オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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-これまでのお話-
モモンからの誘いを受け、遺跡調査の依頼に同行したユンゲたち“翠の旋風”は、潜入したワーカーたちの全滅という事態に直面し、未知への恐怖に抗うことができないまま失意のうちに帝都へと帰還する。
自分たちの未熟さを思い知った一行は、短い旅の中で見つけたそれぞれの目標を胸に成長すること決意するのだった。


scene.5 帝都に潜む影
(29)兎耳


「……なるほど、“緑葉”のパルパトラが率いる“竜狩り”までもか。請負人〈ワーカー〉とは言え、帝都でも腕利きで知られる彼らが全滅となれば、いよいよ楽観視することはできそうにないな」

 長机の上で組んでいた両手に顔を埋めるようにしながら、帝都〈アーウィンタール〉の冒険者組合を預かる初老の男が力なく言葉を口にした。

 その虚ろな視線は、今回の依頼で存在を確認された未発見の遺跡に関する報告書に向けられている。

 いつにも増して活気を感じられない帝都冒険者組合の二階奥の会議室――、旅装姿を解かないままに集められた冒険者チームと組合の職員たちが対面の席へと着いて話し合いは進められていく。

「――地表部の墓地は良く整備されており、何者かが定期的に手入れをしていることは間違いないかと思われますが、その姿を確認することはできておりません。また、時代背景の分からない建造物としては、中央に大きな霊廟と四方に建てられた小さな霊廟らしき建物を確認できておりますが、内部の構造は全くの不明です」

 依頼の報告とともに会議の進行役を買って出てくれた“スクリーミング・ウィップ”のリーダーが、淀みなく説明を続ける。

 遺跡に潜入したワーカーチームが未帰還となったことにより、護衛依頼の中断を余儀なくされてから帝都までの帰路、という僅かな時間で報告書をまとめ挙げたのも彼の功績だった。

 遺跡へと向かう行きの道中には、モモンへの憧れを熱く語っていた本人は良い顔をしないだろうが、戦士系統よりも吟遊詩人や宮仕えの官吏といった職業でこそ大成しそうな若者だ。

(……仕事のできる人って、こんな感じだよなぁ)

 流暢な語り口を聞きながら、ユンゲはつい場違いな考えを抱いてしまう。

(……けど、改めて思い返してみると分からないことばっかりだな)

 精巧に過ぎる騎士や女神の彫像とともに、気味の悪い乱杭歯のような墓標が、秩序もなく歪に立ち並んでいる異様な光景――どれほどに優れた語り部であっても、あの遺跡を眼下に眺めた居心地の悪さは実際に体験した者にしか伝わらないだろう。

 脳裏に思い浮かべてしまった陰鬱な景色を振り払うように、ユンゲは会議の場へと意識を戻した。

「……件の遺跡が危険であることは理解するが、具体的な脅威の不明な現状では何かしらの対策を講じることもできないではないか」

 一通りの説明を聞き終えた組合長が、肩を落としながら苦渋の声をこぼす。

 ユンゲたちが持ち帰ることのできた情報は、遺跡の外観とミスリル級に相当する実力者たちが全滅してしまったという事実だけだった。

 撤退を決めた時点でワーカーたちの救出可否は別にしても、少しでも内部の様子を探ることで帝都に情報を持ち帰るべきだったのかも知れない。

 しかし、遺跡に突入する提案を躊躇ってしまったことに後悔はあっても、ユンゲは命を落とすかも知れない恐怖に抗うことはできなかった。

 マリーに止められたから、残されてしまう彼女たちのことを考えて……などと言い繕ったとしても、耳触りが良いだけの言い訳に過ぎない。

 端的に自分が死にたくないから、ユンゲは良くしてくれた“フォーサイト”を始めとするワーカーたちを見捨てたのだ。

 その罪悪感から目を背けるために、マリーの気持ちを体良く利用してしまったという情けない負い目まで加味されたのなら、ユンゲは自己嫌悪を覚えずにはいられなかった。

 

