オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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ようやく依頼主と対面です。


(20)困惑

 バハルス帝国における最大の教育機関――帝国魔法学院は、転移前の世界での高等専門学校や高等学校の中間的な存在として位置づけられるのかも知れない。

 大陸に代表される諸国家において学問を修めようと考えるのなら、家庭教師を雇うことが一般的な方法となる。しかし、当然ながら優秀な家庭教師ほど高額な報酬が必要となるので、こうした手段を利用できるのはそれなりに金銭力を持つ貴族などに限られてしまう。

 貴族ほど教育資金に余裕のない平民は、知識を持つ者が開く私塾に子を通わせることで教育を受けさせるのだが、その私塾の費用さえ用意できない平民は、子どもに教育を施すこともできないらしく、例え優秀な子どもであっても生まれた境遇によっては、日の目を見ることもできずに終わってしまうことも少なくないようだ。

「……まるで、どこかで聞いたような話だ」と苦笑いを浮かべつつ、ユンゲは熱っぽく語り続ける商人の男の横顔を眺める。

 そうした事態は国家にとっても不利益でしかないために、なんとか是正をしようと作り上げられた教育機関こそが、帝国魔法学院らしい。

 優秀であると評価されれば無償で、或いは報奨金までも得ながら教育を受けることができるという話を聞かされたのなら、男の力の込められた口調にも納得したくなる。

 この帝国魔法学院で学び、知識を得た学生たちは就職したり、更なる専門的な知識を求めて大学院へと進んで――特に優秀な成績を残した者は、帝国魔法省へと招聘され――活躍していくという男の説明にユンゲは、ゆっくりと息を吐いた。

 百年程前には当たり前に存在したらしい、義務教育の制度もすっかり廃れてしまった転移前の世界に思いを馳せれば、出自に関係なく自らの進みたい道を選ぶことができるというのは、まるで夢物語のようにも思えてしまうのだ。

「あー、そうそう、帝国“魔法”学院といっても、別に魔法ばかりを学ぶわけではないんですよ。勿論、魔法を習得するために専門的な勉強する子どもたちもいますが、所属する学生の大半は魔法を使うことができません。知識として魔法を学ぶことで、様々な分野への応用を考えられるようになるんです。例えば、建築に従事する人間が<軽量化>の魔法を知っているか知らないかで、作業工程に大きな差が生まれてしまうみたいにね」

 そのような事情から様々な分野において活用できる可能性のある魔法の知識は、必須科目として学院の教育要項に組み込まれているのだという。

 男の軽妙な語り口は、ユンゲたちの要らぬ警戒を解かせるためのものか、或いは男自身が語りたくて仕方がないというようにも見えた。

 男の隠し切れない自慢げな表情から察するなら、男自身がこの学院によって見出さされた一人なのかも知れない。

 そんなことをぼんやりと考えながら、ユンゲは何気なく学院の敷地内の様子に目を向ける。

 休み時間なのだろうか、十代半ばほどの子どもたちが校舎の窓から顔を覗かせて、こちらを指差しながら何か言葉を交わして笑い合っている姿や、元気に廊下を駆けていく姿が見えた。

 エルフに対する扱いの一件から、どうにも印象の良くないバハルス帝国だったが、この場で感じられる雰囲気はどこまでも平和的なものだ。

 帝国に対する考えを上手くまとめることができないもどかしさにユンゲがため息を吐いたところ、「失礼しました、つい熱くなってしまったようです」と、これまでほとんど休むことなく話し続けていた薄毛の男は、不意に自らの職分を思い出したように咳払いをして言葉を区切った。

 こちらの反応をどう解釈したのかは不明だが、話を聞き続けるのにもやや気疲れしてきたところなので、そのまま気付かない振りをしてユンゲは先を促す。

 一つ頷いて姿勢を正した男は、ユンゲたちをゆっくりと見回すように静かな口調で話を続けた。

「――皆様にお会いしていただきたいという御方こそ、この帝国魔法学院の設立に多大なる尽力をいただいたバハルス帝国が誇る主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダイン様でございます」

 

 その名を大陸全土に轟かせるほどの大魔法詠唱者、フールーダ・パラダイン。

 魔力系・精神系・信仰系という三系統の魔法を修める「トライアッド/三重魔法詠唱者」にして、英雄の領域すら超えた逸脱者。バハルス帝国の建国以来、歴代の皇帝に仕え続ける偉大なる大賢者を評する異名は数多くあるという。

 応接間と呼ぶには些か豪華に過ぎる一室に通されたユンゲたち“翠の旋風”は、一目で高級品と分かる調度品に囲まれ、やや怖々とした面持ちで所在なさげにその人物を待っていた。

