オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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-これまでのお話-
魔導王の提唱する“真なる冒険者”の理念に共感し、ユンゲたち“翠の旋風”は帝都を訪れる。
大闘技場での見事なアインズの演説と全力の挑戦でも届かない高みを改めて実感したユンゲは、魔導国の冒険者となることを願い出たのだった。


Epilogue.
(終)明日


 不均衡な兜からは悪魔の剛角が突き出し、獰猛さを際立たせる黒々とした棘付きの全身鎧には、血塗れたような真紅の紋様が血管の如く這い回る。

 落ち窪んだ眼窩の奥に揺らめく鬼火を宿らせ、見上げるほどの背丈からこちらを睥睨している異形の怪物――巨大なタワーシールドと長大なフランベルジェを携えた死の騎士〈デス・ナイト〉の立ち姿を視界の端に捉えつつ、ユンゲは油断することなく反対側にも意識を向ける。

 視線を動かした先では、対となる二振りのフランベルジェを構えた死の戦士〈デス・ウォリアー〉が生者への憎悪を荒い息遣いに乗せて、より洗練された細身の全身鎧を鮮血に染めるべく“開始の合図”を待ち侘びていた。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の首都〈エ・ランテル〉の城壁外周部――かつては軍兵の駐屯地として機能していた区画に、新しく設けられた所属冒険者向けの訓練場に立ち入り、ユンゲは二体の凶悪な不死者〈アンデッド〉と向かい合う。

 街中での警備に勤めている姿から、すっかりと見慣れてしまった印象のデス・ナイトではあるが、こうして直接に相対してみれば、伝説とまで呼ばれていた威圧感が肌身に刺さる。

「……ホラー系の映画は、苦手だったんだよなぁ」

 単純なレベルによるステータスの差から負けはないと頭で理解していても、死と向き合う底知れない恐怖がユンゲの背筋に悪寒を走らせるのだ。

 こちらの手にしている武器は刃の潰されたロングソードであり、巨躯のアンデッドを目の前にするとやはり頼りない気がしてしまう。

「……いや、訓練用だから仕方ないんだけどさ」

 誰にともなく溜め息をこぼしたユンゲは、足下から手頃な小石を拾い上げて掲げてみせる。

「これが地面に落ちたら、訓練開始だ」

 対峙するデス・ナイトとデス・ウォリアーに向けて短く言い差せば、こちらの意図を介した両者が、ぐっと腰を落としながら待ち侘びていたように臨戦体勢の構えを取った。

「……念のために言うけど、訓練だからな?」

 ぼやきとともに放り投げられ、緩やかな放物線を描いて落下してくる小石。

 やけに長く感じられる静寂の数秒を焦れながら堪えれば、カツンッと地面を打つ乾いた音が響いた。

 

 間髪を入れずに襲いかかってくる“盾持ち”と“二刀流”のアンデッドが、抑え切れない殺戮衝動に身を焦がして憤怒の咆哮を迸らせる。

 生命を本能的に畏怖させる死者の怨嗟が込められた絶叫は、力のない者であれば瞬く間に戦意を喪失させられていたことだろう。

 身構えていても意思とは無関係に怯みかけてしまう気持ちを叱咤しつつ、ユンゲは眼前に迫る兇刃の来襲を待ち受けた。

 こちらの首筋を狙い、正確に振るわれた左からの斬撃――腰から抜き打ちに放ったロングソードで弾き飛ばし、鋭い円弧を刻んだ剣先で右からの薙ぎ払いも叩き落とす。

 初っ端の二連撃を捌かれたデス・ウォリアーは体勢を崩しかけるが、背後を衝いて繰り出されたのは巨体を活かしたデス・ナイトの強烈な突進。

 身を屈めるようにして横へと転がり、勢いのままに片腕の力で跳ね起きた先、不意に視界を覆っていたのは禍々しい大盾――慌てて飛び退いたユンゲの耳朶を剛打の風切り音が劈いていく。

