赤く燃える鬼火に憎悪を宿し、躍りかかってきた骸骨戦士〈スケルトン・ウォリアー〉の斬撃――血塗られたシミターの凶刃を真新しいラウンドシールドで受け止める。
甲高い激突音。持ち手に伝わる殺戮の衝動を無理矢理に膂力で押し返し、ユンゲは前方に踏み出しながら反撃のメイスを振り抜いた。
剥き出しの髑髏を捉えた鋭い一撃に真っ白な光が弾け、均衡を失った骨格だけの身体が溶けるように崩れていく。
「ん、良さそうだな」
後続に群れる不死者〈アンデッド〉たちの姿を視界の端に見据えつつ、片手持ちのメイスを軽く払って半身に構える。
実践では初めてとなる打撃系の武器だったが、山小人〈ドワーフ〉製の使い心地は悪くない。
キーファやリンダが受け取った武器と同様に、聖属性の追加ダメージを付与する“光”のルーン文字が刻まれていることもあり、特に刺突や斬撃への耐性を持つスケルトン種を相手には好都合だった。
また、重量軽減を施されたラウンドシールド――こちらも持ち手となる鉄製の盾心〈アンブー〉にルーン文字を刻まれたドワーフ製であり、見た目よりもずっと軽いので取り回しに問題はない。
普段はバスタードソードを両手持ちにしているので、盾の類いを使用しない戦闘スタイルのユンゲではあるが、戦い方に幅を持たせる意味では経験を積める良い機会なのだろう。
「……ずっと見られてるな」
次々と襲ってくるアンデッドの群れを捌きながら一瞥を向ければ、薄霧のかかる少し離れた辺りに位置する部隊――バハルス帝国四騎士のレイナース・ロックブルズに率いられた騎士団の姿が映る。
昨晩、ユンゲたちの宿屋に来訪した女騎士から告げられた内容を思い返せば、端的にはカッツェ平野のアンデッド討伐における協力の申し出であった。
両国家間の思惑をユンゲに理解できるはすもないのだが――、以前はリ・エスティーゼ王国との共同出資によって実施されていたアンデッド討伐の事業について、宗主国となるアインズ・ウール・ゴウン魔導国だけが冒険者を派遣するという状況では体裁が悪いということらしい。
大闘技場での一幕を経てから間もなく、現在は属国となっている帝国の情勢を踏まえても、最大戦力である四騎士の一人を派遣することで翻意がないことを示したいのだろうか。
「……にしても、こっちを見過ぎじゃないか?」
カッツェ平野に足を踏み入れてからというもの、ユンゲは常に値踏みするような視線を横合いから感じていた。
巧みな指揮で騎士団を統率しながら、自らも騎士槍を手にして群がるアンデッドを掃討していくレイナースの綺麗な左の横顔を見遣り、ユンゲは小さく溜め息をこぼす。
通称である“重爆”の名に恥じない豪快な槍捌きの合間にも、その視線がこちらの様子を窺うように向けられており、どうにも気持ちが落ち着かない。
「……ちょっと、やりにくいな」
慣れない武器を扱っていることもあり、未熟な面を晒している感覚に何ともむず痒い思いがあった。
しかし、そうした執拗な振る舞いも、事情を知らされてしまうと無碍にもできない。
「……解呪か、ゴウン様なら簡単にできるのかな」
*
腰まで伸びる豊かな金髪、高い身分を示す一級品の騎士鎧を纏ったレイナースの立ち姿は、万人の想像する“女騎士”を体現するように凛々しく美しい。
それでも、堂々たる名乗りに合わせ、「明日の行軍について、意見を交わしたく――」と続けられた台詞には面食らってしまう。
「えっと、帝国騎士団と冒険者チームの連携に関する話であれば、こちらの代表者である“虹”のモックナックさんを通していただきたいのですが――」
思いがけない夜半の来訪者を前に、すっかりと寛いでいたユンゲは返答を詰まらせた。
レイナースの口唇から告げられたのは、帝国四騎士という不穏な肩書き。
どうしても脳裡を過ぎってしまう“鮮血帝”ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの酷薄な笑みに、思わずと顔を顰めていた。
