オーバーロード 新参プレイヤーの冒険譚   作:Esche

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本編完結後の蛇足的な短編となります。
時系列としては、原作書籍のドワーフ編の終了後〜聖王国編の開始前までをイメージしています。

独自解釈や独自設定を含むので、ご留意ください。


カッツェ平野を調査せよ!(1)

 ヴァディス自由都市と呼ばれる小さな街がある。

 常なる薄霧に覆われ、不死者〈アンデッド〉の多発地帯として知られている危険なカッツェ平野の北端――かつて、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国を結んでいた街道沿いに築かれた都市は、両国からの共同出資により成立した。

 長年の戦争状態に置かれていた両国の間柄ではあるものの、アンデッドという人類共通の脅威を前には矛を収めて協力体制を敷き、冒険者や騎士団を派遣して支援する必要があったのだ。

 そうした国家間の様々な思惑の中で都市運営にかかる自治権を与えられ、小規模ながらも独自の発展を遂げてきた街は――現在、大きな岐路に立たされている。

 

「服従か、或いは抵抗か……」

「抵抗などできるはずもあるまい。王国は呆気なく大敗し、帝国さえも既に属国に成り下がってしまったのだぞ」

「そもそも両国からの支援なしにヴァディスは成り立たない。作物も育たない土地で何ができるというのだ? 選択の余地などあるものか」

「しかし、忌むべきアンデッドが支配する国だ。我らの存在意義はなくなってしまうだろう」

 喧々囂々――、集まった街の上役たちは一様に顔色を悪くしながらも、互いの主張を繰り返すばかりで議会は混乱の渦中にあった。

 その原因は他でもない、春先に王国より城塞都市〈エ・ランテル〉近郊の割譲を受けて成立した“アインズ・ウール・ゴウン魔導国”の存在だ。

 もっとも、昨冬のカッツェ平野での大戦で惨敗した王国からの支援は既に絶えており、頼りであった帝国も魔導国に屈した状況において、ヴァディスのような小都市が取れる選択肢は限られている。

 何よりも、両国を通して派遣されていた冒険者や帝国騎士といった外部の戦力を欠いてしまったのなら、街を維持することさえも儘ならないのだ。

 いずれは、カッツェ平野から押し寄せてくるアンデッドの群れに飲み込まれてしまう屈辱の最期を待つばかりだろう。

 それでも、アンデッドに対抗するために築かれたはずのヴァディス自由都市の住人たちが、その理念を曲げてアンデッドによる支配を受け入れる――その事実を承伏するためには、まだ暫くの時間が必要なのかも知れない。

 

 *

 

「――到着しますよ、ユンゲ殿」

 ふと呼びかけられた言葉に顔を持ち上げれば、御者台から振り返ったリンダに柔らかな笑みを向けられていた。

「ん……悪い、ちょっと眠ってたみたいだ」

「いえ、襲撃もない道中でしたから大丈夫ですよ」

 軽く肩を竦めてみせたユンゲは、寝惚け眼を擦りながら辺りに視線を巡らせる。

 荷馬車の進む街道の右手には薄霧の覆われた不毛の荒野が広がり、左手には見上げるほどの強固な石壁――アンデッドの襲撃に備えて築かれたヴァディス自由都市の高い市壁が聳えていた。

 破壊と修繕の繰り返された痕跡が歴戦を思わせ、その重厚な佇まいは頼もしくも、どこか物寂しいような印象を抱かせる。

 エ・ランテルと帝都〈アーウィンタール〉を行き来する際に、ユンゲも何度か見かけたことのある街ではあったが、わざわざと立ち寄るのは今回が初めてになるはずだった。

「出入りは裏側からみたいだな」

「そうですね、カッツェ平野に向けて門戸を開けるのは危険でしょうから」

「……なるほど、いきなり襲われると堪らないな」

 こちらの何気ない呟きに軽く相槌を打ってくれたリンダが、いつもながらの見事な手綱捌きで荷馬車を操り、ぐるりと市壁を回り込ませていく。

 規模からすると農耕地を除いたカルネ村よりも一回りか、二回りほどは大きいくらいだろうか。

 カッツェ平野におけるアンデッド討伐の重要な拠点ということなので、一般的な旅人には見向きされなくとも、相当な人数が滞在できるだけの設備を備えているとのことだった。

 また、以前は王国や帝国からの支援を受けていたのものの、魔導国の成立によって勢力圏から外れてしまったために現状はかなり困窮しているらしい。

 今回の依頼前に詰め込んだ伝聞を思い返しつつ、ぼんやりとユンゲが様子を窺ってみれば、回り込んだ街門の前には入場を待つ長蛇の列――撤退した王国に代わり、魔導国からの支援物資を満載にした輸送隊の荷馬車が連なっていた。

