オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

5 / 74
 
 


(4)墓地

 この世界における不死者〈アンデッド〉は、無残な弔われない死者の念から生まれるとされ、戦場跡や遺跡のような場所に発生しやすいとされる。

 隣国であるバハルス帝国との戦場が程近い城塞都市〈エ・ランテル〉においては、戦死者をアンデッドにしないために弔うための場所として巨大な墓地を必要とした。

 その結果として、エ・ランテルに設けられた共同墓地は、都市外周部の西側地区の大半を占めるほどの広大さとなっている。

(……でも、丁重な弔いを行ってもアンデッドの発生を完全に防ぐことはできない、だったかな? だから墓地の周りを壁で囲んで、都市部には侵入されないようにしている、ってことか……)

 伝令を受けて墓地に駆けつけたユンゲは、四メートルにもなる高い壁を見上げながら、酒場の主人から手短に聞いた説明を思い返していた。

 やや過剰とも思えるほどの頑丈な防備だが、都市に生活する住民たちの安全を守るためには欠かせないのだろう。

 壁の向こうには無数のアンデッドが蠢いている気配があり、生者への恨みとでも表現したくなる肌を刺すような怖気が周辺に充満していた。

 

「―ー諸君、事態は急を要する! これほどの大量発生は自然に起こりえない! つまり、悪意を持った何者かが引き起こしていることは明らかだ!」

 閉ざされた門を前に初老の男――役人然とした仕立ての良い服に身を包んでいるが、醸し出す雰囲気は引退した戦士を思わせる――が、集められた冒険者たちに向けて声を張り上げる。

「銀級〈シルバー〉以上の冒険者は、開門の合図とともに墓地内へ突入し、アンデッドを引きつけながら掃討せよ! 別ルートから先行している冒険者チームの負担を少しでも軽減するのだ! 鉄級〈アイアン〉および銅級〈カッパー〉の冒険者は、壁上にてアンデッドを迎撃に備えよ! 決して都市部への侵入を許すな!」

 男の矢継ぎ早な指示に応じ、冒険者たちが死闘を前に高ぶる感情を猛りとして吐き出していく。

「人々の剣となり、盾となり、冒険者としての矜持を示せ! いざ、開門!!」

「うおぉおおおおー!」

 苛烈な奮起を促す言葉とともに巨大な門が開け放たれるや、勇ましい咆哮を上げた冒険者たちが墓地へと殺到する。

 

 エ・ランテルの共同墓地を舞台にした“生者と死者の戦い”は、こうして幕を開けるのだった。

 

 *

 

〈ツインマジック・ショック・ウェーブ/魔法二重化・衝撃波〉

 突出したアンデッドに向けて左手を構え、ユンゲは無詠唱化した魔法を次々と発動させる。

 指向性を持つ不可視の衝撃をまともに受けた動死体〈ゾンビ〉の四肢が乱れ飛び、周囲の骸骨〈スケルトン〉を巻き込んで後方へ吹き飛んでいく。

 しかし、アンデッドの大群を退けた空隙は、墓地に突入した冒険者たちが押し広げる間もなく、後続のアンデッドによって埋められてしまう。

「……このままじゃ埒が明かないな」

 壁上に陣取ったユンゲは、群がるアンデッドを迎撃しながら小さく溜め息をこぼした。

 ゾンビやスケルトンは数こそ多いものの、個々の強さはそれほどでもないため、墓地に突入していった銀級以上の冒険者であったのなら後れを取ることはないだろう。

 それらの数ばかりが目立つアンデッドの群れに紛れ、食屍鬼〈グール〉や腐肉漁り〈ガスト〉、黄光の屍〈ワイト〉といった上位種も強力ではあるが、冒険者たちが互いに連携して挑むのであれば大きな障害ではなかった。

 それでも、戦況は一進一退から、徐々にアンデッド側が優位に推移しつつある。

 その原因となる厄介な相手が、死霊〈レイス〉と骨の禿鷲〈ボーン・ヴァルチャー〉と呼ばれる二種のアンデッドだった。

 ユグドラシルにおけるレイスは、それほど強力なモンスターではなかったのだが、実体を持たないために物理攻撃に耐性があり、魔法か魔法効果を宿した武器による攻撃でしかダメージを与えられないという特性を持っていた。

