オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

2 / 74
-主人公について-
ユグドラシルを“ぼっちプレイ”で過ごしていたことから、自分以外のプレイヤーという存在が希薄であり、他のプレイヤーも同じような境遇になる可能性には考えが及んでいません。


scene.1 異世界の邂逅
(1)空腹


「……では、いっただっきまーす!」

 温かな湯気を立ち昇らせる燕麦のポリッジと芳ばしそうな焼き目の厚切りベーコン、山盛りの蒸かしたカブやジャガイモを前にして、満面の笑みで両手を合わせる半森妖精〈ハーフエルフ〉の青年――ユンゲ・ブレッターは高らかに声を張り上げた。

 周囲から寄せられる非難めいた視線を一切気にすることもなく、程良い塩気のポリッジを大きな木匙で豪快に口へと放り込み、ごろっとしたジャガイモを頬張るとともに脂の滴るベーコンを噛み千切っては、勢い任せにガツガツと咀嚼してしていく。

 いくら荒くれ者ばかりが集まる酒場とはいえ、あまりにも品のない食事の有り様ではあった――が、ユンゲの鬼気迫るような食いっぷりに当てられているのか、注意をする者は現れない。

 そうした間にも頬袋を最大限に膨らませたリスのように料理を詰め込みつつ、なみなみと注がれた安物のエールで一気に流し込んでしまう。

 まるで獣のような食事を終えて、ようやっと満足したユンゲが大きく息を吐いたときには、酒場の隅から小さな拍手が聞こえてきたほどだった。

「いやー、食った食った! 生き返ったー!」

 ぽんぽん、と大袈裟に腹をたたいたユンゲは、椅子の上に胡坐をかいて楽な姿勢を探しながら、ぼんやりと思考を巡らせていく。

 真っ先に考えたことは、昨夜に色々と悩んでいたことがバカらしかったということだ。

「仮想世界が現実になるような、漫画みたいなことが起こるはずない」とか「ユグドラシルが楽しすぎて、自分は頭がおかしくなってしまったのか」とか「この先、いったいどうすれば良いのか」など諸々と悩んでいるうちに、疲労から眠りについてしまった翌朝――、ユンゲを襲ったのは“空腹”だった。

 ゲームであるユグドラシルにおいても、空腹というステータスは存在していた。しかしながら、それは特定の能力にマイナス補正がかかるといったバッドステータスの一種に過ぎなかった。

 ユグドラシルでの空腹状態は何らかの食事を取ることで解消され、食べた料理の種類によっては能力上昇のバフを得ることもできたのだが、この世界では実際に腹が減ってしまうのだ。

 その事実は、この世界が“ゲーム”の中ではなく、端的に“現実”であることを示していた。

 

 *

 

 突然の転移から一夜が明け、空腹によって目を覚ましたユンゲは、食事を求めながら当てもなくふらふらと歩き始めてから、数歩進んだところで〈フライ/飛行〉の魔法を詠唱した。

 ユグドラシルでの魔法やスキルが使えるのかという不安は、転移してしまった昨夜のうちに思いつく限りで試していたので、既に払拭されている。

 そもそも、この世界に転移したときには〈飛行〉を維持して、雲の上に寝転がっていたのだから魔法が使えないような状況では、そのまま真っ逆さまに落下するしかなかったはずなのだ。

 身に着けていた服装にしても、ユグドラシルにおける自身のキャラクターが装備していたままの格好であった。

 その森妖精〈エルフ〉を意識しながら緑系統に染めた軽装の装いでは、上空を飛ぶのに肌寒かったこともあり、今は取り出した無地のマント――アイテムボックスを開く要領で手をかざせば、何もない空間に窓のようなものが開き、ゲーム内と変わらない形で各種アイテムが収納されていた――をすっぽりと羽織っている。

 ユグドラシルを始めて間もない頃に手に入れた装備品のマントなので、〈敏捷性アップⅠ〉という微妙な性能に過ぎないものではあったが、首から下を覆うことのできる風除けの防寒具としては、十分な性能を発揮してくれていた。

「……こんなのだから、現実なのかゲームなのか、良く分からなくなるよな」

 ぼやきをこぼしながら、しばらく当てもなく飛び続けたユンゲは、やがて眼下に広がる三重の城壁に囲まれた街並み――後に知るところで、エ・ランテルという名の城塞都市を発見したのだった。

 

