整えておこう」

 

《そうか……!なら今すぐにでも手続きをする。明日には全艦娘がそっちに到着するだろう。すまないな》

 

「気にするな、むしろ借りを返せてよかった、後は俺に任せてくれ」

 

受話器を下ろし、考えを纏めた後に珈琲を全て飲み干す。

 

「…………ふむ」

 

「随分と長話してたけど、なんなのよ?」

 

「霞、とりあえず皆を集めてくれ、説明しよう」

 

館内放送で全員を執務室に呼び、整列したところで深創は口を開く。

 

「霞にはあらかじめ簡単に説明したが、明日、他所の鎮守府に所属する全艦娘が永続的にここ、黒羽鎮守府に着任する事となった」

 

「他所の鎮守府?しかも全艦娘ってどういう事だい?何かあったの?」

 

そこで秘書艦の霞が時雨の問いに答える。

 

「病死よ、それでその鎮守府の艦娘達がこっちに来ることになったわけ」

 

「普通なら後任の提督が来る手筈だが、戦力増強の為に文輝の助けの元ウチに着任させることに成功した」

 

「てことは……!」

 

「仲間がいっぱい増えるってことね!」

 

「そうだ、快く受け入れてやってくれ」

 

なぜ。

なぜ霞は病死とウソを付いたのだろう、それはあらかじめ深創との裏打ちによるものだった。

たった一瞬だろうと少しでも時雨達の不安を抑える為の嘘だ。

 

「よーし!そうと決まればお掃除しなきゃ!きっと使われてない部屋は埃まみれに決まってー」

 

「その必要はない、俺が普段掃除してるから大丈夫だ」

 

「そ、そうなのですか?」

 

「…………提督?」

 

「そんな目で見るな時雨、俺は大丈夫だ」

 

「もう……」

 

「それよりもかなりの人数を受け入れるからな、賈い足さなきゃならない物がいっぱいあるだろ?これからそれを賈いに行くぞ、四人とも外出の準備をしろ、東京に行こう」

 

外出、外に出るという単語を聞いた四人は颯爽と準備を済ませて目をキラ付かせながら外に集まってきた。

そしていざ車に乗り込もうといった時に深創はその問題に気付く。

 

「そう言えばこの車は詰めても五人は入らないのか……」

 

「確かに、後部座席には真ん中に肘掛けが付いてるから詰めれないね」

 

「……誰かがお留守番って事なのですか……?それなら電がお留守番するのです!」

 

「し…司令官が困ってるなら雷がお留守番するわ!……雷が…」

 

「ふむ、そうだな…………よし、時雨は助手席、霞と雷は後ろに座れ」

 

そう言って俺が運転席に座ると、四人は声を荒げる。

 

「ちょ、ちょっと司令官!雷が残るから電を連れていってあげて!」

 

「いや、私が残るから三人で行きなさいよ、一回行ったことあるから」

 

「それなら僕が残るよ、僕は提督と何回も行ってるからね」

 

「ううん、いいのです、司令官さんは時雨さんと霞さん、雷ちゃんに乗るように言ったのですから。電は大丈夫なのです」

 

すると運転席で何か作業をしていた提督がひょこっと顔を見せる。

 

「…………さっきから何の話をしてる?全員で行くぞ、早くこっちに来い電」

 

「ふえ?」

 

電は言われるがまま運転席側に向かうと、手を引かれて気付けば深創の膝の上にちょこんと座っていた。

 

「は……はわわ…」

 

「シートベルトは…届くか、ん?なに見てる、早く乗れ。行くぞ」

 

唖然とする三人に首を傾げながら深創はキーを回してハンドブレーキに手を掛ける。

買い物、と言っても買うのは今日と明日の食料と日用品のみの予定だ、百人を越える艦娘の基本的な物品はその店で搬送と言う形で買い貯め、それが届くまではなんとか間に合わせようという作戦を考えている。

深創はひとまずデパートの前で車を止めて皆を下ろす。

 

「デパートに到着だ、ここで買っていこう」

 

「いつものところだね」

 

「ま、ここなら大体のものは揃うわね」

 

「すごーい!大きいわね!ここに入るの司令官?」

 

「でぱーと?電は初めてなのです……!」

 

