ようこそ木須岳通り商店街へ   作:デオク・レ・ダークホース

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ようこそ木須岳通り商店街へ1

「バイトしませんか?」

 

大学の最寄り駅でいきなり、髪を撫で付けたバーテンダーのような格好をした男から声をかけられた

 

「ああ、ご心配なさらず。

一般的に見れば怪しい店ですが、そのような店に比べると大変クリーンで安全なバイトですよ」

 

にこりと笑いながらとんでもないことを言う

 

「時給は?」

 

興味本意で尋ねる

 

「歩合制です。

通常は料金の4割、指名だと5割」

 

好条件なのか相場なのかいまいちピンとこない

 

「へー、んでなに?ホスト?」

 

ホストだなんて思ってもないが一応そう聞くと

 

 

「いえいえ、

 

キス専門店ですよ」

 

 

予想外の答えが返ってきて

 

 

「あれ?チイタくん今日出勤だった?」

 

「いや、予約はいったらしくて」

 

気付けばそのクリーンで安全な怪しい店でバイトをすることになっていた

 

 

 

 

 

 

【ようこそ木須岳通り商店街へ】

 

 

 

普通なら断るような怪しいバイトだが、レポートで徹夜続きだったハイな俺は

 

キスだけで金貰えんの!?ラッキー!!

 

と、その場で返事をしてなんとそのまま事務所とやらに行きプレイ内容やら接客の仕組みやらの説明を受けた

 

クリーンで安全だと豪語するだけあり、本当にやることっつったらキスだけで、キャストの手以外に触れることすら禁止だという

 

事務所のある薄暗いビルは、一体何をするための施設なのかわからないような古くて変に大きな建物に周りを囲まれ、商売する気がないのか17時過ぎるとシャッター街になる初めて名前を聞くような商店街の奥にあった

 

 

こんなとこにわざわざ人が来んのか?

しかもキスしかできねーのに

 

 

働く側からすると好条件だが、話を聞いていくにつれ、こんな店が成り立つとは思えなかった

 

 

「うちはどなたの好みのタイプにも対応できる程のキャストの質の高さが売りなんです

 

他店のようにプレイの内容が充実すれば当然稼げる金額は上がりますから、働き手はいます

しかしそのハードな内容を質の高いキャストで保つのは大変厳しいものになりますからね」

 

まぁ風俗で普段なら話もできねぇような理想のタイプの子が出てきたら

どうしてそんな子がこんなことを!

っていう感動はあるだろうな

 

しかし顔も良くて色んなことができる奴は限られてくるし、そうじゃなくてもすぐ辞めるらしい

 

極端にいうとヤれるブスを集めるよりハードルさげて粒揃えにしてるってことだ

 

確かにキスだけならいいかーやってみっかーとハードルが下がることでモテるような奴でも小遣い稼ぎに使うかもしれない

 

でもそういう奴等は自分で金とってやるほうが稼げるような…

 

「店を通すことで取り分が少なくなると考えて個人でお客をとる方もいますが、どうなるかおわかりですね?」

 

俺が考えてることがわかったのか男は声色を変えずに淡々と言った

 

店にもってかれる金で最低限の安全を買ってると気付かないでいると痛い目みるぞってことか

 

俺にはそんな度胸もないのでこれは問題ない

 

それよりずっと気にかかってることがある

 

 

「えーっと、俺あんまりモテる方じゃ」

 

 

働くキャストの容姿(品質)が売りだと言うこの男は、ただでさえ悪い目付きが寝不足で更に酷いことになってる俺をスカウトしてんだ

 

趣味が偏ってるとしか思えねぇ

 

「いえいえ、あなたはきっとすぐ指名が入りますよ

世の中には様々な趣味の方がいらっしゃいますからね」

 

「…はぁ」

 

ぜってー貶されてる

 

自分で言っておきながら人に言われるとイラっときて目が痙攣してきた

 

「では三日後のこの時間、免許証か年齢確認のできるものを持ってこの事務所へ来てください

その間に気が変わりましたらこの番号へお電話ください」

 

そんな俺を気にもとめず読めない笑顔を浮かべた男は

 

「これからキャストが出勤してくる時間なので」

 

そう言って俺を急かすように事務所のドアを開けた

 

 

 

 

 

 

三日後か…

 

ふと流行ってないスナックだけが営業しているだけとなった人気のない商店街を歩きながら考える

 

ノリで働く気にはなったけど、やっぱり初対面の女とすぐキスするってのはな~

 

ババアだったらゲロ吐くかもしんねぇし

 

いやババアも来んのか?

 

いやババアが来んのかもしれねぇ…!