「――っ、ちょっと強化し過ぎじゃないの!?」

 思わずと愚痴をこぼしかけた隙を見逃さずに、再び踏み込んできた二振りの剣閃が殺到してくる。

 咄嗟に引き戻した剣身と柄頭で交互に受け止めつつ、ユンゲは何とかデス・ウォリアーの攻撃を防いでみせるのだが――、

「……この剣だと、もう保ちそうにないな」

 僅かに数度ばかり打ち合っただけで、既に武器の耐久強度が心許なくなっていた。

 やはり、普段から使い慣れている聖遺物級のバスタードソードとは比較にもならないらしい。

 早々にロングソードでの防御を諦めることになったユンゲは、勢いを増していく斬撃の中で流れるように身を躱して回避に専念するしかない。

 こちらの間隙を狙い澄まして、フランベルジェを腰溜めに構えたデス・ナイトは二度目の突進を敢行してくるが――、今度は真上へと跳躍することで直撃を避けつつ、更に大盾の上部を蹴りつける。

 そうして、大きく宙返りを打つ要領で距離を取り直したのなら、獲物であるユンゲを仕留め損なった二体の死を纏うアンデッドが、憎悪に歪められた鬼火を一層と赤く燃え上がらせていた。

「……一応、訓練なんだけどなぁ」

 獰猛な哮り声を上げ、更に挑みかかってくる死霊の騎士と戦士の威勢を前に呟いてみるものの、ユンゲの言葉が届いているのかは疑わしいところだ。

 

 真に冒険を志す者の支援を謳い、“魔導王”アインズ・ウールゴウンによって進められた冒険者組合の改革は、手始めとして訓練用アンデッドの提供から実施されることになった。

 駆け出しの冒険者向けには下級の骸骨〈スケルトン〉、手慣れた冒険者向けには少し強力な動死体の戦士〈ゾンビ・ウォリアー〉を割り当てるといった加減で、個人の能力に合わせた実戦さながらの経験が積めるとの評判だ。

 ――訓練に駆り出されるアンデッドには、「冒険者に怪我をさせても、命までは奪わないように」との厳命がされているらしいので、難敵にも安心して臨むことができる……はずだった。

 些かの疑念を抱きながらも、ユンゲは生者を引き裂かんとする刃の乱舞を潜り抜けていく。

 殆ど使いものにならないロングソードの剣腹を滑らせながら斬撃を往なし、或いは敢えて二体の同士討ちを誘うように立ち回ってみせ、互いを牽制させることで攻撃の手数を奪ってしまう。

 そうした乱戦の最中でも平静を保ち続け、相手の隙を突ける反撃のタイミングを見極めていくことが何より重要だった。

 今回の戦闘訓練においては、レベルアップでの基礎能力の上昇よりも、こうした未熟な技術面での向上に主眼を置いているので、相手方として選出された防御面に優れるデス・ナイトと、攻撃面に秀でるデス・ウォリアーの連携が妙に頼もしい。

 何気なく思い返してみたのなら、初めての模擬戦において“漆黒”のモモンと対峙したときに覚えた、隙を見せる度に何度も死を覚悟する感覚と近しいものがあるのかも知れない。

「……あのときのモモンさんも、今の俺と似たようなことをしてたのかな?」

 こちらとしては全力で挑んでいたつもりだが、やはり彼我の実力差は明白であり、そうできるだけの余裕がモモンにはあったということなのだろう。

 しかしながら、魔導王による強化を施された二体の伝説級アンデッドと対峙し、自らに魔法の制限を課している現在のユンゲに本来の余裕はない。

「――――っ!?」

 そうして、ふと気を逸らしてしまった瞬間だ。

 一気呵成に左右から攻めかかられ、ユンゲは思わずと蹈鞴を踏んでしまう。

 辛うじて二度三度と攻撃を捌きながらも、不自然な格好で受け止めてしまった大上段からの振り下ろしが、こちらの手にしていたロングソードを鍔元から圧し折り、逃げ遅れた前髪を掠めていく。

 舞い散った数条の金髪を見送りつつ、慌てて後ろに距離を取ったユンゲは、咄嗟に拳を握り締めて追い縋ってくる三つの刃を迎撃した。

 ――パンパンッ、パンッと小気味良い破砕音。

「あっ……」

 思わずと間抜けな声をこぼしたユンゲの視界に映るのは、半ばほどで無惨に砕けてしまったフランベルジェを呆然と掲げ持ち、互いに見つめ合う死霊の騎士と戦士の哀れな立ち姿だった。

「あー、えっと……とりあえず、今日の訓練はここまでということで――」

 

 *

 