瞳を輝かせる雷と電を見ながら深創は周囲に目を光らせて警戒心を高める。

常識的に考えて仕事以外で艦娘を外出させるのは禁止ではないがあり得ない事例であったが、その常識を無視している為に艦娘を知っている人間に目をつけられると厄介なのだ。

 

(一般市民は艦娘の存在はしっていれど姿形を見たことは無い、ここなら近くに軍の施設もないから中目に付くことはないはずだ)

 

先導する霞に着いていく三人の後ろを少し離れて歩きながらしばらく周りに気を配って感覚を張り巡らせていると、デパートの入り口手前で彷徨くチャラついた若者二人が時雨達に声をかける。

 

「ねぇねぇ、これから買い物?」

 

「え……」

 

「なに……?」

 

(……ん?)

 

初めて何も知らない人間に話しかけられた霞と時雨は数秒狼狽える。

 

「買い物なら俺らと一緒に行こうよ、何でも買って上げるからさ」

 

「別にいらない、だから早くそこを退いてよ。僕たちは大丈夫だから」

 

「え、ボクっ子?やべぇめっちゃタイプだわ、可愛いね」

 

「いいから、さっさと退きなさいよ、邪魔だから」

 

そう言って先導して横切ろうとする霞の腕をもう一人が掴む。

 

「俺はこの辛口な子が好みかな、すげぇいいじゃん?」

 

「ちょ……放しなさいよ!」

 

そう言って腕を思い切り振り切ろうとした瞬間、司令官が男の腕を掴む。

 

「…………あ?」

 

「……腕を放せ、それがお前の為になる」

 

司令官の後ろには怯えた電と雷が隠れており、司令官は掴んだ腕をより強く握りしめる。

 

「お兄さん誰?関係なくね?」

 

「関係ならある、二人は俺の家族だ」

 

「は?そうなん?」

 

「そうだよ、僕はてい……兄さんの妹なんだから。ね?霞姉さん?」

 

「は…?え、あ。ええそうよ!」

 

「ふーん……こんなひょろいのがねぇ……」

 

これだけ言ってもまるで引く気配の無い二人は時雨と霞から深創へとターゲットを変更した。

 

「…………やめてくれ。面倒事は御免だ、ここで問題を起こしたくない」

(こんな時に周りに人がいないとは……目立たない場所を選んだのが裏目に出たか…)

 

「いやいや、心配しないでよ、それよりもお兄さん?」

 

「……なんー」

 

刹那、 話し掛けてきた男とは逆の位置にいた奴が深創の死角に入ると同時に素人染みたブローを繰り出してきた。

……だが。

 

「ッ!?!?」

 

「……んあ?」

 

「……………………」

 

男の拳は深創の脇腹数センチ手前で止まる、それは何者かに静止された訳ではない、男自身が己の意志で止めたのだ。

なぜか、それは男の脳裏にいきなり浮かび上がった一つのビジョン、予感の場面が原因である。

異常なまでにリアルな死の感覚、浮かび上がったソレは深創が振り替えると同時に自分の首が地面に滑り落ちる場面だった。

 

「あ……ッ…う……」

 

「……どうした?おい?」

 

「…………ふむ、おいお前」

 

「あ?んだよ」

 

深創は『同じように』視線を目の前の男に向けて一言発する。

 

「悪いが、このまま帰ってくれないか?」

 

「はぁ?……そんなの俺達の勝手……ッッ!!!」

 

同じ現象が男の脳裏にも起きた、リアルで生々しい死の感覚、死の場面、このままでは確実に殺される、そう思わせる現実。

 

「…………どうしてもここで問題を起こさないとダメか?」

 

「いや……その、い、行こうぜ。な?」

 

「おう、それじゃあ俺達はこれで……」

 

男二人はチラチラと背後の深創を警戒しながら恐る恐る歩を進めてその姿を消した。

この現象はゴーストの隊員から『死の予言(Prophecy of death)』と畏怖されており、もともと深創の身にこびりついている生々しい殺気や覇気、禍々しい妖気などの溢れんばかりの威圧が相手に伝わり、脳がその先を見せる。

だから意志が弱い者には『死の予感』が浮かび、意志が強く強靭な精神の持ち主には『危機の感覚』を見せるのだ。

深創が気配を消すのを止め、その気圧が剥き出しになると付近にいるあらゆる者にその映像『死』を無差別に見せつける、つまり……。

 

「…………し、司令官さん?」

 

