この鎮守府の提督はいろいろ規格外でした。 作:ペペロンチーノ伯爵
深創はまず始めに鎮守府の外庭に足を運び、最初に見た砂場まで近付く。
砂場を明るく照らす太陽の光や風を遮る物は無く、実に広々としていた。
「…やはり変だ、この砂山は今日の4時以降に作られたはず…でなければ今頃でたらめに強い風にふかれて崩れているに違いない」
その傍らに置いてあるシャベルに視線を向け、ポケットから取り出した黒のゴム手袋を手にはめてシャベルを持ち上げる。
深創の眼はあの出来事以降、常人では見つけられない微かな痕跡をも発見出来るようになり、シャベルの取っ手に付いた指紋を見つけた。
「ふむ…右利き。小さいな、まだ中学生にもなっていない…まあなんにせよこれでは証拠にならないぞ……他を当たるとしよう」
砂場を離れ、鎮守府の壁に沿うように建物裏手に回りながら細かく調べ外堀から埋めていく。
かなり古くからある鎮守府の割にはしっかりと磨かれているアスファルトの壁に手を添えながら歩いていると、鎮守府正面の丁度真反対に位置する裏手の壁に違和感を覚える。
「………急に材質が変わったな。この感触は粘土か?石材と混じっている…」
ペタペタと壁の周りを触っているとあることに気付く。
どうやらこの不思議な壁は大人一人分の枠で囲われて作ってあるようだ、しばらくその周りを注意深く捜索していたその時、イェソドから通信が入った。
《深創、聞こえるか?》
「ああ、どうした?」
《俺も少し気になってよく調べて見たんだが……おかしな点を見つけた》
「駆逐艦の事か?」
《それだ、なら解体されている白露型の事は分かるな?》
「いまそれを調べてる、この鎮守府の裏手の壁に何かしらの仕掛けがあると踏んでいるんだが……」
《その白露型のことだが……解体『されていない』んだ》
「……どういうことだ?」
書類上は解体と記述してあるし、それは公式記録と合致していたのにイェソドはそれを否定したのだ。
《白露型の時雨が解体されたのは三日前のはずだが、その鎮守府で解体済み艦娘の部品から白露型の物は発見されていないしそれを説明する情報も無いんだ》
「なんだと?それはつまり……まさか…」
《そのまさかの可能性が高い、彼女もお前と同じく『記録上死んだ者』だな》
「………分かった、それで。彼女の位置はわかるか?」
《いやそこまでは分からないな…怪しい壁を見つけたんだろう?それならゴーストの装備を使ってみたらどうだ?》
「そうしてみるか……引き続きそっちでの調査も頼む俺が見てきた視覚情報も送る」
《了解だ、気を付けろよ》
深創は腰のポーチから手のひらサイズで機械仕掛けの厚い円盤を取り出した。
そしてそれを壁に取り付ける。
「こいつを使うのは久しいな、9・11の救出作戦以来の登場か」
深創が取り付けたのは『ミュートハック』これは装置から発される音の振動波を透析して取り付けた壁の向こう側を思考・視覚プロセッサーごしに透過させる。
するとなんと壁の向かい側は下へと続く階段になっており、ミュートハックの透過が届かないほど深かった。
(あったな……だがこの壁を開ける仕掛けは見当たらない。たしかこの鎮守府内の裏手は酒保になっていたはず、探ってみよう)
再び鎮守府内に入り、一直線に酒保までの道を進むが、その道中で深創はあることに気付く。
「そういえば……ここの艦娘はどこだ?まだ一度も見ていないが……そういうものなのか?」
まだ艦娘の知識がさほど多くない俺はその件については深く考えないようにして酒保の暖簾をくぐり引き戸を開ける。
酒保には様々な物品がズラリと並んでおり、いちいち外まで行かなくてもある程度の買い物は済んでしまう程充実していた。
「すごいな……年代物の酒まであるぞ…艦娘が吞むのか?それとも提督の趣味か?」
そんな事はどうでもいい。
俺は酒保の奥に進み、裏手にあった壁の真ん前まで来た。
「この真下なんだが……さて…この中に仕掛けがあるのか?骨が折れそうー……なんだ?」
その時、深創の視界の中に親指サイズくらいの小さな人?のような物が映り、思わず目を見開いてしまった。
「お前………は?」
ン!?ケンペイサンワタシガミエルノ?
「ああ……見えるが……え?」
いや…これは…小人?人型だが人間なのか?
