目に沁みるほどに濃い青空を背景に、真っ白な入道雲が沸き立っていた。
昼下がりのエ・ランテル商業区――多くの露店がひしめく広場の片隅に身を置き、ユンゲは静かに息を吐いた。
魔導王“アインズ・ウール・ゴウン”に招かれた貴賓館を丁寧に辞し、ようやくと肩の荷が下りた思いではあるのだが――、
「本当に申し訳ないっ!」
額の前で両手を合わせつつ、“翠の旋風”の仲間たちに向き直って頭を下げる。
先の謁見の場における自身の振る舞いを省みたのなら、何から謝るべきかも判然としないほどに酷いものだった。
ご馳走を前にして食欲に揺られてしまうのは毎度のことながら、アウラとマーレを使者と勘違いしたために先走って勘違いをし、結果として皆に恥ずかしい思いをさせたばかりか、その後の魔導王からの提案を安請け合いしてしまってもいる。
独断を避けるために、チームの方針は全員で話し合うことを取り決めていたのにも関わらずだ。
「……顔を上げてください、ユンゲさん。私たちは気にしていませんから」
あの状況では仕方ないですよ、と小さく肩を竦めてみせたマリーが、柔らかな笑顔とともに優しく手を引いてくれる。
「そうそう、魔導王陛下からのお願いだもん! 当然、断れるはずないよね?」
気楽な調子で言い切ったキーファは、傍らのリンダを振り仰ぎながら小首を傾げてみせた。
「そうだな、こちらの都合を汲んでくれるというのなら問題はない」
軽く首肯して同意を示したリンダもまた、「ナーベ様から呼び出しを受けたときには、どんな難題を吹っかけられてしまうのかと不安もありましたから、却って拍子抜けしたくらいですよ」と言葉を続け、冗談めかせながら口許を綻ばせる。
労わるような雰囲気を察するに、仲間たちから総出で慰められているらしい。
――何とも情けない限りではあるが、下手な謝罪の言葉を重ねるよりも、ここは仲間たちの優しさに甘えてしまうのが正解かも知れない。
「……そっか、ありがとな」
「ねっ、ユンゲ! そんなことより、レインフルーツを探すんでしょ? 早くしないと売り切れちゃうかもよ」
「ん? いや……それも欲しくはあるけど――」
「いいから、いいから。ねぇ、早く行こーっ!」
するりと背後に回ったキーファが肩の辺りに手を添えながら、ぐいぐいと急かすように押してくる。
「いや、俺のことばっかりじゃ――」
「あっ、でも本当に申し訳なく思ってるんなら、あたしの“お願い”を聞いてくれても良いよ」
不意に耳許へと寄せられた艶のある囁きに、ユンゲの背筋がピクリと震えた。
慌てて振り向いた先には、悪戯っぽく口許を持ち上げてみせたキーファの得意そうな笑顔――対して、自身の不甲斐なさには思わずとこぼれてしまう溜め息を隠せない。
「へっへっへー、よっと!」
そうして、わざとらしく片眼を瞑ってみせながら軽やかに勢いをつけたキーファが、跳ねるようにユンゲの首へと腕を回して背中に抱きついてくる。
「――さぁ、いざ出発!」
「…………了解しました」
都合、爽やかに勝ち誇るキーファを丁重に背負い上げ、ユンゲは賑やかな雑踏の中へと足を踏み入れていくのだった。
いとも容易く手玉に取られている自覚はあったが、不思議と悪い気分にはならなかった。
忙しなく行き交う人波に揺られながらも、ほどなく発見した青果商で目当てのレインフルーツを買い込み、ユンゲは小さく腰を落とした。
「……なぁ、まだこのままか?」
「んー、もうちょっとかな……次はあっちの方に行ってみよー!」
肩越しに伸びたキーファの手がくるくると回され、取り分けて賑やかな広場の一角を指し示す。
「……では、仰せの通りに」と素直に応じたユンゲは、相変わらずの横顔を見せるキーファを背負い直しつつ、のんびりとそちらに足を向ける。
大勢が詰めかける人垣の向こう――、鮮やかな羽飾りをあしらった帽子の優男が注目を集めていた。
「何の集まりなのでしょうか?」
