オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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(51)言伝

 緩やかに伸びた街道の向こうには、堅固な城塞都市〈エ・ランテル〉の威容――外観に大きな変化は見られないが、リ・エスティーゼ王国の誇った交易と防衛の要衝も、現在は新たに成立した“アインズ・ウール・ゴウン魔導国”の首都として機能している。

 春先の建国から既にニヶ月余り、麗かな昼下がりの城門前には、多くの荷馬車や旅装した人々の姿が確認できる。

「……随分と盛況みたいだな」

「そのようですね。急ぐのであれば、南門に馬車を回しましょうか?」

「いや、大丈夫だよ。初めての奴らとは別案内になるはずし、そんなに時間もかからないだろ?」

 御者台から振り返っていたリンダが、「了解しました」と微笑みを返し、行列の最後尾へと馬首を向けてくれる。

 いつもながらの見事な手綱捌きに感心しつつ、ユンゲは心地良い揺れに身を任せて何とはなしに視線を巡らせた。

 東側の城門に詰めかけている訪問者の多くは、欲の皮が張った商売関係の連中だろう。

 見るからに商魂の逞しそうな顔つきの髭面から、行列の方々に誘いをかける派手な装いの女性たち、伝え聞く噂に不安を隠し切れない様子の小間使いの小僧まで、様々な思惑や表情が交錯していた。

 王国領からの変遷期には少なからず混乱もあり、一時は都市内の食料品等が不足しかけたこともあったが、そうした事態が間もなく落ち着けば、我先にと新たな機会を掴み獲ろうと大勢の人間たちが集まってくるものだ。

 もっとも、こうした人々の交流が見られるのは、同盟関係にあるバハルス帝国領の方面からに限られている。

 魔導国と明確に敵対する王国側からの流入は皆無であり、南に位置するスレイン法国との交易も未だに散発的なものに留まっていた。

 そうした情勢を踏まえれば、来訪者の集中しやすい東門を避けて南門へと遠回りした方が、却って入場に時間をかけないで済むのかも知れない。

(それを見越してのリンダの提案だろうけど……まぁ、急ぐような依頼もないはずだしな)

 目的であったリンダとマリーの第三位階魔法の行使については、ともに上々の成果を得ることができ、新たな魔法の習得にも意欲的だ。

 諸々の事情から冒険者組合は開店休業のような状態にあるのだが、幸いにして“翠の旋風”の懐具合には余裕もあるので、暫くは魔法の研鑽などに時間を割いてみるのも悪くないだろう。

 そうして、ぼんやりと思いを巡らせていたユンゲは、不意に喉元へと込み上げてきた欠伸を堪えつつ何の気なしに頭上を仰いだ。

 日に日に夏めいてきた空は鮮烈な青に染まり、照りつける陽射しも益々と強い。野営からの汗ばんでいた肌には、吹き抜けていく風が涼やかだった。

 転移前の管理された生活環境の中では意識を向けることもなかったので、季節が移り変わる早さには少しばかりの驚きも覚えてしまう。

「……これから、暑くなるんだろうな」

 ゆっくりと流れていく白雲の行方を目で追いかけながら、ぽつりと呟やいてみれば、何故だか小さな溜め息がこぼれるのだった。

 

 *

 

 市街区の大通りを擦れ違っていった死の騎士〈デス・ナイト〉に一瞥をくれつつ、ユンゲは奥の路地へと足を向ける。

 昨日まで散々と戦っていたカッツェ平野に蔓延るアンデッドの群れとは全くの別物だと理解はしていてるものの、やはり街並みの中に映る異形の姿には違和感を拭えない。

 遊びに駆け回っている子どもたちは気にする素振りもないが、やや遠巻きにしている者たちはアンデッドに忌避感を覚えているのだろう。

 ユグドラシルの世界観を思い返しても、人間種と異形種の暮らす街は明確に区分されていたこともあり、半森妖精〈ハーフエルフ〉という人間種に属するユンゲにとって、フィールドで遭遇するアンデッドは常に敵対関係であった。

 既に懐かしさまで覚える同僚の昔語りでは、ユグドラシル内で“異形種狩り”と呼ばれるPK行為が横行していたとも聞いている。

 最初に選んだ姿形が違うだけでも、プレイヤー同士は対立していたのだ。

 この世界における人間種とアンデッドが本当の意味で別の種族であることを考慮したのなら、一つの都市内でともに生活しているエ・ランテルの現状は何とも異質なものだと感じてしまうのも無理からぬことだろう。

