オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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相変わらずの更新頻度とのんびり展開ですが、気長にお楽しみいただければ幸いです。


(27)遺跡

「……信仰系魔法まで使えるなんて、信じられない」

「あんた、本当にとんでもねぇな」

 向けられる称賛の言葉も、模擬戦でモモンという圧倒的な上位の存在を実感してしまったユンゲとしては、素直に受け取るという気持ちにもなれない。

「……別にたいしたことじゃないですよ」と思わず自嘲気味に笑ってしまったのは、ユグドラシルというゲームの延長線上に手に入れた力を誇りたくなかったのだろうか。

 これから研鑽を重ねていき、自身の努力の結果として胸を張れるようになりたいと思いながらユンゲは言葉を続けた。

「ご覧になっていらしたでしょうが、モモンさんには手も足も出なかったですからね」

「いや、あの人はまた別格だろ。……謙遜する必要なんてないように思うがなぁ」

 こちらの素っ気ない返答に、大袈裟な溜め息を吐いてみせた軽装の若い男――日に焼けた健康的な肌に金髪の一房を赤く染めた、腰にナックルガードのある二振りの剣を履く戦士――バハルス帝国のワーカーチーム“フォーサイト”のリーダーと紹介されたヘッケラン・ターマイトが、人好きのする朗らかな笑みを薄く浮かべながら、「なぁ、ロバー」と同意を求めるように隣のロバーデイクの肩に手を置いた。

「そうですね。本職の前衛でない私には、視認することも困難な速さの攻防でしたね」

 湯気の立ち昇る椀を手にするロバーデイクが、落ち着いた口調で言い差す。

「……それに、二系統の魔法まで修めているなんて、本当に信じられない才能」

 自らの身長ほどもある長い鉄杖を抱えた少女が、ユンゲを覗き込むようにしながら顔を上気させた。アルシェとだけ名乗った、どこか幼さの残る十代半ばほどの少女は、肩口のあたりでざっくりと切り揃えられた艶やかな金髪に、旅装を解いて魔法詠唱者らしいゆったりとしたローブを纏っていた。

 最初に顔を合わせたときには、どこか無機質な人形のような印象すらあったものだが、魔法の話題となると感情を抑えられない性格なのかも知れない。

 少しだけ脳裡を過ぎった嫌な記憶に、羨望にも似た視線を受け流すように肩を竦め、ユンゲは過ぎた謙遜の言葉を飲み込んで、火にかけられている鉄鍋から追加のスープを自分用の大きな椀へと取り分ける。

 すっかりと陽の落ちた平原の片隅、今回の遺跡調査に参加する冒険者やワーカーたちは、それぞれにチームや知己の者たちで集まり、中央に焚き火を囲いながら早めの夕食を取っていた。

 馬車に乗せてもらった謝礼を改めて伝えるために、ロバーデイクのもとを訪れたユンゲもまた、彼のチーム仲間たちに誘われるまま“翠の旋風”のメンバーを交えて食事の席をともにすることとなっていた。

 目的地である未知の遺跡までは、まだかなりの距離があることに加え、帝国騎士の巡回する街道からさほど離れていないこともあり、モンスターの襲撃に対して過剰な警戒をする必要はない。

 明日の午後か、遅くとも明後日には遺跡に到着する旅程が組まれているので、こうしてゆっくりと過ごすことのできる時間は限られているからだろう。

 周囲に視線を巡らせてみれば、仲間内で未だ見ぬ遺跡への思いを馳せたり、モモンの圧倒的な戦い振りやナーベの実力を推察するように意見を交わしているほか、実物に相違ないその二つ名について興奮気味に語り合っている様子が見て取れた。

 話題の中心である“漆黒”の二人は、「宗教上の理由から食事はともにできない」と早々に彼らのテントへ引き上げてしまっているのだが――、他の設営場所から少し離れた位置に、二人のために用意されたテントが設営されていることに言及するのは、野暮といったところか。

 