 頼りであった商人の男も、ユンゲたちをこの応接間まで案内をし終えると「私の役割はこれまでになります。道中の護衛、感謝いたします。依頼の報酬につきましては、後ほど冒険者組合よりお受け取りください」などと一方的に言い切って、すぐに立ち去ってしまっていた。

 敷き詰められた絨毯の毛足は長く足先が埋まるほどであり、革張りの長椅子が放つ特有の光沢も如何にも高価な品のようで、腰を掛けるのにも気が引けてしまう。

 隣室から感じるいくつかの気配は、何か不測の事態が起きたときに対処するために控える人員だろうか。ここまで案内をしながら、罠にかけようとするとは考えられないので、こちらが下手な真似をしなければ――事前に“翠の旋風”のメンバーで相談をして、相手の無茶な要求には返事を保留にすることを確認しているので――問題はないはずだとユンゲは思う。

 それから暫くのときを手持ち無沙汰に過ごしたユンゲは、やがて数人の男たちを伴って現れたフールーダの姿を見止め、思わず感嘆の声を上げた。

 魔法の力で老いを抑えているという逸話を体現するように深く皴の刻まれた顔に、後ろに流した雪のように白く長い髪。ゆったりとした白を基調とするローブに身を包み、首から下げるいくつもの水晶球の連なったネックレスが揺れる。腰にも届くほどの豊かな白髭を梳く枯れた指には、いくつもの無骨な指輪が並んでいた。

 数多のファンタジー作品に描かれる、人里離れた奥地に住まう仙人のようなイメージに相違ない老魔法詠唱者フールーダの、どこか狂気めいた鋭い眼差しがユンゲを真っ直ぐに捉える。

「遠路より、ご足労いただき感謝する。お初にお目にかかる、私がバハルス帝国の主席宮廷魔術師を仰せつかるフールーダ・パラダインと申します」

 外見よりも若さの残る、しかし威厳のある声音がユンゲの耳朶を震わせた。

 背後に続いていた魔法詠唱者らしいローブ姿の男たち――自らの弟子たちも参加させたいと紹介をしつつ、フールーダは瞳を炯々と輝かせながらユンゲに向き直りつつ、さも面白そうに口を開く。

「……ふむ、その若さで第四位階の魔法を扱えるのか。これは、是非とも有意義な会談としたいものですな」

 大魔法詠唱者の醸し出す雰囲気に呑まれ、いきなり魔法の使用可能位階を言い当てられながらも咄嗟に言葉を失っているユンゲの様子に構うこともなく、フールーダが好々爺然とした笑い声を上げた。

 

 *

 

 そうして、ユンゲたち“翠の旋風”も簡単な挨拶を終えて間もなく、形式には拘らない性格らしいフールーダから善は急げとばかりに切り出された話は、かつて大闘技場での賭け試合の直後に “奴隷の証”として半ばほどで切られていたエルフたちの耳を治療するときに、ユンゲが使用した回復魔法についてだったのだが――、

「……これ、どうしたら良いんだよ」

 ユンゲの小さなぼやきを気に留める者はいない。

 フールーダと“翠の旋風”との会談が始まって僅かに十分余り――、ユンゲは既に今回の依頼を受けてしまったことを後悔し始めていた。

「――素晴らしいっ! これは! 何ということだ、このような魔法が!」

 フールーダからの要望に応じて、ユンゲの取り出した何本かの魔法のスクロールをまるで赤子のように抱き締め、頬擦りせんばかりに興奮の声を上げ続けるフールーダを目にしたユンゲは、遅まきながら自分の認識が誤っていたことを悟る。

 信仰系の魔法は第二位階までしか使用できないユンゲなので、マリーたちの耳の治療にはユグドラシルで手に入れた“店売り”のスクロールを用いていた。

 それは、この世界がユグドラシルであったのなら、特筆すべきこともない単なる消耗品の一つに過ぎない。高レベルの忍者を従えているような相手なら、或いは逸脱者とまで称されるフールーダのように強大な力を持つ高位の魔法詠唱者が、まさか驚くような代物ではないはずだった。

 目前の出来事を受け入れられずにいるうちに、以前のエ・ランテル共同墓地でのアンデッド騒動の一件の後、「第三位階魔法を使うことができるのなら、プラチナ級のプレートが授与されるべき」と憤っていた受付嬢やトブの大森林の僻地で、“漆黒”のモモンが強大な吸血鬼を倒したという戦場跡をアインザックたちと目撃したとき、ユンゲともにその場にいたマリーが、魔封じの水晶によって解き放たれた第八位階魔法を「神話みたい」と呆然としていたことが、ユンゲの頭を過ぎる。

