頭文字が“M”じゃないと思われた方は、いつもお読みいただきありがとうございます。
強引ですが、魔法詠唱者<マジック・キャスター>の“M”ということでご勘弁いただければ幸いです。すみません。
先代皇帝の時代から最も注力しているバハルス帝国における力の象徴――帝国魔法省は、その広大な敷地を高く分厚い塀と連なる物見塔に囲われ、帝国八騎士団の内でも精鋭揃いの第一騎士団と優れた魔法詠唱者からなる混合警備隊によって、常に厳重な警戒態勢が敷かれている。
兵士のための魔法武具の生産や新たな魔法の開発、国民の生活レベルを向上するための魔法実験といった国家の重要な施策を司る機関を守るためには当然とも思われる警護だが、中でも敷地内の最奥に位置する塔の防衛網は別格だった。
二メートル半を優に超える四体のストーン・ゴーレムの守衛や高価な魔法の武具を全身に装備した皇帝直轄の最精鋭部隊〈皇室地護兵団〉に代表される、皇帝の身辺警備にも匹敵するほどの厳戒態勢に守られた塔には、帝国魔法省内でも限られた者しか立ち入りを許されない。
その最警戒の塔に足を踏み入れたフールーダは、何人もの弟子を引き連れながら、すり鉢状の部屋を大きく回り込む。
いくつもの扉を潜りながら人気のない長い通路を進めば、古めかしい螺旋階段を下った先の澱んだ空気は重く沈むようで、伽藍のような広く冷たい空間には、堆積した埃の臭いが漂っている。
世界から隔絶せんと物理的・魔法的な防御が幾重にも施され、閉ざされていた重厚な扉が開かれた向こう側、まるで墓標のように天井まで伸びる一つの巨大な柱が薄闇の中、目の前に浮かび上がっていく。
フールーダの引き連れてきた弟子たちの唱えた<コンティニュアル・ライト/永続光>の魔法によって照らされる地下の空間では、光に追い払われた闇が残された暗がりに集まり、一層と濃くなっているようにも思えた。
精神を鼓舞する魔法やマジックアイテムの恩恵をもっても、なお心胆を寒からしめるほどの圧倒的な気配を前に、肩の震えや歯軋りを抑えられない弟子を見遣り、一つ息を吐いたフールーダは「――心を強く持て。弱きものは死を迎えるぞ」と言葉少なく警鐘を告げる。
そうして、一歩を踏み出したフールーダの鼓膜を震わせる、ギャリッと何重もの鉄鎖を軋ませる不快な怨嗟の悲鳴――墓標に磔となった巨躯を誇る死の騎士〈デス・ナイト〉が、落ち窪んだ眼窩の奥に生者への憎悪と殺戮への期待を煌々と宿す赤の瞳を輝かせて、一行を睥睨するように待ち構えていた。
かざした手をデス・ナイトに突きつけ、フールーダが唱えるのは〈サモン・アンデッド・6th/第六位階死者召喚〉を改良したオリジナルスペル。
「――服従せよ」
放たれた最高位の魔法は、しかし効力を発揮することはなかった。
恰も血管のような紋様が施された黒色の全身鎧を鉄鎖で雁字搦めにされ、手足に巨大な鉄球の枷を科されながらも、デス・ナイトは拘束を解こうともがいて蠢き、心臓を鷲掴みにされるような赤の瞳は未だ殺意に染まっているままだ。
「……いまだ支配できず、か」
口惜しさの滲んだ言葉がフールーダの口をついてこぼれ、日の光の届かない陰気な地下階層の底知れぬ深い闇の中に溶け込んでいく。
「惜しい……これを支配できれば、私はかの魔法詠唱者――死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウを超えた、最高の魔法詠唱者となれるものを」
師の嘆きに慰めの言葉を口にし、或いは現状を打開しようと意見を交わし合う弟子たちの様子を遠巻きに眺めながら、フールーダは先日からの一連の出来事に思いを馳せた。
*
「じい、この報告書をどう見る?」
「……真偽のほどは確かではありませんが、一考に値するものかと」
広大なバハルス帝国でも帝都アーウィンタールにのみ存在し、民衆の最大の娯楽として国家規模で運営される大闘技場。その総支配人を任されている男から提出された一枚の報告書に記されていた内容は、フールーダも驚くべき内容だった。
「オリハルコン級に匹敵すると噂される剣士をあっさりと一蹴し、第三位階魔法の<フライ/飛行>まで使いこなす無名のハーフエルフか……」