相応の立場にあるはずの人間が不意打ちのように予告もなく現れたのなら、大抵の場合は碌なことにならない――況してや、あの面倒ばかりを押しつけてきた厄介な皇帝の関係者ともなると尚更だろう。
「……申し訳ないが、ブレッター殿だけでご足労をいただけないだろうか」
そうした経験からの警鐘に身を強張らせてしまうユンゲではあったが、どこか居心地の悪そうなレイナースと言葉を交わしてみれば、最初に切り出された部隊の連携にかかる話題は単なる建前であり、突然の来訪には彼女の個人的な事情があったらしいと察せられた。
仲間を遠ざけるような対応には多少の思うところもあるのだが、あまり余人を交えたくないということだったのだろう。
「――それで、本当はどういったご用件なのでしょうか?」
やや強引に部屋から連れ出されたユンゲは、階下の玄関脇に設けられた応接間の片隅へと向かう後ろ姿を追いかけて、肩を落とすように問いかける。
貴婦人の流麗な所作で振り返ったレイナースは、僅かに躊躇う素振りを見せながらも、「……恥を忍び、お訊ねいたします」と静かに口を開いた。
先ほどまでの明瞭な口調とは異なり、その切れ長の瞳には縋るような色合いさえ孕んでいる。
「――誠に不躾で申し訳ないのですが、ブレッター殿は、“呪いの治療”について何かしらのご見識をお持ちではないでしょうか?」
「……えっと、呪いの治療ですか?」
不意に様変わりしたレイナースの気配と唐突な質問に意図を掴み切れず、ユンゲは思わずと訊き返してしまう。
「はい、お目汚しとなりますが――」
短く答えたレイナースが周囲を避けるように顔を伏せつつ、右頬へと流していた髪をかき寄せた。
――形の良い額から目蓋を跨ぎ、細い顎先へと広がる爛れた痣のような“呪い”の傷痕を見遣り、ユンゲは小さく息を飲む。
元々の顔立ちが非常に整っているために、その醜悪さが一層と際立ってしまうのかも知れない。
「……なるほど、そうしたご事情でしたか」
何とか言葉を選びながら口にしたものの、感情を顔色に出さなかった自信はない。
もっとも、ユンゲのような反応にも残念ながら慣れてしまっているのだろう。
レイナースは少しも表情を変えず、「えぇ、失礼しました」と抑えていた前髪を戻して語り始めた。
「――私が帝国騎士として仕える以前の話になりますが、領内のモンスター討伐に従事していたときのことです。最期の足掻き……とでも申しますか、倒したはずのモンスターから死に際の反撃を受けてしまったのです」
とある貴族の令嬢に生まれながらも、幼い頃から武勇に長けていたレイナースは、自家の所領に出没するモンスターの討伐に率先して参加していた。
しかし、不運にも被ってしまった呪いのせいで自慢の美貌を失うと世間体を気にする実家からは追放され、同時に取り決めがあった婚約も破棄されるという憂き目を見る。
結果として、自身の才覚のみで生きることを余儀なくされたレイナースは、文字通り血の滲むような努力で腕を磨き、遂には帝国最強を誇る四騎士として取り立てられるまでに至ったらしい。
「――陛下にご支援をいただいてからは、私に手酷い裏切りをした実家や婚約者への復讐を果たすことができました」
付け加えられた一言に軽く身震いをしつつ、ユンゲはレイナースの悲惨な境遇に眉を顰める。
「……念のためにお訊きしますが、専門の神官職の方には?」
「はい……恐れながら陛下の伝手にも頼り、方々に手を尽くしていただきましたが、色良い返答を得られないままに口惜しい日々を過ごしております」
そうでなければ、手間をかけてまで一介の冒険者であるユンゲを訪問するはずもない。
(……死に際のカウンターアタックは、凶悪なのが相場だよな)
ユグドラシルでの設定を持ち込んでしまうのは問題かも知れないが、そうした類いの厄介な特性を持つモンスターは、本来のレベルを超えた強力な反撃で最後っ屁をかましてくる。
新参者に過ぎないユンゲをしても、調子に乗って痛い目にあったことは何度となくあるのだ。
「――この忌まわしい呪いが解けるのであれば、どのようなことでもいたします! 何卒、私にお力添えをいただけないでしょうか」
