不快に感じてしまう方もいらっしゃるかも知れませんので、ご注意ください。
表現的には、R-17.5くらいのはず……問題があるようでしたら修正します。
風の吹かない、静かな夜更けだった。
灯りを落としてもらった一室には、窓辺からの淡い月の光が差し込むばかりで、茫洋とした二つの人影だけが揺れている。
「……本当に、大丈夫なのか?」
問いかけてくるユンゲの声音は、胸の内を温かくしてくれる気遣いに溢れていた。
「――はい、構いません」
小さく顎を引いて答えたのなら、途端にマリーの鼓動は早鐘のように鳴り始めてしまう。
何気なく口許に浮かんでいた笑みは、抱いている不安の裏返しなのかも知れない。
「……お願いしたのは、こちらからですよ」
一層と高まっていく心音は、目の前の相手にも聞こえてしまいそうなほどに大きい。
内心の焦りを取り繕うように言葉を続けながら、マリーは肩口の結び目に手をかけた。
そうして、僅かな躊躇いも覚えてしまう前に纏っていた薄絹の衣を軽く払い、さらりとした月灯りの下に白い裸身を晒す。
小さく息を呑んだ気配は、果たしてどちらのものだったのか。
――落ち着きなさい。
胸元を隠そうと無意識のうちに伸びかけていた手の動きを制して、マリーは自らを宥めるように心の内で叱咤の声を呼びかける。
ゆっくりと時間をかけて息を吐き、身体の後ろへと両腕を回した。
もう動かせないように、しっかりと左右の手を組んでしまえば、肌を刺すほどに冷たかったはずの夜気が少しも気にならなかった。
身体の内側から火照っていくような熱に当てられて、ぎゅっと握り締めた手の中までも、じわじわと汗ばんでしまっているらしい。
こちらを真っすぐに見つめてくれる澄んだ青の眼差しに、心臓の音がはっきりと自覚できてしまうほどに大きく鳴り響いていく。
「……い、いかがでしょうか?」
ふと、そんな訊くつもりもなかったはずの問いかけが口の端を吐いてこぼれていた。
「あっ、いえ……違うんです」
思わずと伏せた視線の先には、肉付きの薄く頼りない肢体――同じ年暦に生まれたはずのキーファと比較しても、色々と足りていない自らの身体を改めて見下ろしてしまったのなら、羞恥とともに後悔の思いばかりが胸に去来する。
「――えっと、マリーはとても綺麗だと思う。俺には勿体ないくらい、本当に魅力的だよ」
少しだけ慌てたような……それでも、いつもと変わらない穏やかなユンゲの口調。
お世辞だと分かっていても、堪らなく嬉しいと感じてしまうのだから、もう想いを止められない。
そろそろと顔を上げてみれば、少しだけ気恥ずかしそうな笑みが迎えてくれる。
――あの日から、何度となく見上げてきた優しく包み込んでくれる温かい笑顔に、こちらの両頬まで緩んでいくのが分かってしまう。
限りない勇気をもらった気持ちで、マリーは一つ小さく頷いてから一歩を踏み出す。
そうして、簡素なベッドの縁に腰かけるユンゲの正面へと歩み寄った。
「……あ、ありがとうございます」
はにかみながらも感謝の言葉を口にすることができたマリーは、ようやっとユンゲの手を取って自らの胸元へと導いていく。
日頃から剣を握っているはずなのに、少しもしなやかさを失わない指先が、小さな乳房を覆うように添えられ――、
「――あっ」
「わ、悪い…痛かったか?」
さっと離れてしまった熱を呼び戻すようにかぶりを振り、小さく肩を竦めてみせたマリーは、「ちょっと、びっくりしてしまっただけです」と軽く戯けるように口許を綻ばせた。
もう一度、強く引き寄せたユンゲの手を胸元に抱き締めながら、マリーは静かに瞳を閉じて厚い胸板へと身体を撓垂れかける。
「私は、ユンゲさんが大好きですから……」
小さく呟いた言葉に、「……俺もだ」と確かな頷きを返してくれたことが胸に詰まる。
どちらからともなく互いの口唇を重ね合い、鼓動が等しくなるような瞬間――、抑えていたはずの感情が堰を切って溢れ出してしまうかのように、僅かな涙がマリーの目許に滲んだ。
背中から優しく腰へと回されたもう一方の逞しい腕からもたらされる温もりが、堪らない想いとなって身体中に沁み込んでいくような気がした。
辛いばかりの記憶が雪解けるように、嬉しさに震えながら肌を重ねるのは初めての経験だった。
故郷“エイヴァーシャー大森林”での戦争に駆り出されて逃げ惑い、敗れて虜囚の身となってからの悪夢の日々は苛酷に過ぎていた。