執務机に報告書の束を広げたジルクニフが、挑むように不敵な笑みを浮かべる。
「……報告の通りであれば、魔力系の魔法だけでなく信仰系魔法の才もあるようですな。そもそも別系統の魔法を扱うには、それぞれに異なった才能が必要であり、個人の資質という点において――」
「そのようだ。エ・ランテルで瞬く間に頭角を現した冒険者チーム“漆黒”のモモンと“美姫”ナーベに、帝国史上最高の魔法詠唱者であるフールーダ・パラダインをして実在を確認できない謎の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンか。……これまで野に隠れていた英雄たちが、姿を現し始めているようだ」
フールーダの長くなりそうだった魔法の口上を遮り、ジルクニフは言葉を重ねる。
「このユンゲ・ブレッターというハーフエルフもその類いの可能性はあるか。……懸念するべきは、この者たちが個々につながりを持っているのか、ということだな」
「現時点で判断はできません。まずは、探りやすいところから確かめるのが良いでしょう。友好的な関係を築くためにも、手立ては慎重に検討していただきたいものですが――」
優秀なジルクニフには言うまでもないことだと理解はしていても、フールーダは小言を口にせずにはいられなかった。
法国の特殊部隊数十人を相手に大立ち回りを演じる魔法詠唱者など俄かには信じ難い話だが、忠義の士として知られるリ・エスティーゼ王国の戦士長――ガゼフ・ストロノーフが王の御前で語った内容だとすれば、ただの与太話として切り捨てることはできない。
しかし、アインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者は、フールーダの調査でも発見することは叶わなかった。
もしも、フールーダの魔法による探知を己の力で防いだのであれば、自身と同等以上の魔法を行使できる者である可能性も十二分に考えられる。
二百年以上の時間を生きるフールーダの、唯一にして絶対の悲願である“魔法の深淵を覗く”という、その生涯をかけた挑戦に差す光明となるかも知れない存在との邂逅は、例え何者であっても邪魔をされるわけにはいかないことだった。
「分かっているさ、じい。制御の利く強者であるならば、私としても帝国に迎え入れたいところだ」
フールーダの言葉に嫌な顔一つ見せることなく頷きを返し、ジルクニフは部屋の片隅で控えていた秘書官――ロウネ・ヴァミリネンを呼び寄せ、矢継ぎ早に指示を与えていく。
フールーダは杞憂を追い払うように一つ咳払いをして、居住まいを正す。
「……失礼しました、陛下。私の力が必要なときは、何なりとお使いください」
「勿論だ。早速だが、一つ思いついたことがある」
口許をにやりと歪めたジルクニフの紫色の瞳が、フールーダを見据えて妖しい輝きを帯びた。
それから半月余りの時間をかけて進められた周辺調査の新たな報告書に目を通しつつ、ジルクニフは御前にフールーダとロウネの二名を呼び寄せた。
「――ロウネの伝手からの報告では、やはり実力のほどは確かなようだ。元奴隷エルフと新たな冒険者チームを組んだというのは、義侠心が強いのか、或いは同族意識の表れか――どちらにせよ、帝国内の奴隷エルフの扱いは慎重にする必要があるな」
「すぐに帝都を離れたということは、帝国の国家体制に異を唱えるつもりはない意思表示、とも考えられるかと……」
私見を述べるロウネに、ジルクニフは心得ているとばかりに言葉を引き取る。
「もともと冒険者になるような連中は、国家への帰属意識は薄いからな。しかし、実力ある者たちが王国側に偏っている現状は好ましいものではない」
「――そうですね。“朱の雫”に“蒼の薔薇”、そして新たに“漆黒”が加わり、これで王国には三組のアダマンタイト級の冒険者チームが存在し、見立てられた能力から考えるなら件のハーフエルフが昇格することも時間の問題といったところでしょう」
「仮に最高位の冒険者が拠点を変えるとなれば、無用の軋轢を生みかねないな」
