オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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アインズ様が食事できないこともあって、現地における食べ物とかに関する記述って原作でも少なめですよね。
――という良く分からない前置きのような言い訳をしつつ、今回は進展が少ない話になってしまいました。


(23)買出

 帝都の中心部に位置している、周辺の建造物よりも高い塀に囲われた帝国魔法省の広大な敷地の中に立ったユンゲとキーファの見上げた先では、荒鷲の翼に獅子の体躯を持った飛行魔獣に騎乗した騎士――皇室空護兵団が警戒のために旋回し、一定の間隔で設けられた物見塔には槍を手にした騎士ばかりでなく、魔法詠唱者らしいローブ姿の者たちまで詰めているようだった。

「……思ってたよりも、かなり厳重なんだな」

「この魔法省は、軍用の魔法武具生産や新たな魔法の開発ばかりでなく、国民の生活水準を向上するための様々な魔法の研究によって、帝国の繁栄を支えている重要な研究機関ですからね」

 ユンゲの小さな呟きに答えを返したのは、受付で案内として紹介された初老の男だった。

 丁寧な言葉遣いながらも、どこか誇らしいような男の声音は、そうした重要な施設で働いているという自負からのものだろうか。年季の入った魔法詠唱者らしい出で立ちは、男がかなりの地位にあることを思わせる。

 それなりに名が知られ始めた冒険者チームとはいえ、所詮は余所者に過ぎないユンゲたち“翠の旋風”を迎えるには、些か待遇が過ぎるような印象もあるが、事前にフールーダが言い含めていたのかと思えば、少し憂鬱な気持ちになってしまう。

「何かとんでもない要求されちゃうのかな?」

「……かも知れないな」

 隣を歩くキーファと囁きを交わしながら、ユンゲはわざとらしく肩を落としてみせた。

 バハルス帝国の主席宮廷魔術師であり、国家の要人たるフールーダを相手に事前のアポイントもなく会いに来たというのに、受付の守衛にユンゲたちが来訪の旨を告げただけで、すぐに案内をつけてもらうことができたのだ。

 以前、帝都を訪れたときに聞いていた話とは違い、部外者にも開かれた場所なのかと思いかけたユンゲだったが、いざ敷地内に足を踏み入れてみれば、一目で分かるほどの厳戒な警備体制が取られていたのだから気持ちは沈んでしまう。

 自然と重くなる足取りに溜め息をこぼしつつも、ユンゲは気分を紛らわせるように腰を落としてキーファの耳許に寄せる。

「終わったら、二人に内緒で美味いもん食いにいこーぜ」

「――だね。高いのいっぱい頼んじゃおう!」

 軽い調子で笑ったユンゲの言葉に、キーファも肩を竦めて笑ってくれた。

 

 *

 

「――貴殿にお借りしたスクロールは、どれも誠に素晴らしい品ばかりだ! これらの未知の魔法を封じたという、異国の魔法詠唱者にも是非とも目通りしたくて仕方がない!」

 帝国魔法学園での不意打ちのような出会いから、数日振りに再会したフールーダは、やはり挨拶もそこそこに魔法への飽くなき探求を語り始めてしまっていた。

 台詞の語尾に全て感嘆符がついているかのような語り口調には、フールーダの驚喜する様が如実に表れているようで、趣味に没頭する気持ちは分かるユンゲとしても好感を覚えない訳ではないのだが、本来の目的――モモンから誘われた依頼参加への了承が得られないとなれば、大きな問題だった。

 しかし、魔法のスクロールの出所についてフールーダから尋ねられ、ユグドラシル産であることを誤魔化すつもりで「古いダンジョンで見つけた」と思いつきで答えてしまったのが、ユンゲの運の尽きだった。

 何としても詳細を聞き出そうとして浴びせられる、様々な詰問をユンゲが曖昧な答えではぐらかそうとする内に、「まさかエリエンティウか!?」や「何故、私が選ばれなかったのだ!」などと勝手に早合点したフールーダが前置きもなく慟哭の声を上げ始めたかと思えば、やがて一つの新しい叙情詩が生み出されるまでに、それほどの時間は必要とならなかった。

 そんな調子で半刻も過ぎてしまえば、「貴殿の素晴らしい魔法が込められた武具も、エリエンティウで手に入れたものなのか!?」と勢い込んで問いかけるフールーダに、「じゃあ、もうそれで良いです」とユンゲの答えも適当な空返事になっているのだが――、対するフールーダは気にした素振りもなく次から次へと新たな質問を捲し立ててくる有様だった。

