オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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(46)宴席

「ブレッター殿、次はこっちを支えてくだされ」

 カルネ村に程近い渓流の畔、片肌脱ぎとなった壮年の男――村の数少ない野伏〈レンジャー〉として、長年の経験を持つラッチモンからの呼びかけ。

「了解っす」と気安く応じたユンゲは、弾むような足取りでペリュトンの腹側へと回り込み、指示されるままに逞しい後肢を持ち上げた。

 大鉈を手にしたラッチモンが、既に内臓を抜いた下腹と浮いた太腿の間に身体を滑り込ませ、慣れた様子で関節の継ぎ目を削いでいく。

「へー、見事なものですね」と流れるような手際の良さに、思わずユンゲが感嘆の声をこぼしたのなら、首だけで振り返ったラッチモンが、少しだけ得意気な様子で笑みを浮かべてみせた。

「まぁ、本職ですからね。……とはいえ、こんなに大きな獲物は人生で初めてですが」

 なるほど、と曖昧に受け答えを返しつつ、ユンゲは自身の仕留めた最上級の成果へと視線を下ろす。

 改めて見回したのなら、川沿いの砂地に収まり切らないほどの立派な獲物は、カッツェ平野で蔓延っていた骨の竜〈スケリトル・ドラゴン〉より大きいかも知れない。

 鹿や猪といった獲物の解体であれば、枝に渡したロープ等で吊るしながら行う方法が一般的らしいのだが、目の前のペリュトンの体躯を支えられる適当な梢枝は見つからなかった。

 先に切り外した前肢さえ、村の男たちが三人掛かりで運んでいったほどなのだ。

 トブの大森林の奥地からの道中では、〈フライ/飛行〉と〈ミドル・ストレングス/中級筋力増大〉を駆使しながら無理矢理に担いできた。

 ユンゲの膂力をして空中での姿勢を安定させるには困難なほどの重量であり、血抜きとともに獲物の体温を冷やすための清流に晒した後には、茶褐色の毛皮が多分に水を吸ってしまったので尚更だろう。――都合、横倒しに寝かしたままの体勢でペリュトンの解体を進めることになったのだが、村人ばかりでは作業が捗らなかったため、馬鹿力要因としてユンゲが駆り出されていた。

「良し、これで外れるはず……」

 ラッチモンが小さく息を吐き、不意に支えていた両腕が重くなる。

「――っと、お見事です」

 切り取られた後肢をようやっと掲げるように持ち直し、ユンゲは労いの言葉を向けた。

「……はぁ、これは体力を使いますね」

 苦笑いを濃くして応じるラッチモンに軽く肩を竦めつつも、逸る気持ちを抑えられないままに言葉を返してしまう。

「次はどうします? 胴体の方をひっくり返しましょうか?」

 強靭な皮革を丁寧に剥いだ後は、左半身から順に解体を進めていたので、ペリュトンの右半身にはまだ前脚と後脚が残っている。

 四肢と厄介な角のある頭部を外した枝肉にできれば、取り回しは格段に容易となるだろう。

 極上の獣肉を最高の状態で味わうために、今朝の食事を軽めに済ませているので、こちらの空腹具合も一入なのだ。

 返事を待たないままに、ペリュトンの背側に片手をかけたユンゲは、急かすように目線を送った。

「え、えぇ……よろしくお願いします」

「了解しました!」

 威勢の良い掛け声とともに力を込め、巨体を引き寄せて強引に倒れる向きを変えてしまう。

 ズンッと軽い地鳴りにも似た衝撃――数瞬の間を置いて、周囲の村人たちから上がったのは、感嘆とも驚愕ともつかない響めきだった。

「早いとこ済ませて、皆さんで焼肉パーティーにしましょう!」

 疲労を滲ませるラッチモンの戸惑いは、食い気に盛ったユンゲの熱量を前にして覆い隠され、ただ清らかな渓流のせせらぎだけが耳に心地良い調べを奏でていた。

 

 解体作業の大まかな手伝いを終えたユンゲは、カルネ村の中央に位置する広場へと足を運んだ。

 村人全員を集めた宴席を催すのなら、やはり事前の準備は欠かせない。

 料理の仕込みには、ユンゲの出る幕がないので空いた時間で先に会場を整えてしまいたいと、適当な長さに切り揃えてきた薪を手に取り、少し頭を悩ませつつも井桁を組むように積み上げていく。