「――先ずは、刺激をしないことでしょう」

 組合長の嘆き節に顔を見合わせていた一同の視線が、落ち着いた声音の主へと向けられる。

 一身に注目を集めながら、少しの動揺も見せなかった“漆黒の戦士”モモンが居並ぶ顔触れを見回しながら冷静に言葉を続けた。

「あれほどの荘厳な遺跡が、これまで未発見だったことから推察すると下手に欲をかいて関わろうとしなければ、先方側も問題視しないものと愚考いたします。どれほどのワーカーに依頼参加を打診されていたかは分かりませんが、現状で遺跡の存在を完全に隠蔽することは不可能だと思われますので、先ずは無用な接近を禁じることが第一となるのではないでしょうか?」

「……確かに未知の遺跡ともなれば、一獲千金を目当てに後追いする者が出てくる危険性が高いな」

 流暢なモモンの台詞に首肯した組合長が、丁寧に整えられた顎髭に手をかけながら感心したように言葉を重ねた。

「冒険者組合内で周知するとともに、国の上層部にも提言をするとしよう」

「よろしくお願いします。合わせて城塞都市〈エ・ランテル〉の冒険者組合にも使いを出して頂くことは可能でしょうか?」

 ユンゲの与り知らぬことではあったが、遺跡の所在はバハルス帝国よりもリ・エスティーゼ王国領に程近い場所にあったらしいので、モモンの提案は的を射たものだった。

「なるほど、道理だな。注意喚起のための早馬をすぐに手配させてよう」

 組合長の快い返答に、「感謝します」とモモンが深々と頭を下げる。

「いや、モモン殿の見識の広さには驚かされた。できるなら、すぐにでも帝国側に移籍してもらいたいくらいだよ」

 戯けたように笑ってみせる組合長だが、口にした言葉は多分に本音を含んだものだったのだろう。

 冒険者としての実力ばかりか、頭の回転一つとってもユンゲではとても及びそうにない。

 模擬戦を通して抱いた憧憬にも似た感情から、モモンに近づきたいと不相応に考えたまでは良いものの、目指すべき頂きはあまりにも高そうだ。

 内心の思いに苦笑しつつ、ユンゲは静かにかぶりを振った。

「今後の対応については、時間をかけて検討する必要があるな」

 言い差した組合長が、席に着いた一同へと視線を巡らせてから言葉を続けた。

「今日のところはこれまでにしよう。皆、ご苦労だった。遺跡の危険性については情報提供の追加報酬も用意するので、今はゆっくり休んでくれ」

 

 *

 

「モモンさんたちも、暫くは帝都に滞在されるのですね」

「ええ、有難いことにいくつか名指しの依頼もいただいておりますので……もっとも、あまり長く滞在している訳にもいかないのですが」

 最高位のアダマンタイト級の冒険者ともなれば、他地域への引き抜きを警戒している組合からの要請なども多いはずなので、末端のユンゲには分からない気苦労もあるのだろう。

 やれやれとばかりに、モモンが額に手をやりながらかぶりを振ってみせる。

 ユンゲとしては「有名になるというのも何かと大変そうですね」と軽い気休めの言葉をかけることしかできないが、モモンは肯定も否定もせずに小さく肩を竦めただけだった。

 そうしたモモンの反応に何気なく周囲の様子を窺ってみれば、冒険者組合の受付に面した一階のロビースペースには――エ・ランテルの冒険者組合と比較したなら、いくらか寂しい賑わいであったものの――数々の英雄譚を成した“漆黒”に知己を得ようとする多くの冒険者たちの姿が視界に映る。

 モモンと話し込んでいる邪魔者のユンゲが離れたならば、我先に話しかけようと互いに牽制しつつ、タイミングを図っているような気配すらあった。

 他人の目が多い中で、モモンとしても迂闊な発言はできないのだろう。遅まきながら事情を察したユンゲは、「……すみません」と小声で言葉を区切ってからモモンに向き直った。