 カラッと晴れた秋空の下、傍目にも分かるほどに困惑しているデス・ナイトとデス・ウォリアーの様子を見遣り、ユンゲは申し訳なさから逃げるように踵を返した。

「――はははっ、見事だね。ユンゲ君」

「あぁ、いえ……何というか、ありがとうございます。モックナックさん」

 気安い調子で話しかけてくれた声に振り向けば、くすんだ金髪をオールバックに撫で固めた大柄なモックナックが、地面に腰を下ろしながら柔らかな笑みを浮かべていた。

 ミスリル級の冒険者チーム“虹”のリーダーとして名を馳せており、経歴なども色々と異色であったユンゲたち“翠の旋風”を以前から気にかけてくれる好人物は、どこか遠くを見つめるような目を向けながら静かに言葉を続けた。

「……君なら、いつかはモモン殿の領域にも手が届くのかも知れないな」

 飾らないモックナックの賛辞に、「いや、それは流石に……」と咄嗟の謙遜を返してしまうユンゲではあったが、それでも少しだけ戯けるようにして肩を竦めてみせる。

「――でも、“真なる冒険者”を気取りたいのなら、遠過ぎても遥かな高みを目指すべきですよね」

「……その通りだな。私自身も努力を諦めるつもりはないし、魔導王陛下の思い描がかれている理想に魅せられた者は多いよ」

 どこか含みを持たせながら、モックナックが嬉しそうに訓練場の片隅へと視線を送った。

「ほらっ、あそこにも」と示された先では、ラウンドシールドを構えた骸骨戦士〈スケルトン・ウォリアー〉を相手取り、初老の男――エ・ランテル冒険者組合の長であるプルトン・アインザックが、打ち込み稽古で熱心に汗を流している。

「現役復帰を目指すために、弛んでいた身体を絞りたいそうだよ」

「……アインザックさん、元々かなり動けそうな印象でしたけどね」

 年齢を感じさせない鍛えられた肉体は服の上からでも分かるほどに健在であり、鋭い踏み込みは歴戦の凄みを感じさせた。

「ふむ、今のままでも並大抵の冒険者では太刀打ちもできないだろうが……魔導王陛下から直々に褒美を賜ったのなら、生半可な真似はできないさ」

「まぁ、確かに……あの短剣がそうなのですか?」

「そのようだね。詳しいことは分からないけど、ブルークリスタルメタル製の短剣らしい。とても誇らしそうに自慢されてしまったよ」

 無骨な訓練着に身を包むアインザックだが、その背中には揺らめく靄のようなエフェクトを纏った短剣が括り付けられている。

 魔導王から直々に下賜された逸品を片時も手放したくないという固い意思の表れなのか、或いはモックナックが苦笑するように宝物を自慢したがる子ども染みた振る舞いにも思えてしまう。

 いずれにせよ、あの冴え冴えとした青い短剣の輝きが、童心に抱いた冒険譚への憧れを思い出させてくれるほどの報酬だったことは確かなのだろう。

 こちらからの視線に気付き、少しだけ照れるような素振りをみせたアインザックが、それでも乱れることなく打ち込みを繰り返していく。

 私も負けてはいられないな、と腰を上げたモックナックが意気込み、軽々と肩に戦槌を担ぎ上げた。

「――では、ユンゲ君。私も訓練に戻らせてもらうよ。また、よろしく頼むね」

「えぇ、よろしくお願いします」

 意気揚々と歩き去っていくモックナックの後ろ姿を見送り、ユンゲは小さく息を吐いて訓練場の全体を見回した。

 

 そうして、初心者からベテランまで多くの冒険者たちが各々の訓練に励んでいる中で、一際に騒がしい方へと目を向けてみれば――、

「やるでござるなっ、“腐狼”殿! なら、これはどうでござるかっ!?」

 やや気の抜けるような掛け声とともに長い尻尾をしならせ、“森の賢王”ハムスケが鋭い一撃を振るうや、七代目の“武王”であったというクレルヴォ・パランタイネンが無言の内に反撃を狙う。

「その調子ですよ、ハムスケさん!」

「パランタイネンの旦那も良い感じだぜ!」

 その白熱した模擬戦を繰り広げる両者を取り囲みながら、二足歩行する蜥蜴のようなリザードマンたちが口々に声援を送っていた。

 人間種も亜人種も関係なく、更には異形種や魔獣までもが、ともに肩を並べながら切磋琢磨していく魔導国の冒険者組合――それはアバターの中身が、皆人間であったはずの“ユグドラシル”においても存在しなかった幻の光景。