 焚き火を起こすときには、空気の取込み口を確保することが大切だとか、そのような類いの話だったはずだ。

「……とりあえず、こんなもんかな?」

 記録映像の中にしか知らないキャンプファイヤーではあったが、薪の段数を背丈ほどに重ねていけば、それなりに見映えもしてくる。

 例え組み方が不出来であったとしても、仕上げにンフィーレアから貰った錬金術油を回しかければ、一応は問題なく燃えてくれるはずだ。小さな安堵とともに、ユンゲの口から溜め息がこぼれる。

 額に浮かんだ汗を袖口で拭いつつ、ふと何気なく視線を巡らせれば、一足先に集まってきた年少の子どもたちが、期待に瞳を輝かせるようにこちらの様子を窺っていた。

 リ・エスティーゼ王国による理不尽な襲撃以来、この村には明るい話題が乏し過ぎたのだろう。

 軽く片手を振りながら応じたユンゲは、やおらと高い空を仰ぎ見た。

 朝方から頭上を覆っていた雲は、幸いにも雨や雪を降らせることなく流れていき、中天を跨いだ陽がやんわりとした麗かな光を注いでくれている。

「……君たちも手伝ってくれるか? そこの薪柴をこっちに運んで欲しいんだ」

 遠巻きにしていた子どもたちに呼びかければ、顔を見合わせつつ最初に手を挙げてくれたのは、あの日“小さな英雄”になった男の子だった。

 任せてよ、と声を弾ませながら駆けてくる元気な坊主頭を見遣り、ユンゲは口許を綻ばせる。

 いつもなら凍えるほどに冷たい吹き下ろしの寒風も、このときばかりは少しも気にはならなかった。

 

 *

 

 やがて、西の空に僅かな朱が差し始めようとする頃――四方からの篝火に照らされた広場には、各班の仕事を早めに切り上げ、続々と寄り集まってくる村人たちの姿があった。

 未知の脅威に怯えていた昨夜の様子とは異なり、幾分か落ち着きを取り戻したらしい顔つきには、安堵とともに湧き上がる興味を隠し切れない喜色が浮かんでいる。

 大きな丸木を縦に割って寝かせただけの簡素な長机の上に、所狭しと並べられた“幻”の食材――丁寧に切り分けられた、見るからに極上の塊肉を横目にしつつも、小さく息を飲む気配。

 呆気に取られたような村人たちの目線の先では、迫りくる夜の帳を押し返さんばかりに燃え立つ炎の柱を背景にして、大振りに過ぎる枝角を有した異形の頭部が鎮座している。

 赤々とした火に舐られるペリュトンの凶相は、憤怒に滾る悪魔を模したような有様であり、この場面だけを切り取れば、異界の邪神を祀る儀式のように見えたかも知れない。

 それでも、ペリュトン討伐の一件については、村長であるエンリを通して事前に周知してもらっているので、怖ろしい様相の頭部を前にしても村人たちに大きな混乱はないようだ。

「こんな獲物を仕留められるなんて――」などと驚嘆するような声音とともに、遠慮がちに向けられる羨望を孕んだ眼差しが、ユンゲには少しだけ誇らしくも面映い。

 ふと視線を落とせば、傍らのキーファが笑い堪えるように小さく肩を震わせていた。

 その茶目っ気のある横顔を見遣ったのなら、こちらの内心は見透かされているのだろう。

 こぼれそうになる溜め息を何とか押し留めたユンゲは、誤魔化すようにキーファの頭を強めに撫でつけた。

「……むぅ、もっと優しく!」

 大袈裟に頬を膨らませてみせるキーファからの抗議に、軽く肩を竦めながら顔を持ち上げれば、小走りに広場へと現れた華奢な少年――ンフィーレアの姿。村人たちと談笑していたエンリが話を切り上げ、待ちかねていたように駆け寄っていく。

「あれ、リイジーさんはどうしたの?」

「えぇーっと、お婆ちゃんは研究で忙しいから来ないってさ」

「そう……じゃあ、皆も揃っているし、そろそろ始めちゃっても良いのかな?」

 短く交わされる言葉からは、どこか疲れているようなンフィーレアの印象だったが、エンリに顔を近付けられたことで頬を染めている様は、何となく微笑ましいものだ。

 二人の話題に上がっている人物は、ンフィーレアの祖母であり、“エ・ランテル最高の薬師”として名声を得ていたリイジー・バレアレだろう。

 紹介を受けてユンゲも一度だけ挨拶を交わしたときには、随分と孫煩悩な印象を見受けたものの、一日の大半を自室での研究に費やしているらしく、村内でも顔を合わせることの稀な存在だった。

 いつの頃だったか、エ・ランテルにおいて腕利きの薬師が拠点を移してしまった影響から、都市内のポーションが品薄になっていた時期があった。今にして思い返せば、件の薬師とはリイジーやンフィーレアのことを指していたようだ。