「………………ん、ああ。すまない電、みんな怖がらせてしまったか」

 

「だいじょうぶなの?なんだか怖かったわ……」

 

どうやら電と雷には『死の予感』を見せてしまったらしい、顔が青ざめて体をビク付かせている。

だがその前に立っていた二人は険しい顔で身構えるだけ、それは『危機の感覚』だろう。

 

「提督?大丈夫かい?」

 

「ああ……それよりも早く買い物を済ませてしまおう。ほら、いくぞ」

 

デパート内での買い物は順調だった、行き付けということもあって特に迷うことなく非常にスムーズに買い物を済ませれた。

 

「食料と…菓子…歯磨き粉…ふむ、他も揃っているな。そろそろ帰ろう」

 

「えー!もっとここに居たいわ!お願い司令官!」

 

そう駄々を捏ねて裾を握る雷の手を深創は無表情で無慈悲に振り切る。

 

「ダメだ、必要な物も揃ったし欲しい菓子も賈ってやっただろう?行くぞ」

 

「相変わらず容赦ないね提督…」

 

「…………クズ」

 

「はわわ……」

 

「むー!お願いよ司令官!もう少しだけ!もう少し見て回りたいの!!」

 

「……そうか、なら雷のせいで今日の夕飯は全員無しだな」

 

「え!ちょ……ずるいわ司令官!卑怯よ!」

 

「なんとでも言え、行くぞ」

 

深創は雷の手を握ってデパートの出口に向かう。

そして急ぎ足で店から外に一歩踏み出した瞬間。

 

「ッ……!」

 

「へ……!?」

 

死角にある左側のビル群から飛来する何かを察知した深創は隣に立つ雷を突飛ばしてその何かを間一髪で躱す。

 

「……なんだ今のは…………黒い破片?」

 

破片、というよりは鱗に近い、それも何処かで見たことがある形状と質感をもっていた。

そうだ、これは前に戦った深海悽艦のモノと酷似してる……ということは……。

深創は敵の位置を予測し、雷を背中に庇いながら買い物袋をデパートの中にいる時雨達に投げ渡す。

 

「俺から離れるなよ雷、死ぬぞ」

 

「う……うん」

 

「………………」

(……何かおかしい。なぜ周りに人がいない?それどころかデパートの中からも人の気配が消えた、どういう事だ?)

 

周囲を見渡し、一瞬の瞬きで視界が暗転した刹那、深創の足元からトカゲのように滑らかだが甲角質な尾が地面を割って突き出した。

 

「む……ッ」

 

「きゃっ!!」

 

雷の襟を掴んで強引に引っ張り、尾を躱して後退する。

 

「…………へぇ、やっぱりいい感じだねキミ。来て良かったよ」

 

「なんだと……?」

 

突き出したその深い穴の中から粉塵に紛れて這い出てきたそれは露出度の高い下着とパーカー姿の小柄な少女だった。

少女は黄色の霧を纏った白すぎる肌を眩しく艶めかせ、青い炎の周忌を持つ赤い片眼を見開いて深創を見つめる。

 

「…………お前は?」

(身長は時雨と同じくらいかそれ以下、腰から出ているであろうあの尾は自在に操れるのか、あの不気味な主砲は一体だけか?なによりも…………)

 

「んー?あ、安心してよ。今日はこの子使わないからさ」

 

(あの流暢な話し方……前の奴はカタコトだったがこいつは完璧な言葉で喋る、もし深海悽艦の中に階級があるのであればこいつは前の奴よりも強いと言うことか?)

 

「今日はね、僕は味見に来たんだよ」

 

「味見……?」

 

「うん味見、君が貴重な陸戦型を殺して『食べちゃった』から僕もお腹が空いてさ、姫様にナイショで来ちゃった♪」

 

「…………??共食いでもしてるのか?」

 

「アッハハ、まあそんなとこかな?それでね…………?」

 

「ッッ!!」

 

不覚、深気付かない内に穴の中に潜っていた巨大な尻尾が深創の背後にいた雷の身体目掛けて突き上げて来た。

深創は素早く雷の右足を蹴って直角に突き立てられた尻尾の直撃を防ぐ。

 

「おろ……やるねぇ」

 

「いけ雷、皆と中にいろ」

 

「ッッ……!!」

 

