オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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いままでにも増して、今話は独自設定&説明過多な回となりました。

本当に今更ですが、主要な登場人物のほとんどをオリキャラで固めてしまっている本作品で、オーバーロードの二次創作を名乗って良いのか、少し不安になっています。


(32)黄昏

「……この先か」

 活気の溢れる中央の大広場から少し外れた街並みの一角で、それほど距離が離れている訳でもないのに、帝都〈アーウィンタール〉全体を覆うような喧騒もどこか遠くに感じられる路地を前に、ユンゲはやや強張った面持ちで口を開いた。

「一緒に来てもらっておいて今更なんだが……その、大丈夫か?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私は問題ありません」

 ユンゲの不安を隠し切れない問いかけに軽くかぶりを振ってみせたリンダは、柔らかな微笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「……とは言え、あの二人にはまだ酷だったでしょうから、私を選んでいただいたのは良かったと思います。――さぁ、あまり時間もかけられないですから、早く向かいましょう」

 二の句を継がせない毅然とした口調は、質問の本意を敢えてはぐらかすような響きを湛えていた。

 初めて隊商の護衛依頼を受けて訪れて以来、観光も含めて帝都で過ごした期間もそれなりになるユンゲだが、意図的に避けている場所があった。

 建ち並ぶ家屋の造りや石畳の整備された様子も賑やかな表通りと大差はないはずなのに、どこか漂っている空気すら違うように感じてしまうのは人通りの少なさからなのだろうか。

(……奴隷市場か)

 以前の訪問時に、掘り出し物のマジックアイテムが取り扱われているという北市場への道を尋ねたとき、知識としてだけ耳にした単語ではあったが、積極的に近づきたいと考えなかったユンゲが足を踏み入れたことはない。

 気乗りしない思いがそうさせたのか、無意識の内に手がバスタードソードの柄にかけられていた。

 この世界に転移してから慣れ親しんだ手触りに、少しだけ気持ちを落ち着かせて、ユンゲは深く息を吸い込む。

 不意に鼻孔をくすぐる甘い香り――傾きかけた陽射しに目映く輝いた銀髪が、艶やかに流れた。

 僅かに汗ばんだユンゲの手へと重ねられたのは、冷んやりとした白磁の細くたおやかな指先。

 さらりととした肌から伝わる微かな震えに、ハッと顔を持ち上げてみれば、涼やかな黄昏の中に朱の差した横顔があった。

「すみません、ちょっと強がりました。少しの間だけ……、このままでもよろしいでしょうか?」

 深い慈愛に溢れていた蒼の瞳の中に、縋るような憂いとともに恥じらいの色が溶け込む。

 何事も卒なくこなし、世話好きな性格が高じて皆から頼られることの多いリンダは、ある意味でとても不器用なのかも知れない。

 柄頭に置いていた手首を返し、震えを抑えられるようにそっと握り締める。

「これで良いか?」

「えっと……あの、ありがとう……ございます」

 自らの手の中にすっぽりと収まってしまう小さな手――夜露のような冷たさを優しく温められるように力を込める。

 躊躇いがちに握り返してくれる柔らかさに、今は夕焼けが有り難かった。

 人気のない路地には、二つの影が伸びている。

「二人には笑われちゃうかも知れないな」

 気恥ずかしさを誤魔化すように、ユンゲは軽い口調でわざとらしくリンダに笑いかけた。

 少しだけ焦った様子ながらも、「……な、内緒ですよ」と口許に人差し指を立てながら、しなを作って笑い返してくれるリンダも心得たものだ。

 他愛のない冗談に乗せてしまい、この場での遣り取りはちょっとした戯れとして、お互いの胸にしまって置くべきだろう。

 さらさらと左右に流れていた銀髪を梳くように耳へとかけてやれば、ピンッと張った長い森妖精〈エルフ〉の耳が露わになる。

「……じゃあ、いこうか」

「ええ、絶対に見つけ出しましょう!」

 強い決意を滲ませるリンダの手を取って、ユンゲは静かに奴隷市場へと足を踏み入れた。

 

 *

 

「今日はこれで、良い酒が飲めそうだな」

「……今日も、の間違いではないでしょうか?」

 わざとらしい溜め息とともに吐かれたマリーの言葉に肩を竦めたユンゲは、報奨金の詰まった革袋を掲げてみせ、「祝いの席だからな、いつもより良い酒を頼まもうぜ」と軽い調子で言葉を続けた。

 レベルアップを目的にしたカッツェ平野での不死者〈アンデッド〉狩りの成果は上々であり、副産物として冒険者組合から支払われるモンスター討伐の報酬も、小さめの革袋をずっしりと重くするほどの金額になった。

