オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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物語的な進展は相変わらずのスローペースですが、前話から少し時間が経過して王国と帝国間での戦争が近づいている設定になっています。


(31)不穏

 リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国を結ぶ街道から南へと目を向ければ、僅かな草木さえも生えることの許されない荒れ果てた大地――カッツェ平野は、常と変わらず人々の往来を阻むかのような薄霧に覆われていた。

 アンデッドの多発地域として知られる危険地帯に長居をしたいと考える者などいるはずもなく、街道を行き交う旅行者や隊商の一団は、平時ならば例外なく足早に過ぎ去っていくのだろう。

 一方で、この“呪われた地”に危険を冒してでも足を踏み入れる者たちもいる。

 

 横薙ぎに振り抜いた一閃が、飛びかかってきたスケルトン・ウォーリアーの角張った背骨を断ち砕き、続いていたスケルトンの後詰め諸共いとも容易く吹き飛ばしていく。

 遠巻きにしていた意思など持っていないはずのアンデッドの群れが、威圧されたようにたじろぐ様子に軽く肩を竦めつつ、「――何か違うんだよなぁ」とユンゲは頭を抱えた。

 無造作に振るった攻撃でも、対峙している下位のアンデッドたち程度を屠ることに問題はないのだが、自身の中に思い描いているような理想の戦い方には全く及ばない。

 ぼやくように軽口を叩きつつも、素早く引き戻したバスタードソードを右手に構え直しながら、ユンゲは後方の仲間たちを振り返った。

 身の丈よりも長い錫杖を器用に操るリンダが、迫ってくるスケルトンの群れを巧みに相手取る。

 キーファが次々に射かけている援護の矢は、鏃を削って打撃属性を持たせた対アンデッド用の特別製であり、以前の反省を踏まえて新調したものだ。

 そして、消耗の激しい二人を絶えず補助魔法で支援しながら、戦況を見極めて的確に指示を送っているマリーの姿が視界の端に映る。

 息の合った三人の連携は、一朝一夕で成せるものではない。

 純粋なレベル差に起因する個々の実力は比べるべくもないが、ユンゲという異分子のいない“翠の旋風”の方が、チームとしての戦術は優れているのだろうとさえ思えてしまう。

 胸の内に騒つく微かな寂しさは、ユグドラシルを“ぼっちプレイ”で過ごしていたときに覚えた疎外感にも似ていた。

 

「――ユンゲさんっ、後ろ来てます!」

 耳朶を打つ、切迫したマリーの声音。

 弾かれたように身体を捻れば、目前に飛び込んできたのはシミターの剣尖――反射的に振るったユンゲの左拳が、迫る細身の剣身を殴りつける。

 薄霧に閉ざされたカッツェ平野の片隅に、耳をつんざくような高い硬質の金属音が響き渡った。

 不意を突いたはずの攻撃を防がれたばかりか、碌に体勢のなっていない中での反撃で、いきなり武器を破壊されてしまうのだからレベル差の暴力は圧倒的であり、相手のスケルトンからすれば理不尽極まりないものだっただろう。

 半ばで砕けてしまったシミターを掲げたまま、どこか呆然としたようなスケルトンの立ち姿に苦笑しつつ、ユンゲは返しの剣撃でその首を刎ねつける。

 もっとも当然ながら、スケルトンの表情など読み取れるはずもないし、そうした思考を持っているのかも分からないため、全てはユンゲの妄想に過ぎないのだが――。

「マリー、助かった!」

「あ、はい……良かった、です」

 どこか気の抜けたような返事を背後に受けながら、ユンゲはバスタードソードを手に荒れた大地を駆け出す。

 意味のない感傷に耽っている暇などなかった。

 稀代の英雄と同じ高みに登りたいと願うのなら、せめてがむしゃらに身体を動かせ。

 自らを叱咤するように吠え声を上げ、ユンゲはスケルトンの群れへと勢いのままに飛び込んでいく。

 剣や手斧、長槍といった揃いのない錆びた武器を手にした一体一体のスケルトンに、漆黒の戦士モモンの勇壮な戦い振りを幻視する。

「……あの人なら、もっともっと速い」

 こちらの想定より二歩も三歩も先に踏み込んでくる、必死の斬撃を避けるように身体を捌き、間隙を縫うようにバスタードソードを閃かせる。

 帝都の冒険者組合でモモンと約束を交わしてから、お互いの空き時間に何度か模擬戦――という名目の稽古をつけてもらう機会に恵まれた。

 未だに満足のいく一撃すら与えられたことはないが、終わるはずだった世界の先に続いた新しい舞台で、納得できるようになるまで挑み続ければいい。

 この世界に転移する前の自分であったなら、決して抱かないであろう思考の変遷に胸の内で違和感を覚えながらも、ユンゲは襲いかかってくるスケルトンとの戦いの直中に身を置き続けた。

