オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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-前話の補足-
この物語ではエルヤー率いる“天武”が遺跡に侵入しておらず、奴隷エルフがナザリックの傘下になっていません。
そのため、現地のエルフに関する情報が原作よりも不足している現状です。


(53)思違

「……なるほど、左右で異なる瞳の色は森妖精〈エルフ〉王族の証なのか」

 すっかりと恐縮してしまったリンダの説明を横から聞きつつ、ユンゲは呟くように相槌を打った。

 魔導王“アインズ・ウール・ゴウン”との謁見の場において、仲間たちが唐突に膝を突き始めたときは何事かと焦ったものだが、その理由を知れば納得もしてしまう。

 魔導王から“友人の子”として紹介されたアウラとマーレは、そっくりな容姿を持つ双子の闇妖精〈ダーク・エルフ〉であり、ともに“王族の証”とされるオッドアイを持っていたのだから、彼女たちがあのように驚いてしまったのも無理はない。

「……先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

「いやいや、構わないとも……こちらの配慮が欠けていたようだ」

「いえっ、滅相もありません」

 謝罪の言葉を口にしたリンダが深々と頭を下げても、アインズは鷹揚に笑ってみせるだけである。

 当のアウラとマーレも幼さ故にあまり関心がないらしく、魔導王の傍らで頭を撫でられながら幸せそうに頬を緩めているばかりだ。

(……魔導王の友人、か)

 誰しも気を悪くした様子が見受けられないのは救いだが、ユンゲの中で生まれてしまった懸念は膨らんでいく。

 

 絶対の支配者たる魔導王の友人となれば、相手方も相応の身分だと思われた。

 先の戦争で魔導国と同盟関係を結んでいた、バハルス帝国を統べる“鮮血帝”ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスとも懇意であることは広く喧伝され、市井でも周知の事実だ。

 そうであれば、目の前であどけなさをみせているアウラやマーレの“親”であり、エルフの王族に連なるはずの人物もまた同様だろう。

(もしかしたら、王様……本人って可能性があるかも知れないな。……いや、その辺りの事情は別にどうでもいいか)

 逸れかけた思考とともに小さく息を吐き捨て、ユンゲは気を取り直すように思考を巡らせた。

 マリーたちの故郷である森妖精の王国は、隣接するスレイン法国と長年に渡って戦争状態が続いている。その戦線へと動員されてしまい、敗れて虜囚の身となったことが、彼女たちの悪夢の日々の始まりだったと話をしてくれた。

 それから紆余曲折を経て、ようやくと奴隷の境遇から解放されたときの光景――故郷まで送ることを提案したユンゲの言葉に酷く動揺をみせ、溢れそうな涙を堪えていた姿が脳裡に過ぎっていく。

 思わずと抱き留めてしまった華奢な身体の震えに、不安を隠すことのできない上目遣いの眼差し。

 自身の考えなしの行為に焦りつつ、何かしなければと捲し立てた下手な誘いの台詞に、戸惑いながらも頷いてくれた儚げな笑み。

 胸の内に広がっていった心地良い熱と甘い香り。

 ――今更、手放すつもりはない。

 真っ先に確かめるべきなのは、故郷における彼女たちの扱いがどうなっているのか、という一点だ。

 捕虜や奴隷として過ごしていた期間はともかくとして、戦線に復帰することなく、冒険者稼業をしている現状がどう判断されるのか。

 両国の戦争の趨勢に明るくはないが、捕虜となり、奴隷となった同族の娘たちを救出するだけの力もない森妖精の王国に過分な期待はできない。

 自由の身となったことを幸いに、再び徴兵しようとする面倒な事態にならないとも限らないだろう。

(いざとなれば、俺の奴隷ってことにして要求を無視するのも……いや、それはできないな)

 例え“身振り”だけだとしても、ようやくと陰の薄れてきた彼女たちの古傷を抉るような真似は絶対にしたくない。

 

 そもそも遥かに南方のエイヴァーシャー大森林で暮らしているはずのアウラやマーレが、どのような理由から遠く魔導国を訪れているのか。

 その辺りに事態を読み解く糸口はないだろうか。

(……仮に戦況が考えている以上に悪いとして、俺ならどうする? 独力で勝つ見込みがないのなら、味方を集めるしかないよな)

