オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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今話は戦闘回。

頭の妄想をできるだけ表現したいと描写を増やすほどに、スピード感というか爽快感が失われてしまうジレンマ。
この辺りのバランスは本当に難しいですね、という言い訳を最初にして置きます。


(25)挑戦

 腰にした剣帯から抜き放ったバスタードソードの柄を両手で強く握り締める。

 差し込んだ鮮烈な朝の陽射しを浴びて朱に輝く剣先の向こう、目算で十メートルほどの距離を置いて対峙する漆黒の戦士を見据えて、ユンゲは意識を集中するように大きく息を吐いた。

 いつか帝都〈アーウィンタール〉の大闘技場を舞台に賭け試合をしたときには、一度の跳躍で迫れると余裕すら持って挑むことができたはずの距離なのだが、人類の切り札とまで謳われる最高位のアダマンタイト級冒険者、“漆黒の英雄”たるモモンの圧倒的とも思える重圧に晒されたユンゲの額には、戦いが始まる前にもかかわらず、既に大粒の汗が浮かんでいる。

「……いつでも構いませんよ、ユンゲさん」

「――簡単に言ってくれますね。まぁ、胸を借りるつもりでやらせてもらいますよ、モモンさん」

 半ば強がりのような思いから口にしてはみるが、手にした二振りのグレートソードを構えることもなく泰然とした態度を崩さないモモンの姿を前に、ユンゲはどのように攻めかかれば良いのかを決められない。

 モモンとナーベの滞在する宿を訪れ、依頼に参加する旨を伝えてから出発の今日まで、何度か帝都の冒険者組合に立ち寄ったのだが、常にモモンの話題で持ちきりとなっていた。

 曰く、リ・エスティーゼ王国で突如として街中に現れた無数の悪魔が人を襲い、王都を大火に包むなど未曽有の被害をもたらす“悪魔騒動”が発生したらしいのだが、敵の首魁であった難度二百もの強大な悪魔をモモンが一蹴したという。

 王国方面から帰還した冒険者や隊商の一団が質問攻めに合い、噂が新たな噂を呼ぶような状態では、情報の真偽を確かめることはできなかったが、こうして実際に相対してみれば、輝かしい“漆黒”の英雄譚に新たな一幕が生み出されたということに疑いの余地はないだろう。

 ユグドラシルの恩恵を受けているユンゲであっても、難度二百は同格以上にもなる難敵だった。

 おそらくは戦士職を専門に修めているはずのモモンを相手に、戦士職ばかりでなく魔法職にもレベルを割いているユンゲが真っ向勝負を挑んだところで、劣勢を覆すことはできないのだろうが――。

 超巨大なモンスターと対峙している気分のこちらを遠巻きに囲いながら、「あのハーフエルフは何者だ?」や「ちょっと前に闘技場で噂になった奴じゃないか?」と言葉を交わしたり、「……あれだけの魔法が使えるのに戦士? いや、そんなはずない」などと好き勝手なことを口にして観戦を決め込む外野の声が、酷く耳障りに感じてしまう。

 軽い苛立ちの中で視線を巡らせれば、縋るように短杖を握り締めながら祈りを捧げる少女の姿。

 少しばかりの既視感を覚えつつも、ユンゲは僅かに口許を緩ませる。

「――――っ、落ち着けよ」

 自身に言い聞かせるように小さく呼吸を整えたユンゲは、変わらない姿勢で仁王立ちするモモンにゆっくりと視線を戻すと、「……では、いきます」と静かな口調で言い差し、大地を駆った。

 

 *

 

「……模擬戦、ですか?」

「えぇ、ユンゲさんの腕前をここで披露してみせることは、今回の依頼を円滑に進めるためにも悪くない選択ではないでしょうか?」

 告げられた言葉をそのまま復唱するようなユンゲの問いに、落ち着き払って答えたモモンがばさりとマントを払いながら、優雅な所作でこちらへと歩み寄ってくる。

 先ほど戦いを終えたばかりのワーカーや周囲からの視線が集まるのを一顧だにしない様子は、拠点であるエ・ランテルばかりでなく、遠くバハルス帝国においても常に衆目の関心を引きつける最高位冒険者ならではの振る舞いなのかも知れない。

「……私では、モモンさんの相手にならないと思いますよ」

「いやいや、以前に私も参加させていただいたカッツェ平野での戦いで、骨の竜〈スケリトル・ドラゴン〉を相手に見事なご活躍だったと、“虹”のモックナックさんからも聞き及んでいます。同じ冒険者の道を志す者として、私はユンゲさんの御力に興味があるのですよ」

