オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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今話のうちに書いて置きたいことを詰め込んだら、やや駆け足気味に……。


(35)帰還

「こちらが今回の報酬になります」

 お疲れ様でした、と事務的な笑顔を浮かべる受付嬢の差し出してくれた金券板――この世界での手形や小切手に相当するバハルス帝国銀行の管理下にある為替――を一瞥する。

 ユンゲがようやくと最近になって覚えた、帝国式の数字表記が正しいものであるなら、そこには以前に受けた依頼の報酬に倍する金額が彫り込まれているはずだ。

 口の中に苦いものを感じながら、ユンゲは受付嬢の言葉を思い返す。

 依頼人の名は“政務官”ジャイムス、依頼の内容は誘拐された知人娘の救出。緊急を要したために、依頼の受託は口頭でのみ交わされていた……らしい。

 依頼を請け負ったはずのユンゲたち“翠の旋風”が、そうした内容を他人からの伝聞で知るのは如何なものだろうか、などと余計な思考が浮かんでくるものの、溜め息より意味のある言葉が声にはならなかった。

(……冒険者組合は、国家から独立した組織じゃなかったのかよ)

「あの、どうかされましたか?」

 いつまでも報酬を受け取ろうとしないユンゲの様子を訝るように、受付嬢が小首を傾げてみせる。

「あぁ……いや、何でもないです」

 反射的にそう返して金券板を手にしたユンゲは、軽く肩を竦めるようにしながら、後ろを振り返った。

「とりあえずは、一件落着ってことで良いのかな?」

「そうですね。囚われていた姉妹も薬で眠らされていただけのようですし、教団を構成していた貴族も多くの証拠を握られて、今頃は“鮮血帝”殿からの沙汰に戦々恐々としていることでしょう」

 ユンゲの問いに答えて、リンダが流れるような口調で言葉を続ける。

 墓地の地下にあった邪神教団の集会場から宿へと戻り、湯浴みと一晩の休息を得て艶やかさを取り戻した長い銀髪が、窓辺から差し込む朝日を浴びてきらきらと輝いて見えた。

 事の顛末としては、判断に詰めの甘さがあったユンゲの失態から“ズーラーノーン”の関係者と思しきクレマンティーヌと小男の二人を取り逃がしてしまったものの、黒装束に身を包んだ男――後に教団の運営において、中心的な立場を担っていたことが判明した神官役――の身柄を押さえることはできた。

 そして、もう一つのルートから潜入していた女忍者の部隊により、本来の目的であるジャイムスから依頼されたフルト家の姉妹の無事が確認され、集会場に詰めかけていた帝国貴族たちも捕縛された。

 教団に関わってしまった貴族連中の未来など、ユンゲにとっては何の興味もないことではあったが、わざわざ陰険な策を講じてくれたジルクニフ側の狙いも――報酬として支払われている破格の額面を鑑みるに――概ね果たされたということなのだろう。

 冒険者組合の前で憔悴していたジャイムスが、没落貴族の執事から“政務官”という肩書きになり、事前に冒険者としての依頼をユンゲたち“翠の旋風”にしていた事実は、捏造以外の何物でもないはずなのだが……もしかしたなら、初めからジルクニフの描いた筋書きの通りだったのかも知れない。

(……いや、流石に考えすぎか)

 得体の知れない寒気に身を強張らせ、ユンゲは疲れ切った溜め息をこぼした。

「――何にせよ、あの子たちが助かってよかったよね。あの執事さんが引き取ってくれるなら安心だよ?」

 肩を落としたユンゲの背を軽くポンッと叩いて、キーファが快活な笑顔を咲かせてみせる。

「そうですね、ジャイムスさんなら私も安心だと思います。ウレイリカさんとクーデリカさんも、とても良く懐いているようでしたしね」

 柔らかな声音で微笑んだマリーの言葉に、ユンゲも表情を緩めて、フルト家の姉妹をジャイムスの待つ宿屋へ送り届けたときのことを思い返した。

 

 まだ眠りから覚めたばかりで、どこか夢見心地な様子の幼い姉妹を両腕に抱き締めながら、「申し訳ございませんでした」と声を絞る老執事に「ジャイムス、どこか痛いの? ウレイリカが治してあげる」と朗らかに笑った幼い少女と、「ウレイリカずるーい。クーデリカも治してあげる」と草臥れた白髪頭を優しく労わるように撫でる、瓜二つな同じ笑顔の少女。年齢よりも少しだけ大人びて見えた仕草は、もしかしたら彼女たちの姉がそうしてくれたことを真似していたのかも知れない。

