オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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前話を投稿するときにアニメ3期の開始について触れたはずなのに、気付けばもう折り返し……、時空の歪みが起きてしまっているようですね。

投稿頻度はなかなか上がらなそうではありますが、細々と続けていきたいと思いますので、他作者様の素晴らしい作品を楽しみつつ、気長にお付き合いいただければ幸いです。


(10)祝杯

「……では、メンバー全員のシルバー級昇格を祝して――、乾杯!」

 なみなみと注がれたエールの陶製のジョッキを掲げながらユンゲが声を張り上げれば、「乾杯!」と唱和する少女たちの声に続き、ジョッキを打ち鳴らし合う軽やかな音が、まだ客入りの少ない夕暮れ前の酒場に響いた。

 溢れこぼれたエールが卓上を濡らしてしまうものの、格式や礼儀を重んじる場でもないので、咎めようとする者はいない。

 ゴクゴクと一気にエールを飲み空けたユンゲの口からは、自然と満足の吐息がこぼれる。

 向かいの席に着いていたリンダが続いて杯を空け、その傍らではマリーがやや遅れるようにして、空になった小振りのジョッキをことりとテーブルに置いた。

「美味しいです」と笑顔を浮かべてみせるマリーだが、その表情はどこか苦しそうにも見える。

(……変に触れてやらない方が良いかな)

 ぼんやりと考えながら、ふと隣の席に目を移せば、子栗鼠のように頬を膨らませたキーファが、半分ほども中身の入ったジョッキを傾けたままの姿勢で固まり、「……んぐ、んぐ」と目を潤ませていた。

 慌ててジョッキを取り上げつつ、落ち着かせるようにユンゲが背を擦ってやったのなら、ぷるぷると震えたキーファは口に含んでいたエールをごくりと飲み込み、ようやっと息をついてみせる。

「…………苦い、うぅ」

「ははっ、エールが苦手なら無理しないで良いんだぞ」

 頑なだった様子にやや呆れながらも、ユンゲは相好を崩してキーファの頭を軽く撫でた。

 ――アルハラは忌むべきことだ、飲酒を強要するつもりはない。

「キーファは甘い酒のほうがいいか? それとも酒はやめとくか?」

「……甘いのがいい」

「そうか、なら果実酒でも頼もう。二人はどうする?」

 気恥ずかしそうに少しだけ頬を赤らめたキーファの答えを聞きつつ、ユンゲは向かいのリンダとマリーにも注文を確認する。

「私は同じもので構いません」とリンダがはきはきと答え、小首を傾げていたマリーは少し躊躇った様子ながら、「私も甘い果実酒が欲しいです」と口許に小さな笑みを浮かべた。

 了解したと軽く返しつつ、ユンゲは給仕の店員を呼び止めて追加の飲み物の注文を通し、ついでとばかり品書き――未だにこの世界の文字は読めないので、何のメニューかは分からない――を指でなぞりながら、「ここから、ここまでを二皿ずつお願い」と大雑把な注文をしていく。

 出会った当初こそ、今の注文を承った店員のように、ユンゲの食事量に若干引き気味だった森妖精〈エルフ〉の少女たちも、数日をともに過ごせば慣れたものなので、特に気にする素振りもない。

 この異世界に転移し、ハーフエルフの身体になってからの異常な食欲は、エルフの種族特性かとも思っていたユンゲだったが、彼女たちエルフの食べる量は一般の人間と大差ないので、判断はとりあえず保留にしている。

 キーファから取り上げたエールで喉を潤しつつ、「しっかり運動してるんだから、別に構わないよな」とユンゲは誰にともない言い訳を心の内で重ねるのだった。

 

「それにしても、こんなにも早く昇格させてもらえるなんて、エ・ランテルの冒険者組合はすごいところですね」

「そうだな、登録して間もない私たちにいきなり昇格試験を受けさせてくれるのだから、組織の考えが柔軟なのだろう。――まぁ、全てはユンゲ殿の存在からなのでしょうけどね」

 料理が運ばれてくるまでの場をつなぐようにマリーが声を弾ませると、同意をするようにリンダが頷きを返し、最後の台詞をこちらへと向けて苦笑するように言葉を紡いだ。

 まだ口の中に残っているエールの苦みに耐えているであろうキーファは、声なく首肯を繰り返すことで同意の意思を伝えているつもりらしい。

 顔がこくこくと上下するのに合わせて、後ろ手に括った栗色のポニーテールが揺れ跳ねるのが、なんとはなく愛嬌を感じさせてくれる。

 