 相手は“人間史上主義”を掲げ、同じ人間種であるはずのエルフさえも排斥しているスレイン法国だ。

 その教義に照らせば、異形種たるアンデッドを王に戴いた魔導国と相容れるとは思えない。

 敵の敵は味方――そう端的に捉えたのなら、場凌ぎの同盟相手として、エ・ランテルを本拠とする魔導国はうってつけかも知れない。

 地理的にも敵方を南北から挟み込める位置に存在するのだから、利用しない手はないはずだ。

 そう考えたのなら、魔導国の助力を得る目的で、友好を示すために森妖精の王国から使者を派遣するのは自然な流れ、といるかも知れない。

 そうした大役を担うため、王族に連なるアウラとマーレが選ばれたとすればどうか。

 一国を背負う使者にしては些かも若年に過ぎる人選だが、事実上の人質という意味合いがあるのだと考えれば納得ができる面もある。

 そして、あらゆる面で規格外な力を有した魔導国の協力を仰げたのなら、勝勢は大きく森妖精の王国へと傾くことになるだろう。

「…………っと、ん?」

 それらしい推察が浮かぶとともに、ユンゲの中では別の疑問が生まれてくる。

 改めて考えてみれば、魔導国の圧倒的な力を目の当たりにした上で、森妖精の王国がユンゲたち“翠の旋風”を戦力として期待することはないはずだ。

 それは魔導王という国家の最重要人物との謁見にも関わらず、武器の所持を許されている現状が何よりの証明になっている。

(マリーたちを徴兵する、っていう線は……流石に薄そうだよな。なら、何で俺たちはアウラやマーレと引き合わされたんだ?)

 カルネ村での功績を労うためという名目はあるのだが、一介の冒険者チームを魔導王が自らもてなすほどの厚遇にはつり合わないだろう。

 やはり、この場でエルフの王族と引き合わせることを本来の目的にしていたと考えるのが筋なのだろう――と、

「……どうされたかね、ユンゲ殿?」

 上手くまとまらない思考が、不意の呼びかけに霧散する。

 

 ふと顔を持ち上げれば、問いかけたアインズだけではない――アウラとマーレが揃って小首を傾げ、退がっていたルプスレギナの訝るような気配が背後から注がれ、傍らではキーファとリンダ、マリーが躊躇いがちな上目遣いを向けていた。

 皆の視線を集めていたことに気付かされ、ユンゲは咄嗟に息を呑んだ。

 魔導王を目の前にしながら、余計な思考に没頭し過ぎていたかも知れない。

 周囲から刺してくる不穏な寒気は、不敬を咎める類いのものか――。

「…………えっと、申し訳ありません!」

 慌てて頭を下げてはみるが、続けるべき言葉が喉元から出てこない。

 顔を上げるまでの僅かな時間さえも惜しく、額に冷たい汗が滲んでいく。

(――せめて、何か喋らないと……ん?)

 焦りばかりで気の逸る視界の端――傍らから伸ばされた小さな手が、そっと寄り添うように袖先を掴んでいた。

 ふと視線を持ち上げれば、こちらを気遣う澄んだ碧の瞳に映り込むのは、判決に怯える罪人のように青褪めた半森妖精〈ハーフエルフ〉の情けない姿。

(……何を躊躇ってるんだ、俺は)

 ようやっと肩を竦めてみせながら、ユンゲはさっと手首を返す。

 自嘲が口許を歪ませ、浮かんでいた顔が強がりな笑みを形作っていく。

 少しだけ震えていた小さな手を取り、優しく宥めるように指先を絡める。

 当たり前の戸惑いに努めて無視を決め込みながら受け流し、ユンゲは一つ小さく息を吐いた。

「……っ、失礼しました」

 そうして、謝罪の言葉とともに姿勢を正し、玉座の魔導王へと向き直る。

 落ち窪んだ眼窩に揺らめく真紅の鬼火――圧倒的な強者の風格を備えた異形の王を前に本能が怖気づきながらも、固く握り締めた手にギュッと力を込めて言葉を紡ぐ。

「――ゴウン様。森妖精の王国の方々と交流を持たれているのは、スレイン法国との戦争が関係しているものと浅慮いたします。……ですが、誠に勝手な願いながら今回の件は、俺たちには無関係とさせてください。かつては祖国のために戦った彼女たちですが――今は、俺とともに歩いてくれています。勿論、大切な仲間たちと離れるつもりもありません。何卒、俺たちの意志を尊重し、寛大なご配慮を賜りたくお願い申し上げます」