傍らに歩み寄ってきたマリーが、軽く背伸びをするようにしながら小首を傾げる。彼女の目線の高さでは、群衆の後ろ姿しか見えていないのだろう。
「旅の大道芸……いや、吟遊詩人っぽいかな?」
優男が手にしている楕円形のリュートに似た弦楽器を見遣れば、少し高級な酒場などで酔客を楽しませてくれる楽匠の佇まいが連想された。
まだ演奏を始めてもいないのに、これだけの人集りととなっているのだから、よほど期待されているのかも知れない。
「見たいなら、抱っこで持ち上げてやろうか?」
「……いいえ、結構です!」
軽い冗談のつもりが、結構な強めの口調でマリーに断られてしまう。
年少の子を両親があやすような体勢では、流石にお気に召さないらしい。
ぷいっと顔を背けてしまった可愛らしい仕草を思えば、それほど違和感を覚えない気もするのだが、指摘したところでまた怒られてしまうだけだろう。
さっと浮かんだ悪戯な表情を隠した先に、にんまりと楽しそうなキーファの視線――似たような結論に至ったであろうことを確認し合い、互いに小さく笑みを交わしてみせた。
そこで、やれやれとばかりにリンダがかぶりを振ってくれたのなら、ようやくと日常に戻ってきたような感覚が湧いてくるものだ。
*
「――さぁさぁ、皆様お立ち会い! これより紡がれますは、故郷の仇に復讐を誓った騎士と一途な愛を胸に秘めた美姫が歩む壮大な抒情詩! 世界各地を旅して回り、数多の苦難をともに乗り越えていく偉大な英雄たちの大冒険譚をお楽しみあれ!」
客引きの声が飛び交う騒めきの中でも、通りの良い澄んだ優男の声音。
軽快な口上に合わせて七つの弦がかき鳴らされ、道行く人の関心をくすぐるように煽り立てる。
とある国家の栄枯盛衰――平和な日々の描写に始まり、凶悪な吸血鬼の襲来とともに幕開ける悲劇と決死の逃避行は、傷付き苦悩する男が英雄として再起するまでの篇首だ。
悲喜交々を孕んで情感豊かに詠い上げられる詩歌に、素朴なリュートの旋律がときに鮮烈な彩りを添えながら物語は進行していく。
悲嘆にくれていた男を支える美姫の献身に聴衆が涙を滲ませ、遂には仇討ちを誓って立ち上がる英雄の勇気を讃えて、大きな歓声が沸き起こった。
そうした周囲の反応に目を向けつつも、どこか既視感を覚えるストーリーの展開に、キーファを背負ったままのユンゲは静かに首を捻る。
「……どうやら、“漆黒”のモモン様とナーベ様を題材にしているようですね」
隣に並んで聴いていたリンダが、こちらに一瞥をくれながら小さく肩を竦めてみせた。
「なるほど、そういうことか」
やや独自の脚色をなされているようだが、ユンゲが冒険者となって間もない頃に、そのような噂話を耳にした記憶はある。
曰く、冒険者モモンは滅びた王家の血筋であり、祖国の仇敵である二匹の吸血鬼を追いかけている。
更には、エ・ランテル近郊に突如として出没し、当時はミスリル級だったモモンによって討伐された吸血鬼“ホニョペニョコ”こそが、その片割れであったというものだ。
他人の過去を詮索しても碌なことにならないので、本人に真偽を確かめたことはないが、モモンの洗練された立ち振る舞いを思えば、相応に高い身分の生まれであることは想像に難くない。
決して、全てが根も葉もない噂話という訳ではないのだろう。
(……まぁ、ナーベさんはお姫様というより従者っぽい印象だけど、モモンさんを支えようとしてるのは間違いないよな)
そして、いつかの帝都からの帰路――モモンがホニョペニョコを討伐した跡地に立ち寄ったことを思い出す。
鬱蒼とした森の奥地で目にした、黒く爛れた断崖に抉られた砂漠ばかりが広がっていた異様な光景。
濃密な死の気配に当てられながらも、胸の内に抱いた僅かな怖れと未知への渇望は、世界の広さを垣間見る契機となった。
(魔封じの水晶に込められていた第八位階魔法を使ったらしいけど……って、なんだ!?)
