ようこそ木須岳通り商店街へ   作:デオク・レ・ダークホース

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ようこそ木須岳通り商店街へ4

「チイタくん半永久指名入りました」

「は?」

 

 

 

◆ようこそ木須岳通り商店街へ◆

 

 

 

プレイ部屋を片付けてフロントから連絡が入るまで待機していた俺は、もうこれでおさらばだ!こんなとこ辞めてやる!と何度も唇を洗い、さらに備え付けの除菌シートで念入りに拭きながら部屋の中をぐるぐると歩き回った

部屋の外には客や他のキャストといつ出くわすかわからないので勝手に出られないようになっている

「チイタくんお疲れさま、マネージャーから話があるみたいだから事務所に戻ってもらえる?」

そうフロントから連絡が来て、話があんのはこっちのほうだと前髪で隠れた額に血管が浮き出るほど興奮しながら階段を駆け上がる

 

乱暴に事務所のドアを開けると俺が怒鳴る前に

「おめでとうございます、チイタくん半永久指名入りました」

とニコニコ顔のマネージャーに出迎えられた

 

「先ほどのお客さまから、これから毎月頭金を支払うので自分とチイタくんのスケジュールに合わせて出勤日を決めてくれないかと相談されまして」

 

は?

 

「もしご来店されなくても料金をお支払い頂けるということですので了承しました」

 

頭がイカレてやがる

なにがどうしてそうなんだよ

わけわかんねぇよ

「んな勝手に決めんな!!男相手なんて聞いてねぇんだよ!!」

俺は辞めるぜこんなヤベーとこ

いくら顔が良くても男とチュッチュする趣味はねぇ

ありえねぇ

 

事務所に置いていた自分のジャケットとカバンをひっ掴んで出ていこうとすると

ポン、と茶封筒で肩を叩かれ

「とりあえず指名なので5割の25万」

それと今日の2千円です、と別に札を2枚握らされる

「うちの給与は即日現金払いですので、本来ならプレイ内容や料金に間違いが無いか事務所でキャストと確認した後にこうやってお渡ししています」

これからスケジュールの打ち合わせをしたいのですが、とにっこり笑うマネージャーに、ふざけんな!!いくら貰っても男とベロチューなんかできっかよ!!そう言うはずだった口から

 

「夜の10時から3時あがりならいつでも出れます」

 

勝手に言葉が飛び出していて、人間が金に負けた瞬間を身をもって体験した

 

 

 

 

こうしてあのプロ野球選手が飽きるまで半永久的に俺は破格の固定給を、多忙なあの男と俺の予定が合う、月に数日だけの出勤でゲットしたのである

 

…なんて簡単に済む話ではなかった

 

マネージャーとの話し合いで、いくら金を多めに貰ってもルールを破ると出禁にしてほしいという要望は「それはうちの基本ですから」と快く了承してもらえた

しかしオプションにある『口移し(相互咀嚼)』とかいうとんでもねぇ項目について断固拒否すると譲らない俺と「ハードルも低くて稼げてお客様も喜ぶ人気のあるオプションだからこれくらいやれ」とこれまた譲らないマネージャーとの負けられない戦いが、数十分ほど続いている

 

『口移し』というオプションはおぞましいことに

 

■基本■

唾液(バードには付属しません)

■オプション■

★口移し★

氷(エッチな雰囲気も出てキャスト人気No.1!!)

アイス(トロトロとろける感覚がふたりをエッチな気分に!)

アメ玉(こちらもキャスト人気あり!!※ハッカ味が苦手なキャストもいるので事前にご相談ください)

その他食品(要相談)

★相互咀嚼★

キャストによってNGもありますのでプロフィールをご確認ください

※健康・衛生上の都合から全て当店でご用意できるものに限らせて頂きますので、必ずご予約の際にご確認ください。

 

なんて書いてある

 

おぞましすぎる

なんで男と氷をペロペロしなきゃならねぇんだよ

断固拒否

「俺、知覚過敏なんでほんとムリです」

そう言って睨むと、はぁ…と溜息をついたマネージャーが

「仕方ありませんね、特別にアメだけにしてあげますよ」

と譲歩してるふうを装いやがる

男と口でアメを交換し合うなんてゲロもんだろう普通は

「味のついたディープキスだと思って我慢しなさい」

譲らないぞ、と語気を強められて

「…ハッカ以外でお願いします」

としか言えなかった

聞けばバナナなんかリクエストして、くわえさせられたり口移で食わされて飲み込まなくちゃならねぇ、なんて事もあるらしい

 

それNGにしろよ…俺なら何万貰っても知らねぇオッサンの口の中に入ったバナナを飲み込むなんてしねぇよ…

 

話を聞いただけで倒れそうになったが、そんなことをしなくちゃいけない奴らに比べると俺なんか何億倍もマシに思えてきた

溶けねぇ固形物とか勘弁だろ

 

とにかく、なんにせよあの男がオプションを付けないことを願うしかない

 

「次の出勤日は来週の火曜日ですね、一応10時からにはなっていますが準備は早めにしておいてください」

それではお疲れさまでしたと笑顔で見送られ、送迎はまだ電車のある時間だからいらないと断り駅に向かった

 

 

商店街を抜けて、あの野球のうまい人にまた会えないかと、なんにもない公園の前を通ると、この間あの人とキャッチボールをしていたガキたちが遊んでいた

そのうちの一人が俺に気づき「あ!ヘタクソなにーちゃんだ!」と近寄ってきやがった

 

ヘタクソじゃねー!フェンス越しだったことに感謝するんだな!!