 転移前の世界を思い返すまでもなく、より上位の者からこのように言われてしまえば、理由もなく断ることは難しい。

 そうして、ユンゲの耳許に寄せながら少し声を落として、「……それに私としても、先ほどは不完全燃焼だったのでね」と冗談めかせるモモンの楽しそうな雰囲気を思えば、こちらに有無を言わせないような話題の運び方は、初めから意図していた展開だったのだろう。

 近隣諸国まで名の知られた、当代の英雄がみせるらしくない姿――知り合いを自分の好きな遊びに誘うために、我を通そうとするような茶目っ気、或いは我が儘とでも言ったところか。

 こちらの困惑を十分に理解しているはずだというのに「いかがでしょう?」とわざとらしく肩を竦めてみせるモモンの様子は――ユンゲ自身も良くしてしまう仕草だと自覚していたものの――まるで悪戯が成功した子どものような印象すら見受けられる。

 モモンの背後から降り注ぐ眩しい朝の光に目を細めながら、ユンゲは一つ小さな溜め息をこぼし、気分を払うようにかぶりを振った。

「……私も力加減は苦手ですよ」

 少しだけ口許を綻ばせたユンゲは、先ほどワーカーから挑戦を受けた際にモモンの口にしていた断りの文句を真似して、敢えて軽口をたたいてみせる。

 ユンゲとモモンのやり取りを注意していたらしい周りのワーカーや冒険者たちが、たちまち色めき立つのが視界の端に映った。

 遥かに格下の相手が不躾にこんな台詞を吐いたのなら、さぞ傲慢に思われてしまうところだが――、

「えぇ、こちらも望むところです」

 ユンゲのつまらない児戯に付き合って、どこか笑いを堪えるように返してくれるのだから、モモンはやはり本物の英雄たる大器を持っているのだろう。

 背筋を寒からしめるナーベからの文字通り“刺すような視線”は努めて無視をすることにして、ユンゲは手にしていた積荷をゆっくりと地面に下ろす。

 モモンから興味があると言ってくれるのなら、それはユンゲにしても同様だ。

 強い相手と戦ってみたい、などと幼い頃に読んだ漫画のような感情を自分が抱くことになるとは、この世界に転移してくるまでは思ってもいなかった。

 面頬付きの兜の細いスリット越しのモモンと一つ目配せを交わし、ユンゲは長時間の荷物運びで凝っていた肩をほぐすように回し、軽い準備運動がてらに身体を曲げ伸ばすと腰の剣帯へと手を伸ばした。

「……まぁ、やるだけやってみますか」

 

 *

 

 渾身の力で振り下ろしたバスタードソードから響く、巌のような衝撃。

 斬りかかった勢いのままに剣と剣の激突を支点とし、相手の頭上を飛び越えて背中合わせに着地する――と同時に横薙ぎの斬撃を見舞う。

 反転の遠心力まで加味した必中の一撃もまた、背に回されたグレートソードであっさりと防がれてしまえば、ユンゲとしては苦笑するしかない。

 まるで鋼鉄の塊を殴ったような錯覚にも、モモンの姿勢が微塵も崩れた様子はなかった。

 慌ててバスタードソードを構え直すユンゲの目前で、悠々と振り返ってみせるモモンには、既に荒い息遣いとなっているこちらとは対照的に、絶対強者たる余裕すら感じられる。

「――っ、どんな馬鹿力だよ」

 軽い舌打ちをこぼしつつも、ユンゲは再び前傾姿勢からの突進を仕掛けた。

 ユンゲの狙いは、前に踏み込まれたモモンの左脚――察したモモンが足を引く――と見せかけて、突き出した剣先を直前で蹴り上げ、全身鎧の継ぎ目である首筋を急襲。

 一切の躊躇もないユンゲの凄絶な刺突は、しかし超反応で首を傾げて避けてしまうモモンには通用しなかった。

 前のめりにたたらを踏みかけ、それでも転がるようにして距離を取ったユンゲは、素早く体勢を整えてバスタードソードを正眼に構え直す。

 ユンゲとしては、もはや模擬戦の様相を成さないほどの真剣さでモモンに挑んでいた。

 大事な依頼の前に、万が一にも怪我をさせられないなどという配慮は、とうの昔にユンゲの意識から消えている。そんな気遣いが杞憂だったと気付かされるまでには、数度と剣を交えるほどの僅かな時間も必要なかった。