 そうした折には、冒険者組合へと持ち込んだ薬草類が、かなりの高値で買い取ってもらえたものだが――不意に、いつも応対してくれた受付嬢の笑顔がユンゲの脳裡を掠めた。

 この異世界に転移して間もない頃から、何くれと世話を焼いてくれた、謂わば“恩人”のような女性が、どのように過ごしているのかと気に掛かる。

 

 こちらの事情や言い分はどうであれ、リ・エスティーゼ王国の正規軍――それも、“第一王子”バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフの率いる部隊と一戦を交えたという情報は、既にエ・ランテルの冒険者組合でも知れ渡っていることだろう。

 実地調査の依頼で送り出したはずの冒険者チームが、組合の掲げる“国家間の政治や戦争に関わらない”という基本理念に背いた事実を思えば、相当な迷惑をかけてしまったことは想像に難くない。

 好々爺然とした面倒見の良い組合長のプルトン・アインザックも含めて、下手にユンゲを庇うような真似はせずに、切り捨ててくれていたのなら幸いだが――、

(……いや、除名くらいで済むはずもないか)

 高圧的に怒鳴りつけていた王国軍からの使者は、開門の要求に抵抗したカルネ村の行動を反逆と断じて、火矢による攻撃を仕掛けてきた。

 バルブロの眼前に相対したユンゲが、「冒険者は廃業」などと宣言したところで、所属していた組合への追及を取り止めてくれるとも思えないのだ。

 反逆行為に加担した責任を問われた冒険者組合が、どれほどの無理難題を突きつけられる事態になってしまうのかと知ることはできない。

 何の気なしに溜め息がこぼれ、その思いがけない大きさに自身で驚いてしまう。

「……ユンゲ、大丈夫?」

 気遣うような声音とともに、こちらを見上げてくる野葡萄色の視線。

 心配そうに小首を傾げるキーファに苦笑を返しつつ、ユンゲは小さくかぶりを振った。

「……っと、問題ないよ」

 暗澹と沈みそうになる気持ちを切り替えるため、努めて軽い口調で言葉を続けてみる。

「――というか、リイジーさんも祭りのときくらいは顔を見せても良いのにな」

「……うん、折角のご馳走だもんね!」

 こちらの意図を察したキーファが話題を変えて、いつもの快活な笑みをユンゲに向けてくれる。

「そうそう、なんたって帝都アーウィンタールでさえ手に入らない“幻の食材”だ。腹いっぱい食べとかなきゃ、絶対に後悔するよな!」

 無理矢理に口許を持ち上げながら応じれば、意識しないままに声が大きくなっていたらしい。小さく肩を震わせたエンリが、何事かと驚いたようにこちらを振り返っていた。

 お気になさらず、と内心の平静を装いながら、ユンゲは軽く手を払ってみせる。

 そうして、頭上に疑問符を浮かべながらも、曖昧な頷きを返してくれたエンリを半ば強引に広場の中央へと促していく。

 詰めかけた村人たちは傍目にも高揚し、祭宴の始まりを告げる挨拶を今か今かと待ち侘びているのだ。有耶無耶の内に進み出されたエンリの姿に、さっと皆からの視線が集まった。

「よっ、族長!」

 そんな気安くも親しみのある呼びかけが飛び交い、一瞬だけ表情を険しくしたエンリも、やれやれとばかりに小さな溜め息を吐いてみせる。

 持ち上げられた顔は、苦笑いながらも少しだけ晴れやかだった。

 すっかりと元通り……にはなるはずもないが、以前の活気が僅かでも戻りつつあるカルネ村の光景を前に、ユンゲはやおらと頭上を仰いだ。

 色鮮やかな朱に染まった紗幕の向こう、ぷあぷあと瞬き始めた小さな星たちの輝きを眺めながら静かに想いを馳せる。

 

 ――村に迫っていた脅威は去りました。今夜くらい、思いっ切り楽しんでしまいましょう!

 

 どこか不思議な響きを湛えるエンリの言葉に耳を傾けつつ、ユンゲの頬は無意識の内に緩んでいくのだった。

 

 *

 

「……ん、ペリュトンの角をですか?」

「えぇ、どのような効能があるかも分からないのですが、滅多にない機会なので色々と試してみたいのです!」

「えーと、別に構いませんよ。俺は“こっち”で満足なんで……」

 勢い込むンフィーレアに気圧されつつも、ユンゲは手にしていた大振りの骨付き肉を掲げてみせた。

 丁寧に焼き上げられ、芳ばしく香り立つ垂涎の逸品に勝るものなどない。

 本当ですか、と声を弾ませるンフィーレアに向けて、「流石に、角までは食べられませんからね」と冗談めかせつつ、とろりとしたたってきた脂を指先で抄い上げたユンゲは、行儀も気にしないでぺろりと舐め取る。

