序章 (6)
「はぁ、はぁ……くそっ!当たらねぇ」
地面に血を滴らせながら、小笠原俊一は呼吸を荒げた。
「ふん、しつこい奴だ。
まだ死にやがらねぇ」
まるでダンスを踊るように、体を軽快に揺らして、ステップを踏みながら
村上は右手にナイフを握っていた。
形勢は逆転していた。
地面に片膝をついて、俊一が少し体を休めてから、村上は戦法を変えた。
刀を使っていた時は、一撃で致命傷を与えようと、首や頭などを狙っていたが刀を奪われてからは、懐にあるナイフを使いはじめ、一撃必殺からヒットアンドアウェイに切り替えた。
ナイフを右手にもち、軽快にステップを踏みながら、距離を計り飛び込んで切りつけ、 すぐ離れる。
これを繰り返した。
これが見事にはまり、この戦法を取り出してから、村上は俊一からの攻撃を一撃も受けていなかった。
反対に俊一は、馴れない刀をブンブン振り回して、空振りし体力を激しく消耗する始末。
そして現在俊一は確実に追い詰められていた。
頼みの警備員はいまだ、現れない。
俊一の目の前が、ぼんやりと霞んでくる。
余りの出血で再生能力が追いつかないためだ。
体がふらふらとよろめき、そのまま倒れてしまいそうに俊一はなる。
「俊ちゃん……死んじゃぁやだ」
か細く消え入りそうな声だが、それが愛しい少女のものであるとわかった俊一は、ギリギリで踏みとどまり倒れるのを踏ん張る。
「……って何やってんだ、さおり!?」
両手を合わせ祈りのポーズを取っている、さおりを見て俊一は信じられないものを見たような、驚愕の表情を浮かべるのだった。
身体中から、血を流し真っ赤な絨毯みたいに、朱に染まりながら息を荒げている、俊一をさおりは涙を頬に伝わらせながら見つめていた。
その自分を心から心配している、さおりの様子を見て、俊一はばつが悪そうに、顔を横に向けるが、すぐに無事である、左手で頬の辺りを指で掻きながら、気まずそうにさおりに話しかける。
「俺、早く逃げろって言ったよな」
「うん」
「じゃあ何でここにいる。
ここにいたら、命があぶないんだぞ
わかってるのか」
俊一はさおりに理解しやすいように、ゆっくりと柔らかい口調で話すが
その顔のこめかみ辺りがピクピクしてるのと、険しい非難するような表情が、彼の怒りをあらわにしている。
「 わかってるよこの風紀委員の人が殺人鬼で、既に3組のカップルが犠牲になってる、連続カップル殺人事件の
犯人だってのもわかってる。
俊ちゃんが言ってたのはちゃんと聞いてたよ」
「だったら何で逃げない!!」
ゆっくりと解りやすいように、話していた、俊一だったがわからず屋の恋人に、業を煮やしついに大声で捲し立てる。
「大好きな人見殺しにして、私だけ逃げるなんて出来ないよ。
俊ちゃんが私のせいで死ぬなんて、耐えられないよ
そうまでして生きたくなんかないよ」
俊一の大声を上回るほどの大声で、
さおりは自分の思いを彼に伝える。
そのさおりの熱い思いは、俊一の心に響く。
(ばかやろう。元スキルアウトで落ちこぼれの俺をそこまで)
心の中で恋人に感謝しますますいとおしさが募り、 いつの間にか俊一の目から嬉し涙が流れる。
二人は共に涙を流しながら、見つめ合う。
俊一には、さっきまでの朦朧さはもはやない。
いまあるのは、今すぐにも俺の恋人は世界一だとでも叫びたいくらいの、
溢れんばかりの恋慕の情が、心を満たす。
「カーット」
そんな二人の甘い空間をふざけた感じの声が聴こえてきて、二人はハッと声のした方に振り向く。
「アカデミー賞ものの、演技だなぁ。
