オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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“冒険譚”というタイトルのはずなのに、エ・ランテルと帝都くらいしか訪れてないなぁ、と思う今日この頃……とりあえず、お楽しみいただければ幸いです。


(19)指名

 袈裟懸けに振り下ろしたバスタードソードが、飛び掛かってきたゴブリンの肩口から胴部までを抵抗もなく切り裂き、返しの剣撃はもう一匹の迫るゴブリンの首を跳ね飛ばした。

 瞬く間の惨劇に形勢の不利を悟って身をひるがえしたゴブリンの背に、飛来した矢が立て続けに吸い込まれ、断末魔の叫びとともに大地に倒れ伏していく。

 矢を射かけたままの姿勢で「ふぅ」と息を吐いたキーファの肩を軽く叩き、ユンゲはバスタードソードを剣帯に留めながら口を開いた。

「新しい弓の使い勝手はどうだ?」

「――うん。狙いがつけやすいから、早撃ちも良い感じだよ」

「そうか、この調子で頼むぞ」

 得意げな可愛らしい様子にユンゲは破顔しつつ、キーファの手にした無骨な弓――今回の指名依頼の前金で新しく買い揃えた装備の一つに目を向ける。

 装飾を省いて実用性に重きを置いた弓は、ユグドラシル産の装備と比較できるものではないだろうが、エ・ランテルの市場で手に入った装備の中ではかなり上等な代物だ。

 遠距離からの攻撃を専門とする弓使いの職業については、魔力系の魔法で代用できるからとユグドラシルにおいて、ユンゲは取得を避けていた。

 しかし、実際にこうして弓を扱っているキーファの動きを目の当たりにしてみると、魔法とはまた違った魅力が感じられた。

(……サービス終了までに時間もなかったけど、効率重視で進めるべきじゃなかったかな)

 取得していない職業の武器や防具を装備できないのはユグドラシルのときと同様だが、ゲームの延長線上のようなこの仕様が変わらないのであれば、この世界においてユンゲが新しい系統の職業を取得することは難しいのかも知れない。

 

 ぼやきを重ねるほどに“もっと早くからユグドラシルに出会っていれば良かった”という以前にも抱いた思いが、ユンゲの内心に募ってしまう――と、

「素晴らしい。流石は、若手冒険者の筆頭格とも称される“翠の旋風”の皆様ですね」

 ユンゲの葛藤を置き去りにして称賛の声を上げたのは、今回の指名依頼の表向きの依頼人――帝国の書籍商を名乗った、仕立ての良い黒衣に身を包んだ若い男だった。

「……えぇ、どうも」と言葉を返すが、ユンゲとしては周囲を警戒するように顔を背けて、憮然としてしまう表情を見せないようにするしかない。

 ユンゲと同時期に冒険者となり、瞬く間に最高位のアダマンタイト級にまで昇格していった“漆黒”のような抜きん出た存在を思えば、街道の近辺に現れたゴブリン数匹を撃退したくらいの功績を誇る気にはなれなかった。

 横目に窺った男の姿は、弁舌が立つものの己の利益を追求する商人というよりは、飄々とした振る舞いと年齢の割に薄くなった髪から知れる気苦労に、どこか小役人のような印象を受ける。

 周辺を探っていたキーファからの目配せを受け、ユンゲは大きく手を叩いている男に呼びかけた。

「――直に帝国領へと入れるでしょう。馬車にお戻りください」

「畏まりました。引き続き護衛のほど、よろしくお願いしますね」

 落ち着いて礼を返した男が乗り込んでいく馬車の御者台には、装いを先日のゆったりとしたローブ姿から使用人風の男装に着替えた女忍者の姿。

 商人である主人の“付き人”として紹介されたのだが、実態は男の個人護衛といったところだろう。

 慣れた手つきで馬の手綱を捌いてみせながら、その視線は油断なくユンゲたちを観察しているようにも思えた。

 再び街道を進み始めた馬車に倣って歩きながら、ユンゲは気疲れを紛らわすように頭上を仰ぐ。

 何処までも広がるような群青の夏空は、雲一つなく鮮やかに晴れ渡っていた。

 