雷の背中を押して退避させ、俺は両手首のアサシンブレードを作動する。

突き出た尻尾から距離をとって目の前の深海悽艦を睨み付ける。

夕日の赤が照らす彼女の顔は狂喜の黒に染まってその不気味な笑みは尋常ではない威圧感を吐き出していた。

 

「ボクの名前はレ級……しかもただのレ級じゃないよ?陸戦型の特異持ちさ」

 

「陸戦型……特異だと?」

 

「うん、陸上で活動出来るように改装されたのさ」

 

「…………なるほど」

 

いざ合間見えて深創は確信する。

 

「ふぅ…………」

(レ級か……ヤツは強いな、今までとは明らかにケタが違う。どう考えても楽に勝てる。いや戦える相手ではない)

 

「それに、陸上ではボクの初戦闘になるから色々練習したいからね」

 

「……?」

 

「まだ『蓄積』されてるよね?なら何回か殺しても平気だよね」

 

「蓄積……?なんの事だ?」

 

「あれ……まだ自分の身体のこと把握してないんだ。じゃあ教えてあげるよ!!!」

 

その時、深創の左膝をレ級の鋭い尻尾が後ろから貫く。

 

「ッ……はやい…!!」

 

 

「フフン…それそれ!」

 

超人的な反射神経を持つ深創でも全く捉えられなかったその尻尾は貫いた深創の膝に巻き付いて身体を宙吊りに持ち上げた。

深創はブレードを尻尾に突き立てるが分厚い鱗と弾力性の高い皮に傷一つ付けることは出来ない。

 

「ッ………!」

 

「いいねぇいいねぇ!その感じボク好きだよ」

 

「………………っ」

 

深創は今にもレ級に飛び掛かりそうな時雨と霞を睨み付けるような目で来るなと命令する。

 

「ッッ……提督っ……!!」

 

「あんのクズ……!!」

 

「ふーん、助けようとするなんて珍しいね、キミは他の司令官とは違うんだね?」

 

「……………」

 

深創は次の一手を考える、この状況を打開する一手を。

 

「無視なんて傷付くなぁ……ボクとお話してよ!!」

 

「がっふッッッ!!!!」

 

レ級は宙吊りになった深創の脇腹を右手の鋭い爪で引き裂いてそのまま喉元を掻っ切る。

 

「はい一回目」

 

「カヒュ……ごほ…か…こ…………」

 

「提督!!提督!!!」

 

「ッッ!!!!」

 

血相を変えた二人が飛び出そうとした瞬間。

 

「…………ゴホ…」

 

「ッッ!?」

 

「提督…?」

 

「へぇ……やっぱり姫様と同じタイプか……早かったね」

 

「カフ…ゴホォ!!…来るな………二人とも…そこにいろ」

 

再生した深創はレ級を睨み付けて笑みを浮かべるその顔に肺に溜まった血を吐き出す。

 

「…………キミ、ホントに最高だね」

 

刹那、レ級は深創の左腕を爪で切り飛ばす。

 

「ほらほら、痛いでしょ?」

 

「………………」

 

「強がらなくてもいいよ?キミの身体は僕達と同じだから分かるよ……死ななくても痛みはある」

 

「ッ…………」

 

「え……」

 

「そんな……ホントに…?」

 

レ級の言葉は時雨達の脳裏に電撃を走らせた。

今までの深創を見ていれば痛がっているところなど見たことがない、どんな状況でも冷静に、限りなく平然に戦っていた深創を見ていれば誰でも錯覚する。

 

(だ、だって……どんなに傷付いても顔色一つ変えなかったじゃない……あれは…つまり……)

 

(本当は痛かったんだ……苦しかったんだ……あの時もあの時もあの時もあの時も!!)

 

深創はその事実を時雨達の前で言われた事に苦い顔を見せる。

そして腰のポーチからワイヤー式の溶接爆薬を取り出して自分の右膝に巻き付け、躊躇なく焼いて吹き飛ばす。

 

「なッ……へえ……!!」

 

「っ……!!」

 

「すごいや……あれ?」

 

そしてレ級は瞬きする間に自分の両足にもそのワイヤーを巻かれていることに気が付く。

深創は受け身をとって転がりながらレ級から離れて爆弾を起動させる。

 

「貰うぞ……!」

 