 

「この辺りのアンデッドは……、あらかた掃討できたかな?」

「……そのようですね」

 上がってしまった息を整えるようにしてユンゲが何気なく呟いたところ、周囲に目を配っていたリンダが呆れともつかない表情のままに口を開いた。

「ん? どうかしたのか?」

 少しだけ気になる反応に問うような目線を向ければ、リンダが軽く肩を竦めるように苦笑いを浮かべてみせる。

「いえ、難度の低いアンデッドばかりとは言え、これだけ多くの数を討伐してしまうのは、流石だなぁと思いまして……」

 リンダの視線を追いながら、ユンゲも静けさを取り戻したカッツェ平野の一画を眺めていく。

 幾十とも幾百ともつかない無数の人骨――正しくはスケルトンの残骸だ――が、薄霧と塵芥にまみれて折り重なるように大地を覆い尽くしている。

 ユグドラシルであれば、データクリスタルを残して消え去るはずのモンスターの遺骸も、この世界においては事情が異なる。

 どれほど凄惨な戦場跡もかくや、といった死屍累々の様相をなす残状を理解し、ユンゲは誤魔化すように指先で頬をかいた。

 モモンの存在を意識するあまり、途中からは張り切り過ぎて周りが見えなくなってしまっていたのかも知れない。

 そもそもユンゲたち“翠の旋風”がこのカッツェ平野へ赴いた理由は、端的にはレベルアップをしたいというリンダたちの希望からだった。

 この世界に住まう人々は、冒険者やモンスターの強さについて“難度”という指標を用いるために、レベルという概念を持ち合わせていないものの、やはり成長するためには実践を積むのが一番だという経験則を持っている。

 街中で過ごしていては、何度となく前触れもなしに現れる商人オスクの勧誘から逃れることも面倒だったことに加えて、帝都の冒険者組合では手頃な依頼が見つからなかったこともあり、ユンゲたちはレベル上げを兼ねて、カッツェ平野でのアンデッド狩りに勤しむことになったのだ。

 この世界におけるアンデッドは、集まることでより強力なアンデッドを呼び寄せてしまうという厄介な特性を持っている。

 そうした対処が困難となる事態を未然に防ぐため、アンデッドの多発地帯で知られるカッツェ平野では、定期的なアンデッド狩りが励行されている。

 本来なら敵対関係にある、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の両国が協力し合うほどの欠かすことのできない大切な仕事であり、討伐の報奨金まで手に入るのだから、ユンゲたちのような冒険者の希望にこれほどお誂え向きな状況もないだろう。

 しかし、ユグドラシルのようなゲームではないこの世界において、どのようにして成長――つまりは、レベルアップできるのかは分からない。

 仮にラストアタックを決めた者だけが経験値を得られるような仕様であれば、ユンゲの行動はあまりに勝手な振る舞いとなってしまっていただろう。

「……悪い、少しやり過ぎたみたいだ」

「あぁ、いえ。それは全く構わないですよ。私たちだけでは、これほどの戦果を望むことはできないですし……それに、こう戦っている途中で、身体に力が漲ってくるような感覚もありました」

 白く長い指を曲げ伸ばすようにしながら、リンダが嬉しそうに目を細めてみせれば、小振りな弓を手に駆け寄ってきたキーファも、「私も途中から目が冴えるような感じがして、良い調子で狙いがつけられたよ!」と楽しげに声を張ってみせた。

「わ、私もです!」と続けながら同じように駆け寄ってくるマリーの肩を抱き止めつつ、ユンゲは内心で胸を撫で下ろしながら口許を緩める。

「……そうか、なら良かったよ」

 ユンゲ自身としては、レベルアップできたという感覚はなかった。

 それでも、ユグドラシルの恩恵で得た力任せに剣を振るうだけではなく、スケルトンを“仮想モモン”に見立てながら模擬戦では形とならなかった剣技を習熟するように努めながら戦っていたので、技術的な面では素人剣から抜け出せつつあると思いたいところだ。