「……これは結構かかりそうだな」

 小さく溜め息をこぼしてしまうユンゲではあったが、「先に通してくれ」などと身勝手な言動ができるはずもない。

「すみません、私が起こすのを待っていれば……」

「いや、リンダは何も悪くないから――」

 ふと御者台で申し訳なさそうに肩を落とす生真面目な神官〈クレリック〉の姿を見遣れば、思わずと苦笑してしまう。

「本格的な調査は明日からだし、今日はもう何の予定ないからのんびり待とうぜ」

 傍らの積荷から手探りに引っ張り出したエールの酒瓶を掲げ持ち、ユンゲは軽やかに笑いかけた。

 

 そうして、ようやくと入場待ちの待機列を抜け、ヴァディス自由都市に足を踏み入れることのできたユンゲたち“翠の旋風”は、閑散とした大通りを用意された宿屋へと向かっていく。

 街中の通路は馬車が行き交えるだけの道幅がないとのことで、徒歩での移動となるのは了承済みだ。

「……何か、殺風景なところだね」

 先頭を歩いていたキーファが無遠慮に周囲を眺めながら呟き、こちらを覗き込むように振り仰ぐ。

「んー、確かに似たような建物ばっかりで面白味に欠けるかもな」

「樹や花がないのも寂しいよね。息が詰まる、っていうかさ」

 石材を基調とした地味な街並みは、どれも揃いの規格で建てられているようであり、鮮やかな色味に欠けて観光に映えるような目新しさはない。

 エ・ランテルでは見られる威勢の良い客引きがないことも、どこか冴えない印象に影響しているのかも知れない。

 そして、静かな大通りの行き止まりに聳える石壁の向こうに、“死の大地”とも称されたカッツェ平野か広がっていることを考えれば――、

「……キーファの言うように、空気が澱んでるのは分かるな」

「そうそう、せめて街路樹くらいは欲しいよね!」

「――でも、元々はアンデッド対策のために建てられた拠点なんだから仕方ないと思うよ」

 勢い込んでみせるキーファの隣で、やや躊躇いがちに様子を窺っていたマリーが、「この辺りだと植物も育たないでしょうし……」と言葉を続ける。

「やっぱり難しいのか?」

「そうですね……実際に試してみないと確かなことは言えませんが、ずっと土を浄化するための魔法をかけ続ける必要はあると思います」

「それは……大変そうだな」 

 森祭司〈ドルイド〉としての見識を持つマリーの説明に頷いて、ユンゲは小さく息を吐いた。

 ふと視線を落としてみれば、路地に敷かれた石畳の僅かな隙間にさえ根を張るような雑草の類いが一切も見られない。

 やはり、カッツェ平野周辺の土地が抱える問題は深刻なのだろう。

 生活の基盤となるはずの農業が成り立たず、武器や防具の整備にかかる工房を除いてしまうと他に主だった産業のないヴァディス自由都市の運営が、他国の支援なしに頓挫するのは自明だった。

 

「まぁ、何はともあれ……酒とかを持ち込んだのは正解みたいだな」

 荷物を背に担ぎ直しつつ、ユンゲは勝ち誇るように笑ってみせた。

「うん……いや、ユンゲが大丈夫なら、あたしは良いんだけどさ」

「まぁ、驚くのも今更だよね」

 こちらに一瞥をくれたキーファが呆れるように肩を竦めて踵を返し、マリーもまた諦めたように小さくかぶりを振って歩き始める。

「――ん、どうした?」

 二人からの妙な反応に疑問符を浮かべ、ユンゲは思わずと問いかけるが――、

「……これほどの荷物を一度に運べるのは、荷馬車かユンゲ殿くらいですよ」

 耳朶を打つ乾いた声音は、やや不安そうな笑みを湛えるリンダからだった。

 街中では進めない荷馬車を街門脇の馬房に預けたのなら、積んでいた大量の荷物を宿屋へと運び込む必要がある。

 しかし、何度も宿屋から馬房までの距離の往復を面倒に感じたユンゲは、それらをまとめて担ぎ上げることにしていたのだ。

 少しばかり曲芸めいた格好にはなるものの、戦士職としての本領を発揮すれば造作もない――が、待機所に控えていた衛兵からは、第一位階魔法である〈フローティングボード/浮遊板〉の使用を薦められたので、この世界の常識からすると違和感があったのかも知れない。

(なるほど……でも、前にも帝都で似たようなことはしてるしなぁ)

