-追記-
サブタイトルを変更しました。
――その日、ナザリック地下大墳墓の一室にて、ある一つの計画が見送られる事態となった。
階層守護者および領域守護者、全統括であるアルベドによって発案され、粛々と進められていた“魔導王”アインズ・ウール・ゴウンの素晴らしき威光を世に知らしめるために偉大な像を建設すること――それは魔導国の掲げる政策において、最重要案件であったはずの計画だ。
春先の華々しい建国から半年余り、ようやくと城塞都市〈エ・ランテル〉の街門の両脇に“第一段”となる像が建設された矢先の出来事である。
――その理由は他でもない、計画の中断はアインズの提案によるものだったのだ。
しかし、端倪すべからざる至高の御方は、一方的な上意下達を良しとせずに鷹揚な振る舞いで言葉を続ける。
「私が何かを提案したとき、何か思うところがあればお前たちもそれを口に出すべきだ」
そうして、同席する配下から忌憚のない意見を集めながらも、結局はアインズの神算鬼謀に並ぶほどの知恵者がいるはずもなく、計画は見送られることになったのだ。
*
「――というようなことがあったっすよ」
「……はぁ、そうですか」
勢い込む赤髪のメイド――ルプスレギナを前にして、ユンゲは何とも言えない表情のままに空返事をしてしまう。
三重の城壁を有したエ・ランテルの中央区――かつては貴族や有力な商人の邸宅が立ち並んでいた閑静な区画であり、その中でも特に目を引く建造物は諸外国から招かれる要人を歓待するために、贅を凝らした煌びやかな貴賓館であった。
一介の冒険者に過ぎないはずのユンゲが、この豪華絢爛な建物内に足を踏み入れたのは、今回の訪問で三度目にもなる。
しかし、以前よりも更に洗練されている瀟洒な調度品の数々に慄きつつ、通された応接間の片隅にひっそりと身を置いたユンゲは、こぼれそうになる溜め息を堪えることしかできない。
(……やっぱり、俺は場違いなんだよなぁ)
一度目の機会は、まだ朝が肌寒い初夏の頃――魔導王との謁見にかかる言伝を“美姫”ナーベから受け取り、豪華な幌馬車を仕立てられての訪問だった。
カルネ村での共闘や復興作業の労いに最高級の料理や酒で饗応され、ユンゲも“怪鳥”ペリュトンの狩猟話を披露した。
魔導王の“友人”から預かっているとして、美しい双子の闇妖精〈ダーク・エルフ〉アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレを紹介されたのもこのときだ。
左右で異なる色の瞳を持つ“王族の証”に気を逸ってしまい、戦争や徴兵かと早合点して醜態を晒すことになった記憶もどこか懐かしい。
そうして、魔導王から魅力的な展望とともに語られた“真なる冒険者”の謳い文句が、ユンゲたちの歩むべき道を決める契機になった。
二度目となる呼び出しは、つい先日の出来事――相手は“鮮血帝”の異名で知られるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスであった。
帝都〈アーウィンタール〉の大闘技場での一幕を経て、ユンゲが魔導国所属の冒険者となったのと時期を同じくして、ジルクニフが魔導王に臣従の意を示したことで、バハルス帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国という扱いになっている。
「――やぁ、良く来てくれたね。ブレッター殿の冒険者稼業も順風満帆なようで何よりだ。……早速で悪いが、そちらに腰掛けてくれ」
以前にも増した不意打ち――、あまりに気安い言葉で迎えられてしまったユンゲは苦虫を噛み潰したような思いで、「……ご無沙汰しております、皇帝陛下」と声を絞り出すのが精一杯だった。
外交的な事情は全く理解していなかったものの、宗主国である魔導国への表敬訪問をするためにジルクニフが首都〈エ・ランテル〉まで赴き、魔導王との謁見を終えた後に、ユンゲが呼び出されるという格好だったらしい。
また、ユンゲの与り知らないことではあったが、
このときのジルクニフは魔導王との謁見を前にした控え室において、土掘獣人〈クアゴア〉の王であるペ・リユロと運命的な出会いを果たしており、互いにかけがえのない生涯の友を得たと喜び、語り合うほどに頗ると上機嫌な様子であった。
もっとも、その血生臭い噂や狡猾な印象ばかりが先立つ相手に突然と呼び出された挙句、満面の笑みを向けられることになってしまったユンゲの心境としては、見えている地雷原に手招きをされているのと決して大差はなかったのだが――。
「……ちょっとした世間話だ。気楽にしてくれ」
明け透けとしたジルクニフの言い様だが、鵜呑みにする訳にはいかない。
属国になったとしても、大国であるバハルス帝国を統べる辣腕の皇帝を前にして、一介の冒険者にどのような振る舞いが求められているのか。
そうして、不承ながらも一礼をしたユンゲは、勧められるままに向かいの席に腰を下ろした。
キリキリと胃が痛むような“世間話”は、敢えなく協力する破目になった邪神教団襲撃への謝意に始まり、大闘技場でアインズと対峙した際の戦い振りに型通りの賞賛を送られつつ、山小人〈ドワーフ〉製のルーン武器へと話題が及んだ。