 小さな応接机を隔てるだけの距離にあるはずの両者の間には、果てしない壁が築かれていく。

「……失敗したな、少し面倒でも皇帝の方に話を持ってくべきだった」

 判断を誤ったと後悔の念を小声でぼやいてみても、ユンゲには今更どうすることもできず、唯一人だけフールーダを抑えてくれそうなジルクニフもこの場にはいなかった。

 そうして、ようやくと解放されたユンゲがフールーダに本題を切り出すまでには、エ・ランテルの城壁の如く成長した心の壁に、更に内堀と外堀が設けられるまでの時間が必要となるのだった。

 

 冒険者としての依頼を受けるため、暫らく帝都を離れる旨をユンゲが伝えたところ、「――私たちに貴殿らを束縛する考えはないよ。今後とも友好的な関係を築けるなら幸いだ。依頼の件は、私から陛下に伝えておこう」とフールーダは朗らかな言葉を紡いでみせた。

 こちらの張り巡らせていた防壁を鼻歌交じりに跨いでくるような気安い返答を受け、散々に精神力を消耗させられていたユンゲは、まるで好々爺然とした笑みを浮かべる老魔法詠唱者の様子に舌打ちを堪える多大な労力を要し、「よろしくお願いします」と声を絞り出すのが精一杯だった。

 フールーダの勢いに振り回されたことで、すっかりと憔悴してしまったユンゲとキーファが足取りも重く魔法省を出てみれば、再び薄曇りとなってしまった鉛色の空に迎えられた。

「また雨が降ってきそうだね」

「……だな、降られる前に夕飯でも買い込んで早めに宿に戻るか」

 ユンゲが力なく口にした言葉に、キーファもまた「さんせー」と疲れた様子で、やれやれと肩を落としてみせる。

 これから宿にまで戻ってまで、リンダとマリーを連れてどこかの酒場に行くような気力は、もう二人に残っていなかった。

「何かの料理を適当に包んで貰うとして、とりあえずは大広場か……」

「できたら、お酒も欲しいな。今日はちょっと飲みたい気分」

 凝った肩を回しながら冗談めかせるキーファに同意しつつ、ユンゲは「マリーみたいな悪酔いするなよ」と軽口で応じて肩を竦めてみせる。

 チームを結成して間もない頃、シルバー級への昇格祝いのときだっただろうか。

 エ・ランテルの酒場で、ユンゲのペースに合わせて酒を飲もうとしたマリーは、酔い潰れてリンダの膝で介抱されていたことがあった。

 キーファとマリーは、リンダやユンゲほど酒精に強くないので、あのときを除けば酒場でも嗜む程度にしか酒を口にしていなかったはずだが、フールーダとの対面には相応の気疲れがあったということだろう。

「まぁ、宿の部屋で飲む分には大丈夫じゃない?」

「……二日酔いの回復魔法は、リンダに頼めよ」

「ユンゲはしてくれないの?」

 わざとらしく小首をかしげてみせるキーファから視線を外し、ユンゲはかぶりを振って笑い返す。

「……俺も酩酊するまで飲むつもりだからな、寧ろ俺にかけてくれないとな」

「じゃあ、どれだけ買い込んでも、お酒が足りないね」

 くすくすと口許に手を当てながら揶揄うようなキーファの物言いに、ユンゲはもう一度肩を竦めてみせた。

 この異世界に転移してハーフエルフの身体となってからのユンゲの食欲は、端的に言っても異常なほどであり酒量も相応に増えているのだから、キーファの言葉は実に正しいのだろう。

 冒険者として適度な運動はしているので、少しくらい食べ過ぎたり、飲み過ぎたとしても大丈夫なはずだと心の内で言い訳を重ねながら、ユンゲは口を開く。

「いっそ高い酒ばっか買って、あの爺さんに迷惑料として請求してやろうか?」

「あ、でも買うなら、あたしは甘い果実酒とかが良いな」

 大した意味のない会話でも、僅かばかりの気分転換になるものだ。

 互いに適当なことを口にしつつ、ユンゲが大広場へと足を向けるとキーファも同じように傍へ駆け寄ってくる。

 短く結んだポニーテールが弾むキーファの横顔には、何か悪戯を思いついた子どものような無邪気さがあった。

 自分が浮かべているであろう笑みも、また似たようなものかも知れないと思いつつ、ユンゲは「“翠の旋風”買い出し班、出発!」と軽い調子で声を張ったのだった。

 

 *

 