 どちらにせよ、スクロールを用いた〈浮遊板〉で運べる重量の限界は五十キロ程度のはずなので、結局は何度か往復することになるだろう。

「……なら、往復しないで一度に済ませたほうが楽じゃないか?」

「そう、なのでしょうか……?」

 やや困惑の色を浮かべながら小首を傾げてみせるリンダを傍らに、ユンゲは軽い足取りで宿屋を目指すのだった。

 

 *

 

 借り受けた宿屋の一室に集まり、丸めていた羊皮紙を背の低い文机に広げた。

 いくつかと記されている異国の文字列については未だにはっきりと読み取ることができないものの、その内容を理解することはユンゲにもできる。

 羊皮紙に描かれているのは、カッツェ平野を中心とした周辺の簡易な地図であった。

 その左上に位置するのは、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の首都であるエ・ランテルだ。

 そして、地図中央に広がるカッツェ平野を大きく迂回するように主要な街道が周辺へと伸びている。

 北端の街道を東に進むと現在地のヴァディス自由都市を経由しつつ、右上のバハルス帝国領に至ることができる。

 西端の街道を南に下ってみれば、やがて左下のスレイン法国領へと行き着くのだが――、人間至上主義を掲げて森妖精〈エルフ〉を迫害している地域を訪れる機会はおそらくないだろう。

 また、スレイン法国に向かう途上で東へと枝分かれする街道は、カッツェ平野の南端を辿って峽湾に突き出した岬の小都市まで続いている。そこからは船舶を利用して、右下に位置する竜王国へと赴くことになるらしい。

 一方で、帝国と竜王国間の往来については、国境に聳える険しい山脈が大きな障害となっており、街道を整備することができていないようだ。

 こうして地図を俯瞰してみれば、周辺諸国の中で竜王国ばかりが、カッツェ平野を始めとした厄介な天然の地形に隔てられてしまい、人類の生活圏から突出しているような格好になるのだろうか。

 そして、その竜王国よりも更に南東の方角――当然ながら地図に描かれている範囲からも外れてしまう彼方には、キーファが大昔の文献から調べてくれた“古代の魔法都市”が存在しているはずなので、いつかは訪れてみたいところだ。

 

 ふと逸れかけてしまった思考を呼び戻し、ユンゲは軽く咳払いをしてから口を開いた。

「――さて、先ずは依頼内容を確認しておこうか」

 今回、“翠の旋風”が冒険者組合から請け負った依頼は大きく二つ――カッツェ平野におけるアンデッドの討伐と空白地帯の調査だ。

 前者については、これまでも定期的に実施されていた国家事業の一環であり、低位のアンデッドを放置すると強力なアンデッドが生まれてしまうことを懸念してのものだ。

 エ・ランテルの街角に警備として常駐している死の騎士〈デス・ナイト〉などは、魔導王であるアインズ・ウール・ゴウンの支配下に置かれているアンデッドなので特に心配はない。

 一方で、カッツェ平野で自然発生するアンデッドについては別の問題になるらしく、帝国との交易路としても重要な街道付近の安全を確保する必要があるのだ。

 こちらの討伐依頼にはユンゲたちばかりでなく、モックナックの率いる“虹”を筆頭として、エ・ランテル冒険者組合から多くのチームが参加することになっている。

 そして、もう一つの調査依頼に関しても広げた地図を眺めてみれば、すぐに内容を理解できる。

「……こうして見ると本当に何も分かっていないんだよな。まぁ、敢えて危険な場所に深入りしたくもないだろうけど」

 カッツェ平野の周辺を描いた地図にも関わらず、肝心な平野内の様子については殆どが白紙の状態であり、長年の戦争に臨んで帝国側が建築した砦の位置だけが記されているような有様だった。

 前向きに言い換えるのであれば、エ・ランテルからも目と鼻の先――人類の生活圏に程近いはずの場所であっても、この世界は“未知”に溢れているということなのだろう。

 

「どの辺りから探ってみるの?」

「うーん、やっぱり気になるのは中央のところだけど……霧が濃くなるって話だから、あんまり無理はしたくないよな」

 カッツェ平野を覆っている霧には単純な視界の悪さに加えて、何故かアンデッドの反応を示す性質があるので、敵を探知する魔法の類いがあまり意味をなさない怖さがある。

 トントンと指先で地図の真ん中を差しつつ、ユンゲは小さく息を吐いた。

「……でしたら、街道に沿いながら少しずつ内側に進んでいくのはいかがでしょうか?」

「もし危険な場面になっても、すぐに街道まで引き返せば良さそうですね。マリーの案なら位置の把握もできますので、調査が捗るかと思いますが――」

 地図から顔を上げたリンダが言葉を引き取り、こちらに上目遣いの問いを向けてくる。

「まぁ、そうだな。身の安全を優先するべきだし、とりあえずは慎重に外側から探索してみようか」

 効率の面だけを考えるのなら〈フライ/飛行〉を詠唱し、手っ取り早く見回ってしまうのも一つの方法なのかも知れないが、ユンゲには上空から見たものを地図上に書き起こせる気がしない。