「――なかなか見慣れませんね」

「そうだな、いきなり襲われることはないんだろうが……どうした?」

 ふと傍らのマリーが足を止めていたことに気付き、ユンゲは軽く振り返って肩を竦めてみせた。

「……あの、街中で新しいアンデッドが生まれてしまう、ということはないのでしょうか?」

「確かに……これだけ強力なアンデッドが集まっているとなれば、発生の条件を満たしているようにも思われますね」

 疑問符を浮かべたマリーの言葉を引き取り、思案顔のリンダが口許に手をやりながら同意を示す。

「あぁ……なるほど。上位のアンデッドが発生しないように、下位の骸骨〈スケルトン〉や動死体〈ゾンビ〉とかを早めに退治する、って話だったな」

 二人の懸念に合点がいき、ユンゲは一つ頷きを返す。エ・ランテルの共同墓地やカッツェ平野において、定期的なアンデッドの間引きが実施されていた理由も同様のはずだった。

 街中で見かけるデス・ナイト程度であれば、ユンゲでも対処に困ることはないだろうが、更に上位種が現れたのなら面倒な事態になりかねない。

「――でも、この街を治めてるのは“魔導王陛下”なんだし、大丈夫じゃない? どんなアンデッドだって、言うこと聞いてくれるでしょ」

 こともなげに言い放ったキーファが、不思議そうな面持ちを浮かべながら、皆の顔色を窺うように小首を傾げてみせた。

 あまりにも屈託のない台詞に、思わずとリンダやマリーと顔を見合わせつつ、それぞれが苦笑いに口許を綻ばせる。

「まぁ、確かにな。俺たちが心配しても仕方ないか……何かあれば、モモンさんもいるしな」

 小さく息を吐いたユンゲは、キーファの頭へと手を伸ばし、栗色の髪を梳くように撫でつける。

 生身の人間が異形の存在であるアンデッドと相容れることは、本質的に難しいのだろう。

 それでも、目立った混乱もなく魔導国が機能しているのは、エ・ランテルの人々から絶大な信頼を寄せられている“漆黒の英雄”モモンの献身に支えられてのことだ。

 ユンゲ自身も密かな憧れを抱いているように、清廉潔白たる英雄像を正しく体現する彼が、相容れないはずの両者の間を取り持つことで、社会の体裁は保たれている。

(……それに、あの方も無意味に人間を苦しめることはしないだろうしな)

 カルネ村でのエンリやネムたちから慕われていた姿とカッツェ平野での大虐殺を引き起こしたという残忍な風聞――真っ向から相反する印象を上手く結び付けられないのだが、直に顔を合わせて言葉を交わしたときの記憶から“魔導王”アインズ・ウール・ゴウンは決して対話のできない相手ではないとユンゲは考えていた。

 

 *

 

「――とりあえず、宿に戻って休もうか。そんで、たっぷりの美味い飯と酒で第三位階魔法習得のお祝いにしよう!」

「さんせーっ!」

 いつものように真っ先に手を挙げてくれるキーファとハイタッチを交わしたユンゲは、勢い任せに連れ立って歩き出す。

「燻製や干したのも悪くはないけど、やっぱり新鮮な肉と魚は欠かせないよな」

「焼きや煮込みに……あぁ、蒸したのなんかも良いね。ふわふわの蜂蜜パンも久しぶりに食べたい!」

 背後で苦笑を深めているであろうリンダとマリーを振り向かないようにしつつ、どんな料理や美酒が相応しいかと熱い議論を交わす。

「買い置いてる酒樽もあるけど、エールとかは出来立てのが必要だな」

「そういえば、入場待ちのときにレインフルーツを積んだ馬車がいたよね。どっかのお店に卸してるのかな?」

「そうなのかっ!? なら、急いで宿に荷物を置いて探しに行こう!」

 思いがけないキーファの言葉。

 何故、自分は気付くことができなかったのだ、とユンゲは無意識の内に足を早めた。

 帝都アーウィンタールで初めて口にして以来、この世界でも指折りのお気に入りとなった果実の名を喉元で反芻する。

 楕円形のゴツゴツとした大振りな緑色の外見も、皮を剥けば現れるのは瑞々しいピンク色の果肉。爽やかな柑橘系の香りと濃密な甘い果汁を舌が求めていた。エ・ランテルでは滅多に出回ることのない希少品なので、機会を逃してしまっては一大事だ。

 青果店なら市場のどの辺りだろうか、などと思いを巡らせながら路地をまがりかけ――、不意の怖気にユンゲの背筋が震えた。

 

 後ろ手に括られた艶やかな黒髪と鮮やかなコントラストをなす、珠のように白く張りのある素肌。高い鼻梁と整った桜色の口唇は、思わずと感嘆の声がこぼれてしまうほどに精巧で美しい。