固く嵌められた枷を恨むことすら忘れるほどに心身とも追い詰められ、あのときは“生きながらに死んでいた”のだと今にして思う。
そうした暗闇の中での生活が文字通りに一変したのは、バハルス帝国の帝都〈アーウィンタール〉における大闘技場での一幕だった。
どこまでも分厚く閉ざされていた暗い鉛色の雲間から、一筋の希望の光が差し込んだ。
あの日に起こった出来事は、マリーの理解や想像が及ぶ範疇を遥かに超えてしまう泡沫の夢や幻にも同義だったのかも知れない。
森妖精〈エルフ〉の尊厳とともに切り取られた長耳が治癒し、ざんばらに刈られてしまった無残な髪にも豊かな艶が戻った。
そして、微かな湿りと閉じた秘裂の奥――胸を焦がすほどの好意を寄せる相手に、喪ってしまったはずの初めてを捧げられる瞬間が訪れるなんて、信じられないような幸運が自らの身に舞い込んだことは本当に奇跡としか思えてならない。
どれだけ毎夜のように繰り返されても、決して慣れることのなかったはずの行為にも、思わずとこぼれてしまった苦鳴にさえ、柔らかく後ろ髪を撫でてくれる手の温かさが愛おしいと思えるのは、どこか不思議な感覚ですらあった。
――だから、この頬を伝っていく涙を決して拭いたくないとマリーは思う。
「……痛むなら、少し休もうか?」
そんな気遣いの問いかけに小さくかぶりを振り、「……続けて、欲しいです」と一層に強く抱きつきながら声を絞る。
身体の奥底に疼くような痛みは、それ以上に慈しむような優しさをマリーに懐かせる胸を焦がすほどに熱い感情の交換だった。
それでも、ふと上目遣いに仰いだ横顔に垣間見えてしまったのは隠し切れない苦悩の表情――本当に気を遣わなければいけないのは、こちらの方なのだとマリーは想いを更に強くする。
窮状に陥っていたカルネ村の人々を守るために、攻め寄せてくるリ・エスティーゼ王国の軍勢に立ち向かった心優しい半森妖精〈ハーフエルフ〉の青年は、今このときにも他者の生命を奪ってしまったという“罪の意識”に苛まれ続けているのだろう。
その大きくも繊細な背中に、後押しとなる言葉を投げかけたのは他の誰でもないマリーだった。
いつもは呆れるほどに多くの料理を平らげるはずのユンゲが、村人の好意で準備してもらった精一杯の持てなしまでも避けるように、早々と借り受けた部屋へと戻ってしまったのだ。
その悲壮な気配の滲む後ろ姿を見送ったのなら、疲れていたのだろうなどと簡単に片付けてしまうことはできない。
同じく困り顔となっていたキーファとリンダに頼み込み、その場を何とか辞させてもらったマリーとしては、二人の心配りに報いるためにもユンゲの気持ちを繋ぎ留めたい一心だった。
凍てつくような闇の中に、ただ一つの朧月だけが冴え冴えと浮かび、鳴虫の音色さえも絶えてしまった静かな冷たい冬の夜だ。
せめて、今こうしていられる僅かな瞬間だけであっても、悔恨や葛藤を抱いてしまうことから逃れられたのならと――或いは、その痛ましい心の責め苦を少しでも軽くできるように、ともに背負うことができるようにと心の内に祈りを捧げながら、マリーは自らの全てを委ねるように熱い身体を静かに重ねていくのだった。
*
「――はっ!? お、俺は何を……」
思わずとこぼれた呟きに自ら驚き、アインズは私室の椅子から立ち上がった。
起動していた遠隔視の鏡〈ミラー・オブ・リモート・ビューイング〉の映像を反射的に閉ざし、その場に平伏する勢いで頭を下げる。
「ごめんなさい、ごめんなさい! ――そんなつもりはなかったんです!」
届くはずもない謝罪と言い訳の台詞を口にしながら、何度も頭を下げ続ければ――不意に冷や水を浴びせられたようにして、アインズの思考は落ち着きを取り戻した。
(……精神抑制が働いたのか)
現在の時刻は既に夜半を回っているので、“アインズ当番”の一般メイドも退がらせていたのは幸いだったと秘かに胸を撫で下ろす。
超位魔法〈イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢〉により、五匹もの仔山羊を召喚できたことに気を良くしながらナザリックに帰還したアインズは、どこか浮ついた感覚のままに遠隔視の鏡へと手を伸ばしていた。
カッツェ平野での決戦に先駆けて発生したカルネ村における王国軍との戦いで、意図せずに共闘する形となった“もう一人のプレイヤー”であるユンゲ・ブレッターが、どのように過ごしているのかと何の気なしに考えてしまったのだ。