 *

 

「“翠の旋風”の皆さん、ご指名の依頼が入っておりますよ」

 装備を新調するために冒険者組合から離れて、エ・ランテル市場へ向かおうとしていたユンゲたちを呼び止めたのは、馴染みの受付嬢だった。

 ユンゲの視線の先、受付嬢の肩越しに依頼を持ちかけたであろう薄毛の男が、軽く会釈を向けてくるのが見える。

「宜しければ、依頼人の方がすぐにでも打ち合わせをしたいとのことです。場所は冒険者組合の会議室をお貸しできますが、いかがでしょうか?」

「――分かりました、お伺いいたします。……皆もそれで良いか?」

 キーファたちを見回しながら問えば、それぞれに了承の意思を返してくれたので、ユンゲは一つ小さく頷いてから受付嬢に言葉を続ける。

「それでは、案内をお願いしますね」

 受付嬢の誘導に従って、ユンゲたちは依頼者の男を伴って組合の二階にある会議室へと向かった。

 ロビーに居並んだ別の冒険者たちの視線を置き去りにして、一行は階段を昇っていく。

 会議室へと案内を終えた受付嬢が、去り際にユンゲの耳許に寄せて「初の指名依頼ですね。おめでとうございます」と小声で囁きをくれる。

 本来なら嬉しいはずの出来事でも、事前に届けられた書状の件から素直に喜ぶ気になれないのだが、受付嬢の好意を無下にできなかったユンゲは、やや伏し目がちに笑みを浮かべて肩を竦めてみせた。

「ふふっ、ユンゲさんなら大丈夫ですよ」

 ユンゲの態度を緊張からのものと思ってくれたのか、鼓舞するように腕を振って部屋を出た受付嬢の恭しいお辞儀とともに会議室の扉が閉ざされる。

 ようやっと受付嬢を見送り、ユンゲが会議室内に向き直ったところで依頼人の男から声をかけられた。

「どうぞ、お座りください」と男に勧められるままに腰を下ろせば、“翠の旋風”の面々と向かい合う形で男も席に着いた。

「早速ですが、昨夜の書状はお読みいただけましたね?」

 そうして、前置きもなく男が口にしたところで、ユンゲにとっては少しばかり憂鬱な打ち合わせは始まったのだった。

 

「帝国魔法学院に……ですか?」

「えぇ、そうです。私の生業は帝国出身の書籍商ということになっておりますので、古今東西から集めた珍しい書物を然るべき研究機関に持ち込んで、日々の研究に役立てていただくこと――それこそが私の本懐、ということになるのでしょうか。私の取り扱っている商材は、どれも貴重なものばかりですので運搬には特に気を使わなくてはならないのですよ」

 男から説明された依頼の内容は、エ・ランテルから帝都へ向かう道中の護衛という――前金を含めた依頼総額が、ゴールド級の冒険者への報酬として破格であることを除けば――ある意味では、一般的な冒険者向けのものだった。

 嘘を嘘と隠すつもりもないらしい男の白々しい台詞には閉口する思いだが、目的地が帝国魔法学院であるということにユンゲは少しだけ興味を惹かれる。以前に帝都を訪れたときには、異世界とつながるような転移魔法の有無を確かめたいと考えていたこともあったのだが――、

「帝国魔法学院の敷地に、部外者はなかなか入れてもらえないと耳にしたことがあるのですが、よろしいのですか?」

「何処へなりともご自由に……、とはいきませんが、構いません。ご希望がありましたら、私の方でも可能な限りご案内いたしましょう」

 ユンゲの問いに大きく手を広げて事もなげに答えた男は、「――しかし、書籍の運搬における護衛は、厭くまで表向きの依頼となります」とそこでもっともらしく咳払いをして言葉を区切った。