ふと考え込んでしまったユンゲを見遣り、レイナースが縋るように懇願をして深く頭を下げる。
鎧越しにも分かるほどの豊かな双丘と蠱惑的な腰回り――妙齢の女騎士が軽弾みに口にするべきではない台詞は、それだけに切羽詰まっているからなのだろう。
「あぁ……いや、協力したい気持ちは勿論なのですが、俺も信仰系魔法は第二位階までしか――」
「――失礼ながら、お連れの森妖精〈エルフ〉の皆様は元奴隷の身分だったと聞き及んでおります。その“奴隷の証”として、切り落とされていた長耳をブレッター殿が治療なされたのではないですか?」
まるで詰問するかのような声音と上目遣いの鋭い視線に気圧されつつも、ユンゲは小さく肩を竦めて納得する。
(……だから、俺を訪ねてきたのか)
そして、マリーたちを遠ざけるように振る舞っていた理由にも思い至る。
「……彼女たちの治療には、高位の治癒魔法が込められたスクロールを使用しました」
あの当時、自称“天才剣士”エルヤー・ウズルスとの諍いで頭に血が昇っていたこともあり、ユンゲは後先を考えずに行動してしまっていた。
才能のある魔法詠唱者の到達点が第三位階ともされる世界において、部位欠損を治癒できるほどの治癒魔法は破格である。
そうした高位の魔法を人前で気軽に使用することが、どのような意味を持つのか。
もしも理解していれば、後に招かれた帝国魔法学院での悪夢――魔法狂いの偏執的な白髪爺に目前まで肉薄され、襲われんばかりに恐怖する事態には遭っていなかっただろう。
バハルス帝国の主席宮廷魔術師にして、建国以来の功臣として名高い“逸脱者”フールーダ・パラダインの狂気めいた眼光を思い出してしまったのなら、未だに全身が総毛立つような感覚さえあるのだ。
ジルクニフの側近である帝国四騎士のレイナースであれば、そうした情報を得ているのも当然といったところか。
酷く思い詰めている様子の当人を目の前にしていると、これまでに接触がなかったことは意外な気もするのだが――その縋るような期待の眼差しに、ユンゲは応えることができない。
「――治癒のスクロールであれば、同じものをお譲りすることはできます。ただ、残念ながら貴女にかけられた呪いを解くことは難しいでしょう」
「…………そう、ですか」
口許を固く引き結び、堪えるようなレイナースの表情を見遣れば、申し訳ない思いに駆られるが、ユンゲは解呪のスクロールを持ち合わせていない。
ユグドラシルにおいては“店売り”されていた記憶があるものの、転移後の今更になってはどうすることもできない。
(……状態異常なんて、殆ど気にする必要がなかったからな)
同僚から譲り受けた聖遺物級の装備を身につけていれば、麻痺や毒を始めとした基礎的なバッドステータスを無効化することができてしまったのだ。
わざわざと不要なアイテムを買い込むより、いくらでも必要になるはずの治癒のスクロールを優先したのは自然な流れであった。
――それでも、呪いを解く方法について全く心当たりがない訳でもない。
「……少し待ってくれ」
明らかに気落ちしてしまい、悔しそうに顔を伏せているレイナースを視界の端に捉えつつ、ユンゲはどう伝えるべきかと頭を悩ませる。
真っ先に考えられる方法は〈解呪/キュア・カース〉を扱える信仰系魔法詠唱者を見つけることであり、もう一つには死亡してから〈リザレクション/蘇生〉によって復活することだ。
帝国の周辺では手を尽くしても見つからなかったという話であったが、高位の信仰系魔法詠唱者にも当てはある。
(……でも、あのルプスレギナさんに頼っちゃうと後が怖そうだよな)
燃え立つような赤髪と黄金色の嗜虐的な瞳、邪な男の願望を具現化したような蜂蜜色の肢体を楚々とした給仕服に包んだ倒錯感――もっとも、頭に思い浮かんだ“褐色の美姫”には散々と揶揄われた覚えしかないので、ユンゲとしても紹介するような真似はしたくない。
そうであれば、必然的に検討するのは死後の復活についてとなった。
