オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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前回に続いてネタバレ感のあるサブタイトル。でも、内容的にはほとんど関係ないかも知れないです。
何となく二文字縛りでサブタイトルをつけていますが、良さそうな言葉が思いつからないときは辛いですね。


(17)魔獣

「――今度、お前さんの冒険譚を聞かせてくれよー!」

 行き交う旅人も疎らとなりつつあるエ・ランテルの街門、夕暮れが迫り落ち着きつつあった静寂を打ち破るように、大きな野太い呼び声が響いた。

 厳重な城壁の横手に設けられた検問所で力一杯に腕を振って主張する髭面の兵士を一瞥し、「……暇なときに気が向いたらな」と曖昧な言葉を返しながら、ユンゲはおざなりに手を軽く振って足早にその場を離れる。

 最初にエ・ランテルを訪れたときにも検問所に詰めていた兵士であり、これまでに何度か顔を合わせているので口調も含めて互いに遠慮はなくなっているが、髭面の兵士がかけてくる遠慮のない大声は、ハーフエルフの敏感な聴覚を持つユンゲにはあまり嬉しくない振る舞いだった。

 都市への入場税を払い終えて革袋の口を締めていたエルフのマリーが、ユンゲの傍らで思わず身を強張らせてしまっているのも仕方のない反応だろう。

「……相変わらず喧しいおっさんだな」

「そうですね……でも、人の良さそうな方ですよね」

 エ・ランテル居住区の中央通りを抜けながらユンゲがぼやけば、隣を歩いていたマリーは少しばかりの苦笑いを浮かべつつ肩を竦めるようにしてみせた。

 髭面の兵士の対応は良くも悪くも変わらない。冒険者ランクの昇格以降、露骨に態度を変えてくる面倒な輩も一定数いたことを思えば、ユンゲにとっても好ましい人物なのは間違いない。

 マリーに倣って同じように肩を竦めつつ、ユンゲは商店や酒場が軒を連ねる通りを眺めて歩く。

 早くに一日の仕事を終えて酒場に繰り出す者や最後の稼ぎとばかりに呼び込みの声を上げる客引き――以前に見た帝都ほどではないが、十二分に活気を感じさせてくれるエ・ランテルの街並みだ。

 迫り出した酒場の軒先では、赤々とした炎にひと抱えほどもある大きな肉塊が焼き上げられ、賑やかな通りに芳ばしい肉の焼ける香りが立ち込めている。

 大振りなナイフを手にした店主らしき男が、道行く人々に見せつけるようにしてゆっくりと切り分ければ、鮮やかな桜色の断面に濃厚そうな脂が滴っていく。

「……今晩は肉料理だな」

 思わずユンゲが口にしたとき、意図せず腹の虫が「ぐぅぅ」と音を立てた。

「ふふっ、宿に戻ったらキーファとリンダも誘って、早めの夕食にしましょうか?」

「……そうだな、とりあえず冒険者組合に顔だけ出して、手頃な依頼がないかだけ確認してから二人を呼びに行こう」

「了解しました!」

 溌溂としたマリーの返事を受けて、ユンゲはやおらと冒険者組合へと足を向けた。

 クエストボードに貼り出された依頼が更新されるのは、主に朝方のことなので目ぼしいものは既に消化されてしまっているだろうが、今日一日を成果のない釣りに費やしてしまったことに――転移前の世界では連日連夜のサービス残業など当たり前だったので、何もせずに過ごしてしまったということに――何となく違和感を覚えてしまうのかも知れない。

(……まぁ、冒険者の稼ぎは多いから問題ないんだけど、これも職業病みたいなものなのかな)

 

 ぼんやりと考えながら冒険者組合の前に辿り着いたユンゲが扉に手をかけたところ、裏手の路地からのっそりと大きな影が現れた。

「――きゃっ」

「おや、驚かせてしまったでござるか? すまないでござるな」

 唐突な巨体の登場に驚いたマリーの小さな悲鳴に、気遣うような声がかかる。

 目の前に登場した巨大な魔獣と柔らかな声の主とを簡単には結び付けられないのか、周囲を窺うように視線を方々へと彷徨わせるマリーの仕草が、どこか小動物のような愛らしさを感じさせてくれるので、ユンゲの頬は思わず緩んでしまった。

 何となくこのまま眺めていたい衝動に駆られるが、ユンゲの袖口を縋るようなマリーの力が強くなっていることを思えば、助け船を出してやるべきだろうか。

 トブの大森林近くの河畔で情けない本心を晒してしまった気恥ずかしさもあり、ユンゲにはできるだけ“年長者”らしい振る舞いをしたいという忸怩たる思いもあった。

「……森の賢王、さんだよな? 漆黒のところの――」

「左様でござる。けれど今は、殿から頂いた名として、ハムスケと名乗っているでござるよ」

「ん? あぁ、そうなのか……」

 魔獣を相手に敬称をつけることに若干の違和感を覚えつつ、随分と時代錯誤な喋り方をする魔獣だと思いながらも、ユンゲの意識は別の部分――魔獣の姿形に引っ張られてしまう。