 緩やかに巻く絹糸のような金の髪に、ほんのりと赤らんだマシュマロみたいな頬は愛らしい――幼くもどこか高貴さと将来性の豊かさを感じさせる二人の顔立ちに、誰かの面影を見たような思いもあったが、借金返済の質として実の両親に売られてしまった事実や最愛の姉との再会が叶わないという悲劇を知るには、まだ早過ぎる年齢だった。

 これから良き理解者であろうジャイムスとともに過ごし、いつか二人にも真実を知るときが訪れたなら、成長した彼女たちは何を感じるのだろうか。

 何も知らないままに居たかったと悲哀に暮れてしまうのか、或いは残酷な現実を知ることなく、優しい姉とともに微睡みの中にありたかったと嘆いてしまうのか。

 それでも、幼い姉妹を思う老執事の真摯な願いによって、彼女たちが救い出されたという過去を決して悔恨することがないように――。

 

「……そう願いたいもんだな」

 呟くように口にして、ユンゲは静かにかぶりを振る。

 何度も頭を下げ続けるジャイムスの左右を取り合い、大きく手を振りながら去っていった小さな二つの後ろ姿を見送ったなら、ユンゲの出る幕は最早ないだろう。

 どこか懐かしくも郷愁を誘う光景に、少しだけ胸の内を締めつけられるような思いが込み上げ――、不意に向けられた上目遣いの視線。

「どうかされましたか?」

 凪ぎの海原のような碧く澄んだ瞳に、どこか寂しそうな表情を浮かべた優男の像が映っていた。

「……いや、何でもないよ」と軽く肩を竦めてみせたユンゲは、可愛らしく傾げられた小さな頭を少しだけ乱暴に撫で回して、気持ちを切り替えるように言葉を続けた。

「さて、俺たちも行こうか!」

 

 *

 

 頬を撫でていく柔らかな風が、底知れない冷たさを孕み始める頃、鮮やかに色付いていた草花は枯れ色となり、遠巻きに眺めたアゼルリシア山脈の裾野に広がる、トブの大森林の樹々たちもまた物寂しい枝先を晒していた。

 何とはなしに羽織っていたマントの襟を手繰り寄せながら、ユンゲは城塞都市の名に相違ない重厚な城門を抜ける。

 統一感のあった帝都アーウィンタールの整然とした街並みとは違い、石畳による舗装のない路地の両脇には、規格も不揃いなどこか雑然とした家屋が建ち並んでいるが、不思議と全体での調和が取れているような光景には、小さく感嘆の息がこぼれた。

 リ・エスティーゼ王国の東端に位置する王家直轄領にして、交易の要衝たる大都市エ・ランテル――それほど長く離れていた訳でもないのに、どこか懐かしいような感じを抱いてしまうのは、やはりこの転移後の世界で最初に訪れた場所として、ユンゲ自身が親しみを覚えているのかも知れない。

「意外と簡単に入れてもらえて良かったね」

 ふと軽やかな足取りで駆け出したキーファが、凝った身体をほぐすように、「んーっ」と大きく伸びをしながら振り返って笑いかけてくる。

 肘や膝といった関節部を守る軽装な防具の上に、ユンゲと揃いになる若草色のロングマフラーが舞うように翻った。

 晩秋の吹きつける風の冷たさなど意にも介さない、麗らかな春の陽だまりのような元気印の野伏〈レンジャー〉に、「そうだな」と一つ相槌を打ち、ユンゲは周囲の様子に目を向けながら言葉を続けた。

「……戦時だから、もっと警備が厳戒になるのかと思ってたけど、いつもと変わらなくて助かったよ」

 リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国間の戦端が開かれる頃には、人の行き来が制限されることもあると教えてくれたのは、初めての護衛依頼をともにした吟遊詩人の……いや、お喋り好きな神官の青年だっただろうか。

 そのために商隊を構成する商人たちも時期を見計らって――結局、二国間の戦争は例年通りの夏場から、冬の気配が間近となった今時点にまで持ち越されることになったのだが――早めに拠点である帝都への帰還を目指していたはずだった。