「……ってか、一つ訊きたいんだが、闘技場でエルヤーの野郎をぶっ倒した凄腕のハーフエルフってのは、あんたなのか?」

 不意に疑問の声を上げたヘッケランが、手にした麻袋から木炭を取り出して、無造作に焚き火へ放り込んでいく。

 宵闇に舞い上がった火の粉を何気なく目で追いながらも、ユンゲは向けられる好奇の視線には応えなかった。

 少し調べれば分かることでもあり、勿体振ってまで隠すようなことではなかったものの、その話題と切り離すことのできないキーファやリンダ、マリーたちの境遇を慮ったユンゲとしては、軽々しく口にすることが憚られる内容だった。

 煌めく紅色の軌跡が暗がりに溶けていく先、焚き火から遠ざかった暗がりに腰かける四つの人影――すっかりと打ち解けたように、肩を寄せ合いながら熱心に言葉を交わしている細身な女性たちは、皆が人間よりも細く長い特徴的な耳を持っている。

 純血の森妖精〈エルフ〉である翠の旋風の女性陣に、フォーサイトからハーフエルフのイミーナを加えた四人は、ロバーデイクの手引きでそれぞれのチームが顔合わせをして間もなく、「……彼女たちと少し話したいことがある」というイミーナの言葉で、一行から少し離れた位置に移っていた。

 提案を口にしたイミーナの睨みつけるような鋭い視線に、ユンゲとしては警戒心を抱いたものだが、「構いませんよ、あちらの方でよろしいでしょうか?」と和かな笑みで応じたマリーの判断が正しかったのだろう。

 後から思い返したのなら、イミーナの向けてきた瞳に宿されていた敵愾心にも似た感情は、ユンゲをこそ警戒して値踏みしていたのかも知れない。

 ――即ち、同じ種族の血を引く者として、エルフを虐げるような真似をしていないか。

 エルフが奴隷身分として扱われるバハルス帝国では、ハーフエルフであるイミーナもまた、決して暮らしやすいということはないのだろうと想像に難くない。

 漏れ聞こえてくる談笑の合間にこちらの方を振り返っては、ちらちらと観察するような目を向けてくるイミーナの細い指が、無遠慮に差しているのはユンゲか、或いは彼女たちに背中を向けたままのヘッケランだろうか。

 口許を手で抑えながら肩を震わせているマリーを何気なく見遣れば、重なった視線をバツが悪そうに逸らされた。

 ユンゲにとっては、あまり愉快ではなさそうな様子に若干の苛立ちを覚えなくもなかったが、これまで過ごしてきたであろう経緯を思えば、盛り上がっているところに水を差すような真似はしたくない。

 言葉を飲み込むように、ユンゲは椀のスープを静かに口へと運んだ。

少し肌寒さを感じさせる夜風に、素朴なスープの温かさが心地良く染み込んでいく。

 

「……女性たちの話題に首を突っ込んでも、碌な結果にはなりませんからね」

 こちらの考えを見透かすように笑ってみせる訳知り顔のロバーデイクに、一つ頷きを返したユンゲは遠い日の記憶を思い起こすように、「……本当に、その通りですね」と小さく肩を竦めてみせた。

(君子危うきに近寄らず、で良かったかな?)

 ややうろ覚えな記憶を探ろうとしたユンゲの思考は、向かいからの言葉に遮られた。

「――全くだぜ。何が気に入らないのか知らねぇが、ころころ機嫌を変えられちゃ、こっちが堪らねって話だよなぁ、アルシェ」

「……女の私に話を振らないで欲しい」

 大袈裟な溜め息を吐いてみせながら冗談めかすヘッケランに、面倒そうなアルシェがおざなりに口を開いたところで、「聞こえてるわよ、ヘッケラン」と冷気を孕んだ声音が続いた。