(やっぱり、ハムスターだよな。……ていうか、名前もそれっぽいのか)

 以前にも見た群衆の反応やマリーの様子を見れば、強大な魔物であることは間違いないのだろうが、大きさこそ規格外ではあるものの“ハムスター”という愛玩動物的な外見から、どうにも可愛らしい印象の方が先に立ってしまう。

「……連れが失礼したな。悪気はないから勘弁してやってくれ」

「それがしは、別に構わないでござるよ」

「そっか、ありがとな。――漆黒の御二人は、組合の中にいるのか?」

「そうでござる。拙者はここで待機中でござる」

 ハムスターの所作は分からないが、おそらくは自慢するように胸を張ってみせるハムスケに向けて、軽く手を振って別れを告げたユンゲが冒険者組合の扉を引いてやれば、やや緊張した面持ちながらも律儀にハムスケにお辞儀をしてから、マリーが慌てて建物の中に駆け込んでくる。

 扉が閉まる直前に聞こえた、「バイバイでござるよーっ」というハムスケの呼びかけにビクッと肩を竦ませるマリーの不安そうな様子を見遣り、ユンゲは「くくっ」と小さく吹き出して肩を揺らす。

 頬を膨らませたマリーから向けられる不満そうな抗議の視線は、努めて無視をしながら室内を眺めてみるが、クエストボードの前やロビーで過ごす冒険者の中に漆黒の姿はない。

「いないみたいだな……、奥の会議室にでも入ってるのかな?」

「――知りませんっ」

 答えを求めたわけではなかったが、間髪を入れないマリーの返答を受けたユンゲは、額に手をやってかぶりを振りながら笑いを堪える。

 こちらの要求に唯々諾々と従われるより、よっぽど人間らしい――ハーフエルフとエルフではあるのだが――やり取りが心地良く感じられる。

 これまでのことを客観的に振り返ったなら、少しばかり悪ふざけが過ぎたかも知れないと思いつつも、これだけ良い反応を見せてくれると実にからかい甲斐があるというものだ。

 そっぽを向いてしまったマリーを見遣り、軽く頭を撫でるように置きかけた手が払い除けられ、ユンゲはやれやれともう一度かぶりを振ってからクエストボードへと歩み寄っていく。

(……我ながら性格悪くなってる気がするな)

 結局、手頃な依頼も貼り出されていなかったことから、ユンゲは不機嫌なマリーを宥めすかしながらキーファとリンダの待つ宿屋へと向かう破目になるのだった。

 

 *

 

 ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りに照らされた宿屋の一室、窓辺に映るすっかりと陽の落ちたエ・ランテルの街並みを横目に、ユンゲは壁際のベッドへと倒れ込む。

 冒険者に登録して間もない頃に利用した安宿のベッドであれば、薄い敷布下の板張りで鼻を傷めてしまいそうな勢いでも、柔らかな綿の詰まった枕はユンゲを優しく受け止めてくれた。

 ユンゲだけであったのなら駆け出し冒険者向けの安い宿屋でも構わなかったのだが、あの治安の悪そうな空間にマリーたちを連れていくのは躊躇われたため、エ・ランテルに帰還してからは中堅者以上の利用する少し上等な宿屋を借りることにしていた。

 ほのかに干し草の匂いが香るベッドに横になってみれば、あのときの判断は正しかったのだろうとほろ酔い気分なユンゲは、だらしなく笑みをこぼす。

「……あの炙り肉、美味かったな」

 キーファとリンダに合流してから入った酒場での料理や酒類はどれも絶品だった。

 ついつい食べ過ぎてしまったユンゲは、湯浴みに向かうマリーたちを見送ってから宿の部屋へと戻り、久しぶりにのんびりと一人の時間を過ごしていた。

 仰向けに寝転がって見上げた天井に、蝋燭の火による影が揺れる。

「買っておけば良かったかな……」

 帝国にあった<コンティニュアル・ライト/永続光>による室内灯は、それなりに高価なマジックアイテムに分類されるらしく、一部の高級店以外ではあまり見かけることがない。

 蝋燭の灯りも趣きを感じられるので悪くはないが、利便性の面では比べられない。

 帝都の北市場では、照明の他にも扇風機や冷蔵庫に似たマジックアイテムも売られていたことを思い出す。あのときはいろいろなことが起こり、買い物どころではなくなってしまったので、また帝都を訪れるような機会があればゆっくりと散策してみるのも面白いかも知れない。

 帝国での生活に苦い記憶を持っているであろうマリーたちはどう感じるかな、とユンゲが何気なく思いを巡らせていると、不意に室外の廊下からコツコツと長靴の響く音が聞こえてきた。

 