「――今回の護衛依頼にお誘いいただきありがとうございました。自分の未熟さを思い知るための、良い機会になりました」

 英雄たるモモンにしても不本意な結果となってしまったのだろうが、この衆目が集まる場でワーカーたちのことに言及することはできない。

「――またの機会があれば、精進した姿を見せられるように、これから励みたいと思います」

 決意を表明するためにユンゲが言葉を重ねれば、「こちらこそ、そのときを楽しみにしていますよ」とモモンもまた朗らかに応じてくれた。

「帝都に滞在している間は、同じ宿を利用するつもりです。またユンゲさんの時間かあるときにでも、模擬戦に付き合ってもらえたら嬉しいですね」

「――本当ですかっ!?」

 モモンからの思いがけない誘いに、意図せずユンゲの声は上擦ってしまう。

「ええ、とても有意義な時間でしたからね。私の方からお願いしたいくらいですよ」

 背に担いだ二振りの巨大な剣を後ろ手に示してみせながら、モモンが面白そうに肩を震わせた。

 戦士として突出したモモンの実力を思えば、まさか魔法詠唱者のナーベが相手をする訳にもいかないはずなので、日々の稽古の相手にも困っているのかも知れない。

「……遠慮なくお邪魔させていただきますよ?」

「ええ、歓迎します」

 快活な笑いとともに差し出されたモモンの手を握り返して、ユンゲも口許を綻ばせかけ――、

「……っと、あまりお時間を取らせてしまっても申し訳ないですね」と不意に周囲からの視線――主として射殺さんばかりの鋭い眼光は、モモンの背後に従者然として控えているナーベからの絶対捕食者が持つ零下の眼差しだ――を感じて、慌てながら言葉を紡いだ。

 すっかりと心得ている様子のモモンと短く目礼を交わして、先に宿へと戻って休ませてもらう旨を告げてから、ユンゲは静かに踵を返す。

 そうして、長らく待たせてしまっていたマリーたちを伴い、ユンゲはそそくさと冒険者組合を後にするのだった。

 

 *

 

 良く晴れた昼下がりの帝都には多くの人々が行き交っており、威勢の良い客引きの声や遊びに忙しい子どもたちの声が路上に溢れ、豊かな活気に満ち満ちとしている。

 しかし、すっかりと見慣れた印象のある街並みの喧騒は、一方でどこか物々しい気配を孕んでいるような印象があった。

「……何ていうかさ、いつもと雰囲気の違うような感じがしないか?」

 ユンゲが辺りの様子に視線を巡らせたのなら、ふと目に留まるのは道端で立ち止まって世間話に興じる人々の姿だ。

 老いも若きもなく、誰彼と捕まえては夢中になって雑多な言葉を交わしているような気配がある。

「――えっと、“漆黒の英雄”とか“美姫”、巨大なドラゴンが皇城に……とか噂してるみたいだね」

 ユンゲの呟いた疑問に答えるように、耳をそばだてていたキーファが、野伏〈レンジャー〉のスキルを発揮して口を開いた。

 先に挙げられた名前は本拠地であるエ・ランテルを越えて、バハルス帝国でも評判を高めているモモンやナーベが、帝都を訪れていることに起因しているのだろうが――、

「ドラゴン?」

 後に続いた耳慣れない単語を聞き咎め、ユンゲは首を傾げながらキーファにを聞き返してしまう。

「うんっ、ドラゴンの大きな影を見たとか……」

 耳許に手を当てながら周囲の様子を窺っているキーファが、取り止めのない情報を整理するようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あっちの皇城に降りていく姿を目撃した人がいるみたい……なんだけど、帝国政府から何の発表もされていないから見間違いなんじゃないか、って」

 キーファの説明に照らしながら聞き耳を立ててみれば、確かにドラゴンや皇城といった単語が会話の中で飛び交っているようだった。

「ドラゴンは街中に現れるもんなのか?」

 漠然としたユンゲの問いに、キーファたちが互いに目配せを交わす。

「……私たちの知る限りでは、そういったことは聞いたことがありません。もし、ドラゴンほどの強大なモンスターが現れたのなら、帝都は大混乱になっていてもおかしくないと思われます」

 確証が持てないからか、やや自信のなさそうなリンダの返答にも、「……今頃は大騒ぎになってそうだよな」とユンゲは納得して一つ相槌を打った。

 この転移した異世界において、ドラゴンがどれほどの強さを持っているのかは分からないが、カッツェ平野で遭遇した骨の竜〈スケリトル・ドラゴン〉でも脅威とされていることを思えば、大変な事態になることは想像に難くない。