 胸の内から湧き上がる高揚感に任せ、ユンゲは想いの丈を一息に言い放った。

 エ・ランテル中央区に屹立する最も厳かな貴賓館の一室に、奇妙なほどの静寂が訪れるのだった。

 

 *

 

「はっはっはっ――、……いや、失礼。あまりに予期していなかった返答だったものでね。君の仲間を想う気持ちを笑う意図はないんだ、気を悪くしないでくれたまえ」

 くくっ、とくぐもった笑いをこぼしながら、翳された骨の手がひらひらと払われる。

 益々と上機嫌になった“魔導王”アインズ・ウール・ゴウンを前に、ユンゲは乾いた笑みを返すばかりで精一杯だった。

 頬がはっきりと紅潮しているのを自覚しながらも、逃げ出すことはできない。

 長々と検討違いの考えを巡らせた挙句に仲間の手を取り、「離れたくない」などと大仰に宣ってしまった羞恥、自身の振る舞いに今更ながら心身が震えてしまう。

(……っ、どんな間抜けだよ)

 マリーたちがどのような反応をしているのか、横目で窺うことすら躊躇われる思いだ。

「――冒険者が国家に帰属しない旨は承知している。先ずはエ・ランテルの統治と発展が第一であるため、周辺国と事を構える考えはないのだが……万一、そうした事態となった場合にも、君たちを無理に徴兵することはないと“我が名”において誓おう」

 今すぐに踵を返して場を辞したい心境ではあったが、威厳のある声音が否応なく耳朶を叩いた。

 努めて平静を装いながら、ユンゲはゆっくりと顔を持ち上げる。

 七匹もの蛇が絡み合う目映い錫杖を手の内で転がし、魔導王が落ち着き払って言葉を続けた。

「――だが、こちらと敵対を選ぶのであれば、たとえ相手が“神の軍勢”であろうとも容赦するつもりはない。アインズ・ウール・ゴウンは、それだけの力を持っている」

 気負うことのない淡々とした口振りには、一切の衒いも感じられなかった。

 あまりに敢然たる不敵な宣言であっても、面白い冗談だと笑い飛ばしてくれる者がこの場にいるはずもない。

 記憶を呼び起こすに及ばない――カルネ村で遠巻きに眺めた光景、カッツェ平野での噂に伝え聞いた超常の大魔法、何より間近に対峙して分かる圧倒的に過ぎる存在感は、魔導王の台詞がまごうことのない事実であることを雄弁に物語っていた。

 自身でもその結論に至りながら、何故あのような真似をしてしまったのか。

 焦りから色々と先走りすぎたことを反省するほかにないが、幸いなのは目の前でくつくつと笑いをこぼす異形なる骸骨の王が、気分を害した様子を見せていないことだろう。

 ユンゲとしては素直に頭を下げ、ただ謝意を示すばかりだ。

 

「……先ずは誤解を晴らしておこうか」

 そう切り出された魔導王の説明に、ユンゲは大袈裟になり過ぎないように傾聴の姿勢を取り続ける。

 現状で森妖精の王国との間に国交は結ばれておらず、同盟の上でスレイン法国を攻略するといった情勢にはなく、使者だと勘違いした双子のアウラとマーレについても、当然ながら王族との血縁関係はないとのこと――つまり、オッドアイという形質は偶然の一致だったらしい。

 そして、これが何より重要な点だ。

 アウラとマーレの肩に優しく手を置いたアインズは、「この子たちは“かけがえのない友人”の子であり、私にとっても家族同然の大切な存在なのだよ」と朗らかな声音で語ってくれた。