深創はカウンターの前にちょこんと座っている小さな小人の前でしゃがみ込み、未だ理解出来ずに目をパチクリさせていると、小人はニコニコと笑いながらペコリと頭を下げた。
ケンペイサン!コッチコッチ…コッチダヨ!
「ん……?これは…?」
小人が指さす方向に目を向けると、酒保の物品用の本が整理された本棚があった。
本も本棚もかなり古びておりとてもじゃないが酒保の売品として出せるようなものではない。
「なぜこんなものが……?、この赤い辞典だけ真新しいな、新しく入荷した…としてもここには仕舞わないだろう。なぜだ?何かあるのか?」
カシコイナケンペイサン!ソノトウリダヨーテヲカシテー!
「ふむ……?」
カウンターでぴょんぴょんと跳ねる小人に右手の人差し指を向けると、必死によじ登って深創の右肩まで上がってきた。
大きさは親指くらいだろうか?一体この生物は何なんだ?
ソノホンヲオシコメー!
「本を押し込むのか?それは分かったがお前は一体?」
この小人が言うには自分達の事を『妖精』と呼ぶらしい、妖精か…まあ艦娘とか深海棲艦がいるんだ、妖精くらい居たってギリギリセーフだろう。
俺は妖精さんの……あれ?俺は妖精『さん』の……なぜだ?なぜどう表現してもさん付けになるんだ…?
とにかく押し込んでみよう。
「っ…お、おお……なるほど」
かなり深く押し込めた赤の辞典からカチッと部分的な機械音と同時に木枠の壁に正四角形の隙間が生まれ、回転式の隠し壁になった。
「ほう…そうか、外の壁は脱出口になっているのか、壁にレバーが付いている……さっそく中にーッ!?!?」
刹那、深創は左手で鼻を塞いで壁から蹌踉けながら遠ざかる。
ダイジョブカー?
「ああ……大丈夫だ……っ」
(なんだこの異臭は……!?この生臭さ…死体じゃないが……急がなければ)
妖精さんが異臭に気付いていないという事はまだ先にあるのか……。
しばらく鼻を押さえていたが、決意を決めて隠し壁を抜けて階段を降り始める。
「暗いな……俺には大して関係ないが」
ナンモミエネェ……!
「ライトは我慢してくれ妖精さん、さっさと行こう」
暗く冷たい鉄製の長い一本通路を進むに連れてこの異臭がより一層深まる。
「分かったぞ……この臭いは、人間の精液だ、それに混じって微かに血の臭いもする」
更にだ……俺には聞こえる…微かな呼吸音と心拍音。
「妖精さん、少し走るぞ。捕まっていろ」
アイアイサー!シュッパツシンコウー!!
ガバメントを引き抜き、横波構えで胸元に置いて出来る限り足音を立てないよう気を付けながら素早く走る。
しばらく走っていると、暗闇の向こうから淡い明かりが見え、近付くとそれは蝋燭に照らされた木製の扉である事を確認した、扉にはご丁寧に頑丈な南京錠が掛けられており、錠の繋ぎ目も補強されているので銃弾でも破壊できそうにない。
ドウスルー??
「南京錠か…容易いな、T状か」
バックパックからロックピックを取り出し、鍵穴に入れてからものの数秒でピッキングに成功する。
カチカチ……キチンッ…!
「よし、開けるぞ………ふっ!」
扉を肩で押し開け、部屋の中に勢いよく突撃して横波のガバメントを素早く構えて周辺を見えている限りで確保する。
部屋の中は非常に悪趣味な『アダルトアイテム』でいっぱいになっており、質の悪い拷問室のそれだ。
「……!、おい!」
その隅にある牢獄に裸体のまま背を向けて横たわる少女の姿を発見した深創は即座に牢の錠前をピッキングで破り、介護すべく近寄る。
「大丈夫か……?」
(眠ってはいない…これは重度のショックによる気絶だ……それにしても)
俺は隈を作って苦しそうに呻く三つ編みの少女の首筋や腕に付いた『注射痕』を眺める。
(少なく見ても15回……薬漬けにしたのか?しかもこの臭いは……やはりな)
少女の滑らかな白い脚を広げ、下腹部に左手を添えてその下から微量に溢れ出てくる白濁色の液体を見下ろしながら確信した。
「強姦か…それも一度や二度じゃない、数十回に渡る性行為、輪姦もあったに違いない。さらにこれは過度な栄養失調だな、ロクに食事を取れていないか吐いたかのどちらかだ」
コリャァクセェ!ゲロイカノニオイガプンップンスルゼェ!!!