 巻き込まれる形で邪神教団の打倒に協力する羽目になったユンゲたち“翠の旋風”は、これ以上ジルクニフの思惑に踊らされたくないと意見の一致をみて、早々に帝都を発つことに決めた。

 そうして、常宿を引き払うと好景気に沸く市場で防寒具などの簡単な旅装を整えて、一行は直ぐにエ・ランテルへと帰還する途に着いていた。

 リンダの御する馬車に揺られながらの道中では、帝国側からの越境ということで都市内に入場させてもらえないのではないか、といった相談をしたりもしていたのだが、そのような懸念も杞憂に終わり、ひと安心といったところだ。

「……でも、帝都の盛り上がりとは、かなり雰囲気が違うな」

 三重の城壁に囲まれたエ・ランテルの西側にある共同墓地を除いた外周部には、駐屯地としての性質から軍事系統の設備が整えられている。

 今回の戦争に備えて騎士団の召集された帝都は、軍需の高まりによって活況な様相を呈していたが、駐屯地へと続いているはずの路地の向こうからは、そうした高揚と対極にある重苦しい空気の漂ってくるような印象があった。

「確かにそうですね。戦争が近いことを思えば、当たり前なのかも知れませんが……」

 ユンゲと同じように視線を巡らせていたマリーが、同意を示しながら少しだけ表情を曇らせる。

 風が吹けば身に沁みるほどの寒さと相俟って、耳に痛いくらいに喧しかった帝都での客引きが、どこか恋しくなるような一抹の寂寥感が呼び起こされ――不意に鼓膜を打ったのは、荷馬の嘶きだった。

 ユンゲの振り返った先で、慌てることなく轡を取ったリンダが、顔色を悪くしたマリーに微笑みを向けてから、落ち着き払って言葉を引き取った。

「バハルス帝国の騎士団は専従する職業軍人で構成されているはずですが、リ・エスティーゼ王国の兵士は、多くが戦争の度に徴兵される農民たちと聞き及んでいます。或いは、その辺りが関係しているのかと――ほら、大丈夫……良い仔だ、安心してくれ」

 小さく肩を竦めたリンダが、滑らかに言葉を紡ぎながら慣れた手つきで荷馬を宥めてみせる。

 先ほど城門の横に設置された検問所を通ったときには、冒険者の認識票を提示したばかりで幌を被せた馬車の積荷を確かめられることもなく、人数分の入場税を支払うように求められただけだった。

 あのような軽い対応は冒険者への警戒が薄いというよりは、担当していた兵士たちに気力がなかったということの表れだったのだろうか。

 少し思い返してみたのなら、今回の宣戦布告は、時季外れに帝国側から突然なされた不測の事態であり、着の身着のままで集められたような農民たちの士気が低いのも当然なのかも知れない。

 ぼんやりと考えを巡らせていたユンゲは、何気なくリンダの鮮やかな手並みに見入っていたことに気付き、「……あぁ、悪い。先ずは宿屋を見つけて荷馬車を預けるべきだったな」と視線を誤魔化すように口を開いた。

 リンダ以外に“翠の旋風”の中には、馬の扱いに長ける仲間がいないため、早めにそうしないとリンダも休めないだろう。

 もう一度、小さく肩を竦めてみせたリンダに軽く手を振って、ユンゲは踵を返す。

 幸いにして、懐には結構な余裕があるので――これまでの彼女たち頑張りを労う意味合いも兼ねて――多少は上等な部屋を探しても良いだろう。

 どこか良い宿屋はあったかな、とユンゲが思案に顔を持ち上げてみれば、衛兵の影が並ぶ高い城壁の向こう、中天を越えたばかりの陽を浴びる薄い白雲が、遠く雪化粧を纏ったアゼルリシア山脈の方へと流れていった。

 

 *

 