 ユグドラシルのように経験値を任意の職業に振り分けられない、この転移後の世界では複数の系統を使いこなせるような魔法詠唱者は育ちにくいのかも知れない。

 智者の貫禄を漂わせていた老魔法詠唱者が、興奮に髪を振り乱さんばかりに叫び続ける光景から目を背けるように、ユンゲは思わず傍のリンダと顔を見合わせるが、お互いの困り顔を確認できただけに終わってしまう。

 救いを求めてフールーダの弟子たちにも目を向けてみるが、師の有り様を遠巻きに見つめているだけで役に立ちそうもない――と、不意に一人の男とユンゲの目線が重なった。

 

 無為に居並ぶ他の年配の弟子たちより、かなり若いであろう眉目秀麗な青年。

 目深に被るフードからこぼれる金の髪が、室内に満ちる<コンティニュアル・ライト/永続光>の明かりを照り返し、切れ長の紫の瞳は射貫くようにユンゲを見据えていた。

 無言の圧力とでも言うのだろうか、フールーダの振り撒く室内の喧騒がどこか遠くなるような違和感に、ユンゲの背を冷たい汗が伝っていく。

 目を逸らしたいのに逸らすことができないような立ち眩みにも似た感覚は、青年の視線がユンゲから外れて、遂にはスクロールに頬擦りを始めていたフールーダに向けられたところで、ようやくと解かれた。

「……フールーダ、痴態はそこまでにしておけ」

 落ち着いた口調ながら、有無を言わせない響きを孕んだ青年の声音に室内が静まり返る。

 すると咽ぶようにスクロールに縋っていたフールーダが、僅かな間を置いて長机の上にスクロールを手放し、臣下の礼をしてみせたことにユンゲは呆気に取られてしまう。

「……失礼いたしました、陛下。少々、興奮を抑えられなかったようです」

 あれほどの振る舞いを“少々”と言い切ったフールーダに文句の一つでも言いたくなったユンゲだったが、理解の及ばない事態のために構うだけの余裕はなかった。

「バハルス帝国が誇る大英雄フールーダ・パラダインも、下手に魔法が絡むとこの調子でな。驚かせてしまったようだ」

 目を見開くユンゲやマリーたちを前に、優雅な所作でフードを取り払った青年が、彫像のように形の良い口許に人好きのする笑みを浮かべながら自信に満ち溢れた言葉を紡いでみせる。

「――騙し討ちのようになってしまったことは詫びよう。貴殿ら“翠の旋風”を私自身の目で見る必要があった。これでも立場のある身、故にこのような手段を取らざるを得なかったのだ」

 殊勝な言葉とは裏腹に気にした素振りも見せず、軽い世間話でもしているかのような気楽さで肩を竦めてみせた金髪の青年は、するりと弟子たちの列から前に踏み出して革張りの長椅子に浅く腰かけると、細い顎の下に手を組みながら身を乗り出した。

「皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。目覚ましい活躍を伝え聞く貴殿らと、こうして目通りが叶ったことを感謝しよう。――さて、早速ではあるが率直に問おう。私のもとに来る気はないか? 望むものを用意すると約束しよう」

 人口八〇〇万人超を抱えるバハルス帝国の頂点にして、歴代最高の皇帝とも謳われる「鮮血帝」ジルクニフは、ユンゲたち“翠の旋風”を試すように見回しながら事もなげに告げてみせる。

 瞬くことのないはずの<永続光>の照明が、一層の明るさをもってその姿を浮かび上がらせたような印象すら感じられた。

 こちらを睥睨するような若き皇帝の姿。あまりにも唐突に過ぎる展開の連続に、ユンゲは何も言葉を返すことができないままだった。

 早鐘のように脈打ち、動揺するユンゲの内心や思考を見透かしたようにジルクニフは、ふっと笑いをこぼし「あぁ、何も今すぐに返事をする必要はない。暫くの間で良い、帝都に留まって検討してみて欲しい。貴殿らにとっても悪い話ではないはずだ。勿論、滞在中の費用や必要なものがあれば、こちらで負担しよう」と流れるように言葉を続ける。

 先ほどまでの騒がしさから一変した、まるで時間の止まってしまったような豪華な応接間の中、ジルクニフだけが楽しそうに口許を歪めていた。

 

 




ジル「くらえっ、支配者のオーラ!」
ユンゲ「ぐわぁー」 みたいな……。

アインズ様さえ絡まなければ、私の中のジルクニフはこんな感じのイメージ。隣室には四騎士たち護衛も待機させて万全の状態にしているはずです。

書いている途中で、会談の舞台は帝国魔法省にするべきだったかなとも思いましたが、先に帝国魔法学院としてしまっていたのでこのままいきます。
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