「――王の偉大さは物によって知らしめるものではない、ですか……案外、大きな像が恥ずかしいとかありませんかね?」
「偉大なる御姿を恥じる必要があるとでも?」
「いや、怒らないでくださいね? ただの思いつきですよ。大きさが城壁の高さを超えていると流石に目立ってしまうと言いますか……」
顔を持ち上げたルプスレギナに零下の視線で睨みつけられてしまえば、ユンゲはしどろもどろに言葉を濁すしかない。
城塞都市〈エ・ランテル〉街門の左右に建てられたアインズの巨大な像を思い返すと、見上げる首が痛くなったほどなのだ。
小市民である自身の感覚と、魔導王の感性を同列に考えるべきではないのだろうが、何事には程度というものがあるように思えてしまう。
「――ていうか、大きい方が良くないっすか? 愚者というのは実際に己の目で見えるものしか理解できない、とアルベド様も言ってたっすよ」
「まぁ、確かに分かりやすいとは思いますが……」
考え込みながらユンゲが目線を落とした先――ふと視界に映り込むのは、楚々とした可憐なメイド服の布地を押し上げている豊かな双丘。
「――――っ、んんっ」
絶対に比較するべきではないと思いつつも、脳裡を過ぎってしまった森妖精〈エルフ〉の少女たちには、目の前に広がる蠱惑的な蜂蜜色の深い谷間は見られないだろう。
「うふふっ、やっぱり大きいほうが良いんじゃないっすかー? ご褒美は弾んであげるっすよ」
襟元を飾る純白のフリルを細い指先が摘み上げ、ひらりと誘うように妖しい色香を醸し出す。
甘やかな衣擦れの音がユンゲの耳朶を震わせ、敢えて見せつけるような前屈みの姿勢から向けられた揶揄いの上目遣い。
(……まぁ、ないよりはあった方が――)
しかしながら、すっかりと見透かされていたとしても世界の半数を占める“愚者”の矜持から、ルプスレギナの発言を認めることはできないのだ。
沽券に関わるという意味では、正しく生命の危急を賭けた問いかけになるのかも知れなかった。
「……い、偉大さは物の大きさで決まる訳ではないと思います」
取り繕うばかりの口調はどうしても硬くなってしまう――が、ここで反論を止めてしまう訳にはいかない。
元都市長の邸宅を改装しただけである魔導王の居城は、隣接している貴賓館の方が見栄えは良いくらいであり、たとえば帝都〈アーウィンタール〉の中心に築かれた皇城の豪華絢爛さとは比較にもならなかった。
民が不自由なく生活できる統治によって偉大さを知らしめたい、という魔導王の発言を汲むのなら、やはり像が巨大である必要はないのではないか。
――とある賢人の言葉を借りれば、それはステータスであり、希少価値だ。
そうした内容を早口で捲し立てつつ、ユンゲは贖罪の痛みを胸の内にひた隠した。
「うーん、何か腑に落ちないっすけど……考え方の一つとして有り得なくはないのかしら」
給仕用のトレイを胸元に抱き、やや不満そうな表情を浮かべたルプスレギナが小首を傾げてみせる。
軽く腰を揺らすようにして、僅かに抑えられただけで柔らかそうに形を変える様を見せつけてくるのは、おそらく意図的な振る舞いだろう。
堪えていた溜め息とともにソファーの肘掛けへと倒れ込み、ルプスレギナの横顔を視界の端に追い遣りつつ、ユンゲは無理矢理に思考を切り替えた。
勢い任せに誤魔化すための言葉を並べてはみたものの、自身でもあまり納得はできていない。
生者を憎むはずの不死者〈アンデッド〉でありながら、物腰の穏やかな雰囲気が先に立つ魔導王ではあったが、自身のアインズ・ウール・ゴウンという名前を国名に冠するほどには自己顕示欲が相応に強い印象もある。
エ・ランテルの城門傍に設置された魔導王の像は大きさばかりでなく、造形についても非常に精緻なものだったので、魔導国の技術力や強大さを示す意味では申し分ないはずだった。
そうであれば、魔導王臣下の者たち――特に先ほどから何度も名前の挙がっているアルベドの言葉には、相応の説得力があるように思えてしまうのだ。
(……確か、肩書きは魔導国の“宰相”って話だったけど、前に街中で見かけたときは凄い顔で睨まれて怖かったな)