 足音はユンゲたちの部屋の前で止まり、扉の上部に取り付けられた蝶番が軋む。

 ユンゲがやおらと視線を向ければ、開かれた扉に背を預ける小柄な人影――。

「――お邪魔するよ」と涼やかに告げ、後ろ手に扉をコンッと敲いたのは――顔の半分ほどを覆う黒髪に高い鼻梁を持つローブ姿の女――少し印象は異なるが、以前にカッツェ平野の野営地に現れたあの女忍者だった。

「……ノックは扉を開ける前にするもんだと思うぞ」

 やや呆れるように口にしつつ、ユンゲは上体を起こして突然の訪問者に向き直る。

「ん、細かいことを気にするな。面倒な男は嫌われるぞ」

「……ほっとけ。――もう会いたくない、って前に言ってなかったか?」

 忍び装束のように身体の曲線を強調するような衣装ではないが、前で組み直された腕によって胸が押し上げられている様は、わざとやられているとわかっていても抗い難いものがある。

「そうだな、別に私の意思じゃないさ。お前宛てに報せを届けろとの命令だ」

 ユンゲの言葉を軽く流し、するりと室内に入ってきた女忍者はベッドの傍へと歩み寄り、どこからともなく取り出した一通の書状を手渡してくる。

 この世界の文字は――酒場で良く目にする品書きを除けば―一ほとんど読めないままなので書状に捺されたバハルス帝国の印章を一瞥するだけに止め、ユンゲは肩を竦めるようにして「……俺は帝国の文字を知らない」と女忍者に話の先を促した。

 ほとんど表情を読ませなかった女忍者は、少しだけ意外そうな目をユンゲに向けてから「……難しいことじゃない」と言葉を続けた。

「帝国の御偉方が、お前を引き抜きたいらしくてな……。一度、直接会って話したいとのことだ」

「冒険者として……、じゃないよな? 漆黒の方が、俺より遥かに優秀だと思うぞ」

「新たにアダマンタイト級になったという冒険者か……、そちらの話はまだ聞いてないな。お前の闘技場での振る舞いが、それなりに評判になっているということだ」

「……堅苦しいのは勘弁してほしいんだが――」

 いけ好かないワーカーと戦った賭け試合の件を聞きつけてのことなのだろうと思うが、これまで考えなしに行動していたツケが回ってきたのかも知れない。

「……文句は雇い主に言ってくれ。――理屈っぽい嫌味な優男だが、それなりに度量はある」

 会ってみるだけなら損はないだろう、と言葉を紡ぐ女忍者の様子を見ながらユンゲは、意外なほど熱意の感じられる勧誘に違和感を覚えつつ問いかける。

「――あんたのお気に入りなのか?」

「これまでの雇い主よりはマシ、という程度だな。――というよりお前と敵対しないためには、同じ側にいてくれたなら都合が良いと考えただけだ。……他意はない」

 素っ気なく口にして、女忍者は入ってきた扉の方へと顔を向ける。

 探るような女忍者の視線を追いつつ、ユンゲも同じように扉を向いて口を開く。

「――折角のお誘いだが、決めるのは俺一人じゃない」

「扉の向こうにいる連中か……。正直、お前の実力に見合うとも思えないが――、やめておこう。…………そんなに睨むな」

 敵意はないと示すように言い差し、女忍者が両手を挙げながらユンゲから距離を取った。

 そうして、おもむろに扉を開いたキーファとリンダ、遅れて顔を出したマリーに向けて、女忍者は「まぁ、気が向いたときにでも考えてみてくれ」と事もなげに告げる。

 三人のエルフは湯浴みから戻ったままの姿で部屋の外から様子を窺っていたらしく、艶々とした濡れ髪にはタオルを巻きつけたまま、ほんのりと上気した肌からは温かな湯気が立ち昇るのが見えた。

 急な展開に理解が及んでいないであろう三人の視線が、ユンゲと女忍者の間で迷子になっている様子が、場違いな感想だとは自覚しながらもどこか可愛らしく思えてしまう。

 冒険者としての装備ではない平服姿に着替えていた三人が、おずおずと部屋に入ってくるのと入れ替わるようにして廊下に出た女忍者は、ユンゲに向き直って言い含むように口を開いた。

「……やはり、お前の目つきは厭らしいな」

「――っ、お前は何を言って……」

 咄嗟の反応に困り言葉を詰まらせたユンゲを笑った女忍者は、踵を返して来訪時と同じように長靴の音を響かせながら立ち去っていく。

 以前にも見た、存在したはずの気配が朧げに消えていくような独特の去り方だったが――、唐突にその場に残されてしまった“翠の旋風”の面々は、所在なさげに顔を見合わせるのだった。

 

 




オーバーロード世界のお風呂事情はどうなっているのでしょうね。
Web版だと貴族の屋敷にはあるようですが、庶民には難しそうな描写だったので公衆浴場みたいな施設があるのか、或いは庶民が湯舟に浸かるような習慣はないのか……。

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