オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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この時期は毎年マスクが必需品になります……辛い。


(18)書状

「――以上、になりますね」

 突然の訪問者によって届けられた書状を折り目に沿って閉じながら、リンダは少し困ったような表情を浮かべて言葉を区切った。

「……そうか。ありがとな、リンダ。助かったよ」

 ユンゲたち“翠の旋風”が向かい合うようにして席へと着いた宿屋の一室は、ようやくと静けさを取り戻していた。

 帝国の文字が読めないユンゲに代わり、内容を確かめるために書状を読み上げてくれたリンダの声に耳を傾けていたのだが――、

「いえ、この程度のことでお役に立てるのであれば構いませんよ。……しかし、これは少し面倒なことになってしまいましたね」

「え? 依頼をするから受けてくれって話なんじゃないの?」

 やや目を伏せるようにしたリンダに、キーファが素直な疑問の声を上げる。

 事情を察しているからか、顔を見合わせてしまっているリンダとマリーの様子を横目にしつつ、ユンゲは慎重に言葉を選びながら「……まぁ、その通りなんだけどな」と口を開いた。

 リンダから折り畳んだ書状を受け取り、指先で摘まみ上げながらユンゲは息を吐く。

「これを書いた奴は、あの女忍者が言っていたように“理屈っぽくて嫌味な野郎”なんだろうさ」

 金箔をあしらった精緻な紋様に縁取られた書状には、『――近々、“翠の旋風”を指名する依頼をエ・ランテルの冒険者組合に出すので、ぜひとも受けてもらいたい』と端的にそうした内容の文章が綴られているだけだ。

 依頼の内容や報酬はおろか、依頼主の名前すら記載されていなければ、女忍者の告げた引き抜きに関する話など影も形も触れられてはいなかった。

 転移前の世界を思い返すまでもなく引き抜きのような工作行為は、当然ながら組織間の軋轢を生み出してしまうはずなので、そうした物証を取られないようにしているのだろうと推測できる。

 ユンゲが確認した書状の表面に捺された帝国の印章にしても、単に帝国領内を通過したことを示すに過ぎないらしいので、女忍者の雇い主とやらの素性もはっきりと分からない有様だ。

 ――そして、雇い主が直接会いたいという話すら真実であった保証はない。

 依頼に従って向かった先で、何らかの罠でも待ち構えていようものなら笑うこともできない。

「……面倒なのは、この依頼を断るのが難しいことだな。こっちの事情は知られているのに、相手のことは何も知らないなんて状況は、正直なところ勘弁して欲しい」

 冒険者として名指しの依頼を受けたのであれば、組合の不利益にならないためにも、断るには相応の理由が必要になる。

 ――或いは、報酬面等で難癖をつけることもできるかも知れないが、書状に使われている豪華な装丁を見る限り、そういった隙を見せてくれるような相手ではないだろうとも思えた。

 何より、ユンゲたちが“翠の旋風”を名乗ってから、まだ一週間と経っていないのにも関わらず、書状にはチーム名がしっかりと用いられていることから推測するなら、あの女忍者がこれまでもユンゲたちの周辺を探っていたのは間違いないのだろう。

 しかし、そうまでして手間をかけるほどの狙いは分からない。

 本当にユンゲを引き抜くことだけが目的だったのならば断わって済む話でも、例えばエルフの奴隷を扱う商会のような組織が手引きして、こちらの戦力を確認した上で襲撃されるような事態になろうものなら厄介に過ぎる。忍者のような難敵が、相手方についている現状では尚更だ。

 そうした説明を口にしながらユンゲが思考に沈み始めたとき、不意に視界の端でキーファが席から立ち上がった。

「ごめんなさいっ、私たちのせいで――」

 最後までは言わせずに、ユンゲはキーファの口を手で塞ぐ。

「……俺が勝手にやったことだ。キーファたちのせいじゃない、……というより巻き込んでしまったのは、むしろ俺の方だな」

 僅かな怯えを孕んだ紫色の瞳を正面から見据え、ユンゲはキーファの誤った理解をはっきりと言葉にして否定する。

 闘技場での賭け試合の一幕は、ユンゲが自らの意思で決めた初めての行動――自身の不甲斐なさを吐露することと引き換えに、渓流の畔でマリーが気付かせてくれたこと――だった。

 少しばかり傲慢な考え方かも知れないと自覚はあったが、彼女たちを助けたいとユンゲが行動をしなかったのなら、あのまま奴隷として過ごしていたであろうキーファたちが、報われることは難しかったように思えた。

 結果として賭け試合によって奴隷の身分から解放されたキーファたちは、ユンゲとともに冒険者となる道を選んでくれたものの、故郷であるはずのエルフの王国すら頼れないという彼女たちの境遇では、他に選択肢はなかったとも言えるだろう。

 そう考えたのならユンゲの取った行動が、結果としてキーファたちを余計な諍いに巻き込んでしまったという可能性を否定できなかった。

「……俺は、自分の選択した行動をなかったことにはできないし、したくない」

 ユンゲの持って回った言い方は、あの場にいなかったキーファには良く意味が分からないだろうが、自らの口で説明するほど恥ずかしいこともない。

 少し縋るような気持ちでマリーに目配せをすれば、小さく一つ首肯を返してくれたので、どこかで上手い具合に伝えてくれるはずだと思う。

「……まぁ、結局のところどんな依頼がされるのか次第だな。相手も依頼を断られたくないはずだから、できるだけ高値を吹っかけてやろうぜ」

 やや面食らっている様子のキーファの細い肩に手をかけ、「その報酬でまた美味い飯をたらふく食うぞ」とユンゲは冗談めかせて笑いかけたのだった。

 