魔法の絡まない諜報は元より、国家や組織間の調整など門外漢であるフールーダとしては、ジルクニフとロウネの相談事に口を挟むつもりはない。
フールーダの関心は、戦士でありながら二系統の魔法を扱うというユンゲと僅か二名でアダマンタイト級にまで昇格した“漆黒”の魔法詠唱者であるナーベ――そして、自身に匹敵するかも知れないアインズ・ウール・ゴウンという謎の魔法詠唱者だけに向けられていた。
「――では、帝都に呼び寄せる方法は、事前に取り決めた通りでいこう。お前に危険はないだろうが、十分に注意して行動してくれ」
「了解しております。しかし、やはり陛下が自らお会いになるというのは……」
「それは終わった話だ。じいにも必要な対策を準備させている。何より、一度も顔を合わせたことのない相手を信用などできまい……互いに、な」
有無を言わせない口調に、反論を飲み込んだロウネが年齢の割に薄くなった頭を下げるのに合わせ、議題の転換を察したフールーダも軽く首肯をし、改めてジルクニフに向き直る。
「――さて、次に検討すべきは、王都で発生したという“悪魔騒動”についてだな」
リ・エスティーゼ王国の王都に潜ませていた諜報員から伝えられた<メッセージ/伝言>による第一報を受けたとき、フールーダは虚報であることを疑った。
報告された内容があまりに荒唐無稽だったこともあったが、<伝言>という魔法は時間や距離の制約もなく遠隔地間の情報伝達が可能となる反面で――過去に魔法詠唱者を活用した<伝言>による通信網を確立していたガテンバーグという人間種の国家が、三つの虚報を契機として滅んだという苦い教訓から――魔法としての精度を不安視されていたことも要因だった。
しかし、様々な情報筋から届けられた続報により、“悪魔騒動”が事実であると確認されるとジルクニフは、長年に渡って実施していた帝国騎士団による王国領土への侵攻を取り止めとした。
本来、帝国が王国に対して戦争を仕掛けることには、大きく二つの狙いがある。
一つは侵攻のタイミングを農作物の収穫時期に合わせることで、帝国のように常備軍を持たない王国に農民を徴兵させて国力疲弊を誘うこと。そして、もう一つには戦費の特別徴収により、反抗的な帝国貴族の力を削ぎ、或いは粛清するための口実とするという長期的な国家戦略に基づいていた。
皇帝への即位とともに進めた大改革によって、反乱分子となりかねない帝国貴族の掌握を既に終えていたことに加え、今回の“悪魔騒動”で未曽有の被害を被ったという王国に戦争を仕掛ける意義が薄れたというジルクニフの判断は、情勢を正しく見たものだったのだろう。
しかし、一方では重大な問題が浮上してしまっていた。
「――やはり、ヤルダバオトという悪魔については分からぬままか?」
「寡聞にして存じません。……魔法的手段で調べることの危険性を考慮して、古い資料を中心に調査を進めておりますが、今のところ成果は思わしくありませんな」
強大な力を持ちながら正体は皆目分からず、現在の行方も不明となれば、突如として王都を襲った悪魔の群れと指揮官ヤルダバオトの存在は、帝国にとっても大きな脅威となり得るかも知れない。
「王都襲撃の目的は、何らかのマジックアイテムが関係しているとの話もあるようだが、そちらの方は今後の報告を待つしかないな。じいはどうみる?」
「……強大な悪魔が欲するというマジックアイテムに興味はありますが、何とも……もしかすると二百年前の魔神との戦いのような、苛烈な戦いが起こる前触れなのかも知れませんな」
フールーダの含みを持たせた言葉に少しだけ身を固くしたロウネが、思わずといったように口を開く。
「私としてはそうあって欲しくはないものですが、やはり直接ヤルダバオトを撃退した者たちから詳細な話を聞くべきではないでしょうか」
「アダマンタイト級の冒険者チーム“漆黒”か、……確かにその必要があるな。ロウネ、接触するための手段はお前に任せよう。ハーフエルフの件と同様に進めてくれ、より慎重に頼む」