激しい火花と共に小さくボンッと溶接爆薬を爆発させる。

そして血潮と噴煙の中から高速で弾き飛ばされたレ級の無数の鱗破片が機動力を失った深創の防御する両腕と左足に突き刺さる。

 

「はぁァァボク……!。本当にキミの事スキになっちゃった……うれしいなぁ…」

 

「……………」

 

レ級が尻尾を椅子に座りながら失った両足の切断面を撫でていると、みるみるその両足が綺麗に再生していく。

それを見ていた深創の右足は既に完治しており、刺さった破片を抜き捨てながら立ち上がる。

 

(…………さて……次はどうするか…)

 

グレイブス・フェニックス、もとい深創、確かに彼は今も失って完治した右足の激痛が残っており、その痛みは常人には耐え難く、普通なら痛みに絶望して地面をのたうち回っているだろう。

だが深創は冷酷にレ級を睨み付けたまま表情を痛みに歪ませない、その理由はやせ我慢などではなく、深創の生まれ身に付いた『常識』にある。

赤子の頃から常時かれは痛み、絶望、死と過ごして来た、そんな赤子だったグレイブスがそれらから学んだのは

 

『痛いと思ったら死ぬ……痛がったら殺される……痛いと殺される……殺されるんだ……』

 

これだった、幼少期からその常識に晒されていたグレイブスの生存本能があらゆる痛みに耐えうる常人離れした精神力を身に付けたのだ。

 

 

「一つ…教えてあげるよ、今のキミは不老不死だけど……『蓄積』が無くなれば『不死』じゃ無くなる」

 

「……どういう事だ?蓄積とはなんだ?」

 

「うんうん…知りたいよねぇ。蓄積っていうのはね。キミが食べてきた生物の『怨念』や『憎悪』はたまた『思念』とかだよ、何回か無意識に食べてるんじゃないかな?」

 

そこで深創は雷と戦ったあの時を思い出す。

 

「あの時の雷から吸収したものが……あれがお前達の言う食べるって事か…」

 

「そゆこと、うーん……本当は味見とか言って肩慣らしにキミを殺す予定だったんだけど…好きになっちゃったから今回は生かしてあげる、もっと強くなった君を殺したいからね?」

 

「…………」

 

「でもー」

 

……俺は目を見開いた、あり得ない。

瞬きすらしていない、いや、する暇もなく。

彼女は俺の目の前にいた。

 

「味見はさせてね?♪」

 

レ級は深創の喉に思い切りかぶり付き、間髪いれず深く食い千切った。

 

「ぬぅ…!?」

 

「もぐ…くちゃ……ぐちゅ……もご……もぐもぐ……んく」

 

「ッッ……!!」

 

「んー♪美味しい♪せっかくだから僕を食べさせてあげるよ」

 

そう言ってレ級は怯む深創の脚を蹴って転ばせ、仰向きになった所に覆い被さり四肢を押さえ付ける。

 

「……あれ?」

 

レ級は己の脇腹に鋭く長い刃が突き刺さっていることに気が付いた。

深創はレ級に喰われる刹那、アサシンブレードを射出して反撃していたのだ。

 

「アッハァ……いいねぇ…ほんっと最高だよキミ……はい、あーん」

 

彼女は自分で舌を噛み切り、深創に己の血液を口移しする。

 

「なっ!?」

 

「…………殺す」

 

「んっ…………!!」

 

大量の出血は全て深創の中に流し込まれ、清々しい潮の香りと鉄の匂いが鼻腔を塞いだ。

 

「ん……ん……ぷはぁ…………!」

 

レ級は満足そうに深創から離れると、尻尾を使った飛躍的な跳躍でビルの屋上に登る。

 

「まさかあの動きに反撃してくるとはね……今日は驚き一杯で楽しかったよ、お腹に刺さったコレは僕の宝物にするね?」

 

「ッッッ……まて…!」

 

噛み傷の再生と共に起き上がった頃には既にレ級の姿はなかった。

感覚を鋭く広げてもレ級なる音は察知出来ない、深創は口元のレ級の血を拭い、時雨達に向き直る。

 

「………逃げた……いや、見逃してくれたのか…」

 

「提督!大丈夫かい!?」

 

「っっ……司令官さん!」

 

「……俺の身体の事を忘れた訳じゃないだろ?傷は再生する。大丈夫だ」

 

「じゃ、じゃあ痛いところとか無いの司令官!?」

 