――或いは、他のユグドラシルのプレイヤーが誰も成し遂げたことのない“最大級の成果”を自慢したいような、そんな子ども染みた感情が生まれていたのかも知れない。
(なのに……まさか、あんな場面を覗いてしまうなんて――)
これまでも時間の空いたときに監視を続けていたことなどは棚に上げつつも、知人の情事を覗き見てしまったことへの罪悪感ばかりが押し寄せてくる。
人間という種族に対するアインズの内に残る感覚は、既に同族意識を持てないほどの矮小な存在になってしまっていたのだが――、一方で同じく“ユグドラシル”を知っているであろうプレイヤーに対する関心は強くあり続けてもいる。
アインズと同じような時期に、この異世界への転移を経験したであろうユンゲは、エモット姉妹やバレアレ家の者たちを始めとしたナザリックと友好関係にあるカルネ村を守るために尽力してくれた。
シャルティアを洗脳した一件への関与が確認されていない現状において、ナザリックに害をなさない限りは、無闇に他のプレイヤーと敵対するつもりはないという当初の方針にも変更はない。
(まぁ、仮に敵対したとしても、ナザリックの脅威にはならないよな。……慢心は禁物だけど、そのときは蘇生実験にでも使えば良いし――)
打算的な考え方の裏に狂気を潜ませながら、それでもアインズの内面に燻るような鈴木悟の残滓は、友人たちと過ごした在りし日の楽しかった記憶を探し求め続けてしまっていた。
疲れを知らない不死者〈アンデッド〉の身体で溜め息をこぼし、やれやれとばかりに大きく肩を竦めてみせる。
そうして、何もない宙空に手をかざしたアインズは、無言のうちにアイテムボックスを開きながら慣れた動作でいくつかの包みを取り出していく。
マローンと呼ばれる大きな葉に包まれた焼き菓子――エルフの携行食として知られる“レンバス”は、未知の遺跡調査の護衛という名目の依頼で、同行の冒険者としてナザリックの地上部を訪れた際に、ユンゲから手渡されたものだった。
その後も帝都に帰還してから近接戦の訓練を兼ねて何度か手合わせする機会があったのだが、その度に好意を無碍にすることもできないままに受け取ってしまったものは、合わせると既に十余り。
飲食のできない身体ではあったものの、礼儀としての感謝を伝えて以来、「モモンさんに喜んでいただけるのなら、と意気込んでしまいまして……」と恐縮するユンゲの傍らには、いつも屈託のない笑顔を浮かべる可愛らしいエルフの少女たちがいた。
不意に、アインズの脳裡を過ぎる白い裸身。
小振りでも張りのある瑞々しい乳房に、細い腰周りへと続く下腹部の滑らかな曲線は、小柄ながらも将来性の高さに期待を抱かせてやまない。
何よりも、思慕の高まりを孕むかのように首筋から胸元にかけて淡い桜色へと染まっていく艶やかな肌の色香は、そうした機能を失ってしまったはずのアインズをしても魅力的に過ぎていた。
遠隔視の鏡を通して眺める淡い闇の中――室内灯が落とされた僅かな月明かりばかりが差し込む悪条件の下にあっても、アンデッドの有する残酷な視野特性は、その羨むような情景を一層と克明に捉えてしまったのだ。
失って久しいはずの心臓が、一つ小さく鼓動を刻むように跳ねた気がした。
「うわぁああああー、ごめんなさい!」
懺悔の叫びとともに、レンバスを払い除けた私室の机を目掛けて頭部を強く打ちつける。
(……あぁ、〈上位物理無効化〉が働いているのだから、ダメージはないのか)
急速に鎮静化された感情の変化に微かな心の疲労を覚えながらも、アインズは無理矢理に頭の中を仕事方面へと切り替える。
ナザリックの支配者たるアインズの為すべき職務を考えたのなら、第一に今回の戦争における同盟相手のバハルス帝国へと赴き、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスに戦勝報告をすることだろう。
その際には国家を挙げての凱旋式を執り行う予定となっているので、儀礼用の豪華絢爛な衣装を選ばんとする一般メイドたちが、やたらと張り切っていたことを思い出す。
アインズの庶民的な感覚としては、今も身につけている神器級のローブで問題はないように思えるのだが、そうした単純なものではないらしい。
(……まぁ、一生懸命に選んでくれるなら、無碍にすることもないよな)