 

「なー、まえにお前らと一緒にいた人って…」

思わずあの人のことを聞いてしまったが、なんて言えば不審がられねぇかと一瞬考える

「兄ちゃんのことか?たまにここで一緒に野球してんだ!」

「あの兄ちゃんすっげぇうまいんだよな?」

そんな俺にかまわずペラペラと話してくれるが、どうやらたまに遊んでもらってるだけで知り合いではなさそうだ

「そーいや週に2日だけこっちに用事があるっていってた!」

「そんなこと言ってたかもな?」

「やべ!もうこんな時間だ!かえろーぜ!」

ガキたちはぎゃーぎゃーと騒ぎながら踏切の向こうの住宅地に消えて行った

 

週に2日だけこっちに予定がある、なんて完全に黒だ

マネージャーに身バレNGもいるからあまり他のキャストと接触しようとしないようにとは言われてるけど、あの人とはお互い商店街の前で会ってるし、向こうはこんな辺鄙なとこにいる俺を見て店の関係者だって気付いただろうし問題ねぇな

 

きっと年もそう変わらないであろうあの人はどこかで野球もしてるだろうから、もしかしたら試合がある時に会えるかもしれない

 

さっきまでもう二度と来たくないと思っていた商店街を振り返り、あの人と引きあわせてくれた事にだけは礼を言うぜ!とふざけた名前の看板を見上げ『せめてまたあの人に会えるまでは頑張ってみるか』と、なんとなくそんなことを考えた

 

そうこうしているうちにもうすっかり暗くなっている

あまり本数のない電車に乗り遅れるとこの時間じゃ次は1時間後になっちまう

ダッシュで狭い道を走って、近道にパーキングの中を突っ切ろうとしたとき

 

「あっ、ねぇなんか落としたよ!」

 

声をかけられ、俺?と咄嗟にスピードを落として振り向いて、盛大に『ゲエエエエ』と心の中で叫んだ

 

帽子かぶってマスクしてても一発でわかる

 

「あっ、あ、チイタくん?!わ!えっと違うよ!?ストーカーとかじゃねえから!ここに車止めてて!!」

 

御幸和也だ

 

あれあれ!と指さす方向には、こんなパーキングにおいてていいのかよって感じの高級車が停めてある

ぜってーあとで年俸調べてやる…

 

そんなことより、この男なんでまだこんなとこにいんだよ

こういうのってあっちゃいけねぇ事なんじゃねーの

 

「あ、はは、足速いね、ってあんまり外では話さない方がいっか、えっと…」

 

すっげぇ気まずい

この男が俺のどこに惹かれたのか、何十万もつぎ込んでるって聞かされた後にこんなとこで鉢合わせるなんて1ミリも考えてなかった

御幸和也もあんなこと風俗店に要求した後その相手とこんな形で遭遇するなんて思ってなかったはずだ、デケー身体でめちゃくちゃモジモジしててキモい

 

さっさと帰ろうと、男が手にもってる俺が落としたらしいモノを見る

スマホじゃねーな、なんだあれ?ハンカチなんて持ってねーし、あんな布っ切れ…と考えを巡らせていると、カンカンカンと踏切の音が響き、電車の明かりがだんだんと近寄ってきて俺達のいるパーキング内を仄かに照らしだした

「ん?なんだこれ…」

モジモジとしていたその男が、ふと手の中の何かを広げると

 

「ア゛!!!!」

「あっ!!!!」

 

パ ン ツ だ !!

際どくていかがわしい、俺のだけど俺のじゃねぇ俺のパンツ!!!

 

一瞬でそれがナニかわかった俺達は、ごおごおと電車の走る音を聞きながらわたわた慌てふためいた

「ご、ごめっ、ごめん!!知らなくて!!!」

俺のじゃないと言い張ってもいいが、なんせコイツはこのパンツを履いた俺を知っているうえに、持ち帰られてナニかに使われんのは気持ちが悪ぃ

バッと男の手からパンツを奪還した俺は、そこそこ混乱していたのか

「それじゃあ火曜に」

とだけ言い残して走り去った

 

ジャケットに突っ込んでたパンツのことなんかすっかり忘れてダッシュして俺とチュッチュしたいなんて言う男の目の前に落とすとか、なんて厄日なんだ

しかもついさっき俺のパンツにスポットライトをあてた電車はとっくに出ちまってて、待つ気力もなくなった俺は泣く泣くあの男と今日ちゅっとして稼いだ金を使ってタクシーで帰った

 

一人暮らしの狭い部屋の玄関からベッドまでがこんなに長い道のりに感じたことはないというほど億劫で、たどり着いた時には高校の時の合宿明けの朝のようにひどく疲れていてその日は夢も見ずに眠りに落ちた

 

意識を失う前に頭に浮かんだのは、火曜だからお客さま感謝デーか…なんてどこぞのCMみたいな事だった

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