「……ここは、本当に不思議なところだな」

「――っ、急に後ろから現れないでくれよ」

 不意に思考を読まれたような台詞に驚き、ユンゲは慌てて背後を振り返った。

「……実力は突出しているはずなのに、相変わらずの間抜け面だな」

 思わずと跳び退いたユンゲを冷たく一瞥して、チクリと刺すような物言いで“女忍者”ティラが言葉を吐き捨てる。

 こちらに半身で構える立ち姿は、ユンゲより頭二つ分ほども低い小柄な女性のはずなのだが、どうにも威圧感を覚えてしまう相手だった。

(まぁ、誰にでも苦手な相手っているよな……ナーベさんや、ルプスレギナさんとか)

 ふと脳裡を過ぎる顔触れに内心で言い訳をこぼしつつ、ユンゲは小さな溜め息とともに肩を竦めてみせた――と、

「ユンゲっ、疲れたぁー!」

 不意にティラの陰から飛び込んできた可愛らしい森妖精〈エルフ〉の少女――キーファの細い身体を抱き留める。

「――っとと、今日の訓練は終わったのか?」

「うん……でも、酷いんだよ! ティラったら、あたしがギブアップしてるのに関節技を外してくれないんだから!」

 やけに恨みがましい視線で睨みつけてみせるキーファだが、ティラの方は些かも興味がないとばかりに涼しい顔だった。

「一応、キーファからお願いしたことだろ?」

「まぁ、そうなんだけどさぁ……」

 とりあえずの苦笑いで取り繕ったユンゲは、やたらと距離の近いキーファの頭を宥めるように撫でながら、ティラに問いを投げかける。

「――それで、ティラの目から見てどうだった?」

 正式に魔導国の所属となった訳ではないらしいティラは、“外部協力者”という肩書きで時折こうして訓練場に顔を見せることがあった。

 先程、第三位階魔法を習得したリンダやマリーが成長に手応えを覚えている一方で、自身の成長に不安を感じていたキーファが頼み込むことで始まったのが、ティラによる体術の戦闘訓練だった。

「……筋は悪くない、しっかりと鍛えれば立派な暗殺者〈アサシン〉になれるだろう。何より、種族故か耳が良い」

「いや、あたしは野伏〈レンジャー〉だし、暗殺とかしたくないよ」

「……求められる能力は大して変わらない。お前の場合は弓技もあるんだ。無理に接近せずとも、気配を消しながら相手の不意打ちを狙えば事は済む」

「むむむーっ、えっと……ありがとう」

 やや釈然としない様子ながらも、やはり誉められていることには違いないので、キーファとしては無理矢理に溜飲を下げるしかないのだろう。

 最終的に弓で狙えという教えに関節技は必要なのか、と疑問符の浮かぶユンゲではあったが、藪蛇になりそうなので敢えては突っ込まない。

「まぁ、二人と合流して早めの飯にしようぜ。たまには、ティラも一緒にどうだ?」

「……いや、遠慮しておこう。これから部下の調練もしなければならん」

「そっか……じゃあ、またな。今日は助かったよ」

 最初から断られると思っていたので、ユンゲの返答もあっさりとしたものだ。

 軽く手を振って踵を返すティラの背を見送り、傍らのキーファに向き直る。

「ユンゲ、疲れたから抱っこして」

「いや、そこは流石に自力で歩いてくれよ」

「ぶーっ、じゃあ……おんぶ!」

「……何が違うんだよ。ほらっ、さっさと〈クリーン/清潔〉をかけてもらって帰ろうぜ」

 受付に常駐する骸骨の魔法使い〈スケルトンメイジ〉に頼めば、訓練での汚れや埃を落とす生活魔法のサービスが受けられる。

 そうして、結局は押し切られてしまいそうな予感を覚えつつ、やや重い足取りで訓練場を後にするユンゲであった。

 

 *

 