 この転移後の世界では簡単な対策となるはずの魔法付加した武器が非常に高価であり、冒険者の中でも普及率が低いためにレイスが相当な脅威となってしまうのだ。

 そして、拮抗する地上戦の状況を打破しようと考えた一部の冒険者は、〈フライ/飛行〉の魔法を駆使しながら、アンデッド発生の根源と予想される共同墓地の中心地を目指すのだが、どこからか飛来したボーン・ヴァルチャーの群れによって全員が撃墜されていた。

 エ・ランテルの共同墓地において、これまでに発生を確認されたことがなかったという“新種”のアンデッドの出現により、勢い良く突入していったはずの上位の冒険者たちも、疲労とともに押され始めているのが苦しい状況を示している。

「骨だけの翼でどうして飛べるんだ!?」などと文句を言いたくなる思いもあったのだが、墓地を囲う壁を苦にしないレイスとボーン・ヴァルチャーは冒険者の相手に執着しており、現状では墓地外へと抜け出して市民を襲う気配がないので、まだ運に見放されてはいないのだと信じるべきか――。

 

 視界に映っている端から、周辺の冒険者へと支援魔法をかけ続けて回りながらも、ユンゲは有効な手を打てないでいた。

 率直なところ、味方の冒険者が弱過ぎたのだ。

 ――或いは、ユンゲが単独であったならレイスやボーン・ヴァルチャーの群れを振り払いつつ、墓地の中心へと急行できる自信はあったものの、今この場を離れてしまえば、瞬く間に戦線が瓦解してしまうことは想像に難くない。

(……初手を間違えたな。墓地への突入部隊に参加するべきだった)

 ユグドラシルでの設定に準拠するのであれば、アンデッドの弱点は“火属性”のはずだった。

 突入の先頭に立ち、〈ファイヤーボール/火球〉などの範囲魔法でアンデッドの掃討を図っていけたのなら、十分に勝算はあったように思える。

 しかし、両陣営が入り乱れている状況では範囲内に味方の冒険者を巻き込んでしまう可能性があるために、迂闊な攻撃を放つことができないのだ。

 鉄級以下の冒険者は壁上で迎撃するように、との指示を素直に従ってしまったための失敗だった。

 そうして、ユンゲは他に良い手も思いつかないままに〈衝撃波〉などの直線的で範囲を絞った魔法を駆使してアンデッドを攻撃しているのだが、後から後からと溢れ出してくるアンデッドの群れを前にして、どれほどの効果があるのかは判然としない。

 しかしながら、打開策の見つからない苦しい現状であっても、墓地の外部にアンデッドを出さないという最低限の狙いは果たせているので、他のルートから進んでいるという冒険者たちの活躍に期待するしかないのだろう。墓地の警備についていたという兵士の話から、その正体はもう分かっている。

 精強な魔獣を従えた“漆黒”の戦士と目の覚めるような美人の魔法詠唱者という組み合わせが、他にもいるとは思えない。

 そうであれば、今の戦線を維持さえできたのなら問題はないはずだった。

 無数のアンデッドが蠢いている彼方――不意に立ち込める暗雲を引き裂くほどの稲光が、凄まじい紫電を纏いながら迸っていく。

「……“漆黒”のモモンとナーベ、か」

 轟音に思わずと振り返り、ユンゲの口の端からは無意識のうちに呟きがこぼれた。

 

 *

 

 アンデッドとの激戦から一夜明けたエ・ランテル冒険者組合には、早朝にも関わらず多くの冒険者たちの姿があった。

 依頼の貼られたボードを前に意見を交わす者、仲間内で談笑する者、自らの功績を誇って朝から酒を浴びる者、そこには見慣れた日常が戻っている。

 昨夜の共同墓地での騒動は、“ズーラーノーン”と呼ばれる秘密結社が関わっていたらしい。

 無数のアンデッドによる都市壊滅を企図していたという二人の幹部――“盟主”に次ぐ“十二高弟”に数えられる、この世界でも指折りの実力者らしい――が、モモンとナーベによって討たれたことで、夜通しの事件は一応の終息を見ている。