「文句があるなら、直接言ったらどうなの?」

「ははっ、文句なんてある訳ないだろ。俺は良い仲間に恵まれてるよ、なぁ」

「……声が震えてるわよ」

 マリーたちとの話を切り上げてきたらしいイミーナが、不満げに腕を組みながらヘッケランに詰め寄っていけば、「おいおい、変な言いがかりは止めてくれよ」と軽い口調で言い訳を重ねるヘッケランは、イミーナに胸倉を掴まれたままに冷たく見据えられて、少しずつ後退りしていく。

 二人の様子を遠巻きに眺めるロバーデイクとアルシェの二人は、関わろうとしないながらも楽しそうに笑みを交わしているのが見える。

 こうした和やかなやり取りが、日頃からなされているのだろうと思わせてくれる光景に、ユンゲは眩しいような思いで目を細めた。

 最初に出会ったワーカーが彼ら“フォーサイト”のような人柄であったなら、今のように嫌悪感を抱くこともなかったかも知れない。

 

「……良い話ができたか?」

 傍らへ歩いてくるマリーたちに寄せて、ユンゲは静かに問いかける。

「はいっ!」と満足そうな、或いは決意を滲ませるような弾んだ声の返事が聞けたのなら、この出会いは意味のあるものだったのだろう。

 何かをせがむような上目遣いの碧い眼差しに、ユンゲはやおらと手を伸ばす。

 マリーの柔らかな髪を梳くように撫でるユンゲの口許は、自然と綻んでいた。

 同じように駆け寄ってきたキーファの頭にも手を置いてやれば、くすぐったそうな声がこぼれる。

 パチパチッと爆ぜる焚き火の明かりに、皆どこか清々しいような表情が並んで浮かぶ。

 不意に視界の端で、ヘッケランがイミーナの追及を擦り抜けるのが見えた。

「――なぁ、良かったら俺とも模擬戦してくれよ」

「こらっ、まだ話は終わってないでしょう!」

 イミーナに追い縋られながらも、どこか楽しそうなヘッケランが、ユンゲに向けて声を投げかけてくる。

 傍目には仲の良い者同士の戯れ合いにしか見えない掛け合いに、少しばかりの苦笑を浮かべたユンゲは、凝った身体をほぐすようにしながら口を開いた。

「構いませんよ。……手加減はできないですけどね」

「へっ、そうこなくっちゃな。よしっ、ロバーも参加するんだから早く立てよ」

 イミーナに後ろから羽交い絞めにされたままのヘッケランが大袈裟に手招きをすれば、「やれやれ、また貴方は勝手に……」と額を押さえながらも、ロバーデイクはスープの椀を無骨なメイスに持ち替え、やおらと立ち上がった。

 口許に浮かぶのは、挑戦的な笑み――達観しているようで、意外と熱い性格の持ち主なのかも知れない。

「……無茶はしないでくださいね」

 横合いから投げかけられたリンダの諦めを孕んだ声音に、「努力するよ」と肩を竦めつつ、ユンゲは腰の剣帯からバスタードソードを抜き放った。

 この男連中は本当に仕方がない、と嘆くような女性陣からの溜め息が、さらりとした秋初めの夜風に攫われていく。

 雲一つない晴れ渡った夜空には、いくつもの鮮やかな星たちの輝きが瞬いていた。

 

 *

 

 日の出に合わせて野営の設備を手際良く撤収し、一行は再び目的地を目指して歩みを進めていく。

 いくつもの小高い丘陵の合間を緩やかな弧を描くように抜けていけば、背の高い樹々はいつの間にか姿を消し、青々とした草の大地ばかりが広がっていた。

 整備された街道のように砂利を敷き詰められていない草地は、馬車を進めるには不便極まりないが、流石は軍馬五頭にも匹敵すると評される八足馬〈スレイプニール〉なのだろう。

 多少の悪路など物ともせずに力強く荷車を引いてみせる様子に、「脚が八本もあって良く絡まらないな」などとユンゲが感心していたのも旅の始めのうちだけ。

 懸念されていたモンスターの襲撃もなく、麗らかな陽だまりの草原が、どこまでも続いていると思わせてくれる牧歌的な――しかし、代わり映えのしない景色にユンゲも興味を失いつつあった、出発から三日目の昼過ぎのことだった。