 

 

なんで客層のことを聞かなかったのかと頭を抱えながら唸っているとガタンゴトンと電車の音が響いて商店街の出口まで来ていたのに気付いた

 

振り返ると錆びだらけの塗装の剥げたよくあるアーチ型の入り口に、野晒しで微かに読めるだけになった看板が引っ付いている

 

 

木須岳通り商店街

 

 

 

きすだけどおり

 

 

 

きすだけ

 

 

「…」

 

なんであの男がこんなところであんな商売をしているのかわかってしまった

 

ようこそ、とこれまた辛うじて読める程度にしか残っていない錆びた看板が不自然に新しい針金で固定されているのもきっと…

 

「しゅみわる…」

 

やっぱりやめよう

おかしいだろ、ぜってーヤバイ

 

寝てない頭でなに考えてもだめだ

帰って寝よう

 

 

 

そんで断って…

 

 

 

 

「そこのにーちゃん!!ボールとって!」

 

 

 

うつらうつらになりながら歩いていると急に子供の甲高い声が響いて目が覚める

 

高くないフェンスと草の繁った手入れのされていない花壇に囲まれた公園から野球帽をかぶったガキが大きくグローブを振っていた

 

いつ飛んできたのか、足元にコロコロと転がってくる見慣れた模様の入ったボール

 

 

 

俺は高校まで野球漬けの毎日だったが結局甲子園には行けず、プロなんて夢のまた夢だと諦めた

 

今は大学でそれなりに練習して、それなりに活躍して、それなりに楽しくやってる

 

 

 

いかにも夢はプロ野球選手だと言いそうなガキは輝いて見えて、風俗店の勧誘にほいほいのってこんなところに来た自分がこのボールを触っていいのか躊躇した

 

「はやくー!!!!」

 

ぜってー取りに来た方がはえーだろ

 

そう一人ごちて、むんずと掴んだボールを投げる

 

風もない、そう難しい距離でもないのにそのボールは俺の迷いを表したかのようにヒョロヒョロと明後日の方向に飛んでいった

 

高くないフェンスは越えたが、飛距離なんてガキの立っているところまではとても届かないような暴投&クソ投球だ

 

わりぃ

 

そう叫ぼうとした瞬間、花壇の繁った草の陰からヒュンと誰かが飛び出し、ザッと砂を蹴る音とパシッとボールを素手でキャッチする音がした

 

そのボールをそのまま投げ、綺麗にグローブに収まった音がして、嬉しそうなガキの声が遊具のない公園に響く

 

兄ちゃんありがとう!その人と、一応俺にも礼を言うガキに向かって軽く手をあげたが、俺はその人の流れるような動きが頭から離れず、どうやらよくここで遊んでいるらしいガキとその人をぼうっと眺めていた

 

不意にこっちをみたその人とカチリと目が合う

 

その人はガキにまたねと声をかけると公園を出て、なんと俺の方へ向かってくる

 

 

なんだろう、帰り道か?

 

 

どぎまぎしながら目線をきょろきょろ動かしているとその人は目の前で立ち止まった

 

高校から変化のない背丈の俺より目線が低い

普段から見下ろされてばかりいる俺にとっちゃあポイントが高い、

 

 

好印象だ…

 

 

一体何を考えてるんだとハッとして、通れないことは無いが道の真ん中に突っ立っていた俺はサッと体をずらした

 

そんな俺を見て笑い顔のその人は歩き出す

 

そのまま立ち去るかと思ったら通り過ぎる瞬間、

 

拳でトンッと、まるでグローブをはめた手でチームメイトを小突く時の様な仕草で俺の胸を叩き、天使のような笑顔を浮かべて口を開いた

 

 

 

 

「ヘタクソ」

 

 

 

 

グオオォンと脳が揺れた気がした

それくらいの衝撃だった

 

 

ヘタクソ…?ヘタクソ?!

 

たしかにさっきのは暴投だった!でもあれはスカスカのオモチャのボールで…!!

 

 

名門といわれる高校で一度もレギュラー落ちしたことがなかった俺はそんなことを言われたことがない

 

走りや守備には自信もあったし、何よりプライドがあった

 

でもあの人にヘタクソと言われると、あぁそうだなとも思う

 

 

打率が上がらない

甲子園に行けなかった

プロから声がかからなかった

上には上がいるんだと強がってはみたが、

なんで…!という気持ちがあった

 

 

野球を辞めることも出来ず、がむしゃらにプロを目指すことも出来ず、全然なにも受け入れられてなかった

 

 

 

そっか、俺はヘタクソだったんだ

 

 

 

そのモヤモヤした言葉にならない気持ちが、初対面の名前も知らない人からの、深い理由があるわけがない一言でスッと晴れた

 

 

あの人と話したい!

 

 

一緒に野球がしたい!

 

 

あの人が歩いて行った方を振り返る

 

木須岳通り商店街の中をトコトコ歩く後ろ姿が小さく見えた

 

 

よし追い付ける!

 

 

走り出そうとした瞬間、足が止まる

 

 

まてよ…俺のいま来た道には家なんてなかった…

 

 

いや別に閉まってる店が実家でもおかしくない

 

きっとあのシャッター街の中で親が店をしているんだろう…!

 

 

小さな体はトコトコと歩き続ける

 

 

もしくはあのスナックのとこの息子で…

 

 

トコトコとスナックのある曲がり角を通り過ぎる

 

 

いや、まさかそんな…

 

 

トコトコ歩いていたあの人がひょい、と一番奥の突き当たりを左に曲がったのが見えた

 

 

しっかり見えてしまった

 

 

 

 

だってあの奥はもう…

 

 

 

 

 

日が暮れてきて公園の電灯がぱちぱちぱちと点滅しながらつくのを横目に、頭のなかで淡々と話すあの男の言葉が響く

 

 

 

 

 

 

『うちはどなたの好みのタイプにも対応できる程のキャストの質の高さが売りなんです』

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして俺は免許証と少しの下心を持って木須岳通り商店街をくぐった

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