聖遺物級の装備が防げない特殊な状態異常であっても、蘇生後にまで効果が及ぶようなものはなかったはずだ。
この転移後の世界において、必ずしもユグドラシルでの仕様が適用されるとは限らないものの、ユンゲの直感はできると踏んでいた。
その希少な使い手についても、大闘技場で超満員の観衆を前にして、“前武王”ゴ・ギンの蘇生を大々的に演出してみせた“魔導王”アインズ・ウール・ゴウンの存在が大きい。
問題を挙げるのなら、一度は実際に死亡することに納得できるのかという点であったが、レイナースから滲む悲壮な覚悟は相当なものだろう。
(……後はどうやって蘇生を依頼するのかだよな。冒険者を目指せば、魔導国に所属してバックアップをしてもらえるけど――)
呪いを解くために敢えて死亡する選択をして、魔導王を騙すような行為は許されないだろう。
そもそも、帝国四騎士の称号を持つレイナースが魔導国の冒険者に鞍替えする場合は、外交面での問題になりそうでもある。
下手に仲介をして遺恨が残り、ジルクニフから睨まれるような事態は避けたいところだ。
(まぁ、しっかりと経緯を説明するのがよさそうだよな。案外、あっさりと助けてくれそうな気もするし……)
そうして、ようやくと考えを整理したユンゲは、小刻みに震えていたレイナースの肩にそっと手を置いた。
「一つ、私から提案をさせていただきたいのですが――」
*
ラウンドシールドとメイスを用いた基本の戦い方に慣れた後には、仲間たちとの連携面の立ち回りを確かめる必要があった。
横薙ぎの一撃で目前に迫るスケルトン・ウォリアーの頭蓋を砕きつつ、ユンゲは目配せとともに背後へと跳び退る。
「――任せてください!」
攻防の間隙に立ち位置を入れ代わり、控えていたリンダが駆け出していく。
錫杖の先に灯らせた眩い光――第三位階魔法〈ホーリーライト/神聖光〉の輝きが辺りを包み込む。
不意に爽やかな涼風が吹き抜け、不浄な者を滅する光が弾ければ、突出していたアンデッドの群れは一瞬にして霞のように溶け消えていく。
密集地帯にぽっかりと開けた空間の向こうでは、辛うじて範囲外にいたらしい食屍鬼〈グール〉が慄いたように後退る姿が見えた。
それでも、肉を削ぎ落とした痩躯と長い両腕の先端に禍々しい鉤爪を備えた異形は、生者への殺戮衝動に身を焦がして飛び込んでくる。
「――次はあたしにやらせて!」
ヒュッと小気味良い風切り音と光の軌跡を残し、放たれた矢が落ち窪んだ眼窩を鋭く射抜いた。
炯々と燃えていた瞳からは憎悪の色が失われていき、その体躯が不毛の大地へと倒れ伏すときには、既に周囲のアンデッドも同じ末路を辿っている。
「はっ、流石だな」
軽く後ろを振り返れば、間断なく矢を番えて次々と放っていくキーファの姿――近頃は弓の連射と狙いの正確さに目を見張るものがある。
以前から使用している対アンデッド用に鏃を削った特製矢と聖属性のダメージを付与するドワーフ製の複合弓が相乗的に合わさり、威力の方も申し分ないようだった。
「――このまま押し切りましょう!」
後方からはマリーの呼びかけ、同時に身体能力強化〈バフ〉の信仰系魔法による淡い輝きが身体を包んでくれる。
視界を埋め尽くさんばかりに蔓延っていたアンデッドも、皆の奮闘でかなり数を減らしていた。
「了解」と短く受け答えたユンゲは、マリーの指示の通りに再び前方へと進み出て、やや荒い息遣いとなっていたリンダの傍らに並び立つ。
「もう少し踏ん張れそうか?」
「――えぇ、問題ありません」
これまでに何度も第三位階魔法の〈神聖光〉を行使したことで、疲労は蓄積しているのだろう。
艶やかな銀髪を額に貼り付け、気丈に頷いてみせたリンダの横顔に思わずと頬を緩ませつつ、ユンゲは気を引き締め直した。
今回の遠征において、“翠の旋風”に求められた役割は、カッツェ平野のアンデッドの討伐と空白地帯の調査にある。
そして、魔導王が自ら招いたというドワーフから手渡されたルーン武器の存在を踏まえれば、その宣伝も目的に含まれているはずだった。
(……冒険者に売り込めないのなら、やっぱりバハルス帝国が狙い目か)