「――次回は、ユンゲさんも一緒に魔法講義を受けてみるのはどうですか?」

「……暫くは遠慮するよ。パーティ内での役回りを考えれば、俺は前衛に専念するべきだと思う」

 魔法詠唱者向けの講習を終えて合流したマリーの提案にかぶりを振り、ユンゲはぼんやりと描いていた考えを口にした。

「リンダも前衛を務められるけど……やっぱり回復役の二人は、後方に控えていてくれた方が俺も安心できるからな」

 索敵と中距離からの遊撃役をキーファに任せて、リンダとマリーは後方からの支援に重点を置きながら、場合によっては遠距離からの魔法攻撃を仕掛けてもらうこともできる。

 不測の事態を考えると、接近戦に不安のあるマリーの傍にリンダを配せるのも心強いだろう。

 こうした布陣を想定するのなら、ユンゲは魔法よりも戦士としての能力向上に努める方が、パーティのバランスは良くなるはずだった。

 ――何より大きな声では言えないものの、この転移後の世界における魔法の習得が非常に困難であることも理由の一つだ。

 レベルアップのときに好きな魔法を選ぶことのできた“ユグドラシル”とは大きく事情が異なり、もしも新しい魔法を覚えたいと願うのなら、師匠となる人物から教わったり、市販のスクロールを読み解いた“魔法の公式”を自らと契約した媒体――魔導書などに刻み込む必要がある。

 この世界の文字を未だに勉強中の身であり、それでも新しい魔法が自身の力として馴染むまでには時間を有することや、何かしらの条件を満たすまで使用できないといった面倒な制約が多いのだ。

 リンダやマリーが分かりやすいと喜んでいた死者の大魔法使い〈エルダーリッチ〉の講義にしても、基礎的な魔法知識の欠けるユンゲでは理解できそうにもなかった。

(……魔法のスクロールはともかく、専用の魔導書なんて持ってないしな)

 ユグドラシルの恩恵によって、労せずして魔法の行使が可能であるプレイヤーは、やはり世界にとって異質な存在なのだろう。

 元々、難しいことを考えるのは苦手なタイプだと自負しているので、魔法は牽制程度の手段に捉えつつ、“レベルを上げて物理で殴る”スタイルが自身の性分には合っているとも思えた。

「……もう、“ぼっちプレイ”じゃないからな」

 何の気なしにこぼれた自らの呟きに、ユンゲは思わずと口許を緩めてしまう。

「えっと……どうされましたか、ユンゲさん?」

「ん? ……いや、何でもないよ。とにかく俺は前衛を頑張ろうと思うから、マリーとリンダには後方からの支援とパーティ全体を見守っていてほしい」

 少しの気恥ずかしさとともに言い切り、誤魔化すように頭を下げた。

 こちらの勝手な要望にも、「……了解しました。じゃあ、魔法の支援は私たちに任せてください!」と笑顔で応えてくれる仲間たちを前にして、ユンゲの胸に熱いものが込み上げてくる。

「……ありがとう、よろしく頼むよ」

 そうして、素直に感謝を口にしたとき、不意に上空を覆い尽くすのは巨大な影――魔導国での暮らしは驚きに満ちているが、近頃の市井で話題に挙げられる最大の関心事は、先日より新たに魔導王の傘下に加わったという霜の竜〈フロスト・ドラゴン〉の存在になるのだろうか。

 アゼルリシア山脈のどこかに棲まうと初めて噂を耳にしたとき、いつかは戦ってみたいと考えていたモンスターなのだが――、どこまでも自身の“先を歩いていく存在”を知ってしまったのなら、ユンゲは敬意を抱かずにはいられない。

「何度見てもびっくりするね!」

「まるで神話のような光景だからな……あの強大なドラゴンに荷運びをさせるという発想が、私のような凡人には信じられないよ」

 青空の彼方へと飛び去っていくドラゴンの姿にキーファが目を輝かせ、リンダは呆れともつかない嘆息とともに小さく肩を竦めてみせた。

 ふと思い浮かんだのは、仲間とともにドラゴンの背に乗って大冒険などという夢物語――これは“いつかの夢”として、今は胸の内に留めておこう。

 

「――さっ、何はともあれ早く飯にしようぜ!」

 

 *

 

 かつて、駆け出し冒険者向けの宿場も兼ねていると紹介された酒場――そこは“場末の酒場”という単語がこれ以上になく相応しい、暴力的で退廃的な空間であり、ユンゲがこの世界に降り立って最初の食事をかき込んだ懐かしい場所だ。