 利便性を考えるなら、帝国銀行の発行する金券板で受け取るべきなのだろうが、やはり手にしたときの重さは労働の対価を得たという直接的な喜びにつながるものだ。

(いつまで帝都に滞在するかも分からないし……)

 クエストボードの前から羨望とも嫉妬ともつかない眼差しを向けてくる、駆け出しらしい冒険者たちを横目に流したユンゲは、どこか不満そうなマリーの頭に手を置いて、軽く髪を撫でながら宥めるように笑いかけた。

「マリーたちのお祝いだからな、今日はどれだけ飲んだくれても介抱してやるぞ」

「…………もう、いいです」

 再びの諦めるような溜め息とともに、軽く手を払われる。

 やれやれとばかりに肩を落としたマリーが、ユンゲのせいで乱れてしまった髪を整える様子に、

「――報奨金をそのまま持って歩く訳にもいきませんし、とりあえずは宿に戻りますか?」

 苦笑を浮かべたリンダが、場を取りなすように提案を口にした。

「さんせー。疲れちゃったし、荷物も置きにいきたいなぁ」

 先ほどから壁に凭れかかったままのキーファが、すぐに同意を示してひらひらと手を振った。

 ユンゲとマリーにしても、リンダの提案内容に否やはない。

 軽い目配せを交わしてから、「なら一度、宿に戻ってから食事にしよう」とユンゲは組合の出入り口に向けて踵を返した。

 そうして、分厚い樫の扉に手をかけて冒険者組合の外へと出てみれば、着いたとき見かけたのと同じ姿勢で佇んだ老人――矍鑠たる紳士の出で立ちに、並々ならない悲壮な雰囲気を纏わりつかせた――と目があった。

 いや、焦点の定まっていない縋るような老人の目線は、冒険者組合の扉を見つめたままに固定されており、その直線上に立ってしまったユンゲと視線が重なっただけなのかも知れない。

 思わずと仲間たちを振り返り、顔を見合わせてしまうユンゲであったが、普通ではない老人の様子を見て取れば、「……悪い、なんか見過ごせそうにないわ」と肩を竦めた。

 間違いなく厄介な事態になるだろうと予感がしながらも、黙って素通りすることはできそうにない。

(……俺は、こんな真人間だったか?)

 内心に葛藤を覚えてしまうが、「私たちも同じ気持ちですよ」と朗らかに笑ってくれる三人からの言葉に後押され、ユンゲは躊躇いながらも老人の傍へと歩み寄る。

「爺さん、その……気分が良くないのか?」

 やや腰の引けたユンゲの問いかけに、ようやくと目の前に並んでいる“翠の旋風”の存在に気がついたらしい。

 まるで蝋人形のように生気の抜けていた老人の視線が、緩慢な動きでユンゲたちの姿を眺めていき、口許に蓄えられた白髭が水面で喘ぐ稚魚のような呼吸に合わせて微かに震えた。

「……助けて、ください」

 酷くしわがれて掠れた、そのままに消え入りそうな声音。

 酸いも甘いも噛み分けて老境に入り、教養や格式も高そうな執事然とした身なりにそぐわない朴訥な言葉遣いが、却って状況の深刻さを切実に訴えてくるようだった。

 

「……下らない見栄のために、親が自分の子どもを売るのか。随分と身勝手な話だ」

 傍目にも狼狽を隠せない老人――ジャイムスの口から語られた内容を反芻し、ユンゲは抑え切れない苛立ちを吐き捨てるように石畳を蹴りつけた。

 完全な八つ当たりになってしまうのかも知れないが、世界の不条理を目の前に突きつけられたような不快感は拭えない。

 今にも卒倒しそうなほど顔色を悪くしたジャイムスの話を要約すれば、鮮血帝の改革によって没落したとある貴族が、かつての栄華を忘れられないままに無駄な浪費を繰り返し、遂には首が回らなくなったところで自らの子どもを借金の形に売り払ってしまった、ということらしい。

「――家が滅びるのは致し方ありません。しかし、お嬢様に託された最後の願いを果たせないとなれば、不肖の身は死んでもお詫びできません」

 その没落貴族――フルトの家系に長らく仕えてきたという自負のためか、言葉を振り絞る老執事の瞳には止め処ない涙が讃えられていた。

 浪費するばかりの不甲斐ない当主に代わって若年から家を支え続けてきたという長女が、危険な仕事の中で行方知れずとなってしまうと間もなくフルト家の崩壊は始まる。

 事前に仕事の危険性を承知していた長女から、残されてしまう双子の妹たちの後事を託されていたというジャイムスは、先に暇を言い渡された使用人や女給たちに次の就職先を斡旋するために止むを得ずフルト家の邸宅を離れ――、帰ったときには全てが終わってしまった後だったのだと泣き崩れる。