「そう言えば、この近くだとアゼルリシア山脈に生息してるんだったよな?」

 以前に行商隊の護衛をともにした冒険者たち――特に、お喋り好きな神官クレリックの青年から聞いた話題を思い出す。

「そのような噂はありますね。難度が百五十を超える氷雪を纏った白き竜……などと言われていましたが、人里まで現れたことはないはずなので、噂もどこまで信用できるかは分からないですね」

「……難度百五十か」

 いつかドラゴンとも戦ってみたい、というユグドラシルでは叶えられなかった願いは、自分の勝手な都合に仲間を巻き込む訳にもいかないと心の内に留めながらも、ユンゲはぽつりと来た道を振り返る。

 少し歩いただけでも、これほど街全体が浮ついているような雰囲気であったのなら、冒険者組合に残っていた方が飛び交う噂話のより正確な情報を得られたはずだった。

 皇城にドラゴンが出没したのか、実際のところは定かでないものの、遭遇する可能性が僅かでもあるのであれば、チームとして何かしらの対応を考えておく必要がある。

 帝都の組合に所属する冒険者たちが、“漆黒”の二人と話したがっている無言の圧力から早々に退出してしまったのは浅慮だっただろうか。

 夕食のときにでも冒険者の集まる酒場辺りで、情報収集をしてみた方が良いのかも知れない。

 大雑把に考えをまとめつつ、ユンゲが顔を上げると不意に覗き込むようにしたリンダが、「……ところで、すぐに宿屋へ戻られますか?」と疑問の声をかけてくる。

「ん? 皆も疲れているだろうし、早めに旅装は脱ぎたいと思ったんだけど……、何かあったか?」

「いえ、休みたいのも本当のところなのですが、帝都に帰還したことをフールーダ様に報告するべきでは……ないか、と思いまして」

 リンダの言葉に耳を傾けるうちに、途中からユンゲとキーファの顔が曇ってしまったからだろう。

 尻すぼみになっていく声音は、余計なことを言ってしまったかと不安そうだった。

「……リンダの言う通りだと思うよ」

 力なく肩を落として言葉を返しつつ、ユンゲは長い溜め息をこぼす。

 大闘技場での一件から“鮮血帝”ことバハルス帝国の皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスに目をつけられ、半ば強制のような多額の報酬と引き換えに、ユンゲたち“翠の旋風”は帝都への滞在を要請されている。

 今回は冒険者の依頼ということで帝都を離れる許可をもらったのだから、元社会人としての常識に照らしても、戻ったのなら一応だけでも挨拶に伺うべきなのだろう。

 しかし、ユンゲの気分は乗らない。

 後ろめたい気持ちからか、無意識のうちに泳いでしまった視界の端では、僅かに身震いするキーファの姿があった。

 先に調査の護衛依頼の件を報告に行ったとき、リンダとマリーは宿の一室で魔法のスクロールを読み解いていたので、帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインの狂気を垣間見たのは、ユンゲとキーファの二人だけだ。

 避けては通れない道であっても、できることなら人任せにしてしまいたい――などと陰鬱な考えを抱きながら、ユンゲはやおらと頭上を見上げ、整然とした帝都の街並みによって四角く切り取られた空を仰いだ。

 抜けるように高い初秋の青空には、真っ白な入道雲が沸き立っている。

 遠目には晴れやかに映る鮮やかな青と白のコントラストも、下層には激しい雷雨をもたらすというのだから、どこか残酷な世界の不条理のようにも感じられてしまい、ユンゲは盛大な溜め息をこぼした。

 

「――っ、げえぇっ!?」

 不意に響き渡った叫び声が、ぼんやりと現実逃避の思考に耽っていたユンゲの意識を引き戻す。

 素っ頓狂な悲鳴に振り向いた視線の先で、純白のフリルと柔らかな綿花のような毛先が揺れた。

「……メイド服に、ウサギ耳?」

 目にしたままを口にするが、自然と疑問形となってしまう。

 膝丈ほどの黒いワンピースにフリル付きのエプロンを合わせた女中の仕事服に、頭にも白いフリルをあしらったカチューシャ。

 紛うことなきメイド姿の女性からは、対となる大きな白兎の耳が飛び出していた。

 その可愛らしい耳がカチューシャに付属した飾り物でないことは、愛玩動物のような顔立ちからも明白だった。

 思いがけない光景を前に、ユンゲは状況を理解できずに首を傾げる。

 無遠慮な視線に晒されたウサギ耳のメイドは、「……あの、えっと」と言葉を紡ぐことができないままに俯いてしまう。

 意図せず注目を集めてしまったためか、その白い頬には朱みが差していくのが見えた。

「――っ、失礼しました。突然のことに少し驚いてしまいまして……」

「あ……、いえ、こちらこそ失礼しました」

 ユンゲの謝罪に、ようやくと落ち着きを取り戻した様子のウサギ耳のメイドが慌てて頭を下げるや、流れるように身を翻してスカートの裾をバタバタと揺らしながら駆け去っていく。