不意に沸き起こった拍手と歓声が、ユンゲの思考を途切れさせる。
「――輝くような白銀の毛並み。雄々しき瞳には深淵なる理知を宿し、仁王立つ威風堂々たる姿は、“森の賢王”と称されながら数百年のときを支配者として君臨した矜持の表れか! 対して、二振りの大剣を手に迎え撃つのは、慈悲深き我らが漆黒の戦士。瞬時にして互いを好敵手だと認め合った両者は、戦いの中で雌雄を決することを望み、言葉を交わすことなく地面を駆け出す!」
展開を盛り立てていた音楽がはたと止み、先ほどまでとは打って変わった静けさの中で聴衆たちがごくりと息を呑む。
場の空気を惹き込む緩急のつけ方が、あまりに見事だ。まだ年若く見えるが、優男の吟遊詩人としての手腕は確かなのだろう。
(……というか、もうハムスケと出会う場面か)
ユンゲの思考が逸れていた間に、随分と物語が進んでしまったらしい。
そうして、熱い激闘の果てに伝説の魔獣を屈服させ、更には心酔させることにも成功した漆黒の戦士は、その逞しい背に颯爽と跨がって城塞都市へと凱旋し、英雄としての一歩を踏み出していく。
(ハムスケか、この世界の基準だと怖がられてたりするんだよな。でっかいハムスターにしか見えないし、やたらと人懐っこくて可愛いのに……)
いつの頃だったか、冒険者組合で鉢合わせてしまったマリーが、やたらとハムスケに怯えていた覚えがある。
たとえば、ハムスケに騎乗したモモンが街中を進んだのなら、瞬く間に大勢の群衆が詰めかけて畏怖や尊敬の眼差しを集めることになるのだろうが、英雄の凱旋する姿としてはどうにも締まらない印象を拭えない。
(……やっぱり、立派な悍馬とかに乗っていて欲しい気はするなぁ)
しかし、モモンの騎乗している様子などはとても堂に入ったものなので、この転移後の世界においては、やはりユンゲの感覚こそが異端なのだろう。
そんな取り留めのない思考を巡らせていたとき、ふと向けられていた妙な視線に気が付いた。
盛り上がる観衆を差し置いて、こちらに近付いてくる小柄な女性――傍目には行商人らしい旅装姿だが、目深に被ったフードから覗く艶やかな濡れ羽色の髪と物怖じしなさそうな鋭い眼差しに、ユンゲは思わずと溜め息をこぼした。
「……悪いな、キーファ。ちょっとだけ下りてくれるか?」
「ん、どうしたの? ……あっ、了解」
すぐに察して離れてくれたキーファを背に庇うようにしながら、静かに問いを投げかける。
「――何の用件だ? アンタに出会うと面倒事ばっかりだから、勘弁して欲しいんだが」
「……そう邪険にするな。文句があるのなら、あの性悪男にでも言ってやれ」
やや抗議めいた口調で言い捨てたのは、帝都アーウィンタールで遭遇した邪神教団との一件以来の再会となる、“女忍者”のティラだった。
*
「そうか、あの子たちは元気に過ごしてるんだな」
没落貴族家に生まれ、危うく邪悪な儀式の生け贄にされてしまいそうだった幼い姉妹――ウレイリカとクーデリカは、元執事である“政務官”ジャイムスに引き取られていった。
「……というより、元気に過ぎたようだな。暫くは『姉を探しにいく』と言って聞かなかったそうだ」
頑なに姿勢を崩さない彼女たちを前に根負けしてしまったジャイムスは、やがて一つの条件をつけることになった。
それは就学に年齢の下限がない帝国魔法学院に通い、第三位階までの魔法を修得することだ。
先頃、マリーやリンダがカッツェ平野での特訓を経て、白金級〈プラチナ〉の称号を得たように第三位階魔法の使い手となれば、冒険者としても第一線で活躍できるほどの腕前となる。
行方不明の姉を捜索したいのなら、自分の身は自分で守れるように、と相応に困難な条件を課されたはずだったのだが――、
「半年足らずで、既に第二位階の魔法を使い始めているらしい。姉の方も早熟だったという話だが、血筋とは末恐ろしいものだな」
「そ、それは何というべきか……羨ましい才能ですね」