「この薬は……媚薬に感覚強制剤か…性調教、売春にはもってこいの薬だ」
深創は非常に冷静だった、なぜならこれよりも酷い性的な惨劇ならいくらでも見てきたからだ。
強姦され、挙げ句の果てに絞め殺された9才の女の子、生まれた瞬間から無数の男に売られる事が確定した赤ん坊。
それらを見てきた深創にとってこの状況はまだ優しい方だった。
「とりあえず薬を抜かなくては…」
左腰のポーチからゴースト専用の特殊ステロイド薬が入った注射器を取り出す。
(このまま救出しても残りの後生を精神病棟で過ごす事になる…この薬はかなり強力だが…彼女の身体が持ってくれることを祈ろう)
普通なら訓練されていない人間に打っていい代物じゃない、本人の意思も関係ない、俺はステロイドを振りかざして一瞬の迷いも無く彼女の首筋に打ち込む。
「っ!……う……ん………」
全身を一瞬だけ痙攣させただけの彼女の身体は起きることなく微動だにしない。
「…………どうだ?」
手首に指先を当て、脈を確認する。
心臓は動いている、賭けは成功した。
「よし、もう大丈夫だな……」
「ん……うぅ………ッ!!」
不意に目を覚ました少女は深創の姿を見るなり地面を這いずって壁の隅に背を付けて非常に怯えた形相で深創を必死に睨みつける。
「まて……俺は敵じゃない…助けに来たんだ」
「ウソ…嘘だ!そ、その薬……」
「あ……これは…」
しくじった、ステロイドを手に握ったままだったか。
「もう…薬は……やめて………」
「違う、これはお前を助ける為に……」
「…………………っ」
「分かった……良く見てろよ?」
「……?」
深創はポーチからもう1本のステロイドを取り出し、それを少女に見せてから自分の首筋に打ち込む。
「ッ……」
「な……なに……?」
「ふう……ほら、何ともないだろう?少し強力だが、単なるステロイドだ」
「すて……ろいど……」
「ああ、お前の身体に入った薬を抜く為にコイツを打たせてもらった」
そう告げると少女は自分の身体を見下ろし、首筋を触る。
どうやら感覚強制剤の副作用である身体の痒みが止まっているのに気づいたようだな。
「っ……」
「まだ信用出来ないか?分かった、これならどうだ?」
「え……?」
俺は上着とガバメントを脱いで一緒に少女の目の前へ投げ飛ばす。
少女は一瞬同様しながらも上着のコートを羽織ってガバメントを手に取り銃口をこちらに向ける。
(銃の使い方は分かるようだな……)
「もし俺の話を聞いて信用出来なければ遠慮無く撃つといい、分かったか?」
「話を聞く……?それだけで信用しろって?」
「なら引き金を引けばいい。どうせ俺は死んだ身だ」
「………??」
深創は自分個人の話は一切せずに自身が視察に来た憲兵であること、そして記録の不自然さを疑問に思って探りを入れていた事を簡潔に説明した。
「…………分かってくれたか?」
「……ダメかな、信用出来ない……」
「そうか、なら仕方ないな」
俺は少女と同じように壁に背中を預け、少女の淡い蒼目を見つめる。
少女はガバメントの改良型ナイトサイトを正確に頭部に向け、両手で構えた。
「…………撃つよ」
「ああ、構わないよ」
「…………っ!」
「………………………?」
ガシャ……
俯いた視界の中にガバメントが滑り込んできた。
深創は少女の方に視線を向け、ガバメントと交互に見る。
「いいのか……?」
「今ので分かったよ………僕を助けてくれるの?」
「ああ…!もちろんだ、えっと………」
「僕は……時雨だよ」
時雨、この子が『記録上死んだ者』なのか…。
「時雨……そうか、君が」
「……?」
「時雨、お前を必ず助けて見せる、守ってみせるよ」
「…………うん」
(きっとこの人も……僕から離れていくんだろう…僕は…人の不幸で生きているのだから)
時雨は自分の身体を包む暖かいコートを引き寄せながらグッと下唇を噛み締める。
(時雨…………なぜお前がこんな目に遭わなければいけない…?)
深創はガバメントをホルスターに仕舞い、逢沢の顔を思い浮かべる。
空を睨み付けるその眼に薄黒い残光が輝きを放つ。
(人間性を失った亡者が……一匹………)
さて…バシバシ行きます!
とぉぉおおおおおおオオオォォ!?