 首尾良く宿屋を確保できたユンゲたち“翠の旋風”は、荷馬車を預けるとともに旅装を解いて再び市中へと戻っていた。

 知らない間に俄雨が過ぎ去ったのか、少しだけ泥濘んで柔らかくなった路地を歩けば、始末に追われているらしい露店商たちの面倒そうな顔が並んでいる。

「……夕飯の買い出しは後にして、冒険者組合に行ってみるか?」

「その方が良さそうですね。帝都で購入した分も残っているので、今晩くらいは大丈夫……だと思いますよ」

 半ば諦めているようなマリーの口調に苦笑を返しつつ、ユンゲはのんびりと冒険者組合の方へ足を向けた。

「何か依頼でも探すの?」

「んー、手頃なのがあったら受けるのもありだと思うけど、日銭に困ってる訳じゃないからな。……とりあえず、モモンさんやモックナックさんに挨拶はしときたいな」

 隣に歩を合わせてきたキーファの頭に軽く手をやったユンゲは、「でも、忙しそうな人だからなぁ」と小さくかぶりを振ってみせる。

「そんな感じだねー、組合長さんに呼ばれてたんだっけ?」

「――だったな、アダマンタイト級にもなると何かと大変なんだろう」

 最高位冒険者である“漆黒”のモモンとナーベの二人は、ユンゲたちよりも一足先に帝都からエ・ランテルに帰還しているはずだが、それは組合側からの要請を受けてのことだったはずだ。

 リ・エスティーゼ王国でも王都まで行けば、もう二組のアダマンタイト級の冒険者チームも存在するらしいが、このエ・ランテルには彼らしかいないので、“漆黒”を頼りに名指しする依頼も多いと聞いている。

「……食うに困らない稼ぎがあれば、仕事はほどほどなのが良いよなぁ」

「ユンゲさんの場合、ほどほどのお仕事で賄えるんですかね?」

 ユンゲのこぼした他愛のないぼやきに、反対側から顔を出したマリーが悪戯っぽい笑みを向けてくる。

「ホントにねー、あれだけ買い込んだお酒も、もう飲み切っちゃったしね! どこに入っていくの?」

 ユンゲの横腹に肘当てをぐいぐいと押し付けてくるキーファもまた、同じような色を紫の瞳に湛えていた。

 視界の両端で楽しげに揺れる、丁寧に括られた栗色のポニーテールと金色のサイドテールが、今は無造作に引っ張ってやりたいほどに鬱陶しい。

 気晴らしという名目から帝都の中央市場で買い集め、滞在する宿の一室を盛況な酒場の倉庫然としていた大量の酒樽は、既にエ・ランテルまでの旅程で最後の役割を終えたという事実があったとしても、ユンゲは胸の内から込み上げてくる衝動に駆られてしまう。

 救いを求めるように背後を振り返ってみれば、苦笑を浮かべたリンダと目が合いかけ……、逸らされた。

 こぼれた小さな溜め息は、果たして誰のものだったのか。

「……良いんだよ。食うだけの分は、働いてるんだから」

 やや仏頂面となって言い差し、ユンゲは左右から覗き込んでくるそれぞれの額を指先で軽く弾いた。

 痛みを訴えてくる抗議の声を背にしながら、自然と速まる歩みで――記憶よりも人の往来が疎らな印象の路地を進み――冒険者組合が面する大通りへと抜ける。

 そうして、ユンゲが剣と盾の意匠が施された無骨な建物を目に止めたときだった。

 

 不意に開かれた組合の扉から、二人組みの男たちが姿を現した。

 先に立ったのは、見事な意匠が凝らされた純白の全身鎧。少年から青年への過渡期にあるような、精悍さとあどけなさの同居する若い騎士風の男は、短く刈り上げた金髪と日に焼けた浅黒い肌が目立った。

 もう一人の長身な男は、程良く引き締まった細身の体躯に薄手の鎖着を纏っただけの軽装姿で、青に染められたざんばら髪と腰に提げる日本刀のような得物が特徴的だったが、どちらも冒険者を示すプレートは身に帯びていない。

 初めて見る顔ではあったが、戦いに従事している立場であろうことだけは、ユンゲでも容易に想像がついた。エ・ランテルに駐留している王国軍の関係者だろうか。

「……何か、私たちに御用でしょうか?」

 鼓膜を打ったのは、若い騎士の年齢に似合わないしわがれた声音。絢爛な装備の作りから貴族の子弟とその護衛かとも考えかけていたが、どうやら違ったらしい。

 思いがけない丁寧な問いかけには、少しだけ面食らってしまう。

「あぁ……いや、すみません。見事な鎧に思わず目を奪われてしまいまして――」

 咄嗟の言い訳を口にしつつ、ユンゲは素直に頭を下げた。

 実際のところ、ユンゲの注意は騎士の背後で腕を組んだ青髪の剣士が放つ――先の邪神教団との戦いで、クレマンティーヌと対峙したときにも抱いたような威圧感を覚えさせる――鋭い眼差しに向けられていたのだが、どちらにせよ不躾な反応をしてしまったことには変わりない。