魔導国所属の冒険者となって間もない頃、死の騎士〈デス・ナイト〉や死者の大魔法使い〈エルダーリッチ〉からなる視察団を引き連れたアルベドの姿を見かけ、遠巻きに眺めていたことがある。
ルプスレギナや“美姫”ナーベとも遜色のない類稀な美貌には抗えず、目を奪われかけたユンゲではあったものの、禍々しい捻り角と夜闇を抱く漆黒の翼はアルベドが人ならざる者の証でもあった。
そして、不意にこちらを振り返ったときの凄まじい凶相は、暫く悪夢に魘されたほどなので思い出したくもない。
何故それほどの怒りを向けられたのかは分からなかったが、絶対的な捕食者を前にしてしまったような本能的な身体の震えは、不機嫌なルプスレギナやナーベと相対したときに近しいものだった。
(……そう考えると、ルプスレギナさんたちも人間じゃなかったりするのかもな)
取り止めのない考えに苦笑しつつ、ユンゲは小さく肩を竦めてみせた。
現在の魔導国には人間ばかりでなく、多様な種族が集まり始めている。
エ・ランテルの街並みで見かけるだけでも、魔導王が自ら招聘した土小人〈ドワーフ〉のルーン工匠や鍛冶職人、小鬼〈ゴブリン〉や人食い大鬼〈オーガ〉を始めとした亜人種もいれば、冒険者組合で訓練に励む蜥蜴人〈リザードマン〉や魔蛇〈ナーガ〉の案内人、都市の上空を飛び交っているのは霜の竜〈フロスト・ドラゴン〉の群れとなっており、枚挙に暇がないほどだった。
魔導王にアウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレの双子を預けたという友人は闇妖精〈ダークエルフ〉であるはずなので、怖しいほどの美貌と威圧感を合わせ持つルプスレギナたちが、たとえ人間でなかったとしても特段の驚きはない。
(……いや、違う。それはどうでもいいんだ)
再び逸れ始めていた思考を戻し、ユンゲは湯気の立ち昇るティーカップに口をつけた。
何より一刻でも早く、この居心地の悪い空間から解放されることが重要なので、とりあえずは思いつく限りのアイデアを並べてみるしかないだろう。
目前で悩ましそうにしている絶世の美貌を持つメイドが“使用人の身分”でありながらも、バハルス帝国を統べる“皇帝”ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスに比肩するほどの権限――貴賓館の応接間を利用できてしまうことは些末な疑問に過ぎないのだった。
*
そうして、ユンゲが昼過ぎに貴賓館を訪れてから数時間余り――、瀟洒な窓枠の向こうに見える街並みは黄昏に吞み込まれようとしていた。
「――それで、他にはないっすか?」
まだまだ納得できない様子のルプスレギナが、こちらを焦れるように覗き込んでくる。
「えっと、像の大きさを問題視すると建設費用が高いとか、建てた後も磨いたりする整備が大変になるとか……」
「偉大なる御方の威光を知らしめるためなら、いくらでも稼いでみせるっすよ。それに、アインズ様の像を磨き上げることの何が大変なんすか?」
無邪気な疑問符を浮かべたルプスレギナからは、真っ直ぐな視線を向けられてしまう。
どうやら、本当に理解できないといった雰囲気なのだが――、以前に像を磨いている姿を見かけたことのある霜の巨人〈フロスト・ジャイアント〉たちも同じような認識を持っているとは思えない。
計画を中止せずに他の支配都市にも巨大な像を建設し、諸々の些事を現地の人手で対応していくのであれば、仮に磨くだけでも足場を組むところから始めることになるだろう。
それらを指摘しても仕方がないとは思いつつ、ユンゲは努めて抑えた声音で口を開いた。
「ルプスレギナさんくらい忠義に厚い方はそうかも知れませんが、やはり苦労はあると思いますよ」
「……もし、あの愚物どもが不満を洩らしているのなら、私の手で燃やし尽くすだけっすよ?」
気安い口調と心情は真逆であるように、向けられたルプスレギナの眼光は刺すほどに鋭い。
「あぁ……いえ、そういう意味ではないですよ。彼らと話したことはないですし、気持ちというよりも能力面での問題が考えられます」
特に根拠はないものの、ユンゲが肌に感じた魔導王の寛大さを思えば、そうした行為を強制するような振る舞いを好まない印象があった。