 *

 

 手桶に張った冷たい井戸水で顔を洗い、長髪を撫でつけるように拭った手を軽く振って、水気とともに眠気を払う。

 朝市の喧騒もどこか遠くに聞こえる宿屋の裏手、宿泊客向けに設けられた井戸端に立ったユンゲは、背の高い建物の隙間から差し込む朝日に目を細めながら、一つ大きく息を吸い込んだ。

 夏も盛りに近づきつつあり、日中だと軽く汗ばむほどの気温にもなったりもするのだが、この時間帯であればまだ少し肌寒さを感じるくらいだろうか。

 取り立てることもない朝の訪れに過ぎないはずなのに、ユンゲは頬が自然と緩んでしまうことを抑えられなかった。

 昨夜に届けられた書状の件などを思えば、悠長に構えてばかりはいられないのかも知れないと思いつつも――耳障りなアラーム音を目覚ましに、ベッドから這い出していた転移前の世界での生活では考えられない――穏やかな時間の流れに、ユンゲはどこか清々しいような気持ちの良さを抱いていた。

 身体をほぐすように伸びをしながら「じゃあ、さっさと準備しますか」と、気持ちを切り替えるように独り言を口にして、ユンゲはやおらと踵を返す。

 朝の支度を済ませたなら、皆で冒険者組合に顔を出して依頼の確認をする約束になっていた。

 ユンゲが目を覚ましたとき、キーファたちは既に起きて支度を始めていたので、あまりのんびりとして待たせてしまうのも気が引ける思いだ。

 奴隷として過ごした日々が心の枷となってしまっているのか、従順に過ぎる彼女たちから文句を言われることもないだろうが、だからこそ無為に気を使わせてしまうことは避けたい。

「……もうちょっと気楽に意見してくれたら良いんだけどなぁ」

 誰にともなく小さなぼやきをこぼしながら、ユンゲは上階の宿泊部屋へと足を向けた。

 

「うーん、流石にまだ依頼は届いてないか」

 いつもと変わらない賑わいに包まれた冒険者組合のロビーの片隅、受付やクエストボードを囲むように議論を交わす冒険者たちを横目に、ユンゲがやれやれと肩を竦めてみせると「そのようですね」とリンダが口を開いた。

「あの使者殿が帝都から、ということであれば早くとも数日はかかるかも知れませんね」

「んー、どうしようか。今のうちに他の依頼でも受けてみる?」

「あ、でしたらあちらの依頼なんてどうでしょうか?」

 リンダの陰から顔を出したキーファとマリーが、小首を傾げながら上目遣いに声をかけてくる。

 マリーの指先に目を向ければ、数少ない理解できる王国の文字で“薬草”と書かれた依頼書が貼り出されていた。

 エ・ランテル最高の薬師が辺境の村に転居して以来、各種ポーションは不足しているようなので、短期間で達成できるような依頼の中では、やはり実入りが良い部類のはずだが、ユンゲにはあまり良い記憶がないので、どうにか避けたい依頼だ。

 マリーの提案に「うーん、どうするかな……」とユンゲは言葉を濁す。

 モンスター討伐といった手頃な依頼で日銭を稼ぐ方法もあるが、そうした依頼は他の冒険者チームが早々に片付けてしまうので、クエストボードに残されているような依頼は、難度の割に報酬が少なかったり、厄介なモンスターが対象となっていたりすることがほとんどのようだ。

 一層のこと女忍者からの書状など無視して、長期の依頼でも引き受けてエ・ランテルを離れてしまいたい衝動にも駆られるが、余計に事態が拗れてしまうだろうか。

「名指しの依頼をされるということであれば、あまり都市を離れるわけにもいきませんよね」

「……ん、そうだな。すぐに金が足りないってわけでもないから、ちょっと市場の方を散策してみるのはどうだ?」

 決め倦ねているユンゲの様子を見遣って、助け船を出してくれたであろうリンダの言葉に乗っかり、ユンゲはキーファとマリーに問いかけつつ、「指名依頼を受けることが決定事項なら、万一の危険に備える意味でも皆の装備を見直す良い機会かも知れない」と言葉を続ける。

 ユンゲの性分としては、ユグドラシルのようなゲームの中であれば、より素早く敵を倒すために武器の強化を優先したいところだが、実際に命の危機があるこの世界においては、身を守るための防具を優先するべきだろう。

 役割としての前衛職は、ユンゲ自身が担えば構わないはずだ。

 ――相手がユンゲ以上の強さの持ち主であったなら、この世界で市販されているような装備は気休めにしかならないかも知れないが、何もしないよりはマシだろう。

 何より帝都の市場ほどの品揃えはなくとも、少しは気晴らしになってくれるはずだ。

「うん、賛成!」

「私も市場を見てみたいです」

「ええ、構いませんよ」

 キーファとマリー、リンダから三様の肯定を受け取り、ユンゲたち“翠の旋風”が冒険者組合を後にしようとクエストボードの前から離れたときだった。

 不意に開かれた扉の向こうに現れた一人の男が、洗練された滑らかな動きで受付へと歩み寄る姿をユンゲは視界の端に捉えていた。

 そうして、前金だけでこれまでユンゲたちが受け取った報酬を上回るほどの名指しの依頼に、組合に詰め掛けていた冒険者たちがどよめいたのは、それから間もなくのことだった。

 

 




相変わらず展開が遅い……内容的には余分な描写を省いて前話の分と一つにまとめるべきだったかなぁ、と反省しております。
漸くですが、次回からは物語が動き始めると思いますので、ハードルを低めに設定してお待ちいただけると幸いです。
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