 遥かな高みにいる英雄を仰ぐように、ユンゲは大きく伸びをしながら薄霧の向こうに広がる青空を見上げる。

 陽の落ちるまでにはまだ余裕がありそうだが、カッツェ平野はアンデッド討伐以外の目的で長居したいような場所ではない。

「……今日は、これくらいにして帰ろうか」

「だね! いっぱい戦ったから疲れちゃったよ」

 勢い込んだキーファの言葉に、小さく溜め息をこぼしたリンダとマリーも一つ頷き合ってから賛成を示してくれる。

「良し、帰ったらレベルアップの祝い酒だな! 吐くまで飲むぞー!」

 殊更に朗らかな調子で言い切ったユンゲは、「おー!」と声を張り上げるキーファの肩に手を回しつつ、苦笑いを濃くする二人の前で快心の笑みを浮かべるのだった。

 

 *

 

 いつ現れるとも知れないアンデッドの気配に警戒を緩めることなく、ユンゲは街道からもほど近い荒野の丘陵地帯へと視線を向ける。

 重そうな荷を抱えながら蠢くいくつもの人影は、ゾンビやスケルトンのような生者を憎むアンデッドではなく、皆揃いの鉄鎧にバハルス帝国の紋章を掲げる職業軍人たちだった。

 王国と帝国間において、毎年のように繰り返されるカッツェ平野での戦争に備えるため、帝国側が数年前から築いていたという駐屯基地に、武器や糧食といった戦備を運び込んでいる様子が窺える。

「……戦争が近いんだな」

 誰にともなく呟いた言葉が、どこか纏わりついてくるような霧の中に消えていく。

 両国の戦端が開かれる当日には、何故か晴れると言われているカッツェ平野の薄霧も、今はまだ消える気配がない。

 アンデッドの急襲を警戒するように、丘陵の周囲には一定の距離を置いて並んでいる歩哨たちの姿も見えた。

「“漆黒”のお二方は、そろそろエ・ランテルに戻られた頃ですかね?」

 傍らで同じように駐屯基地を眺めていたマリーが、ふと思い出したように問いかけてくる。

「んー、そうかも知れないな」

 数日前、模擬戦を終えた後の軽い世間話の中で、モモンからは近日中にエ・ランテルに発つ旨を伝えられていた。

 狡猾な皇帝が英雄との面会の機会を狙っているみたいですよ、などというユンゲの告げ口が影響したのかは不明だが、エ・ランテルの冒険者組合を預かるアインザックからの帰還要請が強くなっていることもあり、本格的な戦争状態となる前に自分たちの拠点へ戻ることに決めたらしい。

 ユンゲたちとエ・ランテルでの再会を約束した翌日には、既に“漆黒”が帝都を離れたという話題で溢れていたので、今頃は待ち侘びていた住民たちの歓声で迎えられている頃になるのだろうか。

「……俺たちも、どうするか考えないとな」

 最初の対面で抱いたジルクニフやフールーダへの苦手意識から、何となくで先延ばしにしてしまっていたが、そろそろ“翠の旋風”としての身の振り方を決める必要がありそうだ。

 最近では、闘技大会に参加させようとする厄介な興行主まで現れる始末なので、モモンたちのようにエ・ランテルへ戻る選択肢も検討したい。

「私たちは、何処にでもついていきますからね」

 ユンゲの思考を先回りするように、横顔に柔らかな笑みを浮かべたマリーが口を開いた。

 真っ直ぐに過ぎる信頼を寄せてくれるマリーの声音が、どこか気恥ずかしい思いで視線を彷徨わせれば、その言葉を肯定するようにキーファとリンダからも微笑みかけられてしまう。

 思わず緩みそうになる表情を誤魔化すように、ユンゲは無造作にざんばらな髪をかき回して溜め息をこぼした。

「……ったく、俺一人に決めさせるなよ。宿屋に戻ったら、全員で話し合いするぞ」

 仏頂面を装ったままに言い差し、ユンゲは帝都アーウィンタール方面へと踵を返す。

 気持ちの良い三人からの返事を背にしながらも――或いは受けたためにか、その足取りはやがて急くように速まっていくのだった。

 

 *

 

 通常よりも警戒を増した様子の関所を抜けたユンゲたち“翠の旋風”は、街道がそのまま乗り入れる中央道路へと足を進めた。

 盛況な客引きや行き交う人々の雑踏に溢れる帝都の街並みが、騒がしくも賑やかなのはいつもと変わらない。

 しかし、冒険者組合に向かう道すがら何気なく眺めて歩いてみれば、街全体にどこか浮ついているような印象が感じられた。

「……おそらく王国との戦争のために、騎士団が招集されたのでしょう」

 ユンゲの疑問に答えて、リンダが推察するように言葉を紡ぐ。

 曰く、平時には帝国領の辺境や国境線で訓練や警戒に勤しむ騎士団が、来たる戦争を前に皇帝からの訓示を受けるために帝都へ呼び集められたのではないか、とのことだった。

 第一軍から第八軍で構成されるという帝国騎士団の内、どれだけの部隊が帝都に集められているかは分からないまでも、騎士団たる大勢の兵士たちが異動したならば、当然ながら多くの物資も動かす必要が出てくる。