 託された双子の姉妹を救うために手を尽くしたくとも――本人の意思が蔑ろにされている問題はあっても――高利貸しの行為自体はバハルス帝国における適法の範囲であり、フルト家が没落した経緯も踏まえれば国家や司法に頼ることはできない。

 そして、多額の借金の対価として差し出せる財産すら残されていない窮状は、端的に手詰まりだ。

 強引に奪い返すべく武力に訴えようとしても、冒険者組合が犯罪行為に加担することはなく、十分な報酬を払えないのなら請負人〈ワーカー〉から相手にされることもないだろう。

 借金の形に売られてしまった幼い姉妹に待ち受ける未来は、決して明るくないと思われた。

 ――関わるべきではない。

 頭の冷静な部分が、そう結論を導き出す。

 見ず知らずの他人のために、冒せる危険の限度を一足飛びに越えていくような厄介事だった。

 気を静めるように、何度か呼吸を繰り返してユンゲは頭上を仰ぐ。

 規格立って建ち並んでいる路地脇の建物に切り取られた長方形の空は、目に沁みるほどの鮮やかな青に染まっていた。

 遥かな高さで揺蕩う白雲が、上空を流れる秋風にそよいで、ゆっくり太陽の差す方へと運ばれながら額縁の陰にひっそりと消えていく。

「……あーっ、もぅ!」

 言葉にならない声が、苦悶の呻きとなってユンゲの喉からこぼれる。

 強く握り締めた拳で乱暴に太腿を殴りつけたのなら、聖遺物級の装備を介して伝わる衝撃と痛みが、少しだけユンゲに落ち着きを取り戻させてくれた。

 根源の分からない感情が、行き場を求めるように視線を彷徨わせ、不意に飛び込んでくるのは柔らかな笑み。

 甘い香りが鼻腔をくすぐった。

「――ユンゲさんの思う通りにしてください」

 囁くように静かな、しかし真っ直ぐな凛とした芯を持つ声音が、いたわるような優しい響きをもって耳許に届けられる。

 躊躇いながら見つめた先で、小さな頷きに合わせて煌めくような金髪の一房が揺れた。

 自らの身勝手な思いを汲んでくれたことに、「良いのか?」などと情けなくも問うことはできない。

 紛いなりにもいくらか剣を握ってきたことで、少しだけ硬くなった掌で顔を覆い、ユンゲは一つ大きく息を吐いた。

 

 *

 

 考えていたほど劣悪な環境ではない。

 微かに震えるリンダの手を取りながら、街の喧騒から遠い奴隷市場へと踏み込んだユンゲの抱いた第一印象は、そんなものだった。

 衛生環境に配慮されない薄汚い檻の中で、手枷や足枷を嵌められた奴隷たちが項垂れている――そんな漠然と描いていたイメージは杞憂に終わり、少しだけ拍子抜けしてしまうユンゲだったが、小さくかぶりを振って気を引き締め直す。

 店舗の軒先から迫り出した商品棚や露店商などのひしめく賑やかな中央道路とは異なり、奴隷市場に建ち並んでいる店舗は道端から少し奥まった位置に出入口を構えていた。

 一見して内情を知らなければ、高級店舗街と見えなくもない装いではあるが、人通りの疎らな路地にはどことなく物寂しさが漂っている。

 路地に面する一階部分の壁に、この世界では多少値段の張るガラスが嵌め込まれた店舗の造りは、通りを歩きながらでも目的の店舗を迷わないための工夫か、或いは取り扱う商品の性質から防犯的な側面を意識しているのかも知れない。

 奴隷という単語に思考を引き摺られてしまっていたが、バハルス帝国における奴隷制度とは、数ある雇用形態の一つというのが正しい認識らしい。

 戦争のために奴隷が動員されるような、いわゆる戦奴といった仕組みは既に廃れて久しく、現在では急に大金の必要となった者が身売りという形で条件や期間などを取り決めて、互いに了承した上で奴隷として契約する形式となっており、仕事の中で奴隷が怪我を負った場合に備えた雇い主に対する罰則まで設けられているようだ。