「大丈夫、大丈夫だ。心配するな……」

 

深創は泣きそうな三人の頭を撫でて安心させ、一人顔を俯かせて何かに悔しがる霞を見つける。

 

「…………霞?」

 

「なによ……」

 

「すまない、この子達を少し任せるぞ」

 

「…………分かったわ」

 

霞は深創の背中を見ながら三人を纏め、厳しい態度で電を泣き止ませる。

だがその裏で霞は歯を食い縛って己を呪っていた。

 

(また……何も出来てないじゃない……あのレ級の覇気に押されて……クソ)

 

それからの時雨達は俺の『痛覚』に敏感になるようになっった。

慣れない書類仕事で指を切れば過剰な反応を見せ、霞に至ってはこれからの事を考えてなのか常に俺の傍に居るようになっていたがその毒舌性は治らない。

 

 

~翌日~

 

 

「そろそろか……」

 

朝方、深創は四人と一緒に鎮守府の正面外でじっと待機していた。

そういえば季節は寒々しく冬を迎えており、これからより厳しい寒さを体感するようになるはずだ。

視界の隅に見える時間は9時30分を指しており、それと同時に先の道路の交差点あら数台の輸送車がこちらに向かってきているのが見えた。

 

「あ!きっとあれなのです!」

 

「新しい仲間ね!楽しみだわ!」

 

「……?」

(あんな強固な車で……そんなものなのかな?あれじゃまるで犯罪者だ……)

 

時雨がそんな疑問を浮かべている間に輸送車は目の前にズラリと止まった。

そして一台の輸送車から憲兵が降りてきて深創に敬礼してから耳打ちで静かに深創にだけ話始める。

 

「文輝元帥の名で着任予定の内、数名の艦娘は過剰な抵抗と武力によった被害が見立つのでこちらでまだしばらく預からせていただいてます」

 

「了解、ならそのまま保護しててくれ。どうしてもそちらで連れてこれないなら俺に連絡しろ、連れに行く」

 

「分かりました、では……」

 

憲兵は手を上げて他の車に乗っていた憲兵達を呼び出して各輸送車の後ろに三人一組で着かせた。

 

(非武装の艦娘に対して三人一組だと…?しかも二人は実弾のイカサか……そんなにか…)

 

深創と話していた憲兵が手を下ろすと同時に輸送車の荷台が開かれ、いくつかのどよめき声と共に憲兵に引きずり降ろされた。

 

「……なるほど…………」

 

「…………ひ、酷いのです」

 

「何なのよ……これ……」

 

「…………これは……」

 

「……………………」

 

続々と降りてきた艦娘は皆、全身に仕打ちのような醜い傷を付けられており、その中でも姉妹達に肩を持たれながら出てきた艦娘に彼女が声を上げた。

 

「……夕立っ!?」

 

「…………っ?」

 

「時雨……!?」

 

「時雨の姉貴か!?」

 

事前に文輝から送られてきたファイルで見たことがある、夕立の肩を持って支えている左側の艦娘はネームシップの『白露』右側のは『江風』だな。

深創はその二人を見ながら一番気になっていた夕立の首元に視線を移した。

それは信号ランプが赤く電灯している機械仕掛けの『首輪』だった。

時雨の懇願するような視線に頷き、三人に止まるように声を掛ける。

 

「そこの三人、止まれ」

 

「…………ッッ」

 

「チッ……さっそくかよ……」

 

「……………………」

 

俺は伸ばす手と進む足を止めた。

完全に疲弊しきっているであろう江風は異常なまでの威圧と殺気が籠った目で俺を睨み付けていた。

 

「……時雨」

 

「なに?」

 

「お前は姉妹達と一緒に共同部屋に行ってこい。まだ後ろに居る」

 

「え……わ、分かった、うん」

 

「頼んだぞ」

(そうか……分かったぞ、この子達は『否定し抗う』と言うことを覚えたのか。そうか…………)

 

深創は素早い声だしと指示で各艦娘達を部屋に案内したが、その中で深創と目を合わせようとする者はおらず、いても睨み付けるような攻撃的な目をしているのがほとんどだ。

全艦娘の移動が終わり、皆を姉妹艦同士で固めてやってから深創は執務室に戻って館内放送の準備をしていると、雷と電は入ってきた。

 

「…………いなかったか?」

 

「……うん」

 