 その気取らない言葉を傍で耳にした双子のダーク・エルフが、ともに僅かな間を置いて驚きに眼を見張るように息を呑む。

 幼いながらも端正な顔立ちが不意の喜びに綻び、何度も何度も表情を引き締め直そうとするほどに、益々と笑みがこぼれてしまうのを止められないといった様子だ。

 そうした二人の姿を見遣れば、先ほどの推察があまりに的外れだったことを理解する。

 アウラとマーレが魔導王に寄せる信頼や思慕の念は、一朝一夕で培われるものではないはずだ。

 さらには髑髏の表情など読み取れるはずもないユンゲの瞳にも、双子の様子を見つめるアインズが微笑みを浮かべているように見えたほどなのだ。

 異形の不死者〈アンデッド〉とダーク・エルフがどのように友誼を結んだのか――やや複雑な境遇にあるようだが、託された子どもたちを魔導王が大切に考えていることは確かなのだろう。

「さて、この子たちを君たちに引き合わせた理由なのだが……」

 それまで流暢に説明を続けていたアインズが軽く咳払いをし、ふと言葉を躊躇うように剥き出しの顎先へと手を添える。

 話題が本筋に入ったことを察し、ユンゲは背を伸ばして拝聴の姿勢を取った。

「……私はこのようにアンデッドの身なのでね、エルフの世俗には疎いのだ。アウラとマーレにも苦労をかけてしまうが、同世代の者たちのいない環境を些か不憫に思っている。そこで、若い君たちが色々な話し相手になってくれたのならと……そう考えているのだが、いかがだろうか? 勿論、君たちの手が空いているときで構わない。ぜひ仲良くしてやって欲しいのだ」

 そう矢継ぎ早に言い切った魔導王が、ごく自然な動作で顎を引いてみせたのなら――、

「「――えっ、アインズ様!?」」

 玉座両隣で幸せを噛み締めていたはずのアウラとマーレが、慌てたように揃って声を上げた。

 咄嗟の反応に詰まってしまうが、ユンゲとしても焦りは同じだ。

 魔導国の支配者たるアインズが、一介の冒険者に軽々しく頭を下げるなど常識の埒外だった。

(……えっと、二人の話し相手? いや、そういうことではなくて――)

「あのっ、ゴウン様はお顔を上げてください。俺たちで良ければ、何でも構いませんので……」

「そうか、感謝するよ。よろしく頼む」

 どこか安堵するような魔導王の声音。

 不意の動揺から勢いで安請け合いしてしまったのだが、そもそも何を頼まれたのだったか。

 ――エルフの世俗? そんなものを“ユグドラシル”で遊んでいただけで、この世界に転移したユンゲが知るはずもないのだが、この流れで「やっぱり無理です」などとは口が裂けても言えないだろう。

「謹んでお受けします」などと形ばかりの返事をして頭を下げつつ、傍らの仲間たちの様子をこっそりと一瞥をくれる。

 今回の謁見では、どうにもユンゲだけが暴走してしまっている気がしてならないものの、反省は後回しにするしかない。

 魔導王の交友関係に連なる御令嬢たちを男一人で相手する訳にもいかないので、先んじて頼るべき仲間たちに詫びを込めた視線を送っておく。

(……皆には何かしらの埋め合わせをしないとな)

 一方で、魔導王からの提案はアウラとマーレにしても寝耳に水な話だったらしく、やや困惑したような表情を浮かべていた。

 機嫌の良さそうなアインズを目の前にして、ユンゲたちの存在を無下にできないが、あまり乗り気ではないといった雰囲気が見て取れる。

 そうした二人の反応を何気なく窺っていたのなら、アウラと視線が重なった瞬間にぷいっと顔を背けられてしまった。

 幼げで可愛らしい仕草だが、下手に嫌われてしまうのは色々な意味でよろしくないだろう。

 既に諸々と残念な部分を晒してしまったものの、これ以上の印象悪化は避けたいところだ。

 小さく息を吐くようにして、ユンゲは静かに表情を引き締め直す。

(……これから大変かも知れないな)

 