 トブの大森林でアインザックらと別れた後、街道に待たせていたキーファとリンダを伴ってエ・ランテルへと帰還したユンゲは、その足で冒険者組合の門扉を叩き、彼女たちの冒険者登録と今後は四人でチームを組むことを報告した。

 いつもの顔馴染みとなっていた受付嬢は生憎と不在であったが、先にアインザックから話は通っていたようで、エルフであっても冒険者の登録はつつがなく完了した。

 ユンゲたちを驚かせたのは、登録を終えたその場で昇格試験に関する提案をされたことだ。

 本来であれば、いくつかの依頼をこなし実績を残すことで挑戦できるはずだったのだが、リンダの言葉が答えなのだろう。

 ホニョペニョコやモモンといった超常の存在にやや気圧されていたユンゲではあったが、この世界において抜きん出た実力を持つことに疑いはない。

 ある程度目端の利く人物ならば、敵にするよりは内に取り込んでおきたいと考えるのは道理なのだろうと思えた。

 チーム仲間のマリーたちを厚遇する姿勢を示すことで、ユンゲにも便宜を図ろうとする冒険者組合の思惑が透けて見えるようだが――、

「組合の考えを俺たちが気にしても仕方ないさ。冒険者のランクが上がれば受けられる依頼は増えるし、報酬も多くなる。美味い飯も食えるようになるんだから、良いこと尽くめだ」

 言い差し、残っていたエールの杯を呷ってユンゲは言葉を続けた。

「それにキミたちの昇格は、実力からして妥当だろう。昇格が早いか、遅いか――それだけの話だ」

 やや冗談めかせた口調で笑いかけるが、ユンゲの言葉に嘘はない。

 

 冒険者組合から提示された昇格試験の内容は、エ・ランテル共同墓地の夜間警戒であった。

 先に起きたアンデッド大量発生は人為的なものであったが、墓地における低位のアンデッドの発生は日常的に確認されており、放置すればより上位のアンデッドが生まれてしまう可能性がある。

 そのために墓地の見回りと定期的なアンデッドの討伐は欠くことのできない仕事であり、常日頃から依頼という形で冒険者組合のクエストボードに張り出されている。

 例外的に強力なアンデッドが出現したこともあったらしいが、敵となるアンデッドの難度――意味合いとしてはユグドラシルにおけるレベルと同義であり、この世界におけるモンスターや冒険者の強さの指標となる――が一定の程度を見込めるため、冒険者の実力を測る目的の昇格試験として都合が良いのだろう。

 エ・ランテル帰還の翌日、昨夜から今朝にかけて昇格試験を実施したユンゲたちは、宿で仮眠を取ってから向かった冒険者組合で、先ほど全員の昇格決定とともに新しいプレートを受け取り、そのまま昼下がりの酒場で祝杯を挙げることにしたのだった。

 チームとしての昇格試験であったため、建前の上で同行したユンゲであったが、最初に<ダーク・ヴィジョン/闇視>などの簡単な補助魔法を使ったことを除けば、以降の出番はほとんどなかった。

 神官〈クレリック〉として前衛もこなせるリンダを中心に、信仰系魔法を使える森祭司〈ドルイド〉のマリーが傍を固め、野伏〈レンジャー〉のキーファは索敵や陽動を中心として、見事に連携しながら上手く立ち回っていた。

 授与される冒険者のランクが、アイアン級を飛ばしてシルバー級となったのも、試験中に出現した血肉の大男<ブラッドミート・ハルク>を打ち倒した功績――腕力にあかせて殴ることしかできないアンデッドの一種だが、再生能力を持つために討伐にはかなりの時間が必要となる相手であり、難度に照らせばシルバー級からゴールド級の冒険者が戦うべき強敵とされるらしい――によるものだ。

 不本意ながらも、エルヤーの率いたワーカーチーム“天武”において、ミスリル級にも相当する依頼をこなしていた、という彼女たちの実力は確かなものだろう。

 転移時に得た“ユグドラシルの恩恵”があり、アバターの能力を引き継いでいる自身にはない、現実の経験として培われた彼女たちの努力の成果は、ユンゲの目にとても眩しく映っていた。

 

「――お褒めいただき恐縮ですが、やはりいざとなればユンゲ殿が控えていることが、とても心強いのですよ。まだ至らないことは重々承知しておりますが、私たちもいつかは並び立てるように精進したいと思います」

 リンダのあまりに殊勝な返しに思わず口を開きかけたユンゲだったが、計ったかのように追加の酒類と料理が運ばれてくると、芳ばしい香りに鼻孔をつかれタイミングを逸してしまう。

 エルフの少女たちから向けられる賞賛にどのような反応を返すべきなのか、答えを誤魔化すようにひとつ小さく咳払いをしたユンゲは、「……期待してるよ」と短く告げるに止めた。