「……街中に直接降りたら、問題になるかな?」

 これまでの道中において、ユンゲと同じように空を飛んでいる人影を見かけなかったことから、少しばかりの不安を感じていた。

 遠巻きに都市の外観を眺めていると開かれた城門の前には、既に入場を待っているであろう人や荷馬車が列をなしている姿が見える。

 少しだけ手前の地点で魔法を解いてひっそりと降り立ったユンゲは、待機する列の最後尾に歩み寄りながら周囲の様子に目を配った。

(並んでいるのは人間ばっかりか、他の種族はいないのかな? 森からここまでに小鬼〈ゴブリン〉や人食い大鬼〈オーガ〉とか、二足歩行のトカゲみたいなのは見かけたから、全く存在しないってこともないと思うんだけど……)

 気がかりな点は、人間以外の種族が認められている街なのかどうか、ということだ。

 緑豊かな森の上を飛んでいた際、目に止まった湖面で確認したユンゲの外見は、ユグドラシルにおいて設定したアバターの姿だったので、種族としてはハーフエルフに分類されるはずだった。

 長い耳や長身痩躯といった身体的特徴を持つエルフとは異なり、かなり人間に近い姿――現実のコンプレックスを反映した容姿は、程良く引き締まる強靭な身体つきに、彫りの深い端正な顔立ちと男らしさを演出する顎周りの無精髭を生やし、特徴的な人間より尖った耳は長めな金髪の中に埋もれるように隠れている。

 あまり問題にはならないと思いたいところだが、万一の事態に備える必要はあるのかも知れない。

(……というか、入るときに身分証とか求められたりしないよな)

 先に並んだ人たちから入場が進んでいき、段々と城門が大きく見えてくるのにつれて、空港での入国審査のような印象に重ねたユンゲは、不安な気持ちが浮かんできてしまう。

(武器を持ちながら並んでいる人もいるけど、持ち込み禁止のアイテムとかがあったらマズいよな……必要そうなもの以外は、とりあえずアイテムボックスに放り込んでおくのが無難か)

 列の最後尾であることに感謝しつつ、ユンゲは急いで身支度を整えていく。

 

「――次の者は、冒険者か? いや……いかなる用向きで、このエ・ランテルに訪れたのかね?」

 声をかけてきた検問所の髭面の兵士が、ユンゲの首辺りを一瞥してから問いかけてくる。

「……ん? ユンゲ・ブレッターと申します。旅の途中で立ち寄ったのですが、許可証は持っておりません。通行料はこちらで足りるでしょうか?」

 兵士からの視線に疑問を感じつつも、ユンゲは先に城門をくぐっていった人たちの様子を思い出しながら、倣うように心掛けて問い返す。

 できるだけ平静を装いながら、ユグドラシルの通貨――大型のアップデート後から使用されていたらしい、女性の横顔が彫られた金貨を取り出して兵士へと手渡す。

「ふむ、見たことない硬貨だが……、奥で調べさせてもらって構わないかい?」

「――構いません。私の故郷で使われていたものなのですが、こちらでの相場は分かりませんので、お任せします」

 鷹揚に頷いた髭面の兵士から金貨を受け取った別の若い兵士が、奥の詰め所へと向かうのを横目にしながら、ユンゲは神妙な面持ちで言葉を続けた。

「それとお恥ずかしい話なのですが、旅の路銀が少なくなっておりまして、こちらの街で一時の職を求めることは可能なのでしょうか?」

 ユグドラシル製の通貨が流通していないのであれば、この世界での通貨を得るために、何らかの手立てが必要になってくる。

 いざとなれば使用しない装備や消耗品のアイテムを売り払うことも検討しなくてはいけないのだろうが、右も左も分からないような現状では、できることなら避けたい手段だった。

「このエ・ランテルは、周辺国家の交易の要衝だからね、荷運びみたいな力仕事ならいくらでもあるだろうよ。――腕に覚えがあるなら、冒険者組合で登録してみたらどうかね? 即日払いの依頼なんかも結構あるはずだ」

「……えっと、冒険者ですか?」

 先ほども耳にした単語だと思いながら、ユンゲは兵士に問い返す。

「ありゃ、知らないかい? モンスター退治とかを専門にする仕事だよ。あっちの通りに組合の建物があるから、後で行ってみるといい。不愛想な受付の嬢ちゃんが、色々と教えてくれるはずだ」