 脱兎のような思いのほか素早い身のこなしに軽い驚きを覚えつつ、「……何だったんだ?」とユンゲは思わず雑踏に声を投げかけた。

「――今の方はラビットマンでしたね。帝都ではあまり見かけませんが、ここより東にあるカルサナス都市国家連合から更に東へ向かうと彼女たちの国があったはずです」

 ユンゲの疑問に先回りして、リンダが記憶を探るように答えてくれる。

「……何というか、酷い驚かれ方だった気がするんだけど、不味いことしちゃったのかな?」

 人間や森妖精〈エルフ〉とは価値観が異なるのかも知れないが、初対面の相手にあのような悲鳴を上げられてしまえば、いくらか鈍い自覚のあるユンゲとしても心に燻るものがあった。

「……ユンゲ殿の顔色が、ちょっと良くなかったのかも知れないですね」

 言葉を選ぶようなリンダの声音に、ユンゲは再びの溜め息とともにかぶりを振ってみせる。

「あぁ……、あの爺様にまた会わなきゃいけないと思ったら気が重いんだよ」

「だよね、あたしも二度と会いたくないもん!」

 思いがけず力強いキーファの同意に、リンダとマリーが顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。

 国家の重鎮たる“逸脱者”フールーダの扱いとしては酷い言い様だが、ユンゲとしても全くの同意見なので小さく肩を竦ませるだけにしておく。

「……まぁ、何にせよ嫌なことは先に済ませてしまいましょう」

 ふと気を取り直すようにパンッと手を叩いたリンダが、疲れた様子の一行を見回して言い差した。

「……だな、気は進まないけど」

「えー。あたしは前に会ったし、お留守番してちゃダメかな?」

 両手を合わせたまま、可愛らしく小首を傾げてみせるキーファに、思わず恨みがましい視線を向けてしまう。

「――いや、なら俺だって行きたくないぞ」

「だって、ユンゲはリーダーじゃない? ほらっ、メイド服も用意しとくからさ!」

「いや、報告だけなら誰がしても同じはず……というか、メイド服ってのは何の話なんだ?」

「さっきの女の人、ジーッと見てたよね。あたしが着てあげるからさぁ」

 突拍子もないキーファの発言から、刹那の間にユンゲの脳裡をあらぬ影が過ぎる。

「……いや、ラビットマンなんて見たことなかったんだよ」

 何度目かも分からない溜め息を吐いて、ユンゲはがっくりと肩を落とした。

 喉元まで上がってきた、「どうせ、ウサギ耳をつけるなら、メイドよりもバニーガールの方が……」などという妄言を飲み込みつつ、ユンゲは摺り落ちてしまった背負い袋を担ぎ直す。

「とりあえず全員で行くぞ。さっさと済まして、早いとこ飯にしようぜ」

 無理やりと気持ちを奮い立たせるように言い切って、ユンゲは嫌がって抵抗するキーファの背を押して急かした。

「……ウサギ耳、……メイド服」

 成り行きを見守るかのように、これまで静かだったマリーの不穏な呟きは敢えて聞こえなかった振りをしておく。

 そうして、帝都の街並みに溢れた人混みをかき分けながら、ユンゲは憂鬱な気持ちを抱いたままに帝国魔法省へと足を向けるのだった。

 

 




エルフ耳×ウサギ耳は邪魔になりそうかな?

-余談-
原作新刊の発売日が決まりましたね!
あらすじを読む限り、王国編の最終章といった感じのようですが、この二次創作では出番のない方々の色々なフラグが回収されてしまいそうで……。
どのような結末を迎えるかは分かりませんが、とにかく楽しみで仕方ありません!
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