 転移前の世界では武術の心得などなかったユンゲでもあっても、はっきりと理解できる彼我の実力差――このような模擬戦を何十、何百回と繰り返したところで、モモンの勝利が揺らぐことは決してないだろう。

 袈裟懸けに斬りかかり、弾かれたバスタードソードを手早く返して斜めに斬り上げる。

 グレートソードの柄で受け止められたのも構わずにユンゲは身体を捻り、左の回し蹴りからの右足を振り抜く蹴りのニ連撃、更に反転して何度目ともつかないバスタードソードの斬撃も、低く身を躱したモモンに避けられてしまう。

(……ヤバいっ!)

 地に伏せるようなモモンから膨れ上がる気配。

 反撃を予期したユンゲは慌てて飛び退く――が、漆黒の戦士は優雅とすら思える動きで身を起こしただけだった。

 

 模擬戦が始まってからこれまで、モモンは一度たりともユンゲに攻撃をしかけてこない。

 ユンゲの攻撃を避けるか、或いは受け止めたタイミングで隙を見計らうように攻撃する“振り”をするだけだ。

 こうなれば模擬戦というよりも、訓練をつけてもらっていると認識した方が正しいのかも知れない。

「良い判断ですね」

「……モモンさんがその気なら、何度死んでいたか分かりませんよ」

「いやいや、ご謙遜を。ギリギリのところで仕留められないのが分かりますから、こちらは攻撃できていないのですよ」

 謙遜しているのは果たしてどちらかと、あんまりな言い様に思わずユンゲが苦笑しかけたところで、モモンの言葉は続けられた。

「……それに、ユンゲさんはまだ魔法を使われていませんよね? どうぞ、ご遠慮なく」

 懐の深さを示すように大きく腕を広げてみせるモモンに、ユンゲは「……飛びながら遠距離攻撃だけで攻める、っていうのはありですかね?」と頬をかきながら問うてみる。

「構いませんが、そのときはこれで撃ち墜とさせてもらいますよ」

 ふふっと軽く笑いをこぼしたモモンが、手にしたグレートソードを投げる素振りをみせながら、何でもないことのように告げてくれる。

 投げ槍などの比ではない、大柄な人の背丈ほどもある巨剣が、自分を目掛けて飛んでくる様など想像したくもないが、モモンの圧倒的な膂力を思えば容易いことなのだろう。

「……それは遠慮させて頂きたいですね」

 冗談とは笑い飛ばせないモモンの言葉に嫌な寒気を覚えつつ、ユンゲは辺りを見回した。

 伯爵という高位貴族の邸宅に相応しい大きな庭園であっても、良く手入れされているであろう庭木やユンゲとモモンの戦いを囲うように観戦しているギャラリーを思えば、下手に魔法の効果範囲に巻き込んでしまう訳にはいかないだろう。

 しかし、モモンが魔法を使うようにと促してくれるのであれば――周囲のギャラリーに多少の配慮は必要だとしても――持てる力を出し惜しみする必要はないと思えた。

 何故この模擬戦を持ちかけられたのかと意図を訝っていたユンゲではあったが、モモンの突出した実力を考慮したのなら、普段の訓練相手にも困っていそうなので、先のワーカーとの戦いが不完全燃焼だったという呟かれた言葉も、案外のところは本音なのかも知れない。

 全く疲労した様子をみせないモモンをやや羨むように見据えつつ、模擬戦で上がった息を深い深呼吸で整えたユンゲは、自身を鼓舞するように強気な思いで口を開く。

「……魔法だと、本当に加減はできないです」

「問題ありませんよ。回復手段の用意もありますので、お気遣いは無用です」

「――了解しました。では、改めてよろしくお願いしますね、モモンさん」

 乱れてざんばらとなった髪を撫でつけるようにかき上げたユンゲは、再び構えたバスタードソードの柄を強く握り締めながら、ありったけの自己強化魔法を詠唱し始めた。

 

 *

 

 大上段から振り下ろされる、モモンの超重量級の一撃。魔法で限界まで強化したユンゲの筋力をもってもなお、受け止めることはとても敵わない。

 大地に深く咬ませたバスタードソードの剣身で、辛うじて受け流すのが精一杯だった。

 同僚に譲って貰った聖遺物級の業物でなければ、造作もなく砕かれていたかも知れない――などと息を吐く間もなく横薙ぎに変化した剣撃を、慌てて引き戻した剣の柄で受けるものの、重過ぎる衝撃を耐えることはできず、ユンゲはなすすべもなく吹っ飛ばされてしまう。