 軽い軋みを上げるウエスタンドアを押し開けたのなら、店内奥のカウンターから用心棒にしか見えない無骨な禿頭の主人が声を投げかけてくる。

「まーた、懲りずにお前さんらか。ウチのような安宿には、ミスリル級の冒険者様にお出しする上等な料理や酒なんて置いてねーぞ」

「まぁ、気にしないでくれ。それより、いつものヤツを大盛りで頼むよ!」

 気軽なユンゲの注文を受け流し、主人が顎だけで空いているテーブルの一つを指し示す。

 素直に美味い料理や酒を楽しみたいのなら、魔導王からの厚意で提供されている最高級宿屋の“黄金の輝き亭”の食堂を利用した方が良いのだろうが、誰しも肩肘を張らずに楽しみたいと思うときは往々にしてあるものだ。

 特大サイズのジョッキを安物のエールで満たして掲げ持ち、多少の溢れも気にせずに「乾杯っ!」と皆で打ち合わせたのなら、明日からもきっと楽しく過ごせるだろう。

 

「へー、大昔に滅びた古代の魔法都市か。それは面白そうだな」

「だよね! ここから南東の方角で……カッツェ平野よりも、ずーっと向こう側になるのかな? 何でも、“国堕とし”っていう凶悪な吸血鬼王侯〈ヴァンパイア・ロード〉が暴れたせいで滅ぼされちゃったみたいなんだけど、昔から凄く魔法技術が発達していたんだってさ!」

「……なるほどなぁ、それだと珍しいマジックアイテムとかが眠ってたりするのかも知れないな」

 バハルス帝国との戦争で大敗した以降――、本国へと逃げ帰ったリ・エスティーゼ王国貴族の元邸宅からは、時折に高価な調度品や書物などが払い下げられることがあるのだ。

 密かに読み物を趣味としていたキーファは、それらの古い書物を買い求めて色々な情報を集めてくれていたらしい。

「他の候補だと、前にフールーダの爺さんが喚いてた砂漠の天空都市〈エリエンティウ〉はどうなってるのかな? そっちの方面からは、質の高いアイテムや武器が流れてくるって話もあったよな」

「魔法とか金属加工の技術は凄そうですけど……現在でも人間が住んでいるのなら、未知のアイテムとかはなさそうな気がしますね」

「確かに、アンデッドでも使えるアイテム探しってなると違う気がするねー」

「……いずれにせよ、私たちがもっと実力をつけてからだな」

 キーファの持ち込んだ書物に目を落としていたリンダが話題を引き取り、決意を滲ませるように言葉を続けた。

「――その“国堕とし”とやらは、既に“十三英雄”が討伐しているらしいが、世界を旅しようと思うのなら脅威は多い。今のままでは、ユンゲ殿に負担をかけてしまうばかりだ」

「いや、そんなに気負わなくて大丈夫だよ。……時間はたっぷりあるんだ。気長に楽しみながらやろうぜ、リンダ」

「あぁ、えっと……はい、ありがとうございます」

 最近のキーファやマリーは良い意味で遠慮がなくなってきたのだが、リンダは生来の真面目さのためか、どうにも固さが拭えない印象がある。

 年長者としての冷静な振る舞いに助けられる場面も多く、自身を律しているリンダの姿勢は見習いたいと感じながらも、もう少し気楽にこちらを頼ってほしいという思いがあるのも確かだった。

(……けど、それを俺が指摘するのも変な話だし、もっと信頼してもらえるように頑張らないとなぁ)

 何はともあれ飲もう、と対面のリンダに笑いかけたユンゲが追加のジョッキを掲げてみせれば――、

 

「おっ、なんじゃなんじゃ……もう酒を飲んどる連中がおるんか!」

 開け放たれたウエスタンドアの向こうに、ずんぐりとした樽のような人影――大層に立派な髭を蓄えた山小人〈ドワーフ〉が、年中の赤ら顔に人好きのする笑みを浮かべていた。

「よー、髭のおっちゃん。今、仕事終わりか?」

「おうよ! 片付けもほっぽり出してきたというのに、お前さんらに先を越されるとは――」

 何やら酷く打ち拉がれている様子のドワーフは、魔導王の招聘に応じてエ・ランテルに赴任してきた鍛冶職人の一人だろう。

 ドワーフという種族は顔面積に対する髭の割合が多過ぎるので、ユンゲには個人の判別がつけられないことも多い。

 しかしながら、常なる酔っ払いが相手であったのなら、誰にでも“髭のおっちゃん”の呼称で差し支えないのだから気楽なものだ。

 古典的なファンタジーでのエルフとドワーフが仲違いしてしまうイメージも、長らくと交流のなかった世界の両種族間には当て嵌まらないらしく、面倒なわだかまりがないのも幸いだろう。