「いえ、頭を下げていただく必要はありません」

「……そうだな。優れた武具を目にしたなら、戦士は誰しも興味を惹かれちまうもんだ」

 恐縮したような若い騎士の言葉に続けて、こちらに一瞥をくれた青髪の剣士が軽い調子で口を開いた。

 当然ながら先ほどの訝るようなユンゲの視線にも気付いていたはずだが、気にする素振りを見せない訳知り顔の剣士は、表情を少し緩めただけでおざなりに肩を竦めてみせる。

「俺の名は、ブレイン・アングラウス。こっちの真面目なのは、クライムだ。見ての通り冒険者じゃないが、ここには人探しにきただけでな……そんなに警戒はしないでくれるとありがたい」

 他意がないことを示すように、ひらひらと軽く振った手を若い騎士〈クライム〉の肩に置きながら、どこか挑戦的に口許を持ち上げた剣士〈ブレイン〉が、ユンゲに向き直って言葉を続けた。

「失礼ながら、アンタは森妖精〈エルフ〉の血が入っているのか? 差し支えなければ、名前を訊かせてもらえないだろうか?」

 脈絡のない無遠慮な問いかけにも、不思議と不快な印象は感じない。

 このブレインという剣士には、こうした振る舞いが似合っているようにも思えた。

「先に名乗ってもらっているのですから、お気になさらずとも構いませんよ。冒険者チーム“翠の旋風”のユンゲ・ブレッターと申します。彼女たちは同じチーム仲間の――」

 

 そうして、ユンゲが背後に控えていたキーファ、リンダ、マリーの三人を簡単に紹介し終えたとき、ハーフエルフの聴力は、「……なるほど、世の中は広いもんだな」と妙に実感の込められたブレインの小さな呟きを拾い上げた。

「――ん、どうかされましたか?」

「いや、何でもない。少しだけ、狭い世界で粋がっていた昔の自分を思い出してな」

 ユンゲの疑問符を払うようにかぶりを振ったブレインが、小さく自嘲めいた笑いをこぼす。

 口惜しそうでもありながら、どこか清々しいような雰囲気さえ漂わせているブレインに、ユンゲは何故だか近しい思いを感じながら肩を竦めてみせた。

「何というか、蘊蓄のありそうな言葉ですね」

「はっ、小難しいことには興味がないさ。……まぁ、戦いに身を置いていれば、また会うこともあるだろう。次の機会には是非、一つ手合わせを願いたいね」

 わざとらしく不敵な笑みを浮かべながら一息に言い切ったブレインが、満足そうに踵を返して都市の外周部へと足を向ける。

「――早めに戻って夕飯前の訓練にしようか、クライム君」

「あ……はい、よろしくお願いします!」

 短く言い差し、話は終わったとばかりに颯爽と歩き去っていくブレインの背を追ったクライムが、「申し訳ありませんが、ここで失礼させていただきます」と律儀にユンゲたちに頭を下げてから、小走りになって駆けていく。

 戦場を渡り歩いた歴戦の傭兵に、実直な若い見習い騎士といった風な二人を結ぶ絆は、最初に抱いた主従の関係ではなく、歳の離れた兄弟や師弟のような信頼と気安さだろうか。

 鮮やかな青髪のブレインと純白の鎧を身につけたクライムの後ろ姿は、行き交う人々の少ない褪せた灰色の街並みを背景に、やがて通りの角へと消えていった。

 奇妙な邂逅が過ぎ去れば、やけに物寂しい街路には寒々とした木枯らしが頬を撫でていくばかり――、

「結局、あの二人は王国軍の関係者だったのかな?」

「分かんないけど……なんか、金髪の方は子犬みたいだったね」

 何気ないキーファの呟きに、ユンゲは思わず吹き出したのだった。

 

 




次話で別キャラ視点を挟んで、いよいよ新章(?)突入! 

……といったところなのですが、何より新刊の発売が待ち遠しくて仕方ありません笑
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