遠巻きにこちらを眺めているレイナースの様子を横目に、ユンゲは僅かばかりの罪悪感を覚える。
――期せずして、一挙両得にもなりそうな展開となっていた。
模擬戦などを始めとして、“翠の旋風”と“漆黒”は分不相応な付き合いをさせてもらっている自覚があるものの、やはり気軽に頼み事をできるような関係性ではない。
もしも、キーファやリング、マリーたちがレイナースと同様に“呪い”の症状を受けてしまった場合、ユンゲは何を見返りとしてもアインズに泣きつくことになるのかも知れないが――、
(……申し訳ないけど、本人の頑張り次第だな)
実家や婚約者から見放されたという過去の境遇に同情はしても、レイナースに肩入れするほどの特別な理由がユンゲにはなかった。
そうであれば、面倒なジルクニフから睨まれない範囲で協力できることは、魔導王からの覚えを良くするための方法を提案するくらいだろう。
――詰まるところは、レイナースの持つ帝国四騎士の肩書きを活かしてもらい、ルーン武器の大量購入に結びつけてしまいたい算段だった。
帝国騎士の装備として採用されるためには、皇帝であるジルクニフを説き伏せる必要があるとのことだが、性能面については“翠の旋風”が実践で披露してみせているように申し分ない逸品なので、その先はレイナースの営業トークに期待したい。
帝国は全軍で八つの騎士団を保有しており、それぞれに一万人ほどの兵士が所属していると聞いているので、仮に一つの騎士団が採用するだけでも相当な数の取引が見込めるだろう。
「――って、とりあえずは集中か」
不意に飛びかかってきた血肉の大男〈ブラッドミート・ハルク〉の剛腕を正面から受け止め、ユンゲは身体を逸らすようにラウンドシールドを横合いへと滑らせた。
均衡を崩した巨躯を目掛けて擦れ違い様に盾の一撃を叩きつけ、反動のままに大きく振り回して次々と周囲のアンデッドを巻き込んでいく。
当初は防御用と考えていたラウンドシールドも、その頑丈さから“打撃武器”としても中々に使い勝手が良いらしい。
難しいことを考える必要もなく、当たるに任かせて特攻できるのはユグドラシルの恩恵があればこそなのだが――、
「……シールドバッシュとかだっけ? 結構、好みかも知れないな」
密かな爽快感を覚えて、ユンゲは口許を持ち上げながら視線を巡らせた。
群がるアンデッドを相手取り、短剣に持ち替えたキーファは特訓中の体術を駆使しながら撹乱に跳び回り、長髪を靡かせるリンダの手にした錫杖が包囲の綻びを薙ぎ払う。
息も吐かせない攻防の中に、マリーからの的確な指示と信仰系の支援魔法が届き、方々に弾ける清廉な光の中で不浄なる者たちが葬られていく。
「――っ、俺もしっかり売り込まないな。さぁ、どんどん掛かって来いよ!」
*
そうして、間もなく周辺のアンデッドを一掃してみせたユンゲたち“翠の旋風”は、こちらを窺っていた帝国騎士の部隊へと歩み寄った。
「――お見事でした。我らも精進しなければなりませんね」
丁寧なレイナースの労いを受け、ユンゲは小さく肩を竦めた。
「このルーン武器のお陰ですよ。聖属性のダメージを付与できるので、カッツェ平野のアンデッドには相性が最高ですからね」
「――そのようですね、大いに参考にさせていただきます」
「えぇ、この武器を作ってくれたドワーフの職人たちには『同行した帝国四騎士の一人が興味を持ってくれた』としっかり報告しておきますね」
他の騎士たちの前で、レイナースの“呪い”に関する話題を持ち出すことは避けたいので、どうしても曖昧な会話となってしまう。
それでも、ドワーフのルーン工匠を介して魔導王にまで評判が伝わることで、こちらの意図は理解してもらえるという想定だった。
並々ならない決意を滲ませ、真剣な眼差しで頷くレイナースを見遣り、ユンゲは無言で首肯を返す。
騎士としての実力は別にして、あまり口が達者ではなさそうな彼女が、あのジルクニフを説き伏せるのは相当に苦労しそうなのだが――、
(……第一印象とイメージが違い過ぎるんだよな)