 やがて、会場の様子を昂然と見回していた魔導王は一つ満足そうに頷き、扉の前に控えていたルプスレギナへと指先で合図を送っていた。

 恭しく腰を折ってみせたルプスレギナが静かに踵を返し、間もなく瀟洒なトローリーを優雅に押しながら姿を現す。

 そうして、目にも華やかな料理の数々が流れるような給仕働きで卓上に並べられていくのだから、内心の期待は否が応でも高まってしまう。

「――さて、心ばかりのもてなしになってしまうが、冷めないうちにどんどんと召し上がってくれたまえ。アウラとマーレも“翠の旋風”の皆さんにご一緒させてもらいなさい」

「はいっ!」と元気に返事をしたアウラとマーレが、こちらへと軽やかに駆け寄ってくる。

「そんじゃ、よろしく!」

「よ、よろしくお願いします」

 年相応の無邪気な笑みを浮かべた双子の姉妹――不意に差し出された小さな手を目の前にして、ユンゲは僅かな躊躇いを覚えて逡巡する。

「……ほら、早く合わせてよ」

 やや責めるような小声は、くいっと手を軽く持ち上げた姉のアウラからだった。

 対になる青と緑の澄んだ視線が、可愛らしくも上目遣いに向けられているのだが、何故か背筋を冷たい汗が伝っていく。

「あ……えっと、こちらこそよろしくお願いしますね、アウラさん」

 ようやっと言葉を紡いだユンゲは、腰を屈めるようにしてアウラと握手を交わし、「マーレさんもよろしくお願いします」と努めて笑顔を取り繕う。

 精緻な細工の施された短杖を両手で握り締めながら、こくりと首だけで頷いてみせる妹のマーレは、やはり人見知りなのだろう。

(何を怯えているんだ、俺は……)

 一応は年配者なのだから、これ以上の情けない姿を見せてはいられない。

 気持ちを切り替えるように小さく息を吐き、ユンゲは無作法にならない程度に少しだけ声を強めた。

「さっ、こんなに美味しそうなご馳走を用意してもらったんだ。皆で楽しませてもらおう!」

 それらしく大仰に振り返ってみれば、やや苦笑いを浮かべた仲間たちの姿が傍らにあった。

 何かを言いたげな三人の表情には呆れともつかない色が読み取れてしまうものの、魔導王の厚意を無下にすることはできないだろうとユンゲは胸を張ってみせる。

 決して、食い意地が勝っている訳ではないのだと声高に叫びたいところだ。

「はははっ、ぜひ楽しんでくれたまえ」

 一層と上機嫌なアインズの言葉に後押され、ユンゲは手にした蒸留酒の杯を高々と掲げてみせる。

「――ゴウン様の寛大な御心に感謝を」

 かっ、と喉を灼く強い酒精が堪らなく心地良い。

 その勢いのままに見事な焼き上がりの丸鷄を頬張り、再びの酒精で峻烈な追い討ちをかけたのなら、思わずと感嘆の吐息がこぼれてしまうのも致し方のないことだろう。

 この世界に転移してから、色々な食事を口にしてきたが、やはり魔導王から供される逸品はどれも別格の素晴らしさだった。

 気に入った料理や酒を頻りに褒めそやしつつ、アウラやマーレにも勧めながら無難そうな話題を探っていく。

 そうして、豪華な宴席に次々と舌鼓を打ちながら、すっかりと気分が高揚していった頃――、やおらと玉座から立ち上がったアインズが静かに言葉を投げかけた。

 

「そうだ、君たちに一つ訊ねてみたいことがあってね。“冒険者”という職業について、ぜひ考えを教えて欲しいのだ」

 

 *

 

 昼下がりとなる商業区の広場には多くの露店が並び、賑やかな客引きの声が響いていた。

 行商に取り扱われている品物の多くは、バハルス帝国領から持ち込まれた日用品や工芸品、他には食料品の類いか。

 魔導国による統治以前のエ・ランテルでは、冒険者や請負人〈ワーカー〉たちが自身で使用しない武器や掘り出し物のマジック・アイテムなどを融通し合っていたらしいのだが、すっかりと店舗や客層が様変わりしている。

 流石に帝都アーウィンタールの中央市場の規模には及ばないものの、活気の面では引けを取らない印象さえ感じられるのだから、戦後復興の勢いは驚異的といえるだろう。

 忙しなく行き交う人波を遠巻きに避けつつ、ティラは目当てとなる連中の姿を視界の中に見止めた。

「今朝は貴賓館に招かれていたというが……、藪蛇にならないことを祈るばかりだな」

 口端からこぼれた小さな溜め息が一つ、初夏の喧騒へと呑まれていった。

 

 




前章のside-Mで描いていた場面に、ようやくと本編が追いついてくれました。
流石に時間がかかり過ぎているので忘れられてしまいそうですが、完結まで細々と続けていきたいと思いますので、長い目でお付き合いをいただけると嬉しいです。
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