 

 先導役の御者に従って一つの小高い丘に足を進めてみれば、前触れもなく唐突に現れたのは白亜の石壁。

 周囲にいくつも点在している丘の一つに、すっかりと埋もれるように存在していた遺跡の外壁が、土砂の崩れてしまった箇所から露出していた。

 真っ先に目に飛び込んでくるのは、中央に佇む壮麗な大霊廟と周囲を守護するように並べられた八体の巨大な戦士像。意匠を凝らした装飾に彩られた勇壮な戦士の像は、今にも動き出しそうなほど精緻な造形であり、あたかも玉座を守護する騎士のような立ち姿だ。

 霊廟で眠る者に災厄をもたらそうとする者がいれば、即座に切って捨てんという意志すら漲っているように思える。

 大霊廟ばかりでなく、遺跡の中には東西南北の外周の四箇所に霊廟が建てられ、敷地内には天使を象ったような背に優美な翼を持つ女神の見事な彫像たちが何体も見受けられた。

 しかし、ユンゲの注意は遺跡の大部分を占めているであろう、地表の墓地部分に向けられる。

「……なんか、寒気がするな」

 誰にともなく呟き、眼下に広がる気味の悪い光景を眺めた。

 下生えは丁寧に刈り込まれ、いくつもの石像や墓石は長い年月を経ているだろうに一切の染みや汚れも見られない。雨晒しでありながら苔生しているようなこともなく、定期的に手入れをなされていることが見て取れた。

 一方で、墓地の所々で乱雑に伸びる樹々に剪定された様子はなく、葉を落とした寂しい細枝が歪に垂れさがり、どこか寒々とした印象を漂わせていた。墓石の配列にしても、何らかの意図を持って並べたというよりは、さながら醜怪な魔女の乱杭歯のように、狂気の最中にばら撒かれた野放図の有様となっている。

 まるで磁石の対極に位置するような相反する事象が、一つの墓地の中に集約された強烈な違和感は、精神の不安を掻き立ててくるような得体の知れない怖ろしさがあった。

 日中の明るい日差しのもとで見ているからこそ、ユンゲはまだ落ち着いていられたが、陽が落ちてしまった後であったのなら、あまり平静ではいられなかっただろう。

 如何に人々の生活圏から離れているとはいえ、これほど立派な遺跡が周辺諸国に存在を知られていなかったという奇妙な事実もまた、嫌な想像をかき立ててくる。例えば、遺跡を目撃した者や潜入を試みた者たち全てが、物言わぬ骸と成り果てているような事態もあるのかも知れない。

 そして、打ち捨てられた古代の遺跡や墓地といえば、RPGにおけるダンジョン探索の王道とも呼べるシチュエーションだが、その場所に特定の誰かが葬られているであろう光景を目の前にしてみれば、好奇心や綺麗事ばかりでは片付けられないような思いが込み上げてくる。

「探索の開始は夜になってから、だったか……」

 無理やりと意識を切り替えるつもりで、ユンゲは反芻するように先の決定事項を口にした。

 実際に調査を担うワーカー同士の話し合いにより、遺跡への潜入は陽が暮れてからの夜闇に紛れて実施することが決まっており、刻限になるまでは冒険者チームが中心となってベースキャンプの警護に当たることになっている。

 緊張感を保つためにワーカーチームからも持ち回りで哨戒に参加をするらしいが、彼らは潜入に備えて身体を休めることが本分だろう。

 思うところは色々とあったとしても、初日の失態を取り返すためにも、先ずはユンゲ自身のやるべきことに集中しなくてはならない。

 優雅にたゆたう緑の大海原と鮮烈な大空の青とが溶け合う地平線の彼方に目を向け、ユンゲは一つ大きく息を吸い込んだ。

 清濁を混在させた荘厳な未知の遺跡に、涼やかな一陣の風が吹き抜けていく。

 

 

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