 ――何よりも未知を求める冒険の一環としては、あまりに味気ないというのが正直な気持ちだった。

 一度の探索で全てを網羅する必要もないので、やはり徐々に探索範囲を広げながら地図の空白を埋めていくのが正解だろう。

「了解しました!」と笑顔で応えてくれるマリーたち仲間の姿を見回して、ユンゲは一つ大きく頷いてみせた。

「――なら、方針も決まったことだし、少し早いけど夕飯にしようぜ!」

 

 *

 

 持ち込んだエールの酒瓶を取り出しつつ、ユンゲは壁際に備え付けられていた武具用のスタンドに視線を向ける。

 そこに立て掛けられている真新しい武器は、今回の依頼に先立って“酒飲み友達”となった山小人〈ドワーフ〉たちから試作品として手渡されたものだ。

 彼らは魔導王により招聘され、エ・ランテル外周部の一画を専用の工房区として与えられるほどに期待されている。

 そもそも、魔導王ほどの強大な力を持っているのであれば、カッツェ平野周辺の調査程度は容易いはずなのだ。

 わざわざ冒険者組合を通してまで、依頼の形式に拘った調査の意図は他にあると考えて行動するべきだろうと思われた。

(このルーン武器の性能を試したい、ってことなのか……でも、それだけじゃないよな)

 無骨な拵えながら見た目よりもずっと軽くて頑丈なドワーフ製の武器は、近接戦を兼ねるキーファやリンダにも好評だった。

 ユグドラシルでは単なる装飾に過ぎなかったはずのルーン文字が、この転移後の世界においては魔化技術の一種として確立されており、刃の鋭さを増したり、打撃力を高めるといった実際の装備強化に役立つというのも素直に興味を惹かれる。

 流石に聖遺物級であるユンゲ自身の装備とは比較することはできないものの、それぞれが受け取った複合弓や錫杖、小振りなメイスに施されたルーン文字の一つは“光”を意味しているらしく、通常の攻撃に聖属性のダメージを上乗せできるという説明だったので、カッツェ平野に蔓延るアンデッドに対して有効に働くはずだった。

 まだユンゲが冒険者となって間もない頃――、共同墓地で発生したアンデッド騒動のときには、駆けつけてきた冒険者たちの多くが魔法付与した武器を持っていなかったことを記憶している。

 彼らが物理的な攻撃に耐性を持つ死霊〈レイス〉の対処に苦戦していた光景を思い返せば、これらの武器が冒険者に普及する意味は大きいだろう。

 大闘技場での一幕から、最近は世間でも名を知られるようになってきている“翠の旋風”に、試作品のルーン武器を持たせて活躍する姿を見せることができたのなら、それなりに宣伝効果を期待できるということなのかも知れない。

 ――知名度を考えれば、当然ながら稀代の英雄と名高い“漆黒”の足下にも及ばないが、モモンとナーベでは実力が圧倒的に過ぎるため、武器の性能を判断する材料にはならないのが難点となる。

「……でも、冒険者向けに商売するつもりはなさそうだよな」

 エ・ランテル冒険者組合が魔導国の傘下に組み込まれて以降、所属する冒険者を取り巻いていた環境は激変している。

 約束された福利厚生の一環として、ユンゲたちの常宿が最高級を謳われる“黄金の輝き亭”になり、この世界では貴重な風呂を朝晩と気軽に利用できることに始まって、管理下のアンデッドを用いた安全な戦闘訓練や魔法講義などの様々な恩恵を無償で受けられるようになったのだ。

 モンスターの討伐や商人の護衛といった従来の依頼が減り、碌な働きもないままに訓練以外では暇を持て余している冒険者の現状は、魔導国から持ち出しの費用ばかりが嵩んでいるだろう。

 謁見の場でアインズから告げられた言葉を振り返れば、「将来への投資だ」と割り切っている雰囲気ではあったのだが――、様々な好待遇を受けているユンゲの身としては、やはり何も返せていない現状に心苦しいものがある。