 どれほどの怪力があれば、縦に振り抜いたグレートソードの勢いを殺さないままに、直ぐさま直角に振るうことができるというのか。

 弾き飛ばされた衝撃を逃がそうと地面を転がったユンゲの視界に、両の大剣を振り上げて駆けてくる漆黒の戦士――恐怖を象徴する黒衣の死に神が迫ってくるような錯覚に、ユンゲは声にならない悲鳴を上げながらも、決死の覚悟で魔法を紡いだ。

〈ピアーシング・アイシクル/穿つ氷弾〉

 碌に狙いもつけられない中で、ユンゲの手の内から生み出された無数の氷の礫が、数を頼りに極至近距離からモモンを囲うように殺到――しかし、魔法で鋭敏になったユンゲの動体視力でも霞むほどの速さで、モモンは弾丸の嵐を潜り抜けてしまう。

「……人間の動きじゃないな」

 感嘆とも呆れともつかない思いでぼやいたユンゲは、それでも楽しげに口許を吊り上げる。

「……けど、これならっ!」と次なる魔法〈エレクトロ・スフィア/電撃球〉を“モモンの背後”から放った。

 紫電を滾らせた目の覚めるような光弾が、モモンの不意を突くように足下で炸裂し、爆発的に膨れ上がった雷撃の檻がモモンの姿を包み込む。

 先の〈穿つ氷弾〉を放つのに合わせて無詠唱で発動した、短距離のみの転移を可能とする〈ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動〉により、モモンの視界から逃れて背後へと回り、金属製の全身鎧を身に纏ったモモンに最も効果のありそうな電気系の範囲魔法を叩き込んだのだ。

 この転移後の世界基準においては、些かも過剰な魔法の連撃ならモモンにも届くか――いや、脳裡を過ぎる甘い考えを振り払うように、ユンゲは二度目の〈次元の移動〉を唱える。

 狙いは雷撃の逆巻く激震地の直上――どんな戦士でも絶対の死角となる頭上からの一撃。

 逆手に構えたバスタードソードを落下の勢いに任せて、大地を貫かんばかりに突き下ろす。

 極限の緊張状態に、世界から音が消え去るような刹那の静寂――巻き上がっていた粉塵を突き破ったのは、漆黒の戦士が手にするグレートソードによる“迎撃”の刃だった。

 未だ寝惚け眼を擦っている市井の人々に、鮮烈な朝の訪れを告げるであろう凄絶な大音量の剣戟が、朝焼けの帝都アーウィンタールに響き渡った。

 

「……惜しかったですね」

 モモンのどこか感心するような声音に、ユンゲは力なく肩を竦める。

 二重、三重に姑息な策を弄し、完全な奇襲となったはずの一閃だったが、苦もなく防がれた。

 もはや手立てのないユンゲには、モモンの実力の底を窺い知ることができない。

「……いえ、完敗ですよ」

 そう口にしたユンゲは、どこか清々しい気持ちを感じながらバスタードソードを構え直した。

 今回のモモンとの模擬戦で、高みの一端でも知ることができた。

 所詮、ユグドラシルにおけるユンゲは、カンスト勢には程遠い新参者だったのだ。

 如何なる意思による采配か、終わるはずだった世界に“続き”がもたらされた。

 初めて訪れた城塞都市〈エ・ランテル〉の酒場で邂逅したとき、その威風堂々たる振る舞いに惹かれた相手と対峙している。

 今の実力では届かなくとも、いつかは同じ高みに登れるように経験を積むための猶予が得られたのなら、挑めば良いだけだろう。

 こちらの戦闘意欲を汲んでくれるようにモモンもまた、巨大な二振りのグレートソードを構え直してくれる。

 胸の内から湧き上がる言い知れぬ高揚感に身を委ね、ユンゲはバスタードソードを手に駆け出した。

 

 不意に、身体の奥底から“未知の特殊技術”が起ち上がる気配――渾身の想いで振り下ろしたバスタードソードの斬撃が、“極大の力の奔流となって次元を引き裂く”超常たる神話の光景。

 

 全身のあらゆる活力や気力が、瞬く間に失われるような未曽有の喪失感。

 煮え滾ったどす黒いコールタールを塗りたくられるように、ユンゲの意識は暗い闇の中へと呑み込まれていった。

 

 

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