「……事情は分かりましたが、流石に買い込み過ぎでしょう」

 帝都中の商店や酒場を巡って買い求めた品々を手に意気揚々と宿へ戻ったユンゲとキーファを迎えたのは、呆気に取られて思わず言葉を飲み込んでしまったリンダとマリーだった。

 損な役回りとなってしまったキーファの鬱憤晴らしに、戦士としての膂力とバランス感覚を最大限に発揮したユンゲの悪乗りによって、一流の曲芸師もかくやといった絶妙の均整でもって運び込まれた大量の料理や酒を目前に並べていけば、リンダからは声にならない呻きがこぼれた。

 いくつもの店舗の軒先から全ての商品を買い占めてきたのでは、と思わせるほどに多くの小麦の白パンにライ麦の黒パン、ドライフルーツを混ぜ込んだ珍しいパン以外にも、たっぷりの砂糖や蜂蜜を回しかけたリンダやマリーの好んでいる甘いパンも購入しているし、この帝都の辺りでは良く食べられているという大振りな腸詰めは、茹でたものに焼いたもの、やや目新しいところでは香辛料をふんだんに使用したり、血や臓物を煮固めた黒々としたブルートヴルストまで取り揃えている。

 燻製肉にしても牛や豚や鶏といった一般的な食用家畜ばかりでなく、鹿肉や猪肉といった野性味のある種類も買い集め、珍しいところでは各種のチーズを燻したものもあった。串焼きの屋台で頼み込んで仕入れた串を打っただけの生肉とともに、軽く火で炙りながら食べれば、絶品なのは間違いないだろう。

 シンプルな塩焼きや素揚げばかりでなく、根菜とともに煮込んだり、香草とともに酒蒸しにした川魚の料理も香りの良い湯気を立て、箸休めとしては葉物野菜の酢漬けや遠くの海洋で取れたという豊富な海産物の塩漬けのほか、食事の締めにもピッタリな羊乳で柔らかく炊いた麦粥まで用意をしているので、少なくとも酒の肴に困ることはないだろう。

 更に大きな籠でも収まり切らないほどの果物類は、ユンゲのお気に入りであるレインフルーツを始めとした鮮やかな彩りで料理の乗り切らないほどの食卓を飾り、視覚的にも食欲を誘ってくる。

 そして、酒類に至っては二人の悪乗りが過ぎた結果、エールや色々な季節の果実酒や店主から勧められた黄金色に輝く蜂蜜酒のほか、特に酒精の強烈な蒸留酒といった様々な種類の酒を“樽の単位”で運び込んでいるので、ユンゲたちの借りている宿屋の一室は、さながら盛況な酒場の倉庫のような状況になっていた。

 少しだけ冷静になってみれば、些か買い過ぎてしまったかも知れないと思わないこともないような気がしなくもないような感じがするユンゲだったが、代金は全て気前良く報酬の金貨で投げ払ってきたばかりなので今更になって返品することはできないし、するつもりは欠片もなかった。

 

 キーファとともに向かった魔法省でのフールーダの顛末と冒険者としての依頼参加に制限されないことを簡単に説明したものの、マリーには「……ユンゲさんは、ここに酒場でも開くお考えなのでしょうか?」と半ば呆れるような声音で問われてしまう。

 思いのほか真面目そうなマリーの薄紫の眼差しを見つめ返し、「じゃあ、それで良いよ」とユンゲは大きく手を広げてみせながら言葉を続けた。

「ここを酒場“翠の旋風”帝国支店ってことにしよう。依頼の日まで、ずっと宴会し続けようぜ!」

「……ユンゲさんに言われると冗談に聞こえないです」

「そりゃ、冗談じゃないからな」

 殊更に真摯な声音で言い切って、如何にも心外だと言わんばかりの表情を心掛けるが、どうにも口許が緩んでしまうのをユンゲは堪えられない。

 やがて、誰からともなく小さな笑みがこぼれると堰を切ったように、キーファもリンダもマリーも皆がつられるように声を上げながら、腹を抱えて笑い合っていた。

 そうして、まだ陽も落ちていない雨上がりの帝都の一室に「乾杯っ!」と唱和する楽しそうな“翠の旋風”の声が響くのは、それから間もなくのことだった。

 

 




肉より魚派な私としては、お刺身やお寿司なんかも出したかったのですが、世界観に合わない気がしたので、個人的に興味のある中世ドイツ史の食糧事情をイメージしてご馳走っぽい感じを選んでいます。
(原作でジャガイモが登場しているので、最初から破綻しているのですが……)

次話からは物語が動き始めるはず、かも知れないです。
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