 また一方で、組合を通した依頼とは別件になるのだが、カッツェ平野における魔導王の関心事は、無数に出没するアンデッドを利用した訓練施設の施行にもあると思われた。

 こちらは“冒険者組合長”プルトン・アインザックと“魔術師組合長”テオ・ラケシルが主導で進めており、今頃はヴァディス自由都市の運営責任者たちと泊まり込みで協議を重ねているはずだった。

 そうした機微を踏まえたのなら、今回のアンデッド討伐やカッツェ平野の調査依頼についても、冒険者を救済する意味合いが強いのかも知れない。

 

(――ったく、何が“アンデッドでも飲食可能”になるマジックアイテムだよ。……何とか探し出さないとなぁ)

 大闘技場での挑戦を終えて、魔導王からの誘いを受けた宴席の場――次々と運ばれてくる豪華絢爛な食事に手をつけないアインズの様子に訝り、何気なく問いかけてしまったことでアンデッドの身体が飲食できない旨を知らされた。

 この世界に転移して半森妖精〈ハーフエルフ〉の身体を得てからというもの、自らも制御できないほどの食欲に突き動かされてばかりなユンゲにしてみれば、それは真に驚嘆するべき事象だった。

 そうして、考えるよりも先に自身の口からこぼれていたのは、「何よりも早く、飲食可能になるアイテムを探しましょう!」という台詞だ。

 そのようなアイテムが本当に実在するのか、どうやって手に入れるつもりなのかと後から思い返してしまえば、色々と先走り過ぎていた発言ではあったのだが――しかし、あの瞬間だけ……これまでの振る舞いからは完璧な存在にしか思えなかった魔導王に“人間味”を覚えたのだ。

 ユンゲの素っ頓狂な提案に僅かな間を置いて、微笑むような声音で「……それは楽しみだな」と呟かれた小さな言葉――そこに込められていた淡い期待の響きをハーフエルフの鋭敏な耳が聞き逃すことはできなかった。

 

 出会いから今日まで――、戦士として遥かな高みにあるモモンの強さに憧れを追いかけ、悲劇から立ち上がろうとするカルネ村の住民たちに慕われるアインズの後ろ姿には畏敬を抱いた。

 その両者が同一人物であったという事実には素直な驚きを覚えたものだが、一方で妙に納得してしまう不思議な安心感もあった。

 先のカッツェ平野における戦争では、魔導王が大魔法で数多くの王国兵を虐殺したとの悪評ばかりが散見されたものの、ユンゲの率直な気持ちにはそぐわない。

 疲弊した自国の開拓村を支援することもなく蔑ろにして、剰え人質とするために大軍で攻め寄せるような王国の在り方に未来はない、と断じてしまいたくなるほどなのだ。

 馬上で偉そうに吠えていた傲慢な顎鬚男の名前はもう覚えていないが――、

(……人間の王族より、アンデッドであるゴウン様の方が“人間にも優しい”ってのは皮肉だよな)

 街中での警備を任されているアンデッドへの忌避感も薄れ、蜥蜴人〈リザードマン〉などの亜人を見かけるようになった現在のエ・ランテルは、以前の王国領であった頃よりも活気があると感じられるほどだった。

 そもそも戦場で兵士が死ぬのは当たり前であり、カルネ村での防衛戦に参加したユンゲ自身も多くの王国兵の命を奪っている。

 容赦のない騎馬の群れを駆り、逃げるばかりの女性や子どもを背後から襲撃した非道は棚に上げ、殊更に被害者面を晒して魔導王だけを批難している連中とは相入れる気がしないのだ。

 そう考えるのであれば、アインズから受けた恩を少しでも返すためにも“アンデッドでも飲食可能”となるマジックアイテムを手に入れて、ユンゲが有言実行してみせるしかないだろう。

「……頼むから、世界のどこかにはあってくれよ」

 そうした切なる願いをぼやきつつ、なみなみと注いだエールのジョッキを傾けたときだった。

 ――コンコンッと小気味良く敲かれたノッカーの音が、不意の来客を告げる。

「はーい!」と軽やかに腰を上げたキーファが、こちらに一瞥をくれながら小走りに扉へと駆け寄っていく。

 

「――夜分に失礼します。バハルス帝国四騎士を拝命する、レイナース・ロックブルズと申します」

 気位の高さを思わせる澄ました声音。

 開かれた扉の向こうに、艶やかな金髪を右頬へと流した女騎士の姿があった。

 

 




ユンゲたちの受け取ったルーン武器は現地産になります。酒を酌み交わした“髭おっちゃん”からの厚意という設定なので、宣伝云々はユンゲが深読みしているだけのはずです……多分。
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