「響ちゃんも暁ちゃんもいなかったのです」

 

「そうか……」

 

手元のファイルを見てみる。

今日着任した艦娘はかなりの人数だが、この世に存在する艦娘全員ではなかった。

 

「さて……」

 

俺はマイクに手を掛け、スイッチを入れて声を出す。

 

≪…全艦娘に告ぐ。これより三時間の自由時間を与える、その後は食堂で昼食を摂るように、それと……≫

 

深創は少し考え、再び話し始める。

 

≪駆逐艦、白露型の夕立、一時間後執務室に来るように≫

 

スイッチを切ってマイクを下げ、深創は執務室を出ようとする。

 

「司令官さん?」

 

「司令官?どこ行くの?」

 

「少しやることがある、それよりもお前達も休んだ方がいい、元気があるなら皆に挨拶してくるといい」

 

「分かりました、なのです!」

 

「みんなと仲良くならなきゃダメだからね!行ってくるわ司令官!」

 

先に出ていってしまった楽しげな二人を見送りながら、深創は食堂へと足を向けた。

 

 

艦娘寮

ー『駆逐寮・白露型共同部屋』ー

 

 

「いんや~まさか時雨の姉貴に会えるなんてな……ラッキーだぜ」

 

胡座を掻いた江風は噛み締めるように話していた。

 

「そうだね、そっちの鎮守府に僕は居なかったの?」

 

その問いに横で正座する春雨が答える。

 

「はい。時雨姉さんは着任してませんでした」

 

「そっか、でもこれで白露型は皆そろったね。良かったよ」

 

白露型は僕を合わせることで全員揃っている、ある程度皆との挨拶を終えてから僕は一番の疑問点を直視する。

 

「夕立……」

 

「…………ぽい」

 

「その首輪…?みたいなのはなんだい?」

 

「…………あの男に付けられた…あの男……アイツに……」

 

「あの男……?」

 

「前の司令官の事です」

 

「夕立の姉貴は、『お気に入り』だったのさ」

 

「……それでその首輪は…」

 

「夕立が犯されるのを拒否して抵抗した時に付けられたのよ。艦娘の力を出したり無理やり外そうとしたら電気が走るの」

 

村雨の答えに時雨は立ち上がる。

 

「それじゃあ戦えないじゃないか!艤装が付けられないじゃあないか!」

 

「だから……出撃しなかったんだよ……夕立は提督のお気に入りだから……出撃させなかった」

 

白露は涙ぬぐんで悔しそうに語る。

 

「ッッ……夕立…あと40分後、提督の所に行こう、さっき呼び出しがあったよね?その時一緒にそれを外して貰おう?ね?」

 

「……でも、憲兵さんも外せなかったの……それに……」

 

「もうあたしらは提督ってのを信用しないって決めたんだよ」

 

「………………ならそれでいいよ」

 

時雨は堪えた、何処か深創、提督を否定されたような気持ちになったが堪える。

そして夕立の手を取って時雨は話を続ける。

 

「信用しなくてもいい、憎くてもいいから。その首輪だけは外そう……分かったかい夕立?」

(きっと提督ならこう言う筈だから……何かあったんだ。皆、何かひどいことが……)

 

そう言うと、夕立は己の力無い手をしっかり握ってくれてる時雨の綺麗な手を小さく握り返して頷いた。

 

「…………うん」

 

「あたしもついて行くよ、夕立の姉貴にまた手を出そうとしたら……『次こそは』守る」

 

時雨は込み上げる何かを押さえながら、意思の強い姉妹達に誇らしげに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海

ー『???』ー

 

「レ級……オマエ一人で外に行ったらしいな」

 

「もしかして説教かな集積地ちゃん?」

 

「違う、姫様のお気に入りに会ったんだろ?どうだった?」

 

「うん、強いね……自分の身体の理解はまだ出来てなかったけど使い方は分かってるみたい。僕も味見しようとしたら両足持ってかれちゃったからね♪」

 

「そうか……まぁいい、作戦は順調なんだろうな?」

 

「うん、問題ないよ。だから集積地ちゃんも蓄えはしっかりね」

 

「分かってる……じゃあな」

 

「バイバーイ」

(…………あっは、ごめんね集積地ちゃん、僕の愛しい人はキミじゃ殺せない……何故なら、彼に僕を食べさせちゃったからね)

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