もっとも、どこにルプスレギナ地雷が埋まっているのかは分からないながも、ユンゲは矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。
落書きや魔導王を辱めるような行為をする命知らずは、流石にいないと信じたいところなので――、
「……あと、像の大きさで考えると日照権を気にされるのかも知れません。エ・ランテルは城壁の向こうに建てられているので問題ないですが、他の都市では街の中心部にゴウン様の像を建てる計画ということでしたよね?」
転移前の世界においても、深刻な大気汚染の進行で殆どの日光が閉ざされてしまう以前は、そうした問題が取り沙汰されることもあったらしい。
実際には余程の好条件に恵まれた機会にしか、麗らかな太陽を拝むことさえもできなくなってしまったのは皮肉な話だった。
「……雨が降ったりすることを考えると、野晒しになっているのも心配ですね。長い年月を経れば、どうしても風化していくはずですから」
久遠のアンデッドである魔導王の統治は、これから先もずっと続いていくのだろう。
そうであれば、短期的な視点で物事を考えてはいない気がする。
その対策のためであるのかは分からないが、大きな像で真っ先に思い浮かんだ“大仏様”も屋外ではなく、堂内に安置されていたはずだ。
「んーっ、その辺りは天候を操れば何とでもなるんじゃないっすかね? 劣化防止〈プロテクション・ディテリオレーション〉の魔法もあるっすよ」
形の良い口許にすらりと指を立て、ルプスレギナが思案するように視線を巡らせる。
平然と言い放ってみせるが、天気を変えるだけの天候操作〈コントロール・ウェザー〉でも第六位階であるのなら、太陽光や風雨による損耗まで調整する魔法は、どれほどの高位階となるのだろうか。
継続的にそれらの魔法を発動していくとなれば、そのための要員を確保しつつ、各都市に配置する必要もある。
たとえば冒険者組合で教官役をしているエルダーリッチ程度のレベルでは、おそらく役にも立たないはずなのだが――、
(……この雰囲気なら、使い手の当てはいくらでもありそうか)
この世界の基準では規格外となる魔導国の陣容に今更な感想を抱きつつ、ユンゲは乾いた笑みを浮かべてしまう。
(……あの魔法狂いの爺さんとかも、俺じゃなくてゴウン様に話を訊けば良いのにな)
ふと脳裡を過ぎったのは、バハルス帝国の“主席宮廷魔術師”フールーダ・パラダインとの邂逅。
直接に相対した回数は片手で数えられるばかりではあったのだが、その強烈過ぎる個性に振り回されて、“翠の旋風”は散々と苦労したものだ。
――なお、ユンゲには知る由がないものの、当の本人はモモンに扮したアインズを前に這い蹲って足を舐めたり、弟子入りを乞うほどの暴挙を犯していたりもする。
そうした嫌な思い出から、不快な感情が顔に出てしまっていたのだろう。
「ん……何か言いたいことでもあるっすか?」
こちらの様子を見咎めて、ルプスレギナから険のある視線を向けられていた。
流石に疲労を感じずにはいられないながらも、愛想笑いとともに軽く被りを振り、ユンゲは朦朧と頼りない記憶を掘り起こしていく。
(んー、像を作られてたのは戦国武将とか昔の政治家、有名なスポーツ選手? あぁ、宗教的なのを考えると仏像や聖女像みたいなのもそうか?)
転移前の世界を思い返しつつ、それらに何かしらのヒントがないかと思考を巡らせる。
どちらかと言えば常識的なサイズの像が多かった印象であっても、中には岩山を丸々と彫り抜いた巨大な顔が聳える驚きの風景にも覚えがあった。
「――――っ、あぁ……もしかしたら」
不意に閃いた考えが口を吐いてこぼれ、向かいの席からルプスレギナの黄金色の瞳が妖しく光る。
そうして、気を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をしたユンゲは、自らの考えを確かめるようにして静かに口を開いた。
「あの、俺の勝手なイメージにはなってしまうのですが……」
正直、引っ張るほどのネタではないのですが、ナザリックNPCの反応は丁寧に書きたいので次話に続きます。
ちなみに、思い出した岩山に彫られた顔(胸像)はラシュモア山の国立記念碑のつもりです。