――詰まるところ、カッツェ平野の調査依頼で同行した“帝国四騎士”のレイナース・ロックブルズに宣伝した結果が、この“世間話”であり……あのときの胃痛も因果応報に過ぎなかったのだろう。
「魔導王陛下に、“良い手土産”ができた」と殊更に声を弾ませるジルクニフは、ルーン武器を帝国全軍の正式装備として導入する方針を決めたのだ、と朗らかに微笑んでみせた。
実際に試作品を受け取って使用したユンゲの実感としても、ルーン武器の性能面に不足はない。
一方で、リ・エスティーゼ王国との戦争に区切りが着いた帝国の現状を鑑みれば、本来は“全軍”の装備を見直すほどの理由は乏しいように思えた。
(……ゴウン様への“ご機嫌取り”ってことだよな)
手間をかけて貴賓館に呼び出され、知りたくもない国家の内情を語られるのは嫌がらせでしかないのだが、爽やかな笑顔と鋭い眼光の重圧に当てられたユンゲは身体を強張らせるばかりだった。
帝国側で唯一の頼りになりそうなレイナースの姿は室内になく、ジルクニフの背後には見事な騎士姿の男が二人――如何にも戦士といった風貌の偉丈夫は“雷光”バジウッド・ペシュメルであり、洗練された振る舞いの美丈夫は“激風”ニンブル・アーク・デイル・アノックなのだろう。
両者ともに“帝国四騎士”という国家の重鎮たちに見張られながら、最高権力者である皇帝と差し向かいで交わさなくてはいけない“世間話”に、小市民たる心がまともに堪えられるはずもなかった。
――しかし、何故だろうか。
三度目となる呼び出し相手を前にしたユンゲは、これまでにないほどの寒気を背筋に感じていた。
*
煌びやかな応接間に備えられた革張りのソファーは、驚くほどに柔らかい。
敢えて深く腰掛けてみせたのは、半ば諦める心境が自身の中にあったのかも知れない。
「……結局、今後は魔導王陛下の像を建てないことに決まったのですよね。それで、俺は何のために呼ばれたのでしょうか?」
ルプスレギナさん、と問いかけた声音が震えていなかったことを願いつつ、ユンゲは小さく肩を竦めてみせた。
「アインズ様が仰るには、この計画に五つのデメリットがあるとのことっす」
手にしていたティーポットを給仕台に置き、優雅に振り返ったルプスレギナ――鈴を転がすように軽やかな口調とは裏腹に、その黄金の眼差しには真剣な色が宿っている。
「いくつか思い当たることはあるのだけれど、五つともなるとアルベド様にも分からないの。ただ、如何に至高の御方が優れていたとしても、臣下の者が甘えるばかりでは情けないわ」
顎先に添えられた嫋やかな指先が真紅の口唇をなぞり、目の覚めるような玲瓏たる美貌が悲哀に染まる。
野山の天気よりも移り変わりの激しいルプスレギナの気性は、以前から理解させられていたものの、やはり不意の変化には面喰らってしまう。
ずいっと身を乗り出すようにしたメイドが間近に迫り、心臓が一つ大きく跳ねた。
「……貴方に正解を期待している訳ではないわ。それでも、何かヒントになるようなことを思いつくのであれば教えて欲しいの」
傍目から眺めたのなら、絶世の美女に言い寄られているような羨む構図ではあったが、ユンゲの心の内には一切の高揚感も生まれてこない。
やや仰け反るように背凭れへと身体を押し付けている今の状況は、凶悪な拷問吏に死の瀬戸際まで追い詰められている気分だった。
「……えっと、直接お尋ねしてはどうですか?」
「まさか!? 失望されてしまうわ」
とんでもないことだ、とばかりに顔面を蒼白とさせたルプスレギナには、何故か酷く怯えるような気配――思いがけない反応を見遣ったユンゲは、ふと小首を傾げたくなる。
(ゴウン様なら、質問には優しく答えてくれそうな感じがするけど……まぁ、わざわざ俺を呼び出してまで頼む、ってのは余程のことなんだよな)
内心の疑問を保留にしつつ、先を促すために軽く手を差し向けてみれば――、
「今度ある姉妹とのお茶会で偉ぶれるチャンスなんすよ! 次女としての威厳を見せたいっす!」
――耳に煩いほどの静けさ。
しかし、こちらに向けられた黄金色の眼差しは、純真な少女のように真っ直ぐなものだった。
不意に訪れた沈黙を気疎く思いながら視線を彷徨わせ、ユンゲは最初に応接間へと通されてから口もつけずにいたティーカップへと手を伸ばす。
鼻腔を抜ける爽やかな香りと舌先を潤すほのかな渋みが、逆剥けのような心を少しだけ落ち着かせてくれる気がした。
「……えっと、俺でも力になれるのなら――」
「ホントっすか!? 助かるっす!」
気付いたときにはルプスレギナに両手を取られ、目の前には満開の笑みが咲き誇っていた。
凍てつく冬の日に見上げる麗らかな太陽さえも翳むほど――あまりの眩しさに当てられて思わずと腰が浮かび、意識を惹き込まれそうになってしまう。
重ねられていた手をやや強引に振りほどき、逃げるようにしてティーカップを掴み上げたユンゲは、まだ熱い紅茶を無理矢理に喉奥へと流し込む。
咽せながらチラリと横目で窺えば、腹を抱えて笑い転げているルプスレギナの姿が恨めしかった。
原作で明かされなかった謎に、ユンゲが挑戦!
ルーン武器の宣伝については失敗するのがセオリーかなとも思いつつ、ナザリック勢が絡んでなければ意外と上手くいくのかも……という妄想です。