 従軍商人にとっては又とない稼ぎどきであり、多くの兵士が滞在することになれば、帝都内における食料や衣料品、軍馬用の飼料などの需要も短期的に跳ね上がるのだろう。

 例年なら夏場に開かれていた戦争での需要を当て込んで、過剰な在庫を抱えてしまっていた商人連中にしてみれば、先に示されたリ・エスティーゼ王国への宣戦布告は、四大神や六大神からの福音に聞こえたかも知れない。

「……なるほど、“戦争で国を富ます”なんて良く言ったもんだ」

 呆れとも怖れともつかない感情の中で口にし、ユンゲは頭上を仰ぐように転移前の世界へと思いを馳せた。戦争で儲かるのは剣や弓矢で戦った時代まで、などと熱弁を奮っていたのは、何処の誰だっただろうか。

 強大に過ぎる兵器の登場は戦争の在り方を一変させ、世界中を無為な戦火で包み込んだ二度の大戦を経ても懲りないままに、三度目ともなる大戦争の末に地球は暗闇に閉ざされた。

 空も大地も汚染され、荒廃し尽くされてしまった世界では、人工の呼吸器をなしに外へ出歩くこともできなくなった。

 灰色に煙る夜空に星たちの輝きはなく、新緑の枝葉から降りそそぐ木漏れ日に目を細めることも、清らかな水を湛えた渓流のせせらぎに耳を傾けることもできない。――何より、穏やかに胸を満たしてくれる、あの甘い香りも感じることができないのだ。

「……この世界は、きれいなままであって欲しいものだな」

 思わずこぼれた小さな呟きは、活況な帝都の路地に消えていく。

「何か気になることでもありましたか?」

 ユンゲの言葉が聞こえなかった様子で、傍らのマリーが上目遣いに小首を傾げて問いかけてくる。

 澄んだ碧の瞳に眩しさを覚えながらも、「いや、何でもない」と静かにかぶりを振ったユンゲは、背負い袋を担ぎ直して言葉を続けた。

「それより早く冒険者組合に行こう。アンデッド退治でかなりの稼ぎになったはずだからな、良い酒がたらふく飲めるぞ」

 冗談めかすようにユンゲが笑いかければ、マリーは何とも言えないような表情を浮かべながらも一つ小さく頷きを返してくれる。

 酒精のせいで何度か醜態を見せているためにか、どこか憮然としたような雰囲気を漂わせるマリーの肩に軽く手を置いてから、ユンゲは雑踏の中に再び身を置いて歩き始めた。

 王国との戦争を前にして暗い雰囲気になってしまうのかと思えば、突然の好景気に沸き立つ帝都に暮らす人々は、自分たちの勝利を決して疑っていないのだろう。

 どちらに肩入れするつもりもないが、エ・ランテルで出会った人たちの顔触れが脳裡を過ぎり、少しだけ俯き加減となったユンゲの視線は、丁寧に整備された帝都の石畳の模様を追っていく。

 

 そうして、相変わらずの喧しい客引きに辟易としながらも、ユンゲたちが冒険者組合の前にたどり着いたときだった。

 何気なく見回した視界に映ったのは、活気のある街並みと対比するように、ただ独りで寡黙に佇む細身の老人。

 凛と伸ばされた背筋に皺一つ見られない燕尾服は、貴族のような高位の者に仕える執事の立ち姿を思わせたが、一方で暗い影を差した顔つきは思い詰めたように酷くやつれて見える。

「……あの人、大丈夫か?」

 組合の扉を開きながらも横目に窺ってみれば、相反する老人の印象が恰も容易く手折られてしまう枯れ枝のような風貌へと収束していき、ユンゲの胸の内に妙な気がかりを抱かせるのだった。

 

 




本物の執事が外出する際には、防犯上の理由から執事と分かるような服装をしないという話を聞いたことがあるのですが、実際のところはどうなんでしょうね。

とりあえず次話以降では、Web版での設定をベースにした展開を考えているものの、主に時系列等で都合良く解釈させてもらっていることが多々ありますので、ご留意いただきたいです。
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