でも二人の世界に浸って無視するなんて酷いじゃねぇか」
右手のナイフの刃を出したり、戻したりしながら、村上が二人に嫌らしい笑みでほくそ笑んでいた。
「人殺しに比べたら、無視なんて大したことじゃないさ」
俊一も挑発的な笑みを浮かべ、村上の方へ歩き出す。
「まぁ確かに、人殺しに比べたら
大したことはねぇが、無視されると
結構心にくるんだよなぁ」
村上も俊一の方に向かって歩み出す
右手のナイフが月光に反射して、ギラリと光る。
「さおり」
俊一は歩みを止め、涙目のさおりに声をかける。
「俊ちゃん」
「はぁ……全く素直に逃げてたら、今頃怖い思いしなくて、すんだってのによ」
頭を掻きながら、困った顔をする俊一。
だが、その表情は困りながらも、嬉しそうだ。
「まぁ。お前のそういう、いざとなったら梃子でも動かない頑固なところも魅力の一つだな」
そう言ってから大きく息を一つ吐く。
「わかった。
警備員にも通報してるから、もうすぐ来るだろう。
そこでこいつを俺がぶっとばすのを
待ってろ。
な〜に心配するな、すぐ終わらすからよ」
俊一はそう言った俊一は、彼女を安心させるように、余裕の笑みを浮かべた。
笑みの途中痛みで一瞬顔がひきつったが、さおりは気づかなかったようだ。
(しょうがねぇ。作戦変更
何が何でもこいつに勝ってやる)
再び決死の覚悟を俊一は決めた。
「大丈夫何だね?」
「あぁ。
さおりの応援貰ったから、
今、勝率は100%に成った」
「0%の間違い、だろ!」
突如怒気を含んだ声が二人の会話に許可なく割り込んでくる。
それと同時に俊一に、小石が二個飛んでくる。
「うぉ?!」
飛んできた小石を、躊躇うことなく、
俊一はちぎれかけた左手ではたき落とした。
「無視されると傷つくって、さっきいったよなぁ」
だが攻撃はさらに続く。
今度は体ごとぶち当たるように、ナイフを構えて突っ込んでくる。
狙いは心臓、一気に勝負をつける気だ。
二度無視されたのが、相当とさかに来てる村上。
「しつこい野郎だ、これでもくらえ」
俊一はそう叫びながら、村上から奪った刀を投げる
縦にグルグル回転しながら、刀は村上目掛けて飛んでいく。
(ちっ悪あがきを)
村上は心の中で、煩わしいと思いながらも、刀の飛んでくる軌道を見切る
「ば〜か」
村上は嘲るように言いながら、目の前に飛んできてる刀を、ちょっと体を逸らしてかわす。
目の前を飛んできた刀は、村上の背後を通り過ぎていく。
「血迷ったな、俺の勝ちだ」
唯一の武器を失って、丸腰になった
俊一に勝利を確信した笑みを向ける
村上。
その村上の額に、ガツンと何かがぶつかった。
「うぅぅ……何が」
突然襲った痛みに、顔をしかめながら、額を村上は抑えた。
まもなく額から手を離した、村上は視界が開け地面の一点を凝視する。
地面には液晶画面が割れた携帯が落ちている。
(こいつ刀は囮で、本命は携帯か)
俊一は刀を投げた後、村上の眼が刀に向いてる、隙にこっそり携帯を投げていたのだ。
村上は頭に当たってからやっとそれに気づいた。
「せこい事ばかりしやがって、っ!」
村上は怒りに任せ、地面に転がってる
携帯を踏み潰そうと足を上げるが慌てて戻そうと足を下ろす。
「せこくて悪かったな」
俊一が止まる事を考えない文字通りの全力疾走で突っ込んできたからだ。
それは野球のヘッドスライディング、
あるいは、ラグビーやアメフトのタックルのように村上には見えた。
ふりあげた足を戻した村上の土手っ腹に、俊一の頭からの体当たりが炸裂したのはそれから、数秒後の事だった。
最後まで読んで頂ありがとうございました。