玉座に深く腰掛けたまま発せられたジルクニフの言葉を受け、「畏まりました」と礼を返すロウネの姿を横目に、フールーダは優れた魔法詠唱者たちとの邂逅が実現する予感に胸を震わせた。
そうして、更に調査を続けながら半月余りのときを経て、遂に対面が叶ったのは“翠の旋風”のユンゲ・ブレッターというハーフエルフの若者だった。
フールーダ自らが設立に協力した帝国魔法学園の応接間。
やや緊張した面持ちでこちらを待っていたユンゲの姿を見止めたとき、フールーダの心の内に沸いたのは、僅かな嫉妬の思いだった。
二十代も半ばほどにしか見えない若いハーフエルフから立ち昇るオーラ――魔力系魔法詠唱者の使用可能な位階を見ることができる、フールーダの持つ生まれながらの異能〈タレント〉によって可視化される――は、ユンゲが第四位階魔法すら使用できることを示していた。
先達者に恵まれなかったフールーダは元より、フールーダの足跡を追ってきた自慢の高弟たちでも、これほど若くして第四位階魔法を使える者はいないことを思えば、ユンゲの年齢でこれほどの才能を有しているのは驚嘆するほかにない。
第六位階の魔法と儀式魔法を組み合わせて寿命を延ばしているフールーダだったが、魔法が完全でないが故に老いを完全に止めることはできておらず、渇望して止まない“魔法の深淵を覗く”という願いを果たすことができないまま一生を終えるかも知れないと、最近では恐怖すら覚えるほどだ。
しかし、思わず叫び出しそうになる気持ちを抑えつけ、威厳を保ったまま会談を始めたフールーダの努力は、間もなく瓦解してしまう。
奴隷エルフの耳の治療に使ったという魔法のスクロールは、その作りの精緻さもさることながら込められた魔法は――決して高位の魔法ではなかったが――フールーダでも未知の魔法だった。
取り繕っていた好々爺の仮面をあっさりと剥がされてしまえば、残るのは魔法への探求に生涯を捧げる一人の狂信的な魔法詠唱者でしかない。
ユンゲに矢継ぎ早な質問を浴びせ、他にも魔法のスクロールを持っていないかと詰め寄り、興奮と驚嘆に目まぐるしく表情を変えながら歓声を上げ続けた。
大袈裟な反応でユンゲの注意を散漫にし、ジルクニフの登場をより印象付けるための事前の取り決め通りではあったが、フールーダをしてどこまでが演技だったのかは疑わしい。
ジルクニフから名を呼ばれ、「痴態はそこまでにしておけ」と制止をかけられたことで、フールーダはようやくと落ち着きを取り戻したように装いつつも、高揚する気持ちは抑えられなかった。
会談の場で全てを聞き出すことができなくても、ユンゲを帝国側に引き入れることができたのなら、機会はいくらでもあるはずだと自身に言い聞かせながら、フールーダはジルクニフの背後に回って、やや朴訥な受け答えをするユンゲの様子を観察することで気を紛らわせていた。
会談を終えて“翠の旋風”の退席した帝国魔法学院の応接間は、隣室で控えていた護衛の騎士たちも呼び寄せられ、即席の会議室と化していた。
「二系統の魔法、それも魔力系は第四位階まで使いこなし、純粋な戦士としても申し分ないか」
「ありゃ、本物だな。振る舞いはともかく、ガゼフ・ストロノーフにも似た強さを感じましたぜ」
革張りの長椅子に着いたジルクニフの傍に立った髭面の偉丈夫――“雷光”の異名を持つバジウッド・ペシュメルが、お手上げとでも言うように不躾な言葉を放つ。
皇帝の身辺警護や勅命を遂行するバハルス帝国最強の四騎士筆頭であるバジウッドは、主であるジルクニフに対しても砕けた口調を使うが、一方でその忠誠に一切の疑いもない勇士だった。
「身につけていた装備も一目で分かるほどの逸品でしたな」
やや口惜しい気持ちでフールーダも口にする。会談の場であるために〈アプレイザル・マジックアイテム/道具鑑定〉を試すことはできなかったものの、ユンゲの武器や防具がバハルス帝国の国宝にも優るほどの品物であったことは確実に思われた。
「しかし、どこかの国家の要人といった線は薄いな。そこまで演技なら大したものだが――」
「そうでしたな。俺が言うのも何ですが、宮廷の作法とかその辺りのことは全然って感じでしたぜ」
ジルクニフに同意を示しながらバジウッドが言葉を引き継ぐ。
