『ノイズだーッ!!』
『助けてくれーッ! だれかーッ!!』
『死にたくないッ、死にたくないッ! いやぁッ』
――まただ。また、この夢だ。
『飛ぶぞ翼ッ! この場に槍と剣を携えているのはあたしたちだけだッ!』
『で、でも……司令からは何も……あっ奏ッ!』
ノイズから逃げ惑う人々とは反対に、ノイズに向かっていったあの人達。
通常兵器は効かないはずのノイズを、槍と剣で打ち倒していくツヴァイウィングの二人を、私は、呆然と眺めていた。
『あれは……?』
『響ッ、逃げるよッ!!』
ああ、ダメだよ未来、私なんかに構わないで。お願いだから、早く逃げて。
『危ないッ! 響ッ!!』
『え……ッ?』
やめろ、やめろ。もう嫌だ。これ以上思い出させるな。
でも、どれだけ願ったところで、終わってくれないことは知っている。何度も何度も繰り返してきたこの夢は、私の罪の再現だ。
忘れることなど許されない。だからこそ、何度だって繰り返される。
私の、“人殺し”の罪を。
♢
寝静まっているはずの夜の街。
そこでは夜に似合わぬ激しい戦闘音が響き、砕けた炭の塊が宙を舞っていた。
「――はあッ!」
振り抜かれた剣は、一閃のもとにノイズを炭へと変えていく。
「ふ――ッ!」
「うおらぁッ!」
マリアが振るう連なった短剣は、蛇腹剣の如くくねりノイズを薙ぎ払い、クリスがばらまく弾丸は、的確にノイズを撃ち抜いていく。
「これでッ!」
最後の一体が『翼』の斬撃に両断され、炭と化して砕け散ると、装者三人はふうと息を吐き、互いの顔を見合わせた。
「すまない、助かった。……しかし、そのギア……貴方達は一体……?」
『翼』は感謝を述べつつ、しかし警戒は解かずにそう尋ねた。
それも当然で、『翼』やクリス、マリアが纏うFG式回天特機装束――通称シンフォギア――は、本来使用できる人間は限られていて、そもそもとして日本政府が情報を秘匿し、独占所有している虎の子であり、今現在の正式な装者は『翼』一人のはずなのだ。
だが、それはあくまでも『この世界』での話であり、クリスもマリアも、『この世界』の人間ではない。
「そうね、どこから話すべきなのかしら……」
マリアは顎に手を当て思案する。言ってしまえば「別の世界から来た」と、それだけで説明は出来るのだが、あまりにも荒唐無稽すぎて信じてもらえるかは怪しいところだ。
かと言って、一から説明するとなると少々話が長くなる。ならば、まずは『翼』が所属しているであろう二課へと赴き、そこで司令を含めて状況説明をした方が良いのではないか。
「私たちは――」
簡単な説明だけでもしようとマリアが口を開いたその瞬間、『翼』のギアに搭載されている通信機に通信が入る。『翼』は目線でマリアに断りを入れ、通信を始める。
「はい、翼です」
≪翼ッ! 2ブロック先の老人介護施設で新たなノイズの反応を多数検知したッ! まだ避難が完了していない、現場に急行してくれッ!≫
「なッ!? すぐ向かいますッ!」
ただならぬ様子の『翼』に、マリアは険しい顔で「どうかしたの?」と声をかける。
「ああ、この先の介護施設近隣に、新手のノイズが現れたそうだ」
「それじゃあ、話は後回しね」
「ノイズとくりゃあ、あたしらの出番だしな」
駆け出そうとしていた『翼』は、クリスとマリアを見ながら「手伝ってくれるのか?」と問いかける。二人は大きく頷き、足に力を込め『翼』同様駆け出す準備を整えていた。
「すまない、恩に着る……施設はここから2ブロック先のところだ、私が先導するッ!」
「オーケー、急ぎましょうッ!」
「ああ、ぶっ飛ばしていくぞッ!」
言うが早いが三人は走り出した。間に合ってくれと、それだけを願いながら。
「お婆ちゃん、こっちへッ!」
「わ、わたしのことはいいからお逃げなさいッ」
「そんなわけにはいきませんよッ!」
件の施設の前には、逃げ遅れた職員と老人がいた。老人は足が悪いらしく、職員に手を引かれながら歩いていたが、その足取りは覚束ない。
介護施設ゆえ、避難シェルターまではそう遠くはない。だが、このペースではシェルターに辿り着く前にノイズに見つかってしまう。
――そしてそれは、すぐに現実となり彼女らに襲いかかった。
「ッ!? ノイズッ!!」
「ひいッ!?」
目の前に現れた、サイケデリックカラーの異形。人類の天敵、接触した人間を炭素転換する特異災害。
慌てて踵を返し逃げようとするが、既に後ろからもノイズが迫って来ており、気がつけばすっかり周りを囲まれてしまっていた。
前方、一番手前にいたノイズが一歩踏み出した。思わず後退るが、もはや二人に逃げ場は無かった。
職員は老人を庇うように抱き締める。そんなことをしても無駄だということは分かっているが、せめて老人だけでもという思いから、ほぼ無意識に身体が動いていた。
「ッ!!」
じりじりと迫って来ていたノイズが、二人を葬ろうと飛び出し、職員はぎゅっと強く目を閉じた。
「……?」
しかし、いつまでたっても衝撃は襲って来ず、身体が砕けることもない。
職員が恐る恐る目を開けると、つい先ほどまで自分たちを囲んでいたノイズの群れはどこにもおらず、代わりに長いマフラーを風になびかせ拳を握る、一人の少女が立っていた。
♢
「あそこだッ!」
「まずい、囲まれてるわッ!」
職員と老人がノイズに囲まれていたその時、『翼』たち三人はまだそこから百メートルほど離れた場所にいた。
如何にギアを纏っているとはいえ、この距離では職員たちのもとに着くまで十数秒はかかる。しかし、職員たちを囲むノイズが三人の到着を待ってくれるはずもない。
「くそッ! こっからでも無理矢理当ててやるッ!!」
クリスは舌打ちをし、銃を構えた。
この距離で的確にノイズだけを狙い撃つのは難しい。もしかすると、傍にいる職員たちに当たってしまう可能性だってある。だが、このままでは職員たちは、三人が到着するより先に確実にノイズに炭素転換されてしまう。
――一か八かだッ!