 こうして、毎夜のように酒場で顔を合わせていたことで、いつしか意気投合してしまった類いの酒飲み友達だった。

「――この魔導国の酒は信じられんほど美味いからな、故郷の皆が羨ましがっとるよ」と誇らしそうな彼らに訊けば、現在は限られたドワーフだけが魔導国に移住しているものの、将来的には食料品や武具の交易とともに、街路の整備や建築に長けた職人たちの来訪も予定されているらしい。

「ドワーフ製の装備が手に入りそうなら、キーファの弓とかも新調してみるか?」

「うーん、今のヤツも気に入ってるけど……試してみるのはありかもね」

「そう言えば、お前さんらは冒険者じゃったか」

「――そうそう、こう見えても直近でミスリル級に昇格したんだぜ!」

 わざとらしく胸を張ってみせたユンゲは強面の主人を呼び止め、更に追加のエールを注文する。

「追加は構わないが……お前さん、流石に飲み過ぎじゃないか?」

「大丈夫だってさ、このくらいなら酔ったことにもならないよ」

「そうじゃ、酒は呑まれてなんぼじゃろー!」

「……ったく、嬢ちゃんたちに迷惑かけるなよ」

 資の悪い酔っ払いたちの妄言に呆れて肩を竦めた主人が、腰を屈めるようにしてカウンターの奥へと戻っていった。

 そうして、飛び入りのドワーフとも楽しく酒を酌み交わしながら、ユンゲたちは取り留めのない会話に花を咲かせていく。

「――魔導王陛下からの依頼品を持ち逃げ? 結構ヤバそうな感じだけど、それって大丈夫なのか?」

「なーに、問題ない。鍛冶工房長の件も、儂らには責任がないと笑って許してもらえたよ」

 がははは、と豪快な笑いを上げたドワーフが、小樽ほどのジョッキを一息に空けてみせつつ、もう一方の手で次のジョッキを掴み取る。

「美味い酒もくれるし、ルーン技術にも理解があって、儂らみたいな職人の気持ちも分かっとる。あの見た目は恐ろしかったが、魔導王陛下は偉大で寛大な“良いアンデッド”じゃな」

 何とも不思議な言い回しではあるのだが、魔導王を語っているドワーフの口調には既に揺るぎない敬意と信頼が感じられるのだから、ユンゲとしては驚くばかりだ。

「本当に凄いですよね、魔導王陛下は……」

 あまりにも遠い存在に憧れてしまったものだと、自身で掲げた目標の高さに思わずと溜め息がこぼれてしまう。

「――あれっ? ユンゲさん、もう酔っ払っちゃいましたか?」

 不意に向けられる上目遣いの視線には、楽しそうな揶揄いの色――傍らのマリーが、ほんのりと頬を紅潮させながら身体を寄せてくる。

「……こんなものじゃないさ。マリーこそ、ほどほどにしとかないと明日が大変じゃないか?」

「むー、もう大丈夫ですもん! 私も飲めます!」

 既に舌足らずとなった反応を見遣ったのなら、翌朝には頭を抱えているマリーの姿が思い浮かぶものだが、敢えて言及することもないだろう。

「そうか、なら……もっと楽しもうぜ」

 ふとした稚気を微笑ましく感じながら、ユンゲは何気なく窓辺へと目を向ける。

 四角い窓枠に切り取られた宵闇の街並み――濃藍の帳が下ろされていく夜空の裾では、宝石箱のように色鮮やかな星たちが輝き始めていた。

 

 

 

 【おしまい】

 

 




拙作『新参プレイヤーの冒険譚』は、今話にて完結となります。

最終話にして、キーファの読書好き設定(名前の元ネタに関係)を初めて書けたり、まだまだ思い描いていたエピソードもあるのですが、一つの物語として綺麗にまとまりそうなところで筆を擱かせていただきたい考えです。


初めての二次創作活動&ハーメルン投稿なのに、いきなりの長編ということで色々と大変な思いもありましたが、沢山のコメントをいただいたり、お気に入り登録をしていただいたり、ここまで読んでくださった皆様のおかげで、なんとか最後まで物語を書き終えることができました。
この場を借りて感謝を伝えさせてください。

――ありがとうございました!


-追記-
本編では描き切れなかったネタを後日談的に投稿していきたいと思います。
更新は不定期となりますが、お暇なときにでもお付き合いいただけると嬉しいです。
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