 墓地の見張りとして詰めていた兵士と駆け付けた冒険者には少なくない被害も出てしまったが、幸いにして市民に被害はなかった。

 数千を超えるアンデッドの出現に見舞われるという、エ・ランテル始まって以来の危機的な状況にありながら、迅速な解決に導いたモモンとナーベの功績は、オリハルコン級かアダマンタイト級にも匹敵すると称賛され――特にモモンの剣技を実際に目撃した多くの兵士からは、“漆黒の英雄”とまで呼ばれているとのことだ。

 

 アンデッドの発生が落ち着いた後、いつもの宿で仮眠を取ってから、再び冒険者組合に顔を出したユンゲは、馴染みの受付嬢から昨夜の騒動についてのあらましを聞いていた。

「なるほど、やっぱり彼らは凄かったんですね」

「ええ、そうです。でも、ユンゲさんも大活躍だったとお聞きしましたよ!」

 ずいっと身を乗り出してくる受付嬢にやや身構えながら、ユンゲは言葉を返す。

「正直なところギリギリでしたし、彼らが敵の幹部を倒してくれなければどうなっていたか……」

「ふふふ、やっぱり謙遜されるんですね。大丈夫ですよ、ちゃんとユンゲさんを評価してくれる人もいますよ、――ほらっ」

 訝しげなユンゲにくすくすと笑いながら、受付嬢が銀色に輝くプレートを差し出す。

「…………これは?」

「昨夜の働きに報いるためです。以前、冒険者のランクアップには昇格試験を受けていただくことをお伝えしましたが、今回のケースは例外となります。昨夜のユンゲさんの功績は大きく、昇格に値するものとして判断されました。冒険者組合は、功績に報恩をもって応える組織ですからね」

 ユンゲは、突然の展開にやや面食らってしまう。

「……嬉しいお話ですが、いきなり二つもランクを上げてしまうのは大丈夫なのでしょうか?」

「問題ありません。寧ろ、これだけでは足りないくらいかも知れませんね。ユンゲさんは第三位階魔法も使えるとのことですから、本来の実力からすれば白金級〈プラチナ〉以上のプレートを用意されて当然なんです! 上層部の人間は頭が固いというか、慣習に縛られ過ぎなんですよ!」

 捲くし立てるように言い放ち、人差し指をくるくると回しながら妙に自慢げな受付嬢を見遣り、ユンゲはようやっと笑みを浮かべた。

「――そうですか、では遠慮なくいたきますね」

 手渡されたプレートをユンゲが首に下げたとき、「……あ、そうそう」と受付嬢が言葉を続けた。

「あちらの方々ですが、ユンゲさんに大事なお話があるそうですよ」

 受付嬢が手で示す方へと視線を向ければ、数人の冒険者がこちらを見て会釈をしてくれる。

 日本人としての性から無意識に会釈を返していた後で、ユンゲは小首を傾げた。

 仲間内で頷きを交わし、進み出た男が告げる。

「不躾で申し訳ないのですが、ブレッター殿に我々の依頼をお手伝いいただければと思いまして……」

 

「……商隊の護衛ですか」

「ええ、以前から受けていた依頼だったのですが、昨夜の騒動で欠員が出てしまいまして……。本来であれば依頼を断るべきなのですが、もともと懇意にしていた“ターマイト商会”からの依頼ということで、断ることも難しいのです」

 槍使いの戦士が、疲労の色を隠せない表情で言葉を紡ぐ。

「こちらの受付嬢から、昨夜のブレッター殿の活躍をお聞きしたところ、剣の腕に覚えがあり、支援系の魔法まで扱える方ということでしたので、条件さえ許していただけるのであれば、是非ご協力のお願いをしたいのです」

「組合としても依頼を不履行としてしまうのは避けたいので、ユンゲさんがよろしければ、ご一緒に依頼を受けてみてはいかがでしょうか?」

 横から勧めてくる受付嬢は満面の笑顔だ。

 提示された受託の条件に不満もない。

「……了解しました。せっかくのお話ですし、有り難くお受けさせていただきますよ」

 憔悴した様子の戦士の手を取り、ユンゲは小さく口許を緩めてみせた。

 

 




-生者と死者の戦い-
アインズ様の召喚したアンデッドが、采配通りに冒険者の足止めという役割を果したというお話。

-主人公について-
ここまで脇役に過ぎなかったので、次話からはもうちょっと活躍できる展開が……あると良いなぁ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。