 肩越しに後ろの通りを指してみせながら楽しそうに笑う髭面の兵士は、意外な感じだが割と面倒見の良い性格なのかも知れない。

 そんなことをぼんやりと考えていると、ちょうど詰め所から若い兵士が戻ってくるのが見えた。

 そうして、提示された“交金貨二枚分の価値”としての交換比率を了承し、ユンゲは通行料と鑑定料を除いた分の返金を受け取る。

(交金貨一枚と銅貨での返金か……、妥当なのかどうか判断もつかないけど、良い人たちみたいだし問題はなさそうだよな)

 ありがとうございます、とユンゲが素直に礼を口にすれば、兵士たちは破顔して見送ってくれた。

 空腹を訴え続ける身体のことはあるものの、所持金の不安を解消するためにも、先ずは話題に上がった冒険者組合へと向かってみるのが賢明だろうか。

 

 検問所の兵士から教えられた道なりに進みつつ、何人かの武装した者たちが出入りしていた“剣と盾”の意匠を掲げた建物に当たりをつける。

 他に選択肢のないユンゲとしては、少しだけ緊張の面持ちで冒険者組合らしい門扉を叩いたものなのだが――、冒険者としての登録は名前を告げるばかりの非常に簡素な手続きで済んでしまったので、若干の肩透かしを覚えたものだ。

 初心者という意味合いの“若葉”から連想し、ユグドラシルで使用していた“ユンゲ・ブレッター”という登録名をそのままに流用しても、何か特別な反応をされることもなかった。

 そうした気楽な調子だったので、冒険者としての心構えや依頼の受注方法などを丁寧に説明してくれた受付嬢から告げられた、「お一人では危険な依頼もありますので、とりあえずは冒険者の集まる酒場で、仲間を募るのもいいかも知れませんね」という言葉を素直に聞き入れることに決めて、ユンゲはあっさりと冒険者組合を後にする。

 それから駆け出し冒険者向けの宿場も兼ねていると紹介された酒場へと向かったのだったが、そこには“場末の酒場”という単語がこれ以上になく相応しい、暴力的で退廃的な空間が広がっていた。

 もしも現実の世界で直面したのなら、無言で引き返していただろうことは想像に難くないが――、それでも空腹に突き動かされたユンゲは、酒場の用心棒にしか見えない無骨な禿頭の主人を見据えて、力強い口調で宿と食事を求めたのだった。

 

 *

 

 追加で注文したエールのジョッキを傾けながら、ユンゲは首に下げた小さな銅級〈カッパー〉のプレート――冒険者の実力を示すという、認識票を指先でつまみ上げて眺めた。

「……腹も膨れたし、簡単な依頼の一つでもこなしてみるのが良いのかな」

 ようやくと空腹が満たされたことから、ユンゲは落ち着きを取り戻しつつ、何気なく酒場内へと視線を巡らせる。

 所狭しと並べられたテーブルには、他の酔客たちの姿もちらほらと見られるのだが、ほとんどの者は既に連れ合いらしく、仲間内で楽しく談笑している様子を遠巻きに眺めれば、わざわざ飛び込んでいくのも気が引けてしまう思いだった。

 一人でカウンターに突っ伏している男もいるが、まだ陽も高いうちから酒を飲んでいるような冒険者は――ユンゲ自身もエールを飲んでいるという事実は、すっかり棚に上げつつも――あまり熱心な者ではないのだろうと考えてしまう。

(……そもそも、この酒場の客層が悪過ぎるよ。どいつもこいつも危なそうな奴等ばっかりだし、店主の見た目からしても、どこかのヤ○ザみたいな凶悪顔だからなぁ)

 唯一の例外として、隅の席には赤毛の若い女性の姿もあるが、テーブルの上に置いた色付きの小瓶をご満悦な表情で眺めているばかりなので、何となく声をかける気にはなれない。

「……最初は、ソロで依頼を受けてみるか? ユグドラシルでは“ぼっちプレイ”してた訳だし、その方が気楽そうだもんな」

 そうして、誰にともなくぼやきをこぼしたユンゲが、ジョッキの底に残っていた最後のエールを飲み干しかけたときだった。

 ギィーッと蝶番を軋ませて、開かれたウエスタンドアの向こうに二人組の男女が姿を現せる。

 

 ――それは後に、人類の英雄と称される冒険者チーム“漆黒”の二人だった。

 

 




-言い訳-
アインズ様が冒険者モモンとしてエ・ランテルを訪れるまでには、カルネ村のイベント等をこなしているはずなので、転移のタイミングか数日ズレているものの、目を瞑っていただければ幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。