 しかし、黒曜石を思わせる切れ長の瞳は苛立ちの色を隠そうともせず、刺すように鋭い眼差しを向けられたのなら、下手な欲望が身を滅ぼすことは何よりも明らかだった。

「――っ、ご無沙汰しています。ナーベさん」

 突如として目の前に現れた美貌の女性を見止め、やや狼狽しかけたユンゲではあったが、辛うじて平静を取り繕いながら呼びかける。

 何故これほどまでに苦手意識を感じているのかと不思議な思いはあるものの、最高位アダマンタイト級の冒険者にして、モモンとともに名声を欲しい侭とする“美姫”ナーベとの邂逅に、悲鳴を上げなかっただけでも、ユンゲは自身を褒めてやりたい気分だった。

 それでも、返ってきたのは耳朶をはっきりと震わせるナーベの舌打ち。

 捕食者を思わせる零下の視線に居心地の悪さを覚えつつ、思考を巡らせる。

 いつにも増して不機嫌そうに見えるナーベが凛とした姿勢で佇立するのは、ユンゲたち“翠の旋風”がエ・ランテルで贔屓にしている常宿の前――、

「……えっと、俺たちに何か御用でしたか?」

「…………モモンさんからの言伝です。明日、魔導王陛下との謁見が成るとのこと。必ず、四人で揃って来なさい。――以上です」

 玲瓏たる声音で言い差したナーベが、さらりと踵を返してしまう。

「えっ、あ……あの」と戸惑うユンゲたちを一顧だにせず、要件は済んだとばかりに歩き去っていく優美な後ろ姿。

 何もかもが唐突に過ぎる事態には、誰一人として疑問の言葉を挟む余地すらなかった。

 

「……つまり、どういうことなんだ?」

 呆気に取られながらナーベの華奢な背を街の雑踏に見送り、たっぷりとふた呼吸ほどの時間を置いてから、ユンゲはようやくと口を開いた。

「魔導王陛下との謁見……?」

「えっと、カルネ村でお話しされていた件でしょうか?」

「そういや、前にルプスレギナさんから言われた気もするな。首を洗って待ってろ……とかなんとか」

 やや不安そうなマリーの言葉に冬頃の記憶を探りつつ、ユンゲがやおらと視線を巡らせれば、キーファとリンダも困り顔を浮かべている。

「それにしても、いきなり明日なんて随分と急な話だね。こっちにも心構えというか――」

「ここ数日は宿屋に戻っていなかったですし、カッツェ平野に遠征することも冒険者組合に連絡していなかったので、もしかしたら……」

「あー、ずっと待たせちゃってたのかもね。だから、あんなにイライラしてたのかな?」

 小さく腕組みをしたキーファが、「うーん」と可愛らしく頭を悩ませるが、仮にこちらの与り知らないところで不満を覚えられていたのであれば、対処の仕方がないだろう。

 他人を寄せ付けないナーベの振る舞いを思い返したのなら、いつもと変わらない様子にも見受けられたのだが、冒険者組合に所在の報告くらいはするべきだったか。

 しかし、現在の機能していない状況を鑑みると拠点を移すことさえ検討したくなるのだから、あまり気乗りはしない。

(……ていうか、具体的な時間や場所すら指定されていないな。何か訊き返すような余裕もなかったし……ったく、街中のアンデッドより心臓に悪い)

 エ・ランテルのために奔走するモモンの多忙は理解するが、もう少し普通に会話のできる伝言役はいなかったのだろうか、と思わずにはいられない。

 しかしながら、モモン以外に愛想良くしてる印象の薄いナーベではあっても、一方的に辛辣な態度で接する相手は、ユンゲばかりに限られている気もするので何とも反応に窮してしまうところだ。

 それなりに気を遣っているつもりなのだが、同僚から譲り受けた装備の出所をはぐらかしたり、何度か模擬演習でモモンに付き合ってもらったことが、やはり良く思われていない要因なのだろうか。

「まぁ、モモンさんの顔を潰すことはできないし……何にせよ、明日の予定を考えないといけないみたいだな」

 一つ大きな溜め息を吐いてから、ユンゲは大袈裟に肩を竦めてみせた。

「そうですね。先ずは身嗜みから整えないと――」

 両手をぎゅっと握り締めて意気込むマリーに、何やら説教めいた気配を感じて一歩を後退る。

「いや、でも……とりあえずは休んで飯にしようぜ。皆も疲れてるだろ?」

「大丈夫です! 何か失礼があってはいけませんからっ!」

「レ、レインフルーツが……」

「すぐには売り切れないですよ。さっ、早く準備しましょう!」

 殊更と元気に言い切ったマリーが、ぐいっと身体を寄せてユンゲの袖を掴み取り、有無を言わせないままに宿屋へと引っ張っていく。

 早々に無駄な抵抗を諦めて漫然と頭上を仰げば、やはり夏めいてきた晴れやかな青空。

 遠くアゼルリシア山脈の向こうへと流れる綿菓子のような白雲を見つめ、小さく溜め息がこぼれるのだった。

 

 




何かと空を見上げたり、肩を竦めがちな主人公。
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