これほどに懸命な一面に接してしまうと、どうしても絆されるような感覚がユンゲにはあった。
どれだけの効果があるとも思えないものの、モモンとの模擬戦で機会を得られたときには、何かしらの口添えを考えても良いのかも知れない。
「――では、俺たちはこれで失礼しますね」
「貴殿らの実力であれば、心配は無用と思われますが……ご武運を」
そちらこそ、と言葉少なく互いの健闘を祈り、ユンゲは軽く手を振って踵を返した。
魔導国の冒険者と帝国騎士団によって実施された共同のアンデッド討伐はこれまでとなり、レイナースの率いる帝国騎士団はカッツェ平野の東側――帝国寄りの地域へと向かう。
一方のユンゲたち“翠の旋風”も、昨晩の話し合いの通りに西回りで外周を探索しながら中央を目指していく。
「――さっ、これからが調査の本番だね!」
後ろ手にまとめた栗色の髪を弾ませ、「んーっ」と軽やかに背伸びをするキーファが高らかに声を張った。
「あぁ、頼りにしてるよ」
カッツェ平野に立ち込める薄霧は、それ自体がアンデッドの反応を示すこともあり、目視の困難な状況では野伏〈レンジャー〉であるキーファの能力が重要になる。
任せてよ、と元気に胸を張ってみせる可愛らしさには思わずと頬が緩んでしまう。
「……でも、一度は街道まで戻りましょう。少し休憩が必要だと思います」
勢い込むキーファの両肩を背後から宥めるように抱き、ふと落ち着いた声音でマリーが口を開いた。
こちらに向けられた柔らかな碧の瞳が、傍らで小さく息を吐いていたリンダの様子を気遣う。
「いえ、私は構いませんが――」
本人は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべてみせるものの、やはり第三位階魔法の行使とともに近接戦も担っていたリンダの疲労は大きいのだろう。
「……そうだな、時間はたっぷりあることだし、しっかりと準備を整えてから本格的な調査に臨もう」
パーティ全体に目を配ってくれるマリーの言葉を引き取り、ユンゲは仲間たちの顔を見回して朗らかに笑いかけた。
請け負った調査依頼に特段の期限の取り決めはないのだから、敢えて無理をする必要はない。
ドワーフに託されたルーン武器の性能を実戦で試しつつ、連携面での立ち回りを確かめることのできた成果が何よりだった。
「了解です!」と律儀に応えてくれる心地良い返事を受けつつ、ユンゲは想いを馳せるようにカッツェ平野の彼方へと視線を巡らせる。
目の前を覆い尽さんばかりに広がる薄霧の向こう――崩れかけながらも聳える尖塔の影は遠く朧気に霞んでおり、過去に真偽の確かでない目撃情報が証言されていた“霧の中の幽霊船”にかかる行方は未だに杳として知れない。
周辺の地図を埋めるためには平野全体の地形を把握する必要があり、霧の発生源についての調査も重要となるだろう。
王国と帝国間での長年の戦争において、戦場となる当日だけは視界が晴れるといった不可思議な――或いは、“呪われた地”が新たな戦死者を歓迎しているかのような現象にも、今のユンゲたちが持てる知識では一切の説明ができないままなのだ。
根本的なことは、何一つとして分かっていない。
――しかし、そうであればこそ“未知の冒険”を志す楽しみがあるのだ。
一つ大きく息を吸い込んでみせたユンゲは、満面の笑みとともに仲間たちを振り返った。
「……やっぱり、まだ誰も知らない世界があるって思うとワクワクするよな!」
元々は幽霊船や崩れかけの尖塔から話を広げようと短編を書き始めていたのですが、どうやら映画の特典小説タイトルが『カッツェ平野の幽霊船』になるそうで……色々と考えた結果、登場予定のなかったレイナースさんが、いつの間にかメインっぽいポジションになっていました。
彼女の頑張りが報われるのかは、アインズ様の“慈悲”に委ねられることになりそうです。
※特典小説の内容とは矛盾もあるかと思いますが、その辺りは独自設定ということでご理解ください。
何はともあれ、映画の公開が待ち遠しいですね!