 この世界におけるレベルの上限について判断はつかないが、トブの大森林で見た吸血鬼討伐跡の凄まじい光景を脳裡に思い浮かべれば、まだまだ上はあるのだろう。

 ――彼女たちに胸を張って誇れるように、俺も強くならないとな。

 小さな決意とともにゆっくりと深呼吸をし、テーブルに着いたエルフの少女たちの顔を見回す。

 一様に小首を傾げて疑問符を浮かべる少女たちを見遣り、思わず頬を緩めたユンゲは、新しく運ばれてきたエールのジョッキを手に取りながら口を開いた。

「さぁ、美味そうな料理だ。冷めないうちに食べようぜ!」

 

 *

 

 すっかりと陽の落ち、暗がりを押し退けるように路地の角ごとで篝火が焚かれているエ・ランテルの街並みは、〈コンティニュアル・ライト/永続光〉に照らされた帝都の街並みとはまた違った趣に包まれている。

 通りに面する壁を取り払った酒場からは、道を跨ぐように宴会の席が広げられ、日中の仕事を終えた職人や荷揚げ夫、依頼を終えた冒険者たちが、明日の英気を養うための酒盛りに忙しい。

 昼過ぎからこれまで、酒宴を続けていたユンゲたちのテーブルの惨状は燦々たるものだが、夕暮れから混み始めた酒場の喧騒の中では、それほど悪目立ちすることもなかった。

 特徴的な耳を晒していてもエルフであることを全く見咎められない辺り、帝国よりも過ごしやすい街であることは間違いないだろう。

 酒精に強いリンダと早々に果実水に切り替えたキーファはともかく、何の意地なのかユンゲのペースに合わせて果実酒を飲み続けたマリーは、リンダの膝を借りながら既に夢見心地だ。

 酒にうなされ苦しそうでもあり、一方でどこか憑き物の落ちたような寝顔は、虐げられる境遇から逃れられた安堵の思いを映しているのかも知れない。

「くくっ、これじゃあ明日は二日酔いで仕事にならなそうだな」

 鮮やかな金色の前髪を指先で左右に梳いて、マリーの寝顔を確認したユンゲは軽口で笑う。

「そのようですね。回復魔法で治すこともできますが、自分の限界くらいは知っておいた方がマリーのためでしょう」

「なるほど、そんな使い方もあるのか。……酒精は毒みたいな扱いってことか?」

 苦笑しながら「その通りです」と答え、リンダは膝に抱えたマリーの頭を慈しむように撫でる。

 クレリックという職業柄なのか生来のものなのか、リンダはとても面倒見の良い性格の持ち主で、三人の中では年長者ということもあり、これまでも保護者のような振る舞いを見せることが多かった。