 転移前の世界に置き換えれば、短期の集中バイトや期間工のような扱いになるのかも知れない。

 但し、そうした就業としての奴隷制度が適応されているのは、飽くまで帝国の人間か国交を持つ土小人〈ドワーフ〉に限られているため、他国の人間やエルフなどの種族はその範疇にならないらしい。

 ユンゲは握った手を離さないように思いを強くしつつ、リンダを促して通りを歩き始めた。

 各店舗へ注意の視線を向けてみれば、ガラス越しの室内には、屈強な肉体を誇るように見せつけてくる男や小綺麗に着飾りながら手を振る女性、ややぎこちない笑みを浮かべた亜人と思しき猫耳の男女といった“多様な商品”が確認できたものの――、

 

「……流石に、ここでは見つからないか」

 やがて、奴隷市場の端までたどり着いてしまったユンゲは、徒労に肩を竦めて溜め息をこぼす。

 老執事から話を聞いて、真っ先に思いついた当てが外れてしまった格好ではあったが、拘束具で無理矢理に囚われているような奴隷の姿を見かけることはなかった。

 以前のように目の前で虐げられるエルフと出会ってしまったのなら、ユンゲは自身をして冷静に振る舞えるのかと自信がなかったので、その点についてだけは幸いであった。

 改めて常識的な感覚で考えてみれば、折角の売り込みたい商品を粗雑に扱う理由などあるはずもないので、奴隷が置かれる処遇の良し悪しは残念ながら買い手次第なのだろう。

「そうですね。……やはり、件の高利貸しのところへ行ってみるべきでしょうか?」

「まぁ、素直に教えてくれれば、それが分かりやすくて一番なんだけどなぁ」

 支払いの猶予を延ばしてくれるように懇願した老執事のジャイムスが、膠もなく断られてしまったという話なので望みは薄い。

 もっとも、唯一の稼ぎ手を失っているフルト家が他に借金を返済する当てもない状況であれば、そうした対応となるのも至極当然なことなのだから責めるのは筋違いというものだろう。

 無理矢理に締め上げて居場所を吐かせたなら、強引に連れ出すこともできるかも知れないが、ユンゲとしても犯罪にまで手を染める覚悟はなかった。

 伝え聞いた幼い姉妹の境遇に怒りや憐憫の気持ちを抱いて、衝動的に協力を申し出たものの、結局は自分を犠牲にするつもりもない偽善行為に過ぎなかったのだろう。

 良い記憶があるはずもない場所にリンダを連れ出し、憔悴したジャイムスに付き添ってもらうという名目で別行動となっているキーファとマリーにも、無用な負担をかけてしまったことを思えば、酷い自己満足もあったものだと自嘲するように、ユンゲは小さくかぶりを振った。

「とりあえず、二人に合流して――」

 何か良い作戦を考えよう、と言葉を続けかけたユンゲは、不意に背後からの視線を感じて振り返る。

 艶やかな濡れ羽色の髪に、夜闇に溶け込む同色の忍び装束――いつかと同じ姿勢で壁に背を預け、豊かな胸を強調するように腕を組んだ小柄な女忍者の姿が、黄昏の暗がりの中で朧のように現れた。

「……相変わらず、勘だけは鋭い男だな」

 どこか非難めいた口調は、忍びの者としての矜持がさせるものか。

 女忍者の背後に見え隠れしている面倒な相手の存在に、ユンゲは内心で溜め息をこぼしつつ、やや億劫な思いで口を開いた。

「……褒め言葉として受け取れば良いのか?」

 憮然として返した問いに、「……まぁ、そんなに警戒するな」と呆れるように肩を竦めた女忍者は、壁際からユンゲの近くへと歩み寄りながら、勿体振るように言葉を続けた。

「厄介事にばかり首を突っ込みたがる男に、一つ特別な情報を教えてやろうと思ってな」

 しなやかに伸ばした人差し指をわざとらしく口許に寄せ、女忍者が嫣然と笑みを浮かべてみせる。

 

「――邪な神の信奉者どもが、“若き魂の贄”とやらを手に入れたらしいぞ」

 

 




エルフの奴隷が市場で見られなかったのは、ユンゲを懐柔する策の一環としてジルクニフが手を回していた結果になります。
その過程で“邪神教団”に関する情報を入手し、別口で女忍者に内偵を進めさせていたところ、何も知らないユンゲたちが現れたという設定です。
なお、この時点におけるジルクニフは、ナザリックと邂逅してしまったことで、ユンゲに構っているような時間はなくなっています。

もう少し話のキリが良いところまで進めたかったのですが、年内の更新は今話で最後になるかと思われますので、少し気は早いですが――、

「皆様、良いお年をお迎えください!」
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