ナザリックの支配者であるアインズをより相応しく着飾るために、真剣な表情で議論を交わしていたメイドたちの様子を思えば、どこか親心にも似た温かい気持ちが溢れてくる。
存在しない口許を綻ばせるようにしながら、ぼんやりと室内に視線を向ける。
(……後は、リ・エスティーゼ王国からエ・ランテル近郊の割譲を受けて、魔導国の建国を宣言すれば大丈夫だよな)
それぞれの領地の境界線や緩衝地帯の取り決めといった細部の調整については、王国側の協力者である“黄金の姫”、第三王女のラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフとデミウルゴスが、持ち前の知謀で詰めてくれているために心配はないだろう。
実際のエ・ランテル統治についても、端倪すべからざる偉大な御方“アインズ・ウール・ゴウン”という傑物の差配により、この世界に転移した当初から進められていたらしい“冒険者モモンを英雄化”する計画が存分に活用できるということなので、全てを任せてしまえば万事問題はないはずだった。
――などと軽い現実逃避に浸りつつ、今回の襲撃で少なくない被害を受けてしまったカルネ村への支援を検討する必要があるな、とアインズは悩ましい思考を振り絞る。
先に呼び出したときの叱責が効いたのか、ユンゲたち“翠の旋風”の来訪や王国軍の接近といった事態の推移に合わせて、適宜しっかりとした“報連相”を心掛けていたルプスレギナの振る舞いを思い返したのなら、NPCたちも設定を超えて日々成長しているということなのだろう。
転移した直後から現状のような未来図をアインズに予測できたはずもないのだが、既にお馴染みとなってしまったデミウルゴスやアルベドたち“ナザリックの知恵者”による深読みに起因する、分不相応な過大評価や綿密な献策を覆すことはできない。
計画通りに魔導国が成立すれば、今後はナザリックの面々ばかりでなく、大勢の国民たちの前においても支配者としての振る舞いが求められることには億劫な思いを感じてしまうものの、気分が乗らないからと自身の役回りを放棄する真似は決して許されないのだ。
(――せめて、友人になれたジルクニフの前では、少しぐらい気楽に過ごしてみたい気持ちもあるんだけどな……)
相手からの提案もあって個人的な友誼を結んだ間柄ではあるのだが、お互いに国家を預かる身となってしまえば、軽々しく交流することは難しいようにも思えてしまう。
もう一度、わざとらしい溜め息をこぼしてみせながら、アインズはやおらと天井を仰ぎ見た。
ユグドラシルでの輝かしい日々が、もう戻ることはないのかも知れないと頭では理解していても、やはり失われた過去を憧憬するような思いだけはどうしても拭い去ることができなかった。
「……こんなんじゃ、駄目か」
自身に言い含めるように敢えて口にしながら、アインズは小さくかぶりを振って考えを巡らせる。
カッツェ平野での決戦において、歴史に残るほどの大敗を喫した王国は、戦死した貴族たちの後継ぎや派閥を始めとした内輪の情勢に収拾をつけるだけでも大きな課題を抱えたことになる。
デミウルゴスの言葉を借りるのであれば、エ・ランテル近郊の割譲が完了するのは、春頃になるという見通しになっているので、アインズが息抜きのために生み出した“モモン”というアバターが、“一介の冒険者”として存在できるのは、この冬が最後となってしまうのだろうか。
(未知の世界を切り開くとか……、本来の“冒険者らしい”ことは、全然できてなかったなぁ)
そうした取り止めのない考えに思いを馳せながら――どこかに愚痴や弱音を吐き出せるような相手はいないものかと――アインズが過ごす物寂しい独りの夜は、静かに更けていくのだった。
アインズ様の“罪悪感ポイント1”を手に入れた。
これにより、ユンゲたちがアインズ様に何か不都合なことをしてしまっても、一度だけなら見逃してもらえる……かも知れません。
-余談-
オバマスでの設定になりますが、“漆黒の剣”ニニャの本名が明かされましたね。
この物語では登場させられないと思いますが、二次創作的にはかなり嬉しい情報になりそうです。
-追記-
先の展開を練り直したくなり、今話以降の投稿分を削除させていただきました。
少し時間がかかってしまいそうですが、気長にお待ちいただけたのなら幸いです。
→ 遅くなりましたが、投稿を再開します。