これまで聴き役に徹していたリンダが、堪らずに驚きの口を挟む。
薄い笑みを浮かべながら軽やかに肩を竦めるティラは、どこか楽しんでいるような雰囲気があった。
この世界における基準が今一つ判然としないものの、五歳という年齢を考えれば驚異的な成長速度なのだろう。
執事然と物腰の柔らかだったジャイムスが、元気な姉妹の対応に苦慮している様がありありと思い浮かんでしまう。
「――ていうか、彼女たちの姉は冒険者だったのか? まだ若い女の子が借金返済のためって聞いてたから、てっきり……いや、悪い。忘れてくれ」
どちらにせよ、長らくと消息の知れない冒険者を捜索した先に待つ未来は、決して明るいものではないはずだった。
あまり好ましい想像ではないとユンゲが目線を落としかけ――、ふと視界の端に映り込むのは、豊かな胸元を強調するように腕を組んでみせていたティラの立ち姿。
「ふむ……やはり、お前の視線はいやらしいな」
「ほっとけよ……それで、あの子たちの近況を教えてくれるのは良いけど、そろそろアンタらの目的を教えてくれないか?」
無理矢理に話題を切り上げ、ユンゲは本来の疑問を投げかける。
バハルス帝国の“鮮血帝”ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスに雇われているはずの凄腕の女忍者が、同盟関係ながらも遠方のエ・ランテルにまで出没しているのだから、警戒をしたくなるのは当然だ。
「別に大した理由はない。…………待て、帰ろうとするな。ちょっとした興味だ。生者を憎むはずの不死者〈アンデッド〉に治められた国家が、どのようなものかとな」
返しかけた踵をそのままに首だけで振り向いたのなら、意外なほど真剣なティラの眼差しがあった。
賑やかな広場の片隅に場所を移し、少しだけ声を落とすようにしながらティラが言葉を重ねていく。
カッツェ平野での大虐殺を引き起こした超常の魔法。敗戦からの占領下にあって、瞬く間に復興していく活気に溢れた街並み。徘徊する強大なアンデッドを忌避することなく、自然体で受け入れている市民たち。
「――あまつさえ、先の戦争に徴兵された夫や子を殺された寡婦たちが、孤児院での働き口を得たことで、“魔導王陛下”に感謝しているくらいだからな。私の中に存在していたはずの常識は、何一つとして通用しないらしい」
そう言って力なく肩を落としたティラの表情に、偽りの色は見られない。
もっとも、忍者相手に思考を読み取るような技量がないことは自覚しているので、実際のところは定かでないのだが――、
「まぁ、驚くことばっかりだよな」
呆れとも諦念ともつかない感覚を抱きつつ、ユンゲは軽く同意を示した。
対話のできるアンデッドというだけでも稀有な存在であることは疑いなく、個人の戦闘能力や施政者としての統治能力などは、ユンゲのような凡人の理解が及ぶとも思えない。謁見の場で饗してもらった料理や酒類の見事さを思えば、財力の面だけでも文字通り桁違いなのだろう。
「……お前たちの率直な意見を教えて欲しい。“アインズ・ウール・ゴウン”とは何者だ?」
「……と、俺たちに訊かれてもなぁ」
続けられたティラの問いかけに思わずと空を仰いだユンゲは、先ほどの貴賓館で目にした光景を思い返した。
山の天気よりも移り気なルプスレギナからの絶対的な忠誠、幼い闇妖精〈ダーク・エルフ〉の姉妹に思慕され、更には父性を感じさせるほどに溢れる気遣い。――そして、カルネ村での出来事だ。
二度までも窮地に駆けつけ、その後の復旧にも尽力したことで、村人たちから神様の如く崇められていた姿。それでも、純朴な村娘である“族長”エンリの浮かべた裏表のない笑顔が、全てを物語っているような気がした。
「まぁ、とんでもなく強大な力を持ったアンデッドの王様かな。……信用はできると思う。だけど、こっちが信頼してもらえるかは分からない」
素直な印象を口にしたユンゲは、やや奥まった建物の陰に背中を預けながら、傍らのキーファやリンダ、マリーへと目配せを送った。