 聴衆の関心を集める演説の手法としては古典的だが、だからこそ効果的でもある。

 そうして、やや前傾姿勢となった男は、ユンゲたち“翠の旋風”の注目を十分に得てから、少しだけ声を潜めるように続きを口にした。

「皆様には帝国魔法学園までお越しいただき、そこである御方にお会いしていただきたいのです」

 

 *

 

 エ・ランテルを発って数日、緩やかな街道を外れて小高い丘に駆け上ったユンゲの眼下には、豊かな繁栄を示すように、『バハルス帝国』の帝都アーウィンタールの整然とした街並みが広がっていた。

 街道沿いに見かけた帝国の都市は、いずれも立派な城壁に囲まれていたが、首都である帝都の威容は、やはり別格の規模を誇って見える。

 皇帝が住まうという皇城の荘厳さもさることながら、見上げるほどの城壁を越えて聳える帝国魔法省の高い尖塔や大闘技場の雄大な光景は、周辺を警戒する意味もあって丘に登ったはずのユンゲの胸中に言い知れぬ興奮を抱かせてくれた。

「……前にも思ったけど、どうやって建てるんだろうな」

 これほどの建造物が築かれたという事実に、感嘆にも似た思いを感じつつも、どれほどの財と労力が注ぎ込まれたのだろうかと考えてしまえば、ユンゲの表情はどこか晴れない。

 魔法の力はそれほど万能ではないと知ってしまえば、目の前に広がる帝都の繁栄も――世間的には斜陽と評される『リ・エスティーゼ王国』ですら、禁止されている忌むべき制度のように――多くの犠牲に成り立っているのではないかと思えてしまった。

 そうした心持ちで見た景色は、鮮やかな栄華の色彩も褪せ、臭気を放つコールタールのようにくすんだ世界のように映ってしまう。

 涼やかな初夏の日差しが、意地悪にもじりじりと肌を焦がすように感じられた。

 

 そうして、俯きかけたユンゲの鼻孔を不意にくすぐる甘い香り――気配を感じて視線を上げたユンゲのもとに、短杖を両手で握り締めたマリーが小走りに駆け寄ってくる。

「――どうした、何かあったのか?」

「あ、いえ、もうすぐ帝都が見えるかなぁ、と思いまして」

 やや息を切らせるようにしたマリーの返答に、ユンゲは「……そうか」と呟き、彼方の帝都を見つめるマリーの小柄な後ろ姿から目線を背けた。

「こうして見ると帝都の街並みは、とても綺麗ですよね」

 そう落ち着いた口調で言葉を紡いだマリーの顔を見ることができないまま、ユンゲは問いかける。

「……今更だけど、戻ってきても本当に大丈夫だったのか?」

「――私は、構いません。あの書状が届けられたときには、既に書籍商の方はエ・ランテルに滞在されていたようですから、依頼を断ることも難しかったでしょうし……」

 僅かな諦観を感じさせるようなマリーの声音に、ユンゲの喉が呻くように小さく鳴った。

 街の喧騒はまだ遠く、平野を渡る風もなければ草木がそよぐこともない。

 ひっそりとした静けさに取り込まれてしまったかのような小高い丘には、中天を越えたばかりの強い陽が情けもなく降り注がれる。

 そうして、額から頬にうっすらと汗を浮かべながら身を固くしたユンゲの手にそっと重ねられたのは、少し冷たさを感じるマリーの小さな手だった。

「それに……、ユンゲさんと一緒なら、私は何処へでもついていきます」

 毅然としたマリーの宣誓にユンゲは、はっと顔を上げる。

 マリーの澄んだ碧の眼差しが、傍らに寄り添うようにしっかりとユンゲへ向けられていた。

「――でも、もしも辛くなったときには、ユンゲさんがまた助けてくださいね」

 くすっと悪戯っぽい笑みを浮かべ、科を作るようにしたマリーの上目遣いを前に、ユンゲは思わず苦笑することしかできなかった。

 

 




依頼主の身元は冒険者組合が調査するかなーとも思いましたが、帝国なら様々な事態に備えはしているだろうし、いくらでも誤魔化せるはず! ということでこのような形となりました。
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