事前に集められていた報告書にあった、ユンゲがおおよそ謀事に向かないという見立ては、フールーダから見ても正しいように思われた。
ユンゲの取り出した魔法のスクロールを惜しんで、研究させて欲しいとフールーダが“懇願”したところ、渋々ながらも貸し出すことを許可してしまうほどには強引な押しにも弱かった。
組織的な束縛を嫌って冒険者の道を選んだような性格であるなら、世俗の地位や名誉で関心を惹くことは逆効果にもなりかねないので、勧誘には注意が必要になる。
「いっそ、女で引っ掛けるのはどうですかい? 連れのエルフは美人揃いだったが、薄い女ばかりじゃ厭きもくるだろ?」
妻ばかりでなく、四人の愛人とともに暮らす好色のバジウッドらしい観点だが、魔法への探求にこそ価値を見出しているフールーダには理解できない感覚だった。
やや頭を抱えるように天井を仰いだジルクニフは「……検討しよう」と言葉少なくバジウッドに告げて、やおらとフールーダへ視線を向けた。
「しかし、残念だったな、じい。あのハーフエルフと謎の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンとやらに直接的なつながりはないようだ」
「……そのようですな。しかし、アインズ・ウール・ゴウンが実在すると知れたことは、大きな前進となります」
退室する間際にジルクニフが投げかけた問いに対するユンゲの答えは、「覚えがない」というものだったが、答えるまでにかかった微妙な間は、記憶を探るための時間に違いなかった。
存在を隠そうとするでもなく、考えたという事実は重要な意味があった。
「……嬉しそうだな、じい」
薄く口許を歪めて笑うジルクニフに、フールーダもまた笑みを返して言葉を紡ぐ。
「ええ。何としてもかの御仁を探し出して、お会いしなくてはいけなくなりましたので――」
*
「残念ながらもはやここに用はない。今日のところはな」
拘束の鎖を断ち切ろうと蠢くデス・ナイトから視線を外し、フールーダは「行くぞ」と静かに弟子たちへ声をかける。
偶然の重なった捕獲から五年余りの歳月をかけても支配のできない伝説級のアンデッドだが、先日のユンゲとの邂逅によって、僅かばかりの光明も見え始めていた。
存在すら疑われる第七位階以上の魔法に限らずとも、フールーダをして未だ知らない魔法が存在すると分かれば、自らよりも先を進む者がいないという鬱屈とした気持ちも、少しだけ晴れる思いがある。
つい先日、ユンゲから強引に借り受けたいくつかの魔法のスクロールをもっと精査していけば、これまでとは異なるアプローチから、デス・ナイトを制御する方法も生まれるかも知れないという期待もあった。
安堵の色を多分に含んだ弟子たちの返事を聞き流して踵を返したフールーダは、背後から叩きつけてくるようなデス・ナイトの視線を受けながら、やや足早に重い扉へと歩み寄る。
合言葉を口にして、閉塞とした地下の部屋から一歩を踏み出せば、思わず呼吸を繰り返してしまう弟子たちの思いは、フールーダにも良く理解できた。
生者を憎むアンデッドの気配が強く残る閉塞とした地下の部屋では、やはり息が詰まるものだ――と、不意に「師よ!」とフールーダを呼ぶ低く野太い声が投げかけられた。
冒険者としても名を馳せたフールーダの高弟の一人であり、その経歴から魔法省の警備関係の副責任者を任せられている男が、慌てた様子で駆け込んでくる姿が目に映った。
「……何があった? 非常事態か?」
「いえ、非常事態ではなく、アダマンタイト級冒険者の方々が師に面会を求めておられます」
前触れもなく高弟から届けられた一つの知らせが、これまで魔法の探求にこそ一身を捧げていたフールーダの生涯を、果てはこの世界の在り方までも急変させるものになるとは、このときのフールーダには知る由もなかった。
この話のために原作を読み返していたら、ジルクニフからフールーダへの呼称が「じい」とひらがな表記だったことに、何となくほっこりしました。
次回からは原作書籍の7巻以降のお話となる予定ですので、今後ともよろしくお願いいたします。