「最初は怖いと思っちゃったけど、すっごい太っ腹だったね! あ……でも、もしも怒らせちゃったらホントに怖そう!」
「物事の捉え方からして、常人とはかけ離れていた雰囲気ですね。非常に深い見識をお持ちのように思いました」
「皆さんから尊敬されていましたし、とても寛大な方でしたよ」
三者三様の魔導王を評した言葉に、腕組みを解いたティラが小さく溜め息を吐いた。
「……直接会ったのは二回だけだし、何か期待されても困るぞ」
「いや、問題ない。お前たちの反応を見れば、決して悪い相手ではないのだろうさ。それだけに、却って悩ましくもあるのだがな……」
やれやれとばかりにかぶりを振り、何事かを思案している様子のティラを見遣れば、どこか不自然な印象を拭えない。
「えっと、魔導国と帝国は同盟してたよな? 相手方を探るような真似をしても大丈夫なのか?」
「エ・ランテルでの統治に大役を担っている“漆黒”なら知らんが、お前たちのような市井の冒険者と接触したところで、咎められる謂れもあるまい」
「……何か釈然としない言い方だな」
含みのありそうな物言いに、ユンゲは憮然と表情を引き締める。
「他意はない、気にするな。何より、魔導王に個人的な関心があるというのも本当だ」
「……ん、どういう意味だ?」
「これでも先代から継いだ組織を率いる身なのでな……乗るべき船を見誤って、部下たちを路頭に迷わせる訳にはいかない」
挑むように言い差したティラの横顔には、獰猛さを孕んだ不適な笑み。
船を選ぶという言葉に少し引っ掛かりを覚えるが、部外者であるユンゲが敢えて指摘することでもないだろう。
この世界における常識に当て嵌めたのなら、アンデッドの支配する国家との同盟による協調路線は正気の沙汰でない、といったところか。
最初の指名依頼で書籍商を名乗っていた秘書官のロウネ・ヴァミリネンなどは、自身を抜擢してくれたジルクニフに心酔している様子だったが、バハルス帝国も一枚岩ではないのかも知れない。
「もっとも、我らの力が必要とされるのかは……検討もつかないがな」
自嘲するように口許を歪め、続く台詞を吐き捨てたティラの視線の先――巨大なタワーシールドと長大なフランベルジェを携えて、濃密な気配を放つ死の騎士〈デス・ナイト〉が、他に何をするでもなく商業広場を巡回している。
ふと僅かばかり傾き始めていた陽射しが、ユンゲの視界を淡い朱に滲ませた。
アンデッドの通り過ぎていく傍では、先ほどの吟遊詩人を囲う人垣が厚みを増して、日中に商品を捌き切りたい客引きの声が一層と高まり、気の早い連中は既に酒杯を片手に赤ら顔で笑い合っている。
まだ見慣れない感はあるものの、これがアインズ・ウール・ゴウン魔導国の首都〈エ・ランテル〉における新しい日常の光景だ。
「まぁ、何とかなるだろ?」
「…………っ、何とかするしかないのさ」
呆れるように舌打ちをこぼしたティラが、やおらとこちらを振り仰いだ。
あまり意識したことはなかったが、ユンゲより頭二つ分ほども相手の背丈が低いので、向き合うとかなり見下ろすような格好になってしまう。
「――冒険者の仕事は随分減っていると聞くが、これからもこの都市に留まるのか?」
上目遣いながらも色気のない問いかけに、ユンゲは小さく肩を竦めて息を吐いた。
「……将来的なことは未定だけど、とりあえずは明日にでも帝都〈アーウィンタール〉に向かうつもりだ。確かめなくちゃいけないことができたからな」
「……どういうことだ?」
じとりと睨めつけるような視線を躱わし、わざと勿体振った言い回しで告げれば、意図を読めなかったらしいティラが意外そうに小首を傾げた。
「……魔導王陛下に用があるなら、アンタも一緒に戻ったほうが良いかも知れないぜ」
そうして、いつもの皮肉めいた雰囲気が鳴りを潜め、小さな疑問符を浮かべてみせる女忍者の珍しい表情に、ユンゲはふと口許を緩めるのだった。