 たった一雫だけでも舌の上に広がる濃厚な旨みは、噂に違わない極上の美味だ。

「――でも、動物の角が薬になるのですか?」

「そうですね……例えば、若鹿の生え始めた角は滋養強壮に効くとか、解熱や鎮静作用のある種類なんかも知られていますね」

 何から試そうかな、と前髪の奥に隠れがちな瞳を輝かせているンフィーレアは、既に心ここにあらずといった様子だった。

 食欲に忠実たらんとするユンゲには信じられないことだが、ペリュトンの枝角という稀少な素材を手にしたことで、“薬師”としての血が騒いでしまうのだろうか。

 川辺で剥いだ皮革なども素材としては貴重らしいのだが、差し当たって食べられない部位なので、ユンゲは関心を持てないでいる。

(ゲーム的に考えれば、新しい装備を作ったりするところか? ……まぁ、村で防寒用とかに役立てて貰えたら良いよな)

 ぼんやりと思考を巡らせながら骨付き肉に齧りつけば、途端に溢れ出してくる肉汁に、一瞬で心を鷲掴みにされてしまう。

 どこか癖になる野性味とともに、ほんのりと甘みも感じられる堪らない味わいは、帝都が誇る最高級の料亭にも引けを取らないはずだろう。

「ただ焼いただけで、これだもんなー。マリーたちの作ってくれる料理が楽しみだ」

 思わずと期待の言葉を口にしながら、大樽で持ち込んでいたエールのジョッキを一息に傾ける。

 魔法詠唱者でもあるンフィーレアに頼み、生活魔法の〈クール/冷却〉で程良く冷やしてもらった酒精が、一気加勢に喉元を駆け抜けていく。

 得も言われない心地良さには、我知らずと呻きがこぼれてしまうが、これは世の中の真理だろう。

(ペリュトンか……この近くにもう二、三頭いてくれないかな)

 だらしなく口許を綻ばせたユンゲが、そうした取るに足らない考えを思い浮かべていたときだった。

 

 不意に打ち鳴らされた一つの甲高い鐘の音――、極上の肉に舌鼓を打っていた村人たちの賑やかな喧騒が、波の引かれるように去っていく。

 満面の笑みが方々で強張ってしまう有様に、ユンゲが胡座から腰を浮かしかけたところで、再びの鐘の音が耳朶を震わせた。

 間隔を開けた二度の鳴鐘は、来村者の存在を報せる合図として事前に取り決められている。

 ――少なくとも、王国軍による再来襲ではない。

 その認識が安堵とともに伝わり、広場に集まった村人たちから、ふと気の抜けたような溜め息が重なった。

 腰の剣帯に手を伸ばしかけていたユンゲもまた、周囲の者と倣らうように軽く息を吐いて緊張を解く。しかし、間もなく日も暮れようとする刻限に、辺境の開拓村を訪れるのは、どのような手合いだろうか。

 少しばかりの興味を惹かれて視線を返せば、いち早くに“村長”であるエンリが正面門の方へと歩き出しており、油断なく帯剣したジュゲムとカイジャリの姿も続いていた。

「――ちょっと、僕も失礼しますね」

 申し訳なさそうに立ち上がったンフィーレアが、小走りで後を追っていくのを見送りつつ、ユンゲは追加のエールを手に入れるために踵を返す。

 村の代表者であるエンリが出迎えたのなら、とりあえずは問題にならないだろう。

(……真面目な護衛もいることだしな)

 大半の村人たちもユンゲと同様の考えらしく、沈黙を嫌うように楽しげな笑いの輪が広がっていく。

 苛酷な境遇にありながらも、懸命に前を向こうとする姿勢には、敬意を覚えずにいられないのだ。自身の小さな行いが、僅かながらでも助けとなるのなら本当に喜ばしいことだろう。

 黄昏の薄暗さを吹き飛ばすほどの、明るい雰囲気に満ちた広場の中を敢えて大回りしながら、ユンゲは柄にもない思いを抱いてしまう――と、

 

「おっほー、なんだか賑やかでごさるなー!」

 

 突然、どこかで聞き覚えのある歓声が響き渡ったのだった。

 

 




最近の情勢的に長らくご無沙汰ですが、久しぶりに焼肉やBBQとかがしたくなりました。気兼ねなく過ごせる日常が、早く戻ってきてほしいものですね。

-冒険者組合-
とある筋からの噂では、「規約違反者を暗殺する部隊」を抱えているらしい……という“勘違い”フラグを立てつつ、次回に続きます。
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