 三人ともかなりの美形なためか、先ほどから他テーブルの男衆からの視線が鬱陶しくもあるのだが、リンダに任せておけばこの場で問題は起こりそうにもない。

「……少しだけ夜風を浴びたいから、外に出て来ても大丈夫か?」

「ええ、問題ありませんよ。追加のエールでも飲みながらお待ちしております」

 嫋やかな見送りを受けつつ、ユンゲは静かに酒場の外へと向かう。

 腕も腹もまくって騒ぐ、赤ら顔の酔客たちの合間を縫って通りに出れば、いつの間にか夜の帳が下りた空には星たちが瞬き始めていた。

 この世界に降り立った日のことを思えば、胸に込み上げてくる想いもあるのだが、今はそんな場合ではないと思い直し、無詠唱化した魔法を発動する。

「…………、〈センス・エネミー/敵感知〉には反応なしか、どうしたもんかな」

 手持ち無沙汰なユンゲの口から誰にともなく言葉がこぼれた。

「ユンゲ、ちょっといいかな?」

 呼びかけの声に振り返れば、キーファの真剣な眼差しに迎えられた。

 頬が赤く染まって見えるのは酒精の影響だろうか、元より肌の白いエルフなので青白い月明かりの下にあって、赤みがより強調されているような印象さえ受ける。

 構わないよ、と先を促すように示したのなら、やや潜めた声でキーファが話し始めた。

「もう気付いてるかも知れないけど、監視されてる……ような気がする」

 少しばかり自信がないようにも聞こえるが、レンジャーであるキーファだからこそ気付くことができたのだろう。

 その紫の瞳には、確かな確信の色が見て取れる。

「――そうみたいみたいだな。いつ頃から監視されていると思う?」

「最初に感じたのは昇格試験のとき、試験官みたいな人が見張っているのかと思ったんだけど……、酒場で飲んでいる最中から、また同じような相手からの気配を感じた」

「俺と同じだな。気のせいかとも考えたが、二人ともが察知したなら多分間違いない」

 ユンゲはキーファの発言を引き取り、互いに頷きを交わす。

「相手は何者だと思う? 今のところ敵対するような雰囲気ではないけど……」

 今の条件だけでは疑問に明確な答えを出すことはできず、二人は頭を悩ませる。

 そもそも監視されている対象が誰なのか、ユンゲなのかエルフの少女たちなのか、或いはチーム全員が監視対象なのか――。

 狙いがユンゲだとすれば、相手の素性もつかみやすいかも知れない。

 この世界に転移してから日も浅く関わってきた人間も少人数に限られるが、ひそかに監視されるような覚えはない。

 キーファたちが狙いだとすれば筆頭候補は、あのエルヤーだろうかとも思うが、あれほど力の差を見せつけられた後で、安易な報復は仕掛けてこないように思えた。

 奴隷商にしても、売却済みの奴隷にまで関与はしてこないはずだ。

 チーム全員が対象なら思いつくところでは、エルフへの偏見や早すぎる昇格に対する嫉妬心や対抗心といったところかも知れない。

 昇格という点に関してならば、瞬く間に冒険者の最高位に当たるアダマンタイト級にまで昇りつめた“漆黒”のモモンとナーベにも向きそうなものだが、当代の英雄とまで称される彼らにわざわざ喧嘩を売る輩もいないのだろう。

 根拠も何もないが、スピード出世への嫉妬という路線は転移前の世界でも往々にしてありうることを思えば、妥当な考えのように感じられた。

 

「とりあえずは様子を見てみるしかないかな。警戒だけは怠らないようにしよう」

 そう言って酒場の中の二人にも注意だけはしておこうとユンゲは踵を返しかけ、「――あ、待って一つ相談があるの!」とキーファに呼び止められて、その場にたたらを踏んだ。

 内心の焦りを取り繕うようにやおらと頷き、キーファに向き直って聞く姿勢をみせる。

「あの、冒険者組合でプレートをもらったとき、カッツェ平野でのアンデッド目撃情報が増えているって話があったじゃない?」

「ああ、近いうちに討伐隊を募るって話だったな」

 アインザックからの言伝として、編成される討伐隊にはユンゲたちにも参加してほしいという旨を受付嬢から聞いていた。

「それで、あたしの武器なんだけど、今のままだと皆に迷惑をかけてしまうと思って……」

 キーファの言わんとすることを理解し、ユンゲは顎に手を当て思考に沈む。

 レンジャーとして弓と短剣を駆使するキーファの戦闘スタイルではゾンビ系はともかく、刺突攻撃に対する完全耐性のほか、斬撃耐性も有するスケルトン系を相手にしては分が悪い。

 簡単な対策としては、スケルトンに有効な打撃系の武器を装備することが望ましいが、彼女の持ち味である機動力の妨げになるだろうし、慣れない武器を使用しての戦闘は困難になるだろう。

 ユグドラシル産の強力な武器でもあったのなら話は異なるのだろうが、友人から譲り受けた武器の性能に頼り切ったユンゲは、手に入れた武器のほとんどを換金してスクロールなどの消費アイテムにしてしまっていた。

(……キーファは後方に控えていてくれればいい、と言っても納得はしないだろうな)

 彼女たちが健気にもユンゲの役に立ちたいと願っていることは理解しているつもりなので、無下にもできない。

 各々が得意とする方面で頑張ってもらうには――、小さく「良しっ」と呟き、顔を上げたユンゲはキーファの顔を正面から覗き込み、慎重に言葉を紡いだ。

「キーファ、俺たちはチームだ。足りないところがあるなら、互いに補い合えばいい。アンデッドが相手なら俺とリンダが前に出るから、周囲への警戒はどうしても疎かになる。どこから現れるかも分からない相手への対処はキーファに任せるしかない。身体能力に劣るドルイドのマリーを矢面に立たせるわけにもいかないから、キーファが頼みだ。迷惑なんてことはない」

 よろしく頼む、とひと息に言い切ったユンゲは、キーファが一つ小さく頷いたのを確認して、すぐに踵を返した。

 キーファの反応も気になるところではあったが、とても顔なんて見ている余裕はない。

 ――慣れないことをするもんじゃない、ってのは道理だな。

 照れ隠しに髪をかきつつ、ユンゲは酒場の宴席へ戻るのだった。

 

 




次話は、アンデッド師団討伐になるかと思います。
原作では一言で片付けられているので、内容はほとんど独自解釈になってしまいますが、ご了承ください。

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