クリスが引き金を引こうとしたその時、マリアが声を張り上げた。
「待って、誰かいるッ!?」
「あいつは――ッ!?」
マリアの声にクリスも『翼』も目を凝らせば、確かに職員たち以外の人物がいた。
しかもその人物は、自らの身一つで職員たちを取り囲んでいたノイズを次々と打倒していき、『翼』たち三人が現着するまでのほんの十秒ほどで、全てのノイズを片付けてしまっていた。
三人は辺りを見回し、ノイズがもう一体も残っていないことを確認してから、たった一人で付近のノイズを殲滅した“少女”の方に向き直った。
「立花、響……」
少女――『立花響』は、マリアの声は聞こえていないのか、背を向けたままだった。
肩で息をし、呆けた様子の職員と老人を睨みつける『響』。その拳は硬く握りしめられたままで、表情も穏やかとは言えないものだ。
「いいタイミングで来てくれたな」
そんな『響』の様子に気づいていないクリスは、笑顔で『響』に話しかける。
ところが『響』は、クリスに返事もせず無言で職員に歩み寄ると、その胸倉を掴み怒気を含んだ低い声で唸った。
「自分の身すら守れないくせに、誰かを守ろうとなんてするな」
『響』はそれだけ言って、突き飛ばすように職員の胸倉から手を離すと、困惑しているクリスとマリアの横を通り、振り向きもせず歩いていく。
「待て、立花」
立ち去ろうとする『響』に、『翼』が声をかける。『響』は立ち止まり、しかし振り返ることなく呟いた。
「足手まといがいなければ、助かる命があったんです」
その言葉は『翼』に向けたものなのか、それとも『響』自身に向けたものなのか。それは『響』にしか分からないことだった。
そして再び歩を進め始めた『響』は、それ以上はなにも反応することなく立ち去った。
自分たちの知る響とこちらの『響』の、あまりのギャップに呆然としていたクリスとマリアは、ここでようやく我に返り、現実を飲み込み始めた。
「……今のが、こちらの立花響……みたいね」
「んだよありゃ、まるっきり別人じゃねえか……虫の居所でも悪かったのか……?」
「いや、今日は普段よりも酷かったが、大概あんな調子だな。それより、二人は彼女のことを知っているのか?」
「あー、知ってるってか、なんていうか……」
首を傾げる『翼』に、言葉を濁すクリス。
思うように言葉が出てこずうんうん唸るクリスに、見かねたマリアが助け舟を出す。
「その説明は長くなるから、後でまとめてするわ。残っていた人たちの避難も完了したことだし、まずは自己紹介をしましょう?」
マリアの言う通り、既に逃げ遅れていた老人と職員――『響』に胸倉を掴まれた職員――の避難も二課所属の黒服エージェントたちにより完了しており、辺りには後始末に追われる二課職員や自衛隊がいるだけだった。
「ああ、自己紹介がまだだったな。私は特異災害対策機動部二課所属、風鳴翼というものだ」
「よく知っているわ。私はマリア・カデンツァヴナ・イヴよ。改めてよろしく」
「あたしは雪音クリスだ。……それにしても、こっちじゃ二課のままなのか……」
クリスがぼそりと呟いた言葉に、『翼』は「二課のことも知っているのか?」とまた疑問符を浮かべたが、直後に通信が入ったため、質問は保留になった。
『翼』は何度か相槌を打つと通信を終え、マリアたちに向き直った。
「すまないが、我々の本部まで同行してもらえるだろうか? 司令が話を聞きたいそうでな」
「ええ、もちろん」
「呼ばれなくても行くつもりだったしな」
二人の返事に安堵の笑みを浮かべた『翼』は、「では案内しよう」と待機していた黒塗りの車に二人を乗り込ませ、自らも助手席に乗ると、運転手に指示を出し、車を発進させた。
深夜の無人の街を走る車の中で、クリスは先ほどの『響』の様子を思い出す。そして小さくため息を吐くと、ぼんやりと窓の外を流れる景色に目を向けるのだった。
♢
足手まといは誰か。それは私だ。
だから、もっと強くならなくちゃいけない。守られないように、誰かを守れるくらいに。
――ああ、守るだなんておこがましい。これは義務だ。たくさんの誰かを守っていくはずだった人を殺してしまった償いだ。
守らなくてはいけない。この命が、燃え尽きるまで。